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Apes! Not Monkeys!  本館

2017-10-20

[]野次と自白の強要

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安倍晋三が街頭演説に対する野次にナーバスになっているという件、SNSなんかではいろいろ揶揄の対象となっているようです。なにせ当人が国会では下劣な野次を飛ばしまくってるわけですから、街頭演説で野次られるのも、野次を気にするのを嗤われるのも自業自得で、まったく同情には値しません。

しかし野次られるとしゃべりにくい……という現象そのものはたしかにあります。足利事件の供述分析に関わった心理学者・高木光太郎氏は2010年にNHKの「爆笑問題のニッポンの教養」に出演した際、虚偽自白の要因(の一つ)を、人間は“自分の言っていることを信じてもらえないということに慣れていない”と説明していました。日常的には私たちは、(少なくとも表面的には)好意的な態度ではなしを聞いてくれる相手とだけ会話をしており、私たちがのびのびと言いたいことを言えるのは、私の言おうとすることを否定したり疑ったりしない相手が目の前にいるからだ、ということになります。

野次というのも「相手の言うことを信じない、という意思表示」の一つですから、野次られた安倍晋三がうろたえたりムキになったりするというのは、まあ実に人間的なことではあります。政治家としての器はどうか……というのはまた別の話になりますが。

[]「記憶違い」としてありうるもの・ありえないもの

自白や証言に客観的事実との齟齬がある場合、それが記憶違いに由来するのか、それとも嘘に由来するのか……。これは当ブログが主題としてきた歴史認識問題でも、また刑事裁判でも問題となることです。発言の「意図」は観察可能な対象ではないものの、「記憶違い」として説明することができなければ、「嘘」だと判断することが可能となります。

例えばガメ・オベール(現 gamayauber01 )の、「「死の行進」で弱りきったアメリカ兵になけなしのキンピラゴボウを分け与えたせいで戦犯として死刑を言い渡された日本兵」についての「裁判記録を読ん」だという主張はどうでしょうか?

一方で

BC級戦犯裁判の公判記録を読んだ経験があり、他方で別の文献で「ゴボウを食べさせて……」というエピソードを読んだことがある*1場合に、後者で記憶した内容が前者で記憶したものとして誤って想起されてしまう、というのはありうることです。

ただし、それは「裁判記録を読ん」だという経験が実際にあればこそ、の話。裁判記録を読んだことがないのなら、二つの記憶がごっちゃになるということは起こり得ない。つまり、最初から“カッコよくはなしを盛る”つもりだった、ということになります。ここでポイントになるのが、「裁判記録」について追及された挙句ガメが苦し紛れに出した“答え”です。

「岩川隆「神を信ぜず」立風書房(文庫はダメ)「末尾参考図書」に挙がっていると思うよ。

あれは送ってもらえるんです。行かなくてもダイジョブ」

私もこのブログで記事を書くために「裁判記録」を読むことはちょくちょくありますが、ふつう「どの裁判記録か?」と問われた際にこんな答え方はしないです。事件番号なり、公文書館での文書番号などを答えるものです。

可能な言い訳としては「手元に資料がないので、裁判記録の文書番号が載っていそうな文献をあげた」が考えられますが、わざわざ「立風書房(文庫はダメ)」とまで指定しておきながら、結果はとんでもないガセだったわけです*2。裁判記録を読んだ体験があるのなら、その資料に行き当たるまでの過程もそれなりに印象的なものだったはずです。裁判記録の「内容」だけでなく、「たどり着いた経緯」についてまで別のエピソードの記憶とごっちゃになる……というのは蓋然性の限りなく低いはなしでしょう。おまけに、『神を信ぜず』は連合国側の裁判資料を利用した研究・報道が困難だった時代に書かれており、混同の対象としても不自然なものとなっています。

これに加えて、アジア・太平洋戦争やBC級戦犯裁判に関するガメの知見の薄さを加味するならば、そもそも「裁判記録を読ん」だという体験自体が存在しなかった、と考えるのが合理的だという結論が出てきます。

*1:ただし、管見の限り、このエピソードを「バターン死の行進」時のものとしている事例は2008年に投稿された Yahoo! 知恵袋のクソ回答くらいしか見当たらない。うろ覚えだとしても程がある、と言うべきでしょう。

*2:なお『神を信ぜず』の文庫版は中公文庫からでています。中公文庫を何冊か読んだ経験があれば、単行本時についていた参考資料一覧等を中公文庫レーベルで文庫化するにあたってカットする、というのは極めて考えにくい、ということに同意いただけるでしょう。要するに、比較的入手可能な文庫版をチェックされたくなかったわけですね。

2017-10-19

[]飯塚事件関連情報

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  • 飯塚事件弁護団(編)『死刑執行された冤罪・飯塚事件〜久間三千年さんの無罪を求める 〜』、現代人文社

飯塚事件は、足利事件と同時期に同じ科警研によって行われた DNA鑑定が問題となった。鑑定の誤りが明らかになった足利事件は再審無罪となったが、無実を訴えていた久間三千年さんは死刑執行された。本書は、有罪の柱になった1.血液鑑定、2.DNA鑑定、3.目撃証言、4.繊維鑑定について、その誤りを指摘し、一日も早い再審決定を求める。

http://comingbook.honzuki.jp/?detail=9784877986858

11月20日刊行予定とのことです。なお、明日20日に東京で〈飯塚事件の再審を求める集会〉が開催されるとのこと。詳細はこちらから。

[]栃木女児殺害事件、控訴審始まる

(この事件については詳しく調べたわけではなく、個人的に「冤罪である」との感触を持っているわけではありません。念のため)

新聞報道によれば争点は「DNA型鑑定の結果をどう評価するか」「取り調べの録画をどう評価するか」ということになりそうです。

 弁護側は、「遺体から見つかったDNA型は真犯人に由来する可能性が極めて高い」と主張。被告の型が検出されなかったことは、女児と接触したとする被告の自白が「事実でないことを示している」とした。検察側は「皮膚に触れても、必ずDNA型が付着するわけではない。捜査関係者などの型が付いた可能性も否定できない」と反論した。

http://www.sankei.com/affairs/news/171018/afr1710180045-n1.html

「皮膚に触れても、必ずDNA型が付着するわけではない」というのはリクツとしてはその通りなのでしょうが、通常被害者の身体(遺体)から加害者のDNA型が付着していることを想定しているからこそ鑑定を行うわけで、検出されたDNA型の持ち主が「捜査関係者」のなかにいるのかどうかをきちんと調べるべきだろうとは思いますね。

 一審判決で自白の信用性を認める決め手となった取り調べの録音録画映像。弁護団は映像の印象の強さと、一部が事実認定に利用された点を挙げ「事実誤認へ導いた」と批判した。

http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/local/news/20171019/2848672

これは取り調べの可視化が警察・検察に都合のよいかたちで導入されたときから、懸念されていたことです(一般論として、ですが)。

2017-10-02

[]恵庭OL殺人事件・再審請求審でも恒例の「証拠隠し」

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(自白のない事件ですが、便宜上「自白の研究」タグを用いています)

検察の手前勝手な「必要ない」という判断がまかり通るのであれば、裁判は検察の思うがままに結論を操ることができてしまう、ということになります。

しかしこの「必要ない」に似た語法、今年は散々聞かされましたよね。

なお、過去に当ブログでこの冤罪疑惑事件に言及したエントリはこちらです。

2017-09-15

[]」「ウナギとマグロ 新たな調達ルートを確保せよ!」

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悪寒を堪えながらようやく見終わりました。後半で紹介されるキハダマグロの方は古風な漁法で獲られているので早々乱獲には至らないかなと思えましたが、ビカーラ種鰻の方については「あっという間じゃないか」という悪い予感が。だって……

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これですよ。

2017-09-11

[]『新感染 ファイナル・エクスプレス』ほか

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ゾンビとサスペンスものの舞台としてはポピュラーな特急列車との組み合わせ。監督は実写映画ではこれが第一作だそうだが、手堅くつくられていてゾンビものに抵抗さえなければおすすめ。

主演のコン・ユと妊婦さん役のチョン・ユミとは『トガニ』でも共演してましたね。


あと、Hulu でペ・ドゥナとキム・セロンの『私の少女』も見たが、スケベ心で見ると痛い目にあうキツイ映画だった。