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Apes! Not Monkeys!  本館

2017-02-19

[]気持ちはわかるがそれが通用する相手かどうか……

ヒューマンライツ・ナウの伊藤和子弁護士が先日こんなツイートをしていた。

佐々木議員も言う通り、慰安婦問題とAV強要は全然別問題。

AV出演強要という、今ここにある深刻な人権問題について、いろんな方が純粋に取り組んでいるというのに、政治的にゆがんだ見方でレッテルを貼るのはやめてほしいです。

(https://twitter.com/KazukoIto_Law/status/829229512294547456)

これは『産経新聞』がヒューマンライツ・ナウを「慰安婦を国際社会に広めることに貢献した人権団体」だとする記事を掲載したことへの反応だ。この記事について伊藤弁護士は「HRNは設立2006年。すでにその頃には慰安婦問題は国際社会に広まってましたよ!」とも反論している。

しかし産経新聞はHRNについて「慰安婦問題を国際社会に初めて広めた」と書いたわけではない。そしてHNRの公式サイトでは日本軍「慰安婦」問題に関連した活動が実績として報告されているのであって、これは『産経新聞』の報道としてはむしろ事実に即している部類にはいると言わざるをえない。

http://hrn.or.jp/activity/category/70/

http://hrn.or.jp/media/1890/

http://hrn.or.jp/activity/1940/


もちろん、AV出演強要というようやく注目を集め始めた問題に取り組もうとしているとき、日本軍「慰安婦」問題というとことん不人気な課題へのとりくみを強調されたくない、という伊藤弁護士の気持ちはわかる。HRNが「慰安婦」問題にコミットしてきたことを肯定的に評価する者としては残念ではあるけれども。

しかし、「慰安婦問題とAV強要は全然別問題」と言ってしまうことは、はたしてAV出演強要という問題をこの社会にきちんと理解してもらううえで、本当に正しい選択なのだろうか? という疑問は残る。

例えば、業界関係者として「業界に健全化を促す」ことなどをうたった「一般社団法人表現者ネットワーク(AVAN)」を設立した川奈まり子氏は、HRNなどの調査について「従軍慰安婦」を引き合いに出して「捏造」であるかのように発言した“実績”がある*1

さらに彼女は、未成年女性に対する性的搾取を告発した「私たちは『買われた』展」へのネガティヴな評価に被せるかたちで、次のように発言してもいた。

同感です。『少女が「買われた」現実よりも、少女が自らの意思で積極的に「売っている」現実の方が、多くの人にとっては見たくない現実なのかもしれない』

(https://twitter.com/MarikoKawana/status/828851733602242561)

成人男性と未成年女性(しかも少なからぬケースにおいて、貧困その他の理由でいっそう弱い立場に置かれている)との構造的な非対称性をまるっと無視して形式的な“自由意志”を盾にする論法は、日本軍「慰安婦」問題否認論においても広く用いられている。言い換えれば、「JKビジネス」も、AV出演強要も、そして日本軍「慰安婦」問題否認論も、その根っこには「権力」や「自由」についての歪んだ理解があるということだ。

なにしろ、驚くべきことに、AV出演強要が社会問題化して以降にもなお、“女性を騙して、あるいはうまく言いくるめてAVに出演させる”という設定のアダルト・ビデオが制作され、発売されているのがこの社会であり、この業界なのである。


AV出演強要問題に取り組む際に、いちいち「慰安婦」問題と結びつける必要はもちろんない。しかし「慰安婦」問題を切り捨てることは、AV出演強要問題についてなにか重要なものを欠落させることになりはしないか、という危惧は指摘しておきたい。

*1:これについてはすでに法華狼さんが取り上げておられる。 http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20160314/1458052348

2017-02-15

[]再審関連報道3つ

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通常、冤罪といえども意図して無実のひとを陥れようとして起きるわけではないのですが、このケースは捜査当局が“犯罪”そのものをつくりあげたという、きわめて悪質なケースです。単に再審無罪で一件落着……でよいはずがありません。


 福岡県飯塚市で1992年に女児2人が殺害された「飯塚事件」で死刑を執行された久間三千年(くま・みちとし)・元死刑囚(当時70歳)の再審請求即時抗告審の3者協議が1日、福岡高裁であり、岡田信裁判長は警察庁科学警察研究所(科警研)の技官が実施した血液型鑑定の手法について検証しない判断を示した。

(後略)

裁判所のやる気の無さが露骨に現れてます。


(前略)

 代理人の黒原智宏弁護士らによると、遺族は宮崎市に住む20代男性。10年11月の宮崎地裁の公判では「死をもって償うべきだ」と意見陳述したが、14年3月に奥本死刑囚と初めて面会してから考えが変わった。事件前と変わらず素朴な印象の奥本死刑囚と会話を交わすうち、公判で動機についてあいまいな供述を繰り返して検察の主張を追認したことを思い出し、「自分の言葉で説明してほしい」と考えるようになった。

(後略)

刑事訴訟法では「原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」にも再審の請求を認めていますが、裁判所はどう判断するのでしょうか。

2017-02-12

[]『弁護人』

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  • 『弁護人』변호인(監督:ヤン・ユソク、出演:ソン・ガンホほか、2013年、韓国)

軍事政権時代の韓国における人権侵害事件を題材とした映画の場合、その軍事政権を支えた国の一つである日本の有権者としては、単純に娯楽として享受するのは難しいところがある。ということは踏まえたうえで、本作はいわゆる法廷ドラマのオーソドックスな展開を見せるウェルメイドな映画だった。韓国で興行的にも成功した2013年の映画が、いまごろ、しかもさして大きくない上映規模でしか観ることができないというのは、純エンタメ的な観点から言っても損失ではないだろうか。

2017-01-27

[]録画してもなお自白強要

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 長崎県大村市で昨年1月に起きた傷害致死事件の捜査で、長崎県警が逮捕した男性(53)に自白を強要したり、否定した内容を一方的に調書に記載したりするなど違法性が疑われる取り調べをしていたことが26日、分かった。長崎地検が取り調べを録音・録画した映像を確認して発覚した。

自白強要の背景として、次のような事情があったとのことです。

 男性は同居の母親(当時88)に暴行を繰り返し、死なせたとして傷害致死容疑で逮捕された。死因は多発外傷だったが、母親が転倒してできた可能性がある傷も多かったといい、男性は「過度の暴行はしていない」と主張した。

これにより、取調官には「より多くの暴行を自供させたい」という動機が生まれたわけです。

 検事は取り調べ状況の映像を確認。取調官が「(母親の)傷は全部あんたがやったんだよ」などと自白の強要と取れる発言をしていた。男性が明確に否定しても「勘違いだろう」と取り合わず、勝手に調書に記載していたことも判明した。

その結果、県警の録取した調書は証拠とせず、傷害致死ではなく傷害での起訴となったということですが、問題は取調べが録画されていることを当然承知していたはずの警察官がなぜこんな強引な取り調べをしたか、です。答えは記事の真ん中あたりにありました。

 長崎県警刑事総務課は「調査した結果、自白の強要はなかったと判断した。供述調書には署名があり、勝手に書いたわけではない。違法性はなかった」としている。

警察が「強要はない」と強弁すれば取調べに当たった警官はお咎めなし。これじゃあ手柄を狙って自白を強要する取調べが存続するはずです。今後、長崎県警は「検察官のところで余計なことを言わないよう、被疑者をきっちり〆てから送検しよう」と考えるでしょうね。

2017-01-26

[]それは取調官の仕事ではない

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(……)

これまでの調べで、植松容疑者は、去年1月から2月にかけて障害者に対する危険な言動が目立つようになり、事件の5か月前には衆議院議長に宛てた手紙の中でも障害者やその家族を冒とくし、みずからの行動を正当化する内容を記しています。


植松容疑者は、調べに対し、こうした主張を一貫して供述しているということで、捜査関係者によりますと、取り調べの中でその考えは問題があると指摘されると「わかっていない」などと反論していたということです。

(……)

事実関係についての供述をただすならともかく、被疑者の思想に取調官が異論を唱えてどうする気なんでしょうか? というのはまあ修辞疑問で、おそらく「その考えは問題がある→はい、私が間違ってました」なら「反省の兆しがある」とされ、「その考えは問題がある→わかってない」なら「反省が見られない」となり、必要があれば公判で調書が情状証拠とされるのでしょう。

しかし、取調べを「反省の場」と考える司法当局の発想が冤罪の温床であるという専門家の指摘は当ブログで何度か紹介してきたとおりです。そもそも、あれだけのことを引き起こした思想が半年やそこらでころっと変わるなんてことがあるでしょうか? それも、人権感覚については到底信用できない司法当局の管理下に置かれている間に、です。