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ゆっくりいこう

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2016-12-01

[] ジェフがケンペス逝去の知らせを受けたと発表

 昨日、ジェフがケンペス逝去の知らせを受けたと発表しています。

 文章を読むと情報元はブラジルメディアとシャペコエンセのSNSということで、我々と同じ状況で独自の情報ではないのかなとも感じました。


 しかし、C大阪京都川崎神戸とほぼ同時期に選手の逝去を伝えており、これで決まりなのかな…と思います。

 ちなみにジェフとC大阪、神戸などは、発表がほぼ同じ文章になっています。

 タイミングも含めて混乱などを避けるために、代理人の方などが書かれたのでしょうか。



 ケンペスは2013年にジェフへ加入となりましたが、あの時は年明けに藤田の移籍が突然発表され、1月末にケンペスの入団が発表されました。

 その経緯からして、ケンペスは急遽補強となったのかなと感じました。

 13年シーズンは前年に予算を使いすぎたのか、補強が少なく厳しい状況だったと思います。

 CFもシーズン後半に森本が補強されるまではケンペスしかおらず、ケンペス不在時には谷澤やナムが1トップを任されていたわけですから、今考えてもなかなか大変な年だったと感じます。


 それだけにケンペスがいてくれたことはジェフにとって非常に大きく、チームにとって欠かせない存在になっていきました。

 しかし、守備に関してはサボることが多く、ポストプレーもあまり計算できるような選手ではなかったと思います。

 もろ刃の剣のような存在だったとも言えるでしょう。



 ただ、ケンペスの場合、守備やポストプレーが"出来ない"というよりも、"しない"のかもしれません。

 守備でも追いかけられる位置にいれば良いプレスをかけることもあったし、ポストプレーに関してもパワーはもちろん足元の技術もある選手でしたからやれないことはなかったのかもしれません。

 本人は「日本は守備も求められるから大変」とは話していましたが、現代サッカーではどこも同じような状況ではないかと思います。


 あえて守備やポストプレーなどの雑務はせずに体力を温存しておいて、ゴール前でのプレーにかけようとするタイプだったのではないでしょうか。

 考え方からすれば、少し古いタイプのストライカーとも言えるのかもしれません。

 しかし、それも今考えればプロデビューからブラジルで中小クラブを渡り歩き、苦労して這い上がってきた選手だからこそなのかもしれません。

 上位クラブに認められて移籍するためには結果を出すこと・ゴールを決めることを優先しなければいけない状況でプレーしてきたからこそ、あのプレースタイルに至ったのかなとも思います。



 ケンペスはゴール前に向かう際のフィジカルやジャンプ力、ボールを持った時の突進力のある選手で、クロスボールに合わせた勢いあるヘディングが武器のFWでした。

 特にスペースに出されたボールを頭で合わせるのが得意なイメージで、13年には米倉、14年には中村からのクロスにケンペスが合わせる形がジェフの得点源になっていました。

 13年はJ2ながらも得点王に輝きましたが、ジェフでの得点王は94年のオルデネビッツ以来だったということで、ジェフとしては実に20年ぶりに得点王を輩出できたことになります。

 固め打ちが多い選手でもあり、13年だけで3度もハットトリックを決めています。


 ただ、パワーのあるFWでゴール前で明確に強みを持っている選手ではありましたが、決定力や安定感に関しては課題もありました。

 守備などの問題も含めて決して使いやすい選手ではなく、それが14年後半に絶好調期に入っていた森本にポジションを譲った1つの理由だと思います。

 しかし、とても気さくで明るい性格で、どこか憎めないキャラクターでした。



 ファンサービスなども積極的に行っていたと聞きますし、真面目な性格の選手だったと思います。

 派手なヘアースタイルにしていたのも、ファンやサポーターを喜ばせようという思いがあったのでしょうか。

 笑顔が印象的な選手でもありましたね…。


 最後にジェフがアップしている、14年最終節讃岐戦のダイジェスト動画をご紹介したいと思います。

 この試合では森本が接触プレーで脳震盪を起こし、退場するというアクシデントに見舞われました。

 そこで代わって入ったケンペスがゴールを決め、森本の11番を指で表現し回復を祈ったシーンも動画に残されています。

 ケンペス一番の武器であったクロスからのゴールではありませんが、キムからのロングパスを豪快に足元で決めており、ケンペスらしいパワフルなシュートだったと思います。



 ケンペスの優しさと力強さの両方が、感じられるのではないでしょうか。

D

 なお、これがケンペスのジェフでのラストゴールになっているはずです。



 まだ、実感がわかないというのが素直なところではありますが、いつまでも下を向いていては笑顔が印象的だったケンペスに顔向けできないですね。

 改めてケンペスを含め犠牲になった方々に、お悔やみを申し上げます。

 そして、ケンペス、ジェフでプレーしてくれてありがとう。

 ケンペスの屈託のない笑顔とダイナミックなプレーは、いつまでもジェフサポの心の中に残り続けることだと思います…。



 今週はこれで更新をお休みしたいと思います。

 喪に服すということで…。

2016-11-30

[] ケンペス含むシャペコエンセの選手を乗せた飛行機が墜落

 ジェフも監督就任内定の会見があり、オフの動向も気になる状況ではありますが、とても悲しい出来事が起こってしまいました。

 昨日、元ジェフのケンペスを含む、シャペコエンセの選手を乗せた飛行機がコロンビアで墜落。

 飛行機には元神戸カイオ・ジュニオール監督、元京都チエゴ、元柏クレーベル、元川崎アルトゥール・マイアとケンペス以外にも多くの元Jリーグ関係者が搭乗してた模様です。



 シャペコエンセはブラジル1部チームで、73年に設立され77年にはサンタカタリーナ州選手権に優勝。

 歴史あるチームですが、近年は長らく低迷していたようで09年には4部に所属。

 しかし、そこから一気にカテゴリを上げていき、14年には35年ぶりにブラジル1部に昇格したそうです。


 そして、今回のフライトは、コパ・スダメリカーナ決勝初戦に向けて移動中だったそうです。

 コパ・スダメリカーナはコパ・リベルタドーレスに並ぶ南米の国際大会で、この試合に勝てば南米王者としてスルガ銀行杯に招待され来日する可能性もありました。

 上り調子のクラブだったわけですが、このような悲劇に見舞われてしまいました。



 ケンペスは04年にブラジルでプロ生活をスタートし、始めは小さなクラブを転々としていたようです

 11年にレンタル先のブラジル1部のアメリカ・ミネイロで13ゴールの活躍を見せると、12年にC大阪へレンタル移籍しJ1で27試合に出場し7ゴールをマーク。

 そして、13年にはジェフに加入し38試合で23ゴールを上げJ2得点王を勝ち取り、14年にもジェフで13ゴールを決めています。


 ジェフを退団した後は、昨年ブラジル1部のジョインヴィレECに加入。

 そして、今年シャペコエンセへ移籍したばかりでした。

 つい2日前には元C大阪シンプリシオのインスタグラムにケンペスの写真が掲載されていて、元気そうだなぁと嬉しく思っていたのですが…。



 経歴を見て行くとシャペコエンセもケンペスもここまでとても苦労して、這い上がってきたことがわかります。

 ケンペスはいつも良い笑顔を見せていた選手なので忘れがちではありますが、ブラジルで大変な努力を積んでここまできた選手なのでしょう。

 それだけに、南米チャンピオンまであと一歩まできたこのタイミングで、こんな事故が起きてしまうとは…。


 情報が錯綜していましたが、地元政府からケンペスを含め多くの方が亡くなったと発表されたという報道が出ています

 しかし、一部情報では犠牲者の特定にはまだ時間がかかるとも言われているようで、絶望的な状況ではあるのでしょうが正確な検死の結果は出ていないということなのかもしれません。

 僅な望みにかけて祈っているご家族やご友人の方々もいらっしゃるかもしれませんし、正式な発表が出るまではお別れの言葉を口にするのは控えたいと思います。



 今はショックでこの件以外のことは考えにくいので、今日のところはここまでとさせていただきます。

 あまり気乗りはしませんが、明日からはなんとか頑張って正常運転に戻りたいと思います…。