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2018-09-02

詩的言語と周縁的現実 山口昌男

 同じ言葉こそ使わなかったが、周縁性の問題を体系的にかつ多角的に、言語の次元で追究したのは、1920年代ロシア・フォルマリズムであり、30年代チェコのプラーハ構造主義であった。特にフォルマリスト達の提起した詩的言語の問題は、言語ばかりでなく、現実の動的把握のための極めて有効な視点であったことが今日次第に明らかになりつつある。

 様々の「意味の限定された領域」と中心的な現実の関係について示唆的な考え方は、ユーリー・ トゥイニャーノフによって提出されている。「文学的進歩」(1927年)と題する論文の中で、彼は1つの体系を、個々の構成要素間の相互関係及びダイナミックな緊張をその特徴とする複合的な全体と捉えた。こうした全体としての体系を維持するのは、論理的な説明であるよりも、美学的な働きにおける潜在的な統一であるというわけである*1。 こうしたトゥイニャーノフの構造と体系の関係についての考察は、プラーハ構造主義を展開したヤン・ムカジョフスキーに深い影響を与えている。ムカジョフスキーは、現実の様々の次元、または「ディスクール小宇宙」の間の連関ともいうべきものを次のように言い表わす。

 「社会的現象境域は、各々独自の展開様式を持つ部分(構造)の複合的組み合わせから構成されている。これらの部分というのは、科学、政治、経済、社会成層、言語、道徳、宗教、等々を指す。とはいうものの、各々の部分は自らの独自性を超えたところで互いに他に影響を与えあう。*2

 このムカジョフスキーの考え方はトゥイニャーノフの考え方の延長線上にあることは明らかであるが、それはまた、シュッツやアーバンの現実についての考え方に並行しているという点に注目しておいてよいであろう。トゥイニャーノフは、これら各部分の関係について極めて注目すべき概念 「ドミナンタ」を提示した。文学概念としての「ドミナンタ」についてトゥイニャーノフは次のように定義する。

 「体系というものは、全要素の対等な相互関係ではなく、ある要素のグループの抜擢(《主調=ドミナント》)と それ以外の要素の変化を前提とするので、作品が文学の中に入りこみ、その文学的機能を得るのは、ほかならぬこの《主調=ドミナント》による*3。」

 この「ドミナンタ」は様々のレヴェルにおいて指摘しうる。例えば文学形式の上でいうならば、 それはジャンルの交替を説明することができる。しかし、それはまた文体論的なレヴェルで、好まれる文体の問題を説明することができる。そればかりではなく、トゥイニャーノフによってドミナンタは究極的には「かたち」に対する或る時代の嗜好の現われであると規定される時、それは現実のレヴェルの問題に展開する可能性を含む。つまり、或る一定のドミナンタは、一定の現実に対する支配を貫徹すると、柔軟性を失って、新らしく湧き起る現実をとり込むことができなくなる。そこでこの特定のドミナンタは、他のより可塑性の高いドミナンタにとって替わられなければならなくなる。このドミナンタの考え方は、本来文学理論の中で提起されたものであるが、それは、シュッツの「妥当性」または、各レレヴァンスの中心的指標としての「話題(トピック)」という概念に対応する。 しかしながら、トゥイニャーノフのドミナンタの方がシュッツのトピックよりも、通時的な許容量が高いと言いうるかも知れない。

 このドミナンタの考え方はムカジョフスキーに直接的な影響を与えている。それは次のムカジョフスキーの表現でも明らかであろう。

 「我々は次の事実を忘れてはならないであろう。時の経過と共に展開する各自の(部分の)構造の力学的性格によって規定される展開のそれぞれの連鎖は無関係に作用しているのではなく、各々が部分となっているより高い次元の構造の部分として共存しているということ。それに諸構造を統合した構造は、固有の上下関係(ヒエラルヒー)とそれに固有のドミナンタ(優越せる群)を持つということを。 勿論これは生気ある構造で、枯渇したシステムではなく、この優越した構造(至高の構造 vrcholna vystdrba)は内的な二律背反に満ちており、絶えず作動し再編の渦中にあるので、各々の構成部分はかわるがわるドミナンタの役割を演ずるが、どれといって絶えず第一ヴァイオリンを弾くものはない。*4

 この視点は、素朴な下部構造への還元理論と異なり、文化の各構成要素が互いに指導性を発揮しあう点を認めているという意味で、構造論と弁証法の総合を示している。更に我々にとって力強いのは、現実の多次元性への理論的配慮もおろそかにされていないという点である。こうした共通と通時の統一という視角に基づいてムカジョフスキーはよく知られた現実の表現様式の2つの対立的要素についての思考を表面化する。第二次大戦中に彼が発表した論文の中で、彼は、(1) 進化、連続性、規則性、つまり展開の順序の一貫性の保持といった傾向と、(2)展開の系列の一貫性を擾乱する要素の存在を強調した。構造の一貫性の源泉は、内的な規準に基づく規制的力の中にあるのに対して、一貫性の破壊の衝動は外部から入ってくる。こうした破壊性の出現は、規則正しい展開という点からみて偶発的なものに見える。しかし、より包括的な構造つまり外的な構造という点からみる と、これらの偶発的にして破壊的構造も、必然的な展開の中で充分に説明しうる当然の結果なのである。とはいうものの、進行中の展開の側に立ってみても、外部的或いは偶然的要素の介入は、展開する構造自体の需要と性格によって限定を受けることは確かである。

 こういったダイナミックな観点を導入した結果、構造の問題はムカジョフスキーによって次のように定義しなおされることになる

 「構造は、要素の組み合わせであるが、その内的な均衡は絶えず掻き乱されてはまた再建される。耐久性のあるのは時間の経過の中における構造の外的一貫性だけなのであって、その内的な構成、 構成要素間の関係は絶えず変る。相互関係の中で、個々の構成要素は、絶えず他を支配しようとつとめる。*5

 こうして、ムカジョフスキーの構造理論においては、均衡に向う要素と擾乱に向う要素の関係が強調される。これは次の文章からも明らかである。

「構造の概念は……部分の相互の関係による全体の内的統一に基づいている。この場合の関係とは肯定的関係──協調及び調和といったばかりでなく、抗争及び矛盾といった否定的関係によっても保たれている*6。」

 彼の構造理論においては、否定的なものの積極的評価が行われている。否定的な要素は、絶えず構造内の緊張を維持し、更に、ドミナンタの変動のきっかけを与える。詩語の本質的作用は本来、そういったバランス崩しによる新らしいドミナンタ出現の促進という点に求められるかも知れない。詩が笑いに本来的に結びつくのも詩の現行のドミナンタに対するそういった否定的機能に由来するのであろう。

 詩語は本質的に日常言語に対する否定性の上に成り立っていることをミシェル・ボージュールは次のように述べている。「詩は否定である。はじめは最も実際的であるように見える詩もその力(特に詩が、理解されうるという限りで、その聴衆を感動させる決定的な力)を詩的言語という地位に依拠している。詩的言語は、本質的に行動の言語に対して正反対のものである。*7」 「詩的言語の問題ははやくから、ロシア・フォルマリスト達によって論じられていた。中でも「最も新らしいロシアの詩」におけるローマン・ヤコブソンフレーブニコフの詩を論じた次の立場は今日よく知られている。

 「フレーブニコフの作品の相当部分は、日常会話の言葉がその出発点となっているような言葉で書かれている。同じように、マラルメが述べている。私はブルジョアが新聞で日々読んで熟知している言葉を、かれらに贈呈する。ただし、かれらが唖然とするように結び合わせて贈呈する、と。 既知のものを土台にしてのみ未知のものが了解され、衝激を与える。......形式が素材を捉え、素材はその隅々まで形式に被われる。形式は紋切型となり、やがて死ぬ。不条理の詩的構成が再び新たに喜びを与え、新たに怯えさせ、新たに衝激を与えるためには、新たな素材の流入、日常言語の清新な諸要素の流入が、不可欠になる。*8

 「詩が用いるのは《耳なれぬ語》だ。なかでも特に耳なれぬのはグロッサ(アリストテレス)である。 これには古語(アルケイスム)も異国語(バルバリスム)も地方語も入る。*9

 このヤコブソン詩学においては「新らしい」組み合わせ、「新らしい」詩的構成、「新たな」素材、「新たな」衝撃、「新たな」諸要素の流入が中心的な問題になっている。「新たな」というのは、「古い」というよりも、「慣例化した」ものに対する反対概念として捉えることができる。

 ヤコブソンが強調した「唖然とするように結び合わせ」る知的技術こそ、「デクーパージュ」と並んで、象徴詩に始まり未来派ダダイスムシュールレアリスム或いはモンタージュ理論に至る、 20世紀芸術の美学的ラディカリズムの伝統の根幹をなすものといえる。日常生活の現実について生起する事象は、伝統的な詩の言語についても起る。

 「伝統的な詩的言語が硬化し、感知されなくなり、その書き誤りさえもが、神聖冒すべからずと見做される聖なるテキスト、ひとつの儀式として、経験されるようになる瞬間が訪れる。詩の言語はニスに被われ、転用語法も、詩的破格も、もはや、意識に対してなにものも語らなくなる。*10

 紋切型になった詩法で喚起できるのは、最も表層の現実でしかない。この表層の現実では、人は、 意識の最も皮相な部分、慣用句の延長線で捉えられる部分しか起動させることはない。こうした二スを取り除き、潜在的な現実を顕在化させるのが、詩的言語の使命に外ならない。このような詩的言語の必然性について、ヤコブソンは先にも引用したように説いている。

 「不条理の詩的構成が再び新たに喜びを与え、新たに怯えさせ、新たに衝激を与えるためには、 新たな素材の流入、日常言語の清新な諸要素の流入が、不可欠になる。*11

 またさらに、機械化した日常言語に対して機械化(=慣習化=自動化)しない詩的言語の役割はヤコブソンを始めとするフォルマリズムの理論化によって大いに強調された。特にヤコブソンは此の間の関係を次のように表現する。

 「音韻と意味との機械的(オートマテイック)な接近連合は、習慣化すればするほど、ますます速やかに成立するようになる。ここから、日常のパロール保守性が生れる。かくて、語の形式は急速に死滅する。

 詩に於ては、機械的な連合(association)の役割が極度に抑えられる。その反面、語の構成要素を分離すること(dissociation)が排他的に関心を引く。分離されたものの断片は容易に組合されて新しい結合体となる。死んでいた接辞が再び活き返る。*12

 同じ文章の別の箇所でヤコブソンは「語の本来の意味と転義としての意味との間には境界があるが、それを取払ってしまうのが、詩的言語に特有の現象である*13」と述べている。語が喚起する現実の像は、絶えず一対一という関係を語に対して持っているわけではない(第3章 1参照)。語の意味はそれが置かれたシンタックスの中で、またその文が対応する環境の中で、微妙に、または急激に変化する。そうした意味性は1つの語において重層的に成立している。日常生活の機械化した用法の中で話者自体によって意識されるのはその中でも表層的部分でしかない。本来の意義と転義の間に常に明確な境界があるわけではないが、潜在的な部分を担う転義、または時には転義の彼方にある意味は、日常生活のありきたりの文脈では仲々表面には出て来難い。境界を取り払ってしまうというのは、潜在的な意味を表層に導き出すという行為に外ならない。この行為を可能にするために、 既に我々が指摘したアルフレート・シュッツのいう「妥当性(レレヴァンス)」の体系間のスイッチの切り換えが行われる。その切り換えのために使われる言語技術が、詩的言語と呼ばれるものである。 こうして守旧的な日常言語に対して衝撃的な詩的言語が対置される。日常言語は、音韻と意味の機械的な結びつきの上に成立し、その習慣化によって維持される。日常言語のシステムは現象学的な意味での沈澱化(セディメンテーション)の上に成立し、エポケーによって保証されている。日常言語は、物の指示能力の中でも、最も短距離コミュニケーションを撰択するから、迂廻的連想を必要とする意味作用は被われて、見失われてしまう。この見失われてしまった意味作用を救出する努力、それが詩的言語に課されれた問題であるといってよい。

 詩的言語の成立のための技法は数多くあり、ここでそれらを纏々と述べるわけにはいかない。それは、ヤコブソンが「最も新らしいロシアの詩」においてフレーブニコフの詩を素材として縦横無尽に論じつくしたところのものである。

 数あるこうした技法の中でも最も我々が注目するのは、言葉を「見慣れぬもの」にして、それが通常属している現実の文脈から切り離すやり方であると、ヤコブソンはいう。

 「語の本来の意味と転義としての意味との間には境界があるが、それを取払ってしまうのが、詩的言語に特有の現象である。」 ここで、ヤコブソンは、我々がすでに第3章 1で論じた多義的意味(ポリセミー)を問題の焦点に据えている。 語の潜在的意味とは、語の中心的な意味でなく、語がその「形態的」なアナロジーで、呼び寄せる意味、つまり、地口や謎においてその力を発揮するような周縁的な意味を指す。それはとりもなおさず、語の「見慣れた」意味に対する「見慣れぬ」意味である。事実ヤコブソンは《耳なれぬ語》の積極的効果を強調しているのは我々のすでに注意したところである。《耳なれぬ語》は、それが置かれるシンタックスの環境において、近接する語に感染し、「耳なれた」語までも「耳なれぬ」語に転化させてしまうという力を持つ。

 こうした「見慣れぬ」語の探求の情熱はヤコブソンの引用するフレーブニコフの「日常生活の慣用や効用の外にある」という表現に集約的に現われる。

 この「見慣れぬものにする」技法(ブリヨム)は、ヴィクトル・シクロフスキーが「非日常化(オストラネーニエ)」と名づけたことによって、文学概念としては大変よく知られるに至った。「方法としての芸術」の中で、シクロフスキーは、「日常的に見慣れた事物を奇異なものとして表現する《非日常化》の方法」をトルストイの初期の作品を手がかりにして論じている*14

 シクロフスキーの主張はおよそ次のような形で展開される。

 先ず芸術の目的は、我々に物事の表層を認知させるのではなく、その隠された意味を「見る」よう手助けするところにある。他のフォルマリスト現象学者同様、シクロフスキーも、日常生活は、 知覚の自動化=慣性化をもたらすと主張する。生活の中で、我々は物事を「見る」ことをやめてしまう。事物、衣裳、家具、妻、戦争の恐怖すら、我々は見慣れたものにしてしまい日常生活同化してしまう。こうした慣性化は、我々と深層の現実との本源的な接触の機会を奪い、我々を単なる 日常生活のレヴェルの因果関係のみに支配される存在に還元してしまう。芸術がその衝撃効果によって生活に介入するのは、ここである。芸術は、人の視線を、自動的な反射作用と皮相な知覚作用から逸らす助けをする。

 芸術がこういった作用を成し遂げるのは、それが現象をその見慣れたコンテキストから切り離し、それらを見慣れぬコンテキストの中に移行させることによってである。

 それは事物の相貌を変えてしまい、それらを一見して知覚することを困難にすることによって、 最終的には事物の隠された相貌をよく「見える」ようにする。つまり、或る事物や観念が未知で、奇異で、見慣れなく、なにやら難かしいものになると、我々はそれに注目し、積極的な関係をうち捨て、それを「見よう」とする。つまり、このオストラネーニエの技法は、芸術の素材を見慣れぬ

ものにする、言い換えれば、事物をそのふつうのコンテキストから切り離して、予想されない組み合わせの中に持ち込むという点をその基本的特徴としているのである。

 こうした技法を、ケネス・バークも、「非能率 = まわり道(インコングリュイティ)」という言い方で追究している。また ブレヒトはこの手法を「異化」効果という演劇のラディカルな方法論にたかめた。 オストラネーニェは当時、フォルマリストの間で大変好まれた概念であって、ボリス・トマシェーキーも「テーマ論」の中で次のように芸術的動機づけの1つの場合として論じている。

 「文学外の素材を、芸術作品から抜け落ちないように、作品のなかに導入するためには、素材に対する光の当て方が新しく個性的であることが要求される。旧い見慣れたものを新しい見慣れないものとして語る必要がある。日常的なものは異様なものとして語られる。*15

 しかしながら、オストラネーニエに相当する概念は、必ずしもフォルマリストが無から生み出したものではない。J・M・ブレックマンは、これに並行する概念はロマン主義象徴主義未来派マルクス主義にも見られると説く*16。ブレックマンによると、ロマン主義象徴主義においては、それは世界を変形させる技法であった。それはまた、象徴主義感受性においては、主観的幻想の肥大を通して現われ、未来派においては計画的挑発として現われたものである。

 こうした様々の芸術運動において対応が見出せるこのオストラネーニエは、場合によってはグロテスクの追求と言い換えることもできる。「グロテスクなものは疎外された世界である」、或いはグロテスクなものは「われわれの世界の信憑性というものが実はみせかけにすぎぬ......グロテスクなものの構成は、われわれの世界定位のための諸範疇が役にたたないことを必要とする*17」とW・カイザーが定義づける時、グロテスクなものは、オストラネーニエと殆んど重なりあう。つまり、それは疎外され、片隅に押しやられた世界の正当化の作業だからである。

 「異様なるもの」の探求の方法としての象徴主義について、ジェイムズ・L・キューゲルは次の ように的確に言い当てる。

 「このようにして『新らしさ』の探求において象徴主義者達は次第に秘法を探りあてた。秘法とは至高の詩的効果としての異和性であった。......象徴派の詩人にとって新らしい『見慣れない』スタイルで詩を書くというのは、彼らが叙述的散文の中で、彼らが同時代の基準からの遊離や、来るべき黙示録への予感を記した時に彼らが言い表わしたものと全く同じ事を表現することであった。 1つの異和性は他の異和性に呼応していた。つまり、彼ら自身の役にある異和の感情(異化、疎外、 孤立、新らしさ)が、異和性(秘法、不可解、改新といった意味での)の詩となって表明されたのである。*18

 こうして「異和性」と「新らしさ」とは本質的には同一のものの別の表現であることが明らかに なった。「ロシアの最も新らしい詩」におけるヤコブソンの「新らしさ」は、まさしく、こうした、「異和性」を喚び起す技法としての「非日常化」の概念に外ならないのである。

 キューゲルは象徴主義のこの「異和性」の探求は、そのままロシア未来派に受け継がれたという。この観点から見る時、象徴主義未来派の違いは、理念の違いでなく徹底性の違いであるということになる。キューゲルは、1967年にヤコブソンがエール大学で行った「20世紀ロシアの実験詩」と題する講演(未刊)において、ロシア象徴派と近代派(未来派、アクメイスト)の違いは、 前者が見出した詩的効果を、後者が科学的正確さで追究したという点にあるとし、未来派は人が医者に処方箋要求するように、モスクワ言語サークルの理論を求め、これを受け容れたと述べたことを書き添える*19。これらの事実は、オストラネーニエの理論自体が、象徴派の詩の理論の影響下に形成されたことを示している。特に象徴派の詩人 A・ベールイの同時代的影響を知る者には、決してそれは不自然な断定と映らない筈である。

 ここまで、論じてくる過程でほぼ明らかになってきているように、フォルマリストによる詩的言語の探究は、意味作用における周縁性の発見に通ずるものであった。周縁性は、はじめは、文化の周縁部に存在する事物を、現実探究のモデルとする作業の中にとり込まれる。次にそのモデルを使って、中心部にあると考えられ、日常生活の変哲もないと思われる事象適用される。こうした作業を通じて、一方では、中心的な事物と周縁的な事物を隔てている論理が破壊され、他方では、中心的な事物の底に潜む周縁的な意味作用が露呈されていく。

 特に日常語の潜在的な意味作用は、すでに我々が注目したようにフォルマリスト達が深い関心を抱いたテーマであった。ヤコブソンは「語の本来の意味と転義」といったものについて説き、ユーリー・トゥイニャーノフは「詩語の問題」と題する論文の中で、語の研究の盲点を論じながら次のように述べている。

 「われわれは……日常生活にとってあたりまえのものとなってしまったありとあらゆる関係を研究対象のなかに勝手に持ち込みながら、それを文学研究の出発点としてしまいがちである。その際、 素材〔=語〕というものは、その役割、使命によって異質的であり、多義的である、ということが見過ごされる。ある単語のなかには、その機能によって資格を異にするさまざまな要因があるということが見落されてしまうのである。ある1つの要因が残りの要因を犠牲にして登用されることがあるが、そのためにこれら残りの諸要因が歪められ、ときには無性格な舞台道具の程度にまで格下げされてしまう。」 されてしまう*20。」

 こうした、多重的な意味作用においても、ドミナンタの要素は観察される。というのは或る語において、他を抑えても顕在化する意味は、それが使われるコンテキスト文脈)及びシンタックス (統辞法)に最も適合するという条件ばかりでなく、それらが使われる現実のレヴェルそのものに対して妥当性を持つという条件も満している。こうして、1つの語においても、特定のレヴェルの現実への適合性という意味でのドミナンタの現象が見られるとすれば、当然、ドミナンタとしての1つの意味の相対性も問題になってくる。この点についてトゥイニャーノフは同じ論文で次のように説く。

 「文学作品の形式(フォルム)は動態的なものと意識されなければならない。

 この動態性は、まず第一に構成的原理の概念に現われる。ある単語のすべての要素が同じ価値を持つとはいえない。動態的形式(フォルム)というのは、それら諸要素の結合あるいは融合によるのではなく、それらの相互作用、すなわち、ある要素のグループを犠牲にして別の要素のグループが抜擢されるということによって形成されるのである。その際、抜擢された要素は、従属させられた諸要素を変形させてしまう。*21

 ここでトゥイニャーノフは支配的要素(ドミナンタ)と従属的要素の相互作用、角逐によって芸術という形式が生気を帯びることを強調する。この角逐が消失するならば、両者が飽和状態に陥り、 自動化してしまうので芸術という事実は消失してしまうという。

 我々が展開してきた現実の様々なレヴェルの間の関係においても、このドミナンタの概念が適用できることは、すでに確かめた(159-160頁参照)。「ドミナンタ論」と題する文章の中でヤコブソンは、ドミナンタの盛衰について次のように論じている。

「或る過ぎさった時代に、過小評価され、不完全だという判定を受け、ディレッタントや逸脱かまたは単なる錯誤と同義語のように扱われてきたもの、異端的、退廃的、無価値なものと考えられていたものは、新らしいシステムの中においては、積極的な価値のあるもののように感じられ、採用される。*22

 こうしたドミナンタをめぐるジャンルの展開及び意味の多義性の問題は、詩的言語の問題と共に、プラーハ学派にそのまま継承され発展させられることになる。プラーハ学派は、こうした問題を、より広い文脈の中で、すなわち人間行為の多重機能性(ポリファンクショナリティ)という方向へ転じてすすめる。

 1929年のプラーハ言語サークルのテーゼの中で、このドミナンタの問題も中心的課題の1つとしてとりあげられている。*23この宣言の中で、ヤコブソンの提唱になる詩的言語と情報交換のための日常言語の対比も強調される。情報言語の中で補助的な立場を占めるに過ぎない要求は詩の言語の中で独自の価値を帯びる。ただし日常言語がいかに、情報性を強調しようとも、潜在的意味作用を完全に排除することはできない。

 定着した意味または語と、潜在的=侵犯的意味または語の関係を、ムカジョフスキーは「標準言語」と「詩的言語」の対立として捉えた。ムカジョフスキーは、詩的言語の概念を「生気づけ」という表現で補って、そのダイナミックな役割を強調しようとする。この「生気づけ」は標準的言語の侵犯によって可能になると彼は説く。

 「標準の規範の侵犯、その戦略的な侵犯によって、はじめて言語の詩的な利用というものが可能になる。こういった可能を想定しなければ詩というものは成り立たない。或る言語において標準化された言語の規範が安定したものであればあるほど、その侵犯の様式は多様であり、その言語における詩的表現への可能性は開けるのである。*24

 詩的言語は侵犯という行為によって、日常生活の言語たるコミュニケーション言語を「生気づける」。「生気づけ」は特にムカジョフスキーが強調した考え方であるが、その特徴は、「慣習化の対極、つまり行為の脱慣習化ともいうべきもの」である。慣習化は事件を順序よく並べるが、生気づけはむしろ順序の擾乱を行う。 プラーハ学派の「1929年テーゼ」は「生気づけ」について次のように説明している。

 「詩の語彙は詩的言語の他の次元と同じような方法で生気づけられる。それは既成の詩的伝統からも、コミュニケーションの言語からも離反する。使われていない語(新造語、野卑な語、古語等)は、それらの音声的効果の故に、コミュニケーション言語の通常使われる語と区別される。通常使われる語は、その頻繁な利用の故に、その音声的構成部分の細部の特徴によって認知されるのでなく、そのものとして理解されてしまうのである。更に使用されていない語は、詩的語彙の意味論的・文体論的ヴァライエティを豊かなものにする。*25

 この「生気づけ」という考え方は、ムカジョフスキーの僚友ハブラーネックに由来している。ハブラーネックは「生気づけ」の特徴を「辞典に分類された、つまり機械化された語の対極にある詩的修辞のごとく、見慣れない、脱機械化された、反慣習化されたもの」として捉える*26。こうした定義から我々が連想するのは「徴つき」というトルベツコイの定義である。「機械化」されたもの、 「自動化」されたものは、殆んど「徴なし」として我々の日常生活の意識の大半を構成する。しかし「生気づけ」は絶えず、そうした意識に衝撃を与えて、「自動化」された語の底に潜む、別の意味作用を顕在化させる。こうしたレヴェルの意味作用は、全く不意に出現するように思われるが、 その実、潜在的構造によって一方では表層の意味(ドミナンタ)に対して形態的には結合され、他方、指示機能においては弁別されるという関係にある。

 しかしムカジョフスキーは、主体の演する立場を過小評価することはない。彼によれば主体は様々の機能の生気ある源泉であるから、人間の行為のどの部分も単一の機能に限定されることはない。 機能は、それを駆使して主体が廻りの現象の諸特徴を探求する媒体である。機能をこのように捉えるとき、つまり主体が外的世界とかかわりを持って自らを実現する過程とみるとき、ムカジョフスキーのいう多重機能の持つ意味が明らかになる。*27

 この主体の中に多重機能の源泉を見るという考え方の故に、ムカジョフスキーは、ル・コルビュジェ建築理論に見られる単一機能論を批判した。

 こうした多重機能の考え方は、人間の自由の問題を新たに提起しなおす側面を持つ。自由とは、 主体が、多様な可能性を同時に持つばかりでなく、多様な可能性自体を創出していくためのイニシアティヴである。多義機能の考え方は、人間が同時に、複数の現実に生きる可能性に対する寛容性を含んでいる。周縁的な現実を一方では分泌しながら、他方ではこの現実を中心的な現実と対等に扱う可能性を残す。プラーハ構造理論の「生気づけ」の考え方は、こうした切り換えについての明確な提言であった。それは、我々が本書で追究してきたような文を、今日理解する上で欠くことのできない様々の視点、すなわち、記号論における「徴つき」の問題、現象学における「生活世界」と「周縁性」の問題、現実の多元性の問題、弁証法的展開の問題、深層心理の問題等々と、様々の点で交錯する。そのうえで、文化の構造の中に生きる人間の自由について考察するための方法論的前提を提供する。今日我々が必要としているのは、こういう主題によって武装された柔軟な知的感受性であるといえるのではないだろうか。

 「心の限界を汝は決して見つけ出すことはできない。たとえ汝が、あらゆる道を歩み尽くそうとも。心はそれほどまでに深い根底を持っている」というヘラクレイトスの言葉を引用しながら、フッサールは、心の地平の果しなき拡がりを次のように説く

 「まことに、到達されたいかなる『根底』も再びその根底を指示し、開かれたいかなる地平も新たな地平を呼びさます。しかも無限の全体は、その流動の無限性のままに、意味の統一へと向けられている。しかしもちろんそれは、われわれがその意味をいきなり把握でき、理解できるということではない。そうではなくて、人が意味形成の普遍的形式をある程度心得るやいなや、この全体的 意味の広さと深さとが、その無限の全体性のままで、軸となる諸次元を獲得するのである。*28

 我々が周縁性という主題の様々な変奏を繰り返しながら獲得しようとしたのは、このような全体的意味の広さと深さに至る展望の手がかりである。

*1: Victor Erlich, Russian Formalism, The Hague 1955, p. 199.

*2Jan Mukarovsky, “K deskému prékladu Sklovského Teorie prozy” (1934), tr. and cited in Irene Portis Wiener, The Semantic Character of the Aesthetic Function as De fined by the Prague Linguistic Cir. cle, Paper read at IXth International Congress of Anthropological and Ethnological Science, 1973, p. 6.

*3:ユーリー・トゥイニャーノフ「文学的発展について」新谷敬三郎・磯谷孝編訳『ロシア・フォルマリズム論集』現代思潮社1971年、396頁。

*4:Mukarovsky, op.cit, p. 166, cited in Wiener, op.cit, p. 7.

*5:Mukarovsky, o strukturalismus", cited in Wiener, ibil, p. 7.

*6:Ibid, p. 8.

*7:Michel Beaujour, “Flight out of Time, Poetic Language and the Revolution, J. Ehrmann(ed.), Literature and Revolutton, Beacon Paperback, p. 33

*8:ローマン・ヤコブソン「最も新しいロシアの詩──素描1」北岡誠司訳、水野忠夫編『ロシア・フォルマリズム文学論集』1、せりか書房1971年、61-62頁。

*9:同書、62頁。

*10:同書、61頁。

*11:同書、62頁。

*12: 同書、97頁。

*13:同書、46頁。

*14:ヴィクトル・シクロフスキー「方法としての芸術」『散文の理論』水野忠夫訳、せりか書房

*15:ボリス・トマシェフスキー「テーマ論」前掲『ロシア・フォルマリズム論集』364頁。

*16Jan M. Broekman, Strestauralistreaks, München 1971.

*17:W・カイザー『グロテスクなもの』竹内豊治訳、法政大学出版局

*18James L., Kugel, The Technzigates of Strangertess are Symbolist Poetry, New Haven 1971, p. 29.

*19:Ibil, p. 108.

*20:トゥイニャーノフ「詩語の問題」前掲『ロシア・フォルマリズム論集』222-223頁。

*21:同書、236頁。

*22Roman Jakobson, “La Dominanate"Questiona de poetigate, Paris 1973, p. 150.

*23:Mathesius, Mukařovský et Jakobson, "Les Thèses de 1929”, Change, 3, 1969, p. 35.

*24:J. Mukařovský, “Standard Language and Poetic Language", P. L. Garvin (ed.), A Prague SchoolReader on Esthetic, Literature and Style, Washington 1967, pp. 18-19.

*25:"Les Thèses de 1929", p. 38.

*26:Bohuslav Havranek, “The Functional Differentiation of the Standard Language", Garvin(ed.), op.cit., p. 10.

*27:Mukařovský, “Místo estetické funkce meziostatními” (1942), cited in Winner, op. cit., p. 9.

*28:REJ 11.1 HIKO

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