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2008-04-08

[] サポーターに必要なのは「自己犠牲の精神」

 サポティスタさんによると川崎サポは敢えてブーイングしないんだとか(元ネタはこちらで)。

 その詳細はリンク先で。



 私は結局、行き着くところは「バランス」なんじゃないかなぁと思います。

 精一杯の応援と、適度なブーイングと…。


 私はブーイングを肯定するつもりはないけど、否定するつもりもありません。


 けれど、昨年のフクアリはあまりにも無闇なブーイングが多かったということと、試合前からのブーイングなんて、選手に悪影響を与えるだけで「チームのために」ならないのではないか?ということを私は言いたいだけであって。

 それはあまりにもバランスが崩れた状態だったと私は思うので。




 確かに応援しながらバランスを考えるなんてことは、難しいことです。

 というか、実際には無理な話しでしょう。

 けれど、「何が一番ジェフのためになるのか」を突き詰めていけば、結局はそういったバランス感覚だとか第三者的な目線というのが、必要不可欠になるんじゃないかと思います。


 試合が始まればアツくなるのは当然。

 だけど、試合が終れば反省することは十分可能でしょう。

 それを怠ってしまっては、良い応援なんていつまで経ってもできないですよね。



 そういった意味で、川崎サポの「ブーイングしない」という考えは非常に画期的だと思います。

 それが、第三者目線で考えた結果なのでしょうから。


 けれども、もちろんその答えが全てとも限らないでしょう。


 それは川崎サポの方向性というかアイデンティティというか。

 川崎サポのものですからね。

 それが素晴らしいと思うからといって、そのまま真似ればいいってわけじゃない。


 例えばレッズサポが“かっこいい応援”で成功したからといって、他チームのサポが同じように“かっこよさ”を目差したって成功するとは限らない。

 むしろ成功例の猿真似ばかりするのでは、そのチームの応援の個性を失うことに繋がってしまう。





 …で、今のジェフサポのアイデンティティって何になるんでしょうね。

 ファミリー向けなのか、かっこよさなのか、選手に厳しい応援なのか、川崎サポみたいに暖かく見守る感じなのか…。


 昔はファミリー向けの応援ということで、いい意味で評価されていたように思います。

 それがはっきりと崩れだしたように見えたのが昨年のブーイング。

 多くの方はオシム監督が来てナビスコで2連覇して成功してしまったから、期待値が高まったんだと分析していますし、私もそう思っていたところがあります。



 でも、川崎だって優勝こそないけれどここ数年である程度の成功を収めて、観客動員数も増えたはずです。

 たぶんジェフ同様にサポの入れ替えもあったことでしょう。

 日本代表にも選ばれるスター選手も誕生しました。

 けれど、川崎サポの方向性は今のところぶれていないということなのではないでしょうか(詳しくは知らないけど)。



 それを考えるとそれらの言い訳というのは、ちょっと通用しないんじゃないかなと思うようになってきました。

 もちろん2チームの状況は、色々と違うわけですけど。



 まぁ、アイデンティティなんてものはどうしたって少しずつ変っていくものなのでしょう。

 チームの成績も変動するし、サポも入れ替わるし、ジェフの場合フクアリ移転という大きな変化もありました。

 だから、多少の変化は仕方ないのかもしれない。


 けれども周りに流されて無理に変えようとすれば何も残らなくなるんじゃないかってこと、そして最終的には「チームのために」ってのを見失ってはいけないこと。

 このあたりが重要なんじゃないでしょうか。





 私は「サポーター」と「ファン」の区別というのは簡単には説明できないと思っています。

 「サポーター」ってのは音楽でいう「ロック」と同じで、具体的にはっきりしているものではなく、感覚とかそういうもので周り人が決めるものなんじゃないかと思っているので(笑)



 だけど、「サポーター」には必要で「ファン」には不必要なものがあるんじゃないかと思います。

 それは、「自己犠牲の精神」。



 サポーターを始めると、お金はかかるし、時間も空けなきゃいけないし、面白い試合だけじゃないし、時には他サポといがみあったり、フロントと対立したり、選手も移籍したりする…。

 それでも時には我慢しなければいけない。

 ブーイングしたい時でも、グッとこらえなければいけない場面というのがたくさんあるはずです。

 


 それが「チームのため」になるのなら。

 「チームのために」身を粉にして応援する人々こそが、サポーターと呼ばれるべき人種なんじゃないかと。






 しかし、もしサポーターがその本質である「チームのために」応援できなくなったら。

 言うなれば“名前だけのサポーター”になってしまったら。

 その時はサポーターだけでなくそのチーム自体も、バラバラになってしまう時なのではないでしょうか。

川崎サポですが川崎サポですが 2008/04/09 10:51 どうでもいいレスですけど、「サポティスタ」は、ほとんど引用しているだけで、引用元は「はてな匿名ダイアリー」ですよね(^^;)
匿名なんだから、本人は気にしないと思うんですが。

川崎サポです。川崎サポです。 2008/04/09 14:17 すみません。
どうでもいい話にレスをありがとうございます。
私は書いた方本人じゃないので、良し悪しとか判別つかないんで。
ただ、ちょっと気になっただけなんです。(^^;)

それで、もう一人の川崎サポとしての「ブーイングしない理由」ですけど、匿名ダイアリーに書いてあった意図もわかるし、あるんだろうな、とは思いますが、
aratasuzukiさんが仰る通り、「それが川崎サポらしさだから」というのが私の中では大きいです。
等々力の雰囲気は守りたいし、選手との距離感も守りたい。
川崎サポが選手たちと密着しているわけではないと思いますが、そこそこの距離感を保ちながらも、サポーターの前でしょっちゅう選手がトラメガを握って話してくれるという文化は、岡山選手から始まった川崎発祥の文化ですし、そういうのは今まで作ってきた雰囲気が生み出したものだと思っているので。

川崎はフロントの仕掛けがうまいとよく言われていますが、
仕掛けるためにサポーターの声をよく聞くフロント
そういう企画にちゃんと乗っかる選手
等々力・川崎独特の空気作りと維持に熱心なサポ
の三位一体が、今の川崎を作ってる要素だと(サポの部分は自負も含めて)思っています。

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