2012-05-18
■[政治・社会]肩すかしにもほどがある
「異教の神殿を喜んで参拝するムスリムについてのソースつき情報よろしく!」って依頼しておいたら返事が来た! ってことでわくわくしながら読んだんですが……。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120517/p4
そもそもここで(というのはムスリムを靖国に連れて行った、という件に関して)問題になっているのはラビア・カーディルさん個人の内面の問題だけではなく、いやむしろラビア・カーディルさん個人の内面の問題ではなくて、「靖国参拝」に対するイスラーム世界の最大公約数的な反応をどう推し量るか、です。で、どうだったかというと、彼としては「参考リンク集」以下の部分で答えたつもりらしいですが、全然答えになってないですよね。特殊な事例過ぎて、とても一般化できません。こんな例しか出せないのにこんなこと言ってたわけね。
興味ある話題。で私が知る限り、民俗的背景等で他の聖的存在に寛容なムスリム「も」厳格派「も」います。前者でないと確認前の批判は多少性急では。
いやいや、仮に論点をラビア・カーディルさん個人の内面の問題だけに限定したとしても、むしろ「異教の神を拝むことにも抵抗のない人だと確認できない限り、まずは批判しておくべき」でしょうが。しかも主たる論点は別のところにあるんだし。
それ以外のところについても触れておきましょう。
もとより仮定の話ですが、仮定に仮定で返すなら、「イスラム教徒なら、神社には死んでも、絶対に参拝しないだろう」という発想をする人は、イスラム教徒が現に神社に参拝するという場面に遭遇したとき、容易に「こいつらはカーフィル(不信仰の徒)だ」「日本人に利益で釣られるか弱みを握られて仕方なく屈している(≒現世の利益や利害を、アッラーより優先させるカーフィルである)」という発想に飛びつきかねません。
バカじゃないの? なんでムスリムでもない人間がムスリムに対して「カーフィルだ」などと非難する動機があるの? 現に、ただの1人もラビア・カーディルさんらを「カーフィルだ」と非難している人間はいないよね?
さて、次の一節はこの人の差別主義者としての顔を際立たせてくれるものです。みなさん、じっくり味わってください。
さて、そこなんですが、自分は何度かこのブログで、特に宗教面における「見なしの自由」というのを擁護していました。(後略)
見なしの「自由」ですってよ! コピペミスじゃありません。「自由」って書いてあるんです。みなさん、なんでこんな場面で(ムスリムにとっての)「自由」なんてものが問題になりうるのか、理解できます? 要するにこの人は、ラビア・カーディルさんの靖国「参拝」問題を、こう理解しているわけです。イスラム教徒が神道を自己流に解釈して対応したとしても大目に見てやろうぜ、と。信じられますか?
「異教を敬いながら帰依はしない」というのは、これからさらに、皆が持たねばならないスキルだと思うんですが・・・てかそれが無いと自分もモスクや教会にいけないし寺にもいけないし。
モスクや教会や寺にただ行くことと、それらを「参拝」「参詣」することとは全く別じゃん。いま問題にしているのは、日本の右派が「昇殿参拝した」と宣伝していることなのだから、その文脈で「異教を敬い」と言えば当然「昇殿参拝」に類することを意味するでしょうが。
それは、例えれば「ネガティブ・キャンペーンの材料を与えるから、韓国のキリスト者は安重根を列福すべきだ、なんて言うべきじゃなかった」みたいなものでは。
どんだけ内向き思考なんだよw 靖国神社が安重根と同じレベルで国際社会に普遍的な理念を訴えるための依り代足りうると思ってんの?
2012-05-17
■[政治・社会]独善的にもほどがある
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20120515/p1
ブコメに、靖国に連れて行った日本の右派をなにがなんでも擁護したくて仕方ない人が何人もいますが、一体来日中のウイグル人に「昇殿参拝」させるー「昇殿参拝」という表現は私が勝手に言っているのではなく、日本の右派自身が用いているのですーことにどういうメリットがあるというのか、教えてもらいたいものです。
まあ、多くは実のところこれが失態であることには気づいているが故の苦しい言い逃れなのでしょうから個別にとりあげるまでもありませんが、看過できないものもあります。
tonapa
ムスリムとはいえウイグル族ってそこまで原理主義的だったっけ?右派憎し靖国憎しの果てに、勝手な妄想でウイグル人の立場を利用しているようにしか見えないエントリー。 2012/05/15
nekora
狂信的原理主義者じゃなければ、開催国の有名寺社に行ったらそりゃ拝むくらいするんじゃ…。まして墓地。 2012/05/16
もうひとつ、同じような趣旨のものがありましたが、撤回されたようなのでそれには触れません。
これらのブコメはいずれも、ムスリムにとって当たり前のことを「原理主義」扱いしています。イスラーム研究者は「(イスラム)原理主義」という用語を用いないのが普通ですが、その理由のひとつは次のようなものです。
〔聖書無謬説など〕このようなキリスト教ファンダメンタリズムの思想的特徴は、今日のイスラーム世界で「原理主義者」と呼ばれている者たちのそれと完全には一致しない。現在、世界に一三億ほどいるといわれるムスリム(イスラームの信者)の大半は、その聖典・クルアーンは唯一絶対神、世界の創造主であるアッラー(神)の言葉の集成であると信じており、したがって無謬であるとみなしている。クルアーン無謬説は、ほとんどのムスリムが堅持している立場なので、この基準をあてはめれば、ほとんどのムスリムが「原理主義者」となってしまう。
(大塚和夫、『イスラーム主義とは何か』、岩波新書、7-8ページ)
今回問題になっているのは「酒を飲む」といった類いの逸脱ではありません。「ムスリムであること」の根幹に関わる事柄です。「原理主義者じゃないなら、神社にも参拝するだろう」という発想をする人は、日本に住むイスラム教徒が現に神社への参拝を拒否するという場面に遭遇したとき、容易に「こいつらは原理主義者だ」「イスラム教徒は原理主義者だ」という発想に飛びつくでしょう。自らの宗教感覚を勝手にイスラム教徒に投影しておいて、それが現実によって裏切られると排除の論理を発動するわけです。
しかし、靖国を「墓地」だとする無知にはあきれますね。神社が「墓地」なわけないじゃないですか。コメント欄にも靖国を「アーリントン墓地」みたいなものだといった人がいましたが。彼らにはきっと神罰が下るでしょう。
もうひとつ。これはトリヴィア的な知識を悪用した右翼擁護の例です。
gryphon
興味ある話題。で私が知る限り、民俗的背景等で他の聖的存在に寛容なムスリム「も」厳格派「も」います。前者でないと確認前の批判は多少性急では。また異教を敬いつつ不帰依の作法もあり、不参加だけが正統でも無い 2012/05/16
イスラームでも「聖者崇拝」「聖所崇拝」の類いであれば、地域や時代により盛んであったことはあります。しかし靖国は「聖所」ではなく神殿です。百歩譲って仮にラビア・カーディルさんらが気にしていないとしても、「昇殿参拝」は「世界ウイグル会議」へのネガティヴ・キャンペーンに格好の材料を与えるもの、という点への反論には全然なってません。
さらに「異教を敬いつつ不帰依の作法」などというのは、まさに語るに落ちたというもの。日本の右翼がウイグル人の苦境につけ込んだということを認めたようなものです。
ぐちゃぐちゃ言わずに「靖国抜きで支援すればいいよね」と言えばすむことなのに、どうしてもこのひとことは言いたくない人々がいる、ということですね。
2012-05-15
■[政治・社会]無神経にもほどがある
昨日から「世界ウイグル会議第四回代表大会」が東京で開かれているのだが、日本の右派勢力(メンツはこちらで確認できますが、まあいつもの人々です)はどうも来日したウイグル人(ムスリムが大多数を占める)に靖国神社を昇殿参拝させたようです。
@kohyu1952: 5月14日は歴史的な日になった。アジア初のウイグル世界会議が東京で開幕。参加したウイグル人たちは開会式の後、靖国神社を昇殿参拝。その後も多磨霊園にあるウイグル人の墓地も参拝した。ウイグルには国の為に亡くなった英霊を祀る施設もないと悲痛な心情を吐露してくれたが、日本との連帯を確認。
2012-05-14 19:30:03 via web
@kosakaeiji: 二百人を超えるウイグル人、日本人の有志と靖国神社昇殿参拝をした後、日本ウイグル地方議員連盟の役員を中心に意見交換。その後、所要を済ませるべく先に失礼しましたが、再び市ヶ谷駅に電車で向かい、十八時半からアルカディア市ヶ谷私学会館にて世界ウイグル会議の懇親会に出席して参ります。
@kosakaeiji: 世界ウイグル会議総裁のラビア・カーディル氏より、靖国神社を日本人と共に参拝でき嬉しく思っていると挨拶。ウイグルの英霊は支那共産党の元で罵詈雑言のもとに晒されているが、真実を汚すことは出来ない。支那によると圧迫を受ける各国と連携していく。 URL
「(昇殿)参拝」というのは、私が確認できた日本語の情報では日本の右派が使っている言葉で、実態がどうであったのかはまだ確認できていませんが、中国側にも「参拝」として伝わっているようです。
ただの「訪問」でもすでに後ろ弾というべきですが、もし本当に「昇殿参拝」をさせたのだとすると二重の意味で後ろ弾ということになりかねません。相手の苦境につけ込んで参拝を押しつけたのだとすると、唾棄すべき行為です。
2012-05-06
■[政治・社会]「親学」的なものは右派の世界観の現れ
大阪市の「家庭教育支援条例」案はその背景にある疑似科学的な主張が問題視されたため、そのままの形で成立することはないでしょう。しかしながら、これは「維新の市議団が運悪く疑似科学的な主張にひっかかってしまった」ために起きた問題ではありません。「親学」が右派の世界観、人間観によくマッチする主張だからこそ、その科学的な妥当性(のなさ)なんて気にせずに飛びついたわけです。当ブログの読者の方は、産經新聞が以前に(04年と06年)インテリジェント・デザイン説への提灯記事を載せたことをご記憶だと思いますが、これも統一教会への義理立て(だけ)というわけではなく、進化論=唯物論=道徳教育に悪い、という右派の発想にID説がマッチするからでもあります。科学が右派の世界観、人間観を支持してくれない領域においては、右派はどれだけ批判されても疑似科学に支持を求め続けるでしょう(南京事件否定論などもその例)。
ところで、かつての社会生物学論争を想起すれば明らかなように、一般に「氏か育ちか nature or nurture」問題においては右派が生得性の強調を好み、左派は環境の強調を好む傾向があります。教育という文脈では三浦朱門の「出来ん者は出来んままで結構」発言や江崎玲於奈の「いずれは就学時に遺伝子検査を行い……」発言(とそれに対する反響)などが例証となるでしょう。生得性の強調は右派が持ちがちな本質主義的民族観にもよくマッチしますし。「政治的DNA」とか言ってた右派政治家もいましたよね。
しかし右派が、発達障害については、「生得的なもの」とする定説ではなく「育て方のせい」とする説に飛びつこうとしているのはなぜか? といえば、この場合「育ち」「環境」といってもひたすら親のことだけが考えられており、左派が強調したがるような意味での「環境」が重視されているわけではなく、その限りで右派の世界観とは整合的なのです。
■[メモ]あまりにも予想通りの反応で笑える
ぎんぎんくんなんて相手にしても傍目にはただのイジメに見えるのが関の山なので普段はスルーしてるわけですが、今回はご同類が数名現れたので。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20120506/p1
gingin1234 社会, 教育
言いたいのは、結局「左派>右派」ってことだよな。左派の方が、右派よりはマシと言いたいだけ。 2012/05/06
m-matsuoka 社会, 教育
左派とやらの主張を出さずにウホウホじゃなかった右派右派と言っているのは、左派の教育がいかに劣悪かという証拠のようですね。id:charleyMan←日本の左翼が北朝鮮や中国を賞賛していたのを忘れては駄目。 2012/05/06
二人とも「どんどん delusional になる日本の右派」の実例である、というのは後述するように偶然ではありません。もう一つ。
@toshizoaraki: @apesnotmonkeys 疑似科学趣味なのは、ルイセンコ学説のソ連、また文化大革命で理数系や科学者を下放しまくった共産中国など、極左国家の方。結局、極左も極右も同じ。ていうか、事業相続の原則禁止や相続税100%を掲げる維新の会って左翼じゃないのw #親学 #維新の会
2012-05-06 17:34:42 via web to @apesnotmonkeys
先のエントリのどこをどう読んでも、百万遍読み直してみたとしても、「左派が疑似科学にはまることはない」なんてことは愚か、「左派の方が疑似科学にはまりにくい」ということすら書かれていないわけです。なぜか? そりゃもちろん、私がそんなことは書いていないからです。
当ブログを永らくご覧いただいている方ならご承知のように、私は左派には左派で疑似科学や陰謀説にはまるルートがあることを何度か指摘してきましたし、実際にきくちゆみ氏が『SPA!』の9.11陰謀説特集に寄稿したことをブログでとりあげたこともあります。*1ではなぜ右派の主張する疑似科学や歴史修正主義をもっぱらとりあげるのかと言えば、もちろん私が左派であることを自認しているからでもありますが、右派の疑似科学や歴史修正主義の方が桁外れに権力に近い(なにしろ、「親学」と南京事件否定論双方の支持者には、元首相と現職の都知事までいる)から、という決定的な理由があるからです。これに加えて、産經新聞・『正論』・『WiLL』のように、学問的な妥当性などこれっぽっちも気にすることなくプロパガンダにいそしむ右派メディアに影響力で匹敵する delusional な左派メディアなど、幸か不幸か存在していないからでもあります。
さて、まったく書かれていないことを無理矢理読みとってしまった人物が少なくとも3人現れたというのは、彼らがどれほど深く「敵か、味方か」図式に捉われているかを現わしています。それゆえに彼らの世界認識は一層 delusional なものになってしまうわけです。例えばこれ。
@toshizoaraki: @apesnotmonkeys 第一、橋下は歴史認識では村山談話支持&強制連行あった派。左翼のお仲間。 橋下知事、「過去の戦争や植民地支配を謝罪した村山談話があった」として「強制連行された朝鮮人」という銘板の記述変更を拒否 URL #橋下 #親学
2012-05-06 17:52:58 via web to @apesnotmonkeys
「村山談話支持&強制連行あった派」というのは第90代内閣総理大臣・安倍晋三センセイについても言えることなのであります。「村山談話支持&強制連行あった派」くらいのことで「左翼のお仲間」って、左翼なめんなよ! であります。ついでなので「事業相続の原則禁止や相続税100%」にもコメントしておくと、そもそも彼らが本気でそんなこと主張するつもりかどうかという点をおくとしても、この主張の背景にある理念は「平等」ではなく「一生涯使い切り型人生モデル」(その目指すところは消費喚起プラス社会保障の切り捨て)なんだから、左翼の主張とはまったく関係がありません。
ああ、そうそう。id:m-matsuoka は早く「法が無かった当時のシナに、法秩序を作ろうと苦心したのが日本軍」の資料的根拠を示してくださいね。cf., http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20120128/p1




