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記憶の残滓 by arkibito

2017-11-17

勝井祐二 × U-zhaan 男のデュオツアー 2017 at 旧グッゲンハイム邸(塩屋)

神戸の西にある塩屋の町。

あまりピンとこないかもしれませんが、

須磨海岸線を少し西へ、

六甲山系の西端にある鉢伏山の山塊を抜けた辺り。

海と山が迫り、小さな谷川にへばりつくようにして、

小さな家並みが続く。

坂道のある町にはストーリーがある。

この一帯は明治から昭和初期にかけて、

来日した外国人や日本人実業家たちの邸宅や別荘が建てられた保養地で、

今なお当時の洋館が点在している。


その小さな町が今関西でい一番ホットで楽しいエリアになっている。

旧グッゲンハイム邸を中心として、

地域の商店や若者を巻き込んで、

町ぐるみで様々なイベントやアートイベントを繰り出している。


昔からロングライドの行き帰りにはよく通っていたし、

大好きなワンダカレーさんがあったりするので、好きな町でしたが、

ここ数年でより魅力が増して、

一度隅々までゆっくり散策したいなあと思いつつ、

なかなか足を運ぶことができませんでした。

何よりまずは旧グッゲンハイム邸にお邪魔せねばと企てるのだが

一般無料開放が毎月第3木曜日の午後と決まっているので、

なかなかハードルが高い。

今年中には一度と思い立って、行ってきました。


須磨の穏やかな海

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塩屋駅から一度線路をくぐって、

穏やかな須磨の海の広がりを認めて、

その先で踏切を渡れば、

そこに緑と白の美しい洋館がひっそりと佇んでいます。

明治・大正期に神戸に滞在した

ドイツ人貿易商の住まいとして建てられた洋館は、

100年にもわたり、その美しいコロニアルスタイルの美しさを保ってきました。

広々とした庭を抜け、玄関先で下足して、中へ。

この日は自由に中を見ることができるというので、

さっそくお邪魔しますが、すでに閉館まで30分を切っているので

大急ぎで見て回りました。

1階で何やら作業されていたので、まずは海の見える2階へ。

備え付けられた家具の調度、海に面した穏やかなロケーション、

西日刺すバルコニーでぼんやりと外の景色を眺めていると、

なんともノスタルジックで、心が落ち着きます。

すばらしい。


旧グッゲンハイム邸

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↓海を眺める洋館

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↓素晴らしいロケーションと佇まい

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2階で景色を満喫していると、スタッフの方から、わざわざ

1階も作業してますが見てくださいねと声をかけていただいたので

お言葉に甘えてと1階へ降りてみると。

どうもコンサートの準備をしている様子。

こんなところで演奏会なんてさぞかしいい雰囲気だろうなあと

準備している人にそれとなく声をかけてみると、

なにやらどこかで見たことのある顔。


え?なんで?

なんでU-Zhaanさんがいるのさ?

他人の空似?

いやいや、あのモジャモジャ頭で、

ナゾの太鼓を並べるような人は1人しかいないでしょう。

ユザーンさんですかと聞いてみると、もちろん、そうですと。

一緒に写真まで撮っていただきました。

すると、よかったらライブやるんで観ていきませんかといっていただきます。

ええええ、マジで?

でもこんな出くわし方、まず滅多にないことだし、

こんな面白そうな場所で、面白い人がやるのを、

お断りするなんてモッタイナイ!

ぜひぜひ参加させていただきます。

しかし、よくよくお財布を見ると所持金2000円しかない。

無料見学だけのつもりで急いで来たもんで@@

で、チケットは3000円かかるし…

普段キャッシュカードも持ってないし、どうしやう…

んん〜いっぺん帰るしかない!

今ならまだ間に合う!

ちょっと大阪まで帰って、出直してきますというと、

「いや〜マジで?無理しないで?」と言われましたが、

いや俄然参加する気満々で、大急ぎでとんぼ返りです。

ゆっくり塩屋の町を見て、

大好きなワンダカレーさんで舌鼓プランはまた次回に持ち越しとなりました。


↓ん??? ん!!!

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U-zhaanさんと

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で、大急ぎで帰宅して、取って返し、

どうにかスタートの10分前に塩屋に戻ってきました。

ユザーンさんやスタッフさんからは、

本当に戻ってきたヨ的な微笑み返しで歓迎してくれました。


↓カムバック

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ハートランドを飲みながら

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で、いざライブです。

タブラ奏者のU-Zhaanさんと、

エレキ・ヴァイオリニスト勝井祐二さんとの男のデュオツアーということで

果たしてどんな音が繰り広げられるのか。

ちょっと自分が勉強不足で知らなかったのですが、

勝井さんも相当スゴイ方で、即興音楽シーンでは重鎮の方です。


まずはお二人が軽いトークをしながら、チューニング

ユザーンさんの方は、金づちみたいなので、

コンコン太鼓を叩きながら調整をしています。

打楽器ながら、打ち方や打ちどころによって、

メロディが生まれるのがスゴイ。

一方の勝井さんの足元にはおびただしい数のエフェクターが並んでいて

無数のシールドが地面を張っている状態。

双方がぼちぼちと音を出し始め、

それをルーパーで録音・追っかけ再生をしながら、音を重ねていきます。

最初小さかった音が、幾重にも重なり、力強いうねりが生まれ

思わずこちらの体も反応してしまいます。

気づけば小さな空間の中で、エネルギーが一気にスパークしたように

音が増幅する!増幅する!増幅する!

そしてその圧力に押し出されるように、

パンクな弾き殴りは加速し、

腹の底に響くようなタブラ振動が共鳴する!!

なんだこのgroovyはっ!!

何の予備知識もなく、飛び込みで参加して、

ついこないだからの自分の流れで、

てっきり民族音楽的なものを想像していたので、

この予想外の展開に、ただただ圧倒されました。スゴイ。

少なくともたった二人が目の前ではじき出した音にしては、

あまりにも広大な世界。

スゴイ。いやスゴイ。

こんな素晴らしい体験にたまたま遭遇で来たなんてラッキー過ぎました。


↓いよいよ

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最後、アンコールの時に、大友さんとあまちゃんの話が出て、

そこをとっかかりに、ライブ後のCDの手売りコーナーで

お二人と色々お話しさせてもらいました。

いやあ、お二人ともスゴイ。

そしてそういう人たちってやっぱり、どこかで繋がっているのもすごい。

最近の自分の動きは、

その繋がりを図らずも1つ1つ解き明かしていくかのようなことが続いていて、

それもまた面白く。

また、ぜひお二人の共鳴を目撃したい!!


あと、この旧グッゲンハイム邸の管理人をされているのは

先日の港町ポリフォニーで、二階堂和美さんとコラボをしていた

三田村管打団のリーダー・森本アリさん。

もちろん、会場にいらしたので、

先日のライブとても良かったですとお話しさせていただきました。

塩屋のムーブメントも引き続きウォッチしていかねば!!


勝井祐二さんと

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↓サインいただきました

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まさか、大阪-塩屋を2往復するとは思いませんでした。

もうちょっとした小旅行クラス。

でも、それだけの収穫のあった一日でした。

犬も歩けば棒に当たるじゃないけど、

やはり自らの足で稼いだ先には、何かがきっと待っている。

2017-11-16

国立民族学博物館40周年記念公演 『めばえる歌〜民謡の伝承と創造〜』

土曜日は、長女と二人で

万博公園にある国立民族学博物館へ行ってきました。

いつも応援しているクレオールの歌姫・松田美緒さんのHPで、

民謡に関する研究発表があるとの告知があり、

大急ぎで申し込みをしたのでした。


万博記念公園

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みんぱく

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今回の発表は、国立民族学博物館准教授である

川瀬慈さんの映像プロジェクトで、

めばえる歌〜民謡伝承と創造〜』というテーマ。

かつては日本全国で、各地域の生活の場で歌われ

共有され、伝承されてきた民謡は、

その地域の暮らしぶりや食生活、自然や風土

四季折々の生活の知恵や教訓、祈り、

仕事ぶりや遊びなどを伝えるれっきとした文化であった。

しかし、過疎化による担い手の衰退や、

高度成長期以降の生活様式の劇的な変化というものの影響を受けて、

生活の中から失われつつあり、

あるものは、土着の暮らしから完全に切り離されて、

観光資源の文化財として

”隔離(生活から切り離して保護される)”されたり、

あるいは自然消滅的に淘汰される運命にある。

そういった環境の中で、その地域社会の外部からやってきた歌手が、

忘れゆく民謡を掘り起こし、自らのやり方で咀嚼したうえで、

歌に新しい命を吹き込み、地域に還元してゆくという、

新しい伝承の事例が生まれてきた。

その”歌づきあい”に密着したドキュメンタリーとして、

第1幕では60分間の映像作品の上映、

第2幕では実際にその作品に登場する、井上博斗さんと、

松田美緒さん(+山口亮志さんのギター伴奏)のパフォーマンス、

そして第3幕では製作者・出演者によるトークセッションという、

3部構成で行われました。

今回のプロジェクトと研究発表はとても意義深く、

またそれを深く考察すべき対象として捉える必要があります。

ということで、研究発表で展開されたお話を

自分自身の解釈も交えながら、

できるだけ記録してみたいと思います。


国立民族学博物館40周年記念公演 めばえる歌〜民謡伝承と創造〜

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レジュメ

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まずは郡上八幡における『わらべうたの会』の活動を中心として、

郡上や揖斐川水系のわらべ唄や作業唄・踊り歌・祝い唄の

伝承ライフワークとしている井上博斗さん。

幼少のころから故郷の香川で祭りの獅子舞になじみ、

音楽に陶酔(トランス)する楽しみや、

繰り返される囃子のリズムに乗って

ループすることの気持ちよさを原体験としてもち、

大学生の頃から音楽家桃山晴衣さん・土取利行さんが主宰する

「立光学舎」で学び今に至るそうです。

その学びの中で、日本の歌のキホン、ルーツが

「わらべうた」にあるということに気づき、

地域のお年寄りの方々を訪れては、昔の歌を採集するなかで、

歌い継ぐこと、世代を超えて伝承することの重要性と難しさに直面し、

その橋渡し的な役割をライフワークに、

トンビの兄ちゃん”として引き受けるようになったそうです。


岐阜の歌で最もポピュラーな題材として扱われているのがトンビだそうで、

そういった自然や動物に向けて歌いかけるような歌、

その多くが生活の中から、自然と湧き上がってくるような、

つぶやきの延長のようなものほど、

それを歌う場も、人も失われて真っ先に滅んでゆくというのが現状だそう。

祭事や遊び、踊りといった行動を伴うわらべ歌や民謡は、

そういった催しの場で披露されることがあったり、

そういう文化の保存運動の一部分として保護されて、

かろうじて歌い継がれていくが、

そういうネイキッドな歌ほど絶滅の危機に瀕してしまっているというのは

非常に残念なことだと思います。

でも少し見方を変えれば、

その歌が、自然に生まれてきたのと同じ理屈で、

自然に消えていくというのもまた、決して悪いことではないのでは?と

個人的な経験に基づいて感じました。


個人的に、自分はよく鼻歌を口ずさんだり、

ぼわっとメロディに乗せてつぶやいたりという習慣が昔からあり、

今では特に子供のお世話をするときにはその傾向が強く出ます。

例えば、「はーみがーきしましょ♪」「お風呂にはいりましょ♪」

保育園に行きましょう〜♪」みたいな感じです。

日々のいろいろなことが節をまとって、

それが時にはちょっとした歌になったりします。

子どもたちが、「や〜め〜て〜」「あ〜そ〜ぼ」とメロディをつけて

語りかけるのと同じような感じです。

(つまりメロディをつけるというのは人間の普遍的な行動といえますね)

そして大体生活の行動に合わせて

お決まりのレパートリーが決まってきて、

何度も何度も生活の中で歌うことになります。

うちは上の娘と下の娘が結構年が離れているのですが、

下の娘が生まれたときに、それらの歌を思い出そうとして、

あれ?上の娘の時に歌ってた鼻歌ってどんなだっけ?という風になりました。

あの頃、あれだけ毎日口ずさんでいた歌なのに、

すっかり忘れてしまっているのです。

歯磨きやお風呂をするときに、

何か歌を歌ってたということは覚えていても、

実際にどんな歌だったかというのは全く思い出せないのです。

なぜならそれは、その行動をするために歌われるもので、

長女が大きくなって、それをする必要がなくなったからです。

(つまり、一人でお風呂に入り、一人で歯磨きできるようになった)

そしてその歌は特に記憶にとどめておくようなものでもなければ、

歌い継ぐという意識もないから、

跡形も消え去ってしまったのです。

とはいえ、次女の時には次女の、同じような行動歌が生まれてきていて、

今では生活の一部となっていますし、

おそらくきっと、それらの歌もまた、そう遠くない将来に、

自然と消え去っていくのだろうと思います。

この現象というのは、ある意味で、

その歌がきちんと役割を終えて成仏したのだという風に

肯定的に捉えることもできるのではないでしょうか。

歌もまたある種生き物であり、そこには生も死もある。

そういう歌の在り方もまた、自然の成り行きではないかなと。

たとえ、歌が後世に伝承されていったとしても、

その歌と結びついた動作や遊びと切り離されて、

まるで延命装置を張り巡らされたような形で生き永らえたとしても、

それは本当の意味で生き生きとした歌とは決して言えないでしょう。


もちろん、歌い継ぐということも大事なことで、

井上さんや、次に紹介する松田さんの活動は、

単に現存するわらべ歌や民謡を掘り起こして、

冷凍保存するというのではなく、

現代の観点に則した価値観や役割、

地元民の視点ではなく外部のまなざしによって獲得される

可能性を新たに歌に吹き込むことで、

再び歌に命を吹き込むことに成功しています。

そのことを差して”めばえる歌”という風に

川瀬さんはテーマをつけたのかなと解釈しました。


しかし、このような歌の持つ寿命の短さを考えると、

よほど意識的に残すということをしなければ、

蜃気楼のようにいなくなってしまうということでもあり、

伝承の難しさの根源はここにあるように思います。

しかし、さらに言えば、そもそもそのような性質であっても

長らく歌い継がれ脈々と生きながらえてきた歌というのは、

それだけ魅力がある強い歌なのだろうし、

実際歌い継がれてきたからには

何か大きな根拠が隠されているような気がします。


そうやって、日々の生活の中で

自然に生まれ、自然に消えていく歌のサイクルのようなものが

正しく機能していればよいのですが、

この現代社会において、

”唄う”という環境やシチュエーションが

日常生活の中に実際にはそうありません。

商品としての音楽は街中にあふれていて、

それを歌うための施設(カラオケ)があったり、

学習としての音楽の機会、

学校での発表会などの”体系化”された音楽の場はあっても、

こういう素朴な意味で”唄う”ということはなかなか難しい。

町中や電車の車内でいきなり歌いだすような人はいませんもんね。

(自分はそれをちょいちょい無意識でしてしまって驚かれることがよくある@@)

そういう唄う場が失われると、

歌いたいという気持ちや動機が芽生るということもなくなってしまいます。


井上さんの会では、比較的若いお父さんお母さん世代の親子が参加されて

一緒にわらべ歌を歌うそうなのですが、

歌を覚える際に、大人は頭で覚えないと、覚えられない一方で、

子どもは単純に耳で、感覚で覚えてしまうそうです。

実際の会では、大人たちが一生懸命覚えながら声を出して歌う一方で、

子どもたちはマジメに歌ったりしません。

あちこちで、わーきゃーと騒いだり、遊んだりして、

一つも歌わずに帰ってしまうのだそう。

でも、それでも帰宅してみると、ちゃんと歌を覚えていて、

口ずさんでいたりということがよくあるそうです。

つまり、子どもたち、言い換えれば全ての人間の初期段階において、

歌は学習して習得するようなものではなく、

もっと身体的経験、感覚的なものとして吸収されるもので、

だからこそ、自然や日常から受け取ったものをそのまま歌にしてしまったり

(それは大人ではなかなかできなかったり、思いつかないもの)、

あるいは、世相をそのまま鏡のように返して、

戦争ネタを盛り込んだり(軍艦軍艦、沈没〜♪)、

誰それが殺された、死んだ、取られたといったように、

死や残酷な事柄をピュアに受け取って歌にしてしまうようなものがあったりします。

そうやって、ある意味で子供らが、

生活や自然からインプットした情報を、

ある種の成長・学習の通過儀礼としてアウトプットする一つの形態が

”唄う”ということなのでしょう。

しかし、先に述べたように、

歌う場が失われ、歌う機会をなくした現代の子供たちは

かつての子らが歌にしたためたような思いや感情を、

いったいどこに向けているのでしょうか。


↓井上博斗さんと

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もう一人が、土地土地に宿る地霊(ゲニウス・ロキ)を敏感に感じ取り、

その念が宿りし音楽を吸収し、それらを見事に表現してきた松田美緒さん。

色々な事情で祖国から遠く離れて暮らす人々、そしてその子孫たちが、

海を渡り、国を渡る日々の営みの中で、

祖国の文化と現地の文化を幾重にもミックスして編み出してきた

混合文化=クレオールに着眼し、

ポルトガルブラジルアルゼンチン、カーヴォベルデ、ギリシャなど

大西洋から地中海にいたる幅広いフィールドを舞台として、

様々な民族音楽民謡を高らか歌い上げてきた現代の吟遊詩人です。

彼女が、自らのルーツである日本という国に着目し、

全国各地から採取された膨大な民謡カセットテープの山の中から、

まるで運命の糸に導かれるようにしてたどり着いたのが、祖谷の民謡でした。

祖谷は平家の落人伝説が今なお息づく、

四国山地の極めて急峻で山深い集落ですが、

「粉引き歌」「花とり」「木びき歌」「草刈り節」など、

そこは民謡の宝庫と言われています。


松田さんの経験上、いい歌があるのは、

水田耕作のできない険しい土地が多いそうです。

そういった土地では、常に自然や天候に翻弄されるような営みがあり、

そういった自然に対しての祈りや恨み節、

あるいは過酷な農作業や山仕事の大変さを紛らわせるための、

ある意味、生活の知恵として民謡が生まれてきたということがあります。

しかし、高度成長期以降、

あらゆる農作業や山仕事が機械化されてしまい、

過酷作業から解放されたことや、業務の短縮により、

歌う必要性や、歌う間さえ失われてしまい、

そういった仕事歌はどんどん廃れてきてしまったそうです。

この祖谷の地域でもまた同じような時代の流れを受けてきたそうですが、

そういった民謡の良さや重要性を理解して

歌を記録してきた平石金雄さんのような存在がおり、

その記録が偶然にも松田さんとつながって今に至るという幸運に恵まれています。


映像では、松田さんが祖谷の歌い手たちを訪ね、

吾橋小学校の子どもたちや地元のお母さん方との交流を追っていきます。

最初は、松田さん自身も、その土地に根差した歌が、

別のところからやってきた人によって別の命を吹き込むということに対して、

地元の人たちの反応がものすごく怖かったと吐露されていましたが、

一緒に口ずさんだり、踊り始めたり、

極めて自然に受け入れられていく様は、

まさしく歌が新しい使命を帯びる決定的な瞬間だなと思います。

それがそのようにして受け入れられたというのは、

やはり同じ日本人として、

どこかに同じような音の原野が共有されているからなのだろうと思います。

祖谷にしても、郡上にしても、非常に山深く交通が不便な土地で

今と違って、わらべ歌や民謡が生まれてきた時代というのは、

人やモノが頻繁に行き来できたはずもなく、

よその土地から文化がどっと押し寄せることというのもなかったと思います。

それでも、日本全国各地で、同じようなものを題材にして、

ある一定の音階だったり、音律だったりを共有しているかのような歌が

同時多発的に育まれてきたということはまさしく、

その証拠になりえるのではないかと思います。


伝承という観点からいえば、

この映像の中で新しい可能性を感じさせる場面がありました。

小学校の担任の先生の発案で、子供たちがもっと自らの感覚や経験として

民謡を実感できるようにと「子ども民謡」なるものが行われたシーン。

昔の民謡は、つらい労働や環境を紛らわす術として歌われてきましたが、

例えば、背負った木材が重いとか、夜なべして粉を引くのは眠くて仕方がないとか、

現在ではもはや行われていない作業ばかりで、

子供たちは実際、それがどれだけ大変な作業なのかが実感としてわかない、

どういう思いで歌われてきたのかというところまで思いが至らない。

それならば、民謡のメロディーを拝借して、替え歌をするような形で、

自分たちが今実際にしんどいな、つらいなと感じるものを題材として

民謡を作って唄ってみようじゃないかという試みです。

子どもたちはそれぞれ、宿題が嫌だ〜とか、毎日急な坂道を登校するのはつらい〜だとか

唄う様は、とても面白かったと同時に、

しみじみと実感として歌われた歌は、実に生き生きと感じられました。

これが、プロのミュージシャンや研究家がトップダウンで指示するような形ではなく、

元々の地元の人たちから湧き上がってきたというところがまず、素晴らしいことで、

昔の民謡が生活の中から生まれてきたのと全く同じようにして、

現代版の民謡が実感として”めばえて”きた瞬間でした。


松田美緒さんと

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今回の研究発表全体と映像作品についても。

こういう発表の場合には、つい、

民謡賛美、啓蒙といったような安易な結論づけをしてしまいそうですが、

そういった完成形を一方向的に投げかけるという乱暴なやり方ではなく、

伝承することの難しさや、紆余曲折、道のりを記録することを重視して、

じゃあどう伝承していけばよいのか、

あるいは伝承されないとしたらどういった風になるのか、

滅びゆく民謡をどう看取っていくのか、

という投げかけという形でまとめられているのが、

非常に大切な視点だと感じました。

つまり、この発表を単に一過性のイベントとして

消費するだけに終わらせてしまっては、あまり意味がないからです。

はからずも、映像作品の中で、

徳山村の踊りを伝承する年配の方がそれを指摘していました。

踊りの体験教室的なものは、よく学校訪問などをしているのだが、

結局それが続かない、根付かないのだと。

継続すること、伝承することの難しさこそ、

今回の発表で描くべきテーマなのではないか、

そしてそれが適切な形で表現されていた発表だと感じました。


これは個人的な意見というか直感なのですが、

最終的に日本人は音頭や民謡、わらべ歌に帰着するのだろうと思います。

実際、今回の松田さんや井上さんはもちろん、

大友さんも、細野さんも大滝さんも、みんなそこに帰っていった。

これらの歌というのは、いわゆるドレミファの西洋音楽のように、

後天的に教育されたり、訓練されたりするような、

「音楽」という明確にカテゴライズされるようなものではなく、

我々日本人が、何百年、何世代にもわたり、生活の一部として歌い継がれて

まさにDNAレベルで脈々と我々の肉体や魂に刻み込まれた体感(体幹)であって、

日本人の音の原野なのであろうと思います。


そもそも、音というのは人間にとってはとてもプリミティブな感覚で、

我々は命を宿した時点から、

お母さんのお腹の中でお母さんの鼓動や息遣いの音を聞いて育ちます。

「見る」ということをするよりもずっと以前に、

まず音の世界から生命はスタートする。

生れ出てからも、赤ちゃんがお母さんの腕の中でねむくなったり、

子どもが不安な時にピタッとすり寄ってくるのは、

胎児の頃の安心感を得ようとするからだといわれています。

つまり、我々は音やリズムの世界に

安心感や幸福感を得る感覚をあらかじめ備えているのであって、

決して無音の世界では生きてゆくことはできない。

むしろ様々な音を敏感に感じ取り、

時にそれらを積み重ねたり、編み上げたりすることで、

様々な表現やコミュニケーションを形成するのが人間であり、

音楽というのは極めて原始的で自然な営みであり、

さらに本来は生活に密着した文化形態なのだといえます。

なので、アフリカではアフリカの、中東では中東の、

ロマにはロマ南米には南米の、

生活・文化様式によってそれぞれ育まれた独自の音の原野があり、

それらはみな等しく各地域の人たちのルーツと直結する重要な要素なのです。

そして我々日本人にとってのそれは、

まさしく盆踊りや音頭、民謡のに横たわるリズムやテンポなのだということでしょう。


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素晴らしい発表の後、井上さんと松田さんにご挨拶。

松田さんは5月の本町でお会いしたことを覚えていてくださっておりました。

また年明けにライブを企画しているそうなので、ぜひ。

そしてまた、11.26日の深夜25時から

日テレNNNドキュメントで放映される

移民のうた ー歌う旅人・松田美緒とたどる もう一つの日本の記憶ー』も楽しみです。


発表後は、閉館わずかに10分前でしたが、

せっかく来たので、ほんの一部だけでも民博みたいなあということで突撃。

おそらく中学生とかそれ以来ぶり。

こどもの頃は、よくわからないガラクタが

いっぱい置いてあるなあくらいの感じでしたが、

大人になってみると、民族学なんてロマンにあふれまくって面白過ぎるし、

これほどまでに貴重な品々が、

ご近所に収蔵されているなんていうのは本当に夢のような話です。

まるで地球がまるごとパッケージされた宝箱。

初めて訪れた娘にも、駆け足でしたが、色々と熱っぽく解説をして、

これはまたきちんと再訪せねばなりません。

そしてミュージアムショップ。あそこは危険すぎる。

あれもこれも、気になるものが多すぎて、だめだめとわかっていながら、

つい買い過ぎてしまいました@@


ざっとでしたが、民博のお宝を見て思ったこと。

民博には世界各地の生活の品々や

祭事の道具、楽器、衣装など様々なものがありますが、

祭り事というのは、まさしく生活に直結するもので、

自然に対して祈願する(雨乞いや五穀豊穣、天変地異を治めるなど)、

神や死者といった自分たちの世界のものとは別次元の存在と交信するための

重要な儀礼であり、

それが、どこか1つのオリジナルがあって、

それが世界中へ伝播したのではなく、

世界各地で同時多発的に文化として芽生えたことを考えれば、

人間は祭りをする動物だと言い切ることもできるでしょう。

そしてその祭りに際して、

神や死者や動物などと交信するための手段として用いられてきたのが

歌や踊りであり、それを行うにふさわしい衣装や仮面というものが

生み出されてきました。

半ば強引かもしれませんが、その文脈でいえば、

先日のアンサンブルズ東京多治見で、

被り物をするという行動自体は、あながち間違いではなかったのかなと。

つまり、祭りという非日常のハレの舞台に

ある意味最もふさわしい衣装だったのではないかなと思いました。


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さまざまな重要な示唆を与えてくれた万博公園と民博。

これから足を運ぶ機会が増えそうです。


太陽の塔

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↓EXPOCITY

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2017-11-09

Music Life 『エイリアンズ』 by キリンジ

愛すべき兄弟ユニット(今は別々)キリンジ

最愛の曲の1つ『エイリアンズ』を弾き語りしてみました。

最近では、LINEスマホのCMで

のんちゃんがカバーをしていて話題になりましたね。

話はそれるけど、のんちゃんの歌声は、非常に素直な歌い方で

伸びやかで、清々しい。


キリンジの曲は言うまでもなくものすごく凝った作りになっていて、

そもそものメロディー構成が複雑なうえに、

細かい小節の間に音が敷き詰められているので、

今までの自分のスキルではカバーの最難関クラス。

しかもギター演奏だけじゃなく、歌うのがこれまた至難の業で、

低音から高音まで、自分の可動域のギリギリ。

いやあ、なんでこんな曲を生み出せるんだろうか。

まさにセンスのかたまり。歌の魔術師ですね。

この歌詞の世界がまたいい!

自分が最もゾクゾクと感じるサバービアの情景を

見事に描き切っていて、もうこれほど完璧な曲はないんじゃないかあ?


↓『エイリアンズ』by キリンジ 作詞作曲:堀込泰行

D


キリンジは実はデビュー前から知っています。

自分がまだ学生の頃、運よくオーディションに受かって、

某大手S〇〇Yレーベルさんで、プリプロで研修を受けていた時に、

これ聴いて歌詞の世界とは何ぞやを勉強しろっ!と渡されたのが、

販促用のプリプレスのキリンジのCDでした。

自分の最初の本格的な音楽活動は中学の頃にクラスメイトとのバンドで、

その頃傾倒していたのは、グランジとかメロコアパンクといったあたりで

ほとんど洋楽かぶれで入ったものだから、

オリジナル曲も見よう見まねで英語歌詞が当然だろう、

日本語なんてクソくらえくらいに思っていた。

今思えば若気の至り。

高校に入って、クラスメイトと進路が別々になったこともあり、

バンドとは別で、ソロの弾き語りを始めたのだけど、

元々がそんなだから、メロディはじゃんじゃか浮かんでも、

日本語歌詞が本当にひどかった。

その頃は、日本語の持つ奥行きや、

微妙な表現のさじ加減が生み出す世界観だとか、

考えたこともなかったし、

今では神様とあがめる松本隆の名前すらろくに知らなかった時代。

もし今タイムマシンがあったら、

その頃の自分をビンタして目を覚ませてやりたい!早く起きろ!

そんな自分に初めて、日本語の可能性と、

歌詞の世界の面白さを気づかせてくれたのが

堀込兄弟だったのです。

なんといってもコトバ選びのセンスが抜群だし、

まるでヌーヴェルヴァーグの映画の1シーンを切り取ったような

エスプリと洒落の効いたセリフたちが散りばめられていても、

全然嫌味や臭みもなく、至極当然のようにリズムになじんでゆく。

まさにコトバと音の幸せな相関関係

衝撃的でした。それからすぐに改心して、

コトバの世界を旅するようになり、

いまだ彷徨い中。

2017-11-08

『京都で考えた』 by 吉田篤弘 トークショー at 恵文社一乗寺店

随分後回しになってしまいましたが10/17の火曜日。

仕事終わりで京都一乗寺恵文社さんへ。


自分が言葉の師匠として勝手に崇拝している人が何人かおられますが

そのうちのお一人が、作家兼グラフィックデザイナーである吉田篤弘さん。

奥様の浩美さんとのユニット活動である、

クラフト・エヴィング商會といえばわかる方もおられるかもしれません。

わが家の膨大な本棚の中で、この吉田篤弘さん(といしいしんじさん)だけが、

明確にコーナー化して、一角を担っています。

ある意味我が家の聖域。

そんな大ファンである吉田さんが、応援している小さな出版社・ミシマ社から、

京都で考えた』という本を出される、

その記念トークショーに行ってきました。


恵文社一乗寺店

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イベントはリリースからすぐに満席で大盛況。

来られているのは女性の方が圧倒的に多かったように思います。

まずはミシマ社の社長・三島さんのあいさつでスタートし、

お二人が登壇。

クラフト・エヴィング・ラジオと銘打って、

事前に参加者から得たアンケートを、

リスナーからのはがきと見立てて、

それに答える形でトークを展開していくというスタイルでした。

言葉を慎重に組み立てながら、精密なデッサンをするようにして話を進める

篤弘さんの紳士的かつ職人的な話しぶりと、

それとある意味対照的に、

音楽的なテンポで感情豊かに合いの手を挟む浩美さんとの掛け合いが

非常に軽快かつ心地よく。

また様々なヒントになりうるような内容で、

非常に有意義な時間でした。

話の順を追うのは、もうすでに結構時間が経過しているので難しいですが

気になったコトバや話題を書き留めておきたいと思います。

(一部、自分なりの解釈が混じっているので、

必ずしも100%ご本人の意図通りじゃないかもしれません@@)


トークショーです

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◆言葉は豊かになりましたか、軽くなりましたか?

色々な質問がある中で、

なんと自分が書いた質問も採用していただきました。

質問の内容は、

「以前と比べて、コトバは豊かになりましたか。

もしくは軽くなりましたか。(世間一般的に)」というものでした。

篤弘さんによれば、言葉は移り変わっていくものでそれでいいんです、

じゃんじゃん変わればいいんですよということでした。

ただし、最近の風潮として、

このセリフを言えばすべて伝わるだろう的な便利なフレーズに、

自分の本意を丸投げしてしまうようなことが往々にあって

それは決してコトバが豊かとはいえないのではないだろうか。

そういう風な風潮が生まれたのも、

でたらめだらけのネットを簡単に鵜呑みしたり

それを使って簡単に答えを得るというところがあって、

やはりちょっと思考的ではないということでした。


篤弘さん個人の移り変わりという点でいえば

篤弘さんは昔から小説家になりたい、絶対なると思っていたが

ある境から明確にプロの物書きになったというよりも、

いつの間にか小説家になっていたような感じで、

デビューしてからが大変な修行、下積みが始まったそうです。

なので、言葉との豊かさというものについても

徐々に積み重ねていったもので、

以前にはコトバを尽くして書くこともやってきたが、

今はシンプルなものを選び取ってシンプルに書きたいし、

シンプルにならざるを得ない。

言葉の一つ一つを吟味して研ぎ澄ましていくという意味では

個人的に言葉は豊かになっているように思うし、

そうありたいということでした。

篤弘さんの理想的な物書きの在り方として面白い例を挙げていて

ヴィム・ヴェンダース監督の名作『ベルリン天使の詩』に出てくる

天使のような存在になりうるものを書きたい、

つまり、自分の書いたものが、

一井の人たちにそっと寄り添い見守りながら、

元気づけたり勇気づけたりして、

その思いが成就すれば、また別の人へと移っていくような

そういうものになれたらということでした。

とても慈悲深い考え方だと思います。


◆デザインは”止めどころ”の連続

一方、奥様の浩美さんはデザインを主に担当されていて、アンケートで、

どうやったらそんなセンスのあるデザインが生まれますかという質問に対して、

デザインはそもそも制約だらけで、その制約をかいくぐり、

簡略化してどれだけ美しいかが問われるのが

デザインの本質だとお答えになられていました。

つまり、本の装丁でも、何かの商品の広告チラシでも、

実際の中身や製品から、その本質だけを抽出して、

それを万人に(あるいは特定のターゲットに)、

わかりやすく魅力的に伝えるのがデザインなのだから、

基本は引き算の作業で、それは突き詰めればいくらでもやれるわけで、

何を抽出するか、どこでよしとするかがデザインであって、

その”止めどころ”をいかにうまく決めるか、

というところがいわゆるセンスが問われるところ、

それを磨くには、やはり経験と、

あとは真似をすることが一番だということでした。


◆すべては台所のテーブルから始まる

吉田さんはご夫婦で、

クラフト・エヴィング商會というユニットとして活動されていますが、

その生活の様子などもたくさん話題に上りました。

デザインや物語の出発点は、自宅の台所で、

そこの壁に気になるコトバや素材を張り出して、

そこから物事を組み立てていったり、2人の価値観を共有したりするそうです。

篤弘さんはとにかくハンター気質だそうで、つまりは収集癖の人。

毎日自転車をこいでは、本とのめぐり逢いを求めて本屋へ行き、

大好きなスーパーマーケットをはしごしながら、

品質の良い食材を探し求めたり、

案外アクティブな生活を送っているようです。

一方、奥様の浩美さんは、

旦那さんが買い求めた食材を使って、

あれこれ料理するのが上手だそう。

こうやって、2人がそれぞれの個を持ちつつも、

交わる部分ではうまく交わっていくというのは

本当に理想的なパートナーだなあと思います。

わが家も、こんな高尚で文化的な活動とは程遠いですが

工作部隊としては同じようなパートナー関係なのかなと思ったりして。


◆夜にラブレターは書かない方がいい

ユニットとして活動する最大の恩恵は、

お互いをジャッジする存在が確保できることだそうです。

何かに熱中したり夢中になってしまうと、

逆にそのもの見えなくなってしまうようなことがあって、

そういう場合に、ポンと別の視点で指摘されて、

初めて誤りに気づいたり、”止めどころ”を得たりすることができる、

というのはものすごく実感として共感できます。

普通は、自分の中にもう一人の自分がいて、その役割を担うんだけど、

それが集中しすぎてうまく機能せず盲目になって、

気づいたら度が過ぎてしまうことってよくあります。

そういう時に冷静にこうじゃない?と気軽に指摘できる相手というのは

本当に貴重な存在だなあと思います。

なので、吉田さんのところでは、

デザイン作業をするPCは1台しか置かないようにしていて、

そうすると、どっちかが作業するとすれば、

おのずともう一方は作業できずに、

客観的俯瞰的に相手の作業を見ることになるので、

そういう関係性を維持できるのだそうです。

ナルホド〜。


◆本を買うということは未来と約束している行為

今回一番ハッとさせられたコトバかもしれません。

本を買うということは、つまり未来の自分を楽しませたい、

未来にすることをあらかじめ用意する行為で、

それはつまり前へ進む、極めてポジティブな行為なのだということ。

それはお弁当を作る、宿の予約を取る、なんでもいいのだけど、

つまり人間は、常に未来に向かって行動する生き物だということです。

至極当たり前のようなことのようですが、

改めてコトバで指し示られると非常に重たいコトバだと思います。

さらに、吉田さん曰く、図書館で本を借りるということはよくない。

なぜなら一度手に取った未来を返却することになるから。

さすが!


京都について

京都についての話題ももちろんありました。

京都に来るとこどもの頃の時間を考えるそうで、

それはご先祖が昔京都から出てきたと思われるいわれがあって、

その縁なのではないかということでした。

篤弘さんは東京では、どこへも基本自転車で移動するのが常らしいですが、

コンパクトな町、自分の中でおおよそを把握できる町が好きだということです。

そういう感覚は小説の中の町の描写や世界観にも

間違いなく反映されているように思います。


◆『京都で考えた』の出版の舞台裏

今回出された本は、ミシマ社の三島社長から6年も前に依頼されていたそうで、

それもまず、これくらいのサイズの厚みで、

持った時の感じはこんな風な本を書いてほしいと、

束(つか)見本を提示されて始まったそうです。

まあ普通そんな風にパッケージから入って

作品を組み立てるなんてことは聞いたことがありませんが、

その工程はまさにデザイン的な発想だなと思いました。

依頼が来た当初は、

現在、何もかもが東京一極集中物事が動く社会になっている日本で、

それによって生じる様々な問題や軋轢に対して憤りの念があり、

そのことを本にしようと思ったそうですが、そんな感情を書いたとて

読者はちっとも楽しくならないだろうということでやめたそうです。

そこで、文化的な発信基地として京都はまさにぴったりで、

出版業界も京都をベースとして回っていけば、

面白い風に回っていくのではないかと

ポジティブな方向へ向かっていったそうです。

自分も、仕事柄、地域活性や地方再生という

話題や取り組みに触れる機会が多いですが、

なにも東京でないとできないということは実際何もないし、

東京に対する劣等感とか、

格差という点から物事を発想するのではなくて、

その土地土地の特色や強みを

もっとポジティブに展開できるのではと思います。

文化の度合いでいえば京都は圧倒的に深く長い歴史があり、

利益追求型の経済的活動よりも

文化的な様式を重んじる風土や風潮が生活の隅々までに浸透していて、

ゆったりとした時間がはっきり流れていることを考えれば、

文化や出版といった分野が

一斉に京都に遷都するというのは自然な発想だと思います。


こういった具合に多岐にわたる質問に対して、

とても真摯に受け答えをされ、その端々に、

やはりコトバを生業にしている人ならではの重みだったり説得力を感じ、

非常に貴重な時間を過ごすことができました。

また本の世界ではもちろん、

こういった機会に直接お話を聞けたらなあと思います。


↓本を買うことは未来を買うこと!

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↓サイン

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さて、イベント後は、スタッフとして来ていた

ミシマ社のT居君と久しぶりにお会いしておしゃべり。

金曜日だけの本や営業にはなかなかお邪魔できないのだけど、

また遊びに行きます。


後日談。

せっかくならということで、お土産を持参したのですが

イベント後はお二人とも別用のためすぐに発たれてしまい

T居君にお預けしていたのだけど、

先日、ご本人から直々にお礼のメールをいただきました。

まさかまさか。

目の前でトークを聞けただけでも幸せ者なのに!

本当に、つくづく、つながるということを噛みしめております@@

2017-11-01

プロジェクトFUKUSHIMA in TAJIMI 2017  アンサンブルズ東京おかわり編

またまた時間軸が前後しますが、アンサンブルズの流れで、

いっきにこちらも書いてしまおう!

アンサンブルズ東京の熱気の余韻を引きずったまま、

燃え尽き症候群どころか、早くも来年が待ち遠しくウズウズ。

この有り余ったエネルギーを一体どこにぶつけたらよいのやら。

どうしたもんじゃろの〜と、マゴマゴしておりましたところ、

最近始めたツイッター効果で耳寄りな情報をゲット。

なにやらプロジェクトFUKUSHIMAのみなさんが多治見盆踊りをやるとかなんとか。

まさかこんな早くにおかわりのチャンスが!!

しかし待て待て。いやあ、どうする?行く?行かない?

多治見ならぎりぎり日帰り圏内だぞ。どうする?

ああん、もう行くんでしょ!!

……………行くっ!!

ということで、勢いに任せて突撃することにしました。


となればです。わが家の工作部隊も黙ってはおれません。

チーム動物園は出動するとしても、まんまというのも芸がない。

まして、多治見東京タワーを被るわけには行きませんので、

短い期間ですが、多少なりともブラッシュアップが必要です。

多治見で何かないかなあと思案したときに、真っ先に思い付いたのが

去年6月にオープンした多治見モザイクタイルミュージアム

モザイクタイルの生産が全国1位の多治見市笠原町にある施設です。

建築家・藤森照信さんがデザイン設計された、

ユニークでPOPで愛らしい外観は、被り物にはうってつけ?じゃないか。

長女の部屋にはたくさんの空き段ボールが工作用にストックされているし

(勝手に使ったり捨てると長女にものすごく怒られる@@)

それを切り貼りすれば、面白そうだ。

ということで、結構それらしいものが仕上がりました。

その出来栄えは後の写真でホンモノと比べてみてくださいな。


↓今回の飛び道具はコチラ

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で、自分は今回はあえてマイギターを持っていくことにしました。

というのは、あまりにチキンの印象が強いので、

自分もへたくそなりに、

ちゃんと音楽をやっているというところをみせないと(誰に?何のために?)

このままでは完全に飛び道具のオッサンになってしまう@@

という、しょーもない危機感?下らないプライド?のためです。(笑)

ということでチキン演奏者は娘に託しますが、

1人減ってパワーダウンしてしまうのを補うために、

チキンもお色直し。

なぜだかメキシカンスタイル?インディゴスタイル?に変身!!


で、天気予報を見ると、なんと台風が襲来とあるではないですか。

あああ、あのお方がまたまた本領を発揮しようとしています@@@

台風直撃だと中央本線止まって帰れなくなっても困るし、

どうしようか悩みましたが、

どうせあの人たち、土砂降りでも絶対楽しんじゃうんでしょと

こちらもずぶ濡れ覚悟で行くしかありません。


当日。

午前中は長女の音楽教室へ行き、グループと個人とを済ませ、

先生に見送られて、大急ぎで新大阪へ。

何しろギターケースが重いうえに、

被り物がどえらいかさ張って移動が大変@@@

移動の最中にもあっちこっちぶつかったりするので、

車内でガムテで補強しながら移動です。


↓旅するチキン

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名古屋で中央線の快速に乗り換え、40分ほどで多治見に到着。

見事に降っておりますな!!

スタートは14時なので、20分ほど前に到着して、

そこから歩いて会場である「多治見ながせ商店街」へ。

雨がしとしとと降っているせいか、人もまばらで、

一向に始まる気配がないぞ…

心配をしつつ、会場広場のテントで、

恐る恐る持ち込んだものを整理していると、

同じテントで雨宿りしている人たちがクスクスとして、

和やかな笑いに包まれます。

ちょうど地元の方がいらして、

被り物そっくりですと太鼓判を押していただきました。

そのうち、山岸さんが通りがかって、こちらを見て

「ああ、アンサンブルズの親子がいるゥ〜」と喜んでいただいたり、

胡舟ヒフミさんにお声をかけていただきました。


↓うながっぱ

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多治見ながせ商店街

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雨でスケジュールが押していましたが、

いよいよ大友さんによるオーケストラTAJIMI!で幕開け。

雨だからみんなステージに上がっておいでという声に導かれて

トントンと階段をあがっていくと、

大友さんが「あああ、ここにも東京タワーの親子が!?」と。

憶えていただき光栄でございます。

さて、今回は曲らしい曲はなく、登壇したメンバーで即興三昧。

いやあ、難しいけどやっぱ面白い。

ラストは、”多治見のジェームス・ブラウン”が大暴れ。

しっかり娘のチキンもわなないておりました。


↓大友さんと即興

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↓この日もチキンはゼッコーチョー!!

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さて、本番を無事に終えましたが、次の盆踊りまでどうするか。

他の演目もあって見たいけれど、

ここまで来たらどうしても行ってみたいところがあり、

会場を一時離脱。

大急ぎで駅前へ戻ってバスに乗り込み、たどり着いたのがここです!


多治見モザイクタイルミュージアム

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そうです。多治見モザイクタイルミュージアム

せっかく被り物をこしらえたのだから、

実物をちゃんと見ておかなくてはなりません!

写真で見るのでもとてもユニークですが、

実際目の前にすると思った以上に大きくてびっくり。

せっかくやってきましたが、

本数の少ないバスでの往復と、盆踊りの時間を考えると、

行きのバスが終点から戻ってくる便に乗って帰らないといけないので

滞在時間わずかに20分足らず。

中をゆっくり見て回ることはできないので、

被り物をしてひとまず外観をバックに記念撮影。

すると、他の観光客から、すごいとか、カワイイというお声をいただき、

娘の顔はにんまり。あんまりニヤニヤしてると溶けてしまうよぅ。


↓どっちがホンモノでしょうか!?

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そのまま被った状態でひとまず中へもぐりこみます。

さすがに館内は無理ですが、

ミュージアムショップがあったのでお土産だけ買って帰ることにします。

自分で作るコースターキットと、紙コップにタイル詰め放題500円。

工作大好きの娘にしたら、色とりどりのタイルは絶好のお土産で、

ルンルン気分で詰めるだけ詰め込んでおりました。

レジでお会計をしているとスタッフさんが、

さっき何か面白い撮影してたでしょと話しかけてくれたので、

かくかくしかじかでとお話し。

すると、ちょっと待ってってと誰かを呼びに行ったかと思ったら

なんと館長さん!!

ありがとね〜ありがとね〜と言っていただき恐縮です。

もっとゆっくりしたいところでしたが、ここで時間切れ。

ダッシュで荷物をまとめてバス停に向かうとちょうどバスがやってきました。

田川・蛭子ペアばりの慌ただしさは毎度のことです。


↓スゲー

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↓時間がないのでお土産だけ

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↓館長さんのお出迎え!!

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そうして16時直前になって再び会場に戻ってきました。

雨でプログラムが押しているおかげで、

ALKDOさんの出番を見ることができました。

和のテイストをふんだんに盛り込んだパワフルな歌声と太鼓の音色、

それにドクロの人形たちがゾロゾロと這い出してきて、

独特の世界観でした。

インターバルではちょいと腹ごしらえということで、

出店の中からCAFE NEU!さんのカレーをいただきました。旨し。


↓戻ってきました

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↓ガチで降ってきたゾ@@

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↓ALDKO

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↓CAFE NEU!さんの兄弟カレー

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さて、少し時間を押しているうちに、

どんどんと雨脚が強くなってきました@@

まるで盆踊りを待ちわびるかのようなタイミングで土砂降り。

なかなかに刺激的なことになってきましたヨ!

で、大友さん以下みんな浴衣に着替えた状態でステージに上がってきます。

始める前に簡単に振り付けの練習があり、

まだパラパラとしかいない広場の人たちに交じって我々も踊りに加わります。

振り付けは、珍しいキノコ舞踏団さん。

大好きな映画『めがね』の劇中に出てくるあの「メルシー体操」の方々!!

ダンスというと素人はちょっと構えてしまいますが、

音頭といえば、なんか安心して入っていけるし、

コミカルな動きが随所に盛り込まれていて、

自分で踊りながら思わず笑ってしまうような感じで面白い。

娘も見様見真似で踊りながら、ゲラゲラ笑っております。

そうやって輪になって楽しんでいると、

徐々に人が集まってきて、広場がいっぱいになってきました。

そうして、いよいよ盆踊りスタート!


↓踊るよ〜♪

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↓輪になって〜

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↓摩訶不思議な振り付けは珍しいキノコ舞踏団!!

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盛大に雨が降りしきる中、広場一面輪になって、

ええじゃないか〜ええじゃないか〜と踊り明かします。

あんまりに夢中になっていると、

あれだけの土砂降りにも人は気づかないもんなんでしょうか。

途中本当に雨が止んだかと思うほど、楽しくワイワイ。

隣の人と手と手を取り合って花いちもんめ、

前の人にくっついて電車ごっこからのトンネルくぐり。

つらいことも苦しいことも、みんなまとめて供養して、

ちょうどおあつらえ向きの土砂降りの雨に流してしまえばええじゃないか〜。

ということで、なんとも刺激的な宴を満喫することができました。


↓ええじゃないか〜ええじゃないか〜

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↓雨が止んだかと思うくらいみな夢中に

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↓ヒートアップ中

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↓すっばらしい!

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ということで第一部が終了です。

ここでどっぷり雨に降られたことで、

娘が寒い寒いと言い出したので、宴はまだまだ続きますが

無理はさせられないのでお先に失礼することにしました。

もはやメケメケになった被り物を抱えて、駅まで。

そこからいったん名古屋に出ます。

晩御飯を食べてから帰阪することにして、エスカに降りる。

お目当ては「矢場とん」。

娘はおいしい、おいしいと

びっくりするぐらいでっかいわらじカツをぺろりと平らげました。

帰阪は21時。いつの間にやらすっかり雨も上がっておりました。


↓矢場とん

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↓わらじかつ半々

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↓土砂降りの盆踊り

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↓ええじゃないか音頭 by プロジェクトFUKUSHIMA 振付=珍しいキノコ舞踏団

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