角栄擁護論がダメダメな理由

ロッキード裁判それ自体に関心を持つ人は今の日本ではごくまれであろうが、それに比べれば渡部昇一小室直樹といった書き手のファンはまだまだ存在しているようで、彼らがロッキード裁判に関してまき散らしたデタラメをなんとか擁護すべく、私の6年前のエントリにコメントをつける人が後を絶たない。彼らの言い分はほぼ一致していて、「小室先生(渡部先生)が問題にしているのは刑事被告人の権利、反対尋問権の重要性なのだ! 小室先生(渡部先生)を Dis るお前は人権無視の大バカやロウだ!」というものである。もっとも、そうした面々の誰一人として、私がこれまでに書いて来た日本の刑事裁判に対する批判に(質はともかく)量的に匹敵する批判を(ネットで)展開した実績のある人間は、ただの一人もいなかったのだが。
たしかに表向き、小室・渡部両氏の裁判批判論の中心は弁護側の反対尋問権である。

 根本の問題は、憲法第三七条第二項「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続きにより証人を求める権利を有する」という最も基本的な権利について、弁護人の主張にも裁判所の論旨の中にもまったく触れられていないことである。
 何と、角栄は、反対尋問をする権利を否定されたままで、有罪の判決をうけたのであった。憲法に明記された最も基本的な権利を裁判所は白昼堂々としてこれを無視し、弁護人もあまり重視しない。マスコミも大衆も、護憲運動を起こそうとはしない。真昼の暗黒どころではない。太陽の消滅ではないのか。
小室直樹、「「世論」と裁判」、『諸君』、1984年9月号、64頁)

憲法37条2項が定める被告人の権利が「弁護人の主張にも裁判所の論旨の中にもまったく触れられていない」というのはデタラメもいいところ。批判派の脳内裁判は別として現実に行なわれた裁判では、憲法37条2項はもちろん論点の一つとなっている。

 最後にわれわれの中で、外国の報道機関、外国人の物書き、外国人の法律学者などなど、法律に接触する人々に、次のことを決して漏らしてはならない。
田中角栄被告は、ただの一度も最重要証人に反対尋問する機会を与えられることなく有罪を宣せられたのである」
 それを聞いた文明国の人は、百人が百人、千人が千人、万人が万人、一人残らず日本はそんな野蛮国であったのか、と仰天することであろう。われわれはそんな国の恥を世界の目にさらすことはないのである。
渡部昇一、「「角栄裁判」は東京裁判以上の暗黒裁判だ!」、『諸君』、1984年1月号、67ページ)

ちなみに渡部センセは『文藝春秋』の1984年10月号に掲載された「「角栄裁判」に異議あり」において、「外人の同僚」に対し「タナカは一度も最重要証人に対して反対尋問〔原文「クロス・イグザーミネーション」とルビあり〕の機会を与えられなかったのですよ」と「漏らして」しまったことを告白している(96ページ)。自分が1月号で書いたことを忘れてしまったのか、「国の恥を世界の目にさらす」ことを厭わぬ愛国者なのか。しかし(後述するように)この「異議」がなにしろデタラメなのだから、渡部センセの振る舞いはまさに自虐的としか言いようがない。
実のところ、この二人が「反対尋問権の重要性」という原理原則にこだわっているように見えるのは、単に二人が裁判をめぐる事実関係に無知でそれ以上立ち入った議論ができないからにすぎない。そして、「被告人田中角栄」は反対尋問権の重要性を考察する際にとりあげるには、まるで不向きな実例なのである。


一、
まず第一に、刑事訴訟法321条1項の1号から3号は、いずれも法廷に出廷して尋問を受けない供述者の供述書を証拠として採用することを認めている。コーチャン、クラッターらの供述調書は3号書面として証拠採用されたが、法廷で弁護側の尋問を受けない供述者の供述書を検察が証拠として申請し、それが採用されることはそれ自体としては刑事訴訟法に反していない。そして、被告人以外の者の作成したメモを「反対尋問」にさらさないで(作成者は所在不明のため公判に出廷せず)321条1項3号により証拠採用した最高裁判例がある(昭和27(あ)302)。またまさに被告側に「反対尋問」の機会がなかったことが争点になった事例として、刑訴法227条および228条2項に基づいて被疑者(被告人)側の立会を認めずに作成された証人尋問調書を、その調書の作成後に証人が死亡したため、検察官の請求により321条1項1号により証拠採用したことに関し、憲法37条に違反しないという最高裁判例がある(昭和48年(あ)1759)。

(……)ところで、本件においては記録により明らかなとおり、Aは逃亡して所在不明であつて公判期日において供述することができないものであるし、本件メモの内容は被告人Aの犯罪事実の存否の証明に欠くことがてきない関係にあるものと認められるのであるから、もし本件メモがAの作成したもので、それが特に信用すべき情況の下にされたものであるということができれば、右メモは刑訴三二一条一項三号により証拠能力があることとなる(刑訴三二一条一項三号の供述書には署名押印を要しないことについては、すでに当裁判所昭和二八年(あ)五四四四号同二九年一一月二五日第一小法廷決定、集八巻一一号一八八八頁に判示されたとおりである)。(……)
されば原審が本件メモを証拠としたことは結局において適法であるということができる。(……)
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115946289805.pdf)

 所論のうち、憲法三七条二項、三項違反をいう点は、刑訴法二二八条二項が同条の証人尋問にあたり弁護人の立会を任意にしているからといつて憲法の所論条項に違反するものでないことは、最高裁判所昭和二五年(あ)第七九七号同二七年六月一八日大法廷判決・刑集六巻六号八〇〇頁及びその趣旨によつて明らかである。また、記録によれば、所論の証人Aは、刑訴法二二七条、二二八条に基づく所論証人尋問調書が作成されたのち死亡したため、第一審が、検察官の請求により、同法三二一条一項一号により右証人尋問調書を証拠として採用したのであつて、結局、被告人には証人尋問調書について証人を反対尋問する機会を与えられずに終つているけれども、憲法三七条二項は反対尋問の機会を与えない証人の供述を録取した書面は絶対に証拠とすることを許さない旨を規定したものではなく、公判廷外の供述を録取した書面を証拠とすることとしても、供述者の死亡その他供述者を裁判所において尋問することを妨げるやむを得ない事由があつて、そのため被告人に反対尋問の機会を与え得ないような場合には、右条項に違反するものでなく、したがつてまた同条三項に違反するものでないことは、最高裁判所判例(昭和二三年(れ)第 八三三号同二四年五月一八日大法廷判決・刑集三巻六号七八九頁、昭和二五年(し) 第一六号同年一〇月四日大法廷決定・刑集四巻一〇号一八六六頁、昭和二六年(あ) 第二三五七号同二七年四月九日大法廷判決・刑集六巻四号五八四頁)の趣旨に照らし明らかであるから、この点に関する原判断は結局正当である。
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319125819298905.pdf)

とすれば、コーチャンらが公判において(弁護側による)尋問を受けないままその供述調書が証拠採用されたということ自体は、最高裁判例に照らして合憲と言わざるを得ない。「弁護側の反対尋問がない、違憲だ!」がなに一つ中身のない愚論空論であることは明白であろう。
「刑訴法321条1項=合憲」という最高裁判例を踏まえてなおロッキード裁判を批判しようとするなら、(1)判例を踏まえたうえで改めて「刑訴法321条1項(3号)=違憲」論を展開するか、(2)嘱託尋問調書が321条1項3号の要件を満たすか否かを改めて論じるか*1、いずれかである。そして小室・渡部両氏とも(最近現れたエピゴーネンたちもまた)どちらの作業も行なってはないのである。


二、
以上でもうカタがついたようなものなのだが、裁判の実態に即して考えてゆくとますます「角栄を擁護することにより刑事被告人の権利を擁護する」という主張のうさんくささが露になる。
まず第一に、田中側にはコーチャンらへの尋問を行なうチャンスがあった、ということ。嘱託尋問調書の証拠調べが終わろうとしていた1979年3月、田中側は「証拠調べが終了した段階でコーチャンらへの嘱託尋問を請求するつもり」と表明した。しかし実際には証拠調べが終了しても尋問の請求は行なわれなかったのである。約3年後の82年2月に「反対尋問」の請求を行なったが、これは単なる時間稼ぎであることがミエミエでまともな立証趣旨も明らかにできなかったため、同年5月に却下されている。79年春の段階で証人尋問を請求しそれが却下されていたのであれば、裁判批判論にもずっと説得力があっただろう。また全日空ルートでは、弁護側がロッキード社のエリオットから被告人たちに有利な内容の宣誓供述書をとってこれを証拠として申請している。やる気があればいくらでもやりようがあったのである。しかし「反対尋問」を3年間もサボっておいたのだから、「反対尋問権」をないがしろにしたのはむしろ田中弁護団であると言わざるを得ない(なお、田中側は検察側の証人榎本三恵子の証言に対しても反対尋問を放棄している)。
第二に、被告人田中角栄の有罪を立証するうえでは、ロッキード側の証人は重要度が低いこと。嘱託尋問調書はその作成過程の特異性(=事実上の刑事免責)故に大いに注目を浴びたが、最高裁まで争った二人の被告人が結局有罪になったことからも明らかなように(最高裁は嘱託尋問調書の証拠採用を退けた)、有罪の立証になにがなんでも欠かせないといったものではなかった。特に田中・榎本はロッキード側と直接接触していないので、コーチャンらは田中・榎本については丸紅を通じて聞いた話(伝聞)しか証言していない。田中が(一審、二審で)有罪となるうえで決定的だったのはやはり、公判でも容疑事実をおおむね認めた大久保被告の証言であり、次に田中以外の被告人が捜査段階で(程度は様々だが)容疑事実の大半ないし一部を認めた自白調書である。被告人田中の人権を擁護する目的ならばこれら自白調書の証拠採用にこそ着目すべきであるし、他方コーチャンらの調書に着目するのであれば目的は丸紅側の被告人たちの人権でなければおかしいのである。
第三に、第二点を別の角度から表現することになるが、コーチャンらの供述を代替する別の証拠・証言があること。アメリカのロ社から東京事務所までの金の流れについては、5億円を日本に持ち込んだ地下銀行の運び屋が公判で証言している。ロ社から丸紅への金の流れについては、有名な領収証が存在している他、金の入った段ボールを4回に分けて受けとった丸紅の秘書課員(事件当時)が出廷し、どの程度の大きさ・重さの段ボールであったかの検証まで行なっている。丸紅から田中への請託や金の受け渡しについてはコーチャンらは直接タッチしていないので、嘱託尋問調書の証拠価値はもともと極めて低い。


三、
例えば袴田事件の場合、たった一通だけ証拠採用された検事調書が死刑判決を導くうえで決定的な意味をもった。このような裁判の場合であれば、刑訴法321条の運用(=「調書裁判」)を批判することには大いに意義があるだろうし、当ブログでもささやかながらそうした作業をやってきた。そうした文脈においてであれば、刑訴法321条1項が合憲か否かを問うことにも意味があるだろう。だが被告人田中角栄のケースはこれとは全くちがうのである。有罪の立証に大した意味をもたない供述調書であるうえ*2、「反対尋問」の実現のためにあらゆる手を尽くして戦ったわけでもない(3年間ほったらかし)。嘱託尋問調書の証拠採用によって、被告人田中角栄の人権が大いに侵害されたなどという事実など、そもそも存在しないのである。
袴田事件の場合、自白調書が証拠採用されなければまず確実に無罪判決が出たであろう。同じように、もし嘱託尋問調書の証拠採用によって被告人田中角栄の人権が侵害されたというのであれば、(a)この調書が採用されなければ田中が無罪になったであろうことを説得的に論じるか、(b)「反対尋問」によりコーチャンらにかくかくしかじかのことを問いただせば田中が無罪になるという蓋然性があったと言えるような、そのかくかくしかじかを明らかにするか、いずれかができなければならない。しかしまたしても、裁判批判派から(a)(b)いずれかについてのまともな主張が提示されたことなどないのである。渡部昇一などは、「5億円をロッキードがどうやって用意したのか?」を問いただせば田中の無罪は明らかになる、と主張した。しかしそんなことは尋問調書にちゃんと書いてあることであって、単にそれを渡部昇一が知らなかっただけなのだ。書いてあることを踏まえてなお、「金を用意する過程についての供述のここに不合理がある」と指摘することなどできなかったのだ。「反対尋問」によってなにを明らかにすべきなのか? をまともに論じることもできずに「いや、反対尋問がないのはけしからんのだ」とわめかれても、こちらとしては「合憲の判例あるんですけど?」で片付ける気にしかなれないのは当然だろう。

*1:免責の問題を脇に置くとすれば、もっとも有望なのは「供述不能」要件が、この場合のように供述者が当初から海外におり、日本に来て証言する蓋然性がほぼゼロであると予見されていたケースをも含むかどうか、というものだろう。

*2:丸紅側の被告人にとっては、田中側にとってよりも意味をもつ証拠であるが。