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2009-01-16-Fri ■ 散髪

QuiyoxQuiyox 2009/02/08 12:26 とても残念でなりません。
何を言っても遅いのですが、明日、最後のお別れに行ってきます。
とても辛いです。

verveverve 2009/02/08 16:14 ずっと 気掛かりでした。仕事中 こちらを拝見し 訃報を知りました。泣き崩れてしまいました。
まだまだ お若く まだまだ 作品を生み出して頂きたく、まだまだ 笑顔をみたく 再会できないまま お別れとなり 残念でなりません。数日前 西宮ガーデンズへ伺い 西田さんの作品を どうしても またみたくなり みておかなければという衝動に駆られ 行きました。からくりが 修理中ということで とめられていて なんとも言えない悲しみがこみあげ いたたまれなくなり 帰りました。
西田さん あなたに頂いた 笑顔 優しさ ユーモア 大きい心 鋭い視点、短い間でしたが 私は 宝物として大切にいたします。
葬儀は 伺いたいですが 残念ながら 難しいです。いつか 岡山大原の母方の実家に行く日 御礼を言いにいきますね。
沢山の涙となるでしょうが 沢山の笑顔で お見送りしたいです。私は 今晩は 泣けるだけ 泣きます。今は 側にいてくれる彼がいるので安心してください。心から ご冥福をお祈りします。
ありがとうございました。

maemuki1022maemuki1022 2009/02/08 22:27 心配してましたが、そうだったんですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
残念です、淋しくなります・・・・・・。
今年こそ、主人と博物館を訪れたいと思ってましたが。
でも、本当に有り難うございました。

羽川再生堂羽川再生堂 2009/02/09 07:26 訃報を聞き悲しみに溢れています。
ブログの更新が途絶えていたので、海外出張後何かとお忙しくされているのだと思っていました。
西田さんに憧れてはじめたオートマ製作。まだまだ沢山の事を教えて頂きたかったです。残念でなりません。お別れにはお伺い出来ませんが、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

asamasam 2009/02/09 23:54 残念です
私の大好きなブログで、長年拝見していました
これが初書き込みです、生前に書き込みしておけばと
今更ながら思います。
ありがとうございました

まねきねこまねきねこ 2009/02/10 22:46 お仕事がお忙しいとばかり思っていました。
昨年12月、ミキモトでの玩具展ではすれ違ってお会い出来ませんでした。
お会いする機会はまたあると思っていたのに。残念でたまりません。

higehige 2009/02/12 22:11 『手作り木工辞典』で作品を知って以来のファンでした。著作の作例から習作を何点か作らせていただきました。近くの博物館に展示されている作品を観にいったこともありました。
 3年振りに、作品を制作させていただいている折のことでした。拙い作品ですが、せめて、自分のできる力量で精一杯完成させたいと思います。

bishoubishou 2009/02/12 23:04 諸行無常!万有流転とは言え、実に残念!寂しい!辛い!三年前にブログにケータイから写真の入れ方をを教わって以来、ほぼ毎日発信しています。西田さんに教えてもらったのです。ブログを発信する度に西田さんを思い出すなー!三宮で一杯のやろうの約束も果たさず、駆け足で逝った。「子どもによい玩具を」玩具館のPRを講演の度にする事を約束します。「田舎の日曜日」へ愚痴りに行きます。奥さんやお母さんと一緒に愚痴ります。安らかに眠らせるものか!     平川洋児

nekorounekorou 2009/02/14 23:08 作品と博物館の大ファンでした。また、自費出版の私のCDをショップに置いて下さったご親切、そして、工房でおいしいコーヒーをご馳走になりながらお話して下さった時間の楽しさ、忘れる事はできません。このブログも、愛読していました。最後にお会いしたのは昨年の10月でした。とてもお元気そうに見えました。三人の息子さんの小さい頃のエピソードを楽しそうにお話下さいました。心から家族を愛していらっしゃるんだなあと思いました。
素晴らしい作品、博物館、人柄に接し、敬愛の念を持っておりました。
これからも西田さんの作品や博物館が私の人生を豊かなものにしてくれると思います。また、私の子供もそうなると思います。
天国への旅立ちが安らかであったと信じます!

BirdBird 2009/02/14 23:14 今頃は去年逝ったT氏とピーカンの五竜岳を滑っているのかな?おいしい酒といい車と綺麗な女性をこよなく愛した二人で思い出話しに花を咲かせているのかもしれませんね。かけがいのないお二人と過ごした時間は我が人生で最良の日々でした。

apricotapricot 2009/02/15 02:40 すべてが思い出という宝物になってしまいました…。
これからの力の源になってもらえるように 
ひとつひとつを大切にいたします。
「価値」のあたたかさや厳しさを教えてくださって、
ほんとうにありがとうございました。

ヒマワリヒマワリ 2009/02/16 00:29 娘が1歳の頃に検索かなにかでふらっとたどり着いて以来、
ずっとロムばかりでしたが更新が楽しみなブログでした。
一ヶ月ぶりにやってきて訃報を知り
「嘘でしょう?」という思いです。
心よりご冥福をお祈りいたします。

viewview 2009/02/17 19:04 昨年の春に田舎の日曜日を訪れてから、というものの、
西田さんの作り出すからくり人形に魅せられていたものの一人です。
秋に有馬を訪れた際に、こころよく工房を案内してくださり、その時の優しい笑顔が忘れられません。
遊び心、夢を追う気持ち、
大人でありながら少年のような心できっとこうして素晴しいものを作ってらっしゃったんだろうなと思います。
本当に残念でなりません。
どうぞ安らかに。

PYONPYON 2009/02/20 20:31 更新されていないと知りながら、何度も開いてしまいます。
訃報を知った日、ブログを開くとたくさんのコメントが
書かれていて、私はあらためて思いました
西田館長は本当にたくさんの方々に愛された人。
それも西田館長がお築きになられた人生の象徴のように思えます。
穏やかで、笑顔をみればほっこりできる
そんな館長のお人柄は誰もを幸せにできる。
作品はもちろん、西田館長という一人の人が
本当に素晴らしい方だったのだと改めて実感しました。
西田館長感動をありがとうございました。

higehige 2009/03/09 07:33  絶対完成させようと誓った、からくりおもちゃが完成しました。良かったです。ご報告まで。

まねきねこまねきねこ 2009/03/09 12:22 懐かしい気持ちから、ついつい立ち寄ってしまいます。もうすぐ、夫の仕事でベルリンに行きます。滞在中、aquioさんが度々行かれたseifenの町に行きたいと思っています。足跡が見つかるかもしれませんね^^。

ぐりぐり 2009/04/18 18:26 泣いてしまいました。
ちょっと忙しくてご無沙汰していたら・・・。

ご冥福をお祈りいたします。

apricotapricot 2009/09/16 12:53 こんにちは お久しぶりです。
秋になりましたよ。庭木にどんどん実がなります。
ここを訪れると目に入る、ページ左肩の時計が、
西田さんの時をずっと刻んでるみたいで
世界に溶け込んでる存在感を
ネット上でも身近に感じてしまいます。
……勝手な思い込み(笑)
間もなく新しい一歩が踏み出せそうです、と、
報告と感謝の書き込みさせてくださいね。
それと、 皆さま、心温かな日々を(^^)

和 2011/02/06 23:53 今日は1日西田さんの笑顔を思い出しながら過ごしていました。
その気持ちのまま、眠りにつきたいと思います。
おやすみなさい(^^)

KK 2011/06/15 18:47 今日は西田さんのことをブログに書きます。

いとひやいとひや 2014/04/03 19:34 ご無沙汰しております。
パソコンのブックマークフォルダを整理しておりまして、懐かしくなり訪問しました。あっという間に日が過ぎていきますが、そちらはのんびりできますか? コーヒーでもいれましょうか。 また気が向いたら遊びに来ます。

2009-01-15-Thu ■ 天国と地獄

bishoubishou 2009/05/19 11:20  連休に妻と友人と3人でホテル田舎の日曜日へ行きました。
もう10年くらいになるかな?いい男がコーヒーのサービスを、良く見ると西田館長だ「忙しい時には玩具館へ電話がかかるんです」一番最初に止まった時「ペンションですか?」「いいえ!ホテルです!」奥さんにピシリといわれた思い出、ジャムが美味しい!美味しいと!と言うと館長さんのお母さんがニコニコと、たっぷりとサービスしてくれた。あれ以来県北へ講演に行くと、「田舎の日曜日」を必ず予定のコースにいれた。食事が美味い、自家製ジャムが美味い!お母さんと奥さんとのおしゃべりが楽しい!そして音楽がある!静かで心の和む美しい風景に、ゆったりと心身の垢を流して帰る。ホテル「田舎の日曜日」は続けられると聞いて安心した。また行きますよ!

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2009-01-05-Mon ■ 息子・その2

aquio2009-01-05

長男のDと会ったのは、

年末の十二月五日のことだった。

その日の日記にも書いたが、

Dはオタク相手のイラストなどを描いて生計を立てている。

「Yahoo!」などに息子の名前を入れて検索してみると、

約二十万件ほどもヒットするから、

ま、その世界では著名人なのであろう・・・。

今日ネット上をウロウロと徘徊しているうち、

ANA ユニフォーム・コレクション第二弾発表」、

などというサイトを見つける。

「ムム、これはひょっとしたら!?」、と開いてみると、

やはり、Dがデザインしたフィギュアが八種類ほど紹介されていた。

前回、DがANAキャビン・アテンダントフィギュアデザインしたのは

今から三年半ほど前のことだったが、

その時は、十種類のフィギュアが総計百万個近く売れたらしい。

前回と同じ柳の下の泥鰌を狙った企画といえるが、

そうは問屋が卸すかどうか、親としては気にかかる・・・。

次男のSは三年半ほど前に、

有馬温泉イタリアンレストラン開業させた。

観光地であるから、季節によってお客様の入り具合は変動するが、

お客様からの評価はなかなかのものであるらしく、

固定のお客様もついてきた、という話をよく聞く。

ま、SはSなりに頑張っているようであるな。

さて、三男のSであるが、

こいつはコンピューター関連の仕事に就いているが、

専門用語が多いから、話を聞いてもチンプンカンプン。

コンピューターは解ったが、

コンピュータのどのような仕事をしているのか、がまったく解らない・・・。

しかし、仕事を抱えてイタリアに出かけたりアメリカに出かけたりしているところをみると、

少しは世間のお役に立っているのだろう・・・。

三人の息子たちは皆立派に成長してくれた。

人生一寸先は闇。

明日のことは誰にも解らないが、

息子たちは私を反面教師として学んできたことが多いはずであるから、

ま、彼らは彼らで何とかしていくことだろう・・・。

しかし、向後の憂いというのは、なかなかに晴れないものであるなぁ・・・。

まねきねこまねきねこ 2009/01/11 21:09 日記が更新されているところを見るとお元気になられたようですね。
息子さんたちは三人三様で、しっかりご自分の世界をお持ちのようです。
特にご長男はお父様のお仕事の影響を受けておられるかと…羨ましい^^。

「招き猫」、少々改名して「まねきねこ」となりました。
少しずつ犬へ変身しようかと考えています。いつの日にか。

遅くなってしまいましたが、

今年もどうぞ宜しくお願い致します。

aquioaquio 2009/01/15 12:25 まねきねこさん。こちらこそ、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
いろいろと雑務に終われ、ブログの更新すらできない状態でいました。
十五日辺りから、また再開させようかと思っています。

2009-01-04-Sun ■ キツネとタヌキ

aquio2009-01-04

私が母方の祖母と暮らしていた頃。

から五十三年ほども前のこと。

祖母が住んでいた里山には

キツネやタヌキもまたたくさん住んでいた。

ある夏の日、

隣の婆さんが息急き切って飛び込んできたことがあった。

「畳と畳の合わせ目から人間の親指が出てきた」、

ということであった。

「どれどれ」、と祖母と出かけていくと、

どこにも指など出てはいない。

「見間違いだろう」ということで一件落着したのだが、

当日の夜、その婆さんが部屋で過ごしていると、

またもや、「畳の間から指がニュルリと出てきた」、というのである。

その「ニュルリ」という婆さんの表現が実に生々しく、

今もその時のことを鮮明に憶えているのだが、

「あんた、そらいっぺん拝み屋さんに診てもうた方がええで!」、

ということになり、祖母と婆さんはバスに乗って町に出かけていった。

「隣の婆さんの家は、もともとはタヌキの棲み処であった」

「そこに婆さん一家が家を建てたものから、タヌキが怒っている」

「タヌキは今も床下に棲みついている」

「タヌキは婆さん一家を追い出そうとしているに違いない」。

それが拝み屋の見立てであったらしい。

「ほんなら笹の葉を燃やして燻したらええやんか」、ということになり、

両家総出でタヌキを燻りだすことになった。

私などはタヌキを捕まえるために網まで用意していたのだが、

とうとうタヌキは出てこなかった。

ま、タヌキがそれで出て行ったかどうかは知らないが、

以来、畳の間から指がニュルリと出ることはなくなった、らしい。

風呂だと思っていたら肥え溜めに入っていた」とか、

「美味い饅頭だと思って食っていたら馬糞だった」とか、

当時、田舎においては、

タヌキやキツネに化かされたなどという話はどこにでも転がっていたな・・・

内山節」著による「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」、

を読んでいてふと思い出した子どもの頃の話・・・

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2009-01-03-Sat ■ 文鎮

aquio2009-01-03

刀鍛冶でいらっしゃるМさんのお嬢さんにお会いしたのは、

まだ彼女が小学五年生の時であった。

次にお会いしたのは、

彼女大学受験を控えていた時であるから、

十八歳、ということになるか。

そういえば、五年前にも一度お会いしているな。

年末、そのお嬢さんが、

ご亭主とともに私のアトリエを訪れてくださったのだが、

今朝、彼女からズシリと重い封書が届く。

封を開いてみると、中から一つの文鎮が出てきた。

「鍛鐵降魔」と刻印された文鎮。

「降魔」には「魔物を退けて悟りを得る」というような意味があるから、

「鍛鐵降魔」とは、

魔物を退けて悟りを得るための鉄を鍛える」、という意味になるのかな!?

添えられていた手紙には、

「主人は父の跡を継いで刀鍛冶になることを決意してくれました」

「しかし、まだまだ切れる刃物を鍛えるまでには至りません」

「主人の作った文鎮をお贈りいたします」、

と書かれていた。

昔、彼女のお父さんから一振りのナイフを頂戴したことがある。

「Nさん(私のこと)、貴方にナイフをプレゼントするよ」、

と一振りのナイフを頂戴したのだが、

「これが私の自信作」、と言って見せられたナイフの素晴らしかったことといったら・・・。

見せられたナイフと頂戴したナイフを見比べてみると、

どうしても頂戴したナイフが見劣りしてしまう。

その切れ味を指の腹に当てたりして試しているうち、

「解った、解った、もうそっちのいい方のナイフをあげるわ」

「ナイフも解る人に使ってもろうたら本望やろ」、

と、そのМさん自信作のナイフをちゃっかり頂いてしまったことがあった。

古式の製法にのっとって鍛えられたナイフ。

あれから十五年ほどは経つだろうか、

頂戴したナイフは今も大事に使わせていただいている。

もっとも、研ぎを繰り返したせいですっかり短くなってしまったが・・・。

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2009-01-02-Fri ■ カレンダー

aquio2009-01-02

年末ともなると、

取り引き先や銀行からカレンダーを頂戴するのだが、

今年はそのカレンダーを一冊も頂戴していないことに気付く。

カレンダーの数え方は「冊」でよかったのかな・・・?

昨今は不景気であるから、

企業がカレンダーの配布を止めてしまったのかもしれない。

もっとも、

気に入らないカレンダーを頂戴した場合など、

結局はゴミとして廃棄するしかなかったのだから、

資源保護の観点からしても、

これはこれで大変に結構なことではないか、と思う。

カレンダーといえば、

一世を風靡したメンズファッションメーカーVAN JAC./ ヴァン・ジャケット」が、

「CAPE COD SPIRIT」というキャンペーンを打ち出したことがあった。

その時のカレンダーが格好よかった・・・。

白い帆に「CAPE COD SPIRIT」とプリントされたヨットが海の上を疾走する、

というシーンを印刷したカレンダー

「CAPE COD」といえば、

清教徒が新天地アメリカに最初に到達した地点であったし、

あの「ケネディ」家の別荘があることでも有名な岬だった。

もっとも、撮影された場所はアメリカの「CAPE COD」ではなく、

日本三浦半島の辺りであったらしいが、

そのカレンダー欲しさに、私はせっせと「ヴァン」で買い物をしたものだった。

お金を出してでも欲しい」、とそう思わせるカレンダーだったな。

「CAPE COD SPIRIT」のカレンダー天井に貼り、

ベッドに寝転がっては、まだ見ぬ海外への空想を膨らませたものだった。

あれは私が二十歳の頃であったから、もう四十年以上も前のことになる。

当時のカレンダーといえば、

十二ヶ月十二枚綴りのものが主流であったように記憶しているが、

「ヴァン」のカレンダーには、

六・七・八月の三ヶ月分しかプリントされていなかった。

これもなかなかに新鮮な感覚であったように思う。

九・十・十一月分のカレンダーが欲しければ、

秋・冬もののセーターやカーデガンを買わなければならなかったが、

それでも、「ヴァン」のカレンダーは当時の若者ステータスであった・・・。

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2009-01-01-Thu ■ お正月

aquio2009-01-01

元旦の「旦」の字は、

地平線、または、

水平線から太陽が昇ってくるシーンを表した文字である

とそう誰かに教えられた憶えがある。

「元」の意味は「はじめ」、つまり「beginning」。

「旦」の意味は「朝」、つまり「morning」。

なるほど、よくできているな、と感心してしまう。

私は兵庫県明石市の生まれだが、

「明」という文字は、

「日」と「月」だから「明るい」のではなく、

この場合の「日」は「窓枠」を表す象形文字であるらしい。

「窓枠」を通して「月」の光が差し込むから「明るい」のだそうである

なんとロマンティックな表現であることか。

日本語は美しいねぇ・・・

歳をとったせいか、

近頃は母国語に大きな関心を持つようになったが、

読めても書けない漢字のなんと多いことか・・・

情けないったらありゃしない。

しばらく中断していた英会話も再開したい、とも思うが、

いくら英語が喋れたところで、備わった知性以上の会話はできないものであるしね・・・

日本語で「源氏物語」について語ることができなければ、

英語で「源氏物語」について語ることはできない、ということ。

さて、今日はお正月

年頭に際しいろいろと思うことも多いが、

今年から母国語にもう少し慣れ親しんでみようか、と思う。

あと一つ。

私も歳が歳であるから

今年からはもう少し自分の身体を労ってやろう、とも思う。

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2008-12-30-Tue ■ ももひき

aquio2008-12-30

中国の某ファッション誌の編集長の、

「ももひきを穿くのは格好が悪い」

欧米では笑いものにされている」、

という発言が国中で物議をかもしているらしい。

今から四十年ほど前のことであったと記憶しているが、

日本においても、

「男のももひきほど格好の悪いものはない」、

という発言が某女優の口から飛び出したことがあった。

加賀まりこ」じゃなかったかな!?

以来、都市部ではももひきがさっぱり売れなくなってしまった。

夏はすててこ、冬はももひき。

この二つは男の必須アイテムであったように記憶しているが、

女にもてようとして、

若い男たちは寒さを我慢してももひきを穿かなくなってしまったのだった。

かく言う私もその内の一人だったのであるが、

二十八歳の時の冬を境に、

ももひきをまた愛用するようになってしまった。

今から三十四年前、

私は福島県会津磐梯山の裏側に住んでいた。

いわゆる「裏磐梯」と呼ばれる地域

五色沼や桧原湖、小野川湖のすぐ近く。

冬ともなると、屋外の気温はマイナス十度を軽く超えてしまう。

ももひきを穿いていなければ、命にかかわってしまう。

昔、「伊達の薄着で洟垂らす」という言葉があったが、

伊達者を気取るほど馬鹿馬鹿しいことはない。

それに、自分意識するほど他人が自分を見ているなんてことはないしね・・・。

寒けりゃぁ堂々とももひきを穿けばいいのである。

女の目線など気にしなければいいのだ。

女はパンティストッキングなどという便利なものを穿いているではないか。

パンティストッキングなど脱皮を終えたニシキヘビの抜け殻のようなもの。

そんなものを穿いている女に、

「ももひきは格好が悪い」、などと言われたくはないものである。

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2008-12-27-Sat ■ キムチとすぐき

aquio2008-12-27

今回の旅のお土産は、

「Kriepa」のティッシュ・ペーパー一ダース。

「Dallmayr」の新商品であるらしい

エチオピア・ブレンド」のコーヒー五袋。

「AJONA」の錬り歯磨き四箱。

そして、不味いと評判の高い

「Pulmoll」のクラシックキャンディを三缶。

「Dallmayr」のフランケンワイン

ミュンヘンにお住まいのGさんから頂戴したもの。

「David Carter」の飛び出す絵本

ハフナーさんからクリスマスプレゼントに頂戴したもの。

自分で買ったものといえば、

ティッシュとか歯磨きとかの日用品ばかり。

正直なところ、

海外に出かけても欲しいと思うものがほとんど無い・・・。

荷物を整理し、

「さて、アパートに帰ってさっさと寝よう」、と思った時、

不意に「キムチ」が食べたくなる。

摂食障害を起こしている時に、

よりによって「刺激の強いキムチ!?」とは思ったが、

「食べたいと思うものを食べたい時に食べておこう」と思い直し、

マーケットに出かけてキムチを購入する。

漬物のコーナーをブラブラと物色するうち、

美味そうな「すぐき」を見つけ、これも一緒に購入する。

アパートに戻り、冷凍してあったご飯を温めて粥を作り、

キムチとすぐきを皿に盛りつける。

これが実に美味かった・・・。

さすがに粥は一膳も食べきれなかったが、とても美味しく頂けた・・・。

量ってみると、ここ三週間ほどの間に体重が六キロほども減少してしまっていた。

明日からはリハビリに精を出さなければならないが、

食欲が出てきた、というのはとてもいいことであるな。

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2008-12-25-Thu ■ München / ミュンヘン二日目

aquio2008-12-25

皆さんが市内観光に出かけていらっしゃる間、

ホテルでゆっくりと休ませていただくことにする。

摂食障害を起こしているからか、空腹をほとんど感じない。

午後一時、

カンパリオレンジが無性に飲みたくなり、

マリエン・プラッツのラーツ・ケラーまで出かける。

カンパリオレンジチビチビやりながら、

「R・C・ウイルスン」著による「時間封鎖」を読む。

今日は午後四時から、

ハフナーさんのご自宅に招待されている。

ドイツの一般家庭におけるクリスマスの過ごし方を体験してください」

「皆さんどうぞご一緒に」、ということなのだが、

それまでにはまだ少し時間がある。

マリエン・プラッツの辺りをブラブラ散歩することにした。

午後三時半、ミュンヘンにお住まいのGさんと合流し、

ハフナーさんのご自宅に向かう。

いやはや、素晴らしいアパートであるね。

壁面や棚には、世界中おもちゃが並び、

書架にはおもちゃに関する書籍が所狭しと並べられている。

また、そのキッチンの素晴らしさといったら・・・。

今、彼の店は改装最中

来年の三月には新装開店の運びになるらしいが、

今度は世界中の優れた飛び出す絵本も多く扱ってみたい、と言う。

日本の飛び出す絵本を何冊か送ることを約束したが、

訊くところによると、

今、彼のお嬢さんは飛び出す絵本についての本を執筆中であるらしい。

執筆が終われば、その資料としてして使った絵本は私にくださる、と言う。

楽しみなことではあるね。

さて、今日ツアーおしまい

体調が優れなかったために、

皆さんには大変な迷惑をかけてしまったのではないか、と思うが、

ま、これはこれで結構楽しい旅ではあったようにも思える。

またいつか、機会があればご一緒したい、と思う。

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