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Apes! Not Monkeys!  本館

2013-05-28

[]事件報道における被疑者の供述には眉唾でのぞむべきことについて

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今年の4月にこんな番組が放映されていたことを今頃になって知りました。

今、国の法制審議会で戦後初めてとなる「取り調べの改革」が議論されている。「全てを録音録画すべき」とする弁護士側と、「可視化の範囲は捜査官の裁量とすべき」とする捜査機関側の対立。背景には、やっていないことを「やった」と言わされたり、自分が話したことと違う内容で調書が作られたりする、『虚偽自白』が相次いでいる問題がある。なぜ嘘の自白をさせられてしまうのか。取調室の中で何が起きているのか。深層に迫る。

具体的にとりあげられた事例について、次のような紹介があります。

4年前大阪で弟が兄を何度も殴打し、兄が無意識のうちに弟を絞殺してしまうという事件が起きた。専門家の新庄健二弁護士は「普通は正当防衛になる」と話したが、検察官の調書は兄が意識的に弟を絞殺したという内容で書かれていた。

この調書が取られたときの取り調べの様子が撮影された映像には、兄が「客観的事実としては間違っていない」と、調書の修正点を指摘しなかった様子が記録されていたが、兄が警察に「"結果的に"そうなってしまった」と伝えていたことも記録されていた。この事件を担当した佐田元眞己弁護士は、取り調べへの弁護士の立会いが必要だとしている。

(http://tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/info/173535/index.html)

罪を軽くするためにいろいろと嘘の弁解をする被疑者がいることは事実でしょうし、そうした弁解を鵜呑みにしてしまったのでは正義に反する結果になりますから、取調官が「なるべく重い罪になるような供述をとるべく努力する」ことには一定の合理性はあるでしょう。しかし、客観的な証拠に反する弁解を突き崩そうとする場合ならともかく、被疑者の供述次第というケースで無根拠かつ執拗な追及をおこなえば、このケースと同じように自白が誘導されてしまう恐れは少なくないでしょう。被疑者が「結果」については一定の責任を感じている場合、また供述の細かな違いがもつ法的な意味をよく承知していない場合にはなおさらです(弁護士の立ち会いが特に効果を発揮するのはそういうケースでしょう)。警察や検察からのリークに基づく事件報道に対して私たちが懐疑的であることが必要なのは、「やった、やらない」が争われている事件だけではありません。

2013-05-09

[]「冤罪半島」!

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大崎事件の冤罪疑惑をとりあげた先日のエントリ「再審格差」へのコメント欄でとらこぞうさんにご教示いただいた「再審請求事件における手続き的正義を問う」(指宿信、『世界』2013年5月号)を読んだのですが、大崎町が位置する大隅半島は専門家の間で「冤罪半島」と呼ばれている、という記述がありました。「そういや、志布志市も大隅半島だな」とピンと来る方もおられるでしょうが、それ以外に2件の冤罪事件が紹介されています。1973年に垂水市で発生した強姦殺人事件では一、二審有罪ののち差戻しの控訴審で無罪が確定しましたが、福岡高裁は「調書に述べられていることが果して被告人らの実践〔ママ〕の体験事実を示すのかどうか極めて疑問」と、虚偽自白の強要を強く示唆する判断を下しています。そのような取調べを、いずれも少年だった被疑者2名に対して行なったわけです。

なお本論の方は、タイトルが示唆しているように、大崎事件やその裁判の内容に即して冤罪であることを説くのではなく、再審請求においては「裁判所の消極姿勢にぶつかると、まったく法的に動かしようがない」という手続き上の問題点に絞って論じていて、大崎事件にとどまらない射程を持つものとなっています。

2013-05-04

[]「志布志事件10年」

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4月14日づけエントリのコメント欄にてとらこぞうさんからご指摘ただいておりますように、朝日新聞が4月16日夕刊から全4回で「志布志事件10年」と題する連載を行なっていました(「聞蔵IIビジュアル」で確認したところ、地元鹿児島では17日朝刊からの連載になっており、見出しその他に多少の違いがありましたが、以下は16日からの連載に準拠します)。

  • 4月16日夕刊 (志布志事件10年:1)警察は「うそひいごろ」

冤罪被害者が件に損害賠償を求めた訴訟での、事件の捜査を指揮した県警の元警部らの証言がとりあげられています。この警部が有名になった「たたき割り」という自白強要手法について聞いたことがないとしらを切ったこと、さらに当時の志布志署長がヌケヌケと「真実の供述を得たが、刑事裁判では私どもの主張が認められなかった」「初期の段階から(捜査員が)100人ぐらいいたら違った展開があった」と証言したとのこと。サブタイトルの「うそひいごろ」とは鹿児島弁で嘘つきを意味するそうです。

  • 4月17日夕刊 (志布志事件10年:2)とうちゃんのため、闘う

被疑者とされた夫婦と長男の関係が悪化し「音信不通」になったことが紹介され、逮捕されることがほぼ確実に有罪視されることを意味するこの社会における冤罪被害の深刻さがよくわかります。

  • 4月18日夕刊 (志布志事件10年:3)塗りつぶされた指揮簿

冤罪被害者(被疑者)の支援活動を行ってきた地元の司法書士への取材です。志布志事件のように、強要された虚偽自白がさらなる被疑者をうみ、さらなる虚偽自白をとるための梃子にされる事件では、本来同じように被害者である被疑者の間に対立が生じ得るわけですが、支援団体の存在によって「被害者たちは仲間割れすることなく、立ち向かえた」とされています。サブタイトルは前述の民事訴訟のために県に情報公開請求をして入手した「選挙違反事件についての本部長事件指揮簿」という文書のことです。「すべてのページでほとんどが真っ黒に塗りつぶされ、何が書かれていたか全くわからない」代物だったそうです。県の無責任ぶりが黒塗りされたページから浮かび上がってくるようです。

  • 4月19日夕刊 (志布志事件10年:4)可視化、ワゴン車で訴え

一貫して容疑を否認し起訴猶予処分になったものの、「踏み字」の強要に関して損害賠償請求訴訟を起こして勝訴、「闘いの切り込み隊長になった」人物への取材です。いまもワゴン車で取調べの可視化を訴える活動を続けておられるとのこと。布川事件の桜井さん、足利事件の菅谷さん、氷見事件の柳原さんたちとの新年会に参加したことが紹介されていますが、この3人は4月14日づけエントリでとりあげた『NNNドキュメント'13』の「あたいはやっちょらん」でも、未開示の証拠を検察に開示させるよう裁判所に要請する活動を紹介するシーンで登場していました。

2013-04-14

[]「再審格差」

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先週、4月7日(8日未明)放送の『NNNドキュメント'13』は「あたいはやっちょらん」と題して、大崎事件の冤罪疑惑をとりあげていました。

この事件では弁護側が求める証拠開示を裁判所が認めず、それが(弁護側の主張では)冤罪を証明するうえでのネックとなっています。再審に対する担当裁判官の姿勢次第で証拠開示が勧告されたりされなかったりする現状を指して元受刑者の弁護士が口にしたのが「再審格差」ということばです。

個々の裁判官の判断が互いに独立しているべきであるような場面というのはたしかにあってしかるべきなのですが、被告人の防御権の根幹に関わる証拠開示のような問題については、被告人に有利な方向で方針の統一が図られてもよいはずです。

2013-03-24

[]逆転無罪最高裁判決について

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(被疑者・被告人の「自白」はないケースですが、供述の信用性が争点になった事件ではあるため「自白の研究」タグを用いています。)

今村核弁護士の著書『冤罪と裁判』をとりあげたエントリでも触れた逆転無罪事件について、次のような報道がありました。

 性暴力被害者支援に取り組む札幌市のNPO法人「ゆいネット北海道」は20日、性犯罪被害に詳しい杉田聡・帯広畜産大教授(哲学)の講演会を札幌市で開いた。杉田教授は、強姦(ごうかん)罪に問われた男性に逆転無罪を言い渡した最高裁判決(11年7月)について「性犯罪の科学的な研究成果を無視した問題の多い判決」と批判した。

(後略)

昨日のエントリでとりあげた『週刊金曜日』936号にもこの裁判に触れた記事があります。「論争」欄の「森美術館問題を考える」に寺西和史判事が寄稿した「日本の裁判にみる性暴力と二重基準」です(63ページ)。そこで記事に登場する杉田聡氏の編著『逃げられない性犯罪被害者 無謀な最高裁判決』(青弓社、2013年2月)が紹介されていましたので、いずれ読んでみたいと思っています。今村弁護士はこの最高裁判決を高く評価していましたので、評価が分かれる理由が気になります。