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"Ask not what the net can do for you - ask what you can do for the net."

インターネットの学術利用をテーマにした専門サイトACADEMIC RESOURCE GUIDEブログ版です。記事は主に以下の4点です。

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2008-01-16 (Wed)

[][][]2008-01-15(Tue): 『図書館の再出発−ICU図書館の15年』の書評を書く

図書館の再出発―ICU図書館の15年

以前紹介した黒澤公人、畠山珠美、松山龍彦、久保誠、長野由紀山本裕之、浅野智美著『図書館の再出発−ICU図書館の15年』(大学教育出版、2007年、2100円)の書評を書いた。3月刊行予定の雑誌情報科学技術」58-3に掲載されるはず。

・黒澤公人、畠山珠美、松山龍彦、久保誠、長野由紀山本裕之、浅野智美著『図書館の再出発−ICU図書館の15年』(大学教育出版、2007年、2100円)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887307969/arg-22/

・「黒澤公人、畠山珠美、松山龍彦、久保誠、長野由紀山本裕之、浅野智美著『図書館の再出発−ICU図書館の15年』(大学教育出版、2007年、2100円)」(編集日誌、2007-12-09

http://d.hatena.ne.jp/arg/20071210/1197214980

今回の執筆機会は昨年末

・「東京工業大学異業種交流会(脇田研究室勉強会)で講演」(編集日誌、2007-12-14)

http://d.hatena.ne.jp/arg/20071216/1197784637

の際にお目にかかった編集委員の方にその席でご依頼いただいた。

いつどこでどんな出会いがあるかわからないところが楽しい

さて、書評のほうだが、あらかじめ弁解しておくと、やはり2000字は厳しい。紹介も批評も意を尽くせなかった思いがある。新刊紹介ではなく本格的に批評するのであれば、4000字は欲しいところだ。ということで、「情報科学技術」に記事が掲載されるタイミングを見計らって、こちらにオリジナルバージョン+大幅加筆版を公開しよう。

2007-06-26 (Tue)

[][]2007-06-26(Tue): 書評『断酒が作り出す共同性−アルコール依存からの回復を信じる人々』(葛西賢太著、世界思想社2007年、2100円)

科学がいかになされるのかを示す科学の実践の書」

断酒が作り出す共同性―アルコール依存からの回復を信じる人々

アメリカに始まる匿名の断酒自助会アルコホーリクス・アノニマスAlcoholics Anonymous、以下AAと略記)の研究成果をまとめた本書は、断酒やAAへの関心の有無を問わず、様々な興味に応えてくれる一冊である。もし、断酒やAAに関心が湧かなくても、たとえば組織論、特に非営利組織の運営論として興味深く読めるだろう。あるいは本書で詳しく語られる「罪責感のマネジメント」(25〜26頁)からは、産業社会学や産業心理学で扱うような組織における人のマネジメントの問題に大きな示唆を与えてくれるだろう。このように本書は幅広い応用の可能性を持つ。しかし、本書の価値は、本書が科学の実践の書であり、科学がいかになされるのかを示す書であることだろう。著者が専門とする宗教学は一般的には人文科学に分類されるが、本書はそうした分類を超え、経験科学の成果としての価値を存分に有している。

科学のありようを示してくれる一冊と評価したい理由は主に四点ある。以下、順次述べていこう。

(1)誤解の払拭

先入観偏見、不十分な情報や不確かな判断に基づく思い込みを正すことは、科学の一つの役割である。本書はまずこの点において申し分ない。たとえば、聞きかじりの知識しか持たなければ、断酒に挫折することは断酒をすすめるAAの活動の失敗であるかのように多くの人は理解することだろう。だが、本書はこのような誤解を戒め、AAの活動においては「メンバーの再飲酒をはじめから想定している」(25頁)ことを教えてくれる。もちろん、払拭される誤解はこれにとどまらない。他にもAAミーティングにおける「言いっぱなし、聞きっぱなし」に対する誤解を例に挙げて示していることに気づくだろう(111〜112頁)。このように通俗的な見方を退けようという著者の考えは、本書の目的を語る「まえがき」で明瞭に示されている。

本書の目的は、アルコール依存症の本質を探究することにはなく、むしろ、アルコール依存症から回復しようとする、宗教的ともいえる相互扶助の姿を描くことにある。だが、そのためには、アルコール依存症という病気に対する多くの誤解を解き、実像を描くことが必要であろう(v〜vi頁)。

アルコール依存症から回復しようとする、宗教的ともいえる相互扶助の姿を描く」という目的の前提として、アルコール依存症そのものに対する様々な誤解を解かなくてはならない。著者の強い決意がうかがえる一節である。かくして「治癒はないが回復はある」という言葉が示すように、アルコール依存症には完治といえる状態が存在せず、その意味で不治の病であるという事実が指摘され(14〜15頁)、読者の固定観念を徹底的に打ち砕いてくれる。これだけでも本書の価値といえるだろう。

(2)概念の援用

また、科学において概念を適切に用いることは欠かせないが、本書での概念の扱い方は見事なものだ。第7章ではハインツコフート(Heinz Kohut)(1913年1981年)の「自己対象」(Selfobject)概念を手がかりに「そばにいるだけでも重要サポートになりうる」というAAの仕組みが読み解かれていく。詳細は本書に委ねたいが、

  1. 鏡として機能する(miroring)自己対象
  2. 自己対象すなわち<重要な他者>を理想化する(idealizing)関係
  3. 分身(alter ego)としての仲間との関係

という三つの重要な考え方を、具体例や言いかえを交えながら著者は丁寧に解説していく(145〜157頁)。もちろん、けっして平易なわけではない。だが、読み返しながら論旨を追うことで、専門外の読者も著者の思考に近づいていける、という実感を持てるのではないだろうか。さて、科学における概念操作を身近に感じられるのは、第7章の記述もさることながら、そこに至る第6章までにAAの実情が丹念に描き出されていればこそだろう。AAにおけるミーティングや、そこで語られる体験談意味、そしてAAにおいて重視される十二のステップなど、第5章と第6章の記述があればこそ、「自己対象」をめぐる議論の重要性が感じられるのだ。

(3)現代への応用

だが、事実の正確な理解に基づく誤解の払拭や、描き出された様々な事実に一本の筋を通す概念の援用だけでは、科学として十分ではないかもしれない。やはり、そこには現代的な意義が込められていることが望ましい。この点においても本書には学ばされるところがある。終章である第9章の末尾では、約200頁に及ぶそれまでの記述を踏まえて、現代的課題に対するAAの役割や可能性が示唆される。ここで課題とされるのは、近年あらためて社会問題化している飲酒運転である。先に引いたように、本書を通して「アルコール依存症という病気に対する多くの誤解を解き、実像を描く」ことにも取り組んだ著者は、こう述べる。

本書をお読みいただいたなら、倫理的宣誓や罰則の強化だけでは不十分で、酒を飲まずにいられない病理に焦点を合わさなければ、隠蔽につながる危険もあることがおわかりいただけよう(197頁)。

そして、この問題に対して「啓蒙や長期的サポート」あるいは「啓蒙活動を超えた治療的介入」といった領域でAAにできることが数多くあると指摘している(198頁)。AAの世界に閉じることなく、幅広い応用の可能性に目を向けているのである。応用を論じることは、ときとして論理の飛躍や声高な主張に転じてしまうが、本書にそのような心配は必要ない。落ち着いた筆致で当然の帰結のごとく、現代的な課題への応用が提言されている。そして、AAにとって、そしてAAによるサポートを必要とする社会にとって、説得力のあるメッセージとなっている。

(4)実感の追求

本書が科学の実践の書であり、科学がいかになされるのかを示す書である理由として、(1)誤解の払拭、(2)概念の援用、(3)現代への応用を挙げてきたが、この点における本書のもう一つの、そして最大の価値を挙げておきたい。それは自分自身の理解の仕方や考え方に対する著者の徹底した姿勢である。

本書を読み進める中で読者は、随所に著者がすでにある定訳に対して考え抜いた末にたどりついたであろう著者ならではの新訳、葛西訳を目にするはずだ。たとえば、「正統的周辺参加」を言い換えた「正当に周辺から関わっていくこと」(32頁)であり、「いろいろな教育的な形」を言い換えた「学び方のバリエーション」(72頁)である。前者は教育学における定訳、後者AA聖典たる「アルコホーリックアノニマス」における定訳であるが、著者はあえて新たな訳語を与え、自らの理解の仕方を表現している。また、「体験」と「経験」の相違を考察する箇所(107頁)や、AAにおけるサポート意味づける際に倫理学社会福祉学でいう「寄り添う」ではなく、「そばにいる」という表現を用いようとすることも印象深い(143頁、157〜158頁)。おこがましい言い方ではあるが、著者が借り物の思想に拠ることなく、自分の理性と感性で理解し、自分の言葉で表現しようとする姿勢が如実に現れている。研究対象に迫り、先行研究に学びつつも、最後は自らの言葉で語るこの姿勢ほど、科学のなんたるかを示すものもないだろう。

さて、以上の4点、(1)誤解の払拭、(2)概念の援用、(3)現代への応用、(4)実感の追求に基づき、本書が経験科学の成果としての価値を存分に有した科学の実践の書であり、科学がいかになされるのかを示す書であることを述べてきた。それだけの価値を有する本である。ぜひ多くの方々に、特に評者同様、専門家ではない一般の市民に手にしてほしいが、「宗教学専門家でない読者を想定」(iv頁)した本である以上、次の点には改善の余地があるだろう。

専門家ではない読者と専門家の読者の間の大きな違いの一つに、背景知識の差がある。また様々な学説や研究史、あるいは概念間の関係図などが頭に入っているか、その地図を描けているかというところに差が現れがちである。その点で本書の第4章ではAAの成立史が詳述されるが、当時AAがなぜ宗教性への傾斜を避け、心理学を援用する方向へと向かったのか、その背景がわかりづらい。当時のアメリカにおける心理学受容の実情をもう少し触れてもよかったのではないだろうか。もちろん、これは博士論文を大改訂していく過程であえて削り取られた箇所かもしれないが、せめてAAの成立を中心にした年表があると歴史的・時代的背景を理解しやすいだろう。図表の必要性については、AAの十二のステップが成立していくプロセスを語る箇所や、コフートの「自己対象」概念を引く箇所にもあてはまる。十二のステップが変化するプロセスを示す対照表や、コフートの「自己対象」概念の三つのとらえ方を示すチャートのようなものがあると、ここでつまずく読者を減らせるのではないかと思う。これらの点は著者というより、編集者の役割であったかもしれない。ぜひ出版元である世界思想社には本書の初版を早々に売り切り、増刷する際の部分改訂を検討してほしい。

とはいえ、博士論文ベースにさらに6篇の論文エッセンスを加味して本書をつくりあげた編集者の力量はすばらしいものがある。博士論文を刊行する際によくみられる上製函入かつ高価という形ではなく、ソフトカバーに親しみやすい表紙を添え、2100円という廉価での刊行を実現したことは賞賛されていいだろう。本書刊行に向けて著者と編集者が注ぎ込んだ情熱努力を想えば、上に述べた図表の問題はもちろんクリティカルなことではない。むしろ図表が必要と述べた三箇所は、読者のほうもノートを片手に、考えを整理しながら読み進める努力が必要なところかもしれない。

もう一つだけ、著者にリクエストしたい。これは本書を超えるお願いである。「まえがき」でも語られているが、AAという集団にわけいっての調査には並々ならぬご苦労があったことだろう。AAに集う当事者たちにとっての問題のデリケートさに配慮しながら、研究をまとめていった過程は著者自身も相当なプレッシャーを感じたことだろう。そのプロセスは本書がそうであるように、まさに科学の実践の場であったと思う。そこでお願いである。ぜひ調査研究から論文執筆、そして本書刊行に至るまでのプロセスで著者が得た経験を次世代に受け継いでいってほしい。著者の経験は単なるノウハウとして書き残せば事足りるものではない。生きた教材そのものである。AAがそうであるように、「抽象化された文書と具体的な体験談との突合せ」(89頁)を通してこそ継承していけるものだろう。現在、著者は財団法人宗教情報センター研究員という立場にあるが、いずれは教育の場に戻り、AA研究するプロセスで培った知見を学生とわかちあってほしい。

最後に個人的な話にふれてこの書評を終えよう。8年前、「宗教社会学会国際基督教大学で開催された折に、著者には一度お目にかかったことがある。実は著者とはそれ以前からインターネットを通じたやりとりがあり、およそ10年来の知己である。当時は著者がAA研究に取り組んでいることをまったく知らずにいたが、初めてメールのやりとりをしてから約10年もの間、著者がAA研究に取り組んできたことを知ると非常に感慨深い。そして、単なる個人的感傷を超えて、一つの研究を成し遂げる歳月の長さと重さをあらためて実感する。日常の教育や調査・研究にあたりながら、本書の元となる博士論文「心的空間における宗教性−Alcoholics Anonymous研究」を書き上げた著者の粘り強さは、まさに科学者の姿そのものと言えるだろう。ただただ著者を讃えたい。そして、長くも細いつきあいにも関わらず、本書をご恵贈いただいた恩義に感謝したい。本書が多くの読者、特に専門家ではない読者に支えられていくことを願ってやまない。

・『断酒が作り出す共同性−アルコール依存からの回復を信じる人々』(葛西賢太著、世界思想社2007年、2100円)

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4790712605/arg-22/

Alcoholics Anonymous

http://www.alcoholics-anonymous.org/

・「『断酒が作り出す共同性−アルコール依存からの回復を信じる人々』(葛西賢太著、世界思想社教学社、2007年、2100円)」(編集日誌、2007-04-23)

http://d.hatena.ne.jp/arg/20070424/1177346574

・「『断酒が作り出す共同性』刊行!」(宗教霊性研究、2007-04-06)

http://ktkasai.cocolog-nifty.com/figurehead/2007/04/12_d694.html

Kenta KASAI, ph.D., Research Fellow of Center for Information on Religion(葛西賢太さん)

http://www.geocities.jp/kyrrkasai/

2007-06-15 (Fri)

[][][]2007-06-14(Thu): 『大企業のウェブはなぜつまらないのか』(本荘修二著、ダイヤモンド社、2007年、1680円)

・『大企業のウェブはなぜつまらないのか‐顧客との対話に取り組む時機と戦略』(本荘修二著、ダイヤモンド社、2007年、1680円)

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4478000220/arg-22/

大企業のウェブはなぜつまらないのか―顧客との対話に取り組む時機と戦略

を読了。「まえがき」で著者の本荘さん自身が書いているように「この本は、ウェブの本というより経営書」であるという位置づけを見落とさないことが重要だ。ここを見落とすと、本書は書名から想像する内容と実際の内容に違いがあるように思えるだろう。逆に経営書ととらえれば、書名と内容がずれているとはあながち言えないように思う。本庄さんのブログに、

こういう本があったらなという大企業のマネジャーの声が本書を著すきっかけとなった。そして大企業数社の経営幹部・マネジャーとの議論が本書のベースとなっている。

・「新著『大企業のウェブはなぜつまらないのか』その1」(Dr.本荘の新事業Blog、2007-02-17)

http://www.honjo.biz/blog/index.php?UID=1171674000

とあることから察せられるように、本書の基本的な読者は自社のウェブ活用に満足できない大企業の経営者や管理職だろう。ウェブに不満を持っていたり、ウェブを敬遠していたり、という大企業のなかの人には、抵抗感なく読み進められるのではないだろうか。

そして、もう一方の読者として、企業や団体にウェブの活用を進めるコンサルタントや営業職もまた本書を重宝したほうがいいと思う。具体的なノウハウはそれほど語られるわけではない。また、語られているノウハウの多くも、ITの世界に身を置く人間にとっては当然のことが多いだろう。だが、そういったある意味小手先のテクニックではなく、より本質的な方法論が語られているのが本書の魅力ではないか。特に第七章「ロードマップ」で語られる、

  1. なぜネット化するのか、なにを目指すのか
  2. ネット化戦略を考えるにあたって必要な条件は何か
  3. ビジネスの機会をどうとらえればよいのか

には大いに学ぶところがあるように感じられる。たとえば、

ネット化戦略を立てるにあたって重要なことがある。それは、自社のアイデンティティを再確認することだ。自社という主語がなければ戦略はつくれない(192頁)。

という指摘がある。自分自身、ウェブ戦略やWeb2.0への対応といったテーマで講演する際には、結局最後はウェブに対するビジョンを持つことや、その組織のミッションを確かめることを強調することが多いだけに、この言葉には深くうなずくものがある。他にも数点、今後の自分の講演や執筆の活動に生かしたいと思える指摘が散見されたが、ここでは割愛したい。

ウェブについて、あるいはWeb2.0について、とにかくもっと知りたいという方には積極的にはお勧めしない。だが、ウェブやWeb2.0にとかく懐疑的になりがちな方、あるいはそういう方々に相対しなければいけない方々には、一見似通った類書からは得られない刺激と知見を与えてくれる一冊ではないだろうか。

・「新著『大企業のウェブはなぜつまらないのか』その1」(Dr.本荘の新事業Blog、2007-02-17)

http://www.honjo.biz/blog/index.php?UID=1171674000

・「新著『大企業のウェブはなぜつまらないのか』その2」(Dr.本荘の新事業Blog、2007-02-18)

http://www.honjo.biz/blog/index.php?UID=1171807200

2007-06-14 (Thu)

[][][]2007-06-13(Wed): 読了『ネットで人生、変わりましたか』(岡田有花著、ソフトバンククリエイティブ、2007年、1680円)

・『ネットで人生、変わりましたか』(岡田有花著、ソフトバンククリエイティブ、2007年、1680円)

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4797337370/arg-22/

ネットで人生、変わりましたか?

を一気に読む。

まるでタイムマシンのような一冊だ。ページを開くと2003年から2007年までの5年間を自由自在に行き来できる。そのときどきに著者の岡田有花さんが出会った人々に出会うことができる。ITオンチを自認する新人記者だった岡田有花さんや、取材先からの信頼を得て評価されていく中堅記者の岡田有花さんに出会うことができる。そして、岡田さんの5年間の冒険を通して、何年か前の自分に出会うことができる。そんなタイムマシンのような一冊が、この『ネットで人生、変わりましたか』だ。

著者の岡田有花さんは、ITニュースサイト「ITmedia News」の記者。ウェブの世界では、おそらく突出して有名な記者である。その岡田さんが5年間に渡って書いてきた膨大な記事のごく一部を再録したのが、本書である。

再録された記事の一篇ごとに岡田さんによるコメントが付されており、当時の岡田さんがどのような思いで取材にあたったのか、そしていまの岡田さんが当時と今とをどのようにとらえているのかが、よく伝わってくる。そしてなによりも岡田さんの目線は常にインターネットを使う人やインターネットで何かをつくる人−岡田さんの言葉を借りれば「ネットの周りにいる人」や「インターネットの『中の人』」−に向けられてきたことがよくわかる(「まえがき」)。インターネットをむやみに礼賛するのでもなく、逆にやたらと否定するのでもない。「ネットで人生、変わりましたか」という書名に象徴されるように、人とインターネットの関わりを追いかけてきた岡田さんのしなやかな姿勢に感心させられるばかりだ。

「まえがき」と「あとがき」で岡田さんが初の著書に込めた思いをそっと語っている。

読んでくださるあなたの人生が、ネットを通じて、本書を通じて、少しでも豊かになりますように(まえがき)。

インターネットが、あなたの人生を少し楽しくできますように。あなたの今日が、昨日よりもちょっといい日になりますように(あとがき)。

このメッセージはきっと届く。なによりも届いてほしい。そのためにも一人でも多くの人が本書を手にしてほしい。ただただ、そう切に願ってやまない。本書の刊行を通して、岡田さんの人生がもっともっと豊かになりますように。もっともっと楽しくなりますように。そして、岡田さんの今日が、昨日よりももっともっといい日になりますように。

・「【お知らせ】IT戦士の記事が書籍に」(ITmedia News、2007-05-30)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0705/30/news030.html


[][]2007-06-12(Tue): 書評を書くこと

最近、書評とまではいかないまでも、本を読んだ読後感程度のものをなるべく残しておこうと思っている。だが、なかなか進まないものだ。一言二言のコメントだけでも残せばいいのかもしれないが、ついつい書評と思って身構えてしまう。遅々として進まないが、自分として納得のいくものを書き留めていきたい。

2007-06-12 (Tue)

[][][]2007-06-11(Mon): 読了『ウェブ社会をどう生きるか』(西垣通著、岩波新書、2007年、735円)

・『ウェブ社会をどう生きるか』(西垣通著、岩波新書、2007年、735円)

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4004310741/arg-22/

ウェブ社会をどう生きるか (岩波新書)

を読了。こういう議論も必要なのだろう、とは思う。だが、どうもしっくりと来ないのはなぜだろう。機会があればしっかりと考えたいが、いまは本書への疑問の部分だけを抜き出しておきたい。本書は安易な反『ウェブ進化論』でも、反「Web2.0」論ではない。著者である西垣さんにも様々なためらいがあるように思う。だが、それにしても批判対象としているものの実像がわかりにくい。西垣さんの意図はあくまでウェブ礼賛の風潮に抗することだと思うのだが、西垣さん自身の表現を借りれば「ウェブ2・0が民主主義や平等主義を促進し、あたかも人類の巨大な知的革命を起こすという極論」に矛先が向いているように感じられる。おそらく、この点が自分にはしっくりとこないのだろう。だが、そう結論づけてしまえる本ではないようにも思える。もう少し読み深めたいと思うのも事実だ。ひょっとすると、一人で読み進めるよりも、読書会形式で輪読したほうがしっかりと読めるのかもしれない。

なお、一点だけ気になったことがある。本書にはGoogleのスポンサーサイトを説明する箇所があるのだが(56〜58頁)、そこで使われている「グーグル検索結果画面(例)」の画面キャプチャーはとり方が適切ではない。検索結果の上と右に表示されるスポンサーサイトだけが収められ、ページ検索結果がはじき出されている。また、故意にブラウザの画面を狭め、大部分のユーザーが目にすることのない画面をつくっているかのように思える。意図的なものとは思いたくないが、論旨を考えると、印象操作の感が否めない。本書の価値を著しく損なうものであり残念だ。

・デジタル・ナルシス(西垣通研究室

http://www.digital-narcis.org/