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2013-01-12

<体験されている空間の諸相 ボルノウとの比較によるドゥルーズ十ガタリ「1837年−リトゥルネルについて」の読解 田路貴浩

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1.はじめに

 フランスの現代思想家ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリは一般にポスト・モダニズムないしポスト構造主義の主導者とされている。彼らは共同執筆という形で特異な書物を立て続けに発表し、哲学以外の諸学問、批評、文化、芸術に広く影響を与えた。そのおもな理由のひとつは、彼らが生みだした概念が伝統的な哲学用語を大きく逸脱し、新鮮で人目を引くものであったからであろう。たとえば、「欲望する機械」、「ノマド」、「器官なき身体」、「襞」などである。これらの概念は日本における建築をめぐる言説や評論、作品解説などにもしぱしぱ引用され、さらにはそれらを隠喩や直喩として利用した建築デザインも多数あらわれた。しかしその一方で、こうした動向をたんなる流行として冷ややかに受けとめたり、あるいは激しく拒否したりする反応が存在したことも事実である。その種の人々にとって、ドゥルーズ+ガタリの特異な概念はたんに新奇で扇動的なものにすぎず、それらと「戯れる」言説やデザインは不真面目に見えたのである。 ドゥルーズ+ガタリの思想をめぐって真面目/不真面目の対立が生じていたように思われる。1992年にガタリが、1995年にドゥルーズが相次いでこの世を去り、彼らの思想に対して距離が生まれつつある現在、一時の熱狂に対する反省か、彼らの思想に影響を受けた側からもあらわれ始めている。たとえば、アドルノハイデガーとその支持者たちに向けてその思想に固有の概念を隠語として厳しく批判したのと同じことが、ドゥルーズ+ガタリの諸概念にもあてはまるという指摘がある*1。この指摘にしたがって考え直してみるなら、ドゥルーズ+ガタリの思想に依拠した言説が熱心に支持されたり端から拒絶されたりしたのは、思考に対する真面目/不真面目の態度の違いによるのではなく、その隠語圏に属していたかいないかによるところが大きいように思われる。しかしそうであれば、彼らの豊かな思考を手にしているわれわれにとってこうした対立は不毛であって、非建設的でしかない。ドゥルーズ+ガタリの思想が建築をめぐる多くの思考を剌激してきたことは確かである以上、今日のわれわれの課題はその諸概念を隠語化することを注意深く避けつつ、そこに建築論としての可能性をできるかぎり厳密に読みとることにあるだろう。

 われわれはそのために、建築の領域で頻繁にそして流行的に参照されてきた彼らの諸概念をあえて避けて、むしろあまり論じられてこなかった概念に注目し、そこから彼らの理論を読み直す道を選択することにしたい。

 読解のための方法として、ドゥルーズ+ガタリの論考をボルノウの〈体験されている空間〉論と比較考察する*2。しかし、この試みはやや唐突に思われるに違いない。はたして、ドゥルーズガタリにボルノウを重ねて読むことは妥当でかつ可能なのだろうか。

 ドイツ哲学者ボルノウはハイデガーに師事し、哲学的人間学の視点から空間論を展開した。一方、ドゥルーズハイデガーについて直接的にはわずかな言及しかないものの、デリダフーコーと並んでハイデガーのとくに後期思想の影響をつよく受けていることは今では広く認められている。ドゥルーズとボルノウはともにハイデガーをその思想形成の重要な源泉としているのである。ただし、ボルノウは戦後ドイツの保守的な心性が優勢な時代に思想形成したのに対して、ドゥルーズモダニズムに対するラジカルな異議申し立ての運動が高揚した時代に思想的営為を出発させたことが大きく異なっている。それゆえ、両者の哲学の目指すところには見逃すことのできない根本的な相違があるのも事実である。しかしいずれにせよ、両者がハイデガーを媒介してつながっていることから、ボルノウの空間論をひとつの参照軸としてドゥルーズ+ガタリの論考を読みとることも許されるだろう。のちに見るように、その対照をすすめて行くとボルノウとドゥルーズ+ガタリのあいたには多くの共通する概念が見いたされる。しかしそれと同時に、両者のあいたには深い溝を確認することにもなろう。ボルノウの空間論とのそうした「差異」は、彼らの思想の根幹にも通じる重要な主張を浮かび上がらせるだろう。

 ドゥルーズ+ガタリにボルノウを対比させることにはもう1つの理由がある。よく知られているように、ボルノウの空間論はノルベルグ=シュルツによって実存主義建築論へと展開されている。ノルベルグ=シュルツは無機的な表現へと至ってしまった近代建築を批判し、建築表現と場所の固有性との関係の回復を主張している。その指摘はたしかに現代建築がとり組むべき重要な課題を鋭く捉えているが、われわれはノルべルグ=シュルツのときとしてノスタルジックな論調に全面的に賛同することはできない。むしろ、それは正当に批判されのり越えられるべきであると考える。本稿はこうした意図を伏線としてはいるのだが、ここではひとまず、ボルノウの空間論の限界と問題点を、ドゥルーズ+ガタリとの比較をとおして浮かびあがらせることを二次的な目標としたい。

 以上のような立場から、本稿ではドゥルーズ+ガタリの『千のプラトー』に収められている「1837年−リトゥルネルについて」)の読解を試みることにする。


2 ボルノウの空間論

 ドゥルーズ+ガタリの読解にとり組む前に、まずボルノウの空間論を概観しておこう。ここではとくに彼の主要な空間論である『空間と人間』)の第5章に注目し、体験されている空間の諸相を整理してみる。

 ボルノウの論じる様々な空間は〈表象される空間〉と〈体験されている空間( der erlebte Raum )〉の2つに大別される*3表象される空間とは、学として構成された数学的空間や物理学的空間に典型的にみられる空間であり、主体から独立して客観的に存在する空間である。一方、体験されている空間は、人がそこで直接に生きまた体験している空間であり、主体から切り離してはあり得ない空間である。あるいは、人間存在の根本的な特性である空間性との相関においてあらわれる空間である。

 ボルノウは体験されている空間について、哲学文学を多く参照しながらその様々な相を論じているが、それを体系的に整理するとつぎのようになるだろう(図)。まず体験されている空間は「志向的空間( intentional Raum )」と「媒体としての空間( der Raum als Medium )』に区別される。志向的空間は、現象学が教える人間の意識の志向性に相関する空間である。しかし、ボルノウは志向的空間は人間を中心に広がる相対的な空間であり、それとは別に人間がそのなかにいると感じうる空間、すなわち媒体としての空間かあると考える。媒体としての空間は実存主義哲学が主張するように人間がそこに投げ出されてあるところの空間である(これを仮に実存主義的空間と呼ぶ)。しかし、それが人間にとって無気味でよそよそしい空間であるのなら、それとは対照的に人間が一体感を感じる空間が要請されなければならない。それが「住む空間」*4である。これは「住む( wohnen )』という人間の実存を支える根本的な存在様式に相関する空間である。その典型は「家( Haus )」とされるが、他に「身体( Leib )」と「周囲空間( Umraum )」が主な類型としてあげられている。

2-1 志向的空間

 ボルノウは現象学のごく基本的な命題にしたがって、人間の根本的な空間性を「志向性( intentionalitat )」と規定している( B271ff7257f. )。この志向性という用語がフッサールに由来するものであることは言うまもでもないが*5、ボルノウはフッサールのように志向性の厳密な規定を目指すのではなく、むしろより具体的な経験に即した立場から、志向性を端的に自分のまわりの世界とかかわりをもつ主体の根本的な特性と捉えている。

 ボルノウによれば、人間は容器のなかに置かれた物のように空間のなかに存在するのではなく、自己の周りの諸物と空間的関係を形成しながら存在している。ハイデガーがそうした人間とものの空間的関係を、ものに対して「離れを距ぐこと( Ent-femung )」と「方向を定めること( Ausrichtung )」と分析したように*6、人間は自己を中心に距離と方向をもって周囲の諸物との空間的関係を形成しているのであり、こうした人間の根本的な空間性が志向性と言われるのである。また、自己の周囲に志向性によって開かれた空間、「人間の方から張り広げられた」( B274/259 )空間が「志向的空間」である。志向的空間は生きる人間の志向性に相関した空間であり、距離と方向がその要素を成している。

2-2 住む空間

 志向的空間は体験されている空間のひとつの重要な相ではあるが、ボルノウはそれよりさらに根本的な空間がなければならない、と主張する。志向的空間は人間を中心とした諸物の空間的な関係の広がりであるが、それは人間の移動によってたえず移り変わる相対的な空間でもある。ところが、反省以前の空間体験では、人間は空間のなかで移動し、空間のなかのどこかに位置すると感じているのであって、人間の位置が一定で空間が変化するとは感じていない。したがって、体験されている空間としては、相対的で可変的な志向的空間を成立させる不動の空間が考えられねばならない。それは人間がそのなかに〈居る〉と感じうる空間、「固定しているものとして人間のいっさいの存立の土台をなすもの」( B273/259 )と感じとられている空間である。ボルノウはこれを「住む空間」としている。

「住む」こととは、「人開かそのなかでは脅迫的な外部世界から身をひいていることのできる、家屋という自分自身の空間をもつこと」( B277/262 )である。ボルノウは「住む」ことをめぐって様々な論述を展開しているが、それは結局2つの観点から規定することができる。上の引用文が示していたように、それは庇護と所有である。

 人間かそのなかで存在する媒体としての空間を所有すること、それは住むことのひとつの要因である。住むことは空間が人間にとって疎遠なままであるのではなく、人間によって所有される空間ないし「自己固有空間( der umgrenzte Eigenraum )」となり、それと親密な関係を結ぶことを意味している。

 ボルノウは住むことの理解を深めるために、メルロ=ポンティの「受肉( incarnation )」という概念に着目している。メルロ=ポンティによれば、心は身体に「受肉」しているのであり、「心は身体に居住する」( B279/263 )のである。ボルノウの理解によれば、これは住むということが受肉すること、すなわち心的ないし精神的なものと空間としての身体とが不可分の密接な関係にあること、あるいは心なり精神が空間に溶けこんで内的な関係を結んでいることを示している。これと同じように、人間があるところに住むということは、人間にとって空間が外的で疎遠な対象物としてあるのではなく、生に深く組み込まれ、分かちがたく統一された状態となっていることをいうのである。住むこととしての空間の所有は、自己が空間に受肉することであり、自己と空間との統一的な融合を意味している。

 自己の空間、自己固有空間を所有することは、外からの破壊的な力の侵入に対して庇護されていることでもある。これが住むことのもう1つの規定である。すなわち、住むことは破壊的な力に抵抗して安全で自己の意のままになる空間を確保し、それを所有することでもある。これは自己の領域を定めてそれを囲い、暴力的な力の侵入を防ぐ壁を建てることによって実現される*7。あるいは境界づけられた自己固有空間を所有することによって、人間は庇護されて住むことか可能になる。こうして自己の周囲の空間は自己固有空間となるが、自己固有空間は外的諸力の侵入に対して、瞬間的、偶然的にあらわれて消滅してしまうものではなく、持続性を備えていなければならない。

 まとめると、住むこととは、空間を所有してそれと同一化することであり、空間に庇護されることである。そのような空間が「住む空間」と言われる。

 ボルノウによれば、住む空間には「身体」*8、「家」、「周囲空間」の3つの類型がある。これらはその順に空間が拡大する。しかしそれは空間の大きさが違うだけではなく、それぞれにおいて空間の所有の形式、「住む」ことのあり方が異なっているのである。ここでは、家と周囲空間について見てゆくことにする。

 家:もっとも本来的な意味での住まう空間が、「家」である。人間は壁という境界によって限界づけることによって家という有限の空間を所有し、そこで庇護され滞留して安らぐことが可能となり、自由な行為か保証される。家においては住むことの2つの要素、所有と庇護がもっとも典型的に実現されている。

 家は身体とは異なって自由に出入りすることができる空間であり、対象としての空間の側面をもつ。しかしまた、家に住むことは、身体と同じように受肉することでもある。なぜなら、家は身体の延長として捉えられる空間であり、身体のように自己と空間の「直接の同一化」( B293/276 )が成立しうる。自己は家に自分の人格を刻印するのであり、家にはそこに住む主体の人格があらわれる。しかし逆に、自己の人格は自己を取り囲む家によって規定されるのであり、さらには「人間は1つの具体的な空間と一体になるときにだけ一定の本質を獲得する」( B295/278 )、とさえ考えられる。これと同じことは、より広い空間である「ふるさと( Heimat )」( B296/279 )についてもいえる。ふるさとでは、そこに住む人間と空間の性格は互いに規定し合っており、人間と空間は同一化しているのである。

 ところでボルノウは、住む空間としての家が動物のなわばりの形成に似ていることを指摘している( B297f./280 )。動物は、臭いやさえずりなどの目印をつけて境界を標示し、境界で囲まれたなわばりを占有し、外敵の侵入を防ぎながら、そのなかで自己の安全を確保する。このように囲まれたなわばりの内部は、志向的空間のように距離と方向で秩序づけられるのではなく、むしろ睡眠の場所を中心にして、飲食、排泄などの生活機能に応じて分節され、組織化される。

 周囲空間*9: 周囲空間は家の外に広がる空間であり、地域、祖国へと拡張し、宇宙へと至る包括的な空間である。しかし、それは空間的な広がりのみを意味するばかりでなく、「自由の空間( der freieRaum) 」でもある。

 家においては、人間も動物のようにある空間を所有し、空間と同一化し、空間に受肉するのであった。しかし、動物がなわぱりに結びつけられているのとは異なり、人間は家との結びつきから自らを解き放ち、家の外へと出てゆき、さまよい歩く可能性ももつのである。人間は家に受肉することもできるが、周囲空間をさまようこともできる。家の外の周囲空間はそうした解放された自由の空間でもある。

 しかし、そのような周囲空間は実存主義がいうような未知で無気味な空間であって、その意味では「自由の空間」というよりは「空なる空間( der freie Raum )」*10と呼ばれるべきである。周囲空間が家の周りから宇宙にまで及ぶ空間であるということはそれが無限大の空間であるということであり、自由の空間あるいは空なる空間ということはそれが無規定な空間であることを意味している*11

 こうした「自由の空間」あるいは「空なる空間」は、空間の所有や空間による庇護といった人間の根本的な空間性である「住む」こととはおよそ相いれないものである。そこでボルノウは、周囲空間が無限大で無規定な見知らぬ断片的な世界のままであってはならず、むしろ人間の主体的な努力によって親密で統一的な世界として住む空間とならなければならないと主張している*12。ボルノウの空間論の眼目はまさにこの点にあると言える。


3  「1837年−リトゥルネルについて」

 さて、次にいよいよ本稿が読解の対象とするテキスト、ドゥルーズ+ガタリの「1873年−リトゥルネルについて」を概観することにしよう。

 リトゥルネルとは歌の繰り返し句を意味する音楽用語であるが、ドゥルーズ+ガタリはこの小論において、音楽や動物行動学の知見を参照しながら、彼らの思想の主軸のひとつである「反復」をリトゥルネルとして捉え直す作業を行っている。彼らはそれを動物の鳴き声や身振りなどのようにテリトリーを形成する契機と解釈し、継起する3つの局面に分節してそれらの移行のメカニズムを分析している。

 最初に、リトゥルネルの3つの局面は具体的なイメージを交えながら、次のように素描されている( DG382f./359f. )。

  1. 暗闇のなかでうたわれる歌。不安な暗闇のなかで、それに抗してうたわれる歌は安定感と落ち着きをもたらす。歌は静かで安定した中心の前ぶれとなる。
  2. 輪になってうたわれる歌。歌は音の壁となって外のカオスの力に抵抗し、内側の空間を保護する。不確実な中心のまわりをはっきりした境界で囲うことによって、力は集中し、内側の空間が整えられる。ひとつの点のまわりに静かで安定した外観が作りあげられる。このようにしてあらわれる空間が家である。
  3. 輪を半開きにして誰かをなかに入れる。もしくは自分が外に出てゆく。そこはカオスではなく、輪そのものによって作られたもう1つの領域、宇宙である。家の外に出てゆくことは、宇宙ないし世界と合流し渾然一体となることである。

 これらリトゥルネルの3つの局面は3つの空間を舞台としている。第1の局面は「環境( Milieu )」、第2は「領土( Territoire )」、第3は「宇宙( Cosmos )」である。そして3つの空間それぞれには、「カオスの諸力」、「大地の諸力」、「宇宙的な諸力」が大きく関与している。ドゥルーズ+ガタリはこれら3つの局面を説明するのに、環境から領土へ、領土から宇宙へと移行する一連の過程をたどっているが、多くの現実ではこれら3つの局面はひとつの事象のなかで混合してあらわれている、ということは十分覚えておかなければならない。

3-1 環境

 暗闇の不安をうち消すために繰り返しうたわれる歌のように、カオスの諸力に抗して開かれるのが「環境」である。ドゥルーズ+ガタリは、ユクスキュルの「環境世界( Umwelt )」を念頭におきなきながら、方向を成分とするコードが周期的に反復し、個体を取りまく環境を形成するとしている。言い換えるなら、コード化された環境は方向という「成分の周期的な反復によって構成された時−空のブロック」( DG384/361 )なのである。

 しかしドゥルーズ+ガタリの眼目は、環境がひとつのコードの周期的な反復によって形成されるということにではなく、コードがコード変換するという点にある。コード変換とは、「ある環境が別の環境の上に確立され、別の環境のなかで消失したり成立したりするときのあり方」( DG384/361 )である。個体をとりまく環境はたえず変化するのであるが、それは個体がひとつの環境から別の環境へと移動するからではなく、環境それ自体がコード変換によって別の環境へと移行するのである。コード化はくり返されることによってコード変換してしまい、環境は別の環境へと移行してしまう。「リズム( rythme )」とは、このようにある環境から別の環境への移行のあり様であって、1つのコードの反復である「拍子( mesurel )とは厳密に区別されなければならない( DG385/362 )。

3-2  環境から領土へ

 環境はたえず別の環境へ移行するか、もっと異質な空間、「領土」へと変化することもある。その移行の契機については、端的に次のように述べられている。「リズムが表現性をもつようになると、それだけで領土が生まれるわけだ。領土は表現の質料(質)が出現することによって規定される」( DG387/364 )。

 ある種の動物は体内のホルモンの状態(環境)に応じて色や臭いを発する。しかし、色や臭いが「時間的恒常性と空間的射程」( DG387/364 )を獲得するとそれらは表現性をもつようにり、それによってなわばりが確定される。色や臭いあるいは形といった「表現の質料( matières d'expression )」があらわれて、それらがポスターや立札として領土を標示するのである。たとえば、ある色の旗印が立てられることによって、領土が標示される。表現の質料が出現してはじめて領土が所有されるのであり、「表現的なものは、所有的なものに先行」(DG389/365)するのである。

 さらに表現については、先に内容があってそれが表現されると考えてはならない。むしろ表現は内容に先行していると言うべきである。〈私〉がある色を好むからその色を旗印にするのではなく、ある色の旗印が立てられることによって、〈私〉の領土が標示されるのである。したがって、領土の主体*13の人格が質料によって表現される、と考えてはならない。「『霊感を受けた人がいて、次にその住居かある』といわれる。しかし、実際には住居があってはじめて霊感が吹き込まれるのだ」( DG389/365 )。霊感を受けた人という内容が先にあってそれが領土に表現されるのではなく、質料の表現性が領土を標示し、そののち領土の主体の人格が表現の質料に対してその内容となるのである。

3-3  領土と下位的/内部的アレンジメント

 領土は複数の立札、複数のポスター、すなわち複数の表現の質料によって標示されている。ところが領土が形成されると、これら表現の質料は互いに関係を結びはじめて「領土のモチーフ」となり、領土の性格や特質を表現するようになる。「あらゆる表現的質は相互に内的関係を結び合い、この内的関係が領土のモチーフを構成する」( DG390/366 )。

 特定の色や形をもった非等質な複数の表現の質料は、はじめは領土の内部でそれ自体としてばらばらに存在し、離散性の集合として存在していた。しかし、それら表現の質料は「強化( consolidation )』によって「共立性( consistance )』*14を獲得するに至るのである。「共立性は必然的に非等質なもののあいたに生まれる。…それまでは共存や継起に甘んじていた非等質なものが、共存と継起を〈強化〉することによって、互いに相手の中に組み込まれるからそうなるのである」( DG407/380f. )。強化された表現の質料は、「内部的アレンジメント( intra-agen cement )」と呼ばれる相互関係を内的に結びはじめ、非等質な表現の質料は有機的な相互関係へと入っていく。その結果、内部的アレンジメントはさまざまな「モチーフ」そして1つの「スタイル( style )」としてあらわれる。表現の質料はもはや立札やポスターとして領土を標示するばかりでなく、「衝動のうずまく内部環境との関係、および状況の織りなす外部環境との関係を〈表現〉していくのである」( DG390/366 )。表現の質料は「下位的アレンジメント( infra-agen cement )」と呼ばれる署名ないし立札の段階から、「内部的アレンジメント」へと移行し、ひとつのスタイルとして領土の内外の状況を表現するようになる。

 さてここで、立札からスタイルへと進む過程と並行して、機能の領土化か進行するという指摘にも注意しておきたい( DG394f./370 )。環境が領土化されると、領土内の諸機能は大きさを成分として再組織されるのである。領土の内部は、方向によって秩序づけらていた環境とは異なり、大きさを成分として分節されるのである。

3-4 領土化から脱領土化へ

 不安定で可変的な環境が安定的な領土へと移行する過程を、ドゥルーズ+ガタリの論述に沿って整理してきた。しかし彼らの議論の力点は、その先の過程、すなわち安定化へと向かう領土化かふたたび流動的な脱領土化へと方向を転じるそのメカニズムを解明することにある。

 脱領土化の契機は表現の質料にある。表現の質料は立札やポスターとして機能する下位的アレンジメントから、領土を表現するスタイルへと進むのであった。スタイルとなった表現の質料は、領土の主体あるいは領土の内的外的状況という内容と密接なかたい関係を結んでいる。ところがその段階まで進むと、表現の質料は内容から離脱して自立性を獲得する方向へと転じる。「表現することは何かに依存することではない。表現には自立性があるのだ」( DG390/366 ) 。表現の質料は内的関係が強化されるとかえって表現と内容との紐帯は解きほぐれ、表現の質料は内容から離れて自発的な運動をはじめるようになる。領土のスタイルとしてあらわれていた表現の質料と領土の主体や諸状況との関係、表現−内容の関係は断ち切れ、表現性のみが自立し遊動しはじめ、別のアレンジメントへと向かう。表現の質料は内的関係を強化して領土のスタイルとしての表現性を強化し領土化を進行させるほど、逆説的にその自立性が高まり脱領土化か始まってしまう。つまり、領土には領土化のモメントと脱領土化のモメントか並存しているのである。

 このような両義性は、領土を「生まれ故郷( Natal )」として分析するときにもあらわれる( DG409ff./382ff. )。ドゥルーズ+ガタリによれば、「生まれ故郷」の両義性とは生得性/獲得性である。生得性は領土の内部的アレンジメントに起因している。内部的アレンジメントは表現の質料と領土の主体との内的関係であり、そこでは主体の人格と領土の特質は不可分で相互に規定しあう。あるいは領土は主体に帰属し、また主体は領土に帰属する。こうして主体と「生まれ故郷」の結びつきは本来的なもの、生得的なものとなる。

 しかし、「生まれ故郷」は同時に獲得的で脱領土的なものでもある。それは領土の中心の位置にかかわっている。領土はカオスの外的諸力に抗する大地の諸力と呼ばれる力によって覆われているのだが、それはひとつの中心すなわち領土の主体で束ねられている。ところが、その中心自体が領土から離脱してしまうことがあるとされている。「領土が自己のいちばん深いところにある…強度の中心は領土の外に位置し、互いに非常に異なり遠く隔たった領土が収束する地点に位置することもある」( DG401/375f. )。したがって、「生まれ故郷」は領土の外に探し求められなければならないものでもある。しかし、これは脱領土化か領土から別の場所に出てゆくことをかならずしも意味しない。「領土は相対的な、その場での脱領土化によってたえず貫かれ、そこでは内部的アレンジメントから相互的アレンジメントに移行するにあたって領土を離れる必要もなければ、宇宙と合体するにあたってアレンジメントから離脱する必要もないということを認めなければならない」( DG402/376 )。脱領土化は領土の外に出ることではなく、領土において生じるのである。

3-5 相互的アレンジメントと宇宙

 上の引用文が示していたように、脱領土化は「相互的アレンジメント( inter-agencement )」ないし「宇宙」へと向かう。

 内部的アレンジメントから相互的アレンジメントへの移行とは、領土が別の領土へと脱領土化することである。すなわち領土の内部に別のアレンジメントが形成されることである。しかし、脱領土化は相互的アレンジメントへの移行にとどまるのでなく、領土の水準そのものから離脱する場合さえある。「相互的アレンジメントが存在する、ひとつの領土的アレンジメントから別のタイプへの移行がおこなわれる──そう考えるだけでは、もはや十分とはいえない。それよりもむしろ、あらゆるアレンジメントから離脱し、あらゆるアレンジメントの潜在能力をことごとく凌駕して、別の平面に移る動きが存在する──そう考えるべきだろう」( DG401/376) 。

 そのような別の平面への移行は、大地の力から宇宙の水準へと解き放たれることによって生じる。これが脱領土化の最終的な形態である。ただし領土を離れて向かうところは宇宙であるが、それはけっして領土の外に広がる実体的な空間とはいえない。むしろそれは力である。脱領土化とは領土の外へ出ることではなく、力としての宇宙に到達することであり、目に見えない「不定形で非物質的なエネルギー宇宙の力」( DG423/394 )を捕獲することである。脱領土化するということは力としての宇宙を捕らえることと同義なのである。画家クレーが言うように、視覚的素材は不可視の力を可視的にするのであって、「可視的なものを表現したり、再現するのではない」( DG422/394 )。またミレーが言うように、「絵画で重要なのは、農民が担いでいるもの、たとえば聖具やジャガイモの袋などではなく、かついでいるものの正確な重量」( DG423/394 )、すなわち力なのである。ドゥルーズ+ガタリはこうした芸術家の言葉を例証として、つぎのように結論づけている。「問題の核心は形相や質料にあるのではないし、テーマにあるのでもなく、力、密度、強度にある」( DG423/394 )。結局、宇宙とは表現の質料に伴われる潜在的な力の広がりであって、領土と別の空間を占めるものではなく、別の次元であらわれるものである。


ドゥルーズ+ガタリとボルノウ

 ここまでドゥルーズ+ガタリとボルノウの論述をそれぞれ整理してきた。ボルノウは体験されている空間ないし住む空間を議論の対象にしており、人間の空間性とそれに対応する空間の様々な相を論じていた。それに対し、ドゥルーズ+ガタリは「環境」、「領土」、「宇宙」など空間的なイメージを喚起する概念を中心に論述を進めているが、それはリトゥルネルの分析であるこど以上に様々な領域で論じうるひとつの理念的なモデルを提出しているようにも思われる。そうであれば、そのモデルを〈体験される空間〉の理論として読み直すことも許されるだろう。

 ドゥルーズ+ガタリのリトゥルネルの分析を空間論として読み直してみると、ボルノウが提示する空間論と意外にも近い関係にあることに気がつく。ここでは仮に、ドゥルーズ+ガタリの3つの概念、「環境」、「領土」、「宇宙」を、ボルノウの論じる「志向的空間」、「自己固有空間」としての「家」、そして「周囲空間」にそれぞれ対照させてみる(表)。これから明らかにして行くように、これらは概ね相同である。しかし重要なのは、そうした相似性を確認することではなく、両者の差異に注目することである。なぜなら、両者の主張の差異こそ建築空間論の重要な課題を示唆するからである。

4-1 環境と志向的空間

 ドゥルーズ+ガタリの環境もボルノウの志向的空間もともにハイデガーを経由して、ユクスキュルの「環境世界」に遡る概念と見ることができるだろう。

 ドゥルーズ+ガタリによれば、環境とは、具体的な事例としては暗闇のなかでうたわれる歌が生みだす広がりであり、理念的には、方向を成分とするコードによってコード化された空間である。われわれはこれを、無方向( non-sens )で無意味( non-sens )なカオスのなかで、中心からの方向( sens )によって意味( sens )が与えられる広がりである、と解釈することができる。そうすると、これはボルノウの志向的空間にほぽ等しい。ボルノウによれば、自己という中心から方向と距離によって秩序づけられ意味づけられた空間が志向的空間であった。ボルノウが志向性の要素を方向と距離であるとしているのに対して、ドゥルーズ+ガタリはコードの成分を方向のみとする違いはあるものの、両者は中心からたえず放射される意味のベクトルによって形成される空間を論じているのである。

 しかし、両者の論述の力点は違った箇所に置かれている。ボルノウは志向的空間を秩序づける中心としての人間を強調し、人間の志向性という空間性が空間を与えると主張している。それに対して、ドゥルーズ+ガタリは環境の中心にはほとんど触れようとしない。むしろ、環境は環境の主体の意図とは無関係に移り変わってしまうこと、環境を秩序づけるコードがコード変換する可能性を有していることを強調している。環境は不安定でもろいものであるためにコードはたえず反復されなければならないが、反復されることによってコードは別のコードへと変換してしまい、ある環境は別の環境へと移り変わってしまう、というのである。ボルノウもやはり志向的空間が相対的で移り変わるものであることを指摘している。しかしドゥルーズ+ガタリがコードの自己変化のようなことを考えているのに対し、ボルノウは志向的空間を原点の移動に伴い座標軸も移動する相対座標のようなものとして捉え、志向性の中心である人間の移動によって志向的空間も変化する、とより単純に考えている。 ドゥルーズ+ガタリとボルノウは同じ空間に言及しているものの、その中心に対する態度の相違は無視できないものであり、それはのちに宇宙と周囲空間を比較するときに、よりいっそう明確にあらわれるだろう。

4-2 領土と家

 つぎに「領土」と「家」を比較してみよう。

 ドゥルーズ+ガタリもボルノウも不安定で相対的な空間から議論をはじめて、安定した空間である領土ないし家の考察へと向かっている。そしていずれも、それらに対して壁で囲まれた空間という具体的なイメージを提示している。ボルノウによれば、家は壁で庇護された空間であり、その中の主体によって所有された空間である。人間は自己の周りを壁で囲むことによって、その空間を自己のものとして所有し、そうすることによって外から侵入する危険な力を防ぎ、「自分の運動の自由を安全確実に確保する」( B284/268 )のである。また、ドゥルーズ+ガタリの領土もボルノウの家と同様に、壁で囲まれた空間という素朴な規定を前提としている。彼らの説明によれば、破壊的なカオスの諸力のなかに開かれるもろくて移ろいやすい環境は、境界を標示しカオスの諸力を排除する壁によって囲まれた領土へと移行するのである。

 また両者とも、境界が印され空間か囲まれると、それに続いて限定された内部空間か機能に応じて分節化され秩序化されることを指摘している。ボルノウは、動物のなわばりの内部が休息の場所を中心に分節され、生活上の諸機能がそれぞれに割り当てられる、という動物行動学の基本的知見を参照していた。一方、ドゥルーズ+ガタリは詳細な説明を省略しながら領土の成分は大きさであると述べているが、これもボルノウの指摘と同じように、領土がある一定の大きさの要素を部分とし、その部分にそれぞれ機能が割りあてられ、諸機能が再組織されることを言おうとしているものと解釈できる。

 しかし、領土と家に関してもっとも重要な論点は空間と空間の主体の関係であり、これはとくに表現と内容としてあらわれる。

 ボルノウによれば、「住む」こととは空間に「受肉」することであるが、それは住む空聞がそこに住む主体によって所有されるということ以上に、空間と主体が同一化することを意味していた。同一化するとは、空間あるいは家の特質がそこに住む主体の性格を表現するのであり、あるいはその逆に、主体の性格が住む空間の特質を内容として表現するのである。受肉としての住むこととは、主体と空間が互いに相手の表現性の内容となり、互いが互いを映し合うような相互規定ないし相互帰属の状態をいうのである。「ふるさと」についても、これと同様の関係が見られる。

 ドゥルーズ+ガタリもボルノウと同じように、空間と主体のあいたに見いだされる表現−内容の関係を分析している。しかし、彼らはそれを表現の1つの段階として捉える点がボルノウと大きく異なっている。ドゥルーズ+ガタリによれば、立札や壁などの質料が表現性をもつことによって、空間が限定され、領土か生じるのであったが、この場合、質料に備わる領土の表示機能としての表現性が表現の第1の段階である。この段階では、領土の質料は領土の範囲を表現するだけでしかない。しかし第2の段階では、表現の質料はスタイルとしてあらわれる。この段階では表現の質料は「内部的アレンジメント」と呼ばれる緊密な相互関係を結んで、領土の主体を内容として表現するようになる。このように領土の主体を中心に「内部的アレンジメント」が形成されるさまは、領土に充満する「大地の諸力」が結集して「強度の中心」をつくることでもある。

 主体と空間との相互規定的な関係をボルノウは「ふるさと」に見いたしたが、ドゥルーズ+ガタリも同じように「生まれ故郷」に言及している。スタイルとは領土の質料による主体の表現であったが、生まれ故郷ではそれ以上に、主体が故郷という空間によって規定され、主体の性格が領土の特質の表現となっているのである。つまり、生まれ故郷では、領土が主体を表現するばかりでなく、主体が領土を表現するのである。生まれ故郷が生得的であるというドゥルーズ+ガタリの指摘を、われわれはこのように理解できるだろう。

 しかしドゥルーズ+ガタリはボルノウと大きく異なり、「生まれ故郷」は領土のなかに位置するばかりでなく、逢か彼方の領土の外にもありうると考える。表現の質料と主体や領土の諸状況は内的な相互関係、「内部的アレンジメント」を形成していたのだが、表現の質料は自立性をもち表現の内容となる主体や領土の諸状況から独立してしまう可能性ももつのである。そうすると質料の表現はもはや生得的な「生まれ故郷」の表現ないしスタイルではなくなる。表現の内容は領土の外に向けてあるいは未来に向けて開かれることになる。「生まれ故郷」は探し求められるもの、つまり獲得的なものとしてあらわれるのである。

4-3 宇宙と周囲空間

ドゥルーズ+ガタリは領土に対する宇宙に、ボルノウは家に対する周囲空間に言及していた。境界によって囲われる内部空間に対して、外部が問われていたのであった。しかし、両者の問いの方向はまったく相反している。ボルノウの問いは外部はいかに内部化しうるか、と言えるのに対して、ドゥルーズ+ガタリの問いは内部はいかに外部化するか、と言うことができるからである。

 ボルノウは、壁で囲まれた家の外側に広がる空間を「周囲空間」と名付けて考察をすすめていた。周囲空間は、もはや主体が有機的で固定的な関係を結ぶことのない「自由の空間」である。それは無限大で無規定な空間であるが、ボルノウによれば、そうした空間は無気味で不安を与えるものでもある。それゆえに外部としての周囲空間はふたたび内部化されなければならない。家の外に広がる包括的な空間で人間はさまよい続けるべきではなく、限りなく広がる空間もまた家として住まわれなければならない。無限大で無規定な空間は家と同じように、自己を中心に規定され、全体性が与えられ、やがては家と同じように所有の感覚をもつことによって、住むことが可能とならなければならない。ボルノウの主張はこのようにまとめることができるだろう。

 一方、ドゥルーズ+ガタリは領土化の運動の分析をさらにすすめて、領土化のモメントか脱領土化のモメントを同時に孕んでいること、領土は脱領土化して別の領土へと移行することもあるが、そのまま宇宙へと開くこともありうることを論証しようとしている。 ドゥルーズ+ガタリは、脱領土化のつぎの局面が「世界に合流し、世界と渾然一体になること」( DG383/360 )であると述べて、ボルノウと同様に包括的な世界=宇宙との一体化を主題化している。しかし、これはボルノウと同じように外部の内部化と捉えるべきではなく、むしろ内部の外部化について語られているものと理解すべきであろう。というのも、ドゥルーズ+ガタリはボルノウと異なって、宇宙を領土の外にある空間とは考えないからである。

 このことは、領土を家と置き換えてみるとより明らかになるだろう。領土における表現の質料は、家の場合には具体的に壁、屋根、床などとしてあらわれると考えられるが、そうした家の質料は家の主体との有機的な関係を形成して、家の主体を表現するスタイルとなる。しかしそうした質料の表現性は、それが強まるにつれて自立性も高まり、ついには家の主体から解き放たれて遊動しはじめる。そのとき質料はもはや家の主体を内容として表現することはなく、ただ質料の強度のみが表現される。こうした質料が与える強度の広がりが宇宙であり、表現の強度が「宇宙の諸力」である。家は家の質料の自立性をとおして、無限で無規定な広がりへとすなわち外部へと開かれることになる。こうして内部が外部化されるのである。

 このような局面では、「生まれ故郷」は獲得的であると言わざるをえない。なぜなら、質料は領土の主体あるいは「生まれ故郷」の主体から解き放されると、質料の表現性はもはや内容をもたなくなるからである。質料の表現に対する内容は、探し求められ未来に獲得されるものとなる。

 以上の検討から、ボルノウとドゥルーズ+ガタリの両者の主張を端的に定式化すると、’ボルノウの言う周囲空間は内部化された外部であり、それに対してドゥルーズ+ガタリの言う宇宙は外部化された内部と言えるだろう。そこでこの相対する主張について、もうすこし考察を加えてみたい。

 ボルノウの周囲空間は無規定の無限大の空間であったが、そうした空間自体が現前することは不可能であろう。そうであれば現前しえない空間を現前させるためには想像力で補うしかないのではないか。周囲空間が住む空間となるためには、現前しない空間を想像力によって現前させ、それを所有しまたそれと同一化することによって内部化しなければならない。ということは、住む空間となった周囲空間、あるいは内部化された外部空間は想像的空間と呼ぶことができるかもしれない。

 一方ドゥルーズ+ガタリは、囲まれた領土がその場で外へ、彼らの言葉では宇宙へと開く可能性を論じていた。ここで彼らが宇宙という述語によって指示しているのは、なにか実体的な外部空間ではなく、むしろ現前している空間に潜む「力」である、という点には留意しなければならない。では宇宙の力とはなんであろうか。それは表現の質料がその内容から解き放たれて向かう「力、密度、強度」、クレーが捉えようとした可視的素材が可視的にする不可視の力、あるいはミレーが描こうとしたジャガイモ袋の正確な重量である。すなわち、それは現前するものの現前することそのもの、現前する空間の現前する運動そのものと言えないだろうか。そのような力あるいは運動としての空間の現前は、現前している空間に潜在している。そうした潜在する力が質料をとおして顕在化しうることをドゥルーズ+ガタリは指摘しているのである。したがって、宇宙とはこのような潜在的な( virtuel )空間*15、より正確には空間化する潜在的な力と理解できるだろう。


5 まとめ

 ボルノウを介して、ドゥルーズ+ガタリのリトゥルネルの3つの局面、「環境」、「領土」、「宇宙」を〈体験されている空間〉の諸相として読み直してみた。その結果、環境は志向的空間とほぼ同義であり、領土は家とほぼ同義であることが明らかになった。しかし、宇宙と周囲空間については、それらが囲まれた内部に対する外なる空間であるものの、大きく異なる概念であることがわかった。ボルノウの周囲空間は内部化された外部であり、ドゥルーズ+ガタリの宇宙は外部化された内部なのである。

 考察の最後に、ボルノウの内部化された外部を想像的空間、ドゥルーズ+ガタリの外部化された内部を潜在的空間として捉えることを提案した。しかし、想像的、潜在的という概念についてはまったく吟味することができなかった。それは今後の課題としなければならない。

 また一方で、外部が内部化することと内部が外部化すること、それらがどのような形態で現象するのか、またそれらがどのような効果を及ぼすのか、そのことは歴史のなかの個別の事例をとおして明らかにされなければならないだろう。そうした作業はいずれドゥルーズ+ガタリの理論の再検討を迫ることにもなろう。


引用文献

引用および参照箇所は,本文中に略記号,原宿頁数,邦訳頁数を順に示す。

  • Deleuse,G.+ Guattari,F., 1837-De la ritournelle, in Mille Plateaux :Capitalism e et schizophrénie, Les Editions de Minuit,1980 (宇野邦―他訳「1837年−リトゥルネルについて」,『千のプラトー』河出官房新社,1994年所収)[DG]
  • Bollnow,O.F., Mensch und Raum, Kohlhaminei, 1963[8.Aufl.1997](大塚恵一他訳『人間と空間』せりか書房,1988年)[B]

*1東浩紀存在論的、郵便的ジャック・デリダについて』新潮社、1998年、238-239頁。

*2:本稿での「空間」という語はかなり広い意味で使用されている。より的確には「場」、「場所」、あるいは「世界」と標示すべき箇所も多くある。しかし、ここでは議論を厳密化することよりも、〈体験されている空間〉の諸相を包括的に捉えることに主眼をおくため、語義に幅をもたせることにした。

*3上田閑照『場所──二重世界内存在──』弘文堂、1992年、111頁。またボルノウの空間論については、同書、「第四章住む一安住と不住」を参照した。

*4:「住む空間」という述語は上田閑照による(上田、前掲書、110頁)。

*5:よく知られているように、フッサールは意識をそれが「つねになにものかについての意識である」と定式化し、そうした意識の特性を「志向性」と述語化した。また、感情なども含め、なにかについての意識を「志向的体験」として分析した。しかしのちにフッサールは、志向性を意識の静的な特性として規定することをやめ、意識の作用と対象の相関における動的な意味構成として超越論的に捉えるようになる。

*6ハイデガー存在と時間(上)』岩波文庫、第1編、第3章、第23節「世界・内・存在の空間性」。

*7:壁の庇護性については、ボルノウ『実存主義克服の問題新しい庇護性』(須田秀幸訳、未来社1969年)、第2部第3章「家の意味」に詳しい。

*8:最小の住む空間ないし自己固有空間は「身体」である。身体はその感覚器官をとおして外的空間を受けとる器あるいは道具として機能している。しかし、身体は空間を知覚し受容する道具であるばかりでなく、それ自体が空間であり、住む空間の原形式であることを見逃してはならない。身体が住む空間の原形式であるということは、身体が主体に属する自分自身の空間であり、一方で「自己をとりまく空間の一部」( B287/271 )または「体験されている客体の側」( B287/271 )である、という両義性に由来している。 ……身体はそれが生き生きと使われているときは、「つねにすでにわが物」( B290/274 )である。しかし、自分自身の空間であるといっても、意のままに処理することができる所有物のように所有されているのではない。身体は所有物よりも自己により近く存在しているからである。 ……しかし、自己はすなわち身体であるともいえない。なぜなら、身体は自己に対して外的でもあり、体験される空間でもあるからである。身体はそれ自身、空間的広がりをもっており、それによってより広い周囲の空間のなかにはめ込まれている。身体は「1つの空間形生物としてもはや純粋な主観ではなく、かといって純粋な客体でもなく、むしろ独特に、どちらともきめられないものである」( B288/272 )。そうした所有のあり方を、メルロ=ポンティは「受肉」と表現しているのである。

*9:「周囲空間( Umraum )」という用語は、『人間と空間』のなかではほとんどみられず、むしろ『実存主義克服の問題』217頁などにあらわれている。上田閑照はこの語を「住む空間」の3つ目の領域の名称に当てている。

*10:der freie Raum を「空なる空間」として解釈するのは上田閑照による(上田、前掲書、116頁〜)。

*11:ボルノウはこれを「媒体としての空間( der Raum als Medium )」と呼んでいる。媒体としての空間は、人間がそれを能動的に構成するのではなく、そこに投げ出されているところの空間である。空間に対するそうした人間の存在のあり方をハイデガーは「被投性( Geworfenheit )」と述語化している。サルトルなどの実存主義哲学はこれを継承し、人間が投げ出されてある空間を未知で敵意のある無気味な媒体と規定し、人間は空間のなかに「無意味に、余分なものとして存在」( B275/261 )し、「故郷喪失」の状態におかれている、と考える。しかし、ボルノウはこうした主張に異を唱え、実存主義的空間を派生的でのり越えられるべきものと位置づけている。被投性は人間の空間性の一面ではあるが、ニヒリズムへと通じてしまうのなら、実存主義哲学の主張は克服されなければならない、というのである。

*12:ボルノウは、周囲空間が住む空間となる可能性をミンコフスキーの「反響」の概念に求めている( B303f./285f. )。われわれはしばしば、壁に囲まれた空間が反射する音によって空間全体を音響で満たし、1つの全体となってあらわれることを体験する。ミンコフスキーによれば、囲壁のない無限の空間もこれと同じように、空間自体が人間の意識を反射し、1つの反響する全体を形成し、人間と空間は結合し融合する、というのである。ボルノウはこのような主張を手がかりに、周囲空間が住む空間となりうることを論証しようとしている。

*13ドゥルーズ+ガタリは領土の所有者である主体についてはあえてそれを背景に追いやって議論を進めているが、われわれは便宜上、領土の所有者を以下このように呼ぶことにしたい。

*14:「共立性」とは、異質な諸要素が共に成立していることである。邦訳書では「存立性」と翻訳されている。

*15:「潜在的なもの( le virtuel )」はドゥルーズの鍵概念のひとつである。



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