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記憶の残滓 by arkibito

2018-06-05

鉄塔武蔵野線ライド 〜あの夏の見晴を追いかけて〜 前編

いやもう、随分と間が空いてしまいましたが、

鉄塔武蔵野線ライドのブログ版スタートです!


もともと自分の中にある原風景の一つが、

実家の部屋から見えていた鉄塔の並びでした。

今の工場萌えやドボクマニアがメジャー化するはるか前から、

鉄塔は自分の中で、力強いシンボルの一つとしてあり、

このブログのバナーもずっと鉄塔のデザインのままにしています。


そんな鉄塔好きにとってエポックメイキングな作品が、

銀林みのるさんの小説『鉄塔武蔵野線』であり、

長尾直樹監督の映画版なのです。

去年末、類さんとの縁伝いで、

まさかまさか長尾監督にお会いすることができ、

長年の思いのたけをお話しすることができました。


↓憧れの長尾監督と!しかも鉄塔武蔵野線のパンフとDVDにサインまで!!

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そんな鉄塔武蔵野線フリークな私の

唯一にして最大の課題として残っていたのが

いつか見晴がたどったあの送電線を

自分も追いかけたいというものでした。

大阪で暮らしていると、なかなか埼玉へ出かける用事はないし、

チャンスがなかったのですが、

今回日帰りで別用があり、それに合わせて、

日帰りライドを敢行したのでした。


とはいえ、全く土地勘もなければ、行ったことすらないので、

まず下準備として、

小説やパンフレット映画などから、

鉄塔武蔵野線の情報を収集し

それを地図に落とし込む作業を入念に。

しかし、これがまたとても大変な作業で、

はっきりと武蔵野線送電線が

プロットされているような図面があるはずもなく、

またようやくそれらしきラインを特定しても、

そのラインは地形や区画とは無関係に一直線に続いているわけで、

実際の走行ラインは、敷地を回り込んだり、

橋を渡るために迂回したり、一筋縄ではいかない。

おおよその地図とプランをどうにかこしらえてみましたが、

現地へ行ってみなければトラフィックの状況も未知数だし、

そもそも映画上映からすでに15年もの年月が流れているので、

どうなっているかわからない。

まさにワクワクの大冒険なのです。


まずは新幹線の手配。

日帰りのTOKYO BOOKMARKを利用なので、早朝の便。

手配の際に車両の最後列の席を指定して、輪行スペースを確保する。

東京駅に降り立ったのが、9時前のラッシュ時で、

新幹線から在来線へ乗り換えの際は、すさまじい人の波で、

邪魔にならないように端っこを選んで歩いて、大変でした。

京浜東北線に乗り換えると、電車ガラガラで一息つく。

30分ほどで南浦和駅に到着し、武蔵野線に乗り換える。

全然どっちがどっち行きか、土地勘がないので迷いますが府中本町行に乗り込むと、

予想外にものすごい混雑で、車両の隅っこで輪行を立てて潜む。

15分ほどで新座駅に到着しました。

まーったく知らん土地!

自転車を組み上げて、いざいざスタートしたのが9:50です。


JR新座駅

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まずは、鉄塔武蔵野線の終着点・81号鉄塔のある武蔵野変電所へと向かいます。

小説版では、主人公・見晴は家の近所に建つ

”永遠の出発点”である異形の武蔵野線鉄塔(旧武蔵野線75-1号)に魅入られ、

そのナンバリングの仕組みを知って1号鉄塔を目指す冒険へと旅立つので、

こちら側からのライドを組み立てました。

駅前を出て、すぐにR254に出ます。

しばらく走って野火止の交差点で志木街道(県道40号)へ。

狭い生活道路ですが、どこもかしこもかなりの交通量で、

しかもダンプやトレーラー大型トラックがバンバンと、

なかなか厳しいトラフィック。さすが郊外の工場地帯といった感じ。

空を見上げるとおびただしい数の鉄塔が乱立し、

縦横無尽に電線が伸びています。

電線を伝っていけばどうにかなるだろうと思っていましたが、

もはやどれが武蔵野線送電線なのか見当もつかないほど。

しょっぱなからハードな探検が予想されます。


菅沢の交差点で左折し、

立派な鉄塔群(片山線)とランデブーするようにして進みます。

土地勘もなければ、地形を推し量る山々もないので、

東西南北がはっきりとわからないし、

標識を見てもどっち方面なのか、なかなか脳内で地図を起こせません。

こういう感覚久々で、オラァわくわくすっぞ!

しばらく進むと、大きな高速道路をまたぎます。関越道のようです。

引き続き、交通量の多い道をずんずんと進んでいくと、

事前リサーチで確認していた黒目川にぶち当たります。

この一帯、堀之内地区が、見晴の家のあった周辺になります。

川の手前で右折し、教習所をかすめつつ、堀之内橋で川を渡ります。


川の先でこれまた交通量の多い、県道36号にぶつかります。

さっきまで頼りにしていた鉄塔片山線が随分左に逸れてしまったので、

左折して、軌道修正。

中央公民館のところで右折し、野寺地区へと入っていきますが

ここから、複雑に入り組んだ住宅街となり、

いくつもの袋小路を見極めて、保谷方面を目指します。

こういう場合、通り抜けることのできる生活道路にはちゃんと

それらしい気配があって、嗅覚がモノをいいます。

複雑に入り組んでいるうえに、結構アップダウンの激しい地形でしたが

県道24号まで無事に脱出することができました。


すると前方に、たくさんの鉄塔

方々から寄り集まってきている大きな場所があり、

そこが武蔵野変電所でした。

一度ぐるっと周囲を回っていましたが、かなり大きな敷地でした。

その中から、お目当ての一本を見つけました。

鉄塔武蔵野線の終点である81号鉄塔です。

しかしナンバリングを見ると、17号とあります。

実は、武蔵野線はすでに3路線に再区分されてしまっており、

番号が付け替えられているのです。

これもまたこの探検をより一層難儀なものにするに違いありません。

しかし、ようやく念願叶って、

鉄塔調査隊としてのスタート地点に立てました。

では、早速参りましょう!!


武蔵野変電所

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↓密集住宅街にある広大な変電所

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鉄塔武蔵野線の終点

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↓81号(現、武蔵野線17号)

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ここから新座までは、

先ほどやってきた道を基本的に戻ればいいのだが、

ここからは、できるだけ1本1本丁寧にトレースしていきます。

まずは、次の16号へ。

野寺地区の複雑な住宅街を戻りつつ、途中で左折し、

第五中の脇に立つ16号。


↓16号

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その次の15号との間には大きな地形の段差が立ちはだかっており、

緑地の階段を担いで下りて時短

住宅街にひっそりと佇む15号を発見します。

意外と住宅が密集しているところだと、

鉄塔そのものが障害物に隠れて見えず、

そのたびに立ち止まって確認が必要なので、

ストップ&ゴーで時間がかかります。


それにしても、最初の感想は、

武蔵野線って意外と地味ということでした。

映画や小説からのイメージだと、周囲をぱっと見渡せば一目瞭然で

悠々と空を伝っているのだと思っていましたが、

全然存在感がありません。

この一帯では、ずっと立派にそびえる片山線に

寄り添うように走る武蔵野線

この後もいくつもの送電線と並行したり交差したりを繰り返しますが

はっきり言って武蔵野線はそれらのライバルと比べても地味です。

なぜ、わざわざこの路線を選んだんでしょうと思うほどです。


↓15号

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↓片山線と並行して続く

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野寺地区の静まり返った初夏の住宅地をぐるぐると彷徨って

ようやく県道36号に戻ってきました。

そのそばにあるテニスクラブの駐車場に

高々とそびえる14号を見上げます。


↓背の高い14号

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武蔵野線14号

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県道36号をまたいだ先、田畑のど真ん中に13号がありますが

色々周囲の道をあれやこれや詰めても、

そばにはたどり着けそうにないので遠景をパチリ。


↓13号

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そこから少し迂回する形で堀之内橋へ向かい、

しばらくは黒目川沿いに進みます。

ここらは見晴の遊び場として何度も映画に登場します。

それにしても、すっばらしい青空で、絶好のサイクリング日和!!


↓黒目川

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しばらく進むと、赤と白に塗り分けられた大きな鉄塔に当たります。

片山線9号とありますが実は、

武蔵野線は間借りをさせてもらっているのです。


↓片山線9号に間借り

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ちょうどこの9号の真下に公園が広がっていますが、

この公園は見晴とアキラが作戦会議をした場所。

残念ながら映画に出ていた、回る遊具は撤去されてしまっていましたが

その面影はそのまんまです。

ここで少しだけ休憩を取ります。

すでに新座駅を出発してから1時間経過。

なかなかどうして大変です。


馬場2丁目児童遊園

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↓見晴とアキラの遊び場

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公園を出て川沿いに進み、少し大きな通りに出て、

対岸へ渡ります。

わずかな上りを詰めて、交差点を左折し、

東園自動車教習所に戻ってきました。

11号鉄塔は、この教習所の中にあり、敷地外からパチリ。


武蔵野線11号と片山線8号

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↓11号は教習所

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振り返るとすぐに10号鉄塔

この異形の鉄塔こそ”永遠の出発点”である

武蔵野線75-1号です。


↓異形の10号

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↓永遠の出発点75-1(現10号)

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怪しい細道を伝って、

工場の敷地に内にある9号へ。

こう並べて撮影してみても、

やはり片山線の方が存在感がある。

続いてすぐそばにある8号。


↓右側が9号、左側は片山線

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↓8号

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↓8号

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送電線は少しだけ右へと進路を変えて続いている。

それを追って先ほどの大きな通りを横断し、

団地と工場の間にある7号を捉える。

それにしても典型的な男鉄塔です。

え?鉄塔に性別なんてあるのとお思いでしょうが、

小説ではちゃんと男鉄塔女鉄塔の2種類の解説があります。

送電線を鉄塔につなぎとめる碍子という部分があり、

その形状によって鉄塔を分類しているのです。

腕木から碍子連を垂らしその先に送電線を支持する懸垂型が男鉄塔

もうひとつは碍子連で送電線を引っ張り留める耐張型が女鉄塔です。

この7号は見事な懸垂型で、

まるで男の人がえっへんと仁王立ちしているようなシルエットです。

この男女の分類以外にも、

まるで帽子をかぶせたようなコック型鉄塔婆ちゃん鉄塔など

色々な愛称があります。


↓7号

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送電線はさらに離れていこうとしているが、

こちらは道がないので、もう一つ向こうの信号まで進んで右折。

すると関越道をまたぐ。

その先の空き地の真ん中に6号がポツンとある。


関越道を一度またぐ

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↓6号

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送電線を折って、さらに進むと、広大な緑の敷地にぶつかる。

平林寺の敷地のようだが、中に入るにはお金がかかるようだし、

自転車も中には入れないので、大きく迂回して反対側に回り込む。

かなり大きな敷地のようで、

しかも鉄塔はその中ほどのうっそうとした森の中にあるため、

かなり遠くからしか姿を捉えることができなかった。

さすがこの一帯は武蔵野と呼ばれるエリアだけあって、

今なお田畑や緑が結構な範囲で広がっている。

そうして回り込んだ先に4号を発見。


↓平林寺の広大な敷地を迂回

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↓かろうじて5号

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↓4号

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そこから狭い住宅道を抜けて志木街道に出ると、

道の向かいに3号。

そのまま先へ進んでいくと道は行き止まりになるが、

そこは新座変電所という中継点であった。

その敷地の脇に2号を発見するが、1号が見当たらない。

ぐるぐると敷地をめぐってみたが、特定できなかった。

きっとどれかが1号なのだろう。


↓3号

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↓3号

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↓2号

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↓新座変電所

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ということで、武蔵野線を17号から遡って、

無事に始点までたどり着くことができました。

ここからは、「武蔵野連絡線」と名称が変わって、

さらに続いていくはずなのだが、

それらしき送電線が見当たらない。

しかし、この新座変電所から送電線を伸ばしているのは

さきほどの武蔵野線と、

その反対側へ伸びている新座線の2本しかない。

さっき武蔵野線が片山線を間借りしていたように

武蔵野連絡線が重複して途中で枝分かれするのかもしれない。

微妙に予習してきた方角よりも東向きのような気がしないでもなのだが

このラインしかないわけだから、進むしかない。


↓ここからどうなる???

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↓どれが武蔵野連絡線24号?

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ひとまず送電線を伝って新座菅沢団地へと迷い込み、

鉄塔へ向かうとそこはやはり新座線31号。

しかもその区画は袋小路で、先へ進むにはいったん少し戻り、

十文字学園敷地を大きく回り込んでいかねばならなかった。

回り込んだ先に、JR武蔵野線の高架の壁が立ちふさがっている。


↓新座線31号だが…

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↓???

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JR武蔵野線とクロス

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そこを抜けて先の鉄塔を目指すには

まず左に下って、アンダーパスを抜ける必要があるので

そちらへ進む。

すると、その道の脇にポツンと、別の鉄塔が立っている。

これは?と思ってナンバーを確認すると「武蔵野連絡線22号」とある。

あれ?自分が追ってきたラインとは別のものだけど、

こっちが正解だし、一体全体????

と軽くパニックになりつつ、鉄塔を見上げてみると…

衝撃!!

架線がない…

架線がないのである。

ウソでしょ。これは全くの予想外でした。

「連絡線」という名称から察するに、

一時的な役割を果たす路線として用いられ、

より新しく巨大な路線の完成によって役目を終えたのだろうと思われます。

そうすると、送電線は出ていなかったが、

さっきの新座変電所から別のラインとして

鉄塔が続いていた可能性があるため、

それを確認しに行かねばならなくなってしまいました。


武蔵野連絡線22号

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↓架線がない…

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来た道からはこの架線なし路線は確認できなかったから、

十文字学園の方へは戻らずに、

ぐるっと反対側から回り込むような形で

清瀬旭が丘団地から新座変電所へ戻る。

ぐいっと住宅地を登り、バスロータリーの先に、23号を発見。


↓戻って武蔵野連絡線23号

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さらに変電所まで戻り、取りこぼしがないことを確認して、

武蔵野線をくぐると、おびただしい数の鉄塔と、

蜘蛛の子を散らすようにして方々へ伸びる送電線が一面に…

一体全体、どれが正解じゃ!?

しかし実はこれらはすべてダミートラップなのだ。

なにせ、武蔵野連絡線は架線がないと判明しているのだから!!


↓どこへ行けばよいのじゃ???

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武蔵野線をまたいだ先には

清瀬市下水処理センターの広大な敷地

行く手を遮るようにして横たわっています。

付近に、裸の鉄塔はその向こうにしか見えず、

右から回るか左から回るか悩んで、

右手から回りましたが結果遠回りで、随分な迂回を強いられました。

まるでドラクエダンジョンか、ゼルダの世界。

回り込むと目の前に柳瀬川が流れていて、

対岸へ渡る橋のたもとのビオトープの中に20号を発見。

あれ?21号は?

見逃したと思って、結局下水処理センターを一周して戻ったが、

どうしても見つけられなかった。

ひょっとしたら、施設の中にあるのか、

もしくは所々で不要鉄塔は解体されているらしかったので、

もうないのかもしれないなあ…

しかし、ここで停滞しているわけにもいかず、

次へ進むことにしました。


柳瀬川

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↓20号

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橋を渡り、県道179号に入る。

19号はすぐそばにあり、

ラブホテルの裏口の急なスロープを上がったところ。


↓19号

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パチリと写真を撮ってすぐに退散し、

県道へ戻り、再び関越道をまたぐのだが、

このホテルの正面へ回り込むと見覚えが。

映画の中で、「逃げろ、アキラ。ここ、きっとヤバいホテルだ」と

見晴とアキラが退散しようとしたところに、

原付2ケツでやってきた担任の先生とバッタリするシーンに登場します。

あの時の担任の先生の気まずさったらないでしょうねえ。


担任とバッタリでくわすホテル

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さて、まだまだ先は続きます。

上り基調で関越道をまたぐと、広大な田畑が広がる台地に躍り出ます。

前方を確認すると、広大なダートフィールドを

電線なしの裸鉄塔が果てしなく続いているではありませんか。

このどうしようもないほどの果てしなさは、

きっと小学生だったらかなりマジかよ〜っと思ったことでしょう。


↓広大な関東台地

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鉄塔は続くよどこまでも〜♪

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すぐそこに18号が見えているので、

とりあえず県道を離れて田畑の間を縫うようにして進む道へ入る。

どんどん近づくのだが、そのうちどんどん右手へそれてしまい、

たどり着けず、ドンツキの森にぶつかってしまう。

田畑に付けられた道は、1本間違うだけで、

全然たどり着けないのでもう完全に上級者ダンジョン

小学生なら、まだ勢いで田畑を突っ切るなんていうのもできるかもしれないが

大の大人が他人の敷地にザクザク入っていったら、完全に不審者。

しかたなく登り返してもう一本先のあぜ道に入る。

道はどんどんダートとなり、泥炭となり、

大丈夫かと思ったところで、ようやく鉄塔にたどりつきました。


↓18号

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引き続いて次の鉄塔を目指そうとするのだが、

再び柳瀬川の支流が深い谷を形成していて、

そのまま進んでも渡れそうにない。

迂回路を探すため、いったん県道179号へと後退し、

信号のある所ならそれなりに往来のある道だろうと信じて再び切り込む。

すると、どんどん道はダートと化し、ついには雑木林に突入してしまう。

これは行き止まりになってしまうのだろうかと思ったが

どうにか先に抜けられそう。

スクラップ工場の脇をガッタンガッタンと切り抜けて、

林を脱出。

無事反対側に抜けれたはいいんだけど、

もはや方向感覚が完全に狂ってきました。


ダートを突っ切る

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ひとまず立ち止まって空を見渡し、鉄塔を探し求めます。

あった!

鉄塔の方向へ進んでいくと、学校の敷地に阻まれます。

左手の生活道路から回り込んでいくと、

再び怪しい雑木林への道へ。

林を抜けたところに鉄塔がありました。

しかし、ナンバーを確認すると16号。

あれれ?17号は???

もはや収拾がつかなくなってきました。

見渡すと、さっき苦労して迂回した谷の向こうに鉄塔が見えます。

しかしあれはおそらく18号のはず…

んん〜〜。しかし、再び谷を戻るのは厳しいので、

ここは断念して先へ進むことにしました@@


↓16号

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雑木林ゾーンから、さっきの生活道路へと戻り、

次の鉄塔へ。

R463(オリンピック道路)の亀ヶ谷交差点にたどり着きました。

その角に立つ15号を収めたら、

そのまま国道をまたぎます。


↓15号

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↓15号

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しかし、鉄塔はこの生活道路を敬遠するように、

左へと逸れていってしまうので、適当なポイントで左折する。

するとまたまた、田んぼのあぜ道のようなところへ入り込みます。

14号はその広大な田畑エリアの入り口の小さな会社の敷地にありました。


↓14号

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↓14号

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すぐに写真を収めて、

田畑を横切るような形であぜ道を進みます。

13号は田畑の向こうにすぐ見えているのだが、

道はそちらへは向かっていない。

タテに仕切られた田んぼを素直に直進する鉄塔ラインに対して

道は横に横断するようにしか取り付けられておらず、

ジグザグとやりながら、徐々にしか進まない!!

これは計画段階からある程度はよ予想していたのだけど、

これほどまでに複雑でやっかいだとは!!

どうにかこうにか13号に到達するが、

その先の12号はどこ???

本当なら送電線がヒントをくれて、

次の鉄塔への道しるべとなるはずが、それがなく、

単体として建っている鉄塔を見つけなければならないが

立地的にそれが遮蔽物で隠れて見えないことも多い。

実際次の12号は、広大な田畑の先、しかも雑木林に隠れて、

ギリギリ突先が見える程度。

んんん〜難儀や!!


↓13号

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↓どこへ行くのじゃ〜???

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どうにかこうにか12号のたもとにたどり着きました。

しかし、そこからあまりに広すぎるグリーンベルト

思うがままに突っ切る鉄塔の並びが…

いやああ、鉄塔に沿って道をつけてくれ〜〜〜〜@@@


↓12号

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↓果てしない…

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ここはいったん、立て直しが必要である。

ちょうど時刻は12:30を過ぎて昼飯タイム。

この付近に、映画にも登場したラーメン屋があるはずなので、

一旦鉄塔ラインを外れてそちらへ向かうことにしました。

広大な田畑を抜けて先ほど生活道路へと戻り、

南永井の交差点を少しだけバックしたところにある

ラーメン珍来」さんです。

この日はモーレツな日差しで、

ダルダルだったので冷たいものが欲しかったのだけど…

ここは聖地巡礼的にぜひとも立ち寄りたかったのです。


ラーメン珍来

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映画ではラーメン屋さんが2つ登場します。

一つは父親との回想シーン、もう一つはエンディングのシーン。

こちらのお店はエンディングの方で登場するお店。

ちなみにこの作品のエンディングは、

原作者の銀林さんが改訂の度に書き換えてしまうので、

映画版も含めて4パターン存在します。

でも映画版の終わり方が一番希望に満ちた余韻を与えてくれるので

一番好きだったりします。



映画では、ワンタンメンを食べるシーンが登場するので、

ワンタンメンを注文。

それだけではお腹を満たせないので、焼飯もセットで。

なかなか素朴でええ味わいでした。

こういうお店大好物でございます。


↓ワンタンメン

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チャーハンうまっ!

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はてさて、時刻は12:45。

すでにライド開始から3時間ほど。

まだ全鉄塔の半分ほどしか着ていません。

予想以上に、次の鉄塔を特定するのが難儀で、

しかもそこへたどり着くルーティングがうまくいかず苦戦が続いています。

しかし、そんなことでへこたれるわけにはいきません。

見晴の残像を追って、後半戦へと続きます。

2018-05-01

Music Life 『タイムライン』 by クラムボン

ここのところずっとずっと耳から離れない曲がある。

クラムボンが去年出した『モメントe.p2』のラストを飾る

タイムライン』という曲。

優しいリフレインが始まりを告げ、

そこから徳澤青弦さんらのストリングスがどんどんイメージを増幅させてゆく。

郁子ちゃんの描く詩の世界がそこにぴったりと寄り添って、

聴きこむほどに、しみしみと沁み込んでゆきます。

なんて、いい曲!!


iTUNEには配信されていないので、

何度もCDを繰り返し聴いての耳コピ

間奏部分のストリングスのところは表現しづらいので

あえてカットして、弾き語りバージョンとしてアレンジしました。


D


MVの映像もとても素晴らしくて、

具体的だけど具体にしちゃいけないモノコトを、

実に見事に表現されていて、

まさに歌の世界と絶妙にフィットしています。


D


タイムライン

作詞:原田郁子 作曲:ミト 


いつもの公園 ちょうど5時の時報

鳴り渡る空は 真っ赤な夕暮れどき


ボール追いかけて 遊ぶ子供たち

見守る親たち 自転車 子犬 木々


平穏であれたら そんなことを願う

陰影の濃淡 映画のようで


歌がきこえてる ささやかにゆれる

歌がきこえてる それぞれのタイムライン


「今 空 すごいよ」出先から届く

あの人の写真 真っ赤な夕暮れどき


タイムライン上には あちこちの町の

違う空模様 ピンク グレイ 群青


嬉しいタイミングに 救われたりしてる

陰影の濃淡 浮かんで消えた


歌がききたいの ささやかにゆれる

歌がききたいの それぞれのタイムライン


いつどこでなにが起きるか わからない世界の果て

パラレルに日々はつづく つづける を つづけてゆく

広がるこの空の下 わたしもここにいるんだって思った


家々 公団 町の灯がともり

鳥たちも 人も 家路へ向かいだす


あのひとつひとつに 日常があって

わたしの知らない 物語があって


どんな風に出逢い どんな風に別れ

どんな風に今を 見つめているんだろう


またねと手をふる 人びとの影に

葉桜そよいだ 紙吹雪のように


歌がきこえてる それぞれのタイムライン

2018-04-18

『火垂るの墓』 高畑勲監督

火垂(ほた)るの墓 [DVD]

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高畑勲監督の追悼で先日放映された『火垂るの墓』を観る。

小学生の頃に初めて映画館で見て(トトロと二本立て!)以来、

何度か観ているが実はちょっと苦手な作品である。

というのはどうにも感情が抑えられず、

相当なエネルギーを消耗してしまうから。

子供の頃は、自分にも妹がいるので、

どうしても清太に自分を置き換えて観てしまって、

あれこれと考えを張り巡らせたし、

阪神大震災を経験して以降は、

作中の焼け野原と地震の光景がオーバーラップしてしまう。

そうして今では自分に小さな娘たちがいて、

彼女たちのことを想いながら見てしまったら、もうどうにも止まらない。

先日も、ずっとずっとこらえていたのだけど、

とうとう、どうしようもなく嗚咽していたら、

長女がそっと手を握ってくれて、涙腺が決壊してしまった。


そういう風に、どう頑張っても感情が圧倒的に押し寄せてしまって、

作品について、あるいは作中に描かれている事柄について

冷静な分析だったり、解釈が難しい作品だったのだが、

先日はできるだけ目を逸らさず、正面から受け止めることに努めた。


原作者の野坂さんも、高畑監督も、

戦争という忌むべきものに対しては、もちろん大反対だし、

それがもたらす様々な災い、

つまり親しい者たちとの死別や、

飢え、貧困、暴力、排除、無秩序、絶望といったものへの

嫌悪は言わずもがななのだが、

彼らが訴えたかったことのなかには、

戦争がもたらすものへのNOだけではなく、

戦争をもたらすものへのNOも含まれているのではないだろうか。

つまり、排他的な思考、

絶対的な権力が暴力的に国を支配するような状況、

あるいはそれらを着実に根付かせる思想的教育の恐怖について。

その重要なメッセージが、

スクリーンに映し出される悲しい物語に対する

激しい感情の高ぶりに隠れて

自分自身、今まであまり認識できていなかったように思う。

ただ単純に戦争はいけないということ以上に、

その異常な社会が異常でないように感じられるような

考え方や社会の在り様こそが、最も忌むべきものであるということだ。


そのメッセージを紐解くうえで、

自分が一番、この作品で着目した点は、

清太が叔母の家を出て、自活をすることを決めたことだ。

もちろん、叔母の言動には耐えがたい屈辱や嫌悪を感じざるを得ないし、

自分たちの居場所が極めて窮屈に感じるのは間違いない。

しかし、もし清太が本当にあの時代を生き延びるのだという

ゆるぎない意思があり、

なにより節子が無事に生きる、成長することを第1に考えるとしたら、

己がプライドを捨て、どれだけ我慢を強いられ、

地べた這いつくばってでも、

あの家に残ることを選択しただろうし、

あるいは農家のおじさんが諭すように、急に瀕した状態で、降参して

屈辱的であっても、家に戻るということができたはずだ。

もし自分が同じ状況ならというのを昔から何度も何度も考えたが、

やっぱりそれがあの状況では最善の選択だったろうというところに落ち着く。

しかし清太はそれをしなかったし、考えもしていない。

あれだけ大切な妹の生存を脅かしてまで、

何が彼をそこまで頑なにしてしまったのだろうか。

そこがずっと引っかかっていた。


もちろん精神的に複雑な青年期にある少年の純粋な強がりやエゴ、

大人への反抗心が働いたということもあるだろうが、

清太にその選択をさせなかったのは、

彼が軍エリートの一家に生まれた長男であるという点に

一番の要因があると思われる。

空襲により、母親が死に、孤児となって運命が一変してしまったが、

それまではむしろ裕福で、何不自由のない生活を送っていた。

連合艦隊の幹部としての父親に絶大な信頼と誇りを抱き、

大日本帝国が勝利することを信じて疑わない姿勢が、

作中で随所に描かれている。

もし彼らが、普通の一般的な水準の家に生まれていたら、

戦時における日常においては、

すでにあれくらいの理不尽な出来事は

当たり前のこととして受け入れられたのであろうが、

彼らの育ちが、生き恥をさらして無様に生きるなら、

尊厳ある死を選ぶというような、

極端で誤った武士道めいたものへと導いてしまったのではないだろうか。

それはまさしく、当時の日本が誤った正義に邁進してしまったことと重なる。


一般的に、彼らの行動については

理不尽な大人の世界に反旗を翻したという評があるが、

自分から見ると、むしろ理不尽な大人の世界の理屈を信じて疑わずに

子どもながらに突き詰めてしまったからこその悲劇のように映った。

つまり、戦争という異常な時代の中で、その状況を異常とせず、

自らの生活に落とし込んだうえで、現実の戦争と同じ理屈で、

彼らなりの小さな戦争をしかけたのではないだろうか。

それも初めから負け戦とわかっていてである。

人によっては、あの選択をもってして、

自業自得だと切り捨てるような安易な結論を下す人もいるかもしれないが、

まだ自立もできないような少年少女にすらそういう思想が植え付けられ、

ああいう選択を強いられたという点や、

まだ未熟な者たちを正しい道へと導くことができない社会に

翻弄されたという点において、

やはり彼らもまた悲しい犠牲者だと言わざるを得ない。


この作品でせめてもの救いは、

彼らが死後、強い絆でもって

再び魂がひかれあって再会を果たしているという事が

描かれていることである。

それがたとえ、生きる者の願望が、

いいように想像してしまった産物であったとしても、

それがもしなかったら、もう自分は本当に心が張り裂けて

二度とこの映画を観れないかもしれない。

だからあのように描くことは、きっと、

高畑さんの心からの優しさなのだろう。


実際にあのような悲劇とほぼ同じようなことが、

たかだか70年前のこの日本で繰り広げられたこと、

そして依然として世界から戦争や紛争がなくならないこと、

また、その恐ろしい影がこの現代日本においても、

ひたひたと出番を伺うような不穏な空気が

少しずつ濃くなっていることを考えれば、

大人こそ、この映画をマジメに直視して観るべきだろう。

そして高畑さんが残したメッセージをつないでゆき

二度と同じ過ちを犯さないことが、

高畑さんへの、そして清太や節子への

一番の追悼になるのだと信じてやまない。

2018-04-02

さよなら京都みなみ会館 ラストは『太陽を盗んだ男』 by長谷川和彦監督

京都で名画でを観るなら

東寺の近くにある「京都みなみ会館」が決まりでした。

映画小僧だった学生時代、

電車代をケチって京都駅から一駅よく歩いて通いました。

企画上映もよくやっていて、

オールナイトでW・カーウァイ監督やクストリッツァ監督の映画を

ぶっ通しで見てホヤホヤの頭で朝を迎えるなんていうのも

懐かしい思い出。

その思い出の映画館が、建物老朽化に伴い、3月末で閉館しました。

また別の場所での復活を模索しているというので、

しばしのお別れですが、

なじみの場所がなくなってしまうのはやはり寂しいことです。


↓閉館のお知らせ

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京都みなみ会館

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↓ゆかりの人たちによる惜別のメッセージ

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↓スクリーンの方が高くなっていく独特な造り

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ラストの1週間は、さよなら興行ということで、

これまで上映してきた数多くの作品の中から

えりすぐりの名画を40近くをラインナップ。

普段なかなかスクリーンで見ることのできない

あれやこれや満載の魅力のプログラムでしたが、

時間的に難しいため、悩みに悩んで1つだけチョイスして

ラストを締めました。

往年の映画ファンがこぞって来ていたので、

すごい混雑でしたが、なんとかラスト観に行けてよかったなあ。

また次のステージで会いましょう!


↓さよなら上映は大盛況

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↓さようなら〜

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で、そのラスト1本に選んだのが、

伝説の映画監督・長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』です。

ちなみに何が伝説かっていうと、

長谷川監督はまだたったの2本しか監督していないのですが(ともに70年代)、

その2つが日本映画界に激震を走らせ、

今なお多大な影響を及ぼしているうえに、

その2作以降40年近く新作を撮っていないという幻の監督さんなのです。


↓太陽を盗んだ男

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主人公は都内の中学で理科を教えている平凡で冴えない男子教師・城戸誠。

しかし、社会見学の帰りに壮絶なバスジャックに遭い、

そこから彼の内側に眠っていた何かが目を覚ます。

彼は東海村の原子力施設からプルトニウムを盗み出し、原爆を自作する。

絶大な武器を手に入れた彼は自らを9番を名乗り

(当時、核保有国が8つあり、その次の存在という意味)、

「プロ野球のナイター中継を試合終了まで見せろ」

「ローリング・ストーンズを日本に呼べ」と、

日本政府に無理難題を要求して挑んでゆく。

自分自身でも、自分が何者か、何がしたいのかわからない主人公が、

対決の相手に選んだのは、バスジャック事件で英雄的な活躍をした凄腕刑事・山下だった、

というお話。

当時人気絶頂だったジュリーこと沢田研二の気だるく危ういセクシーさと、

まるで銭形警部のように質実剛健でスポコン精神丸出し、

そしてゾンビの如く不死身の菅原文太の鬼気迫る演技。

そして原子力施設からプルトニウムを盗んで原爆を作るっていうコンセプトだけでも

もはや現代ではタブーに近いような話の上に、

皇居前でバスジャックするシーンをゲリラ撮影を敢行したり、

何でもありの無茶苦茶なアナーキーズムが、

全エネルギーとなってスクリーンから放出され、

もうそれを受け止めるだけでもお腹いっぱいというような、

史上稀にみる過激作なのです。


興味深いのは、決して筋書き通りの勧善懲悪で

ハッピーな終わりを迎えるのではなく、

漠然とした悪が勝ってしまうという点だったり、

そもそもこれだけの大犯罪を企てる主人公には何らその動機がなく、

原爆を持て余すという点。

しいて動機を挙げるとすれば、

誰かに自分という存在を知ってほしいという承認欲求だけという点が、

現代にも通じる病を思い浮かべざるを得ない。


あの常に眠たげなジュリーの瞳の沈んだ闇の深さや、

天皇に直訴を訴える老人のかっと見開いた形相、

そして全身に鉛を撃ち込まれてもなお不気味に突進してくる刑事の気迫、

どれを取ってもトラウマになる。


いやもう、この有り余る熱量は、言葉では語りつくせるものではなく、

実際に映像を目の当たりにしないとわからないので、

ぜひ一度観てみることをお勧めします。

『オン・ザ・ミルキーロード』 by エミール・クストリッツァ監督

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先日、湊川公園のパルシネマしんこうえんで、

エミール・クストリッツァ監督の9年ぶりの新作

『オン・ザ・ミルキーロード』を診てきました。

実は、これもっと前に封切りされていたのですが、

しばらく映画情報から遠ざかっていて見逃していたところ、

運よく遅れて新開地で公開されていて飛んでいきました。

myベストの映画は今も昔もダントツで、

クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』で、

当時何度も映画館に足を運んだことを覚えています。


本作も例にもれず、旧ユーゴスラビアの紛争を彷彿とさせる

戦場の村が舞台。

戦場の村でロバにまたがりミルクを運ぶ係をしている男(監督本人)と、

突然村の権力者の花嫁として連れてこられた

謎の美女(モニカ・ベルッチ)の逃避行の物語。

わんさかわんさかとアヒルや猫や動物たちが、

画面狭しとわななき大暴れをし、

陽気なジプシーの旋律がにぎわう中、

そこかしこで銃声やら爆発が起こり、

冒頭からクストリッツァ節全開でしたが

物語としては過去の作品の焼き増し的な印象がどうしても否めず、

比較をしてしまって物足りなさが募りました。

また、途中に出てくるヘビの下りなどでCGが使われているのだけど、

その技術の使い方が本当にへたくそで、興ざめしてしまいました。

昔は、同じような表現でも、CGに頼らないことで、

独特の浮遊感や寓話性を醸し出していたのに、何で?という思い。

期待値が高かっただけに、ちょっと残念感の方が多かったです。

2018-02-06

『いただきます みそをつくるこどもたち』 by オオダヴィン監督

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土曜日。音楽教室の後、

十三のシアターセブンに家族で映画鑑賞。

先日、1つ上の第七藝術劇場に映画を見に来た時、

気になる作品を見つけてやってきました。

『いただきます みそをつくるこどもたち』という映画です。


舞台は福岡の保育園。

そこでは、知育・体育・保育の全ての根源は食育にありということを

30年以上前から理念として取り組んでこられている施設で、

昔ながらの日本の食卓にのぼっていた和食を推奨し、

生きた酵母を摂取することのできる

重要なタンパク源として味噌と納豆、

玄米に旬の無農薬野菜を積極的に食べることをしています。

しかもその味噌を園児が自分たちでこしらえるのです。

そして驚きは、この保育園では毎日、給食は100%完食。

飽食、偏食の時代にこれは極めてすごいことなのです。

食べ残しゼロで、園児たちは元気いっぱい。

アレルギーもなく、インフルエンザにもならない、

元気で生命力の高い子どもたちの姿を見ると、

こちらも元気をもらうようでした。


日本人は、明治の文明開化までの時代、

1000年近くほぼほぼ肉食をせず、

魚は別としてベジタリアンに近いような食文化を続けてきた民族。

その歴史は我々の体にDNAとして刻まれていて、

現代の欧米型の食事、

つまり肉を食べ、乳製品を取るような食生活

そもそもそれに適応した内臓を

持ち合わせていない日本人には不向きで、

さまざまな病気や疾患、アレルギーを引き起こすのだと

科学的にはっきりと証明されているそうです。

食を改善することで、そういった弊害を取り除くことができ、

また生き生きとした生活を起こることができる。

まさに食べたものがわたしになる,ということなのです。


我が家も小さな娘たちのことを考えて、

できるだけ旬のものを使った料理、

和食中心を心がけてはいますが、

どうしても共働きで忙しい毎日だと、

なかなか難しい側面もあります。

昼は昼で外食はラーメンだったり、丼ものに偏りがちで

多々反省しなければ!!


そしてびっくりしたのは、

エンディングテーマが、坂本美雨 with CANTUSのみなさん!

しかも『星めぐりの歌』!

こんなところでみなさんと再会できるとはいと嬉し。


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今年は順調に映画鑑賞に通っているが、

いわゆるハリウッド大作とかじゃなくて、

こういうドキュメントはかかせない。

話題作とかは、いずれソフトが出たりTVでやったりするけれど、

こういうドキュメントはまずソフト化されることがないから

上映している間に観ておかないと

次またいつ観れるかわからないのだ。

ある意味アウラな体験。