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2010-11-05

ストリートの現働化 規律―管理社会をめぐる時間地理学からの展望 加藤政洋

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 本稿は規律社会から管理社会への移行について,時間地理学観点からその特徴を明らかにするものである。時間地理学スウェーデン地理学者トルステン・ヘーゲルストランドによって 提唱された概念・分析枠組みであり,人間の行動を時間・空間スケールを問わずに図化できる特長を持つ。そして人間の行動を制約する諸要素と空間特性から行動パターンを考察するのであるが,本稿では空間特性のなかでも「管理領域」と称される概念を用いることで,規律社会から管理社会へと移行するなかで生じた(主体化のプロセスを含む)社会―空間変容を明らかにする。そして最後に,管理社会の「隙間」をストリートと措定し,管理を逃れる「外部」ないし〈事件〉の創出についても考察する。


1 軌跡と地理学

 1950 年代初頭,ノルウェーの片田舎でひとり暮らす年老いた男のもとに,スウェーデンの「家庭研究所」(Hus Forskning Institut, 1944 年設立)から調査員が派遣されてくる。調査員の目的は「独身男性の台所での行動パターン」を仔細に調査すること。折しも台所仕事が世界的に重要視されはじめ,棚や調理台といった台所用品・設備の国際的な規格化が進み,より快適な台所環境が求められていた時期のことである。

 台所の隅には住人の男性を見下ろす監視台が設置され,調査員の男は朝から晩までそこに座り,被調査者とは「お互いに会話をしてはならない」,そして「どのような交流もしてはならない」という厳しい規則のもと,老人の行動を観察・記録するのだった。

 一方,被調査者の老人はといえば,台所で料理をしないなどの非協力的な態度をとるばかりか,しまいには監視台の据えられた台所の片隅の天井に覗き穴をあけて,無為に過ごす調査員を逆に観察する始末である。しかし,観察者との 2 人だけの時間がたつうちに,男性の生活と心情に少しずつ変化が生じて……。

 これは,ノルウェースウェーデン合作の映画『キッチン・ストーリー』(監督ベント・ハーメル,原題KITCHEN STORIES, 2003 年)のあらすじである。公式HP によれば,台所における単身男性の行動を観察するという設定は,「1950 年当時,スウェーデンの家庭研究所が実際に調査した台所動線図」を監督のハーメル氏が見て着想したものだという(http://www.spoinc.jp/kitchenstory/ 最終閲覧日 2006 年 1 月 3 日)。

 実際,劇中には行動パターンを記録した図が登場する。それは台所仕事をする人物の動きを書き重ねることで,台所内における行動パターンを析出したものであった。

 わたしがこの映画を見ながら―特に「動線図」が映し出された場面で―想起したのは,フランス社会学者ションバール・ドゥ・ローヴェが『パリとパリ都市圏』 (1952年)に掲載した 1 枚の図である。それは,ある女子学生が 1 年間に実際にたどったすべての道筋をパリの市街図に描き込み,彼女の生活が自宅―学校―ピアノ教室を行き来する行動に枠付けられていることを明らかにした驚くべき図であった。そこには,それぞれの停留点(学校―自宅―ピアノ教室)を頂点とする隙間のない見事な三角形が浮かび上がる (Chombart de Lauwe 1952 下図)。家庭内の一部と大都市というスケールの違いこそあれ,どちらも人間の行動を図的に―軌跡によって―表象し,空間の特性を浮き彫りにするという点に共通性が見られる。

 考えてみると,特定の空間内を移動する人の動きを把握する試みは,たとえばスポーツ学(あるいはスポーツ中継の解説)などにも見られるし,マーケティング街づくり都市計画)でも常套手段となっている。そればかりではない。今では文化研究の端緒に位置づけられる思想家のなかにも,人の移動の軌跡を 1 本の線(動線)に置き換える構想が育まれていた。一例を挙げるならば,希代の都市思想家として知られるヴァルター・ベンヤミン。彼は自らの生涯を図式化する発想を次のように述べている。

 以前から,およそ何年間も,わたしは人生の空間を一枚の紙に図解するというイメージを思い描いている。最初は灯台図が思い浮かんだが,いまはむしろ,参謀本部地図のほうをとりたい気がする。もっとも,都市の内部の地図があるとしての話である。だが,たぶん未来の戦場を感違いしてか,そんなものはない。わたしは記号のシステムも考え抜いたのだ。だからこういう地図の灰色の地には賑やかな模様ができるだろう。もし,わたしの友人たちの家や,青年運動の「談話室」から共産主義の青年たちの集会場にいたる各種団体の集会室や,わたしが一晩泊まったホテルの部屋・娼婦の部屋や,決定的なティーアガルテンのベンチ,通学路,それにわたしが埋葬に参列した墓,今日その名まえは忘れられているとはいえ,かつては毎日のようにわたしたちの口にのぼった喫茶店が華やかにあった場所,いまは空室ばかりの貸しアパートが立っているテニスコートや,ダンスの時間の怪物たちのためにまるで体操場に変わってしまった金飾り・化粧漆喰飾りのホール,もしこういうすべてがその地図に,はっきり区別がつくように記入されたとしてである。(ベンヤミン1971: 127)

 自分が馴染んだ諸々の場所を地図的表象のうちに布置する試み。彼のパサージュ論に重ねてみてもじつに興味ぶかい着想と思われるのだが,「台所動線図」やローヴェの図ともどもに言えることは,時間の経過が不明確にならざるを得ないということだ。

 ところが,(ベンヤミンないし「台所動線図」の直接的な影響は確かめられていないものの)1960 年代後半から人間の行動を時間の経過と空間的なひろがりのなかで捉える表記法が開発されてきた。それは,スウェーデン地理学者トルステン・ヘーゲルストランドが提唱した「時間地理学time-geography」である。今では,地理学社会学はもちろん,都市計画・交通工学などでも広く用いられている手法,あるいは広く検討されている概念で,アンソニー・ギデンズの構造化理論に影響を与えたことでも知られている。

 時間地理学の特質は,空間的ひろがりに時間軸を挿入したこと,さらに(詳細は後述するが)人数・空間・時間のスケールを問わないため,ある 1 日の生活から一生涯にいたる行動を(概念的には人数を限らずに)図化できる点にある。そして一般に「マクロな集計では抜け落ちてしまう人間的リアリズムをとり戻す」こと,さらには「生活の質や暮らし易さといった現代的な課題にとり組む」(浮田編2003: 113)ことがその意図であるとされている。

 以前,筆者はド・セルトーの「戦術(空間の実践)」論に依拠して,時間地理学を批判的に検討したことがある(加藤 2001)。ここでは同じく時間地理学に対して,ド・セルトーの「戦略」概念を批判の論点としてではなく,あえて接ぎ木することで,別様の読み方を提示してみたい。いくぶん議論を先取りして言うならば,それは規律社会から管理社会への変容を時間地理学に沿って考えてみる試みとなる。


2 時間地理学をめぐって


2.1. 基本概念の整理

 最初に時間地理学にまつわる基本的な考え方を整理しておこう。時間地理学において,まず諸個人は特定の目的を持つ行為主体agent として,空間的な移動を通じて時間を消費する存在とみなされる。日常のルーチン的な移動(たとえば,家から職場・学校へ,そして帰宅)から,生涯のさまざまな段階における移住(たとえば,田舎での幼小期から大都市での専門的な修練へ,結婚と郊外への移動,田舎への隠居)にいたる個人史(誌)を,「時間―空間におけるライフパス(生活経路/生涯経路 life-path)」として図表的に描く,それが彼の発明した網状モデルである。そのような個人史(誌)の考察を通じて,時間―空間的な行動の原理を探究するのだ。

 この枠組みにおいて,空間と時間は,なんらかの社会的な「企図project」を実現するために,諸個人が引き出さなければならない資源として位置づけられる。すると,人間が生物である以上,食事や睡眠などの時間を欠くことはできない上に,人間の物的身体 physicality,ならびに時間の有限性と「距離摩擦」は,当然のことながら物理的な移動の制約となる。これらは 「能力の制約」として定義され,前者を 「生理的な能力の制約」,後者を「物理的な能力の制約」と呼んで区別することもある。

 能力の制約は,諸個人の到達可能な範囲の上限を図上で「プリズム」として規定する。このプリズムには,アクセス可能な「停留点」(工場における労働,ショッピングセンターにおける買い物といったように,特定の活動がなされる場所)の布置を貫通する,最適な時間―空間経路(日経路 daily-path)が含まれ,前述のライフパスはこうしたプリズムの連鎖からなるものと見なされる。

 また,社会的な企図の遂行には,つねに諸個人(間)の社会的取り引きないし生産・消費を成立させるための特定の場―すわなち,あるひとつの停留点―が必要となる。さらに,そこには複数の時間―空間経路が集合しなければならない(この経路の集合体を「束 bundle」と呼ぶ)。これは「結合の制約」と呼ばれるもので,わかりやすく言えば,経営方針を決めるには会議を開いて関係者をひとつの(あるいは複数の)部屋に集めなければならないし,友人と談話するために喫茶店で時間を過ごす,といった例もこれにあてはまる。「結合の制約」は,なにも個人間に限定されるものではなく,決まった時間の電車やバス,あるいは勤務時間に作業する機械やパソコンなどとの「結合」も制約として理解される。そして当然のことながら,「結合の制約」を受けている間は,空間的な移動はままならず,時間も消費される。

 ところで,諸個人はプリズム内のどの場所にも自由にアクセスできるというわけではない。たとえば,会員制のクラブに通りがかりの人が勝手に入ることはできないし,女子大の構内に他校の男子学生が自由に出入りできるわけでもない,というように。このように,物理的には可能であるとしても,法律条例,習慣や社会的コードによってアクセス条件や振る舞いが規定される状態を「管理の制約」と呼ぶ。ちなみに,管理のおよぶ特定の時間―空間の範域が「管理領域 domain」である。

 かくして,時間地理学において諸個人の経路の集合すなわち――「束(バンドル)」――は,相互に作用する制約のもとで,諸個人や集団が特定の企図を遂行・実現するために利用した「停留点」や「管理領域」の地理的パターンとして現われる,と理解されるのである。


2.2. ド・セルトーの表象批判

 ヘーゲルストランドの時間地理学に対しては,これまでいくつかの批判が出されてきた。たとえば,同じ地理学者のデイヴィド・ハーヴェイは,時間地理学とその図式が 「どのように諸個人の日々の生活が時間と空間において織り成される」かを描くことにおいては役立つとしながら,返す刀で次のように切って捨てるのである。すなわち,それ〔ヘーゲルストランドの図〕は,「停留点」と「管理領域」がどのように生みだされて いるのか,あるいは「距離摩擦」はなぜそのように多様であるのかということについて何も教えてくれない。さらにその図は,ある特定の社会的企図とそれに特徴的な「結合の制約」がどのように,またなぜヘゲモニー的になるのかという問いを保留し,なぜある特定の社会関係が他の社会関係を支配するようになるのか,あるいはどのようにして場所,空間,歴史,時間に意味が与えられるのかということについて理解しようとはしていない。残念ながら, 大量に集められた時間―空間のなかで展開される個人史(誌)の経験的データは,社会的実践の時間―空間的次元を考えるのに有益な資料ではあるが,以上のような広範な問いに答えることはできないのである。(ハーヴェイ1999: 273)

 ハーヴェイは,このようにヘーゲルランドの企図を批判し,ド・セルトー,ガストン・バシュラールピエール・ブルデューミシェル・フーコーらの「時間と空間への社会―心理学的アプローチと現象学的アプローチ」を対置するのだった。おそらく今のハーヴェイならば,間違いなくその冒頭にベンヤミンの名を挙げるのだろうが……。

 それはさておき,ハーヴェイに名指されたうちの 1 人であるド・セルトーは,ヘーゲルストランドの「時間地理学」モデルを知ってか知らずか,諸個人の時間―空間的行動を「軌跡」によって「表象」しようと試みたことがある。かなり長文になるが,とても重要な指摘を含んでいるので,厭わずに引用しておきたい。

〔日常的実践を考察するために〕わたしは「軌跡」というカテゴリーに依拠してみた。これなら空間のなかでの時間的な動きを,すなわち移動してゆく点の通時的継起のまとまりを示せるだろうし,これらの点が共時的ないし非時間的なものと想定された場所にえがきだす形状を示すようなことはないはずであった。だが実をいえば,このような「表象」では十分とはいえない。というのも,軌跡はまさに描きだされるからであり,そうして時間なり動きなりが,目で一瞥でき,一瞬のうちに読みとれる一本の線に還元されるからである。街を歩く歩行者のたどる道筋は平面上に描きうつすことができる。このような「平面化」は実に便利なものだが,場所の時間的分節を,点の空間的配列にならべかえてしまう。ひとつのグラフはひとつの操作の平面化である。ある一瞬と「機会」とに結びついてきりはなすことができず,それゆえ非可逆的な(時間はもどらないし,とりのがした機会はもどってこない)実践が,可逆的な(ひとたび表の上に描かれると,どちらからも読める)記号におきかえられてしまう。つまりそれは行為のかわりに軌跡をおきかえ,パフォーマンスのかわりに遺物をおきかえることだ。それは行為やパフォーマンスの名残りでしかなく,その消滅の記号でしかない。こうした軌跡が前提にしているのは,あるひとつのもの(この一筋の線)をもうひとつの(機会と結びついた操作)ととりかえうるということである。それは,空間の機能主義的管理が効果を発揮するためにおこなう還元作用に典型的な「取り違え」(これなのにあれを)なのだ。(ド・セルトー1987: 99–100)

 ハーヴェイの批判は重要であるけれども,あまりに「広範」に過ぎると言わざるを得ない。むしろ,軌跡の「表象」をめぐるド・セルトーの指摘の方が,核心を衝いてはいまいか。諸個人とその行為が,1 本の線にいったん還元されてしまうと,それが女性なのか男性なのか,老人なのか幼児なのか……,なにもわかりはしない。あらゆる差異をそぎ落とし,ただ「軌跡」のみを代表させて諸個人の空間的移動と時間消費を再現=表象する「時間地理学」に,彼は「空間管理」の匂いを嗅ぎ取っているのだ。

 このような議論を踏まえて,ド・セルトー自身は「これとは別のモデルに依拠」することをすすんで選択した。この決断に際して,彼が「もっとも適切な基本シェーマをしめしてくれる」と考えたのが,よく知られる「戦術」と「戦略」の区別である。ド・セルトーの戦術/戦略論が,時間地理学的な枠組みへの批判を起点としていたとは,興味深い事実である。筆者は以前,「戦術」の概念を手がかりに,街路を遊歩し漂流する実践のなかに,空間の自由を掴み取る契機を見いだすという,いかにもありがちな議論を展開したのだが(加藤 2001),ここではもう少しヘーゲルストランドの時間地理学にこだわって別の方向性を探ってみたい。


2.3. 束(バンドル)と管理領域(ドメイン

 ド・セルトーの行論は,都市を歩くこと,すなわち街路の歩行に代表される空間の実践の創造性に収斂する。さきほどの「軌跡」に関する議論にしても,それは時間地理学でいうところの「経路」に限定されてしまい,その他の要素について(直接的に)議論されることはない。では,ド・セルトーに配慮しつつ,ここで議論の焦点を「停留点」に移したらどうだろう? つまり空間的実践としての歩行を念頭に置く戦術論をいったん脇におき,束(バンドル)を形成する空間――それは管理が行き届いた領域(ドメイン)でもある――にまつわる戦略論に注目するということだ。

 本章の第 1 節で概説したように,station の訳語である停留点は,文字どおり,特定の社会的(共同的・協同的)企図の遂行のために,空間的移動をほとんどともなわず――つまり一所に留まりながら――,時間が消費される場所を指す。多くの場合,それは何らかの施設であり,もっと言えば特定の建造環境ということになるだろう。停留点は「束」の形成を許容する,逆に言えば「結合の制約」が主として作用する空間でもある。

 ここでもう一度,網状モデルを想起してみよう。「束」は特定の停留点で,特定の企図にもとづく諸個人(すなわち複数の経路)が「結合」している状態を指す。注意しておく必要があるのは,「特定の企図」という点である。たとえば,次のような場面を想定してみよう。商用でホテルのロビーにある喫茶店を商談相手とともに利用していたとする。周囲に目をやれば,同じようなスーツ姿で書類を手に熱心に話し込むペアがちらほら見える。また,すみの目立たないテーブルには,何やら深刻な表情で話し込む一組の男女……。フロントには,旅行者がひっきりなしに出入りし,待ち合わせをする人の姿も多い。

 さて,ホテルのロビーは,この場合,ひとつの停留点ということになる。そこには,さまざまな目的で,偶然に集った多くの人たち。一見,彼ら彼女らの経路はロビーというひとつの空間で「束」を形成しているように思われる。だが,目的を異にしている,つまり別のテーブルに座る人との間に「結合の制約」が作用しないため,これらをひとつの束と見なすことはできない。例を変えて,通学や通勤の途上で利用する駅,あるいはバスを考えてみよう。

 駅はもちろん停留点であるが,ほとんどの利用客は周囲の客とではなく,駅それ自体(あるいは利用する電車)との間に「結合の制約」が作用している。バスの車内で居合わせる客同士も同様で,他の乗客とではなく,まさにそのバスに乗らなければならなかったという意味で「結合の制約」を受けているのだ。したがって,先ほどのホテルのロビーの例に戻るならば,それは企図を共有しない複数の「束」がひとつの停留点に共在している状態と理解されるのである。

 だが,ロビーはホテルの経営主体によって維持・管理されている施設のひとつ,すなわち管理領域と考えることもできる。実際,ロビーでは一定のマナーや振る舞いが求められるであろうし,高級なホテルになればドレスコードも厳しくなるだろう。つまり,企図を異にする複数の「束」は,同じ空間に共在するかぎり,共通した「管理の制約」にさらされている,とも言えるのだ。

 では,大学の教室(教場)の場合はどうだろうか。友人と会うことを主たる目的に授業に出席するという学生もなかにはいるかもしれないが,多くの学生はある教員の授業を聞くためだけに,特定の教室で一定の時間を過ごさなければならない。この場合もその他大勢の学生とではなく,「授業が行なわれている教室」ないし教員とのあいだに「結合」が生じていることになる。だが,授業を聞くという目的はひろく共有されているはずであるし,しかも閉じられた空間である教室では,たとえば時間内の入室・退室や私語は厳禁だけれども,水分の補給は認めるといったローカルなルールが教員の手によって運用されることもしばしばだ。つまりここでは,教員+(複数の)受講生という経路の「束」が時限的にできあがると同時に,教室は停留点としてその空間自体が管理領域となっているのである。


2.4. 戦略の空間としての管理領域

 このように考えてみると,ド・セルトーの論点に立脚する時間地理学批評に,もうひとつの見通しがたつ。それは,彼が用いる戦略/戦術の区別に即して時間地理学の網状モデルを位置づけると,管理領域を戦略の作用する空間として捉えなおすことができる,ということだ。

  ド・セルトーは,「戦略」を次のように定義していた ――「ある意志と権力の主体(企業,軍隊,都市,学術制度など)が,周囲から独立してはじめて可能になる力関係の計算(または操作)」である,と(ド・セルトー1987: 100)。この定義づけに特徴的なのは,「周囲から独立して」,「境界線をひくことができ」,「『周囲』から『自分のもの』を,すなわち自分の権力と意志の場所をとりだして区別」する,といったように,内部と外部を分け隔てる明確な境界線を有した 「一定の場所」の存在が前提されていることである。

 ハートとネグリは『〈帝国〉』において,「……内部と外部という空間的配置そのものは近代的思考の一般的かつ根本的な特徴である」(ネグリ/ハート2003: 237)と指摘していた。この「内部と外部の弁証法」が「戦略」に固有の帰結をもたらす,と見るのが ド・セルトーの立場である。彼は諸種の帰結のなかから,関連性のある 3 つの特徴を選り抜いてみせる。すなわち,「時間に対する場所の勝利」,「一望監視を可能にする空間分割」,「空間・知・権力のトライアングル」である。後 2 者はフーコーの主要な論考にちなんで要約したもので,最初の帰結は「絶対的な空間と時間において物象化され」た状態,すなわち建造環境のように「いったん建てられてしまえば,この場所は物理的形態という『恒久性』を獲得する」ことを意味している(ハーヴェイ2007: 188)。

  ド・セルトーの「戦略」は,こうして「条理空間」を生産する意志と権力の中枢として位置づけることができる。くわえて,「ディスポジティフ(これは仕組みとも装置とも配備とも言い換えられる)とは,内在的で現働的な規律の行使の背後にある一般的な戦略」(ネグリ/ハート2003: 418)という定義にかんがみれば,ド・セルトーがフーコーのいう「装置」を念頭に「戦略」概念を練り上げていたことは明らかである(実際,書物の冒頭でこの言葉に触れていた)。よって,戦略の概念は(管理社会というよりは)規律社会に特徴的な空間編成を照準していたと言えるだろう。

 ずいぶん回り道をしたが,ド・セルトーの議論を(少し乱暴ではあるが)時間地理学に接続してみよう。戦術ではなく,戦略をである。それは管理領域を戦略の空間と見なすことであり,停留点をディスポジティフ(制度/場所)の建造環境――監獄,精神病院修道院,兵舎,学校,工場…… ――に置き換えてみることにほかならない。これらは,内部と外部が区別されている,つまり閉鎖性が高いという意味において,「管理の制約」が強く作用する管理領域をなしていると考えられる。たとえば,現代の都市を想定してみても,統合的なセキュリティシステムを備えたマンション,高い塀とネッ トで囲まれた初等・中等教育機関,あるいは企業が私有するこれまたハイセキュリティの社屋など,建造環境としての停留点(=管理領域)の布置にしたがって日常生活が営まれる,という見方もできるだろう。

 時間地理学の特徴は,このような日々の経路 daily-path にはじまり(1 日の経路を連続して 7 日分積み上げれば週経路 weekly-path になる),生涯経路にいたるまで図化が可能であるということだ。では,仮に網状モデルをある個人の一生涯のスパンを模式図にしたものと見なすとき,「束」の形成される停留点ないしその管理領域はどのように見えるだろうか?


3 「主体性の生産」の時間地理学―規律社会から管理社会へ

 フーコーは規律社会を十八世紀と十九世紀に位置づけた。規律社会は二十世紀初頭にその頂点に達する。規律社会は大々的に監禁の環境を組織する。個人は閉じられた環境から別の閉じられた環境へと移行をくりかえすわけだが,そうした環境にはそれぞれ独自の法則がある。まず家族があって,つぎに学校がある(「ここはもう自分の家ではないぞ」)。そのつぎが兵舎(「ここはもう学校ではないぞ」),それから工場。ときどき病院に入ることもあるし,場合によっては監獄に入る。(ドゥルーズ2007: 356)……主体性の生産プロセスにおいて,諸制度は何よりもまず,そこで主体の生産が実施されるような,ばらばらの離散的な場所place(家庭,チャペル,教室,作業現場)を提供して いる,という側面である。近代社会の諸種の制度は,主体性のさまざまの工場からなる群島として考察されなければならないのだ。人生の移り変わりのなかで,個人は一本の線をたど るようにして,それらの制度のなかへと入ってはそこから出てゆき (学校から兵舎へ,兵舎から工場へ,というように),そしてそれらの制度によって形づくられる。(ネグリ/ハート2003: 254–255〔傍点による強調は引用者〕)

  ドゥルーズならびにそのドゥルーズを念頭に置いたハートとネグリの如上の議論は,常の時間地理学的観念を揺さぶる効果を持つ。近代的な空間/時間―都市空間/ライフコース―に布置された,諸種の「国家のイデオロギー装置」。この見立てによれば,主体性を生産する工場は,まさに「束」の形成される停留点であり,しかも「管理の制約」の強度が卓抜する管理領域を構制する。このとき,時間地理学の網状モデルは,規律社会において主体性を生産する群島の空間―時間編成を模式化した図と見なされなければならない。いみじくも,ハートとネグリは制度との互換性を示唆するかのように「場所」を挙げ(しかもイタリックにしている),その空間に備わる機能を次のように説明したのだった。

 ……各々の制度の壁の内側にあって,個人は少なくとも部分的には,他の諸制度が揮う力から保護されているのである―ひとは修道院のなかにいるときは家族の装置からはふつう守られており,家庭のなかにいるときは工場の規律によってふつう捕捉されることはない,というように。諸制度のはっきりと境界を確定されたこうした場所は,そこで生産された主体がとる,規則正しくて固定的な形態のなかにはっきりと映し出されているのだ。(ネグリ/ハート 2003: 255)

  ド・セルトーがただしく指摘したように,条理空間の生産は社会諸制度という 「戦略」がその力を発揮する場所の存在を前提としており,そのなかで「主体化=従属の論理」も作動する。こうした主体性の生産は「さまざまな生活の場所と時間に応じてある程度画定され」た,複数のアイデンティティを随伴する―家庭では母親,工場では労働者,商店では消費者,病院では患者……といった具合に(ネグリ/ハート2003: 419–420)。

 しかしながら,ドゥルーズは言う ―「規律社会とは過去のものとなりつつあ」り,わたしたちは「『管理社会』の時代にさしかかっ」ているのだ(ドゥルーズ2007: 350),と。

 これを受けてハートとネグリは,〈帝国〉へと移行する社会が規律社会から管理社会への移行を随伴し,それに合わせて主体性を生産する条件が変化していることを指摘した。

 主体性の生産の場は,かつてと同じように,ばらばらの離散的な場所として規定されるものではもはやなくなっている。別の言い方をすれば,現代における諸制度の危機が意味しているのは,かつて諸制度の空間を特徴づけていた囲いが壊れ,その結果,諸制度の内側で本来は機能していた論理が,いまや社会の全領域へと広がっているということにほかならない。内部と外部は識別不可能になりつつあるのだ。(ネグリ/ハート2003: 255–256)

 制度の内側で機能していた論理とはいったい何であったか? 繰り返せば,それは主体化=従属の論理である。引用をつづけよう。

 〈帝国〉の社会における主体性の生産は,いかなる特定の場所にも限定されない傾向をもっているのだ―ひとはつねにまだ家庭のなかにいる,と同時に,つねにまだ学校のなかにいる,と同時に,つねにまだ刑務所のなかにいる云々,というように。このようにして諸制度の機能は,その全般的な故障に伴い,内包的な強度と外延的な広がりをともに増大させることになる。(ネグリ/ハート2003: 256)

 内側と外側を隔てる境界が崩壊し,「管理・監視」が全域化する事態を彼らはここで見て取っている。生産される主体性は,もはや「アイデンティティにおいて固定され」るものではない。そうではなく,諸制度/場所の外部にいながらにして,あらゆるアイデンティティに帰属し,またそれがゆえに「規律の論理によってよりいっそう強力に支配された主体性」として生産されるのだ。

 時間地理学に立ち返れば,次のように言い換えることもできよう。外部/内部の境界線が明確な規律社会のなかで,制度=場所としての停留点(おおかたそれは特定の建造環境である)とその管理領域はほぼ一致していた。ところが,管理社会においては特定の領域で「管理の制約」が内包的に強化されると同時に,脱領域化して外延的に拡大もしているのだ,と。したがって,規律社会が管理社会に取って代わられたというよりは,むしろ前者が社会の後景に退きながらも管理と監視の回路が遍在することを通じて,相補的に管理社会を構成していると考えるべきである。この場合,「管理」のあり方は,主体と同様,混合的構成をしているはずだ。それゆえ,それがどの停留点に帰属する管理様式かを問うことはできないし,またそうすることに意味はない。

 網状モデルにおいて,管理の混成領域が時間―空間的に全面化する事態,それが管理社会なのである。


4 隙間としてのストリート

 主体性を生産する工場の群島。それは管理領域の群島として考えることもできる。だが,まさに「群島」という言葉じたいが指し示すように,それらは(少なくとも物理的には)地続きではない。島と島とのあいだに海がなめらかな空間としてあるように,管理の制約が作用する諸領域間にも「隙間」が存在するのだ。最後に,この管理領域と管理領域の「隙間」ないし「間 space-time」について考えてみることにしたい。それは, 本稿でペンディングしてきた「経路」の空間性を問うことでもある。

すでに見たように,規律社会において内部と外部は明確な境界線によって分け隔てられていた。たしかに,管理領域としての諸種の制度/場所には「外部」が存在する。あるいは,複数の制度/場所から見た場合,それは「外部」であると同時に,境界領域でもある。ハートとネグリによれば,そうした「外部」はたんに外にある空間というわけではない。そこでは,諸個人の活動が他者の視線にさらされると同時に,他者の承認を得ることもできるがゆえに,「外部」はまさに 「政治に固有の場所」となり,時として 「解放の新たな空間」を構築することさえあるという(ネグリ/ハート 2003: 243–244)。

 通常,時間地理学において,停留点と停留点の間を特徴づけるのは「移動」を記号化した軌跡である。(奇妙な言い方になるが)移動がなされる場所,それは街路や車道であり,交通機関ということになろう。規律社会に固有の主体化のプロセスとは(一見)無関係な,公共性の高い空間である。注意する必要があるのは,ド・セルトーの指摘する実践を記号に置き換える「取り違え」は,空間の意味をも無化する(問題として構制されない),つまり言説空間においても「機能主義的管理」の効果が発揮されてしまうことである。それを避けるためにド・セルトーが実践に注目した一方,空間それ自体に注目したのがアンリ・ルフェーブルである。「窓からの眺め」と題された随想的作品のなかで,彼は(機能主義的に言えば)交通空間として存在するストリートを,現代都市における管理領域と管理領域の「隙間」として観察したのである(ちなみに,この時,もうひとつの「隙間」として挙げられたのは,視界のはるか先にある空間的周縁であった)。

 ここでルフェーブルのひそみに倣い,ストリートを群島の「隙間」として措定してみよう。ド・セルトーが「空間の実践」の主要な事例を「歩行」に求め,ミシェル・フーコーベンヤミンの遊歩論に寄せて自己のテクノロジーを論じたこと,あるいはその他大勢の論者たちがストリートに「自由」の可能性を探るのも,それが「隙間」であるためではなかったか。1968 年 5 月の出来事は,隙間としてのストリートを現働化し,一瞬のうちにその外部性を指し示したのだった。

 だが,管理社会においては,管理領域が全面化し,もはや「隙間」のできる余地はない(ように見える)。ハートとネグリも,政治に固有の場所であった公共空間が消滅しつつあることを指摘する。

 ポスト近代化が進展するプロセスのなかで,そうした公共空間はますます私有化されようとしているのだ。都市の景観は,公共の広場や人びとの公共空間での出会いを重視してきた近代的なあり方から,ショッピングモールやフリーウェイ,そして専用ゲートつきのコミュニティからなる閉ざされた空間へと移り変わりつつある。(ネグリ/ハート2003: 244)

 公共空間の私有化=民営化(プライバタイゼーション)の進展は,管理領域の内包的な強化ならびに外延的な拡大と無関係でないことは,あらためて言うまでもない。こうしたなかで,「外部」はどのように創出され,構築されるのか。あるいはストリートはどこにあるのか? たとえば,ジャック・ランシェールの「都市の交通路を『公共空間』として文学化するデモ参加者やバリケード参加者の活動」(ランシェール2005: 61)という語りに触れるとき,ハーヴェイの次のような議論がとても力強い補説となる。

  たとえば運動するプロレタリアートとか,立ち上がるマルチチュードといった関係的概念を喚起するのも結構だが,現実の身体がシアトルケベック市やジェノヴァの街路という絶対的な空間に,絶対的な時間の特定の瞬間に出ていくまでは,だれもそれらが何を意味するのかを知らない。(ハーヴェイ2007: 188)

 管理領域が全面化したとき,もはや隙間は存在しない。そうであるがゆえに,絶対的な空間と時間のなかで自らの身体(物質的実在)を表象すること,まさにその間space-time に「政治に固有の場所」としてのストリート,隙間としてのストリートが現われるのではないか。わたしの部屋から窓越しに見える道路はストリートではない。それは潜在するストリート,ストリートになり得る可能性を有した素材的空間なのである。


5 おわりに

 かつてドゥルーズは,「主体化のプロセス」に関わるネグリの質問に答えて,こう述べていた―「主体化のプロセスにはまちがいなく反抗の自発性がある」(ドゥルーズ2007: 353–354)と。また続けて「主体化のプロセスと呼ぶかわりに,むしろこれを新しいタイプの〈事件〉と呼称することもできるでしょう」と。

 ドゥルーズが晩年に語ったこの〈事件〉は,管理社会におけるストリートの所在を,あらためて私たちに考えさせてくれるものだ。

 〈事件〉の出現は一瞬の出来事です。重要なのは事件が出現する瞬間だし,とらえなければならないのはその機会なのです。……私たちは完全に世界を見失ってしまった。世界を奪われてしまった。世界の存在を信じるとは,小さなものでもいいから,とにかく管理の手を逃れる〈事件〉をひきおこしたり,あるいは面積や体積が小さくてもかまわないから,とにかく新しい時空間を発生させたりすることでもある。……抵抗する能力はどれだけのものか,あるいは逆に管理への服従はどのようなものなのかということは,各人がこころみた具体的な行動のレベルで判断される。創造〈と〉人民の両方が必要なのです。(ドゥルーズ 2007:354–355)

 管理領域の外部として物理的にも可能性としても定位することのできたストリートは,その性格を急速に変え,消滅しつつある。主体化の契機として散種され,〈事件〉が起こる,そして新しい時間―空間が発生する現場を,ここであらためて〈ストリート〉と名づけよう。もはや〈事件〉の場を時間地理学的にマッピングすることなどおよそ不可能だろうが……。


文 献

ベンヤミン,W.

 1971 『ベルリン幼年時代』(ヴァルター・ベンヤミン著作集 12)小寺昭次郎編,東京晶文社

Chombart de Lauwe, P. H.

 1952 Paris et l’agglomération parisienne. Paris: Presses universitaires de France.

ド・セルトー,M.

 1987 『日常的実践のポイエティーク』山田登世子訳,東京:国文社。

ドゥルーズ, G.

 2007 『記号と事件』宮林寛訳,東京河出書房新社

Gregory, D.

 1994 Time-geography. In R. J. Johnston, D. Gregory and D. M. Smith (eds.) The dictionary of human geography (3rd edition), pp. 624–628. London: Basil Blackwell.

ハーヴェイ,D.

 1999 『ポスモダニティの条件』吉原直樹監訳,東京:青木書店。

 2007 『ネオリベラリズムとは何か』本橋哲也訳,東京青土社

加藤政洋

 2001 「都市と空間的実践―『時間地理学』とその周辺」『流通科学大学論集―人文・自然編』13 (3): 37–47。

ネグリ,A. /M. ハート

 2003 『〈帝国〉』水嶋一憲ほか訳,東京以文社

浮田典良編

 2003 『最新地理学用語辞典[改訂版]』東京:大明堂。



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