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2012-12-26

サブプライムから国家債務危機へ 伊藤誠


1 ソブリン危機の脅威

 いまや世界の政治経済は深刻な債務危機に翻弄されている。とくにソブリン危機ともいかれる国家債務危機が広範な資本主義諸国をおびやかしている。

 民主主義の母国ギリシヤから始まったEU諸国の債務危機は、2011年11月にいたり、ギリシヤのパパンドレウ首相、ついでイタリアベルルスコーニ首相を辞任に追い込んだ。累積する国家債務で、国債価格が下落し、財政の歳入不足を補う国債発行も困難となり、財政運用がゆきづまったためである。スペインポルトガルなどでも国家債務危機から、国債が下落し、財政運用に危機的困難が深まっている。

 財政危機におちいった諸国は、独仏を中心とするEU(欧州連合)に支援を求め、欧州中央銀行(ECB)に国債買い支えなどの資金援助をあおがざるをえない。そのような支援は、資金の主たる供給国ドイツの「基本法」にならって、単年度の財政赤字をGDPの0.5パーセント以内におさえる財政規律をひきかえに要求される。そのきびしいルールは「欧州ドイツ化計画」ともいわれている。それにしたがわざるをえない諸国は、財政支出を縮減するために、公務員の大量解雇給与の削減を強行することとなり、大量失業、消費需要の減少、経済活動のいっそうの衰退をさけられない。その困難を緩和すべき福祉政策や雇用対策も緊縮をせまられる。

 こうした一連の緊縮政策の経済生活へのきびしい抑圧作用に反対する労働者や市民の運動が、ギリシャイタリアなどからヨーロッパ諸国に燃え広がる傾向も顕著である。そのような大衆運動のなかからは、共通通貨ユーロに統合されたEU内の経済活動は、国際競争上、労働生産性を上げやすい製造工業に基盤をおくドイツに有利となり、逆に農業観光業のような労働生産性をあげにくい産業による周辺諸国に不利に作用しやすいのだから、経済危機にさいしては、ゆとりのあるドイツ周辺諸国の支援に回るのはとうぜんではないか。さらにその支援の条件として、国際競争上不利になっている周辺諸国にも、ドイツと同様の財政規律を強要するのは、無理を強いるものではないか。そこから生ずる緊縮政策のもとでの経済不況と労働者の抑圧からの脱出には、いっそEUからもユーロからも脱退し、国際的な債務国債デフォルト債務不履行)により踏みたおして、国家の財政自主権と通貨管理権とを復活すべきではないか、という見解も有力視されている。その方向が実現されるなら、EUもユーロも分裂をさけられず、一連の国債債務不履行は、金融諸機関に大打撃を与え、金融恐慌を再燃させるおそれが強い。

 そのような危険を回避するために、ユーロ圏17ヶ国は昨年10月27日に金融諸機関にギリシヤ国債の額面での50パーセント(約10.6兆円)のカットを求め、さらにその損失やその他の国債株価ユーロの下落などで資金調達に苦しむ銀行などの523の金融諸機関に、12月21日には、ECBが総額約50兆円にのぼる3年の長めの融資を与え、国家債務危機金融恐慌に再転化する可能性を阻止する努力を続けている。しかし、すでにフランスベルギーに本拠をおく大手商業銀行デクシアが10月に破産したように、金融危機も広がりつつあり、12月には格付け会社が、ヨーロッパの大手銀行の格付けをあいついで引き下げており、金融大手にも人員整理などリストラの波が広がりつつある。

 こうした欧州危機のなかで共通通貨ユーロの信認も低落し、今年初頭には10年来のユーロ安、1ユーロ100円を割り込むまでユーロ相場の下落をみている。その動向は、EU諸国の国債世界市場での販売を困難とし、その価格の下落、金利の上昇、国家債務の負担増をうながし、そこからさらにユーロの下落が進行する悪循環も生じている。

 こうした国家債務危機とその金融諸機関への波及は、EU内の南欧など周辺諸国のみの問題ではない。昨年夏にはオバマ民主党政権も、国家債務危機から財政運営にゆきづまる危機に直面し、共和党と妥協していっそうの緊縮財政に向かわざるをえなかった。その間にドルの信認も低下してドル安をもたらし、株価も下落して、欧州危機の影響とあいよって、バンク・オブ・アメリカゴールドマン・サックスなどアメリカのかの大手銀行の経営も悪化して、それらの格付けも引き下げられ、リストラをせまられつつある。

 フランスでも2010年夏以降、緊縮政策としての年金改革に反対する大規模なデモやストが若者まで参加して盛り上がり、騒然たる社会問題となっていた。イギリスでも昨年秋以降、緊縮財政反対の大規模なデモが、ロンドンその他各地に広がっている。たとえば、大学へのきびしい予算の削減にともなう大幅な授業料値上げが、学生個人へのローンによる支払いの推奨とあわせて実施されようとしているのは、国家債務のプライヴァタイゼーション(個人債務への転化)だとする学生運動のひさびさの活性化もみられる。

 他方、主要先進諸国のなかで、日本にはソブリン危機の脅威がまだあまり急性化していない。長期国債も1パーセント以下の超低金利で発行され、売買され続けており、ユーロ、ドルの信認の低下を受けて、昨年夏以降、円高が顕著にすすんだ。それは逆説的な謎にさえみえる。というのは、J・アタリ(2010)も指摘しているように、「対GDP比で200パーセントにも達しか日本の公的債務は、先進諸国において最も深刻である」。対GDP比での公的債務の比率は、EU全体で80パーセント、ギリシヤで135パーセント、イギリスで100パーセント近く、アメリカで54パーセントの水準で、すでに嵐のような急性的ソブリン危機に襲われているのに、サブプライム恐慌と大震災の二重の激震にきびしい打撃をうけている日本の国債が、最も深刻な公的債務比率を示しつつ、いまだに安定的に超低金利で消化され続けているのはなぜか。クイズのようなこの謎は、個人金融資産1500兆円と算定される日本の家計貯蓄の高さから、日本の国債はもっぱら国内で消化され続けており、欧米諸国のようにグローバルな市場に依存しないですんでいるためであるといちおう考えることができる。

 たしかに総務省家計調査では、日本の家計貯蓄率は115パーセント程度の高水準を維持している。しかし他方、国民経済計算(SNA)のマクロ経済統計では、1980年代はじめになお15パーセントをこえていた家計貯蓄率が、最近数年では主要諸国最低とさえいわれる5パーセント以下に落ち込んでおり、個人金融資産総額もこの10年ほどはほとんと増大していない。大きく乖離している家計貯蓄率の統計の動向をどう読むか、なお定説はないようだ。しかしいずれにせよ、いまや1000兆円をこえつつある日本の公的債務は、その増加速度でも対GDP比での水準でも限度に近づきつつあるのではないか。高齢社会化にともなう貯蓄率の減少ないし個人金融資産の縮減が続き、そこに若干でも景気が回復し企業の投資や取引のための資金需要の回復・増加が加われば、高水準の公的債務金利を上昇させる要因に転化するであろう。そうなれば、超低金利で発行されてきた国債価格は大きく下落し、金融諸機関にも打撃を与えるとともに、国債金利負担が財政をさらに大きく破綻させることになり、日本の「巨額な公的債務は制御不能に陥るであろう」というアタリの警告は無視できない重さを感じさせる。それは、日本にもソブリン危機の潜在的脅威が迫っていることを的確に指摘するものといえよう。


2 労働力債務危機

 先進諸国における現代の資本主義は、1970年代までの高度成長期とは異なり、金融資本主義( finacialised capitalism )と特徴づけられるように、金融市場金融諸機関の役割を肥大化させてきた( Lapavitsas, 2009 )。A・グリン( 2006 )が指摘しているように、たとえばアメリカ金融会社の利潤総額は、1970−80年代には非金融会社利潤総額の5分の1であったが、2000年にはその2分の1となり、さらにその後7割をこえる年もみられるようになる。肥大化している金融諸機関の収益源としては、金融市場における各種債務証券株式、保険、外貨デリバティブ金融派生商品)などの取引手数料や取引差益加増大しており、伝統的な銀行業務のように利子収入のみにもっぱら依存するものではなくなっている。ソブリン危機も、こうした金融資本主義が、国家債務国債としての膨張を重要な金融商品の柱として助長しつつ、とくに2008年以降のサブプライム世界恐慌の進展に対処する過程で先進諸国に生じた国家財政の大幅な赤字の増大によって、デフォルトリスクさえふくんで国債の信認と価格が下落する金融市場での動揺を介して進展している。ギリシャイタリア首相の辞任は、金融資本主義が国家も深く巻き込んで、金融市場が政治も民主主義も直接動かし、支配するパワーを実感させる。

 こうしたソブリン危機としての国家債務危機は、時系列的因果関係においても、構造的基盤としても、サブプライム恐慌に発現した労働力債務危機を根底におき、金融機関債務危機と連動して発現しているところに、資本主義経済の歴史上何度かくりかえされてきた過去の国家債務危機とは異なる現代的特性を示している。その意味で、昨年来世界の顕著な関心事となっているソブリン危機は、サブプライム世界恐慌の進行の一環を形成しているとみなければならない。

 サブプライム恐慌震源アメリカにたちもどってみよう。そこでは、1996年以降のニューエコノミー・ブームの過程で進行を始めた住宅ブームが、住宅抵当金融の拡大に促されて、10年にわたり継続し、とくにIT関連企業をめぐるニューエコノミー・ブームが2001年に崩壊した後の景気回復では、その主要なリード役を担い続けていた。

 その結果、06年末までには、アメリカのGDPの総額にほぼ等しい13兆ドルの住宅ローンが積み上げられ、そのうち信用力の低い低所得者の多いサブプライム層へのローンが、1.7兆ドルを占めていた。サブプライム・ローンの標準モデルは20万ドルとされており、全体の住宅ローンは30万ドル見当が平均的とみなせば、この住宅ブームを助長し続けた住宅ローンを売り込まれて新居を購入した人びとは、約1億の全世帯数のうち4330万世帯、サブプライム層で850万世帯にのぼる(伊藤、2009,2010a )。膨大な数の労働者が、その賃金収入から年収の少なくとも数倍におよぶ住宅ローンの元利払いの負担を30年程度にわたり負わされたことになる。

 先進諸国の金融諸機関は、戦後の高度成長期と異なり、大企業設備投資を抑制し、あるいは軽薄短小化しつつ、自己金融化をすすめるなかで、過剰資金をかかえ、その重要な運用先として、消費者金融を拡充する試みを展開し、その延長上に、こうした住宅ローンの大規模な拡大もおしすすめた。資本主義の発展過程で、銀行などの金融機関の主要な伝統的業務は対企業融資であり、その点が前資本主義時代の金貸しの対消費者融資の業務と異なるところであると考えられてきたのであるが、金融資本主義のもとで、現代の大手金融諸機関はモーゲージカンパニー住宅金融専門会社)などの子会社を組織しつつ、住宅ローンをふくむ消費者金融を自らの経営基盤として大拡張するにいたる。多くの労働者労働力商品化により、職場において剰余労働を剰余価値の源泉として搾取される生産関係に加え、労働力の代価としてうけとる賃金のかなりの部分を、一方で預金、年金基金保険金などの形で金融機関に集められ、他方で住宅ローンなど消費者金融への元利払いやそれに付随する手数料、保険料などの形で重ねて搾取される経済関係のもとに組み込まれてきているのである。それは、金融資本主義のもとでの労働力金融化にほかならない。

 そのような労働力金融化に促されたアメリカの住宅バブルは、ほぼ10年の間に全国平均で住宅価格を2.5倍にまで押し上げた後、さすがに必要な元利払いの負担との関係で二の足を踏む買い手が増して、06年秋からその価格上昇が頭打ちとなり反落に転じた。その結果、ローン当初2、3年の優遇金利の時期が終わって、元利払いが大きく上がる時期に、住宅の値上がり益をえて、買い換えや口ーンの更新ができるはずと売り込まれたローンに期待はずれのリぺイメント・ショツクが広がり、サブプライム層から元利払いの履行もローンの更新もできずに差し押さえを受けて住まいから追い立てられる人びとが07年から激増していった。マイケル・ムーアの映画『キャピタリズム』冒頭シーンにほかならない。衝撃的なそのシーンのような追い立てにより住まいを収奪される世帯数は08年までには少なくとも200万戸をこえたと思われ、その年6月にはアメリカ住宅ローンの8.8パーセントにあたる480万件が返済未納か、差し押さえプロセスにあると報じられていた。まさに労働力債務危機が住まいの過酷な収奪をともなって広がっていたのである。差し押さえによる収奪をまぬがれた世帯にも、バブル期に高値で売り込まれた住宅価格の3割をこえる値下がりにともなうキャピタルロスが、元利払いのむなしい支払いの負担を長期にわたり強いることとなり、それもまた労働力債務危機の収奪的作用をなし、消費需要に重圧を与え続けることになっている。

 このような危機を招いたアメリカの住宅金融は2階建ての構造を示していた。その1階部分で、モーゲージカンパニーが売り込んだ個人向け住宅抵当担保ローンは、2階部分でその親会社の大手投資銀行やその別の子会社に転売され、そこでより大きく束ねられて抵当担保証券(MBS)などの形に組成され、さらに別の各種証券を混人した債務担保証券として組み替えられたり切り分けられたりして、多重証券化される。それら証券類が高い格付けをえて、2階の窓から世界市場に売り出され、それによりとくにヨーロッパ金融諸機関なとがらグローバルな過剰資金を取り込み、1階部分の住宅ローン拡販に流し込んでいた。大きく束ねれば、個別的にはリスクのあるサブプライム・ローンも優良証券になるという金融工学の理論は、担保とされた住宅の価格上昇が続いていたうちは本当らしくみえた。しかし、07年から宅地価格の下落にともない、労働力債務危機が深まり、債務不履行の件数が増大するとともに、サブプライム関連MBSなどの価格下落や不良債権化がひろがり、ヘッジファンド(大口投資信託運用会社)やその親会社の大手銀行などの金融諸機関に巨額な損失をもたらし、それらの債務危機倒産連鎖反応を広げていった。それがサブプライム金融恐慌の連関をなし、債務危機はまず労働者大衆の生活基盤を破壊、収奪しつつ、金融諸機関に広がっていったわけである。

 その金融恐慌が、住宅バブルと関連したアメリカの消費ブームを崩壊させ、09年にかけて、アメリカのクルマメーカーのビッグ・スリーもいったん倒産させるなど実体経済にも打撃を広げ、経済成長率もマイナスに転落させたのであった。IMFの統計では、アメリカの実質経済成長率は08年にマイナス0.3パーセント、09年にマイナス3.5パーセント、あわせて3.8パーセントの下落をみている。

 このサブプライム恐慌は、ヨーロッパ金融諸機関にも深刻な打撃を与えていた。それはアメリカサブプライム関連証券を大量に購入していたためであるが、そればかりではない。イギリススペインアイルランドなど多くのヨーロッパ諸国で、アメリカと同様の不動産バブルが進行し、その同時的崩壊が、内部からもアメリカ発のサブプライム恐慌に連動する金融恐慌を生じていたのであった。そこから実体経済にも打撃がおよび、ユーロ圈の成長率も、09年にはマイナス4.2パーセントと震源アメリカを上回る下落を生じている。

 日本の金融諸機関は、80年代末の国内の巨大バブル崩壊にともなう不良債権の処理に苦しみ続けて、大手銀行も経営統合をくりかえし、投機的取引に慎重になっていたせいもあって、サブプライム関連証券の保有比率は比較的少なく、この恐慌にさいしては、大手銀行の破綻のような金融危機をまぬがれている。とはいえ、マクロ経済実績においては、08年に1.2パーセント、09年に6.2パーセント、2年であわせて7.5パーセントのマイナスと、主要先進諸国中最大幅での落ち込みを経験している。

 アメリカ発のサブプライム世界恐慌は、労働力債務危機を根源としつつ、金融諸機関に債務危機と破綻の連鎖を生じ、金融恐慌から実体経済に収縮圧力が加えられることとなっていった。そのなかで、日本の金融諸機関は比較的安定性を保持していたにもかかわらず、日本経済の実体には主要諸国のなかで最も大幅な打撃が生じている。その理由は、日本経済のそれに先立つ景気回復が、内部的に労賃をきびしく抑圧し、高齢化社会の急速な進展や国債累積による福祉、年金の将来不安とあわせ、「実感なき景気回復」といわれ続けたような脆弱性を内在させており、もっぱら輸出の伸びに依存していたことから、理解されてよいであろう。


3 新自由主義的緊縮政策への再反転

 サブプライム世界恐慌は、1980年代以降の資本主義世界の支配的政策潮流をなしていた新自由主義の教義や信念への信認を崩壊させる経済危機をなしていた。新自由主義は、戦後の高度成長期の政策基調をなしていたケインズ主義や福祉国家路線が、1970年代初頭の資本主義世界に生じたインフレ恐慌の危機のなかで挫折した後に、新古典派ミクロ経済学に依拠し、国家の経済的役割を縮小し、競争的で自由な市場にゆだねることこそが、合理的で効率的な経済秩序をもたらすはずであると主張し続けていた。その政策方針は、現代の資本主義が、高度情報技術(IT)を新たな産業的発展の基礎において、企業の多国籍化をうながし、途上諸国の安価労働力を動員利用するグローバリゼーションを強化しつつ、先進諸国内部でも安価非正規労働者を多様な雇用形態のもとに増大させる労資関係の再編に適合的な経済的基礎をおいていた(伊藤、2010b )。そうした新自由主義グローバリゼーションのもとで、金融資本主義は、先進諸国をつうじ労働者実質賃金を抑圧しつつ、労働力金融化をすすめ、産業的投資に十分吸収されない過剰資金を各種の投機的取引と消費ブームに動員し、金融部門を肥大化しつつ、資産バブルとその崩壊を不安定に反復する傾向を強めていた。その帰結が、新自由主義グローバリゼーションの中心的推進役をなしていたアメリカ自身を震源とするサブプライム恐慌であった。それは、新自由主義が推奨する市場原理がけっして合理的で効率的な経済秩序を保証するものではなく、社会的規制から解き放たれた資本主義市場経済が、むしろ不安定な自己破壊作用を生じ、それにともなう膨大な社会的費用と損失をもたらすものであることを広く実感させるところとなった。

 そこで、新自由主義とその理論的基礎に疑問や反省が広がった。2009年の米日両国選挙では、民衆の支持と期待が民主党にあらためてよせられ、政権交代が実現する。そこには、グリーン・リカバリー、エコ・ポイント制、子ども手当など自然環境保護少子化対策など新たな現代的観点を加えたケインズ主義と社会民主主義的政策が、新自由主義終焉させ、労働者や民衆の職場や生活の安定にむけて、国家がその責任と役割をもういちど引き受けることへの期待が込められていたのである。すでにこの政権交代にさきだって、それまでの市場原理主義とは不整合な金融諸機関への救済融資公的資金の投入や、緊急経済政策としての財政支出による恐慌の緩和策が、国際協調を強調しつつ実施されつつあった。それらに加えて、政権交代後の新たな発想をふくむ社会民主主義的諸政策が民衆に安心感を与え、消費需要と景気の回復に寄与する効果を発揮した。2010年にかけての実質経済成長率は、09年のマイナスからアメリカで3.0パーセントのプラスへ6.5パーセントの幅で、日本では4.0パーセントへ10.2パーセントの幅で、先進諸国全体でも3.1パーセントへ6.8パーセントの幅で、それぞれかなりの回復を実現している。しかし、この景気回復は長くは持続しえなかった。

 すでにそれ以前から累積していた国家債務がこの恐慌過程でさらに危機的に深刻化しているとみなされるようになり、エコ・ポイント制などの緊急経済対策も、2010年末にかけて当初の予定期限満了とともに終了するものが多く、それに応じて、2011年には先進諸国の景気回復には鈍化・反落が懸念されつつあった。懸念された景気の反転は、予想をけるかにこえる急性的なソブリン危機の脅威として、さきにみたとおりヨーロッパアメリカ、日本の資本主義主要3地域に重大な打撃と動揺を与え、そこから通貨危機金融危機も再燃しつつある。アメリカ発のサブプライム危機が、ヨーロッパにとくに深刻な国家の債務危機をもたらし、それがふたたび金融危機に転化されつつあるともいえる。それはハーヴェイ( 2011 )のいう現代資本主義経済危機の「たらい回し」にばかならない。

 日本経済は、サブプライム恐慌による輸出減少での打撃に加え、とくに大震災原発事故の激震に苦しみ、さらにユーロとドルの下落にともなう円高に輸出産業が痛手をこうむる重層的な危機を、この間、経験し続けている。

 こうした経済危機の「たらい回し」的で重層的な進展のなかで、欧米日の資本主義中枢部に顕著となっているのは、米日政権交代とともに一時は期待を集めていた新たな社会民主主義的福祉政策やケインズ主義的雇用政策への国家の役割の再強化が、民衆の期待に反して貫かれず、むしろ国家債務危機におしもどされるかのように新自由主義的緊縮政策に反転している事態である。その重要な一面として、公務員の削減やその給与の減額、行政や福祉サービスの民営化民間委託年金の給付年齢の引き上げや、整理統合による減額などがすすめられやすい。ケインズ主義的な財政金融政策による景気と雇用の回復策にゆきづまりを示すオバマ政権が、今年の大統領選挙対策としても、5年で輸出を倍増し、雇用回復を図る経済危機対策の桂に、あらためてTPP(環太平洋連携協定)による新たな関税撤廃・自由貿易推進の方策を重要視し、日本にもこれへの参加・協力を強く要請しているのも、新自由主義グローバリゼーション経済政策を再反転させる、もうひとつの重要な事例といえる。


4 どうしてこうなるのか。何をなすべきか

 どうしてこうなるのであろうか。またこれにどう対処すべきか。政治経済学にとって幾重にも考慮を要する一連の問題がここには伏在している。以下、3点にそれらを要約してみよう。

 第1に、国家の債務危機におしもどされるかのように、主要先進諸国で新自由主義的緊縮政策への再反転が生じている背後には、1980年代以降の新白由主義的グローバリゼーンヨンを推進してきた金融資本主義多国籍企業による蓄積体制が、この経済危機のなかでも大枠として破壊されずに存続し、国民国家による福祉、自然環境、雇用などの諸政策の現代的拡充にきびしい制限を与えている構図が読みとれる。それはまた、金融部門を中心とする多国籍企業の利害をグローバルな競争のなかで保護しあい、それによって富裕な資本家階級に有利で、労働者階級社会的弱者経済危機の負担を加え続ける階級的政策効果を、容易に反転・脱却しえない構図ともなっている。

 実際、サブプライムから国家債務危機が深化してきた大きな要円として、金融諸機関やビッグ・スリーの救済に膨大な公的資金が役じられ、富裕者の資産を保護する措置がとられ続けてきたことがあげられるが、これと対照すると、住まいを差し押さえられたり、失職したりして経済危機に苦しむ労働者たちへの公的支援はあまりに薄い。日本でも民主党政権のもとで、選挙公約マニフェスト)にはなかった、消費税の増額とともに企業の国際競争力強化の観点からの法人税の5パーセント引き下げが提案されている。この30年近く所得減税が繰り返されてきた結果、1980年代前半には所得が8000万円をこえると75パーセントの税率がかかっていたのに、いまや1800万円超にかかる40パーセントが最高税率となり、所得税の負担率は最高の所得1億円層でも30パーセント未満にとどまり、それをこえる所得階層では顕著にそれより低下するという(『朝日新聞』2011年12月22日付)。

 第2に、新自由主義的緊縮財政への再反転は、サブプライムから国家債務危機の深化への経緯をふまえてみれば、ほかに選択肢のない必然的帰結なのであろうか。欧米の批判的知性のあいだでは、そうはみられていない。たとえば、R・ボワイエは、「総需要の減退を防ぎつつ南欧の競争力を向上させ、成長を促すことが大切だ。財政引き締めはその後でないと成功しないし、各国の国民に受け入れられないだろう」(『朝日新聞』2011年12月27日付』と述べ、ハーヴェイ( 2011 )も西欧の先進諸国が国家の「赤字恐怖症」に陥って不況と危機をもたらしていることを、中国など東アジアの活況と対比して論評している。この両名はかならずしもケインズ派とはいえないが、こうした論調は、ケインズ学派の観点を尊重すれば、とうぜん提示されてよい選択肢であろう。日本にはケインズ派が多いはずなのに、こうした歯切れのよいケインズ主義的論調がマスメディアにみられなくなり、消費税増税も国家債務危機緩和のために早晩容認せざるをえないのではないか、とする主張のみが目立つ。それは経済政策の選択肢を広く確保すべき、政治経済学のあるべき姿からしても望ましい論壇状況ではない。

 もともとケインズは、シティー(ロンドン金融中心地)の資産が海外投資に流出し、産業と雇用空洞化しがちな動態を反転して、不況を克服するために、インフレ政策により「金利生活者の安楽死」をすすめる、ある種の階級的戦略方針を重視していた。その政治絲済学としての戦略方針の精神からすれば、金融資本主義のもとでの富裕者優遇減税の反復、金融危機にさいしての金融諸機関やそこに集積された金融資産救済のための公的資金投入、さらには国家債務危機を介しての緊縮政策再強化、消費税引き上げなどは、いずれも賛同しがたい政策方針となりはしないか。もっとも、金融諸機関救済への公的資金投入措置は、ケインズの発想にはなかったところとはいえ、いまや労働者階級の預金、年金、保険などの基金保全の意義も大きくなっているので、これへの労働者大衆の反感はおさえられやすくなっている面もあって、その階級的利害関係への作用は複雑になっていることも認めておかなければならない。

 他方、ニュー・ニューディールとしての新たなケインズ主義や社会民主主義経済政策への期待をかけられていたオバマ政権や日本の民主党が、その選挙公約と期待を裏切り、新自由主義的緊縮政策に再反転しつつあるのは、かつてのニューディール政策と異なり、労働組合の社会的役割を尊重してその組織的成長を支援することで、その政権の民衆的支持基盤を拡大・強化する配慮を欠いていた結果であるともいえる。オバマ政権でも、前ニューヨーク連銀総裁のT・ガイトナーを財務長官とする人事に象徴されているように、共和党と多少の差はあれ、結局は「ウォールーストリートの党」に変わりはないといわれる特性がしだいに表面化してきているのも、そのためではなかろうか。それはまた、金融資本主義のもとでの多国籍企業グローバリゼーションの基調が、経済政策の動向を制限しつつ、労働組合の社会的役割を弱体化させる方向に重圧を加え続け、それによって経済危機からの脱出を困難にしている側面を再確認させるところともいえる。

 第3に、こうしてサブプライムから国家債務危機金融資本主義のもたらす経済的災厄が、新自由主義の帰結として生じながら、それを反転する期待を集めた政権交代も、民衆の生活安定への新たなケインズ主義や社会民主主義を貫けない閉塞状態のなかで、どこに希望の原理を求め、何をなすべきか。すでにサブプライム恐慌の発生を契機に、資本主義市場経済に内在的な不安定性と自己破壊作用を原理的に追究していたマルクス経済学が、ケインズ経済学とならんで、あるいはそれをこえる迫真的考察基準として世界的に再評価されてきた。マルクス経済学は、資本主義経済の歴史的特性を、そこに内在する恐慌の必然性とあわせて批判的に解明するここにより、オルタナティブとしての未来の協同社会の可能性を学問的に基礎づける課題を追究していた。現代の金融資本主義のもとで反復されているバブルとその崩壊による恐慌現象の考察基準としても、マルクス恐慌論が最も有力な手がかりを与えていることはあきらかなところであり、欧米では大手新聞にもそれを指摘して「マルクスの逆襲」といった論説がしばしばみられる。

 しかし、問題は、マルクスによる未来社会の構想を示しつつあるかに思えたソ連型社会が、東欧ソ連で崩壊し、「ショックセラピー」として急速な資本主義化に反転した経緯から、社会主義が非民主的社会を意味するもののように広く理解されて、未来へのオルタナティブとしての魅力を大きく失ってきたところにある。そのため、金融資本主義のグローバルな支配に的確に対抗し挑戦しうる、堅固で統一された反資本主義の運動が、世界的にも各国内部にも容易に形成されがたい。ふりかえってみると、ニューディール以降のケインズ主義と社会民主主義も、マルクスによる社会主義運動をその一翼にふくみこみ、競合的に活力をえていた。いま広く期待されている新たなケインズ主義と社会民主主義の活力再生ためにも、実は反資本主義運動の再強化こそが望ましいのではなかろうか。

 「もう1つの世界は可能だ」という感覚はたしかにさますまな形で広がりつつある。しかし強力な反資本主義運動の推進には、ハーヴェイ( 2011 )の最終章での指摘にしたがえば、人びとを鼓舞する魅力的構想が必要であり、他方、そのような運動の不在がまたオルタナティブの明確化を妨げているという「二重の閉塞」がある。そこに社会変革をすすめるべき主体の危機がある。こうした「二重の閉塞」を突破してゆくには、何らかの争点をめぐる政治運動が開始され、それが他の領域での批判的活動と連動し協働するようつとめることが重要である。さらにハーヴェイによれば、そのためには共通の目標や指導原則についての緩やかな合意が必要とされる。そこには、「自然の尊重、社会諸関係におけるラディカルな平等主義、共同利益の感覚にもとづく社会的諸制度、民主主義行政手続き、直接生産者により組織された労働過程、新しい社会諸関係と生活様式の自由な探求としての日常生活自己実現と他者への奉仕に関心を集める発想、および軍事的権力や企業の強欲を支えるためのではなく、共益追究に由来するような技術的・組織的イノペーションがふくまれるであろう」。こうした目標や原則にそった変革運動の現代的再生発展への試みのなかで、1873年にマルクスバクーニンとが袂を分かって以降のマルクス主義アナーキズムとの分裂の不幸な歴史がいまやのりこえられなければならないし、また実際のさまざまな社会運動のなかで、その兆しが顕著になってもいる。

 たとえば、ニューヨークで3ヶ月をこえて全米に影響を広げている「われわれは99パーセントだ」という格差是正への街頭占拠運動、ヨーロッパ各国に広がる緊縮政策反対のデモやストの波、日本での被災地への支援活動、脱原発への集会、デモ、経産省前のテント広場などの諸運動は、アラブの春民主化運動もそうであったように、アナーキズムが重視してきた民衆の自発的参加を大きな特徴として、既存の政治の流れやしくみを批判し、変革する活動を広げつつある。そこには、ハーヴェイのいう二重の閉塞を突破する、新たな政治的・社会的運動の開始が少なくとも活力ある萌芽として読み取れるのではなかろうか。マルクス派が伝統的に期待している労働者運動の活力再生にも、こうした新たな社会運動が示唆を与え、連動してゆくよう、さますまな試みが広げられてよいところであろう。

 労働力債務危機を淵源とするサブプライム恐慌から国家債務危機が深化して、政権交代によせられた期待も裏切られ、新自由主義的緊縮政策に再反転しつつある先進諸国の迷走は、現代の金融資本主義のグローバルな支配のもたらすカオスの深淵を鮮明にするところである。しかし、これを歴史の終わりとみなしてよいはずはない。この深い危機を転機に、マルクスにたちもどり、こうしたカオスをもたらす資本主義のシステム自体に批判的に対峙し、それをのりこえる可能性をひらく、思想、理論、社会運動の再生への希望もまた世界的に広く探求されつつあることにも注目してゆきたい。


参考文献 



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