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2013-01-29

生活世界における経験 ラズロ・テンゲィ

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 フッサール生活世界における経験を「主観的」かつ「相対的」と呼んだ。というのも、この経験に属する真理は「日常的・実践的な状況真理」として「学問的な真理」に対立されるからである*1。そこで考えられていたのは、特定の状況には当てはまるが、状況が異なればそのままでは転用できないような真理であった。状況を越えて広がるような真理は、経験の多様な状況がもつ或る同質性を初めから前提しているはずであろう。しかし、この同質的なものは理念化の産物でしかなく、その理念化は生活世界の限界を超えていくような操作なのである。それゆえ、生活世界の経験はドクサとして、エピステーメーである客観的な学問に対立することになる*2。ドクサはいつも状況に制約されており、エピステーメーにして初めて状況にもはや制約を受けないような真理が属することになる。

 しかし、このように理解されたドクサをプラトン以来優位に置かれてきたエピステーメーに対して復権させるように、フッサールをその思索の最後の局面で動かしたのは、どのような理由からであろうか。

 さしあたり、生活世界と学問の間に或る根拠づけ連関を洞察したことにその理由を見ようとすることが考えられる。生活世界の経験はフッサールによって、あらゆる学問の最後の「明証源泉」あるいは「基礎付け源泉」と呼ばれているからである*3。それによると、エピステーメーは言わばドクサからその証明の力を汲んでいることになる。ここで、アインシュタインが「マイケルソンの実験と他の研究者によるその追試と」を特殊相対性理論の根拠として使い、それによって日常的な真理状況の全体的文脈を想定していたことを、フッサール自身が例として引用していたのを思い出すであろう*4

 しかしながら、生活世界と学問の間のそのような根拠づけ連関は、2つの理由からして疑わしい。1つの理由は、学問的な経験知が人工的に設定されたという性格にある。なるほど、「アインシュタインやあらゆる研究者が人間として、また彼のすべての研究活動の間も、そのうちにあると分かっている1つの普遍的な経験世界」*5が、学問にとって不問の前提とされている、という命題はもっともなことである。しかし、にもかかわらず、方法的に厳密に制御された観察やしばしばきわめて創造的に準備された実験が、学問的な成果を保証するのにはふさわしいものであるとしても、それらは単純に生活世界的な経験として格付けされるには程遠いものである。というのも、それらは多くの場合、それら自身が学問的な理論を前提しているからである。もう1つの理由は、生活世界と学問の間の形式的な基礎付け連関に反対するもので、学問の成果は、日常的な生活世界のなかに再び「流入」し、これを広範囲に変形させてしまっている、というフッサール自身によって定式化された主張に基づくものである。まさにそれゆえに、学問に対して根拠と真の明証源泉を提供できるであろうような「前学問的世界」なるものは、デヴィッド・カーがすでに30年前にはっきり指摘したように、見出すのも弁別するのも困難なのである。

 しかし、おそらく生活世界と学問の間の連関は、別様にも理解することができよう。例えば「幾何学の起源」のようなテキストから出発すると、あるいはまた、『危機』書の歴史的な部分を詳しく見ると、生活世界の経験はフッサールによって本来、精密な学問のための基礎付けの審級として──少なくとも、言葉の普通の意味で「学問的な成果の基礎づけ」として──要請されているわけではないことが分かる。むしろ、生活世界の経験は、彼によって、「生産的に進行する生き生きした意味形成」*6の担い手であり、それが学問伝統全体とその対象の「理念化する原創設」*7のための土台を用意するものと見なされている。この命題は、経験的な学問のみならず、数学にも当てはまる。さもないと、フッサール幾何学アプリオリな学問と見なしていたので、「幾何学の起源」について語ることは困難なことになったであろう。それゆえ、『危機』書やそれと同時期に執筆された研究草稿で生活世界と学問の間の関連を規定している概念は、基礎付け実証ではなく、むしろ意味形成意味創設なのである。

 以上を明確にすることから、生活世界の経験という概念に関わる重要な帰結が導かれることになる。すなわちヽ自ずから意味が形成される( spontane Sinnbildung )場として理解されねばならないような経験が、何よりも重要なのである。


1.自ずから意味が形成される場としての生活世界の経験

 自ずから意味が形成されるということで考えているのは、志向的意識によって、意味付与に余すところなく帰されてしまうことのないような意味形成体の生成である。フッサールによれば、例えば測量術の場合のように、理念化と極限への移行によって幾何学的な図形の産出に至るような意味形成の過程のことを考えてもらいたい。このような意味形成の過程は、いつも感覚的に知覚できる図形のみを視野にいれているような、そのつどの測量器の志向的作用を明らかに越えて行く。それゆえにこそ、この意味形成の過程は新たな知の伝統やその対象の原創設のための土台を準備することができるのである。

 生活世界における経験が、自ずから意味が形成される場だとすると、それは志向的な体験には還元されえない。というのも、それは何か志向されないもの、意識志向性から導かれえないもの、一言で言えば、あらゆる意識志向性に対する余剰を含んでいるからである。それは、志向的な意識によっては先取りされえないような歩みをもった意味形成によって貫かれているのである。したがって、生活世界の経験は、志向的な作用をうちに含んではいるが、志向的な作用ではないのである。それは全体としてはおよそ作用ではなく、むしろ、出来事( Ereignis )なのである。

 それは出来事として新たなもの、予見できないもの、不意にやって来るものを伴っている。それが、予測された考えや場合によっては一見根拠づけられ動機づけられた先取りを抹消することによって、志向的な意識を驚かすのは稀ではない。ガダマーが、経験という名に値する経験はすべて期待を裏切るものである、と述べたのは正しい。

 その際、生活世界の経験は明確な受動性によって特徴づけられている。しかし、生活世界の経験がもつ受動性は、現象学的に改釈された連合理論の意味での受動的総合に帰せられるわけではない。私たちは──「注意する我」として──受動的綜合において「1つの意識所与から別の意識所与へと向けられている」*8ことを見出す、ということをフッサールは強調している。しかもここではいつも、「或るものが別のものを指示する──まだ指示や指標という本来の関係がないにもかかわらず」*9と言われうると彼は付け足している。まだ記号とそれによって指示されたものとの間の関係ではないような、この連関は、私たち──「注意する我」としての私たち──にそれ自身から何かを指し示している。それは突然に目立ってきて、私たちの意識に初めて入り込んでくる。生活世界的経験の受動性は、フッサールによって詳述された受動的総合とこの根本特徴を共有している。しかし、この共通の根本特徴は、根本的な差異があることについて私たちを欺くことはできない。フッサールがいま引用した箇所で記述している指示連関は、初めから、能動志向性によって捉えられるようにはならない。それは意識に入り込んで来るやいなや、まったく同価値の志向性として本性を現してしまう。それゆえ、それは意識によって、記号とそれによって指示されたものとの間の関係に困難なく変換せられる。自ずから意味が形成される過程において通用している傾向は、これとは事情が異なる。それは、意識志向性の先行形態であるのみならず、決して確定した指示連関としては捉えられえない。すなわち、ここで問題なのは、いかなる一義的な目標方向をも帰すことができないような傾向なのである。フッサールが、晩年のテキストにおいて、遡って問うことの方法的な意義をあれほど強調したのもゆえなきことではない。すでに確立された──あるいは、フッサールが好んで言ったように、「沈殿した」──原創設からして初めて、その根底にある意味形成の過程へ遡る道が開かれるのである。しかし、原創設は、深淵を跳び越えることにより新たな意味を産出するような生産的な作用なのではない。それゆえ、原創設の根底にある意味形成の過程を貫いている傾向は、いつもただ後から、はっきりと際立ってくることになる。

 遡って問うという方法的なやり方が必然的にもつ、この本質的な事後性は同時に、生活世界的経験によく理解された歴史性という性格を与えることになる。ここでこの用語によって考えられているのは、世界歴史への帰属性ということではなく、自ずから意味が形成されるという性格である。つまり、考えられているのは、志向的意識によって意味形成へと連れ戻されるような、意味の発生なのである。「幾何学の起源」についての考察においてフッサールは次のように述べている。「歴史は初めから、根源的な意味形成と意味沈殿の共存と絡み合いとの生き生きした運動以外のなにものでもない」*10。この意味で、フッサールにとって歴史は、ルードヴィッヒ・ランドグレーベが『事実性と個人』で強調したように、20年代の初めから、「絶対的事実」と考えられていた。

 以上によって、生活世界の経験の5つの根本特徴が際立たせられた。それは自ずから意味が形成される場の担い手として特徴づけられ、その出来事性、新奇可能性、受動性、そして歴史性が指摘された。これらの特徴には、最晩年の発展段階におけるフッサール現象学の転換が暗示されている。確かに、『危機』書では、あいかわらず、志向的な分析とそれを導いている「普遍的な相関のアプリオリ」の意義が強調されている。しかし、意味形成と意味創設の間──あるいは、意味形成と意味沈殿の間──の生き生きした関係は、志向的な相関分析によっては答えられないような問いを投げかけている。しかし、遡って問うという方法によって、新たな問いの次元に対応する方法的なやり方が明らかにされている。フッサール現象学のこのような転換こそが、例えば「幾何学の起源」についての短いテキストが、モーリスメルロ=ポンティジャック・デリダ、マルク・リシールといった重要な思想家によって詳細な分析の対象とされたことの理由でもあった。『危機』書のための2巻にわたる補巻が、フッサール全集のシリーズですでに公刊されたのも偶然ではない。もっとも、フッサールはその死の前に、彼の現象学の遅まきながらの改革からすべての帰結を引き出すのに十分な時間があっただろうか、と問うのは当然だろう。以下では、『危機』書のテキストでは暗示されただけで、もはや十分に仕上げられることのなかった多くの帰結を指摘することにしたい。最初に、生活世界の経験がもつ世界関係性が際立たせられる。それから次に、生活世界の経験がもつ固有のカテゴリーという問題を論じることができるようになるだろう。


2.生活世界の経験がもつ世界関係性

 『危機』書のフッサールは、それ以前の著作よりもはっきりと、志向的な相関分析によっては十分に明らかにされえないような区別に注意を向けていた。それは、事物と世界の間の区別である。

 確かに、志向的な相関分析は、事物と世界についての考察においても重要な基礎となっている。それに応じて、『危機』書において、何よりも事物知覚世界意識の間の区別が指摘されている。その際、「事物」という用語は広く捉えられている。それは、単に持続的に存立する実体事物だけではなく、その性質や関係をも指し、更には事件、出来事、過程をも指している。それに対して世界は現象学的には、そのように解された事物の総体としてではなく、あらゆる経験の「普遍地平」として規定されている*11 。 経験には「絶えず流れる地平性」が属しているというフッサールの洞察は、同様に志向分析的に与えられている。それは、あらゆる対象志向には地平志向性の領野が属しているという観察に基づいている。この思想は、『デカルト省察』においては特に明確に定式化されている。「志向的な分析は、あらゆるコギトは意識として確かに最も広い意味では思念されたものの思念であるが、この思念されたものはどの瞬間においてもそのつどの瞬間において明瞭に思念されたものとしてそこにあるもの以上のもの(より以上をもって思念されたもの)である、という根本認識によって導かれている」*12。彼はこう付け加えている。「いずれの意識にも含まれているこの自らを越えて思念することは、意識の本質契機と見なされねばならない」*13 。 「地平志向性」は、この「より多くを思念すること」に対する別名にすぎない*14

 にもかかわらず、フッサールは事物と世界についての考察のなかで、はっきりと志向的な相関分析を越えていくことになる。そのことをもっとも容易に確信することができるのは、私たちが、フッサールにおいて世界を事物から根本的に分け隔てている2つの区別する特徴に目を向ける時である。すなわち、──a)2つの特徴のうちの1つは、世界があらかじめ与えられていること*15である。この概念のうちには、事物はいつも世界という土台の上でのみ経験される、あるいは、もっと正確に言えば、世界のうちの事物として経験されることができる、という観察が表現されている。彼はこう述べている。「事物、客観……は、そのつど(なんらかの存在確信の様態において)私たちにとって妥当するものとして、しかし原理的には、それは世界地平の内の事物、客観として意識されるという仕方で”与えられる”のである」*16。── b)世界を事物から隔てる第2の区別する特徴は、世界の唯一性である。フッサールは述べる。「他方で、世界は存在者のように、客観のように存在するのではなく、それにとって複数が無意味であるような唯一性において存在する」*17。 ここでは特に、事物と世界の間の区別は事物知覚世界意識の間の区別に決して還元されていない、ということが明らかになる。世界は「存在者のように、客観のように存在するのではない」とフッサールが強調するのもゆえなきではないし、それゆえ、存在仕方の区別について語るのも無駄なことではない。彼は次のように付け加えている。「世界の内の客観と世界そのものとの存在仕方の差異は、両者に明らかに根本的に異なる相関的な意識仕方を指定することになる」と*18

 このことによって、フッサールの晩年の現象学がもつ、現象学存在論への舵取りとして捉えられることのできる次元が明らかとなる。『危機』書では、この次元は「生活世界の存在論」と呼ばれている。その際、生活世界の本質類型を捉えるのを課題とするような1つの学問がフッサールの念頭にあった。それにしても、それによって、『危機』書における事物と世界についての考察に固有の重心を与えるような突進からすべての帰結が導かれるかどうかは、疑わしい。すなわち、その考察においては事物と世界の間の差異が提示されていて、それは──志向的な相関分析という根本原理に反して──対応する意識仕方の差異からは導き出すことができず、まさに反対に、それ自身が対応する意識仕方を基礎づけているのである。それによって、志向的な相関分析は、それ自身を超えていくような、遡って問うという方法と結びついているのである。事物知覚世界意識との間の差異が現象学的に明らかにされたあとで、それを制約している存在論的な差異が遡及され遡って捉えられることになるのである。

 以上によって、おそらくこう呼んでもいいだろうが、遡及( regressiv )な、あるいはもっとよく言えば、回帰的( rekursiv )な存在論の概略が、私達の目の前に描かれることになった。ここで「立ち帰るような」という語で表しているのは、この存在論がもつ、相関的な意識仕方から遡って問うことから生じてくる、という固有性それだけである。もちろん『危機』書では、伝統的な存在論、つまり、ドゥンス・スコトゥスから始まって、フランシスコ・スアレスによって強い影響を受けた学校形而上学において、ますます明らかに、或るもの一般についての曖昧でそのためにしかし至るところで抽象的な理論となり、それゆえまた──ジャン=フランソワ・クルティヌやその他のフランス哲学史家の言葉では、──〈何か〉の学( Tinologie )となった伝統的な存在論に帰ることが問題になっているわけではない。フッサールが「存在仕方の差異」と言うとき、彼がハイデガーの基礎的存在論を研究したことがどれだけ痕跡を残したのかは、容易に決定できない。しかし、この問いは、生活世界の回帰的存在論フッサールにおいては、ハイデガーと何ら共有するところのない現象学形而上学というフッサール特有の理念と結びついている限り、大きな射程をもってはいないだろう。

 その際に問題になっている形而上学とは、──始まりが1920年代の初頭にまで遡る長い成熟の過程のあとで──特に『デカルト省察』や1930年代の研究草稿のなかで展開されているような形而上学である。この形而上学の根本理念は、超越論的現象学によって明るみにもたらされるすべての形相的な本質形式は、或る「原事実」を前提しており、それゆえ、「原偶然的なものの核」を自らのうちに蔵している、という洞察から生まれている。フッサールは1930年代の研究草稿においてこう記している。「我々は究極的な“事実”に、──原事実に、究極的な必然性、原必然性に──至る」*19。 彼はさらにこう記している。「しかし、私がそれを考えるのであり、私が遡って問い、私がすでに“もっている”世界から結局そこへと至るのである。……私はこの歩みにおいて原事実であり、私か事実的に遡って問うことにおいて本質変様などの私の事実的な能力には、私に固有のかくかくの原存立が生じており、しかもそれは私の事実性の原構造としてである、ということを私は知る。そしてまた、私は本質形式において、可能な機能という形式において、原偶然的なものの核を内にもっており、世界の本質必然性はそこに基づいているのである」*20フッサールが「思弁的な陶酔」*21のゆえに拒否した伝統的形而上学とは対立して、彼はこの究極的な事実から出発して、それを最初の原因やその他の始まりの根拠に遡ったり、こういう仕方で言わば除いて説明したりすることはないのである。その際、彼が原事実と考えるのは、自我主観の存在だけでは決してなく、世界が与えられていることもまたそうなのである。上に引用した箇所においても、「世界を持つこと」──フッサールは主観にとって世界があらかじめ与えられていることをそう呼ぶのであるが──がほのめかされていた。『危機』書やそれと関連する研究草稿で展開されている、生活世界の回帰的存在論は、世界を持つという形而上学的な原事実を考慮に入れる試みであり、しかも、──古代末期や中世の見本にしたがって──流出理論や創造理論から導き出そうとすることも、──古典古代にしたがって──永遠なるものや必然的なものの刻印を押すこともなく、そうする試みなのである。

 それにしても、事物と世界との存在仕方における差異の規定は、生活世界の回帰的存在論への道における最初の歩みに過ぎない。フッサールは、生活世界の経験がその固有のカテゴリーを持つことを強調することによって、その先の歩みを暗示している。


3.生活世界の経験が持つカテゴリー

 ここで問題になるのは、生活世界の普遍的な構造が整理されるようなカテゴリーである。フッサールは述べている。「生活世界としての世界はすでに前学問的に、客観的な学問がアプリオリな構造として前提し体系的にアプリオリな学問において展開するのと”同じ”構造を持っている」*22 。 それゆえ、世界は前学問的にすでに「空間時間的な世界」であり、「物体」をうちに含み、またすでに因果連関を含んでいる*23フッサールがわざわざ指摘しているように、「空間時間的な無限性」*24についても同様である。それゆえ、生活世界の枠内で空間、時間、物体的実体、因果性、空間時間的な無限のようなカテゴリーを探求することには、まったくもって意味がある。しかし、フッサールは付け加える。「生活世界のカテゴリーは〔学問的なカテゴリーと〕同じ名前を持っているが、幾何学者や物理学者がするような言わば理論的な理念化や仮説的な基礎構築に気を遣うことはない」*25と。

 この命題から、生活世界の経験がもつ本来的なカテゴリーにどのようにして近づくことができるのかが明らかになる。そこに導く道は、あらゆる理念化の産物客観的学問の「理論的・論理的基礎構築」全体を括弧に入れ、遮断することを必要とする。生活世界にも確かに空間が存在するが、この空間においては、フッサールが言うように、「理念的な数学的点や、“純粋な”直線・平面や、数学的に無限小の連続であるとか、幾何学的なアプリオリの意味に属するような“精密さ”といったことは問題にならない」のである*26。同じことが、他のカテゴリーについても当てはまる。したがって、生活世界の回帰的存在論理念は、あらゆる理念化と学問的な客観性の理論的・論理的な基礎構築全体とを断念したうえで、空間、時間、物体的実体、因果性、空間時間的無限、等々といったものを記述し、純粋現象学的な分析に委ねることを要求するのである。

 生活世界のそのようなカテゴリーの分析が学問的成果の基礎付けという意義を導かねばならないと考えるのは誤解であろう。フッサールは確かに生活世界の問題を最初は、客観的な学問の基礎付けというテーマ全体の中での部分問題とみなしていた*27。しかしまもなく彼は、「この生活世界がその内に生きている人間にとってもつ固有で固定的な存在意味を問うこと」は、すでにそれだけで「よい意味を持って」*28いて、しかも、「客観的な学問のテーマ全体を呑み込む」*29ような資格をもっているということに気づいた。それゆえ、それがもつ意義は、学問論的というよりもむしろ、普遍哲学的(或る意味で形而上学的)なのである。

 しかし同様に、生活世界のカテゴリーの分析がもつこの普遍哲学的(あるいは形而上学的)な意義が、いまや事物の真の自体存在を捉えることにある、と考えるのも単なる誤解にすぎないであろう。この真の自体存在という理念はまさに学問的な客観性の理論的・論理学な基礎構築に属しており、生活世界の経験を現象学的に解明するときにはそれを括弧に入れ遮断することが必要なことを忘れてはならない。生活世界の空間に還帰することは、この空間のみがそれだけで存在するのであって、それに対して、幾何学的な空間は単なる理念化の産物であるということによって基礎づけられるわけではない。逆に、アインシュタインのそれのような学問的理論のみが、それ自体で存在する空間を規定するという要求を掲げることができるのである。私たちが生活世界における空間とともに持つような、常に単に主観的で相対的な経験は、その本性からして、そのようなことにはおよそふさわしくないのである。それにもかかわらず、生活世界的に経験される空間の存立は1つの究極的な事実──フッサール現象学形而上学への端緒においてこの語に与えた意味における1つの原事実に──留まるのである。

 『危機』書やそれに類する著作の理解において困難なことは、現象学的なカテゴリーの分析が読者を確かに生活世界の経験という原事実に直面させはするが、事物の真の自体存在を露呈するという要求を掲げることは決してないというところにある。フッサールは、この逆説的な事態を捉えるために「生活世界のアプリオリ」という表現を使い、それを精密な学問のもつ「客観アプリオリ」という概念と対立させている*30

 この対立は、──今日まさに優勢となっている──自然主義に対する現象学の理解に光を当てることになる。現象学は、事物の真の自体存在を捉えるという自然主義の要求に対して、この自体存在についての別の非自然主義的な規定を対立させるわけではない。それゆえ、──否定しがたく、この方向を示しているような、フッサールについての多くの見解や傾向にもかかわらず──自然主義に対して、同様に客観主義的でありながら反意味的な立場として対立されうるような観念論の一種として現象学を理解するのは、結局のところ、誤謬である。現象学は意識を身体や脳なしにもそれだけで存在しうるような精神的実体と見なすものではない。それはいかなる客観主義的な立場を取るものではなく、意識を生活世界にとって特徴的な常にただ主観的で相対的な経験の原事実として考察するのである。それゆえ、現象学自然主義を対立させることは、適切ではない。実のところ両者の関係がどこにあるかと言えば、自然科学の素朴な形而上学としての自然主義は、現象学生活世界の回帰的存在論としてそこから出発する原事実を、除いて説明しようとするというところにある。まさにそれゆえに、フッサール自然主義的な客観主義と闘うのは、ふつう人が自分の立場に対立する立場と闘うようにしてではない。むしろ、彼は、客観的な問の原創設にとって打ち消しがたく根底にあるような、生活世界の経験の原事実へと遡っていくことによって、客観主義の背後を問うことになる。

 この原事実に基づく生活世界の回帰的存在論は、超越論的現象学の根本原理に異議を唱えることないまま、その展開と革新を伴っている。フッサールはなるほど、生活世界の普遍構造がすでに自然的態度において詳細な研究の対象にされることができると、はっきり主張していた*31。しかしながら、だからと言って、生活世界の存在論は同様によく──あるいはよりよく──現象学的な態度の土台の上で仕上げることができる、というわけでは決してない。まさに、まったく反対なのである。フッサールは確かに、生活世界はエポケーにおいて「単なる超越論的な“現象”」に転換されると主張するが、それに加えてこう述べる。「それ〔生活世界〕は、その固有の本質において、それがもとあったままに留まる」*32と。さらにテキストにはこうある。「エポケーの内部で、一貫して我々の眼差しをもっぱらの生活世界に、ないしはそのアプリオリな形式にのみ向けるということは、我々の自由になることである」*33と。

 にもかかわらず、生活世界の経験がもつカテゴリーの分析は、超越論的現象学の内部で1つの新しい次元を開くことになる。それは、志向的な相関考察という次元には還元されえないような次元である。このことは特に、生活世界の経験がもつカテゴリーの分析が客観的な学問とどのような関係にあるかを考慮するとき、明らかになる。フッサールは、この関係を規定するために、生活世界のアプリオリ客観的なアプリオリとの区別に立ち返ることになる。「或る理念化する働きこそが、生活世界のアプリオリに基づきつつ、数学的およびあらゆる客観的なアプリオリの高次な意味形成と意味妥当とをもたらすのである」*34。 それとともに、客観的な学問との現象学的な対決への具体的な端緒が暗示されている。この対決のプログラムは、作業の3つの局面を予想している。最初の2つの局面は、すでに周知のものである。最初の局面で問題になるのは、理念化する働きを知の伝統とその対象の原創設として捉えることである。次に第2の局面では、生活世界のアプリオリへの還帰において意味形成過程が露呈され、これがこの創設をそもそも可能にし、それの根底にあるのだが、文字通りの意味において「基礎づけて」いる、すなわち、必然的にしているわけではない。しかしフッサールは、この2つの局面を越えて、客観的なアプリオリの「高次の意味形成と意味妥当」に入っていくような、第3の局面を暗示している。それによって、原創設が或る生活世界的な意味形成過程によって制約されているだけではなく、これはこれで同時に、「高次の意味形成」に余地を与えており、それがすでに存立している知の伝統の内部で、固有の「意味形成」をもった対象をさらに創設することへ導く、ということが際立てられる。

 『危機』書のガリレイ章で、この第3の局面に対応するのは、「あらゆるおよそ考えられる理念的な形態を、アプリオリですべてを包摂する体系的な方法において構築的に一義的に産出する可能性」*35を繰り返し指示していることである。フッサールは、すでに原創設によって進行が始まった知の伝統が固有の生を発展させ、そのうちで、高次の意味形成過程が一度獲得された成果に更に遂行される仕上げの全体的スタイルを規定している、ということをはっきりと見ていた。それゆえ彼は、原創設の根底にある生活世界の意味形成過程を方法的に遡って問うことで明らかにするという課題を現象学に与えるだけではなく、同様に、すでに存立している知の伝統の固有な生をなしている高次の意味形成過程を追っていくという、まったく別種の課題をも与えている──たとえ、高次の意味形成過程を生活世界における意味形成過程へと遡って関係づけ、それによって生活世界のアプリオリに投錨させるという意図をもってのみであるにしても。

 以上によって、志向的な意識の意味付与する作用にのみ関心があるのではなく、絶えず「ジグザグ」に前進したり後退したりしながら*36、「根源的な意味形成と意味沈殿の共存と絡み合いの生き生きした運動」を掴まえるという目標をも──あるいは、もっとそれを──追及するような、超越論的現象学の概略が我々の目の前に描かれることになった。現象学運動においては、この取り組みはさまざまな仕方でさらに進められることになった。ここで私は、モーリスメルロ=ポンティとマルク・リシールを指示するだけで満足することにしよう。彼らには、客観的な学問との現象学的な対決の、後期フッサールによって発見された可能性が、他の文化形象にも転用されうる、ということをはっきりと認識したという功績が帰せられる。特にマルク・リシールにあっては、自ずから意味が形成されることの現象学が、このような仕方で、批判的に始められた文化の哲学へと発展して行った。

 しかしながら、フッサールの後期哲学の核心的思想は、生活世界の回帰的存在論という思想であった。この思想はこれまで、私の見る限り、十分に適切な仕方で捉えられ、更に先に進めて仕上げられることがまだ決してなかった。ここでは、それを原事実の現象学形而上学というフッサール理念と結びつけることが問題であった。それによって初めて、生活世界の存在論は、超越論的現象学の根本学となるという要求を掲げることができる、ということが明らかになった。「存在論」という用語は、フッサールの思想の後期局面において、まったく新しい意味を得ることになった。それは単に、『論理学研究』の意味での「形式的存在論」でもなく、『イデーン』の意味での「領域的」存在論でもないからである。この存在論の決定的に新しいところは、むしろ、それが事物の真の自体存在を際立たせるような努力はせず、ただもっぱら、生活世界の経験がもつ原事実を確定し照明を当てようとする、というところにある。それゆえ、それは、現象学形而上学というフッサール理念の具体化にほかならないのである。

(訳:浜渦 辰二)


[解題]

 本稿は、2009年3月17日、大阪大学待兼山会館にて行われた講演会の発表原稿を訳したものである(本人の承諾を得て、ここに掲載する)。

 私=訳者(浜渦)は、本誌『臨床哲学』前号掲載の拙稿「私の考える臨床哲学〜私はどこから来て、どこへ行くのか〜」の末尾で、当面は「ケアの現象学」というテーマを軸に、教育と研究のなかで「私の考える臨床哲学」を展開することを考えていると述べ、また、その少し前では、スウェーデンの2人の研究者、「現象学医学」を専門にしている Fredrik Svenaeus 教授、「現象学とケアリング」を専門にしている Karin Dahlberg 教授とお会いして、情報交換・意見交換してくる予定である、とも記しておいた。その後、これらスウェーデン研究者との交流のなかから生まれた企画をもとに、科研「北欧ケアの実地調査に基づく理論的基礎と哲学的背景の探求」(代表:浜渦ほか、共同研究者9名)が採択され、今年度から3年間の共同研究が始まることになった。この北欧ケアのキーワードとして私か考えているのが「生活世界ケア( life-world led care )」という概念であり、また、それとも関係づけながら、今年度前期には「フッサール生活世界論のゆくえ」という講義を始めており、後期には一昨年刊行されたばかりの、フッサールの遺稿から編集された『生活世界一あらかじめ与えられた世界とその構成の解釈/遺稿( 1916-1937 )からのテキスト』(フッサール著作集、第39巻、2008年)を使った演習を予定している。このような背景から、当面は「私の考える臨床哲学」となる「ケアの現象学」を展開するための1つの足がかりとして、本誌前号の掲載には間に合わなかった、このテンゲィ教授の講演「生活世界における経験」の原稿を今号に掲載いただくことにした。

 本稿において、生活世界の経験は、「出来事( Ereignis )として新たなものヽ予見できないもの、不意にやって来るものを伴っている」ことの指摘や、「事物の真の自体存在を際立たせるような努力はせず、ただもっぱら、生活世界の経験がもつ原事実を確定し照明を当てようとする」ところにフッサールの「生活世界の存在論」を見ようとする指摘は、新しいフランス現象学の展開をも踏まえた解釈を示しており、フッサール生活世界論を考察するのに新しい示唆を与えてくれる、と言えよう。

 ラズロ・テングィ( Laszlo Tengelyi )氏は、現在ドイツを代表する現象学者の1人で、フッサール専門家として高く評価されるとともに、レヴィナス、リクール、アンリ、リシール、マリオンなどフランスでの現象学の独特の展開について、優れた仕事を数多く発表してきている。簡単に略歴と近著を紹介しておく。

 1954年ブダペスト生まれで、国籍ハンガリーブダペスト大学で哲学、古典文献学、歴史学を学び、1986年に博士論文カント倫理学の基礎」により博士号を取得後、教授資格論文「運命の出来事としての罪──カントおよびカント以後の哲学における悪」で資格を取得。ルーヴアン、ヴッパタール、ボッフム、パリに長期留学、ウィーンワシントンD.C.に短期留学。ブダペスト大学で講師、後に教授として長期間教壇に立った後、2001年からヴッパタール大学の教授となる(長い間、『生き生きとした現在』『ヘラクレイトスパルメニデス哲学と学問の始まり』ほかの著者として有名なクラウス・ヘルト教授が就任していたポストの後任)。 1998−2000年ポワチエ大学(フランス)、2003年ニース大学(フランス)で、客員教授。 2003−2005年、ドイツ現象学会会長。現在は、ドイツ現象学会の学術顧問。学術雑誌双z5s?5訟加タおよび尨・后必勁面g7面dy,9の学術顧問。 2005年から現在まで、ヴッパタール大学の現象学研究所の所長を勤めている。主な研究領野は、古代ギリシアカントドイツ観念論ドイツフランス現象学

主な近著として次がある。

  • Erfahrung und Ausdruck: Phänomenologie im Umbruch bei Husserl und seinen Nachfolgern, Coll. Phaenomenologica, Springer, 2007
  • Lʼexpérience retrouvée , LʻHarmattan, 2006
  • The Wild Region in Life-History , Northwestern Univ. Press, 2004

また、昨年3月に来日し、各地で次のような4つの講演を行った。

  1. 「経験とは何か? 現象学的経験概念の批判的再検討」(Was ist Erfahrung? Kritische Auseinandersetzung mit dem phänomenologischen Erfahrungsbegriff)、第8回フッサー ル研究会、シンポジウム特集「経験とは何か ? 現象学的経験概念の批判的再検討」にて 提題、3月14日(土)、八王子セミナーハウス。その後、ラズロ・テンゲィ「見いだされた経験」(訳:秋葉剛史・植村玄輝・八重樫徹)として、『フッサール研究 第8号』に掲載された。
  2. 生活世界における経験」(Die Erfahrung in der Lebenswelt)、3 月17日 ( 火 )、大阪大学豊中キャンパス待兼山会館にて(本稿)。
  3. 「隔たりの経験と歴史的記憶」(Lʼexpérience de distance et la mémoire historique)、3 月18日(水)、京都大学文学部新館第1講義室にて。
  4. 「第1哲学としての現象学──フッサールにおける原事実の形而上学について」 (Phänomenologie als Erste Philosophie - Zu Husserls Metaphysik der Urtatsachen )、3 月19日(木)、立命館大学衣笠キャンパス創思館カンファレンス・ルームにて。

*1:E. Husserl, Die Krisis der europaischen Wissenschaften und die transzendentale Phanomenologie, in: Husserliana, Bd. VI, hrsg. von w. Biemel, M. Nijhoff, Den Haag 1976, s. 135.

*2Ebd., S. 129.

*3Ebd.

*4Ebd., S. 128.

*5Ebd.

*6Ebd., S. 375.

*7Ebd., S. 386.

*8:E. Husserl, Analysen zur passiven Synthesis, in: Husserliana, Bd.Ⅺ, hrsg. von M. Fleischer, Den Haag: M.Nijhoff 1966, s. 121.

*9:E. Husserl, Die Krisis der europaischen Wissenschaften und die tranzendentale phänomelogie, in; Husserliana, Bd. VI, a. a. 0., S. 121.

*10Ebd., S. 380.

*11Ebd., S. 147.

*12:E. Husserl, Cartesianische Meditationen, hrsg. von E. Stroker, Hamburg: Meiner, 1987, s. 48.

*13:A. a. 0., S. 49.

*14Ebd.

*15:E. Husserl, Die Krisis der europaischen Wissenschaften und die tranzendentale phänomelogie, in; Husserliana, Bd. VI, a. a. 0., S. 112 f. und s. 145 f.

*16Ebd., S. 146.

*17Ebd., S. 146.

*18Ebd.

*19:E. Husserl, Zur Phanomenologie der Intersubjektivitat,Dritter Teil: 1929-1935; in: Husserliana, Bd. XV. hrsg. von I. Kern, M. Nijhoff, Den Haag 1973, s. 385 (Text Nr. 22).

*20Ebd., S. 386 (Text Nr. 22).

*21Ebd.

*22:E. Husserl, Die Krisis der europaischen Wissenschaften und die transzendentale phänomelogie, in: Husserliana, Bd. VI, a. a. 0., S. 142.

*23Ebd.

*24Ebd.

*25Ebd., S. 142 f.

*26Ebd., S. 142.

*27Ebd., S. 125.

*28Ebd.

*29Ebd., S. 126.

*30Ebd., S. 143.

*31Ebd., S. 176.

*32Ebd., S. 177.

*33Ebd.

*34Ebd., S. 143.

*35Ebd., s. 24; vgl. s. 30.

*36Ebd., S. 59.



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