Hatena::ブログ(Diary)

garage sale このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-12-25

前衛音楽のアイデンティティについての問い──「音楽の零度」と「不評」の相克──澁谷政子

PDFで読む

すべての新芸術は不評である。しかしそれは例外的にとか偶然に不評なのではなく、本質的、宿命的に不評なのである。──オルテガ・イ・ガセット

はじめに

 第二次大戦後の欧米を中心に展開した、先鋭的な芸術音楽の一群がある。「前衛音楽 avant-garde music」あるいは「実験音楽 experimental music」「現代音楽 contemporary music」と呼ばれるものだ。その出現から50年以上の時を経た現在、それらを「同時代の」音楽と呼ぶことには、誰しも落ち着きの悪さを感じるものだし、また、すでにその全盛期を過ぎたと見る風潮のなかでは、「前衛」や「実験」という言葉も、またどこか居心地が悪い。

 この音楽を何と名指したらよいのか、という当惑は、実は、この音楽をどのように受けとめたらよいのか、という、より本質的な問題と結びついているように思われる。 1950年代から60年代、その全盛と言える時代においては、それがまさに「同時代の」新しい創作活動であるという一点のみですでに、この音楽に耳を傾け、報告し、考察する行為に根拠が与えられていたと言える。何と言われようと、「今」は特権化される。しかし、西暦2000年を越えてしまった現在、もう「同時代」とは呼べない時代の創作について論じることには、別の理由が求められる。ここに、前衛音楽の苦悩あるいは不幸が始まる。

 それはオルテガの言う一般社会における前衛芸術の「不評」の現象とかかわる。前衛音楽が音楽である限り、それは、創りだされ、あるいは研究されるだけでなく、演奏され聴かれるものでもある。ある音楽が聴くという感性的判断行為において多数の人々に支持される場合、それは素朴に意味あるものとして扱われるうる可能性をもち、繰り返し論じられることを誘いもする*1。しかし、前衛音楽はこの条件に関して、厳しい結果に直面する。このことは誰もが認めるところだろう。たとえば、ピエール・ブーレーズは自らの創作活動と一般聴衆との乖離について、次のように記している。

……ただひたすら交響楽や大芸術家達を追いかける演奏会の大勢の聴衆と創作者との間には大きな距りがある。相変わらず続けられているこうした聴衆の生き方と創作者のそれとの間には深刻な矛盾がある。おそらく音楽は、劇場よりも(明らかにずっと)、そして美術館よりも保守的な、あらゆるもののうちでもっとも保守的な宇宙であり世界であるとすら言えるだろう! (ブーレーズ1989 : 294−95)

 このような音楽を今、論じようとするとき、文化史的な視点から扱うのではない限り、今なお音楽としてアクチュアルな要素をもっていることを確認する作業が必要となる。また、それが最新の音楽であった時には、不評を不慣れと読み替えることも説得力があったが、半世紀たった現在、この論理に頼るわけにはいかない。一般大衆に不評であるということを前衛音楽の存在意義の否定につなげることは短絡的な誤りであることは強調しておきたいが、かといって、不評の事実を無視しつづけて前衛音楽を論じることは、この音楽のきわめて大きな特徴に目をつぶることになるだろう*2

 前衛音楽とは何ものなのか、を正面から見据えることが、今、必要だ。これまでの前衛音楽をめぐる言説は、発展史観にもとづく西洋芸術音楽の神話、構造の神話、作者の意図の神話等々に頼りすぎていた感がある。これらの論理の内部では、前衛音楽は必然的に、芸術表現の領域を拡大する特別で高潔な使命を帯びたものとしてしか語られない。このことが、前衛音楽は本質的に、宿命として、不評にならざるを得ない、ということから目をそらす口実となっていたわけだが、上記の神話が、価値相対主義、脱構築、文化研究などの立場から次々と攻撃され、そのオーラを剥ぎ取られていったとき──そのことの是非はここでは問わないが──、前衛音楽はそのよりどころを失い、今になってやっと、そのアイデンティティを直視する必要に迫られている。ロラン・バルト前衛を近代ブルジョワジーの逆説的な所有物とみなし、それゆえに前衛は「少しずつ死んでいく」(バルト2005 : 122)運命にあるとすでに1956年に述べた。しかし、たしかにその歴史的意識は希薄になったとはいえ、50年代に出現した前衛音楽のスタイル──バルトに敬意を表してエクリチュールと言ってもよい──は存続している。前衛は生きている。ここで必要なのは、音楽に関する探究の意義ある一領域を担っているという事実と、しかし一般社会においては不評であるという事実とを、ともに過不足なくひきうけられるアイデンティティである。より正確に言うならば、そのような前衛音楽のアイデンティティを語る言葉が必要だ。

 ただし、芸術に関する唯一絶対のアイデンティティについての完璧な記述などはそもそもありえない*3。また、従来の前衛音楽の存在論のすべてを否定することも不毛だ。本稿では、これまでに描き出されている前衛音楽のアイデンティティを再検討することによって、この前衛音楽を音楽として成立させるものについてできうる限り公平な1つの見取り図を提示したいと思う。


1.音楽の零度

 これまでの前衛音楽のアイデンティティに関する言説の多くは、これが18世紀から19世紀に展開した西洋芸術音楽、いわゆる「クラシック音楽」の伝統の正統なる後継者だ、という大前提のうえに構築されている。そこでは、クラシック音楽を1つの基準点として、そこからの「必然」の発展の産物として自らを位置づけ、作曲技法や素材がいかに変化しているかを具体的に提示することが責務となる。その変化のリストの主な項目は例えば次のようになる。

調性から無調および音列主義へ

単純な周期の拍節リズムからポリリズムおよび自由リズムへ

明確な区分形式から不定形の流れへ

音高から、持続、強度、音色へ

十二の半音から微分音へ

楽音から雑音へ

 このリストをさらに綿密なものにしていくことは可能であるし、実際に、前衛音楽研究の主要部分は、こういった具体的語法および素材の特徴を明らかにする作業だ。しかし、語法の変化という現象はいつの時代にも見られるものであり、変化項をいくら積み重ねたとしても、その量と変化のスピードがこれまでになく大きいことは特筆すべきことであるとしても、それだけで前衛音楽がクラシック音楽とどこか質的に異なるという感覚を説明しきれるものではないだろう。クレメント・グリーンパークは次のように問いかけている。

……芸術に刷新はつきものであった。しかし、モダニズム以前、刷新はさほど驚くべきものでは決してなかった……。なるほど、個人の(複数の場合でさえも)刻印であるは、独創性は芸術の活力、質、有効性の本質であり続けてきた。しかし、ひとりモダニズムにおいて芸術の刷新は趣味に対して大きな衝撃と撹乱の効果を与え、分裂させるほどの刷新をなし始めたのである。なぜだろうか。(グリーンパーク2005 : 55)

 そこで、この質的変化あるいは刷新の言語化の試みがなされる。まず、従来は調性という共通の言語で語ってきたのだが、前衛においては作曲家がそれぞれ独自の言語で語りだしたのだ、という解説。つまり、未知の言語で話す音楽家の話を理解できる者はごくわずかにならざるをえない、というわけだ。このことは、ブーレーズ自身も認めて次のように述べている。「今世紀初頭に、調性という一般的なコードが廃止され、方法的にはさらに一般化できるが、結果的にはほぼひたすら個人の選択に依存するコードに取って代わった」(ブーレーズ2002 : 75)。ただし、当然のことであるが、彼はこのことを音楽の発展という前向きな姿勢で捉えている。「……個人が自分の表現的な欲求に対応するために特別な次元を創り出すべきだと考える段階に、言語自体が到達したことをはっきり示している」(ブーレーズ2002 : 76)。

 あるいは、アリストテレス以来、人間の時間認識の祖形とされてきた「物語」の図式にしたがった時間構成を、前衛音楽は分断あるいは放棄したのだ、という捉え方。これについては、カールハインツシュトックハウゼンが自ら提唱した「モメント形式」について述べた文章が格好の例となる。まず彼は、従来の音楽は、「一定の持続をもたねばならず、何らかの展開を見せて、その展開は特定の時点で必然的に終わらなければならない」とされており、そういった音楽の評価は、「展開に『必然性』があるか、帰結に『説得力』があるか、連続性は『論理的』でコントラストは『明瞭』か、緊張感は『スリリング』で結末には充分『終わった感じ』があるか」といった基準で測られていると指摘する(シュトックハウゼン1999 : 214)。これに対して、彼が欲するのは、「クライマックスを目指すことなく、そもそもクライマックスを準備したり期待させたりせず、通常のように導入部、展開部、経過部、終結部が作品時間全体にわたって大きな弧を描くことも」なく、「あらゆるモメント(瞬間)にミニマムとマクシマムが期待されねばならず、現在のモメントがどのような方向へ転回するかは誰にもはっきりとは分か」らず、あらゆる今という瞬間が「先行する時間の帰結でもなく期待される構造への開始点でもなく、個性的で、独立していて、中心をもち、それ自体で存在できる」ような音楽であり、それによって「時間概念、正確には持続の概念を爆破すること、それを超克すること」であると言う(シュトックハウゼン1999 : 223−224)。

 あるいは、これまで音楽が表現するとされてきた「内容」──感情、ドラマ、情景、作曲者の心情等々──をつぎつぎとそぎ落とし、音楽の「素材」そのものに集中するものなのだ、という説明。たとえば、テオドール・W・アドルノ前衛音楽の出発点となった十二音音楽について、それが「素材を意識的に意のままにする」試みであり、そのなかで「音楽的主体は沈黙して退位し、素材に身柄をあずける」のだと述べた*4。またこのことは、音楽のみならず、前衛芸術一般においても指摘される。たとえばグリーンパークは、前衛絵画の特徴を「メディウム」への没入であると論じ、その結果「最も基本的なものとして残ったのは、支持体に不可避の平面性を強調すること」であったと論じている*5

 これらの指摘は前衛音楽の質的変化を的確についているように見える。そこには、音楽の表現(いかに言うか)、認識(いかに体験するか)、存在(実現化の拠りどころはどこか)に関する従来の原理を徹底的に突き詰めた結果として、既成の概念の境界を越えようとする志向を見てとることができる。それは、芸術を成立させるもの、つまりメタレべルヘの問い、そして多少詩的な表現が許されるならば、「音楽の零度」の探究である。これは、前衛芸術とは芸術の純粋性の追求である、という一般的な定義ともよく呼応するものだが、ここでいったん立ち止まってみたい。「純粋性」が持ち出されるや否や、前衛芸術には何か特権的なオーラがつきまとうことになるが、このオーラを取り払うことこそ、本稿のねらいだからである。そこでまず、「音楽の零度」という肖像が指し示すものを、音楽の現象そのものに即して考察してみよう。


(1)組み立てること

 前衛作曲家たちが目指したものは、まずは音楽語法それ自体の可能性の追求であった。音楽語法とは、音素材の組織化、つまり音の諸パラメータの組み合わせ方に関するある特定の志向であると考えたとき、クラシック音楽の語法が、豊かな力をもっているにせよ、多様な可能性のなかの1つにすぎないということは明らかだ。音楽とは音を構造化すること、音を組み立てることである、という西洋芸術音楽の観念を徹底的に考えぬいてゆけば、調性システムとは別のシステムの存在へと意が向くのは、ある意味、当然のことであった。

 組み立てることそれ自体が最も純粋な形で提示された例は、やはりブーレーズの《構造a》だろう。それは、ミメーシスも、趣味も、情緒も、感情も、作者個人の苦悩も勝利も、すでに遠い世界だ。オリヴィエ・メシアンの《音価と強度のモード》から借用した十二音音列の移高形を数字に変換して作成した乱数表から、半ば恣意的に選択した数字列を用いて、音価、デュナーク、音色を決定してゆくその作曲のプロセスは、まさに、音の属性を選択し組み合わせ関連づけるという作業以上のなにものでもない。 12の音高を基準としているという点で、明確に無調へのバイアスはかかっているものの、それさえも、西洋芸術音楽の領域内ではきわめてニュートラルな設定である。

 ただし、ここには、何らかのある特定の論理による統制に対する強いこだわりが見られる。ブーレーズは、「前の世代の人たちと比べて、われわれにとりわけ目立っていたのは、文法上の発見や形式上の探求に対する関心であり、それは確実堅固な音楽言語を、しかもたんに多かれ少なかれ漠然とした思弁にだけ関係づけられはしないような音楽言語を確立するためだった」(ブーレ−ズ1989 : 291)と述べているし、またシュトックハウゼンも、「音を統一的な原理──そして職人が思い描く原理──の下へ構造化すること」(シュトックハウゼン1999 : 11)に関心を寄せている。後者にあっては、この構造化の行為に作曲家が集中した場合、その産物としての鳴り響きは作曲家自身の手を離れていることをほのめかしている。

持続、音高、強度そして音色の構造原理が互いに作用しあってはじめて音が生じる。ここで明らかなことは、構造のコンセプトは「出来上がった」場合の音響イメージとはとりあえずは全く無関係なのだ。というのも音響は構造規則の相互作用の結果なのだから。作曲家は音楽が生じるのを経験するのである。音楽は作曲家の眼の前で生じるのであって、もはや作曲家が音楽を自分の内部から絞り出すのではない。(シュトックハウゼン1999 : 16)

 ここで一歩身を引いてみたときにから浮かびあがるのは、作曲 compose するとは音を組み合わせ配置することだ、という概念の効力あるいは有効範囲への問いだ。《構造》ではたしかに、音が組み合わされ配置されている。しかし、この組み立てる行為に特化したとき、その結果としてあらわれてくるものは、一般的な感覚からすれば「音楽」から遠く離れてしまう──「音楽」でなくなるのではないが──。ここで、組み立てるという音楽の零度に接近するために捨象したものもまた、従来の「音楽」を形づくっていたのだ、ということが、逆照射される。取り去ったものが何であるにせよ、それでも、組み立てることだけが音楽をつくることではない、少なくとも従来の音楽ではなかった、ということは明らかになる。ブーレーズらが、トータル・セリー音楽の試みによってあらわにしたものは、たしかに組み立てられるものとしての音楽の零度であっただろう。しかし同時に、それが音楽の絶対零度ではなく、複数の零度のなかの1つであるらしい、ということも、彼らが意図しようとしまいと、あらわになる。組み立てることのみによっても、たしかに音楽は生成する。しかし、すべてがそこから沸き立ってくるのではない。


(2)為すこと

 音楽の零度は複数存在するのかもしれない。そのイメージをたぐっていったとき、組み立てることとは別の地点が浮かびあがる。音が鳴り響くこと。音楽を実践としてとらえるならば、音を発する行為もまた、音楽の零度となる。この点を志向するルートはいくつか挙げることができる。初期の電子音楽の習作群。ダダの音響詩。ルチアーノ・ペリオの《セクエンツァ?》、ジェルジュ・リゲティの《アヴァンチュール》。マウリシオ・カーゲルのムジークテアター。コーネリアス・カーデューのスクラッチオーケストラフルクサスのイヴェント等々。これらはどれも、何らかの音が発されるという点に、その存立の基盤を求めている音楽だ。もっとも、これらの音楽は、ある一定時間のスパンと複数の音響から成るため、作曲者が意図しようとしまいと、組み立てる側面もあわせもつ。結果として隣り合った音の出来事を差異化し、そこに何らかの関係性──類似、対照、連続、反発、発展、等々──を付与することが人間の認識の習性である以上、それは避けられない。しかし、これらの音楽において、上述の組み立てる原理よりも、一瞬一瞬の音の行為に重点がおかれていることは明白だ。マイケル・ナイマンは、アメリカ実験音楽のねらいについて次のように述べる。

ある種の実験音楽楽譜を概念的なものと見ることも可能だけれども、実は、それらは自ずから明らかなように、(特殊な、あるいは一般的な)行動への指示書なのである。……実験音楽は、演奏者に、彼らの手で行っていることを思い出させ、物理的に音響を生み出し、経験することに成功したのである。(ナイマン1992 : 35)

 何かを行うこと、音をたてること、が我々の注意をひくのは、それがとりもなおさず、生きること──深遠な哲学的意味を含まずとも、単なる生命活動として──の徴だからではなかろうか。何かを為すことで我々は自分が生きてあることを確認し、そしてそのことを他者に知らしめることができる。ジョン・ゲージは有名な無響室でのエピソードを語ったあとに、「私が死ぬまで音は鳴っている。そして、死んでからも音は鳴り続けるだろう。音楽の未来について恐れる必要はない」(ケ−ジ1996 : 25−26)と述べている。つまり、この私が生きている限り、また人が生きているかぎり、あるいは自然が存在するかぎり、必ずそこには音が鳴っている*6

 しかし、この原理もまた、絶対的な零度とはいえない。上に挙げたような音楽が、一般的にはやはり[音楽]として受け入れられにくいという現状を鑑みれば、為すことのみが音楽をつくっているわけではないと言わざるをえない。演じる側はそれでも、行為を音楽の零度とする態度を一時的にせよひきうけているため、それほど違和感なく、むしろ積極的に行為をなすことができるわけだが、それを「音楽」としてひきうける概念装置をもちあわせていない者が理解不能におちいるのも当然だろう。ここで、零度の問題は、語法や実践の領域から、何を音楽としてひきうけるかという態度、もしくは概念装置へと移行する。


(3)聴くこと

 前衛音楽が追求した零度は、音楽という対象の属性に関するものだけではない。ここで「音楽」という対象を現出させるところの我々の意識構造の問題に至る。音楽とは何か、というきわめて素朴な問いに対して絶対的な回答がなされえないことは、現在の知の領域ではすでに公準にも等しい。あらゆる現象が我々の意識に現前するものであり、我々の意識にとってのあらわれである、という現象学の基本理念をもちだすまでもなく、このことは、古今東西の音楽のありようを一瞥すれば明らかだ。あるいは、まったく馴染みのない文化の音楽を、最初から深く理解し受け入れることが通常はかなり困難であるということも、この意識構造の問題とかかわるだろう。

 何が音楽なのか、から、何を音楽として聴くのか、へと問い転換した音楽家といえば、やはりジョン・ケージの名を第一に挙げることになる。彼の作業は、それまで創作の主題とはなってこなかった音楽概念装置を意識のうえに昇らせ、それをどこまで解体できるかという実験であった。

 ゲージはよく「沈黙」の音楽家であると言われるが、ここには誤解を招く危険がある。彼は沈黙のみに専念したわけではなく、沈黙と音とを同じレベルでとらえ、沈黙を音楽の領域に堂々と招きいれようとしたのだ。さらに、彼が愛したのは、絶対的な沈黙、無音の世界ではない。彼の言う「沈黙」とは、従来の楽音の沈黙、人間の言葉の沈黙、意味の沈黙であり、そこに浮かび上がる、その都度生成しそして消滅する、日常音のさんざめく世界であった。彼は言う。「新しい音楽、新しい聴取。言われていることを理解しようとすることではない。というのは、何かが言われているなら、音に言葉の形が与えられることになるからだ。ただ音の営みに注意を向けること」(ケージ1996 : 29)。そして彼はそのような世界の音たちに耳を向けることを、人々に気づかせようと、さまざまな仕掛けを提出し、また自ら実践していった。ケージは自分の企てが、態度の選択であることを十分意識していた。彼の提示するものを音楽として受け入れられるかどうかは、「わかれ道に立って、音は意図しようとしまいと起こるということに気づき、意図しない音の方へ向かった場合に限られる」のであり、「この転換は心理的なものであって、はじめは人間性に属するすべてを放棄すること──音楽家にとっては、音楽を放棄すること──のようにも思える」(ケージ1996 : 26)のだ。

 音楽がどのように組み立てられるか、どのような行為として現れるのか、これらの問いに対して、1つの正しい回答はもとより、最も望ましい回答でさえ、設定することは不可能だ。音楽には多様なありようがすでに存在し、そして、地平の向こうには、かつては存在していた、いまだ存在していない、いま顕わになろうとしている数々の可能性が形をとらずにひろがっている。このような事態を認識したとき、音楽の零度はたしかに、どこにどのような地平をひくのかということに収斂していくことになる。どのように聴くのか、何を聴いて何を聴かないのか、何が聞こえないのか、何が聞こえるのか。音楽の生成は、聴くことという装置のモードにより、刻々と変化する。


2.幻影の零度

 前衛音楽が「音楽の零度」を探求したことは認めてもよいだろう。それは、作曲すること、演奏すること、聴くこと、それぞれの行為の原点と見えるものに集中し、極力その他の要素を排し、その「零度」だけでどこまで音楽が生まれるか、という純粋な実験であったわけだ。ここから、前衛音楽は音楽の原点に回帰したものであり、様々な文化的枠組みのなかで見失っていた音楽発生の原理を、あらためて我々に気づかせ、それによって新しい表現の可能性へ耳を開かせるものなのだ、という論理が組みあがる。この「気づかせるもの」としてのアイデンティティは、一見、強い説得力をもち、前衛音楽の意義を主張する言説のほとんどが、最終的にはここに着地する。いまや、このような根拠づけのしかたは常套句になっているとさえ言ってもよい。

 しかし、これで解決なのだろうか? このあまりに教育的な存在意義と、前衛音楽の破格のあり方とを重ねることに、どこか落ち着きの悪さを感じないだろうか。たしかにこの説明に従えば、前衛音楽は、音楽発生の原理の探求であるがゆえに、いわば基礎実験のような重要性をもち、それゆえ、それが応用された一般に普及している「音楽」と比べ、理解されにくい、と説明することも可能だ。つまり、本論の最初に提示した、重要な探求と一般の不評という現象をきちんと両立させていることになる。しかし、もし、前衛音楽の存立の根拠が、第一に見えなかった原理に気づかせるということにあるとするなら、いったんその原理とやらに気づいてしまえば、もうその音楽を聴くことに喜びを見出せないのではないか? 通常、原理原則というものは一度理解し認めてしまえば、それ以降は特別の要請がないかぎり確認する必要はないものだ。もうわかりきっている定理の説明を何度も聞くことに喜びが生まれるだろうか? あるいは、その都度、音楽とは何かと問い直し、新しい原理が提出されるのだ、と言うこともできるかもしれない。つまり、前衛音楽は「自己言及性」という性癖をもつというわけだ。私とは何か、と問い続けるモダニズム自己批判の精神にのっとっていると言い換えてもよい*7

 前衛音楽が、何か原理的なことに向かい、かつ、音楽それ自体への問いと強く結びついていることは、おそらく間違いない。しかし、前衛音楽は音楽の零度を探求するものだ、と定義するとすれば、この音楽を、諸現象を支える原理を発見しようという科学的探究と、あるいは世界をよりよく見る視点を追い求める哲学的営為と、同等視するまではほんの一歩だ。実際、ペーター・ビュルガーは、前衛芸術がこの一歩を望んで踏み出したと見ている。彼によれば、前衛芸術の試みとは、近代西欧における芸術の「自律性」を止揚し、生活実践を芸術化することであった*8。この生活実践という領域を、単なる日常的経済的活動としてだけでなく、従来、芸術とは異なる論理で動いている領域へと拡大するならば、前衛芸術は真と善の世界を芸術化しようとした、あるいは自ら芸術の領域を踏み越えようとした、と言うこともできる。しかし、ここで踏みとどまる必要があるのではないか。少なくとも筆者にとって、そしておそらくは前衛音楽を音楽として受け入れている人々の多くにとっても、この音楽を聴く体験は、科学の新しい法則を知る行為とも異なり、新しい哲学的世界観に触れる行為とも異なり、バッハベートーヴェンを聴くことと並列する、きわめて個人的で感性的な領域の出来事であり、鳴り響く現象との出会いによる感性の身震いあるいは動揺の時間である*9。これは音楽だ、という感覚は「反復できない。それは実験することができない、ただひとつの経験であり、それゆえ美的体験であるといってよい」(ド・デューヴ2001 : 49)。

 「零度」のイメージを、もう一度よく考察する必要がある。前節で指摘したように、前衛音楽の「零度」の探求は、複数の方面に分岐していた。複数の零度。ここに蹟かなくてはいけない。この複数の零度の存在の予感が示唆するのは、前衛音楽の領域のなかでさえ、「音楽」を成立させている要素は1つには収斂しないということだ。とすれば、音楽をある1点に還元しようとする──その都度の、であるにせよ──前衛音楽の試みは、すでに存在し機能していたのだが隠れていた原点をつかみだす行為なのではなく、仮想の原点を敢えてつくりだす行為なのではないか。すくなくとも西欧的概念体系において、音楽は、音と音の布置の関係の総体であり、音の布置と我々の隠喩的概念システムの関係の総体であり、音とイメージの布置と社会的文化的概念装置との関係の総体である*10。この本質的にネットワーク的あるいは地勢的な構造をもつものに、絶対的な中心点を求めることは、これは、事実の確認ではなく、明らかにある特殊な美的志向であると言わざるをえない。この特殊な志向こそが、前衛音楽を支える基本的態度ではなかろうか。そしてそれは、音楽の零度の幻視への魅惑である。

 前衛音楽をめぐる言説は、この零度の幻影性をなかば無意識的隠蔽することによって、その正当性を主張してきた。零度のイメージそのものが、近代的概念の枠組みのなかではおのずとオーソリティをひきつける能力を備えているために、幻影性が結果的に隠されてしまったと言ってもよい。この隠蔽作業には、複数の系統の力の作用を観察することができる。まずは、ヨーロッパ近代美学の志向との合致が挙げられる。カントが提示した「美の無関心性」というテーゼは、さまざまな解釈は可能であるとしても、現実のさまざまな関係性の網から芸術作品とその体験を掬い取り、芸術には自律的原理が存在し、そのもっぱら美的な原理にのみ奉仕することが芸術の本義だ、という考え方を普及させた。この考え方にのっとれば、音楽を成立させているメタレべルに降り、そこで作用している原理に集中する態度は、すぐれて美的とみなされる。そして、それゆえに前衛音楽は、ほかのあらゆる音楽よりも特別な位置にあるという信念も生まれてこよう。

 第二に注目すべきは、「零度」が誘う擬似科学的イメージである。トータル・セリー音楽や電子音楽を語る際に使われる、パラメータ周波数正弦波、スペクトル、などの用語がこれを護衛する。後述するように、このような言葉によって自らの創作について語る作曲家たちを非難することは筋違いであるのだが、たとえば次のようなコメントを見ると、作曲家自身も、後になって実はそこにある種のまやかしがあることには気づいたようだ。

調性システムは……、作曲家が自由に用いる語彙の諸要素に関する一定の合意をもたらしていた。そのシステムが拒絶され、復元され、また解体され、さらには無残に食いつぶされた後、どの作曲家も自律性に魅了され、自分独自のシステムを発明したり、あるいは発明しているような気になったりした。そのように、各人がそうしたシステムを自分の個人的な必要のために発明すると同時に、逆説的な矛盾になるが、そのシステムが普遍的であると主張するのだ。……そして時に人々は、ラモーに倣い、音響学的な考察を加えて、自分のディスクール物理学的であると同時に自然な正当化を与えようとしたり、また近年の語法に合わせて、倍音を形成しない音やスペクトル分析を付け加えたりする。(ブーレーズ2002 : 351−52)

 第三に、原理の探求という哲学的志向との重ね合わせも起こる。作曲家、音楽学者たちが哲学について語り、そして哲学者たちが前衛音楽について語ることによって、音楽と哲学との境界があいまいにされる。ブーレーズが、フーコードゥルーズについて語る。その逆もしかり。アドルノが不定形音楽について語る。ケージが鈴木大拙について、バックミンスター・フラーについて、マーシャル・マクルーハンについて語る。べリオがエーコについて語る。そして前衛音楽を研究する音楽学者たちが、何か哲学について言及しないことはほとんど皆無だ。

 このようにして、零度はいとも簡単に普遍性メタファーへ転化する*11。しかも、複数のルートを通って。しかしそれでも、そこに作用しているのは、科学そのもの、哲学そのもの論理ではなく、それらへ向かうある1つの美的志向にほかならない。つまり、従来の前衛音楽のアイデンティティについての言説の問題点は、幻を幻影として扱わなかった点、幻影であるとは気づかせなかった点にある。おそらくすべての音楽は、音により何らかの幻影あるいはメタファーをつむぎだす装置にほかならない。その幻影は、神の声であったり、祈りの念であったり、感情のドラマであったり、自己の内面であったりする。あるいは、音の流れであり、曲の構成であり、主題であり、対旋律である。文化的政治的な幻影については、指摘するまでもない。それならば、擬似科学あるいは擬似哲学という幻影もありえるかもしれない。事実、前衛音楽に魅了される人々の確実にある一部は、この幻影に惹かれているように見える。そのような何ものかがこの世界に存在してもそれはかまわないだろう。しかし、そのことが前衛音楽を、それにかかわる集団のなかで必要以上に特権化させ、それがさらに必要以上に外部を排除するという事態を招いていることもまた事実だ*12。このようなことは、前衛作曲家たちが望んだ、また望んでいることなのか。

 少なくとも筆者にはそうは思えない。前衛作曲家たちは、零度を幻視し、そのまなざしのなかでつぎつぎと生まれては消える結晶の夢に魅了された音楽家たちではなかろうか。一見理路整然とした作曲家たちの言葉を丹念に読んでいけば、彼らの創作意欲の源は、決して現実そのものでもなく、現実の正しい認識でもなく、そこから彼らがつむぎだす幻影であることが見えてくる。たとえば、シュトックハウゼンは、ヴェーベルン弦楽四重奏の構造を詳細に分析してみせたあと、最終的な問題はそれらの「重なり合った構造の1つ1つを別々に聴く」ことではなく、それらの構造の量的な総和以上の何ものかの現出に立ち会う──「楽譜の彼方を聴き取る」こと、「多様性が結晶化する」さまを経験することであると言う(シュトックハウゼン1999 : 110−111)。また、ブーレーズは、「もっとも興味深いのは理論的なテクストではない。それは、いわば余りにも定式化され、限定されすぎている。……多少とも意識的に、多少とも故意に、一時の直観を明るみに出す気分的なテクストの法が、しばしばずっと啓示に富んでいる」と言う。なぜなら、それらは「論理をショートさせ」、「習慣や訓練からの、自分だけの製作世界に閉じ龍もることからの開放」を誘うからだ。したがって彼にとって「作曲家の過剰幻想は無駄ではなく」、それはむしろ「創造的な活動の一部」になる。そして、「たとえ過剰幻想が現実からはみ出したり、遠ざかったりするとしても、それは現実をよりよく捉え、それを将来における完成へと駆り立てるためなのである。……まさに問題になっているのはひとつのヴィジョンであり、ひとつの渇望である」と明かしている(ブーレーズ1989 : 372−73)。

 これまでさまざまな美的志向は、多岐にわたるいわゆる外音楽的対象をとりこんできた。それに対し、前衛芸術は自らの成り立ちに目をむける。前衛芸術の自己言及性とはこのことだ。それゆえ、そもそも芸術とはどのようなものか、音楽とは何か、という問いを自らの問いとしていない者にとっては、前衛音楽は何も言っていないように聞こえるだろう。音楽が音楽以外のものに転化する魔術を期待しているのに、何のヴィジョンも現れてこないように思えるだろう。したがって、「現代音楽に本当に夢中でない限り、・……最初にわれわれの心をとらえるものは欠陥」(ブーレーズ1989 : 301)となってしまう。期待するものが欠けていれば、通常、興味はおのずと失われる。これが「不評」の実態である。

 オルテガ風に言えば、人間的な、生きられた現実の幻想をつむぐ音楽と、非人間化された一人間を主題としない一音楽についての幻想をつむぐ音楽との差異が、「不評」を生む。しかしここで、「一般」の音楽のあり方と異なることは非難されるべきことではなく、そして称揚されるべきことでもない。どのように異なるのかを認識することが問題だ。どちらが正しいか、あるいはどちらが適切か、ということではなく、互いに何か異なるのか。アイデンティティは自己内部の論理のみで確定されえない。同一性の問題は、たしかに差異の問題だ。啓蒙的な観点からすれば、たしかに前衛音楽は音楽とは何かという問いを我々につきつけ、考えさせるきっかけとして機能するだろう。しかし、「きっかけ」であることは、いわば副産物である。この音楽が音楽として成り立つための、端的に言えば、繰り返し聴かれつづけるための、拠ってたつべき地盤は、科学的領域でもなく哲学的領域でもなく、啓蒙的役割でもなく、たしかに美的領域にある。それは音楽の零度の幻影である。


結び

 前衛音楽が音楽の零度の幻視であるとすると、そこには複雑な構造が伴うことになる。前衛音楽は、鳴り響く現象としては、従来のクラシック音楽の語法とは別のものを志向する。それは零度への志向によって生み出される現象だ。しかし、他方で「零度」あるいは「原点」「原理」の追求という志向は、きわめて西欧近代的なものだと言わざるをえない。また、音楽の発展の必然、独創性の追求、オールマイティとしての作曲者の創造性、これらはすべて、クラシック音楽文化のなかで醸成され、前衛音楽にひきつがれたものだ。すると、前衛音楽とは、2つの相反する運動を自らのうちに宿しているということになる。およそあらゆる事象は複数の競合しあう要素からなっているという見地からすれば、このこと自体は何ら特別な事態ではないが、自らがよって立つ伝統を発展させようとするがためにそれ自体を次々と否定しようとする行為は、自己批判あるいは自己破壊とも呼べる、きわめて振れ幅の大きな矛盾であると言えるだろう。さらに、表現行為でありながら──表現行為であるからこそ──「不評」を招く要因を発動せざるをえない「零度」への強烈な志向、科学や哲学に限りなく接近しつつも音楽でいようとする態度。前衛音楽は幾重もの相克に満たされている。この複雑さと矛盾する性質が、多数を遠ざける一因となり、そして少数を惹きつける要因となる。

 この矛盾を意識し、幻影性の意識をとりもどしたとき、前衛音楽についてより自由に語りはじめることができるだろう。ありもしない音楽の源を夢想すること、その想像力の跳躍のためにありとあらゆるイメージや知識が動員される。しかし決してそれらの理論の正しさや権威を標榜するためにではない。

 前衛作曲家たちの並々ならぬ人文理数諸科学への関心の表明は、幻視のための刺激としてまず扱われるべきだ。カリネスクの表現を借りれば、必要だったのは「科学それ自体ではなくその神話」であり、「比喩としての可能性のために」これら諸科学は利用されている(カリネスク1995 :185)。つまり我々が心しなければならないのは、作曲家たちは自らの創作を語る際にさまざまな事柄──科学、哲学、文芸、視覚芸術、宗教等々──を引き合いに出すが、それらを当該の音楽が表象する意味内容として扱うべきではない、ということだ。音楽の意味作用を可能にする中心的な力は、記号論的論理による指示・象徴作用よりもむしろ、メタファー的認識作用の連結・融合・創発の論理にあると見るべきだろう。そこでは、結ばれる項は互いに代価関係になるのではなく、それぞれ異なるもののまま、互いに共有する構造を糸として行き来する。一見、そこには何も変化がないように見えるかもしれない。しかし重要なのは、そこに関わる項目が何か、ということだけではない。どのような領域が、どれだけ多くあるいは少なく、どれだけの距離関係によって結ばれるか。この地勢的関係の総体が、いわば音楽の「意味」となる*13。したがって、たとえ哲学的真理や科学的真理と連結されようと、そのことがただちに音楽を正しきものに変化させることはない。音楽は音楽のままだ*14

 前衛音楽は音楽に関する真理の探究ではなく、音楽に関する幻影の遊戯である。より正確に言えば、音楽に関する真理の幻影をめぐる遊戯である。この矛盾にみちたアイデンティティをもって、ようやく前衛音楽を真理領域から美的領域に引き戻すことができる。それは、近代芸術音楽の歴史的発展の先陣を切るという意味での「前衛」ではもはやないが、本隊が容易に近づかないまたは近づけない、少数によってのみ探索されうる場にあるという意味で、あるいは美的志向の拡張の縁に位置するという意味で、「前衛」と呼んでもさしつかえないかもしれない。しかし、「前衛」があくまでも「未来をめぐる歴史意識と、時代の先駆けになろうとする意志を前提とする」(コンパニョン1999 : 74)のであれば、いまやそれは前衛と呼ぶよりも、美的志向のマイノリティと位置づけるほうが適切だろう*15。そしてまずは、この特殊な立ち位置に政治を持ち込まず、つまり極力それを特権化することなく、また逆に抑圧することもなく、自ら認識し引き受けることにより、前衛音楽はその芸術としての存立の意義をはじめて何の気がかりもなく主張することができるし、そして、そのアイデンティティのまわりに新たな社会的関係性が編み合わされていくだろう。本稿でおこなったことは、前衛音楽についてのまったく新しいイメージを提出する作業というよりは、従来語られてきたさまざまな事柄を俯瞰し、各要素の配置と連結のしかた──切断も含む──に慎重に手をいれる作業にすぎない。しかし、この仕立て直しにより、前衛音楽の等身大のアイデンティティにより近いものを素描することができたのではないかと思う。


[参考文献]

-

*1:ただし、多数による支持がそのまま学術的論議に結びつくとは限らないことは周知の事実だ。かつては世界音楽研究が、そしてごく近年までポピュラー音楽研究が手薄であったことがそのことをよく物語っている。

*2:大衆の不評などというものは、美的価値判断においては重要ではないという伝統的な考え方もあろう。しかし、芸術を現実世界と切り離して論じることは、結局、芸術の意義を危うくするものだ。例えばガダマーは現象学の立場から、「芸術の万神殿なるものは、純粋な美的意識に現れる無時間的に現在的なものではなく、歴史のなかで自己を集積し会合を行う精神の行為である」、「芸術の経験をなんの拘束も受けない美的意識の中へ押しやってはならない」と述べ(ガダマー1986 : 137−38)、美的行為を純粋な直接性の内部で展開されるものとしてではなく、歴史的に媒介された認識の問題として扱うべきだと主張している。また、谷川渥は、ピエール・ブルデューの、芸術作品および美的志向それ自体が、階級構造や経済活動を含む社会的歴史的生産物であるという提起(たとえば、ブルデュー1996 : 165−202を参照)を踏まえ、「芸術作品の本来的に美的な知覚、つまり一定の社会のなかで唯一正当とみなされた知覚そのものをひとつの社会的事実として扱うほかはあるまい」(谷川2003 : 92)と論じている。前衛音楽の美的志向はたしかに社会的に組み上げられたものであり、この音楽の受容/需要に関する社会的状況はその志向から発している。この点で、大衆の不評という現象は瓊末なことなどではなく、前衛音楽の美的志向ときわめて密接な関係にあるはずだ。

*3:たとえば、ハロルド・ローゼンバーグは次のように述べている。「芸術運動を定義しようという試みは、丁度、出発点からゴールまで一気に到達することはおそらくできないゲームのようなもので、そこではただ、いつもこれが最後だと思う場所からゴールに近づくことができるだけである。」(ローゼンバーグ1965:21)

*4:(アドルノ1973 : 86, 143)。このあともちろん、「啓蒙の弁証法」の図式にしたがって、想像力が素材を統制することがたちまち、素材による想像力の支配へと退落するというシナリオが提示される。

*5:(グリーンバーク2005 : 48−54,64)を参照。彼は次のようにも述べている。「アヴァンギャルドが『抽象』あるいは『非具象』の芸術……に到達したのは、絶対の探究においてであった。……内容は形式の中にすっかり溶解してしまい、芸術あるいは文学作品は全体としても部分としても、それ以外の何ものでもないものとなる。」(前掲書:5)

*6:ケージの以下のコメントも参照。「それでは、音楽を書く目的は何だろうか。……意図的な無目的性、あるいは無目的な活動。しかしこの活動は、生を肯定する。すなわち、混沌から秩序を生み出したり、創造における向上を示したりする試みではなく、ただ私たちが生きている生そのものに目覚める方法なのだ。」(ケージ1996:31−32)

*7ペーター・ビュルガーは、前衛芸術運動を、近代的な制度としての芸術それ自体への批判であると位置づける(ビュルガー1987:32−40)。また、グリーンバークは現代絵画自己批判の精神によって支えられていると指摘している。「西洋文明は、自分白身の諸々の基盤をかえりみて問いなおした最初の文明というわけではないが、そうすることを最も突き詰めていった文明である。私は、モダニズム哲学者カントとともに始まったこの自己一批判的傾向の強化、いやほとんど激化ともいうべきものと同一視している。」(グリーンバーク2005:62)

*8:(ビュルガー1987:68−77)参照。ただし、彼は前衛のこの試みが失敗に終わったとしている。

*9:筆者の指摘しようとするこの美的な出来事とは、たとえば、以下に挙げる現象学からの芸術体験の記述と通底する。「それゆえ芸術的経験の主体たるべき超越論的主観性は、自然的な美的主観の心理に与えられる衝撃を、驚異として解釈することができる。驚異は単なる衝撃的心的反応ではなく、普遍的な態度変更によって現出し来る新しさへの解釈的態度である。」(木幡1984 : 68)。「作品は、それ自体、それに固有な現存在によって、1つの出来事なのであり、従来のことと通例となっていることの一切を突き倒すような衝撃なのである。この衝撃の内でかつてけっして現存在しなかった世界が開かれる。」(ガダマー2002 : 149)

*10:この音楽の意味生成システムの見取り図に関しては、拙稿2000ですでに提示した。そこで取り上げた「メタファー的変容」の概念を、本稿では敢えて「幻影」「幻視」という、より一般的な言い回しに戻している。したがって、筆者が本稿においてこの用語で意味しているのは、現実とは別世界に漂う蒙昧たるイメージや、恣意的で神秘的なヴィジョンのことではなく、音の鳴り響きの知覚像が、各人の概念システムと文化的社会的環境のベクトルの関係性のなかでメタファー的に転移し、何か別の対象に結びつき、かつ新たな概念領域を生成させる認識作用のことである。

*11:これと関連して、ブルデューが、哲学的言説というものが、「日常的言語から独立しているという錯覚を与えなければなら」ず、「〈体系性〉があるという錯覚」「〈この哲学体系は自律性を持つ〉という錯覚」を抱かせ、「高みに立って、自分はあらゆる規定を逃れたところにいると主張」し、「特に社会的決定論から距離をとろうとする」と批判していることは(ブルデュー2000 : 111−135)、前衛芸術に関する言説にもほぼそのままあてはめることができる。

*12:一般の聴衆からのルサンチマン的反応もここから容易に引きだされる。興味がわかないものやわからないものはそれだけでもいらだちの種であるが、それが「正しい」とされている場合、ことさらに無視あるいは攻撃を招くことになろう。ブーレーズに言わせれば、大衆は自分か分かるものを確認することで自意識を満足させる欲求がある。「私か現在理解しているところでは、大衆は、自分自身がどれほど知的で天分に恵まれているのかを見にやってくるのだ。それで偉大な名演奏家がこれこれの作品を演奏するのを聴きに出かけるわけだが………彼はすでに何度となくそれを聴いていて、その上少し危うい目に会いそうになると、もうまったく耳を傾けない。結局、彼はそのコンサートに来たことで自画自賛し、拍手を送るというわけである。……あなた方は自分か文化・教養と解しているものを自分に認め、自賛するのだ。」(ブーレーズ1989:305)

*13:この構想の概略については拙稿2000を参照。音楽の意味作用の地勢的論理についてはさらに綿密な考察が必要であり、稿を改めて論じたい。

*14: たとえばガダマーも次のように述べている。「芸術作品はけっして何かを意味するものではないし、記号のように何かの意味へと指示するものでもない。芸術作品は、それに固有な在り方でそれ自体を呈示しているのである。」(ガダマー2002 : 148)

*15:たとえばブーレーズは「実際、今日の音楽は、作品を作者と同時に作ってゆく聴衆の知的な参加を必要としている。作品を横切り、総体的・能動的・建設的な方法でその歩みを追ってゆく時にのみ、作品は理解できるのである」(ブーレーズ1989:326)と述べているが、これはすなわち、前衛音楽を理解するであろう聴衆は、必然的に少数にならざるを得ないことを明らかにしている。ただし、「共に創造する」という参加の作業が必要なことは事実であるが、ここで、受動的に受け止めるよりも能動的に参加するほうがよりよきことである、という価値のヒエラルキーを作動させないように気をつけなければならない。事実、ブーレーズの口調は、この価値観を暗示している。しかし、本文でも述べたように、これは優劣の問題ではなく、音楽に対する態度および意識の様態の違いとして取り扱うべき問題である。



目次へ