I’m gonna crawl

職に就いてから会社の飲み会は公式非公式を問わず辞退している。

忘年会くらいはいいかな? とも考えた。
それなりにお付き合いも大切だしアルコールを飲むこともないだろうし、と。

確かにお付き合いも大切だしアルコールを飲むこともないだろうが、やはり忘年会も出席は控えた。
そしてAAミーティングに参加した。

それで良かったのだろう。
あるAAメンバーがAAに参加しながらアルコールをやめていくことになった“原点”の話をしてくれた。
別のメンバーは(その人の持病のせいもあるのだが)、私たちはいつ死んでもおかしくないのだと思い起こさせてくれた。

さらに別のメンバーが、帰りがけに声をかけてきた。
いつもなら形ばかりの軽い挨拶程度でサヨウナラ、といった人である。
意外に明るい口調で、とあるイベントに誘ってくれた。
AAのイベントではないので、お誘いを受けるかどうかはわからないが、まあ、行ってもいいかな?
それなりにお付き合いも大切だしアルコールを飲むこともないだろうし。

AAミーティングに行くまで、とにかくササクレ立っていたのだった。
忘年会を欠席したからばかりではなかった。
職場でのあれやこれやがおかしなふうにくすぶって、どうにでもなれという、あの投げやりな気分にとらわれていたのだった(昔のように)。

どのような一日であっても、飲まないでいた今日一日は負債ばかりではないのだ。
負債があったからこそ、些細なことからmindもemotionも揺らいでしまう自分を見つめられるのだ。
そして、ひょっとすれば、だが、負債は資産に変えられる......。




This odd trait of mind and emotion, this perverse wish to hide a bad motive underneath a good one, permeates human affairs from top to bottom. This subtle and elusive kind of selfrighteousness can underlie the smallest act or thought. Learning daily to spot, admit, and correct these flaws is the essence of character-building and good living. An honest regret for harms done, a genuine gratitude for blessings received, and a willingness to try for better things tomorrow will be the permanent assets we shall seek.
12&12 STEP10