Apr 15, 2006
■[roman]スプートニクの恋人
小説の半ばで、登場人物の一人Kは失踪中のすみれが残した二つの文書を見つける。ひとつはすみれが見た最近の夢が綴られてあり、彼女は同型の夢をこれまで繰返して見ている。もうひとつは十四年前にミュウが遭遇した不思議な体験をすみれが書き取ったものである。Kはすみれの失踪が公開捜査になる直前に、彼女のスーツケースから文書の入ったフロッピーを抜き取る。どうしてそうしたのか、その理由を私は思い出せない。いづれにせよKは、彼女の行方を明らかにするのは警察の捜査ではなくてこれらの文書を辿ることを通してであると確信していたのだ。そうしてKは同時期に書かれたそれらの共通点について考察する。
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…その両方の文書に共通しているモチーフは、明らかに「こちら側」と「あちら側」の関係だった。そのやりとりの姿だ。…彼女はこれらの文章を書くことをとおして、何かを思考しようとしたのだ。…*1 |
Kがすみれに倣って思考したように、私もKに倣って思考を始めるべきだろうか。
1.ミュウの話
すみれの記したミュウの話は、ある地点からある地点まで「空白」がある。そこから何が起こったのか、そこから…、どこから…、スイスの避暑地の村で、夜更の遊園地の観覧車に閉じ込められた独りぼっちのミュウが小型双眼鏡を彼女のアパートメントの窓に向けて覗いた時。
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| …彼らは私が見ていることをちゃんと知っているのだ。…*2 |
双眼鏡による覗きは、対象の視界外からそれを見ることを可能にすると思われる。対象に自身が覗かれていることを知らせない、知られたくないは、覗く者の存在が相手に知れた場合にあるがままの対象認識が阻害されるというアイデアに基づくとして、観察者から対象に向けて措定されるあるがままとは、if I were not thereを本性とするオルタナティブ空間を指すのでは。あるいは、彼女が双眼鏡を携帯していたのは「音楽劇で遠くの芝生席から舞台を眺めるため」という説明を受け入れて、オペラグラスを通して劇の上演を見つめる観客の姿に準えるべきだろうか。確かに劇空間に於ける舞台上の俳優は「私が見ていることをちゃんと知っている」に違いない。高倍率のレンズが獲えるのは対象の拡大されたイメージとして、笑い皺が造る表情、衣擦れを生起させる足捌き、発声を制御する横隔膜の上下運動、etc.、そうした劇の進行から切断されたイメージがなおもその部分であるためには、パート(役)と演技者との一時的かつ一意的な結びつきが必要である。花形スター、はその象徴となるだろう。レンズの倍率につれて対象も見え方も変化を蒙りながら、そこではあれとこれとは同一のものの異なるアスペクトであり得るという関係が成立する。ミュウの物語にはこの機制が欠けている。双眼鏡を拡大しても対象の見え方に変化はない。それどころか既知であるという当初の確信は時の経過とともに揺らいでいき、竟に自身が見ているものが何なのか解らないと口にする。彼女が見ていたものはジョルジュオ・デ・キリコの絵のあらかじめ顔(表情)がないか、影でしかないことを本質とするオブジェであるかのように。双眼鏡の倍率の目盛はすでに剥離し、時計の針は落ちている。あるいはまた、バードウォッチングのように考えられないだろうか。最初のケースと同様ではないかと思われたら違う、人間と鳥類とでは視認可能距離に大きな違いがある。空中飛行する鳥は人間よりも視認距離が長く、眼球の運動能力による視界角度が広く、さらに紫外線の認識能力を持つ者も在る。ここに見る/見られるの視覚的均衡状態を措定出来ると思うのは夢想にすぎない。
2.すみれの夢
高度千数百メートルの距離から視認された獲物に向かって急降下する鷲はけっして迂回しない、察知されて以後の対象の逃走経路をも折込済みの最短ルートを採るに決まっている。犠牲と猛禽類との関係は幾何数理的明証性によって澄み渡っている。人間で云うところの逡巡が影を落とすべき場所はそこにはない。それはけっして宇宙から大気圏に突入した隕石ではなくて、大気圏のなかでの出来事である。もしも両者間にそのような障壁があれば鷲は一瞬で燃え尽き、無くなってしまうだろう。
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…「すみれは、消えてしまったの」 「消えた?」 「煙みたいに」とミュウは言った…*3 |
夢のなかで、すみれを取り巻く風景はひっきりなしに変貌し続ける。螺旋階段を上へ上へ昇ると壁が出現した、壁に開いた穴に拘泥しているうちに階段は消え、そこにドアが出現した、ドアを開けた…。止むことなく横辷りする風景につられるように彼女もまたその存在を変貌させていくのだろうか。すみれの記述ではそのようである。頻々として周囲の干渉を受け入れた結果、身体と外界の境界は失われ続けて浮遊する大気中の塵になる・す・ん・ぜ・ん・に「耳を塞い」だ…覚醒…。もしも彼女が耳を塞がなかったら、否、耳は必ず塞がれねばならなかったのである。ミュウとの不思議な夜が明けた後、あちら側がこちら側であろうと、あちら側がどちら側であろうと、すみれの消失が起こる場所は、両者の境界面上を置いて他にあり得ないのだから。彼女がそこで文字どおり煙になってしまうのか、それともこちら側からあちら側へすり抜けて行くのかは判らない。解っているのは夢に「空白」はなかったということである。
3.エピローグ
小説の巻頭には「スプートニク」に関する短い歴史的事実が置かれてある。そこに記されたライカ犬をタイトル戴く映画『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』は見終わったあと無性に寂しの募る作品だった。だからどうというわけでもなく、この文章の一つの終わりが、抜け殻であろうと何であろうと身体は未だこちら側の住人らしいミュウの物語の余白に上手く辷り込むことを夢見ていただけなので
| quote::goo news(朝日新聞) 3月28日 (火) 08:50 |
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スタニスワフ・レムさん(ポーランドのSF作家)27日、ポーランドのクラクフで死去、84歳。秘書が明らかにした。タルコフスキー監督の映画「惑星ソラリス」の原作となった「ソラリスの陽のもとに」の作者として知られる。現代で最も著名なSF作家の一人で、作品は40以上の言語に訳された。(AP) |
村上春樹全作品 1990?2000 第2巻 国境の南、太陽の西 スプートニクの恋人
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