ハンナ・アーレント★★★★〜右傾化する日本にフィットする命題〜


 『ハンナ・アーレント』は日本で異例のヒットを記録している。哲学者の提唱に関する独映画が何故ヒットしたのか。いざ鑑賞するとなるほど納得で、国際的に右傾化と報じられる現日本に巧くフィットする映画だった

 バッサリ言うと哲学者が発表したレポートが炎上する話。主人公ハンナ・アーレントナチスドイツに収容された経験を持つユダヤアメリカ人。ナチスドイツ幹部を勤めたアドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し、以下のレポートを米誌で発表した。

アーレントの発表したレポート概要
1.【悪の凡庸さ】上からの命令に忠実に従うアイヒマンのような小役人が、思考を放棄し、官僚組織の歯車になってしまうことで、ホロコーストのような巨悪に加担してしまうということ。悪は狂信者や変質者によって生まれるものではなく、ごく普通に生きていると思い込んでいる凡庸な一般人によって引き起こされてしまう事態
2.WW2下にナチス政権に協力したダヤ人自治組織(の指導者)もまた悪の凡庸さの一例である

 当然の如く大炎上。「ナチスの大悪党であるアイヒマンは凡人である」ってだけでも炎上。「悪の凡庸さ」の一例として記した「ナチスに協力したユダヤ人たち」が大々炎上。アーレントは脅迫文の嵐には遭うわ、大学からは解雇決定を下されるわ、ユダヤ系学者たちからは村八分を喰らうわ、家族には嘆かれるわ、インテリ友人からは絶交されるわ…。映画の大半はこういった「炎上し世間&周囲から攻撃されるアーレント」描写に割かれる。この構成に“巧さ”が在る。「反射的にアーレントを糾弾する人々」を描くことで「悪の凡庸さ」そのものを表現したのだ。社会的には一流の学者たちですら、冷静さを失い、輪になってアーレントを「悪」と決めつけて攻撃する。アーレントの提唱はどのようなものか?支持出来ないならどの面にどのような欠陥があるのか?…このような学術的視点でアーレントのレポートと向き合う学者たちは限りなく少ない。そのような、時に国の命運を担う社会的一流学者たちでも「彼女は悪だから村八分にして良い」という加虐的団結へ傾向する。これこそ「思考停止」。思考停止し他者を加虐する「悪の凡庸さ」の見事な体現だ。


 そしてニッポン。今日の日本は、政治家の靖国神社参拝や慰安婦関連発言により、海外メディアに「右傾化」を指摘されている。安部首相の靖国参拝は中韓米政府だけでなくEUまでも批判を発表した。それに反し、日本国内では「反・中韓」意識が高まっている。こういった世の中の空気に不安を覚える日本人は少なくはないだろう。…「欧米中韓に批判されても反中韓を貫いていて良いのか」「このまま中韓と闘って良いのか」「いつかは戦争になってしまうのではないか」…こんな微かな疑問を抱える人も一定数居るはず。そういった日本人にとって、「思考停止が生む集団的悪」をわかりやすく、エキサイティングに紹介する『ハンナ・アーレント』は有効な映画だ。昨今の社会動向に対する不安に不安を覚える人に対し「流されず個人として考える為の武器」を授けてくれるのだから。
 愛国心および自国への帰属意識は悪いことではない。『ハンナ・アーレント』でも、己の民族に帰属意識を持つ人々が悪人ではないことが描かれていた。だけれど、冷静な思考を停止させ、他者を攻撃するような帰属意識は大きな危険性を孕んでいる。現に「アメリカの正義」を掲げたイラク戦争アメリカ市民にも大きな傷跡を遺した。考えることをやめてはいけない。「暖かそうに見える帰属意識」にのめり込んではいけない。そんな叫びを『ハンナ・アーレント』は持っている。一定の日本人に求められる映画だ。 最後は宮尾節子さんの名詞で。

(via明日 戦争がはじまる - Togetter )

参考資料
掲載グラフ引用元 「第9回日中共同世論調査」結果 | 言論外交の挑戦 | 特定非営利活動法人 言論NPO
TIME誌表紙引用元 http://www.time.co.jp/time/backnumber/20121217.html
「アベノミクスとナショナリズム」の相関関係(木村正人) - 個人 - Yahoo!ニュース
英BBC「日本は右に大きく舵を切った」|日テレNEWS24

角川シネマ有楽町にて鑑賞)