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2013-03-22

「自然の数学化」と学問の「危機」──E.フッサールの後期の所説に関連して── 高木彰 その2

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(供法崋然の数学化」と「生活世界の忘却」


(A)ガリレオ的科学の野蛮性

 M・アンリは,『野蛮』の「日本語版への序文」において,次にように記している。「この危険(存在論的動揺に基づいて発生した人類に降りかかってきた最大の危険)は無知に由来するものでもなく,悪意によるものでもない。それは近代科学と近代科学の知への欲望と同時に,生まれたのである。宇宙の合理的認識に達するためにガリレオが,人によって異なる感性的諸性質を退けた時,一緒に彼は,我々の人間性をなしているものをも,即ち,我々の感性や情念や欲望──要するに我々の生をも,除き去った。我々の主体性一我々の魂を軽んじた物質的な事物の秩序に専ら基づく世界の組織化,こういったものが,ガリレオ的科学から由来する技術の逆説である」([29]VI頁)。ガリレオは,科学から「我々の生」を除き去ったところに新しい科学・近代科学を成立させたということである。ガリレオ的科学とは,世界を物質的な事物の秩序に基づいて組織化することに特色が存在する。そのような科学を起源としていることにおいて,近代科学は,生まれながらにして,「我々の生」を除去されていたということである。ガリレオによって,生を除去された世界が現実の世界と取り違えられるという結果がもたらされたのである。「幾何学的,数学的に規定された世界」と,「我々の主体的生の具体的な様態の中でしか直観と体験することが出来ない世界」([29]13頁)が取り違えられたのである。アンリは,その取り違えこそが科学からの「生の除去」を結果したとしている。ここで「生けるもの」とは,即ち,生をして生たらしめるものとは,「自分自身を感じるということ」([29]93頁),「自分自身を体験するという能力」([29]10頁)のことであり,そのような特性をそれ自身の内に帯びるものが生であるということである。ガリレオは,そのようなものとしての生を除去することにおいて科学を成立させたのである。その意味において近代科学は生まれながらにして学問の「危機」を胚胎していたのであり,その点において近代科学の「原罪」的性格が指摘されうるのである*1

 ガリレオにおける「生の疎隔」を動機づけているものは,真理は「生ける主体性存在論的領域とは無縁」であり,「原理的且排他的な仕方で客観性の領域に属している」とする「信仰」([29]113頁)であるということである。アンリは,問題は,この疎隔が「科学者の生の内に宿っている」([29] 116頁)ことにあるとする。それは「人間に宿り人間の人間らしさを規定している主体性」を無視することである。そのような科学にとって,現実は最早存在しないのである。近代科学は,人間的生を除去することによって,科学性を確立し,近代社会を導く重要な契機たりえたのである。しかし,他方で,科学の成立を可能にしたものこそ,人間的生という前理論的世界の存在である。ここでは,科学から如何にして人間的「生」が除去され得たのかについて,B・ブレヒトとE・フッサールの所説を手掛かりにして検討してみる。


(B)ガリレオと近代科学の「原罪」

 16世紀において,芸術・道徳・科学という3つの価値領域は未分化な状態にあった。その意味は科学に何が出来,何が出来ないかを決定するのは,科学自身ではなく,教会の道徳であるということである。その意味においてガリレオ裁判は,宗教と科学との間に相互の自立性を確保するという大きな一歩を踏み出したということでもある。

 ガリレオの生涯は,一言で言えば教会という権力機構を科学の味方に引き入れるための長い苦闘と挫折の物語である。その過程を戯曲化したものが, B・ブレヒトの『ガリレイの生涯』(以下『生涯』)である。その初稿は,1939年に作成された。『生涯』が書き上げられるに際して,その当時の社会的状況が大きく影響していると思われる。その主なものは,1つには,オットー・バーンがウラン中性子を当てると核分裂を起こすことを発見したこと(1938)が報じられたことであり,もう1つは,モスクワでのスターリンによる粛清裁判の行われたことである。『生涯』のテーマは,ガリレオを偉大と卑小との間を揺れ動く両義的存在として捉えるということにある。それは近代科学を歴史的に,或は結果として捉えることではなく,その創造過程において捉えることと密接に関連している。『生涯』の第3場において,ガリレオは,「小石」をもって舞台をさ迷い,時おりそれを落下させて,五感が与える証拠の力を論じるものとして描かれている。そこでのガリレオは,日常生活において常識的に得られるありふれた現象に基づいて議論を展開するものとされている。その象徴が絶えずポケットにしまわれている「小石」である。いわば「小石」は,ガリレオの科学の創造の糧としての意味をもっていたのである。「もし僕がこうやって石を落として,しかも石は落ちないと言ったら,どんな人間だってその内,黙ってみちゃいられなくなる。人間はそういう時,黙っちゃいられないものなんだ。証明というものの及ぼす誘惑は余りに大き過ぎる。大抵の人間は直にこの誘惑に負ける。時が経てば全ての人間が打ち負かされる。考えるという行為は人間という種族の最大の楽しみなのさ」([9]52頁)。

 ガリレオは, 1633年,異端審問(宗教裁判)において,地動説を撤回した。それは一部の知識人に対して極めて大きな衝撃を与えた「出来事」であったのである。デカルトは,ガリレオの学説撤回の知らせを聞いた時,「地球が動くというのが誤りなら,私の哲学の基礎も全て誤りである」([46]435頁)と書いたと言われている。ガリレオは,「近代科学の祖」であるとされる。アレントは,「世界を変えるのは,観念ではなく出来事」であることからすれば,「近代の決定的な出来事の作者は,デカルトはなくガリレオである」([46]435頁)としている。そのことは,ガリレオの発見そのものが如何に「自明の真理の強制力」([46]478頁)をもって17世紀の知識人に衝撃を与えたかを意味しているものといえよう。アレントは,近代の性格を決定しているものとして,「?アメリカ大陸の発見,?宗教改革(教会と修道院の財産を没収することによって個人的収用と社会的富の蓄積という二重の過程を出発させた),?望遠鏡の発明と地球の自然を宇宙の観点から考える新しい科学の発展」([46]403頁)の3つを挙げている。この中で我々にとって重要なことは第3の「望遠鏡の発見」である。問題は,「望遠鏡の発見」が如何なる意味において,近代の性格を決定するものとして位置づけられるのかということである。望遠鏡は,「最初の純粋に科学的な器具」ではあったが,それ自体は,星を眺める以外は役に立たないものであったのである。しかし望遠鏡が果たした役割は,「宇宙を発見しようとする人間の実験的第一歩」([46]405頁)であったことにおいて決定的な出来事とされるのである。アレントは,「望遠鏡を使って宇宙を覗き見たことは,全く新しい世界を切り開く段階を画し,その他の出来事の進路をも決定した」([46]415頁)としている。「天体物理学的世界観」([46] 420頁)の生成である。ガリレオ望遠鏡を使って行ったことは,「宇宙の秘密が『感覚的知覚の確実さをもって』人間に認識されるようにしたこと」([46]418頁)である。ガリレオは「以前には永遠に人間の届かぬ,精々不確かな思弁や想像力に委ねられていたものを,地上の被造物である人間が把握出来,人間の肉体的感覚が捕まえられる範囲の中に置いた」([46]418頁)のである。

 ガリレオの発見によって,単なる思弁とされていたことが立証可能な事実として提出されるに至ったのである。アレントは,そこに教会が,天文学者達が地動説を数学的目的のための便利な仮説として用いた間は,動かない太陽と動く地球という前ガリレオ的理論に異議を唱えなかったにも関わらず,ガリレオの発見を異端とした理由が存在するとしている。教会は,ガリレオの発見について「仮説によって現象を説明するということは,地球の実際の運動を実証するということと,全く違う事柄である」([46]418頁)と捉えていたということである。その意味において、ガリレオの発見は,「学問構造自体の変更」([40] 217頁]を惹起するものであったといえよう*2

 ガリレオは,学説撤回後,変節漢と罵られ,教会の庇護のもとに生を全うした。その間に科学の発展に大きな寄与を成し遂げた『新科学対話』を執筆している。ブレヒトは,初稿において,ガリレオの学説撤回そのものを否定しながらも,その『新科学対話』を完成したことを積極的に評価し,来たるべき新時代の物理学に多大な貢献をなしたことにおいてガリレオの行動は肯定されるものとしていた。しかし,ガリレオについてのそのような評価が有効でありえたのは,近代科学が人類の進歩を約束していた限りにおいてのことであったのである。

 『生涯』の初稿は,1947年のアメリカ上演に際して大きく修正された。その契機になったのは,ブレヒトアメリカ軍によるヒロシマナガサキヘの原爆投下のニュースを聞いたことである。「我々が改作の仕事にかかっている真っ最中に,ヒロシマで『原子時代』がデビューした。一夜にして,新しい物理学の創始者であるガリレオの伝記は違った読み方をされるようになった。巨大な原爆の地獄さながらの効果は,ガリレオと彼の時代の権力当局との葛藤にも,新たな,もっと鋭い照射を加えることになった」([9]208頁)。原爆は,科学者が国家への忠誠をつくすことによって製造が可能であったのである。科学の成果が,それを生み出した科学者の手を離れることは,人類の将来に如何なる意味をもつものかを具体的に示したものこそが原爆であったのである。原爆投下という事態は,科学の進歩がそのまま人類の発展に寄与しないことを如実に示したのである。「原爆の最初の新聞報道がロサンゼルスに届いた時,人々はこれが恐ろしい戦争の終結と息子達の帰還を意味するのだということを直ちに悟った。しかしこの大都市は,驚くほどの哀悼の意を表したのだ」。そして原爆投下は,多くの科学者に研究の意義の再考を迫るものであった。「偉大な物理学者達は,夜逃げでもするように,好戦的な政府に仕える職場を放棄した。最も有名な学者の1人は,自分の研究の時間を,一番初歩の基礎コースを教えることに費やさねばならないような教職にありついたが,それは,こういう官庁のもとで研究することを避けるというだけの理由でそうしたのだった。何かを発見することは非難に値することになった」([9]210頁)のである。ブレヒトは,原爆を,確かにアメリカの「勝利」を招いたものであったが,同時に科学の「恥ずべき敗北」を意味するものでもあった,と捉えたのである*3

 ブレヒトが最も大きく改作を行ったのは,ガリレオと権力当局との葛藤の場面ではなく,ガリレオが学説を撤回したことに対して,「自己断罪」を徹底化させる第14場である。それは宗教裁判所の審問を受けて自説を「撤回」したガリレオが,尚,「死ぬまで宗教裁判所の囚人」として社会から隔離され,教会に全面的に協力しながらも,科学の研究を続けている時期(1633~42)を扱っている個所である。そのような状況の下で執筆された『新科学対話』は,従来多くの人々によってガリレオが自在に屈折する知恵をもって,巧みに新たな科学を守り抜いたことを意味しているものとされてきた。しかし,ブレヒトは,ガリレオに徹底的に「自己断罪」を行わせているのである。ブレヒトは,ガリレオの「学説撤回」が科学を民衆から分断し,多くの科学者の沈黙や屈服を招き,ひいては,その後の近代科学の歴史を権力への隷属の歴史に転落させる契機を作ったことにおいて「原罪」として位置づけられる,としたのである。「ガリレオ裁判」がその後に果たした意味は,一方では科学者は自らの口を閉ざすことに同意することであり,他方では教会は,科学者を火戻りにしないということであり,科学と宗教の相互対立関係を固定的に維持する一方で,両者の共存を容認するということである。

 ブレヒトは,次のように結論している。「ガリレオの犯罪は近代科学の『原罪』と見なすことが出来るであろう。新しい天文学は時代の革命的な社会潮流を推進するものであったから,新しい階級だった市民階級の深い関心を呼び起こしたが,ガリレオはその天文学を,厳しい限界のある特殊科学にしてしまった。勿論,そういう科学は正にその「純粋さ」の故に,つまり生産様式等と関係する気がなかったために,比較的妨害を受けずに発展することができた。原子爆弾は,技術的な現象としても社会現象としても,ガリレオの科学的な業績と,社会的な機能停止の生み出した古典的な最終生産物である」([9]212頁)。

 ここで,ブレヒトの言う「ガリレオの犯罪」とは,科学を権力者の手から民衆の手に移せる決定的な時期に,学説の撤回という教会への屈服によってそのチャンスを失ったということである。ガリレオが,具体的に何等かの罪を犯したということではない。そのような記録は残されていないとされている([10]8頁)。又,「社会的な機能停止」とは,科学の成果が社会化されるに際して,科学者として果たすべき一定の社会的役割が存在するにもかかわらず,それを遂行しなかったということである。或は別の言い方をすれば,科学者が教会(そして終には宗教)に対して,社会的に何等かの発言を行うのを止めるということである。それがガリレオの学説撤回における隠された意味である。その取り引きの故にガリレオは研究を続けることが出来たのであり,更にはガリレオの研究成果に依拠して近代科学の驚異的な発展が可能であったのである。それまで科学と宗教が未分離な状況の下では,即ち,芸術・道徳・科学が教会の下で融合していたために,科学に何か出来,何か出来ないかを教会の道徳が決めていたのである。ガリレオは,科学と宗教の分離という「近代の尊厳」を教会との密約の下に成立させたのである。そこに「近代科学の原罪」が存在する言えるのである。科学者としてのガリレオと人間としてのガリレオ,この科学の研究における二面性が如何に克服されるのかという永遠の課題が,近代科学の生誕に際しては,前者の優位において解決されたのである。ブレヒトは,第9場において,ガリレオに「真理を知らないものは唯の馬鹿者です。だが,真理を知っていながらそれを虚偽というものは犯罪人だ」([9]123頁)と言わせている。ガリレオは,近代科学の技術的な創造者であったが,同時に,真理を知っていながら権力機構の前ではそれは虚偽であると言い,学説の撤回を行ったことにおいて「社会的な裏切り者」([9]246頁)=犯罪者であったということである*4

 ブレヒトは,『日記』で次のように記している。「ガリレオは2度破滅する。1度目は,生命が危うくなって事実を口にするのを止めてしまい,若しくは撤回する時だ。もう1度は生命の危険を冒して再び真実を求め,広めようとする時である。彼の生産が彼を破壊するのだ。ガリレオは結局のところ,個人としての自分自身だけでなく,自分の科学研究の貴重な部分をも破壊してしまった。教会は自らと自らの権威,抑圧と搾取を行う自らの可能性を擁護するために,専ら聖書の教義を擁護した。教会の支配下で苦しんでいた民衆は,専らガリレオの天体理論に興味を示した。ガリレオは自説を撤回した時,本当の進歩を放棄し,民衆を見殺しにし,天文学は再び専門領域,学者だけの活動領域になり,非政治的になり,現実から遊離した。教会はこれらの天空の〈問題〉を地上の問題とは切り離し,支配権を強化し,その後で新しい解決策を積極的に承認した」([ 9]301〜2頁)。

 ガリレオの科学研究が自己目的に陥るのは,本来の姿である「民衆と結びついた科学」([9]209頁)を捨てたからなのである。ここで問題なのは,ガリレオの学説撤回が犯罪であるとしても,如何なる意味において近代科学の「原罪」として咎められるのかということである。換言すれば,ガリレオにおいて学説の撤回によって尚も主張しうる真理とは何であったのかということであり,そのようなものとして求められた真理の意味こそが問われねばならないということである。ガリレオにとって学説の撤回は,それ以後の研究活動において何等かの支障をもたらすというものではなかったことが問題なのである。人間として生きること,人間的尊厳を陶冶することと,日々の研究活動とは全く無関係なものであったということ,研究の在り方についての価値判断を伴わないものであったということが問われねばならないのである。人間的尊厳の陶冶と研究活動を切り離したことによって「社会的な機能の停止」も可能であったと言えるのである。そこに近代科学の「原罪」を認めることが出来るものといえよう。ガリレオにおいて,知への問いの追求を通しての人格的変容が如何に達成されたのかが問題なのである。研究活動が不断の内的で個人的な鍛錬であるが故に,それを通して自己浄化や自己変容が惹起されるのである。ガリレオの研究生活は,「自己理解」に達する闘いとして規定されるようなものではなかったということである。それは研究対象が自然であることとは区別されねばならない基本的問題に他ならないのである。ガリレオの科学が「生への問い」を決定的に欠落させていたことの意味は,この点に密接に関わるのである。ガリレオ的科学の在り方,その方法,或はその全体が近代科学の「原罪」を生み出したのである*5

 科学と宗教との分離は,近代科学においては「生の除去」として固定化されたのであるが,それは同時に近代科学を没価値的性格において特徴付けることにもなった。というよりも近代科学は,具体的生活から身を引き離し,没価値的であったが故に,多面的な応用が可能であったのであり,科学理論を没価値的仮説のばらばらな積み重ねとして蓄積することが出来たのである。この「没価値的性格」とは,「参加しない意識」であり,「 why から how への問いの転換」惹起したのである。そのような転換によって,真理は,根本的に操作性と結びつき,真理と実益との結びつきが可能になった。真理=実益という等式の成立である。自然のプロセスから内在的な目的が剥ぎ取られた時,物の価値が,他の何か,他の誰かにとっての価値でしかなくなる。真理=実益という等式においては,実用性に欠けるもの,利益をもたらさないものは,無意味なものとして,科学の対象から,そして社会から排除されるのみである。

 しかし,科学と技術が「没価値的性格」を帯びることは,同時に,科学と技術そのものが社会的現実の再生産過程において,この再生産過程を支配する価値体系に支配されることを意味しているのである。そのようなメカニズムがひとたび成立してしまうならば,科学者の個人的善意というようなものは全く介入の余地が存在しなくなる。どのような考え方であろうと,科学者が社会的現実の側からの注文に身を任せている限り,科学とその成果も社会的現実を支配する価値体系に従って動くことになるのである。その意味で,科学を「没価値的性格」において規定することは,科学が「社会的現実の”権力欲”の要求に積極的に応じる」([13]175頁)ことの結果であると言うことが出来るのである。

 近代科学の「原罪性」が,科学が芸術と道徳から単に差異化されたに留らず,分断化の傾向をより一層進めたことに存在しているものとすれば,学問の「危機」,更には現代の危機を克服するために求められていることは,科学・芸術・道徳の統合の道である。「物質から神に至る大いなる連鎖」の代わりに,「物質が全てであり,物質宇宙を最も詳細に研究できるのは科学である」と捉えることにこそ,近代科学の「原罪」の内実を見ることが出来るのである。学問の危機は,学問や科学から「生の排除」が行われたことによるものであった。それは科学は「如何に」という方法を解明することには威力を発揮したものの,「何故に」という意味を我々に与えてくれるものではなかったということ,更にそのような「実証主義的」傾向は,科学の全学問分野に対する普遍性として確立されていったこと,それらが危機醸成の契機であったのである。それが現在の地球環境問題の根本において存在している原因である。資本の運動は,そのような科学の傾向を加速化させるものであるが,資本それ自体の自己矛盾の展開として地球環境問題を捉えることでは不十分なのである。資本と科学・技術の相互一体性を可能にしている原理,量化原理こそが問題なのである。それ故,学問の「危機」の克服とは,科学が如何に芸術と道徳との間に統合をもたらすかということであり,更には「生」と結びつきうるのかということである。現代社会の危機的状況を克服するために,学問の研究に携わるものに求められていることは,学問と生との結びつきを如何に図るのかということである。


(C)ガリレオの自然観


(1)自然=書物

 ガリレオは,自然を書物と見なしたが,その書物は,「数学の言語」で書かれているものであるとする。その「数学の言語」とは,書物を解読する鍵である普遍的文法であるとされる。ガリレオにおいては「書物」としての自然は,数学の言語で規定可能な数量的自然として,その意味では単純に直接的に経験出来る世界であり,そこに見いだせるものを数学という言語で注意深く報告することこそが重要であるとして捉えられていたのである。自然そのものが考察対象であったのではなく,「抽象的数学的諸規定に還元された自然」([29]164頁)を対象にするということである。「自然という書物」を数学的文法によって読み解いた成果こそが,近代科学の中核を占める力学=機械学である。しかし,そこに存在している重要な問題は,自然界を本質的に数学的に捉えることが可能であるとする認識である。ガリレオは,次のように指摘している。

 「哲学は,眼の前に絶えず開かれているこの最も巨大な書(即ち宇宙)の中に書かれているのです。しかし,先ずその言語を理解し,そこに書かれている文字を解読することを学ばない限り,理解できません。その書は数学の言語で書かれており,その文字は三角形,円その他の幾何学的図形であって,これらの手段がなければ,人間の力では,その言葉を理解できないのです。それなしには暗い迷宮を虚しくさ迷うだけなのです」([24]308頁)。

 ガリレオが数学的文法によって読み解くとしていることは,数学の言語で捉えられる自然のみが,科学の対象であるということである。それは全ての多様的な現象的変化,諸性質は,形と大きさ,運動など,ごく僅かな概念に還元して説明出来るという先行的理解が存在していることによるのである。そのことは,自然界を階層的構成において,夫々特有の次元を構成するものとしてではなく,全くの感覚的データだけが単純な位置を占めるものとして想定するということである。ウィルバーは,それを「フラットランド」の想定であるとしている。そのフラットランドにおいては,「知識の内面的次元も様式も全く実質的な現実性を持たない,客観的な『それ』だけがリアル」([20]78頁)なのである。それは全ての内面的次元が,外面的表層(客観的な「それ」)に還元されるということであるが,それは同時に「コスモスの全面的倒壊」([20]79頁)に他ならなかったのである。換言すれば,ガリレオにおいては,感覚的に捉えられる世界の多様性は,理性的分析によって統一的,総合的な把握が可能であるとされていたということである。それは正しく理性による感覚の抑圧である。そこで前提されていたことは,自然を記述するための最も詳細な方法として,機械的な「形,大きさ」をもった抽象的単位の運動に全てを還元するということであり,自然考察に際して,要素還元主義を採用するということである。

 科学とは「自然(宇宙)という書物」を数学の文法で読み解くことであるが,然るにガリレオ自体は,「自然という書物」において明らかにされた神の元型的な法則の発見が可能であり,自分のしたこともそれだけに過ぎないとしたのである。自然は,一定の秩序(文法としてのロゴス)に従って構成されており,我々が数学という辞書を片手に一歩一歩解読作業を進めていけば,やがては「真理の王国」に参入出来るとされるのである。ガリレオは,「自然は一様(単調)であり,常に同じ仕方で『振る舞う』」([32]152頁)として捉えるという認識を基礎として,「因果性の支配する具体的な宇宙としての無限の自然全体」([41]71頁)を「純粋幾何学」=「純粋数学」によって記述しようとしたのである。しかし,それは生き生きとして豊かで曖昧な自然の内で「数学の言語」で扱うことの出来る対象のみを研究の対象にするということであり,「自然の理念化された形式のみを抽出すること」([29]140頁)に他ならないのである。そこには自然が如何に質的に多様性に富むものであろうとも,一般的な運動法則の形において捉えられるもののみが,科学的に合理的であるとする先行的理解が存在しているのである。ガリレオの採用した数学の解法は,「分析的方法」と「総合的方法」([32]155〜6頁),或は「分解的方法」と「合成的方法」である。その方法を駆使することによって,ガリレオは,自然法則を獲得したのである。自然は,測定され,計算され,全てのものがミクロの構成要素にまで還元されることによって操作が容易な対象へと変えられたのである。それは自然に対する支配の増大であり,そこにこそ科学の隠された目標が存在していたということである。自然の対象化,主観とは本質的関係をもたない客観としての自然の認識,それこそが自然を感性や内的な繋がりのないものと見なすという傍観者的意識を育んだのである。かくて,18世紀において自然は,ホワイトヘッドによれば「無味乾燥なもので,音もなく,香りもなく,色もない。物質の慌ただしい,目的も意味もない,轟めきに過ぎない」([39]72頁)ものと見なされるようになってしまったということである。


(2)物質の「一次性質」と「二次性質」

 自然認識を可能にするためには,自然そのものの的確な測定が不可欠である。ガリレオは,そのために物体の性質を単純で基本的な性質に基づいて説明する必要があるとした。そのために物体の性質が「一次性質」と「二次性質」とに区別されたのである。「一次性質」とは,その諸部分の形状,大きさ,運動等,物体自身に実在する本質的性質のことである。「これらの性質の空時関係が自然を構成する。これらの関係の秩序正しさが自然の秩序を構成する」([39]72頁)のである。どんな物体も,これらの性質に拠らずに説明することはできないということから,この第一次性質こそが,探究や知識に相応しい唯一の対象とされた。これに対して,赤さ,甘さ,暖かさなどの「二次性質」は,物体の一次性質の状態から生じるものとされた。「一次性質」が「二次性質」を生み出すということである。そこでは,物質の大きさ,形,構成,運動が,赤いとか甘いという主観的な現象を我々の中に生み出すと考えられたのである。即ち,眼,耳,鼻を離れて,色,音,匂いは存在しないということである。第二次性質は,観察された世界ではなく,観察者の精神にのみ存在するものなのである。感じることや感覚作用と結びついているものは,全く主観的であり,現実的ではないと見なされたのである。そこには我々の実際の感覚に基づく経験,それ故に主観的判断は,世界の実像を説明するための基準には成り得ないという前理論的想定が存在している。ガリレオにとっては,大きさ,形状,重さなどユークリッド幾何学によって数量化可能な「一次性質」のみが実在的な自然の様相であったのである。

 次いで,ガリレオは,形態的規定と内容的規定との間に,因果連関が存在するとして,数学的に表現される因果連関を「公式」として見いだした。公式は,「1度発見されれば他にも応用されて,そこに包摂されうる個別的事例を事実上客観化するのに役立ちうる」([41]78頁)のである。それは「公式」によって,「経験的確実さをもって期待されうるものを,実践的に望ましい仕方で,予め予見出来るようになる」([41]81頁)ということである。それ故,「全作業の決定的な要」は,「式」であり,生活にとって決定的な意味をもつ作業は「その目指す式を伴った数学化」([41]81頁)であるとされたのである。「式」を獲得することこそが,「自然科学的方法」「真の自然認識の方法」であるということである。ガリレオにおいては,量的な事実は,物理的な因果関係によってのみ関係付けられるものであるとして理解されることから,それ以外の方法によって定立された関係は,観察不可能であり,実験的に検証不可能であると見なされ,考察対象から排除されたのである*6


(D)「自然の数学化」と「生活世界の忘却」


(1)近代の生成と「自然の数学化」の意義

 前近代から近代への転換にとって決定的に重要な意味を持っていたことは,「道徳・芸術・科学」という人間社会を構成する3つの価値領域において差異化か進展したことである。ガリレオによる「自然の数学化」は,この価値領域の差異化を推進する上で極めて重要な役割を果たしたことは確かである。「自然の数学化」により,真と善が引き離され,科学と倫理が引き離され,真,善,美の差異化か生じたのである。「私」と「私達」と「それ」という3つの領域が差異化され,自己と文化と自然の差異化によって,近代の成果,積極性がもたらされたのである。その結果,夫々の領域において,他からの暴力や支配を受けることなく,独自の発展が可能となったのである。それは,3つの価値領域は,夫々異なるタイプの言語をもつことが可能になったということでもある。ウィルバーは,それを次のように整理している。「表現的・美的領域は,『私』言語で,道徳的・倫理的領域は『私達』言語で,そして客観的・科学の領域は『それ』言語で記述される」([20]66頁)ということである。

 次いで,ウィルバーは,「自然かつ健全な発展過程は,全て差異化一統合によって進む」([20]69頁)とする。3つの価値領域における差異化に続いて,統合の過程を経ることによって,社会発展が可能であるということである。「差異化・統合の過程」は,社会の発展においてのみならず,生命体の進化過程においても見いたされる極めて一般的な命題である。

 これに対して,差異化が過度に進み過ぎたことによって,学問の危機が引き起されたのである。差異化の過度の進展は,「分離ないし断片化」をもたらすのである。「差異化か抑制を失い,種々のサブシステムが容易に統合できなくなる。纏まりを欠いてバラバラになってしまうのだ。部分は差異化するのではなく,分離する。その結果が断片化,抑圧,疎外である」([20]69頁)。モダニティの差異化の一部が行き過ぎ,特有の分離に陥ったことが近代の病理に他ならないのである。芸術と道徳と科学の差異化か達成されると,それらは統合の方向に向かったのではなく,「根底から直に分離し,バラバラに分解し始めた」のである。その統合を妨げたものこそ近代科学の急速な発展であり,他の価値領域への侵犯であった。この価値領域の侵犯と分断化こそは,「成長発展するあらゆるシステムに生じる病理の徴」([20]72頁)に他ならなかったのである。

 近代の差異化は,16, 7世紀に本格的に始まったとすれば,18世紀の終わりから19世紀の初めには,「その差異化は痛ましい病理的分離にまで進んだ」([20]73頁)のである。それは「自分以外のものに対しては癌のようになった独白的な〈真理〉の増大によって〈善〉と〈美〉は圧倒されてしまった」([20]72頁)ということである。それを社会の領域について見るならば,経済の社会からの分離と自立であり,資本制経済の病理が恐慌として発現するということである。 19世紀資本主義における矛盾の累積とその爆発とは,社会における経済の差異化か過度に進んだことにその原因を有していたのであり,恐慌という形態においてのみ,社会的,経済的秩序の確保とその発展が可能であったということである。

 近代科学において独白的な「真理」の増大をもたらしたものこそ,ガリレオにおける「自然の数学化」に他ならなかったのである。「自然の数学化」は,一方では近代の差異化をもたらしたことにおいて近代社会の生成に際して積極的役割を果たしたのであるが,他方ではそれが過度になり過ぎたことによって,分断化という「モダニテイの災い」を招いたのである。近代科学的一元論の確立の決定的契機こそがガリレオによって導入された「自然の数学化」であったのである。


(2)「二重の理念化」

 ガリレオにとって,自然を純粋幾何学において捉えることは,「自明の事柄」であった。フッサールによれば,ガリレオによる「自然の数学化」は,「二重の理念化」において行われている。第1は,「完全性の理想」が理念的な「極限形態」の世界として構想され,量的操作が確立される段階である。測定術における経験的,実用的な客観化の機能が,「理念化」され,「純粋幾何学的な思考作業」([41]57頁)に転化されることによって幾何学が生まれたのである。完全化に向けての「繰り返し繰り返し」([41]53頁)という実践的経験を通して,精密性が獲得され,その「極限形態」において現実的で,真なる物体が捉えられると想定されたのである。しかし,そこでは,「その意味がどうして形成されたか」ということは,「はっきりと意識される」([41]54頁)ことなく,幾何学が使用されているのである。ガリレオにおいて,「極限形態」が真に存在するものと想定されているのである。

 第2は,物体の感性的性質の「間接的数学化」([41]68頁)の段階である。それは感性的性質のように直接には数学化が可能ではない契機について近似的に接近するために必要とされるということである。そのことは同時に即自的に存在する現実も「我々の客観的認識によって把握可能なものとなる」([41]65頁)ということである。「近似的接近」や「間接的数学化」においては,物体の特殊な感性的性質が,それとは全く異なる仕方で「密接な規則的関係」([41]68頁)に置かれることになる。このような「理念化」の過程において,「普遍的で精密な因果性も又自明なものだ」とされ,「普遍的で理念化された因果性」は,「その理念化された無限性の内に,全ての事実的形態と事実的な内容的充実を包摂する」([41]75頁)ものとされるのである。そのような「理念化」を通して,「日常的な生活世界」が「数学的な基底を与えられた理念体の世界」に「すり替え」([41]89頁)られたのである。数学的諸規定に還元された自然が,現実に存在し,「厳密な意味で認識されうる普遍的妥当的な唯一のもの」([29]104頁)と「取り違えられた」のである。ここで,「生活世界」とは,科学的営為の究極的基盤とされるものである。生活世界とは「あらゆる理念化に際して前提となる現実として直接に与えられているもの」,或は「我々の全生活が実際にそこで営まれているところの,現実に直観され,現実に経験され,又経験されうるこの世界」([41]92頁)のことである。

 「理念化された自然」が「学以前の直観的自然」と取り違えられ,「生活世界」が「『客観的に真なる』世界」([41]228頁)によってすり替えられたのである。この「すり替え」は,更に数学全体の解析化=代数的計算への還元によって,決定的になるのであるが,それによって惹起されたのは「意味の空洞化」現象である。フッサールが,「『客観的に真なる』世界」に対して,生活世界を対峙させる時,それは経験科学が対象とする外面的,表層的領域に対して,内面的領域が固有に存在することを主張しているものといえよう。生活世界は,「大量の知識を生み出すことが出来る,主観的及び間主観的領域」([20]190頁)に他ならないのである。

 ところで,ガリレオは,「測定術の経験的,実用的な客観化の機能」を「純粋幾何学的な思考作用」([41]57頁)へと転化している。それは測定術の実用的な関心を純粋に理論的関心に転化させることであるが,より重要なことは,自然の測定それ自体が,近代科学の革命的性格を示すものであるということである。測定術は,多様な自然に「客観性を与え,相対主観的なものにするのに役立」([41]56頁)ったのである。アリストテレス学派における自然の考察は,自然を分類することに過ぎなかったのである。更に重要なことはそのような「理論的関心」(=「抽象化」)を支えた現実的基盤が存在しているものと想定されたことである。測定術についての理論的関心が高まったのは,貨幣経済の浸透,商品経済の拡大という日常生活の様式の根本的な変容が存在していたことによるのである。あらゆる財の多様な価値が貨幣価値に一元化されるという財の商品への転化,即ち財の抽象化が進行していたことが極めて重要な意味を持っていたのである。そのような日常生活における量化の傾向を現実的基盤として測定術の理論的関心への転化が現実化したのである。

 「理念化」は,ガリレオの発明であり,ガリレオによって科学の方法として確立されたものである。それは,幾何学という理念的世界の発明,「数学的存在」を通じて理念的なものに形を与える「作図」という,客観化的規定方法の発明でもあったのである。しかし,フッサールは,そこにガリレオの大きな「怠慢」が存在しているとする。そのような「怠慢」は,2つある。第1は,根源的な「意味付与の作業」にまで立ち返って,そのような「理念化」を問わなかったことである。第2は,理念化か行われるためには,「どうして精密な形態が生じることになるのか」,理念化か行われるためには「どんな動機付けとどんな新たな作業が必要なのか」([41]90頁)ということについて考えることを怠ったということである。フッサールによれば,このガリレオによって忘れ去れた「意味付与の作業」こそが,「全ての理論的並びに実践的生活の根源的基盤にあって理念化の作用として働き,幾何学的な理念的形象を生じさせるもの」([41]90頁)であったということである。

 かくて,「自然の数学化」によって「独自の絶対的な真理」が創造され,その真理は,「自明な真理」と見なされたのであるが,フッサールは,そのような「自明性は単なる見かけに過ぎなかった」ということ,更に又「幾何学の適用の意味が,複雑な意味の源泉をもっている」([41] 90〜1頁)ということ等は,ガリレオとそれを受け継いだ時代にとっては隠されたままになっていたとする。自然科学の究極の目的は,生活世界に結びついているのであるが,そのことが忘却されたことによって「その目的にまで問いを深めることは出来なかった」([41]91頁)のである。

 次いで,フッサールが問題にするのは,「理念化」の完成は,形式的数学の思考作業が「技術化」されることにおいてであるということである。全ての方法は,本質的に「技術化」と「自己を外面化する傾向」([41]88頁)を有するのである。代数的算術は,技術的規則に従う計算術によって結果を獲得するだけの「単なる技術」([41]85頁)に転化するということである。一度「公式」が確立されてしまえば,思考は技術的性格を帯びるのである。人は,文字や記号を,その結合の規則に従って操作するだけであり,その技術的操作に「真の意味」を与え,且,規則に合った結果に真理性を与えるという「根源的思考」は,そこでは「排除されている」([41]86頁)のである。「根源的な意味付与」が忘れ去られたことによってもたらされたことは,既に指摘したように,学問における「何故に」から「如何に」への問いの変換である。「如何に」とその問いを限定することによって「生活世界に結びついている目的」([41]91頁)にまでその問いが深められることはなかったのである。科学は,科学以前の生活とその環境としての生活世界から生まれてきたものである。この世界に生きている人間が,その全ての問いを向け得るのは,そのような生活世界を基盤とすることによってのみである。「形式的数学の思考作業の技術化」([41]88頁)とは,「経験し発見する思考,時には最大の独創性をもって作図理論を創造する思考」が,「『記号的』な概念をもってする思考」に変わることである。フッサールは,そこに「自然科学的思考の空洞化」([41]88頁)が発生するとしている。全ての自然科学研究における興味の中心は,「一般的な式」に置かれ,全ての発見は,「自然に従属する式の世界での発見」([41]88頁)となるのである。

 フッサールは,純粋解析学多様体論,或は技術化をそれ自体として否定しているのではない。それらが批判されるのは,全て「完全に自覚的に理解され,遂行された方法」であることにおいてである。思考作業の技術化において起こり得る「危険な意味のズレ」を回避する配慮がなされていないことを問題視するのである。フッサールは,その「意味のズレ」を回避するためには,根源的意味付与が何時でも「顕在化」されうるようになっていること,「一切の問い質されていない伝承性から解放されている」([41]86頁)ことが必要であるとする。

 ガリレオが求めたのは,自然像の究極的意味ではなく,「明確な諸現象の継起性を規制する結合関係」([39]158〜9頁)である。ガリレオは,注意すべき重大な点は,「物体の運動ではなく,運動の変化」([39]61頁)であることに気づいたのである。ガリレオの思考作業は,「それ自体において数学的な自然,式として与えられる自然,式から始めて解釈される自然」([41]96頁)を想定して行なわれるのであるが,そのような想定自体が既に「理念化」「技術化」によって「理論のもつ本来的で真に根源的な意味」を「隠蔽」してしまっているのである。フッサールは,そのような「根源的な意味」とは,「最も不可抗的な明証性をもったその本来的な意味,それのみが現実的である意味」([41]97頁)のことであるとしている。

 「技術的な思考様式」は,「思考作業の技術化」をもたらし,更には,自然科学的思考の「空洞化」をもたらしたのである。技術の客観主義的な傾向がもたらす「意味の空洞化」とは,技術のもつ「生の意義」を問うことから,「技術の効率」を問うことへの転換である。かくて,フッサールは,「科学とその方法は,丁度,その正しい操作は誰でも学ぶことが出来るが,そのような作動の内的可能性や必然性は少しも理解できない機械に似て」([41]95頁)くるとする。そこに人間の機械への従属の危機が存在していたのである。機械と人間の関係,即ち,機械は人間にとって如何なる意味をもっものかを明確にすることはなく,如何に機械を操作するのか,或はその操作自体を如何に容易化するのかが科学研究の態度とされるに至ったということである。現代においては,コンピューターと人間の関係に関わる問題でもある。コンピューターを人間の諸活動の相補性において位置づけるのか,或は人間(脳)そのものに代置しうるものとして位置づけるのかということである。それはガリレオによって生を排除された科学が,永遠に悩み続けなければならない問題に他ならないのである。

 「数学と数学的自然科学」という「理念の衣──記号の衣,記号的,数学的理論の衣──」は,科学に従事する人間にとっては,「客観的に現実的で真の」自然として捉えられ,「1つの方法に過ぎないものを真の存在だと我々に思い込ませる」([41]94頁)ものとして機能したのである。即ち,生活世界で現実に経験される粗雑な予見を,無限に進行する〈学的〉予見によって修正するための方法を,「真の存在だと思い込ませる」ということである。「理念の衣」を纏うことによって,自然科学における方法,式,「理論」の本来の意味が改めて検討されることなく,理解されないままになったのである。科学が生活世界の直観から乖離してしまうことによって,科学そのものが抽象的な記号の単なる変換操作に還元されるのである。然るに,数学の記号体系は,本来は人間の有限性を補うための技術的手段として操作的に構成されたものであって,明証の裏づけなしには自立しえないものである。それ故,フッサールは,「歴史的展開の最も内奥の衝動力」を解明するためには,「生活世界とその主体としての人間についての省察」([41]97頁)が不可欠であるとする。自然の数学化によって,意味の基盤である直観的・主観的な生活世界が「忘却」され,「隠蔽」されたのであるが,その後の科学の進展の過程は,客観的理論の提示する「理念の衣」によって生活世界の現実を覆い隠し,「隠蔽」という事態を更に隠蔽する方向へ進んだ。その帰結が19世紀後半における「科学的帝国主義」の生成である。それ故,フッサールは,科学ないし学問の本来の理念を回復するためには,隠蔽されている生活世界を「発見」し直し,科学と生活世界との連関を回復することが必要な課題であるとしたのである。科学的一元論によってもたらされた生活世界についての壊滅的な忘却の淵からの解放を図るということである。フッサールにおいて生活世界への還帰こそが学問の「危機」を救う方法であるとされたのである。


(E) ラプラスの魔

 ガリレオの数学的科学における理念化という想定を極限の形態にまで押し進めた時,そこに現れてくるのは,「ラプラスの魔物」である。 M・ラプラス(19世紀初頭フランス天文学者であり数学者)は,ガリレオニュートンから受け継いだ科学の学問的理想を「全知の計算者」という一種の「魔物」として描いた。それは「任意の瞬間に,宇宙の一部を成す個々の背景について,位置と速度とを観測する能力をもち,その時間発展を過去にも未来にも推定する能力をもっている」([22]123頁)とされるものである。即ち,宇宙創造の瞬間における初期位置と初期速度が分かるならば,科学者は,運動の諸法則を適用して,原理的には宇宙のその後の全歴史を計算によって導き出すことが出来るということである。 19世紀末, D・P・レイモンは,このラプラスの魔物を「近代科学の論理の化身そのものである」([22]124頁)としたということである。ラプラスの魔物=全知の計算者は,自然科学の「理想的立場」を明らかにするために一定の役割を果たしたことは確かである。トゥルミンによれば,「科学者が自然界の出来事について,『それらに引き込まれることなしに』観察し,分析し,記述し,更には注釈することが可能でなければならない。観察と分析の対象である自然の物質界に対して,相互の連関から離れたところに身を置き,それに囚われないよう身を保つことである」([45]350頁)ということである。しかし,それは自然を外側からの「理性的傍観者」([45]303頁)として観察することを述べたに留まるものである。そのような研究方法は研究者とその研究対象との間の連関が線形的性格を示す時にだけ有効なものである。その意味では,ラプラスの魔物は,「科学自身の発展にとってすら有害」([40]229頁)とされるようなものである。ガリレオの描いた「理想的科学者像」というものも結論的には,ラプラスの魔物であり,全知の計算者に他ならなかったとすれば,ガリレオ的科学が有効性を持ち得るのは極めて狭い範囲内におけることなのである。現代科学において要請されていることは,「理性的傍観者」であると共に,近代科学によって排除され続けてきた「参加する意識」を有するということである *7。科学のみならず,学問全体において「観察者の視座」と「行為者の視座」の双方が必要なのである。


参考文献

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  12. 村上陽一郎『西欧近代科学──その自然観の歴史と構造──』新曜社, 1971年
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  20. ケン・ウィルバー,吉田訳『科学と宗教の統合』春秋社,2000年。
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  35. R・ランドグレーベ「生活世界と人間的現存在の歴史性」『現象学マルクス主義──生活世界と実践──』白水社, 1982年
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  38. 新田義弘「生活世界と科学」『新岩波講座・哲学』(8)(技術・魔術・科学)岩波書店, 1986年。
  39. N・ホワイトヘッド,上田他訳『科学と近代世界』(ホワイトヘッド著作集第六巻)松鎖社, 1981年。
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  41. E・フッサール,細谷他訳『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学中公文庫, 1995年。
  42. 角山 栄『時計の社会史』中公新書, 1984年
  43. A・F・アグィーレ,川島他訳『フッサール現象学──現在の解釈と批判からの照明──』法政大学出版局, 1987年
  44. F・フェルマン,堀訳『生きられる哲学一生活世界の現象学と批判理論の思考形式−J法政大学出版局, 1997年
  45. S・トゥールミン,宇野訳『ポストモダン科学と宇宙論地人書館, 1991年
  46. H・アレント,志水訳『人間の条件ちくま学芸文庫, 1994年。

*1アンリの言う「野蛮」とは,「生の捨象」が存在するにも関わらず,「科学的な知」が「現実的」で「真の存在についての知」として実践され,又そういうものとして思い込まれているということである。生が「錯誤に満ちた仮初めの次元」([29]136頁)に属するような場合である。

*2:H・アレントは,ガリレオの発見は,当初から「絶望と勝利感」の2面を含むものであったとしている。「ガリレオの発見は,人間的思弁の最も厚かましい希望が叶えられる途端,最悪の恐れの方も同時に現実のものとなるということを事実をもって立証したかのようである。言い換えると,ガリレオの発見によって,人間の感覚,即ち,リアリティを受け止める人間の器官そのものが人間を裏切るのではないかという古代の恐れと,世界の蝶番を外すために地球の外部に支点を求めたアルキメデスの願いが,共に同時に現実のものになったかのようである。実際,願いの方は,私達がリアリティを失うという条件のもとでのみ許され,恐れの方は,この世のものとも思えぬ力を手に入れるという補償によって頂点に達したかのようである」([46]420〜1頁)。「アルキメデスの点」は存在しなかったのである。野家啓一は,時代認識論は,知識の「究極的基礎づけ」を目指して「アルキメデスの点」を求め続けてきたが,「我々の認識活動は常に歴史的生成の動的過程の只中に属している」([27]258頁)ために,「アルキメデスの点」は何んの役にも立たない,としている。

*3佐々木力は,ガリレオの「犯罪」について,次のように述べている。「もし,我々がガリレオの罪を安易に語るとすれば,それよりも先ず,ガリレオの創出した巨大な遺産を意識的に統御する綱領を持ち得ず,そういった社会形態を実現し得ていない我々自身の罪をこそ問うべきである。少なくとも,ガリレオに,人類に火をもたらしたかのプロメテウスの嘆きを語らせるべきではない」([40]234頁)。ガリレオの「犯罪」を如何に捉えるかということは,ガリレオの科学,或は近代科学を如何に捉えるのかということと密接に関連している。更に何を「犯罪」というのかである。

*4ローマ法王ヨハネ・パウロニ世は, 1989年に,ガリレオの迫害は間違いであったとしている。教会の自己批判は, 350年以上の歳月を必要としたのである。

*5:現代においてもガリレオの裁判に相応するものが発生している。それには例えば「オッペンハイマ一事件」(1956年)がある。原爆製造の責任者であったオッペンハイマーが,水爆製造に反対したために,国防の点から裁判にかけられ,過去の栄誉が全て剥奪されたというものである。その後, 1963年にオッペンハイマーの名誉がジョンソン大統領によって回復された。

*6:ポラニーは,数学的理論そのものもそれに先立つ暗黙知に依拠することによってのみ構成されるとしている。「一切の暗黙知を排除した上で全ての知識を形式化する過程は,自己崩壊に陥る。何故なら,ある包括的存在を成立たせている諸関係,例えば1匹の蛙という包括的存在を構成している諸関係を形式化することができるためには,この蛙という存在が先ず,暗黙知によって非形式的に認知されていなければならないからである。そして蛙に関する数学的理論の意味とは,まさしくその理論と暗黙的に知られたままであるこの蛙との間に成立ち続ける関係の中に存在しているのである。更に数学的理論とその内容とを関係付ける行為とは,それ自身,1つの暗黙的な統合であるが,これは対象を指示する指示的単語を用いることの中に見られる暗黙的な統合と同じ種類のものである。又真に理論を知るということは,その理論が内面化され,更に経験を解釈するためにそれが縦横に用いられた後にのみ可能になる。従って数学的理論は,それに先立つ暗黙知に依拠することによってのみ,構成されうるのである。数学的理論が理論として機能しうるのは,暗黙知の行為の内部においてのみである。その暗黙知の行為とは,理論から,理論と関係付けられるがしかし理論以前に成立している経験へと注目することに他ならない。かくして経験についての包括的な数学理論から全ての暗黙知を除去する,という理想は自己矛盾的であり,論理的に正しくない」([3]39〜40頁)。

*7:D・M・スローンは,「我々が生きている社会や世界の転換」を考えるためには,「知の転換」が必要であり,それは「洞察=想像力」を,知ることのなかに全的人格(全人)が問われることとして正しく理解することであるとする。即ち,「行動や持つことに過ぎない知」から,「参加しそこにあることとしての知」への転換である。参加という事実が意味していることは,「科学的観察や解釈は,計量的なものであれその他のものであれ,全てのものに先立ち優先するという広大な母胎からかけ離れては成立しない」([25]148頁)ということである。次いで,スローンは,知の様式を真に根本的に変革するために,2つの出発点を確認する必要があるとする。第1は,「参加を特徴とする人間中心の知の考え方においては,科学における想像力の重要な役割が認識されている。知の変革には,想像力の革新,即ち慣習型ではない生き生きした想像力が必要である」ということである。第2は,「参加することによって知るという考えが要求するような,距離をおいた傍観者意識を克服することは,質的な知の作用に伴って知る者にも変化を生じさせるということを意味する」([25]129頁)ということである。自己の中に質を認め,質を生み出す能力を展開することなくして,現実の中に質を見いだすことが可能ではないのである。



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