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2013-07-22

瞬間と現象 和田康

 前章までの記述によって、バタイユの恍惚の「瞬間」の経験がもつ時間論的な意味はかなりの程度まで明確化されたと思われる。本章では、これまでとはいくらか異なる角度から、この問題に光を当ててみよう。


1 バタイユ現象学

 私たちはここまで、主としてヘーゲルコジェーヴ的な時間論との対比において「瞬間」の経験を論じてきた。じっさい、これまでにも再三確認してきたように、「無神学大全」その他の著作でのバタイユが正面の敵として見定めていたのは、何よりもまずこの思想であったと思われる。しかし「瞬間」の経験にもとづくバタイユの思想は、単なる「ヘーゲル主義批判」という以上の思想的な射程をもちうるのではないだろうかいたとえば、ジャック・デリダは、その卓抜なバタイユ論の中で、「内的経験」を次のように注釈している。

 精神現象学に対してと同時に、この侵犯行為は現象学一般を超脱する、そのもっとも現代的な展開における現象学一般をも超脱するのである。(ED394)

 この発言を信じるならば、バタイユの経験は、ドイツ哲学者フッサールを始祖とする、現代のもっとも重要な哲学的潮流のひとつとも言うべき「現象学」の問題設定を揺るがすに足りるだけの思想的インパクトをもっていることになる。しかしデリダは、すくなくともこの論文の中では、バタイユ思想と現象学との関わりについて、これ以上にくわしく解説を加えているわけではない。ここでは、この言葉を出発点としつつ、バタイユ的「瞬間」経験とフッサールによる現象学──とりわけ、その時間論的記述──とを照合することで、これまでの議論をより広い思想的視野の中に位置づけることを試みたい*1

 とはいえ、バタイユの思想とフッサール現象学の議論を突き合わせる、というような営為は、どこまで正当化されうるのであろうか。たとえばフッサールハイデガーの思想に決定的な影響を受け、それらと対決しつつ自らの哲学を練り上げたサルトルメルロー・ポンティ、あるいはレヴィナスに関しては、彼らの思想を理解する上でドイツ現象学との関係を考慮することはごく自然であるばかりか、必須条件とさえ言えるだろう。しかしバタイユについて言うならば、その著作のいくつかの箇所*2から、彼がこの哲学的潮流に並々ならぬ関心を寄せていたことはうかがえるものの、彼がフッサールハイデガーのテクストを本腰を入れて研究した形跡は認めることができない。ドイツ現象学に関するこの作家の言及の多くは断片的であり、またその知識は、必ずしも十分に専門的なものとは思われないのである*3

 しかしながら、たとえフッサール現象学に関するバタイユの知識が通り一遍のものにすぎなかったにせよ、両者の思想を突き合わせることは必ずしも不自然ではないと思われる。後述するように、フッサールにとって「時間」は終生にわたってきわめて重要な問題であり、彼は超越論的な意識作用との関わりという見地からこれを徹底して考え抜いたが、これまでに見てきたように、バタイユもまた彼なりの仕方において、恍惚の「瞬間」と意識作用の関わりを厳密に考察している。両者は、全く異なった角度からではあるにせよ、すくなくとも意識主体の構造と「時間経験|の関わりという問題を根本的に解明しようとした点では共通していると考えられる。したがって、バタイユ自身がどの程度まで自覚していたかはべつにしても、彼における時間論は、「超越論的な意識の学」としての現象学と問題設定を共有し、かつこれに対する異議申立てとしての意味をもつものでもあったのではあるまいか。以下、こうした論点が必ずしも私たちの独断にとどまるものではないことを示してみたいが、ここではまず、バタイユの草稿から、彼がフッサールに言及した数少ない例のひとりである、次の箇所を読んでみよう。

 (…)何人も同じ瞬間に≪ au même instant ≫意識をもちながら、私が語る経験をもつことはできない。私の経験は、本質的に意識の否定の経験であり、そこで意識は無効化され、対象を奪われる。すべての現代の哲学は、意識はつねに何ものかについての意識≪ consciencedequelque chose ≫であると主張して、この考えに人々を慣らしてきた。フッサールは、この経験が志向的≪intentionnelle≫であると主張する。つまり、このことは意識が企てである、ということに帰着する。私が意識するこの事物は、それが可能な企て≪ projet possible ≫の告知である、その限りにおいてのみ意識されるのである。( ? 583 )

 ここでのバタイユは、彼の言う恍惚の経験と、フッサールにおける志向的意識の経験との両立不可能性を示唆している。現象学における志向的意識が関わる事物は、「可能な企ての告知」である限りにおいて、つねに目的論的に構造化されている。これに対し、「意識の否定」である瞬間は、こうした構造全体の無効化と見なしうるものである。ここでのバタイユは、とくにフッサールの時間論に言及しているわけではなく、彼がそれを明確に意識していたかどうかさえ不明である。だが、コジェーヴサルトルにおいて、「企て」がつねにそれ固有の時間性と結合していたことを考慮するならば、バタイユが意識していたか否かに関わらず、こうした論点はフッサール的な「時間意識の現象学」の批判へと結びつくものなのではないだろうか。さきの問いを念頭に置いた上で、次により詳細な分析を試みてみよう。もっとも、周知のようにフッサールはその生涯にわたって自己の哲学的立場に変更を加え続けた哲学者であり、その時間論もまた時代とともに刻々と変化している。ここではまず、初期フッサールによる時間論の検討からはじめよう。


2 フッサールの初期時間論

 現象学研究者の斎藤慶典氏*4によれば、フッサールの初期時間論は時期的にかなりの長期にわたって書きつがれた研究草稿に見られるものであり、大きく言って4つの段階に分けられる。これをごく簡単に見ておこう。第1段階は、最初期の著作『算術の哲学』での、「数」概念が成立するための前提となるものとしての時間」をとらえたものであり、経験心理学的なアプローチが試みられたが、これはただちにフッサール自身によって疑問に付されるところとなった。第2段階は、1905年の著名な「時間講義」(邦題では「内的時間意識の現象学」)に関わるものであり、ここでは、客観的・対象的な時間を経験ないし体験に与えられたがままの相において記述することが試みられる。また、ここでは時間体験における知覚対象と知覚作用が区別され、時間の経過におけるこの知覚対象の同一性に関する問いが浮上する。第3段階では、これに加えて、さらに時間的知覚対象を構成する意識作用(知覚作用)それ自体の時間的構成はどのようになされるのか、という問いが提出される。最後の第4段階では、それまでのフッサールの議論を支配していた「統握作用−統握内容」という図式が放棄され、いかなる時間規定にも「先行」し、あらゆる時闘規定を構成しつつ、しかも自らは非時間的な性格をもつとされる「絶対的意識(流)」をめぐる問題が深化され、これは彼の後期時間論においてさらなる展開を見ることになる。

 実のところ、ここにはさまざまな難しい問題が含まれているが、ここでは極度に専門的な問題に立ちいることは避け、本書の議論に必要な範囲内で、この時期のフッサールによる時間論の基本的図式を再構成してみよう。

 フッサールがここで問題にしているのは、この世界や宇宙をつらぬくとされる、いわゆる客観的・物理的・数学的時間ではない。現象学者は、これらの通俗的時間表象をいったん括弧にくくった上で、私たちの意識に対して現象・体験されるがままの時間を記述するための、「還元」の操作をおこなうのである。このようにして得られる時間体験が「内的時間」と呼ばれるものであり、その現象野における現在は、物理学的時間像における時間軸上の1点の連続的移行ではない。現在は、それ自体がすでに、ある一定の「幅」や「広がり」をそなえているのであり、過去および未来という地平にとりかこまれ、絶え間なく漸進的にそれらへと接続していく。フッサールによれば、現在とは〈把持・原印象・予持〉として内的に分節されるところの持続的な統一体であるが、これを通常言うところの過去・現在・未来と混同してはならない。これらは抽象的・理論的にしか分離されえない形で*5、いわば三位一体構造*6をなしており、全体として通常の意味における「今」の位相を構成するものである。

 まず、ここでの「原印象」*7≪ Urimpresssion ≫について言うならば、これは一切の時間意識の発生の中核となる源泉的位相であり、知覚対象が決定的な仕方で生起する1点である。クラウス・へルトによれば、これは「感性的知覚そのものの中での際立った契機」としての「本来的な現在的所持の位相」であり、〈原事実〉としての「根源的現前呈示」≪ Urprasentation ≫である*8。しかしこの原印象は、生起するや流れ去り、新たな原印象の生起とともに「なお現在的に所持していること」としての把持≪ Retention ≫*9ただちに取って代わられる。把持は「第1次記憶」とも呼ばれるが、これはあくまで意識が「今−しがた」を非主題的に把握・保持しているという事態であり*10、通常言うところの想起や再現とは明確に区別される。またこの把持それ自体も次々と新規のそれに取って代わられ、「把持の把持」へ、さらには「把持の把持の把持」へと間断なく移行する。こうして、原印象を起点とする「彗星の尾のような」連続的移行が生じ、最初の印象は次第に過去へと沈下してゆく*11。他方では、原印象は「今−まさに」到来しつつあるものを待ちうけることとしての予持≪ Protention ≫へと結合してもいる。つまり、内的時間意識は、いつもすでに原印象の生起を非主題的に先取りしているのであり、その向こう側には、本来的な意味での「未来」の地平がひろがっている。こうして、「今」それ自体の内部において、絶えざる流入と転化の過程が繰り返されているのであり、時間意識はすでに知覚されたものを保持し、流れ去るにまかせつつ、たえず新たな現在的知覚へと向かっている。また、「過去」と「未来」について言うならば、これらは現在とは明確に区別された想起・予期の対象であり、知覚の基本場面である「現在化」の系列の変容された意識としての「準現在化」の系列をなす*12。ここには想像や空想も含まれるが、これらはいずれも対象化的・主題的である点で、さきの現在化の諸契機(原印象・把持・予持)とは大きく異なっている。

 現象学にとっては、一切の経験・体験はこのような現在において、「その絶対的な流れの中で」構成される。つまり、現在−化こそが「超越論的な生の歴史一般の中での発生的な根源形式である」*13この〈原的時間構成〉の働きによって、志向的意識活動一般が発動する、というばかりではない。「同一的で個体的な感覚的事物の経験の根源的状況が、現在化なのである。(…)現在化によってはじめて、知覚対象は知覚対象〔=個体性と同一性をもったもの〕として志向的に把握可能となる」*14。したがって、意識が志向すべきいかなる対象物の存在も、時間化なくして可能ではない。じっさい、フッサールは「時間講義」への補遺(1905−10年)の中で、次のように述べている。

 視向されうる体験≪ Erlebnis ≫はすべて〈持続し、流れゆき、そしてしかじかに変化しつつあるもの〉であることを示している。(・‥)この現在する、今の、持続する体験は、(…)すでに〈内的意識の統一〉であり、時間意識の統一である。(…)われわれが体験と呼んでいるもの、われわれが判断、よろこび、外部知覚などの作用と呼び、また何らかの作用(すなわち措定的思念)を注視する作用と呼んでいるもの──これらすべては時間意識の統一体であり、したがって知覚されたもの≪ Wahrgenommenheiten ≫である*15

 したがって、あらかじめどこか無時間的な位相で知覚や経験の対象が生じ、しかるのちにそれらが時間の中に挿入されるのではない。現象学観点から言えば、いかなる場合でも、対象物はすでに時間構造の中で統一化された現象として志向的意識へと対峙するのであり、時間を抜きにして、いかなる存在者の経験もありえないのである*16デリダによれば、これは彼の現象学にとって「諸原理の原理」ともいうべき決定的重要性をもつ思想であり、すくなくともフッサールの晩年にいたるまで、けっして放棄されえない根本思想であった*17


3 瞬間と現在

 ところで、これまでのフッサール的時間論の諸前提を次のバタイユの一節と突き合わせてみるならば、この両者の間に、必ずしも共迦の問題設定がなかったわけではないことが納得されるであろう。

 諸事物の世界を客観的に位置づけること、つまり主体に対してある意味で超越的であるそれら事物を定置することは、持続≪ durée ≫を基礎としておこなわれる。じっさい、いかなる事物も後に来る時間≪ temps ultérieur ≫を措定するという条件の下でなければ、それを目指して事物が対象として構成される後の時間というものを措定するという条件のもとでなければ、分離された形で位置づけられることもなく、また意味をもつこともありえない。( ? 308-309 )

 もはやあらためて強調するまでもなく、ここで「未来時の優位」として語られているのは人間的・歴史的な時間性のことであるが、対象物ないし存在者が「意識主体に対して超越的な」形で構成・定置されることは、この時間の成立なしに可能ではない。フッサールほど緻密な理論をもたないにしても、バタイユもまた、時間−化こそがそれらの同一性や個別性の、いわば〈超越論的条件〉であることを認めている。このような認識において、バタイユ現象学者による時間論を読んでいたかがかにかかわらず、彼とこの後者の観点は、必ずしもかけ離れたものではない。とはいえ、無論のことバタイユフッサールはすべての点で一致するものではない。対象物の超越論的構成にとっての根源的地平をなすこのような時間性は、バタイユにとって従属的な価値をおびたものであり、彼は、こうした時間性が根底的に失われる「瞬間」の経験をこそ問題としているのだからである。

 実のところ、初期フッサールの時間論においては、このような「瞬間」はけっして問題となりえない。前述のように、現象学的な「現在」は一定の持続の幅と拡がりをそなえたものである限りにおいて、けっして「瞬問」とは一致しえないのである。また、クラウス・へルトおよびレヴィナスも指摘しているように、フッサール現象学においても、「今現在」における把持作用は、まさしく近代的認識態度に特有のものである対象化的把握、すなわち〈掌−握作用〉としての構えをもつものである*18。これをただちにヘーゲル的な概念的把握の運動と同一視することはできないにせよ、これがすくなくとも「瞬間」の〈逃げ去るもの〉としての性格とは本質的に相容れないものであることは確かであろう。なるほど、この時間論において「原印象」は根源的な重要性をもつものであるが、そこで生起した瞬間的知覚は、「今」の内部における極微のズレをともなって定着・保持されない限りは知覚対象を構成しえない。

 さらに、次のことが指摘できる。私たちはさきに、ヘーゲルコジェーヴ的な時間論における「未来」の予見・先取りと、「過去」における保持・蓄積の運動を見てきた。なるほど、フッサール的時間論とこれは見た目上、大きく異なっている。前者においては「未来時の優位」に重点が置かれているが、後者にあっては「現在」の分析に主眼が置かれ、しかもそこでは本来的な未来へとつらなるものである予持は、いわば把持の「裏返し」にすぎない、とされる*19。とはいえ、この両者は、実のところ「過去」と「未来」とを「現在」に再現・表象可能なものとして、回収可能なものとして位置づけている点で、ほとんど変わるところがない、フッサールの言う「予持・原印象・把持」の連続的交替を、未来の先取りと過去の保持という力動的な移行過程の〈雛形〉として考えるならば、末末と過去のいずれに力点を置くかの違いこそあれ、両者の時間論はさほど大きく異なるものではないのではあるまいか。

 またとりわけ、「未来」および「過去」の位置づけという問題に関して、バタイユ現象学の差異は明白であるように思われる まずこの前者について言えば、第?章で検討したように、バタイユにとって根源的重要性をもつ未来は、予見・先取り不可能な「未知のもの」として不意打ち的に到来する〈絶対的未来〉であり、これは「好運」ないし「賭けへの投入」の受動的経験において生きられる、とされた。これに対し、現象学的時間論は、「予持」と連続し、その延長線上にあるものとしてしか「未来」をとらえることがない。したがってそれは、いつも既知性の相貌をまとったものとして位置づけられるほかはないのである*20。たとえば、へルトはこれを次のように記述している。

 未知性、自己能与の未然性、その他これに類するものは、現象学的反省においては、もっぱら経験の不足様態、欠如等々として理解されることができるのみであって、けっして経験の第一次的様態としては理解されえない。したがって、予持が原印象へと移行することは、原則的に言って「充実化」なのである。(…)〈第一次的に予期されたもの〉のもつ可能的未知性とは、充実可能な(…)既知性の変種であることが示される(…)*21

 したがって、ここにあるのは、バタイユ的な──あるいはニーチェ的、レヴィナス的な──〈未来=未知〉の到来とは、明白に異なる運動であると言わなければならない。コジェーヴにとってと同様、現象学的時間論にとっても、未来は基本的に「既知のもの」として「前もって見て取られ・所有・把握されたもの」*22であり、そこには、〈絶対的未来〉の経験は視野におさめられていない。また、「過去」についても、同様の差異が認められる。現象学にとっての「過去」は、把持によってあらかじめ「非主題的につかまれ、見て取られたもの」の延長線上にあるものであり、つねに再現的想起によって意識化・主題化されうるもの、「予持・原印象・把持」の内的分節構造をもつ「時間の庭」にほかならない。ここでの「過去」もまた、記憶による蓄積・保持の相のもとにながめられている。、ここでは、バタイユにとって本来的である過去、すなわち、忘却によって意識の把握を決定的な形でのがれ去る〈絶対的過去〉もまた問題とはなりえない。

 この意味で、バタイユフッサール現象学のうちに[企て]の優位を読み取ったことは、けっして不当ではなかったと思われる。とはいえ、まだ結論を急いではならない。次に、後期フッサール思想に目を向けつつ、やや別の角度から両者の思想の関わりを考えてみよう。


現象学と経験

 次に、フッサールの後期時間論について論じるまえに、これまでの記述において私たちがたびたび無造作に用いてきた「経験」という語−観念について考えてみよう。その主著のひとつに「内的経験」≪ L'experience interieure ≫という題名を与えているバタイユにとって、「経験」という語はけっしてどうでもいいものではなかったはずである。実は、この語は近代哲学の文脈で一定の歴史をもっており、フッサール現象学にあっても、重要な鍵概念として用いられている*23。ここで、この両者においてこの語にどれほど異なった意味がこめられているかを明確化しておくことが、今後の議論にとってきわめて有益であると思われる。実は、この点について考える上で、ぜひとも参照しておきたい見解がある。次に示すのは、さきのデリダとならんでバタイユの最良の理解者の1人である思想家ミシェル・フーコーのある対談における発言であるが、彼はそこで、現象学バタイユにおける「経験」概念の差異について、以下のようにコメントしている。

 現象学者の言う経験は、実のところ、生きられた体験≪ le vécu ≫の何がしかの対象に──変遷しつつある形式における日常的なものに──反省的なまなざしを向け、その意味作用を把握しようとする、ひとつの仕方なのです。ニーチェバタイユブランショにとっては、これとは逆に、経験とは生きえないもの≪ l'invivable ≫に可能な限り近い、生のある種の点にまで到達すべく試みることなのです。必要とされるのは、強度の極限≪ le maximum d'intensite ≫と、同時に不可能性の極限です。逆に、現象学的作業の主眼は、日常的経験に結びついた諸可能性の全域を開陳することにあります。

 加えて、現象学は日常的な経験の意味作用をとらえ直すことによって、私かそれであるところの主体が、その超越論的機能において、まさしくこの経験と意味作用の創始者≪ fondateur ≫であるのはいかなる点においてであるのか、を再発見しようとします。これに反して、ニーチェバタイユブランショにおける経験は、主体を彼自身から引きはがし、主体がもはや彼自身ではなく、自らの無化と解消に導かれるようにする機能を担っています。これは脱−主体化≪ dé-subjectivation ≫の企てなのです*24

 このきわめて明快な整理によれば、現象学における「経験」と、ニーチエ・バタイユブランショらのそれは、全く異なるものである。すなわち、この前者が日常的経験における「生ける意識」の諸可能性に、すなわちその超越論的機能や意味作用に定位するものであるのに対し、後行はi主体をそれ自身の〈外部〉に連れ出し、その根本的な無根拠性や自らの諸機能の不可能性としての死に直面させる〈限界−経験〉*25である。

 以下、フーコーの図式的議論を補足しつつ、両者の「経験」概念の差異を検討してみよう。

 まず、現象学における「経験」の観念について、フッサールの著作「経験と判断」(1939年*26 )の記述に依拠しつつ、ごく簡単にふれておこう。ここでは、ある対象や事態についての客観的判断や観想的認識に先立って普遍的・受動的に与えられる「世界」としての「経験野」に、第一義的な重要性が与えられている。これはいわば超越論的な〈意識の生〉の基底的領域であり、発生的現象学は、その存立構造の解明を第一義的な課題とする。それは厳密な意味での対象物=存在者が構成され、論理的判断が成立する「述定的」な段階以前の領域であり、観念的抽象化以前の領域ないし根本構造である。こうした基盤は私たちの日常的世界において、「いつもすでに」生きられており、これによる支えなくして、いかなる高度な知的認識──たとえば近代的科学者のそれ──もけっして可能ではない。にもかかわらず、数学的・物理学的な世界観はこうした基盤を不当に隠蔽し忘却してしまうのであり、現象学はこの傾向に自覚的に対抗しようとする。さきのフーコーが「現象学的作業の主眼は日常的経験に結びついた諸可能性の全域を開陳することにある」と述べたのは、こうした事情に関わっている。こうして、現象学者にとっては、「経験世界への帰還は「生活世界」への帰還、すなわち、その中にわれわれがすでに生活している世界、そして一切の認識行為や一切の学問的規定の基盤をなす世界への帰還である」*27とされる。

 こうして見るとき、さきのフーコーの要約はなるほど適切ではあるが、現象学バタイユ思想のいずれにおいても重視される「経験」の観念には、さらにふたつの共通点が見出されるように思われる。つまり、すくなくとも「経験と判断」について言えば、そこでの「経験」は、バタイユのそれと同様に、(1)意識主体に対して受動的に与えられるものであり、(2)対象化把握、観想的ないし言語的な判断といった範躊には還元されえず、この意味で、狭義の主知主義に対しては敵対的な方向づけをもつものであると思われる。

 しかし、おそらくこの共通性は、やはり外見上のそれをこえるものではない。その理由を以下に検討しよう。


5 受容性と受苦

 まず、現象学的な受動性の様態について考えてみよう。

 「経験と判断」における受動性は、「受容性」──所与ないし基体としての対象が、前もって意識に与えられること──として定義される。現象学的意味での経験とは、判断活動以前、反省以前の「自我」と「世界」との出会いの場(地平)であり、日常的な次元での、知覚という原初的な意味の構成の位相である*28現象学の立場から言うならば、認識活動は、端的に無から自らの対象を創造するのではない。それは対象物=存在者が世界地平においてあらかじめ受動的に与えられ、意識的自我との親和的な形式のもとに置かれることを前提として、はじめて機能できるのである。これが、自我による能動的対象化や概念的把握に先行する、受容性の地平と呼ばれるものである。ただし、この「先行性」が時間的なそれではなく、発生論的意味におけるそれである点に注意しなければならない、それは、まさしく受動的な位相であるとはいえ、感性的所与を最低限「統一されたもの」として受容し、それとして知覚する点で、すでにして意織の能動性と構成の契機を含んでもいる。それは狭義の対象化や判断といった意識的活動に先行するとはいえ、それらとけっして対立・矛盾するものではなく、むしろ両者はたがいに協同的・親和的・相補的に作用する。「受容性という現象学に必須の概念は、とくに自我極に発する一切の行為を含む自我能動性と排他的に対立するのではけっしてない、むしろ受容性は能動性の最低次段階とみなさるべきである」*29。つまり、意味を構成する統一化作用は、いつもすでに原初的な感性的受容の位相において始まっているのであり、この受容の動きは意識活動による対象化把握を可能にする条件として機能し、かつそれをうながしさえする*30。したがって、この受動性の位相は、意識的自我能動性の最低次段階と見なしてもよい*31。こうした知覚における「直観の統一化」という基盤をもつことで、はじめて〈コギト〉は統一化された自己として成立することができる。ここにあるのは、反省以前であるとは言っても、原理的に現前性=現在の光によって照明可能な「経験」であり、意識的自我のもろもろの可能性の開けなのである。ところが、バタイユの言う恍惚の経験における受動性は、これと明白に異なる性格をもっている。これまでにも再三確認してきたように、「受苦」ないし「刑苦」として生きられるこの〈限界−経験〉において、ひとは一時的な死にも匹敵する苦痛・麻痺や失神の経験を生きている。そこでは意識的自我は一切の可能性と能動性を剥奪され、言語活動や行動の自由を根本的に喪失してしまう。おそらく、この受動性=受苦の経験にあっては、これを経験する意識的自我の内的統一は深く侵害され擾乱されており、その自己同一性そのものが解体の危機にさらされていると考えられる。バタイユの記述を参照してみよう。

 (…)苦しみは、奥深い仕方で死に結びついている。(…)苦痛≪ douleur ≫は、おそらく自我の静態的な統一とは相容れない感覚≪ une sensation incompatible avec l’unite tranquille du mot ≫にほかならない。(…)苦痛が、必然的に死の脅威である、というわけではない。それは、自我がその時点まで生きのびることのできないであろう、ありうべき諸活動の存在を暴露する。苦痛は、真の脅威を導入しないにしても、死を喚起するのである。

 (…)じっさい、苦しみにおいて理性はその脆弱さを露呈するのであり、そのために理性は支配すること≪ dominer ≫ができなくなる。苦痛が達する強烈さの度合は、理性の重みのなさを示すものである。(…)(V87)

 ここでもまた、バタイユにとって苦しみは、「死」という〈絶対的未来〉に由来する「脅威」である。自我の統一性に与える動揺によって、苦しみは、意識がそうするのとは別の仕方でこの未来を[先取り]するのである(したがって、すぐ後で述べるように、この問題もまた時間の問題に深く関わっている)。ところで、これと現象学的な問題設定との関わりを理解する上では、実のところ、レヴィナスによる次の記述にまさるものはないように思われる。

 その「意識−に−反して」≪ malgré-la-conscience ≫において、その苦痛において、苦しみは受動性である。ここではもはや、「意識を獲得すること」は、厳密に言えば獲得するのではない。それはもはや意識を能動的に行使することではなく、その逆境において、何かをこうむること≪ subir ≫である。(…)苦しみの受動性は、私たちの諸感覚の受容性≪ réceptivité ≫──それはすでにして迎え入れる能動性であり、その当初から知覚と化している──よりも、より深く受動的である。苦しみは(…)試練≪ épreuve ≫であり、経験よりも受動的≪ plus passive que I'expérience ≫である。 ( EN 101 )

 この明晰な記述に、解説は不要であろう。この1節は、バタイユ的な経験について論じたものではないとはいえ、これと現象学的経験との根本的差異をよく理解させてくれる。この発言を信ずるならば、苦しみの受動性は、現象学的な受容性のそれとは根底的に異なるものである。この前者においては、現象学的な「世界経験」の地平におけるような受動性と能動性の幸福な一致や、知覚における感性的所与と原初的意識との相補的な共同作業があるのではなく、むしろ受動性=受苦による意識の能動性のラディカルな侵害があり、自我の統一性の擾乱がある。対象として把握可能なものの受容や、それによる意識活動への触発があるのではなく、むしろ対象化把握を不可能にする「未知のもの」の絶え間ない切迫があり、意識の現前性の剥奪の経験がある。それはいわば、「受動的=能動的」な統一体として構造化される自己と世界との親和性そのものを侵害し破綻させる経験であり、現象学が言う「経験」の存立構造そのものを破綻させ、不可能にさえする〈(非)経験〉である*32 )。意識が、所与としての苦痛を受容し、それを知的な「光」観照するのではない。逆に、「夜」ないし「未知のものの切迫」としての苦痛が意識をおびやかし、その支配を根底的に揺り動かすである*33。苦痛は、ついには意識による受容の限度をこえるまでに強烈なものへと高まるのであり、これを自らの「経験」として把捉することさえできなくなってしまう。この意味において苦しみの経験は、究極的には、自己の経験としてはけっして生きえない──あるいは非人称的な形でのみ生きられる──ところの、「経験よりも受動的な経験」にほかならない。ところで、このことと「時間」の問題はどう関わるのであろうか。


6 時間と自我

 私たちは本章の最初の部分で、すでに初期フッサールの時間論において、時間−化が同一的・個別的な対象物がそれとして構成・定置されるための〈超越論的条件〉として位置づけられていたことを見てきたが、『経験と判断』においても、この見解は基本的に堅持されている。フッサールは『純粋理性批判』のカントの論を自覚的に継承しつつ、いかなる対象物の知覚も、「第一の根本形式であり、一切の形式の形式である」*34ところの時間の中に主体が身を置くことなしに成立しない、とするのである。この著作の中でフッサールは、たとえば次のように述べている。

 (…)時間は世界の実在的契機であって、さまざまの時間のうちに、切り離された位置に存在する個々の対象は、その時間位置に持続的に存在することによって、つまり、その時間の幅のうちに横たわることによってのみ、対象たりうるのだ。(…)個々の対象にあっては、時間位置そのものがまさに対象に帰属し、対象は時間的持続の一瞬一瞬を満たすものとして構成される。(個別対象を根源的に与える)経験意識は、体験の流れの中で自己展開しつつ流れていく意識であるばかりでなく、〜についての意識としての自己を統合していくものである*35

 引用の前半部分は、私たちがすでに初期フッサールにおいて確認した立場と変わるところはない。むしろ、この引用部分の末尾に注目してほしい。ここでは、時間の問題は、志向的な〈コギト〉それ自体の成立という事態とも深く関わっている、という点が示されている。一切の経験の根本形式である時間にあって、対象物は時間的延長をもつものとして知覚されるが、実はそうした知覚・構成をおこなっている志向的意識自我それ自体もまた、一定の時間的延長をもっている。この点は、さきの「体験の流れの中で自己展開しつつ流れていく意識」という言い方に集約的に示されている。つまり、対象物と同様、この自我もまた、どこか無時間的な位相であらかじめ構成され、後から時間の流れの中に挿入されるのではない。そうではなく、「〔世界的対象を〕現在化している生き生きした現在における自我は、いつも自己現在化をも遂行している」*36のであり、自分自身のうちに隔たりを創出しつつ、しかも反省によってこれを乗り越え、架橋してもいるのである*37。こうした「立ちどまりつつ−流れる」意識的自我のあり方は、さきに見てきた「現在」の一定の幅と拡がりをもったあり方、その「予持・原印象・把持」の三位一体構造とけっして切り離すことができない。この点について、へルトが引用しているフッサール自身の発言を引いておこう。

 われわれはこの超越論的な生そのもの、つまりこの超越論的自我を考察するとき、あるいは、私が、私を──私のすべての先行判断や私に対して──存在するすべてのものに先んじて、定立されるべきであるようなものとしての私を──それらの存在意味に対するまさに根源的制約として考察するとき、その時私は私を流れつつある現在として見出す*38

 そもそも、「私」が自己同一的な存在である、とはいかなる事態だろうか。これは、「私」がその時間的生のあらゆる変化を通じて、なお自己と合一しうることでなくて何であろう。その生涯を通じ、私は、そのつどの「今」において異なる対象に関わり、多様な経験を生きている にもかかわらず、これら複数の今はばらばらに散乱し、たがいに疎地なままにとどまるのではなく、たえず意識の中で取り集められ、連合させられている。だからこそ、私はその全体を〈私の経験〉として一括し、綜合することができるのである。まさにこの時間的統一化の運動こそが、私の「自己同一性」を構成しているのである。つまるところ、自我とは「時間化以外の何ものでもない」*39のであり。「私」と「流れつつある現在」とは別のものではない。それゆえ、フッサールは言う。

 すべての〈経験されたもの〉の複数性は、生き生きした現在の時間化された様態としての〈そのつど性−における−立ちどまり性〉によって、ひとつの経験連関という内含的統一へと取り集められており、またつねにこの統一において保持されている*40

 こうして一切の私の経験は、「立ちどまりつつ流れる現在」において与えられる。つまり、経験の根源的形式である「今」は、つねに「今」という形式において不動のままで存続しつつも、その内容においては、たえず刻々と変容している。そして複数の「今」は、相互に異なり、隔たったものでありつつ、なお現在時の意識において取り集められ、関連づけられることができるのである。現象学的には、私の自我の自己同一性とは、まさしくこのように「分離されていること−のうちで−ひとつになって−いること≪ Eins-sein-im-Getrenntsein ≫」として、時間的統一化の運動として記述されるべきものにほかならない。


7 主体なき受苦

 ところで、以上のような現象学的時間論をふまえた上で、今一度バタイユ的な「受苦」の経験における時間について考察してみよう。まず今一度想起しておきたいのは、すでに引用したように、バタイユが「苦痛は、おそらく〈自我〉の静態的な統一とは相容れない感覚にほかならない」( V87 )と述べている点である。おそらく、彼における恍惚=脱自の経験は、自我の統一性を解体するばかりでなく、「同時に」その時間−化としての統一構造そのものを破綻させているものと思われる。ここで、すでに第?章でも引用したブランショによる断章を、今一度参照しておきたい。これはバタイユの「内的経験」について語られたものではないが、その時間論的意味を考える上で、きわめて示唆的であると思われるからである。

(…)苦しみは苦しみである──ひとがもはやそれを苦しむことができず、このことゆえに、この非−能力において、それを苦しむことをやめないときに。特異な状況である。(…)そこでは現在には終わりがなく、無尽蔵の空虚な無限によって他の一切の現在から切り離されている。これは苦しみの果てしなさ〔無限性〕そのものであり、こうして一切の未来を欠いた無限である。終わりがないが、にもかかわらず現在としては不可能な現在である。苦しみの現在は、現在の深淵である。それは無限定の形で窪みをうがたれ、かつこの窪みにおいて無限定にふくれあがっているのであり、ひとがそこで現前性の支配≪ la maitrise de la présence ≫によって現前することの可能性の根本的な外部にあるものである。( EI63 )

 苦しみの時間にあっては、「現前性の支配」が失われるのであり、この「出来事も企ても可能性もない時間、不安定な永続性」(同上)にあっては、もはや、現象学的意味合いにおける「現在」は成立しない。バタイユ的な恍惚の「経験」においては、苦しみは意識がこれを受容しうる限度をこえて高まり、「受動的綜合」による知覚すらも成立しない、徹底した受動性の位相を開く。そこでは、もはや現在−化としての「原的時間構成」の運動それ自体が無効化していると思われる。この位相においては、意識主体にとって時問が失われている、と言うだけでは十分ではない。通常の意識・知覚の経験の「根本的形式」である時間構造の崩壊とともに、自らのうちに「距離を創出しつつ架橋する」意識主体の構造そのものが破綻したのであり、〈自我〉はその能動性と支配力をことごとく奪われ、自らの統一性を粉砕されて死に瀕し、ついには消滅してしまう。ここでは、複数の「今」は、──それらがいまだ成立しうるとしても──たがいに連合され、関係づけられることはなく、「無尽蔵の空虚な無限」によって隔てられ、予見不可能な「未来」あるいは想起不可能な「過去」へと向けて走り去り、決定的な形で散逸してしまう。前述の、語の強い意味におけるくアナクロニズム〉の位相である*41。常識に反する言い方ではあるが、受苦の「経験」においては、ついには苦しみを生きる〈私=自我〉すらもが失われ、非人称的・匿名的な苦しみが「ある」ばかりとなる。なぜなら、もはやこの私は、苦しみを自分固有の経験として引き受け、それを自らへと現前的に関係づけることさえできないからである。今一度、ブランショの言葉を引用しよう。

 私という自我≪ moi ≫が経験の主体であったことは、けっしてない。〈私〉はけっして経験に到達しない(…)。私たちはこれをひとつの経験についてであるかのように語るのであるが、にもかかわらず、これをけっして経験したということができないのである。ある生きられた出来事≪ un événement vécu ≫ではない経験であり、ましてや、私たち自身のある状態ではない。せいぜい言えるのはそれが限界−経験である、ということである。 (…)〔すなわち、〕非−経験の経験である。

( EI311 )

 受勁性。私たちは、それをもっぱら転倒する言語によって喚起しうるのみである。かつて私は、苦しみへと訴えた。すなわち、私か苦しむことのできない苦しみ、この非−能力において、支配≪ maitrise ≫からも、一人称の主体としての身分からも排除された私の自我、役割を罷免され、位置を奪われ、傷つけられさえしたこの自我が、何かをこうむる能力をもつ自我≪ moi capable de subir ≫として失われてしまうこともあるような、そんな苦しみに。苦しみがあり≪ il y a souffrance ≫、苦しみがあるだろうが、もはや苦しんでいる「私」はいない。そして苦しみは現前せず、現在へともたらされることがない。(ましてや生きられはしない)。苦しみには始まりも終わりもないように現在がない、時間は根本的に意味を変えてしまったのだ。現在なき時間であり、自我なき自我である。経験──認識の一形態──がそれを示すとか隠すとか言いうるようなものは、何ものもない(…)。( ED30 )

 最初の引用はブランショバタイユ論から取ったものであり、明確に「内的経験」を念頭においているが、2番目の引用はとくにバタイユへの言及はない。とはいえ、この両者はひとしく、受苦としての〈限界−経験〉を問題にしていると考えていいであろう。「私か苦しむことのできない苦しみ」──一見どれだけ逆説的に見えようとも、これは断じて空虚な言い回しにはとどまらない。「私がこうむる経験」の場合、いまだその内容は意識的自我による受容の限度≪ capacite ≫をこえておらず、私はそれを能動的に引き受け、「自分固有の」経験とすることができる、これに対して、苦しみのそれは、私か現前的にそれと関係できず、私に対してけっして十全に「現象」することのない(非)経験である。受容性の範囲をこえるものである限りにおいて、私かそれを生きることは端的に不町能≪ non capable ≫であるが、にもかかわらず、そこには匿名的な苦しみが「ある」。 したがって、ここで問題になっている受動性は、けっして意識的自我能動性の単なる対項にはとどまらない。それは「いかなる受動性よりも受動的な受動性」(レヴィナス、HAH77 )*42であり、現象学的な「知覚経験」の地平を突きやぶるまでに過剰な〈夜〉の切迫である。バタイユの〈限界−経験〉が、現象学が記述する時間および自我の構造を根本的に問い直すに足る意義をもつものであったとすれば、まさしく、それがこのようにラディカルな意味で「自己−の−外」*43≪ hors-de-soi ≫において生きられるものとして──あるいはむしろ、自己が死に瀕することとして──の、受苦の経験であったからにほかならない。


8 受苦と原−受動

 以上の記述によって、バタイユ的な「瞬間」の経験が、「主体を彼自身から引きはがす(…)脱−主体化の企て)(フーコー)であり、「現象学一般を超脱」(デリダ)さえする、と言われてきたことの意味内容は、ほぽ理解されたものと思われる。 しかし、私たちはここで今一度問わなければならない。バタイユの時間思想とフッサール現象学の時間思想とは終始相容れないものであるにとどまり、ついにいかなる接点をもつこともなかったのか、と。実は、最晩年のフッサールにおける時間論は、この問題を考える上できわめて興味深い特徴を示しているように思われる。ここでもまた、さきの斎藤慶典氏とクラウス・へルトによる研究を手がかりにして、これについて考えてみよう。

 この両者によれば、フッサールは、1920年代から彼の死の4年前である34年ごろにいたるまで、あらためて「時間」という問題に集中的に取り組み、ルーヴァンのフッサール文庫が「C草稿」と名づけたところの研究草稿を残している。これらは、この哲学者の、いわば最終到達点とも言うべき局面を示すものである。

 ここでは、現象学的意味合いにおける「世界」が時間的な仕方で構成されるとはどのような事態なのか、という問題がこれまで以上に深く問われるとともに、「現在化」の機能の中心へと遡行すべく、初期時間論におけるそれよりも「より徹底した」還元が試みられる。つまりここでは「現在野」を構成し、その非主題的な地平をなすものとされる、さきの「予持」と「把持」の地平が括弧に入れられることにより、現在野の中核である「原印象」の根源的機能が問われるにいたっている、この次元は、あらゆる現象の時間化にあずかる最終的な源泉であり、もはやそれ以上はさかのぼりえない絶対的次元であるとされ、その意味で「原源泉」≪ Urquolle ≫とも呼ばれる。だが、ここで現象学者は、ある解決不可能ともいうべきアポリアに直面することになる。これについては、まず斎藤氏の言を借りよう。

 この〔絶対的〕次元は、(…)それ自身はもはやいかなる意味でも「構成される」ものではありえない。(…)あらゆる現象は超越論的主観性という普遍的自我の構成作用によって構成されるものとして構成分析に服することになるのだが、そうした超越論的主観性自身が意識の流れ(諸現象の絶えざる流動)として時間的に構成されたものであるとすれば、そうした時間化の源泉としての〈構成する根源〉は、(…)いかなる意味でも超越論的自我が関与しえない次元に位置していることになる*44

 つまり、超越論的自我は、この自我自身の成立という根源的事態をけっして自らの眼で見届けることができない。なぜなら、すでに見たように、この自我それ自体が時間流とともに「延び拡がる」ものである限りにおいて、その反省作用は、〈現在〉の自分自身を、いつもすでに「構成されたもの」として事後的に見出すことしかないのである。「(…)反省を遂行している原初的現在・原様態的現在──これはフッサールによって「生き生きとした現在」に付せられた別の名である──は、〈今〉として把握された時にはすでに〈たった今〉へと転化してしまっており、(…)それ自身はけっして姿を現わさない」*45。こうして、「意識が自らへとふりむく試み」である反省作用は、それ自体が時間内で営まれる以上、必然的に「原印象」の根源的位相に立ち戻ることができない。「反省は、〈立ちどまりつつ−流れる自我現在〉をその純粋な先−時間性のうちで眼差すことはけっしてない」*46のである。したがって、超越論的自我の構成という根源的出来事そのものは、けっして「現象」として見て取られることはなく、この自我による能作の一切に先立ち、時間化の隠れた根拠をなしつつも、それ自体はいつも時間に先行するものである。その限りにおいて、これは「原受動性」≪ Urpassivitat ≫の次元と呼ばれるのである。

 実のところ、『経験と判断』までのフッサールの議論においては、「いかなる意味でも超越論的自我が関与しない」こうした次元なるものは、ほとんど意味をなさないものであったはずである。なぜならこの自我は、能動的構成の次元は言うにおよばず、受動的先構成においても、すくなくとも「何ものかを受容し、そこに居合わせる」ことで、最低次の形ではあれ、そこに必然的に関与するとされたからである。ところが、この「原受動性」の位相は、いかなる自我も確認せず、関与しないという意味で「絶対的匿名性」≪ absolute Anonymitat ≫のうちにある、とされる。それは、前述のように反省作用によって看取できないがゆえに「先−反省的」であり、一切のものの時間化の源泉でありつつも時間化されたものの一切に先行するがゆえに、「先(非)−時間的」である。この意味でそれは、フッサールがそれについて「生き生きした現在」という言葉を用いているにもかかわらず、斎藤氏も言うように、むしろ「〈瞬間としての今〉に限りなく近いもの」*47なのである。

 フッサールは、時間という問題に関わっての何十年にもおよぶ哲学的探求の果てにこの原受動性の観念に逢着したわけであるが、この観念は現象学に確実な基盤を与えるものであったどころか、むしろこの学の絶対的確実性に対して重大な疑いを突きつけるものであったように思われる。なぜなら、この特異な受動性の次元は、まさしく「現象するものの反省的記述」としての現象学一般の射程を決定的にこえたものであり、この学にとって永遠に到達不可能な位相と言うべきものであったからである。晩年のフッサールは、そうした非−現象性の次元こそが私たちの「経験」や「現象」の隠れた源泉をなしていることを、その目で確認しなければならなかった。

 こうした観点からすれば、実のところ、「「根源現象」という概念は、それ自体矛盾しているように思われる」*48。なぜなら、「根源的現象的現在は、(…)われわれにとってそれが〈現象〉であるというまさにそのことによって、究極的なものとは言えない」*49からである。 したがって、この「究極的な(非)現在」は、現象学的な意味合いにおいては端的に経験不可能な何かであり、語ることも、記述することもできない何かですらあるだろう。おそらく、この謎めいた位相について何ごとかを問うことそれ自体が、きわめて逆説的なことであると言わなければならない*50。それゆえ、斎藤氏は言う。「ここで現象学が、自らの分析の及びえない何ものかに直面していることは間違いない。そしてフッサールの筆がこの地点で途絶していることも確かである」*51。つまり、「原受動性」の観念において、現象学は文字通りそれ自体の〈根本的な限界〉に、確固たる基礎づけの不在という壁に突きあたった、と言うべきなのである。

 ところで、こうした「原受動性」の観念が、バタイユ的な「瞬間」経験における受苦=受動性と、いくつかの面で共通する特徴をそなえていることにお気づきかもしれない。前述のように、この前者の次元はもはやいかなる超越論的自我にも関与しない点で「絶対的匿名性」のそれであるとされるが、受苦の経験もまた、〈私〉がこれを受容し、把握しうる限度をこえているという意味で、「非人称的・匿名的」である。また、いかなる反省的思考も「原受動性」の次元を把握することができないのと同様に、意識的自我は「苦しみ」をけっして対象として把握することがない。そればかりか、逆にこの経験こそが自我を凌駕し、抹殺しさえするのである。

 さらに、かつてのフッサールの著作(『経験と判断』その他)において、超越論的自我は「立ちどまりつつ流れる現在」としての時間的統一化の運動として描き出されていたが、「原受動性」の位相は、こうした統一化以前──繰り返すがこれは発生論的意味における「以前」である──に位置づけられるべき、〈非−時間的位相〉である。──一方、苦痛の時間において生きられるのもまた「現在としては不可能な現在」ないし「現在なき現在、自我なき自我」(ブランショ)であり、そこでは「自分自身のうちに隔たりを創出しつつ、反省によって架橋する」あの時間−化の運動としての自我機能そのものが、全的に破綻・無効化しているのである。

 ここで私たちにとってきわめて示唆的であるのは、これまでにもたびたびその記述を参照してきた斎藤氏が、その著作中で、この「原受動性」の位相を、いわば「全面的な」生成・流出の次元として描き出している点である。いにしえの哲学者ヘラクレイトスが「ひとは二度と同じ流れに足を踏み入れることはできない」と述べた際に、その弟子クラテユロスは、「いや、あなたは一度たりとも同じ流れに足を踏み入れることはできない」と反論したと伝えられるが、氏によれば、フッサールの言う「原受動性」の次元なるものは、こうした「絶対的な流転の次元」として解釈することが可能である。「ここでは、すべてが流れ去ってゆき、かつ、全く何も流れ去らないことと区別がつかない。流れの中に立ちどまるものが何もないからである」*52。つまり、「岸辺」としてとどまる何ものも存在しないとき、「川の流れ」はそれとして意識されることはなく、ひとはそこに「足を踏み入れる」ことすらできない。同様に、「立ちどまりつつ流れる」時間的統一の構造が成立する「以前」の段階において、一切は流動状態にあるが、にもかかわらず、それは静止状態となんら区別されないのである。

 ところで斎藤氏は、レヴィナスの言う「ある」≪ il y a ≫の経験なるものはまさしくこの次元に該当するものであるとした上で、この哲学者の次のような発言を引用している。「光を絶対に排除した状況にも経験という言葉が使えるとすれば、夜こそ〈ある〉の経験だと言うことができるだろう」、「〈ある〉は本質的匿名性≪ anonymat essenliel ≫なのだ」*53私たちはすでに第?章の注の中で〈ある〉とバタイユの「瞬間」の近親性を指摘しておいたが、斎藤氏の言うこのような絶対的流転としての特性は、まさしくバタイユの言う「瞬間」を特徴づけるものでもあるだろう。前述のように、実のところ、「瞬間」は単に極微の時間的持続であるのではない。それはむしろあらゆる時間的尺度の喪失であり、有限−存在に特有の時間性一般からの逸脱にほかならないがゆえに、「無限」ないし「永遠」としての〈非一時間的次元〉が開かれる、特異な受動的経験である。本書第?章で見たように、それは、無化の可能性を自覚しないがゆえにある意味で「不死」であるような、〈動物の非歴史的な生〉へと直結するものである。「水の中の水」としてのこの生こそは、まさしくヘラクレイトス=クラテュロス的な「一度も足を踏み入れることのできない」絶対的生成・流出の様態を言いあらわしたものと見なしうるのではないだろうか。

 もっとも、フッサールにおける「原受動性」の観念と、バタイユ的な〈限界−経験〉における「受動性」とを、あまりに性急に同一視するとすれば危険であろう。というのも、前者は、それ自体として先−時間的ではあるが、一切のものの時間化をうながす〈隠れた源泉〉として思い描かれているにすぎず、その限りにおいて、「世界経験の第一の根本形式」としての時間性の位置づけを否定するものではない。フッサールにとって、「現象するもの」の領域内においては、カントの命題はけっして有効性を失うことはないのである。この晩年の現象学者にとっても、人間の「経験」一般なるもののただなかに「原受動性」の次元が切迫するなどという事態は、おそらく想像をこえたものであっただろう。じっさい、バタイユが言う「瞬間」の経験は、非−時間的位相からの時間化された世界の「開け」をうながすものとしてではなく、逆に、日常的時間のただなかで「知覚」や「意識」の地平構造が突如として突きやぶられ、非−時間的位相が露呈・突出する出来事として描かれている。その意味で、このふたつは必ずしもすべての点で重なるものではない。

 両者におけるこうした差異は、けっして無視することのできないものである。だが、それでも晩年のフッサールが「原受動性」の観念の発見とともに、非−時間的位相としての深淵=無根拠をかいま見るにいたったという事情は、私たちにとってけっして無意味なこととは思われない。すくなくともそれは、通常の意味での「時間」や「現象」の外部を──「意識の死」と「非人称性」の位相を──思考することの可能性を示唆している点で、バタイユ的な〈限界−経験〉と現象学的思考とが、ぎりぎりの形ではあれ、何らかの接点をもちうることを示していると思われる。

 最後に今一度、本章冒頭のデリダの発言に立ち戻っておこう。バタイユの侵犯行為は、彼自身がどこまでそれを意識していたかにかかわりなく、「現象学一般を超脱する」ものであった。そして、この学の言う「経験」や「時間」一般にとっての絶対的外部を論じるということは、けっして夢想や妄論のたぐいに堕することではない。〈アナクロニズム〉としてのバタイユの時間経験は、当のフッサール思想がたどりついた最終的境位へと、まさしくある「同時代性」によって結びついていたと思われるのである。だとすれば、これまでにも再三確認してきたように、現象学的時間論から出発しつつも、内側からそれを超克し、現象するもの・存在するものの〈彼方〉へと突き進まんとするデリダレヴィナス*54らの思考──それらは、見た目とは異なり、フッサール晩年の思想と必ずしも不連続ではない──とこの経験が多くの面で共鳴しあうものであるとしても、なんら不思議ではない。ここに、バタイユ的な瞬間における「時間経験」のもっとも「現代的」な思想的意義のひとつがあることは、おそらく疑いを容れないと思われる。

*1:ただしここでは、ハイデガーの時間論とバタイユとの関係はあつかわない。ハイデガー的な時間論を論じるにあたっては、この哲学者の「存在論」の問題設定の予備的な確認のために、多くの頁を費やす必要があるであろう。本書では、議論をあまりに煩瑣にすることを避けるため、問題をフッサールの時間論に限定した。ハイデガー哲学バタイユの思想の関連については、いずれ稿をあらためて論じたいと考える。

*2:一例だけをあげておくならば、「内的経験」で、バタイユドイツ現象学を「すでにしばらく前から、命脈を保っている唯一の哲学」( V 20 )と呼んでいる。

*3:ただし、たとえバタイユにおける現象学の知識が。いわゆる「耳学問」の域を大きくこえるものではなかったとしても、少なくとも彼が同時期のフランスにおけるもっともすぐれたドイツ哲学書の読み手たちと交流し、そこからしばしば重要な情報を引き出していたことは確かであると思われる。たとえば、すぐに思いつく名前だけを取ってみても、彼の周辺にはコジェーヴメルロー・ポンティ、ジャン・ヴァール、サルトルらがいたのであり、また哲学専門家ではないがこれに通じた人々では、ハイデガーの「ニーチェ講義」の仏訳者であるピエール・クロソフスキーブランショジャック・ラカン小説家詩人であるとともに哲学教授資格をもち、コジェーヴヘーゲル講義を編纂したレイモン・クノーらがいたのである。

*4:斎藤慶典、『思考の臨界:超越綸的現象学の徹底』(勁草書房、2000年)。これは現代におけるフッサール現象学の可能性を明晰に示した、卓越した研究書である。また、以下の記述においては、これに加えて、クラウス・へルトによるフッサール時間論のこれまたみごとな研究書『生き生きした現在』(新田・小川・谷・斎藤訳、北斗出版、1997年)、新田義弘の『現象学とは何か』(講談社学術文庫、1992年)、等々を参照した。またフッサール自身の著作では、主として『内的時問意識の現象学』 (立松弘孝訳、みすず書房、1967年)および『経験と判断』(長谷川宏訳、河出書房新社、1999年)を参照した。

*5クラウス・へルトによれば、原印象の位相は現在−化にとって根源的な重要性をもつものではあるが、にもかかわらずこれを把持と予持から切り離して〈純粋な今〉として固定・把握することは「現象学的には経験不可能」であり、一種の「極限表象」ないし「抽象的操作」であるにすぎない(へルト、前掲書、34頁)。これは「流れゆ〈〈間〉」、あるいは「予持と把持との間の固定不可能な媒介点」(同35 頁)としてのみ語ることのできるものなのである。

*6:谷徹氏の表現を借りた。『意識の自然──現象学の可能性を拓く』377頁以下を参照。

*7:この「原印象」は、他には「原感覚」、「中心的な体験核」、「源泉点」、「源泉的今」、「原現前」、「本来的現在の核」などとも呼ばれる。へルト、前掲書、33頁。

*8:同36-37頁。

*9:この語はしばしば「過去把持」とも訳されるが、本文中にも述べたように、これは「過去」のベクトルへと向かい、これに連結するものであるとはいえ、あくまで「今」の内側での「今−しがた」の非主題的な保持であって、語の本来の意味での「過去」とは厳密に区別されるべきである。それゆえ、ここではこれを一貫して「把持」として表記し、引用文中で「過去把持」とされている場合も、混乱を避けるためにこの語に統一した。同様の理由から、「未来予持」もまた「予持」の語に統一した。

*10:あらゆる種類の現在化的綜合は──もっとも受動的な連合でさえも──現前野の中ですべり去るものを自我が「なお把握して保持していること」≪ Noch-im-Griff-Behallen ≫にもとづいている。(…)把持は〈すべり去るにまかせつつ−保持している〉という相即不離な統一なのである。」(同44頁)

*11:「内的時間意識の現象学」第2章、とりわけ第11節を参照。

*12:同書第14節を参照。いわゆる通常の意味での「想起」──フッサールはこれを「第二次記憶」と呼ぶ──にあっては、過ぎ去った現在が記憶として呼び起こされるが、ここで「再現されたもの」それ自体も、「記憶され現前化された現在」(同50頁)であり、本来的な「現在」と同じく「把持・原印象・予持」という内的分節構造をそなえている。たとえば、演奏会で聴いたあるメロディーを想起するとき、私たちは「想像によってそのメロディーの全体を回想し、(…)記憶統握の連続の中で成立する時間の庭をふたたびもつ」(同48−49頁)とされる。

*13:へルト、前掲書、23頁。

*14:同51頁。

*15フッサール、前掲「内的時間意識の現象学」、178−179頁。

*16:「イデーン」における次の発言を参照。「それぞれの体験一般(いわば、それぞれの現実的に生きた体験)は、現前=現在化する存在者の様態における体験である。」(同書第1巻、第111節)また、のちの「経験と判断」にも、次の文章を読むことができる。「(…)すべての体験は、内的時間意識の絶対的な流れの中で構成される、そこに絶対的な位置と一回性をもつ、つまり絶対的現在の中に一回限り登場し、やがて把持へと衰退し、過去の中へ沈みこんでゆく。」(フッサール、前掲『経験と判断』、161 頁)

*17:「じっさい、「現象学の諸原理の原理」とは何を意味するのか。意味と明証性の源泉としての、ア・プリオリの中のア・プリオリとしての、直観への根源的現前の価値は何を意味するのか。この価値はまず第1に、次のようなそれ自体イデア的かつ絶対的な確信を意味している。つまり、すべての体験≪ Erlebnis ≫の、したがってすべての生の普遍的形式はこれまでつねに現在=現前≪ le présent ≫であったし、またこれからもつねにそうであるだろう、という確信である。」( VP59-60 )

*18:「〔フッサールによれば〕「あらゆる体験一般は、それが遂行されるならば、純粋な〈見る働き〉と〈把捉する働き〉の対象とされることができる」。(・‥) 現象学的反省のこのふたつの契機はすでに「事象そのものへ!」という格率の中に含まれているのである、その中には、一方で、経験に対して提示されているものを、いわば謙虚に忠実に受け入れるという態度が感じられる。しかし他方で、(…)フッサール現象学には「つかみ取る」つまり〈対象化して把搬する〉という近代的な認識態度がっきまとっている。」(へルト、前掲書、25頁) 「時間性としての本質的な掌−握作用≪ main-tenance ≫、すなわち現在の現前性が、把握可能なもの、個体を出現させる。(・‥) 見ることあるいは認識することと、手に取ることとは、志向性の構造の中で組み合わされている。この構造は、意識の中に自らを再確認する思考の筋立てでありつづけている(…)。」( EN166 )

*19:「予持は「裏返しにされた」把持である。」(へルト、前掲書、61頁)

*20:斎藤慶典氏もこの点を指摘している。この研究者によれば、こうした「未来の未知性」という視点の決定的欠落は、フッサール現象学のみならず、ハイデガー哲学を特徴づけるものでさえある。 「フッサールの時間分析は、(・・・)「把持」の働きを中心に展開されており(…)、未来は、裏返された把持としての「予持」をもとにしてその延長線上にとらえられているにすぎない。つまり、未来はあくまでも現在において予期可能なものとして(どんなに不確かではあってもやはりひとつの可能性として)とらえられているにすぎない。この構造はハイデガーにおいても基本的には維持されており(「投企」と「将来」としての未来、「不可能性の可能性」としての死)、このことがフッサールならびにハイデガーの他者把握を限定しているように思われる。(・‥)そこでは、全くの未知なるものとしての他者、不意を襲う未来が射程に入っていない。」(斎籐、前掲書、293頁)

*21:へルト、前掲書、62-63頁。

*22:斎藤氏によれば、この点は、ハイデガーによる「として構造」の分析をも限界づけるものである。 「ハイデガーによる「として≪ Als ≫構造」の分析は、「先所有≪ Vorhabe ≫」・「先看取≪ Vorsicht ≫」・「先把握≪ Vorgriff ≫」として、いずれも、現存在が自らに先駆けて、自らの存在の確実性をおびやかす「他なるもの」を目指し≪ sehen=Sicht ≫、わがものとしてとらえ≪ greifen-Griff ≫、所有する≪ haben=Habe ≫仕方(所有してしまっている仕方)に焦点があてられ、当の「他なるもの」はまったく分析の中に姿をあらわすことがない。」(斎藤、前掲書、231頁)。

*23:自らの著作を「内的経験」と名づけるにあたって、バタイユがこのような思想的文脈を意識していた可能性はきわめて高い。というのも前述のように、この著作の序章で、彼は同時代のドイツ現象学について言及した上で、これを次のように批判しているからである。ここから読み取れるように、バタイユは、現象学者の語る「経験」と彼の生きるそれが異なること、それゆえ両者は全く別の立場に立つということを、明確に意識していたと思われる。 「この〈現象学〉は、経験によって到達すべき一目的という価値を、認識に対して与えてしまう。これは不均等な混合物≪ un alii age boiteux ≫と言うべきものである。この哲学にあっては、経験に与えられている分け前は、多すぎると同時に不足でもある。(…)見たところでは、現象学者たちが出発点としている諸経験に鋭さが欠けていること≪ le peu d'acuite ≫が、この哲学を守護している。こうした平衡の欠如は、可能事の果てへとおもむく経験が始動した後では、生きのこることができない。」(V20)

*24:Michel Foucault, Dits et écrits 1954-1988, Tome IV, Editions GalUmard, 1994, p.43.

*25哲学者のラクー・ラバルトは、パウル・ツェランの詩を論じた著書「経験としての詩」の中で、「経験」≪ expérience ≫の語の語源に関する、興味深い指摘をおこなっている。それによれば、この語はラテン語の≪ ex-peri ri ≫に由来するものであり、「こうむること、危険を横断すること」を意味している。これの語基≪ periri ≫は、≪ periculum ≫〔危機、危険〕のうちにも見出される。また、インドヨーロッパ語の語根は≪ PER ≫であり、これは「横断」という観念や、二義的には「試練」という観念にも見出される。この意味からすれば、実のところ「限界−経験」や「受動的経験」という言い方は、ほとんど冗語的ですらある。ラクー・ラバルトは、この点をふまえた上で、これを「生きられたもの=体験」≪ vécu ≫の観念から厳密に区別すべきことを提案している。( PE30 )

*26:この発行年はフッサールの死の翌年である。実は、この著作の成立事情はきわめて複雑である。これがもとづいているのは1919−20年の講義草稿であるが、のちに哲学者はこれに大幅に手直しを加え、30年に新たな原稿を作りあげた。だが彼はこれにも満足せず、現在のそれは、この原稿にフッサールが再度加えた注意書きをもとに、彼の弟子(ルードヴィヒ・ランドグレーベ)が編纂したものなのである。この問の事情については、ランドグレーベによる「経験と判断」の「編者まえがき」を参照のこと。

*27フッサール、前掲「経験と判断」、33頁。

*28:このとき、現象学が解明しようとするのは、けっして単なる事実主義や自然主義的な「経験」ではない、という点に注意しよう。それは判断、知覚、他者などのさまざまな事象経験を問題にするが、このとき、まず何らかの先天的(ア・プリオリ)な原理を前提として立てるのではなく、むしろ一切の先入見や前提抜きに、その経験や現象を本質直観しようとする。有名な「事象そのものへ」というモットーは、このようにつねに本源的な「経験」に立ち戻り、記述に徹しようとする現象学の基本的姿勢を言いあらわしたものにほかならない。

*29フッサール、前掲書、68頁。

*30:この点については、新田義弘氏による次の解説が参考となろう。「受動的先所与性の領野としての知覚の領野は、すでに綜合的統一により、多くの意味領野の相互連関によって構成されている。(…)意識に先立って与えられるものがすでに意識の深層において、しかも現在の意識の場において、対象化の働き以前に受動的に綜合されている(…)。次に、この受動的に構成された意味の統一は、自我への触発的傾向をもつ。(…)この触発的傾向に自我が応諾するときに、受動的傾向は能動的コギトに転化し、自我は客体に向かって能動的に対向する。(…)能動性は受動性と真っ向から対立するものではなく、すでに構成された意味に自我の目を向けることである。」(新田、前掲書、93頁)

*31:ここでの記述には、ある程度図式的な単純化がほどこされていることをお断りしておきたい。新田義弘氏によれば、フッサールは対象の構成に関する意識機能を大きく能動性と受動性に二分し、さらにそれぞれを二段階に分けている。すなわち。ここには受動性の段階として(1)受動的原志向性、(2)触発があり、能動性の段階として(3)受容的な自我対向、(4)自発的な高次作用がある、とされる。とはいえ、厳密な意味では対象物が成立する以前である(1)の段階においても、感覚与件の一定の構造化・分岐化はおこなわれているのであり、意識的自我はすくなくとも「そこに居介わせる」という形で、そこに最低次の関与をおこなっている、とされる。

*32:さきのフーコーと同様、デリダもまたバタイユ的な「受苦経験」の特異性を、次のように指摘している。 「内的経験として指し示されるものは、ひとつの経験ではない、それというのもこの経験はいかなる現前にも、いかなる充実にも関係せず、ただもっぱら刑苦においてそれがこうむる=経験する≪ éprouve ≫不可能なもの、それのみに関係するのだから。」( ED400

*33レヴィナスは、別の著作においても苦痛の「経験」について次のように論じている。「(...)私は、〔苦しみの経験を〕ある受動性の経験、と呼んだ。だがこれはひとつの言い回しにすぎない、というのも、「経験」はいつもすでに認識・光・自発性≪ initiative ≫を意味しているのだから。神秘≪ mystère ≫としての死は、このように理解される経験とは明確に区別される。知においては、一切の受動性は光の媒介によるものであり、能動性なのである。」( TA57 )

*34:「われわれは今や、時間は感性の形式であり、それゆえ、あらゆる可能な客観的経験世界の形式である、というカントの命題の内的真理が理解できる。(…)知覚されたり、そのつど知覚可能だったりするすべての個物は、共通の時間形式をもつ。それは第一の根本形式であり、一切の形式の形式であり、その他統一を打ちたてる一切の結合の前提である。」(フッサール、前掲『経験と判断』、150 頁) ただし、フッサールカントは、すべての点で一致しているわけではない。たとえば、カントの言う「経験」は第一義的には自然科学的経験であるが、フッサールのそれは自然科学によるイデア化以前の経験であり、理念の衣の基底にある生活世界である。

*35:同244頁。

*36:へルト、前掲書、113頁。

*37:「(…)〈距離の橋渡し〉、〈今の感触点における私自身との反省的合一化〉、こうしたことが可能であるのは、ただ以下の理由による。すなわち、自我が、流れることのうちでいつもすでに自らとともに取り集められており、自らと合一化されているからなのである。換言すれば、自我が、転化にもかかわらず、また転化のうちで、自らをたえず一にして同じ自我として保持≪ behalten ≫しており、また取りまとめている≪ zusammenhalten ≫からなのである。」(同112頁)

*38:同95頁。

*39:同124頁。

*40:同127頁。

*41:この点については、「存在するとは別の仕方で」〔邦題「存在の彼方へ」〕におけるレヴィナスの、次の発言を参照。「主体的なものは単に何かをこうむるだけではなく、受苦するのである≪ Le subjectif ne subit pas seulement. n souffre ≫。苦痛≪ dolence ≫は、(…) 受動性の剰余であって、もはや「これをあれとして」同定し、「意味を付与する」ものである、〜についての意識ではない。(…)このようなアナクロニズムは、意識に区切りをもたらすそれとは異なる時間性を示すものである。それは、表象の連続によって成り立つところの、回収可能な時間≪ temps récupérable ≫を解体するのである。」( AE14a,141 )

*42:なお、レヴィナスはこのような受動性を「受容性≪ réceptivité ≫のそれよりも受動的な受動性」であると言い、「受容性は、いまだ迎え入れようとする自発性≪ initiative ≫であり、それと衝突するものを引き受けることができる。その結果、受容性はロゴスの現在をくぐり抜けるか、あるいはこの現在を記憶において復元するのである」( HAH 68-69 )と述べている。

*43:誤解を避けるために付言しておくならば、これはハイデiガー、あるいはサルトルの言う「脱自態」≪ Ekstase; Exlase ≫とは明確に異なるものである。たとえばハイデガーは、次のように述べている。 「時間性は存在するのではなく、時間化する≪ sich zeitigen ≫。(…)時間性は、それ自体において、根源的な〈脱自〉≪ Ausser-sich ≫なのである。(…)時間性の本質は、これら〔将来、既往性、現在の諸現象〕の統一において時間化することにある。(…)根源的な本来的時間性の脱自的統一態においては将来がある優位を占める。関心は死へ臨む存在である、(…) 現存在は有限的(終末的)に実存しているのである。」(ハイデガー、「存在と時間] (下)」、細谷貞雄訳、ちくま学芸文庫1994年、218-220 頁、ただし訳語を一部変更) つまり、ハイデガーにおける「脱自」は、むしろ「おのれのもっとも本来的な可能性」としての死の先取りによって「将来・既往性・現在」として分節されるところの、「企て」(被投的投企)の時間性の内的構造にほかならない。それは「死に臨む存在」としての現存在の有限性と分かちがたく結びついている。これに対して、バタイユの言う「恍惚=脱自」にあっては、まさしくこのような時間性の統一が破綻・脱臼し、生のただなかで〈無限性=不死〉の位相がひらかれることによって、有限的な「終わり」としての死が乗り越えられる、バタイユハイデガーが、同じ「脱自」という語を用いながらも、それぞれに全く異なる「時間経験」を問題にしていることは明白であると思われる。

*44:斎藤、前掲書、54頁。

*45:86頁。

*46:へルト、前掲書、123頁。

*47:同56頁。

*48:同160頁。

*49:同56-57頁。

*50クラウス・ベルトは「原受動性」の謎を問うことの特異性について、次のようにコメントしている。 「1934年にフッサールはこう書いている。原初的な〈流れること〉は「(…)「先」−存在である限り、経験できないし語ることもできない。(・‥)」それでは、原受動的な〈流れること〉は、それが存在者化される以前には、何であるのだろうか。こうした問いは立てられることができないし、また立てられてはならないのである。(…)こうした問いは謎のままなのである。それどころか、問いを適切な仕方で立てるにはどのようにするべきかということさえも、現象学的反省を地盤とする限り、一度も示されることができないほど、謎めいたままなのである。」(同144頁)

*51:同59頁。

*52:斎藤、前掲書、284頁。

*53:同284-285頁。レヴィナスの原著では、EE94-95。

*54:これまでの記述において。私たちはもっぱらバタイユレヴィナスの思想の比通点を指摘することに多くの記述を割いてきた。しかし、この両者の間には、実のところけっして埋めることのできない距離があることも言っておくべきであろう。言うべきことはあまりに数多いが、ここでは、一点についてのみ指摘しておく。実のところ、レヴィナスバタイユと異なり、けっして瞬間的な「恍惚=脱自」の経験を肯定的に語ってはいないのである。たとえば、「存在するとは別の仕方で」の末尾近くには、次のようにある。 「(…)瞬間のうちで生じる、いまだ不十分な「時間の切断」としての快楽、悪夢と象徴のはざまを駆け抜ける夢にすぎない快楽は、陶酔や麻薬のうちに、別の時間を、「夢遊病的状態」を探しもとめる。(…)そこでは、快楽は他者への責任から切り離されており、すでに〈愛〉は〈法〉から切り離されている。そこでは、エロティシズムが泡立っているのだ。しかしこれは偽りの解決にすぎない。この解決もまた〈本質=存在すること〉とその働きに内属しており、〈存在すること〉がもつ新たな意味、あるいはより古い意味を見出すことすらないからである。」( AE271 ) レヴィナスがここでバタイユを念頭においていたかがかは定かではないが、いずれにせよ、この哲学者にとっては、恍惚経験は「他者への責任」を放棄する「偽りの解決」にすぎない。にもかかわらず、現象学的な「受動性=受容性」の彼方に「いかなる受動性よりも受動的な受動性」としての苦しみの〈非−経験〉を見出すこの哲学者の思考と、バタイユ的な「限界−経験」との間には、否定しがたい近親性があるように思われる。すくなくとも、この両者の共通の友人であるブランショは、このふたつの思想が交差しうる可能性を随所で示唆している。



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