おそくいづる月にもあるかな

[詞書]題しらず



おそくいづる 月にもあるかな
あしひきの*1 山のあなた*2も 惜しむべらなり


よみ人しらず(古今集・雑上・八七七)


夜遅くに出てくる月であるなあ。山の向こうも、月が空を昇っていってしまうのを惜しんでいるかのようだ。
(きっと、私たちが沈んでいく月を惜しむ気持ちと同じなのだろう。)



★特殊な助動詞の用法「べらなり」★

 意味:〜ようだ。〜しそうだ。〜するに違いない。
 接続:助動詞「べし」と同じく、終止形につく。ラ変型活用の用言には、連体形につく。

 ※三代集(「古今集」「後撰集」「拾遺集」)の時代に、和歌でよく使われた。




 “山の向こうが月の出を惜しんでいる”
 和歌には擬人法が使われることが多いですが、この歌では“山の向こう”という、かたちなきものまでも擬人法の対象としています。
 それだけ、人間にとって自然が身近に感じるものだったのではないかなぁと思います。
 現代には現代ならではの表現がある、とは思いますが、和歌の中で思わずハッとしてしまう表現に出遭うことが多々あります。
 そうすると、自分の日本語の幅が広がったような気がして、嬉しくなるのです。

*1:足引きの〔枕詞〕:「山」「峰(を)」などにかかる。

*2:彼方〔名〕:遠称の指示代名詞。向こうの方、かなた、あちら。