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記憶の残滓 by arkibito

2016-05-16

子連れサイクリング めざせ初氷

土曜日は夜中まで仕事で、日曜日は午前はバタン。

午後からで、長女を連れ出すのに、山はちょっと出発が遅いので、

今週末は自転車

ちょうど枚方凍氷さんが

今シーズンの営業をはじめられた情報をゲットしていたので、

淀川CRでそちらを目指すことに。


このところは奥さんとお出かけする際は、ベビーカーなので

自転車に乗る回数が少ないので、久々に乗り回せるとあって、

娘も気合十分。

毛馬閘門から入って、そこからCRへ。

「キ〜〜〜〜〜ン!!」となぜかアラレちゃんよろしくかっ飛ばしていく。

日差しもそれほどえぐいほどでもなく、後ろから吹く風が心地よく、

絶好のサイクリング日和。

多くのローディーさんが前から後ろから。

草野球やサッカーBBQなど河川敷はたくさんの人であふれているので、

娘がぶつかったりしないように注意しながら、ぐんぐん進む。

面倒くさいのが各ゲートごとにある鉄柵。

細身のロードでも対外面倒くさいけど、

子供用の台座をつけたママチャリが間を抜けるのは相当大変。

娘も抜けへん抜けへんと苦戦しながらも自力で通過。


淀川CR滑走

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やはりずっとぺダリングをしていると暑くなってきて、

気づいたら娘さんはトマトのように顔が真っ赤っか。

途中で何度かクールダウンの休憩を入れつつ、

2時間ほどで枚方とうちゃこ。


枚方とうちゃこ

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河川敷を離れて、旧街道を伝って、

お目当ての枚方凍氷さんにとうちゃこ。

時刻は16時だったが、結構お店は満席で、少しだけ待ちました。

娘はピーチミルク、自分は定番のイチゴミルク。

これで1つ450円は安いねえ。

最近は氷スイーツブームだけど、

大阪市内だったら800円とか下手したら1000円超えるくらいのものもあるし。

しばらくして、器から大きくはみ出たかき氷が出てきて、

娘の目もランラン。

頭キンキンさせながら、おいしく完食♪

ごちそうさまでした!


枚方凍氷

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↓定番のイチゴと娘はピーチ

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16:15に帰路に着きます。

行きと違って向かい風がすさまじく、

前について風よけしてやろうとするのに、

自分が前に出ると意地になって抜いてくる。

しんどいで〜というのに、ニヤニヤしながらパス。

帰宅したのが18:15で、

サザエさんには間に合った。(←ここ重要)


↓向かい風〜

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しかし、あんな車重が重くて、

回しても進まない子供用自転車

小さい子が往復40kmかけて枚方に行くのは相当タフです。

自分も、ママチャリという鉄下駄で往復4時間ぺダリングをして、

まるでLSDトレーニングのように、結構足にきました。

軽量ロードバイクがどれだけ性能がいいかがわかりますね。

ギプスは取れて、サポーターになったはいいけど、

その分、守られていた手首に負荷がダイレクトにかかるようになったので

さすがにちょっと痺れて痛い。

ロードも早く復帰して、行きたいところや

行かないといけないところもあるんだけど、

ちょっと時間かかるかもなあ…


走行距離:37.2km

TOTAL:299.05km

2016-05-03

子連れサイクリング 千里川堤防

腕は折れても心は折れず。

ここ最近のキャッチフレーズになってまいりましたが、

手首が折れてはいるけれど、

ほかの部分はいたって元気なので

天気が良ければ、やはり体を動かしたいわけです。

休日は長女が暇を持て余してつまらなそうにしているので、

ここはちょっと自転車転がすかと聞くと、

「行く!」と即決して大急ぎで準備。

娘のmyマップを持ち出してきて、どこへ行くかをまずは考える。

距離的なものと、ルート的な安全性、

アトラクション的なものを考慮して大阪空港に決定。

大阪空港の滑走路32Lエンドに面する千里川堤防は、

離陸してくる飛行機が大迫力で見られるスポットで、

自分も小学生のころ、

初めて自転車を漕いで遠出した場所でもあります。

そろそろ長女も大きくなって、あの轟音でも大丈夫だろうから

あの迫力を味わってもらいましょう。

今回のルートは若干今までと違って

川をいくつか渡らないといけないので、

アップダウンが少し発生するのだけど、

きっと自称・坂道ねえちゃんは頑張ってくれるでしょう。


ということでいざ出発。

まずは長柄橋で淀川を渡らないといけません。

ここは緩やかにダラダラとした登り基調。

ここを登れないと先へ進むことはできません。

ゆっくりゆっくり前を曳きながら、娘の様子を見守っていると、

しっかり漕ぎながら余裕で登りきることができました。

そこから柴島浄水場をかすめて、新大阪へ。

神崎川にぶち当たり、すこしだけCRを進んで榎木橋を渡る。


神崎川沿いに進む

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裏道を伝って天竺川沿いの定番コースに合流し、そこからしばしランデブー

名神高速の下をくぐるところの登りも余裕綽々でした。

服部天神駅前を通り抜けて、ローズ球場の裏道を西進して、

途中コンビニで調達をしてから、

1時間ほどで千里川堤防にとうちゃこ。

意外とすんなりと来てしまいました。

わが娘ながら恐るべし根性だ。


↓絶景スポットとうちゃこ

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現場はたくさんの航空機ファンや近所の家族連れで結構な賑わい。

数分おきに、大きいの小さいの様々な飛行機が襲来し、

その度に轟音と迫りくる迫力に湧きます。

娘も心配していた大きな音にも臆することなく、

大興奮で、大声を上げながら、

自分のカメラでバシバシとスクープを狙っておりました。

自分が子供のころはまだ国際線のジャンボが離着陸していたので

もっともっと迫力があったので、

ボンバルディア機とかばかりはちょっとさみしさも感じますが

B-787はさすがに迫力があります。

1時間ほど次々来る飛行機を楽しみました。


↓どーん!!!

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↓離陸も次々

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ジェイエア エンブラエル190(E190)型機?

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↓来た来た〜

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↓どーん!!!

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↓坂道ねえちゃん

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帰りも基本同じルートで帰宅。

登りも全部足つきすることなく30kmほどを完走。

うーん、そろそろ子供用のチャリで行ける範囲でネタがないなあ。

これ以上長距離となると娘用のロード検討しないといかんかなあ。


走行距離:30.5km

TOTAL:261.85km

2016-04-04

ちびっこロ−ディー?

土曜日。

いつものように音楽教室へ行ったのだが、なんとお休みの日だった!

なのに先生もいて、他の生徒も集まってきちゃって、結局臨時授業。

誰も予定表観てないズラ。


昼からは久々にプール。

水泳は一週でも間隔が開いてしまうと、体力が明らかに落ちる。

2往復100m連続でもヒーヒー。

1時間泳いだら体バッキバキです。

教室後に合流して、少しだけ娘と自由に水遊び。


そこからちょっと用事があったので、自転車遠出につきあってもらう。

桜が見ごろになっている大川沿いのサイクリングロードを北上し、

毛馬閘門に出てから、淀川CRへ。

ここは車が来ないので、ほかの歩行者や自転車、ボールなどの飛び出しに注意して

全力で漕いでいいよと娘をリリース。

子供用のママチャリながらものすごいスピードでかっ飛ばす。

今日は豊里大橋までだったけど、爽快に走れてご満悦の様子でした。


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で、そこから交通量の多い通りを慎重に抜け、

千林商店街抜けて、久々に木馬へ。

店長は接客中だったけど、FUNさんがいらして、色々とお話し。

娘も自転車に興味がでてきたみたい。

今日の用事は保険の加入。

これをすっかり忘れていて、これがないことにはロングライド復帰できないので。

ただ5/1AM4:00から適応ということで、復活はもうしばらくお預け。

でもその頃だとお山も本格化しそうだなあ。


帰りは城北運河沿いの道で帰る。

行きに使おうかと思ったのだが、

大通りの下をくぐる毎回ごとに、アップダウンがあり、

娘目線で考えると、しんどいかなと思ってあえて淀川CRを使ったのだが

上り下りの応酬を苦にもせず、むしろ変化のあるコースを楽しんで走りきってしまいました。

今度は背割あたりまで行けそうな気がするなあ。

2016-03-31

大阪名所ライド

春休みに入った長女が暇を持て余している。

奥さんは下の子のお世話でほぼつきっきりだし、

赤ん坊はまだ生まれたてで外出もできないので、ちょっと公園で遊ばせるのもまだ無理。

あれこれ家で遊べるものを用意してはいるけれど、

やっぱり飽きは早い。

そんな娘の気分転換にと、お決まりのお山か自転車どっちがいいかと聞くと、

自転車で遠くへ行きたいとのリクエスト。

二人で地図帳をひっぱり出してきて、どこへ行こうかとプランニングして、

娘がココ!と指差したのが、京セラドーム。

いつも海遊館や南港へ行くときに、

地下鉄から見える巨大ドームが気になっていたので行ってみたいとのこと。

(ちなみに小さい頃はあれはバイキンマンのUFOだと呼んでいました)

行先は決定したが、結構市街地を縫っていかないといけないので、

できるだけ交通量が少なく安全なルートを頭の中でシミュレーションしていざ出発。


まずは毎度のルートで扇町公園まで足慣らしをして、

そこから繋いで、中之島公会堂へ。

ここまでは何度か自転車で来ているところなので問題なく。


↓中之島公会堂

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そこから北浜界隈の路地を比較的交通量の少ないところを選びながら進み、

靭公園に到着。

ここは娘がもっと小さい頃によく夏場は連れに来ていた思いである公園。

ここでちょっと一息して、公園遊びに興じる。


↓ウツボパーク

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靭公園の西側のテニスコートのあるところを伝って、西へと進む。

阿波座の巨大JCTを見上げて、

娘はびっくりしながら、自前のカメラを乱写。


↓阿波座の主

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そこから中央大通の歩道で橋を渡り、

そのまま木津川沿いに南下して京セラドームにとうちゃこ。

案外スムーズに早く到着してしまいました。

またも巨大すぎる建造物に目を丸くしておりました。


↓京セラドーム

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あまりにあっけなく到着してしまい、拍子抜け。

このまま帰るのも物足りないなあということで、

天保山を目指すことにします。

岩崎橋を渡ったら左折し、尻無川の土手沿いを南下する。

この道なら左右飛び出しがないし、交通量少ないだろうと思っていたら

後ろからトラックがバンバン脇をかすめていくので、チョイスミスでした。

R43をくぐった先で右折し、みなと通りまでは出ずに裏路地を進む。

八幡屋商店街を抜けて、またも巨大に渦巻くJCTを渡ったら天保山。

ちょうど夕暮れ時で、大阪市内で一番のサンセットスポットがあるのでそちらへ。

そのまま咲洲トンネル方面へ直進し、中央突堤へ。

ほとんど人がおらず、見事な夕焼けを二人占めしながら、ちょっとおやつ休憩。


↓天保山のサンセット

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↓海

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15分ほど休憩したらいざ帰宅。

夕暮れということは日没が早いわけで、

その前にできるだけ安全地帯へたどり着きたい。

ただ、よく見ると娘は手袋を忘れていて、吹きすさぶ風で冷たくなっている。

ロードバイクでも一番寒さが来るのが手足。

こりゃいかんと天保山のマーケットプレイスに駆け込み、

子供用の手袋を急きょ購入して事なきを得る。

ついで、せがまれて娘のおみやも購入。

当然長女だけというわけにはいかないので2つ。

そうか〜これからは2倍かかるのか〜@@@

お父ちゃんのお小遣いが目減りしていきます。


↓海遊館

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海遊館からの戻りは中央大通ではなく裏ルートで。

久々に前を通った加藤汽船ビルがターミナルの一部が取り壊されてた。

そのまま安治川沿いに進み、もうひとアトラクションとエレベーターで対岸へ。


↓安治川隧道

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渡りきったところで日没を迎え、娘さん初のナイトライドで初点灯。

ややこしい西九条駅周辺をしのいで、北港通を渡り、

福通村の脇道を伝って、JR淀川駅周辺。

日が暮れて寒くなって疲労もそこそこあり、ミスドでいったん休憩。

15分ほど暖を取り体勢を立て直す。

ここからは勝手知ったる淀川左岸の道。

娘も知っている道に出たことで安堵して元気が出て、無事に帰宅。

なんだかんだで30kmほど走りました。

娘さんなかなかタフだわ。

2016-02-04

パンターニ 海賊と呼ばれたサイクリスト

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マルコ・パンターニ。

スキンヘッドに口髭を蓄えた型破りな容姿。

魔の山に単騎突進し、

スーパーマンのようにヒルクライムを駆け抜けたその超攻撃的なスタイル。

豪快さと力強さに加え、どことなく漂う危うさと脆さを兼ね備え、

長いロードレース史上でも稀有なユニークさで、

世界中を魅了した愛すべき海賊(ピラータ)。

その栄光と影の歴史である。


90年代フジテレビが毎年放映していた時代に

もっとも熱狂的にロードレースに熱をあげ、

もっとも自転車にのめり込んでいた自分にとってはもちろん、

あの時代を知っている人ならおそらく誰でも

パンターニは憧れのヒーローの一人だ。

インデュラインの登場で、ロードレースは個人と個人のぶつかり合いから、

システマティックな戦術によって戦うという方式へと変わり、

その戦術はのちにランスによって不動の方程式となるのだが、

そういった形式的で、組織的なやり方ではなく、

情熱的で人情味にあふれ、

無鉄砲で型破りな一匹狼を人は愛するものだ。

時に後先も考えずに麓から容赦なくアタックを繰り返し、

ついには圧倒的な差で山頂ゴールをする。

独特の無茶な姿勢で自殺的とも思えるような猛スピードで山を駆け下りるその姿。

かと思えば山ではあれだけ無敵を誇りながらも、平地のTTはからきしダメという、

そういう欠点さえもがチャーミングに思えてしまう。

例えば、完璧なシューマッハよりも

セナやマンセルの方が魅力的だったりするのと同じで、

その人間臭さが誰もを魅了したのだ。

だから2004年に彼がオーバードーズで亡くなったと聞いたときは

かなりショックを受けたことを今でもはっきり覚えている。

それが直接の原因ということでもないけれど、

自分はちょうどこのころから自転車を降り、

30代になるまでの長い間自転車に興味を失ってしまうことになった。


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選手時代に果たして本当に彼がドーピングに手を染めていたかどうかはわからないし、

この映画もどちらかというと遺族側の視点に立っているので少し公平性を欠くから、

どうかははっきりしない。(でも、ないと信じたい)

時代背景を考えると、

98年にフェスティナ事件という未曽有の大スキャンダルが起こり、

そこから数年は異常とも思えるほどの

ドーピング対策&ドーピングスキャンダルの嵐だった。

ツール・ド・フランス自体が大会存続の危機に瀕し、

UCIもASOもクリーンなイメージを打ち出す必要性と、

自らの正当性をアピールする必要があったし、

そのためには見せしめ的に誰かを吊し上げる必要があったのも事実。

組織に準じないパンターニは絶好のカモだったともいえる。


そしてチーム。

ロードレースに限らず、スポーツには常に2つの側面が存在する。

ひとつは、純粋に個人あるいはチームとしての力量を比べ、

速さと技、強さを極限まで追求し、勝利を目指す競技としての側面。

そして、もう一つは、それらを運営し管理し、

利益を生み出していくビジネスの側面。

国際的に巨額のマネーが動き出せばロクなことはない。

スポンサー様のために勝つ=儲けるためには、あらゆる手段を使う。

そこで導き出した一つの答えが、ドーピングであり、

そのドーピングシステムはより巧妙により組織的に構築されてきたというのは

明確に暴かれた事実である。


そして悲しいかな結果的に当時の多くの有力選手たちが、こののち、

悪しきドーピングシステムに従って薬物に手を染めたことを告白し、

ある者はペナルティーを受け、

ある者は引退に追い込まれる事態になったのも事実。

主催者側も、チームも、個人も、

どのレベルにあっても当時(そして今も?)はグレーゾーンであり、

自己保身に躍起になっていた。

そんななかで、時のスターだったパンターニは

様々な面で矢面に立たされてしまうこととなる。


ドーピングの真偽はいったん置いておくとして、

結果的に当時のすさまじいドーピングバッシングの真っ只中に放り込まれ、

警察につけまわされ、マスコミに追い立てられ、

しまいには世間から裏切り者とののしられる日々の中で、

誰からも味方されず、

仲間であるはずのプロトンからも卑下され(ランスからのひどい悪態)、

愛すべき自転車への情熱さえも失って、

いかばかりの闇を抱え込んだのかと想像してしまう。

そしてついにはその弱さに漬け込む悪魔の誘いに乗って、

本当に薬に手を出してしまったことは

(ジャストタイミングの清ちゃんのニュースが泣ける…)

決して許されるべきではない事実で、

言い訳にもならないのだけれど、

自転車と薬という切っても切れないロードレース界の闇の

スケープゴートになってしまったことは無念でならない。

そしてこの闇は今なおロードレース界に暗い影を落としたままなのだ…


この映画を見て決定的に悲しいのは、

作中に登場する人物のほとんどが薬物疑惑にまみれ、

実際に薬物使用によってペナルティーを受けることになる人たちばかりだということ。

1998年のあの忌まわしいフェスティナ事件のニュース映像で、

大粒の涙を流して悔しがったリシャール・ビランクも、

その騒動の最中、選手の代表として主催者側と毅然と戦ったローラン・ジャラベールも、

結局は猿芝居だったのだし、

当時(インデュライン時代とランス時代の狭間)総合を争ったライバルたち、

つまりヤン・ウルリッヒやビャルヌ・リースといった面々もみな

見せかけの強さを晒していたに過ぎない。

そして極めつけは、大金と名声に目がくらみ自ら進んで道化役を買って出た

忌まわしきランス・アームストロングという悪魔。

奴は白でさえも黒に染め、すべてを茶番へと陥れた。

極めて悲しいことだが、

これもまたロードレースの歩んできた紛れもない歴史なのだ。

歴史は歴史として受け止めざるを得ないが、

自転車を愛するものとしては心底悲しい事実である。


とはいえパンターニが残した超人的な記録、

つまりラルプ・デュエズ最速記録や、

史上7人目そして現時点では最後のダブルツール達成は今でも色あせることはない。

ただ…

もし、あのスキャンダルの中で一人でも支えれあげる人がいればどうだったろう?

もし、あの99年のジロで追放されずにマリアローザを獲得していたらどうだったろう?

もし、彼が欲望と疑惑にまみれたプロレーサーの道を進まなかったらどうだったろう?

大好きだった自転車競技を大好きなままでいてくれたであろうか。

邦題に、”ロードレーサー”ではなく”サイクリスト”と記されているところに、

製作側のパンターニへの厚い愛情を感じる。

つまり、純粋に速さと強さだけを追い求める自転車少年として…

享年34歳。

あまりに若すぎる、そして惜しい死だ。


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最後に、話は少しそれるけれど、一番の驚きは、

あれだけハイペースな戦いをしていて、

ガードレールもないダウンヒルであんな無茶な姿勢でスピードを出しているのに

当時はヘルメットなし!

今なら完全にありえないだろうなあ。


↓第七藝術劇場

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さて、今回久々に十三にある第七藝術劇場を訪れたのだが、

ここは思い入れのある映画館。

自分が学生のころは、

「トレスポ」「アメリ」といったミニシアター系映画がヒットし、

小劇場が盛況だったのだが、そのブームも去るころになると、

体力のない劇場が次々と閉鎖に追い込まれた。

この第七藝術劇場も一時休館に追い込まれたのだが、

その間、貸しスペースとして提供されていて、

何度かイベントをさせていただいた。

複数の大学の団体と一緒に学生映画の自主映画祭などもして、

自分の作品もこのスクリーンで流されたこともある。

あの時はゲストに犬童一心監督が来ていて、コメントももらった気がする。

立地的にはちょっと怪しいところにあるのだが、

細々とでもずっと営業を続けているのは素晴らしいですね。