2009-09-22 星を砕く木には水を
ハング 誉田哲也 D
とある殺人事件の再捜査をきっかけに崩壊させられる警視庁捜査一課特捜一係。その凄惨な道程を描いた警察小説だが、徒に登場人物が不幸になっていくだけで、その先の物語としての意味を掴むことが全くできなかった。一応のオチはついているがとてもしっくりくるようなものではない。
登場人物を容易く酷薄に扱うことのできる誉田哲也の側面を再認識する作品ではあったが、本当に「それだけ」であり物語としての完成度には大きな疑問符をつけざるを得ない。なんでもないような事件の再捜査が大きな闇の一端に触れ、結束も固く優秀であった面々がバラバラになるどころか、あまりに不幸な道程をたどることになるというその物語の筋自体は、かなり非現実的とはいえエンターテイメント性の感じられる展開ではあるのだが、本当にただ不幸な目にあう様を見ているだけではさすがに満足することはできない。そこに物語らしい物語はないからである。
特に殺し屋だの裏社会のフィクサーだのを大真面目に描いている割に、オチが常識の範疇にあることの違和感が強い。どうせやるならば徹底的に破滅の道をひた走っていく、みたいな描写の方がまだ面白かったと思うのだが・・・さすが警察エンタメを書かせれば昨今でもトップクラスの誉田哲也だけはあって読ませることは読ませるが、一ヶ月経てば内容を忘れてしまいかねない作品だったのは残念である。
錯誤配置 藍霄 C+
島田荘司選アジア本格リーグの一冊目。台湾の現代本格ミステリで一線を担う藍霄氏の有名作品とのこと。非常にこなれた訳のおかげもあり、台湾の作品といっても違和感無く読むことができた。あまりに隙が多く読後に納得のいかないところも多々あるが、冒頭における不可解な謎による引き込みといくつかの推理の展開は素晴らしい。
taipeimonochromeさんが以前から紹介しており、島田荘司も支援しているという今元気な台湾本格。その話だけ聞いてもさすがに原点を紐解くほどの情熱は無かったわけで、このように翻訳され紹介されて始めて手に取ることができた。勿論この一作だけで台湾の本格シーン全体に対して云々することはできないが、少なくとも本書を読んで僕は、台湾本格をもっと読んで見たいと強く感じた。それだけの魅力を本書は備えていたと言えよう。
本書の最大の特徴は勿論その構成であろう。台湾本格として日本に紹介される一作目として、このような変則的な作品が選ばれたことは、台湾本格の本質自体が変格的性格を持っているからではないかと思うのだが、とにかく本書はヘンだ。本書は精神科医でありミステリー作家である藍霄のもとに届いた一通の異常なメールに始まる。このメールが本当に傑作。心を病んでいるとしか思えない異様なテンションで語られる不可思議な事件。そして急転直下文面が帯びる不穏さ。狂人の告白が藍霄を苛む序盤の迫力はかなりのもので、堂々読者を引き込むだろう。
中盤まで藍霄の一人称で本書は進むが、推理パートでは藍霄の友人である李君へと語り手が移り、一気にテンションが急上昇。一種道化的な印象もある李君の語り口で、本来退屈になりがちな聴取、捜査の場面は小気味良く進むことになる。そして終盤、再び藍霄への手紙へと語りは移り、真実が明かされる。相変わらずこの語りの迫力はかなりのもので、否応無く最後まで読者は引き込まれ続けることだろう。
真相に関してははっきり言って驚くようなものではない。僕はあまりフェア、アンフェアにはこだわらないが、しかしどう考えてもアンフェアな手を本書は使っているのだからある程度驚かせてくれないと困る。ただ、本書の面白いところは、アンフェアであること、あるいは驚きようのない作りになっていること、に対して本書なりの理由がしっかりと明示されているということ。それだけに、この点を一概に欠点であると批判することは僕にはできない。
ただ、肝腎の殺しのトリックは状況説明にかなり文字を割いてこだわっているにも関わらず、難度は高くないのは残念であった。序盤で示された不可解現象もそれほど納得できる説明が与えられるわけではない。「本格」としての純度を見るならばかなり低いといわざるを得ない。ただ上述のように本書のキモは構成にあるのだし、中心のトリックではないがその他の謎に関しての探偵役の推理にはなかなか面白いものがあった。
本当にこのような作品が一つ目として紹介されることに僕は驚いた。台湾本格の刺激的な作品が今後多く翻訳されることを望む。最後になるが、本書の翻訳はかなり砕けてはいるが、読みやすく、さらに雰囲気を上手く伝えていて素晴らしかったことを付け加えておく。

