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(^_-)☆ アポ太の『TAO・ライフ』 このページをアンテナに追加

2009-09-30

何をもって憶えられたいか

P・F・ドラッカーという人の本の一説にこんなエピソードがあります。


   「私が13歳のとき、宗教の先生である牧師さんが

   『何をもって憶えられたいかね』と聞いた。

    誰も答えられなかった。

    すると、

   『答えられると思って聞いたわけではない。

    でも50になっても答えられなければ、

    人生を無駄に過ごしたことになるよ』といった。

    長い年月が経って、

    私たちは60年ぶりの同窓会を開いた。

    ほとんどが健在だった。

    あまりに久しぶりのことだったため、

    はじめのうちは会話もぎこちなかった。

    するとひとりが、

   『フリーグラー牧師の質問のことを憶えているか』

    といった。

    みな憶えていた。

    そしてみな、40代になるまで意味がわからなかったが、

    その後、この質問のおかげで人生が変わったといった。

    25歳ぐらいになってから

    考えはじめたという者も何人かいた。(……)

    今日でも私は、いつもこの問い、

   『何をもって憶えられたいか』を

    自らに問いかけている。

    これは、自己刷新を促す問いである。

    自分自身を若干違う人間として、

    しかし、なりうる人間として見るよう

    仕向けてくれる問いである。

    運のよい人は、フリーグラー牧師のような導き手に、

    若い頃そう問いかけられ、

    一生を通じて自らに問いかけ続けていくことになる」



・・・スティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』でも、

どの様な人生を送りたいかを考えるトレーニングとして、

自分の葬儀を思い浮かべて、そこに参列した家族や友人、

あるいは知人に、どの様に語られたいか・・・

を考えるという話があります。


それを考慮してみても、この考え方は実に奥が深い。

・・・様に一見、思えるかもしれません。


だけれども、日本の歴史を紐解いてみたら、

これよりも凄い考えがごまんとあることを

果たして皆さんはご存知でしょうか?


日本の宮大工の思想一つ取ってみても、

千年先を見通して、その建築に挑むといいます・・・


今は世界的な不況といわれているけれども、

しかし、それを解決するための手立てが、灯台下暗しで、

実は、自分達のお家(国)にあるのではなかろうか?

僕にはそのように思えてなりません。

・・・しかしそれでもな、それを思い出す為にあえて言いたい。


『何をもって憶えられたいか』


・・・彼の、常に自問したこの問いは、

数世紀を隔てても、

恐らくは、決して色あせることはないでしょう。

何故ならその問いは、

『個』を超えた問いなのですから・・・


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p.s.

P・F・ドラッカーに興味をもたれた方は、

この対談を読んでから実際の本を読むと、面白さが倍増しますよ!

よろしければどうぞ!

(^_-)☆

はじめてのドラッカー

http://www.1101.com/drucker/

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