2009-04-20
建築デザイン第1回エスキス
本日は先週課された住宅課題、「住宅の設計プロセスを設計する」の第1回エスキスでした。
課題の内容については前回の記事、藤村龍至ショートレクチャーを見てもらえればわかると思うので割愛します。
エスキス前までの「超線形設計プロセス論」の解釈は大幅に間違っているものだとわかりました。
誤解の1番の元を正せば、超設計プロセス論の原則の1つ、「Do not image(想像するな)」の解釈を間違えていたこと。
想像するなとはつまり、周囲のコンテクストを読み、そこから発想しろということ。自分の言葉に置き換えると、「根拠を持て」。
つまり(以前のレクチャーで藤村さんも仰っていたが)単発的な想像をしないということ。
例えば今回の課題のように「五角形」の敷地なら、その「五角形」の敷地にあった発想をしないといけない。狭い敷地ならば「狭い」敷地にあった発想をしなければいけないということです。
その中で線形的に各模型の間の差分を取っていくことで前進していく。
このことを踏まえて見ていくと、このプロセスがいかに生産的であるのかが見えてきました。
幸運なことに、エスキス後藤村さん、猪熊さん、門脇さん(お二人とも首都大学助教)と食事をする機会ができました!!
3人の議論が白熱する中、合間合間で聞きたいことを本当に多く語っていただくことができました。特に興味深かったのは超線形設計プロセスは建築家の作家性を担保するのか、という部分。
今回は内容を正確に記述することができないので自分の感想を。
超線形設計プロセスは作家性を担保し得る可能性を持っているのではないか、と感じました。
ただ、プロセスが超論理的であるが故に、個性、作家性の出しにくさを感じる部分があるのでは・・・とも感じました。だから自分の立場としてはグレーゾーンかな…と思います。条件の出入力の選択制の中である程度の作家性を出すことはできるにしても、それはやはり「発想」という無限の広がりには枷をつけてしまう気がしました。もう少し出入力に人間性、作家性…どれが当てはまるのかはわかりませんが「ノイズ」のようなものをいれることができたら…自分の感覚に近づく気がします。
以降は前回の記事の疑問点について。
・手順を踏むだけでより良いものが作れるということは、非常に合理主義的で、味気ない。
→コンテクストを読み込んだ中から出てきた発想は生かしていい。そこの部分は決してただカッコイイ、新しいだけではない、説明可能で面白い建築を可能にする部分で、この手法では一番いいところ。手順=手法というものを持つことはこの説明可能という部分の肝なので、非常に大切。
・与条件をより多く解いたものがより良い建築だといえるのか
→これは疑問自体が間違いで、設計する側の独自性も反映される手法だということがわかりました。
疑問も解けて非常にすっきりしました。また明日から設計に意欲的に臨めそうです。
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