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記憶の残滓 by arkibito

2018-02-06

『El paraiso del cielo』

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香川県三豊市の父母ヶ浜にて。

香川のウユニ塩湖として注目のスポット。

2018-02-05

西讃ライド2018

これも塩漬けになっていましたが、

先日香川ライドに行ってまいりました。

といってもうどんがメインでも自転車がメインでもなく、

大好きな絵描きのイワサトさんの展覧会に行くのと、

ちょっとお仕事のリサーチを兼ねて、

ひそかな絶景スポットとして売り出し中の場所へ実踏調査という名目です。

今回はとりあえずライドの記録だけ。


本当なら、前日に神戸まで走っていて、

ジャンボフェリーで向かうはずだったのだが

予想以上の大雪と、もろもろの用事が押してしまって走れなくなり、

翌朝電車で香川入りすることにしました。

とりあえず新大阪まで自走していくと、新幹線米原区間の大雪で遅延。

問題は岡山からの便に接続できるかなのだけど、

予定より1本速い便に乗ったので事なきを得る。

アンパンマン列車に乗って、瀬戸大橋を渡ります。

そうして12時過ぎに丸亀駅着。


瀬戸大橋を渡って四国上陸

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丸亀駅

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丸亀駅でマシンをセットし、ぼちぼちスタート。

まずは三豊市を目指し、駅前の大通りを南下。

中府町で県道33号に入り、金蔵寺方面へ。

朝から何も食べないままだったのだが、

この先で、短い峠越えもあるし、

三豊の裏道に入るとコンビニもなかなか見つからないので

とっさに見つけたうどん屋さんで肉うどんと、

珍しいトッピングの鶏皮とコンブのかき揚げをいただきます。


↓「製麺七や 原田店」でうどんチャージ

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腹ごしらえをしたらリスタート。

そのまま県道33号で金蔵寺まで行き、そこから南下。

善通寺陸自基地の間を縫って、県道24号へ入る。

ちょっくら麻坂峠のアタックをして、三豊市へ入る。

じゃーっと下って下麻で県道23号、高瀬で県道24号と、

香川ではおなじみに使っている裏道を進んでいきます。

夜中は別として、昼間は交通量のあるR11よりも断然走りやすい。

江藤の交差点をまたいだ先で、山間へと切り込みます。

R377とクロスして、粟井町に入ります。

ここから徳島との県境にそびえる山脈に向かっていくのだが

目的地の看板や案内がなく、間違って別の谷筋に入ると厄介なので

何度も確認をして粟井ダムへ向かう道へ入ります。

ずんずんとお口へ入っていくにつれ、

目の前の山が屏風のように立ちはだかります。

行けども行けども看板がないのだが、北峯の集落から先、

結構ハードな登りが続きます。

これで間違ってたら本当にどうするよという感じで、

ヒーコラ上がっていると、

ラスト500mのところでようやく看板を発見。

最後の激坂をどうにかよじ登り、目的地のボタン木工所に到着。

もう目の前が雲辺寺ロープウェイというキワキワの高地にある、

なんとも牧歌的な木工の製作所と見晴らしの良いカフェです。

地元ではよく知られているのか、

こんな山奥にたくさんのお客さんがいました。

イワサトさんの話はまた別記事にて。


↓お菓子工房Botan

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ここでしばし休憩と、用事を済ませて、次の目的地へGO!

帰りは下り一辺倒!!

ひゃっほい♪


↓向こうに見える善通寺までダウンヒル

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善通寺まで駆け下りたら、

琴弾公園は時間がないので今回はスルーして

そのまま県道21号で仁尾を目指します。

ちょうど夕焼け小焼けで、青からオレンジに染まる時間帯に、

爽快なシーサイドラインを駆け抜けました。


↓輝く燧灘

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そして2つ目のメインスポット、父母ヶ浜に到着。

ここは最近のインスタ映えでにわかに注目を浴びているらしく、

こんな寒い冬場にも関わらずたくさんの人出。

もともと夕日百選にも選ばれているスポットなので、眺望は抜群。

色々と撮影しましたがこれも、別記事にて。


↓父母ヶ浜

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香川のウユニ塩湖?

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日没を見届けたら、一路高松を目指します。

もう日が落ちる直前で、加嶺峠を抜けて詫間の町並みへ。

そこから県道21号で海岸線をなぞります。


↓仁尾から詫間に抜ける加嶺峠へ

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途中、これも前々から一度訪れたいと思っていた津嶋神社へ立ち寄り。

ここは本殿が約250m先の沖合の島にあるのですが、

島へ渡れるのは夏祭りが行われるたった2日間だけと決まっています。

寄ってみると、しっかり橋が撤去されて渡れないようになっていました。

駅もこの2日間だけ臨時で開かれます。


↓年2日しか使われない津島ノ宮駅臨時駅

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津嶋神社

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↓夏の2日間しかあの島には渡れません

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多度津からさぬき浜街道を使って丸亀へ。

そろそろ腹ごしらえをしたいが、

さぬきのうどん屋さんは早朝〜お昼までのお店が主流。

ここはもう1つの香川名物である骨付鶏をガブリとまいりましょう。

ということで、大人気の一鶴さんへ。

さすがに本店は大混雑が予想されるので、

比較的スムーズに入れる土器川店へ。


一鶴 土器川

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まずはお肉ですが、今回はまあままお疲れモードなので

食べやすいひなどりを注文。

焼き上がりまでかわ酢をバリバリ食べますが、

ビール飲めないのが辛い!!

そのうち、見るからにジューシーな骨付鳥がドーン!!

たちまちガブリ!!じゅるる@@@

ああ、もうこのぷりっぷりのお肉と、香ばしい皮、

そして絶妙のスパイス!!

旨いに決まってます!!

合わせて注文したおにぎりは、

染み出た脂にちょんちょんとつけていただきます。

余すところなく旨みをいただきます!!

旨し!旨し!旨し!


↓かわ酢

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↓骨付鶏(ひな)

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↓骨付鶏(ひな)とむすびセット

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お腹を満たしたら、再び吹きすさぶライドへ@@@

丸亀からはこれまたおなじみの県道33号をトレース

R11よりアップダウンも少なく、交通量も少ない。

急いでもフェリーの時間は深夜の1時なので、

のんびり走って1.5hで高松へ。

駅で土産物をどっさり買い込み、高松東港へ向かいますが

まだ券売所もクローズしている。

寒いし、まあまあ汗もかいているので、

近所の風呂屋さんを検索してそちらへ。

木太にある湯楽温泉さんへドボン!!

生き返ります@@@


↓湯楽温泉

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23:30には港へと戻り、出航時間を待ちます。

ジャンボフェリーは何度も何度も利用させてもらっていますが

今回は久しぶり。

で、料金を見たら、

土日祝チャージ300円、深夜便チャージ300円が新たに設定されていて

+600円も実質値上げされていて残念@@

でも、それだけ経営厳しいんだろうし、少しは負担しないとね。


↓ジャンボフェリー

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0:30となり、乗船。

この時はほとんど車の乗り入れはなく、

真っ先に入れてもらえました。

大体二輪は一番最後に回されるのだけど、

この季節、外で待たされるとツライのよねえ。

雑魚寝部屋ではなく、テーブル席を陣取ります。

定刻通り船は出稿し、四国とお別れ。


↓乗船します

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↓さらば四国

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しばし、軽く晩酌をして、

荷物を整理したら就寝。

次気づいた時にはちょうど明石海峡大橋をくぐるタイミングで

甲板に出てパチリ。

おおう、寒い!!


↓食ったら寝ます

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明石海峡大橋

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↓通過しました

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↓本日のおみや

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ほぼ定刻通り5:15くらいに神戸港に到着。

快適な船の旅でした。


神戸港に帰ってきました

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↓下船しまーす

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↓りつりん2

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そこからはぼちぼちとR2ハイウェイで帰宅。

まだそれほどいなかったが、

時々、朝っぱらからバトルを仕掛けてくるローディーが面倒くさい。

そちらはフレッシュかもしれないが、

こちとらあんま寝てないし、寒いし、疲労してるし、

荷物がどっさりなんだけど。

と言いつつ、しっかりお付き合いをして千切ります。

まだ家族が起きてくる前、7:30くらいに無事帰宅。


↓走行ルート

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<走行スケジュール>

10:42新大阪⇒11:27岡山11:35⇒(しおかぜ9号)⇒12:16丸亀

12:25丸亀⇒12:40製麺七や原田店13:00⇒麻坂峠⇒

県道24号⇒粟井町⇒14:30お菓子工房Botan15:10⇒県道240号⇒

15:50善通寺県道21号⇒16:10父母ヶ浜17:30⇒17:50加嶺峠⇒

県道21号⇒18:15津嶋神社18:20⇒19:00丸亀⇒19:10一鶴土器川店20:00⇒

県道33号⇒国分⇒21:30高松駅21:45⇒22:20湯楽温泉23:20⇒

23:30ジャンボフェリー高松東港01:00⇒(ジャンボフェリー)⇒

05:00神戸港⇒R2⇒07:30帰宅


走行距離:118.1km+神戸からの自走32.5km

TOTAL:150.6km

NO MORE 広島の旅

随分時間が経ちましたが、

18きっぷ広島の旅の最終章を。


雨に沈む呉の町を後にし、

列車は広島湾をなぞりつつ、

活気あふれる広島タウンへと滑り込む。


↓呉を離れ一路広島

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昼過ぎには広島を離れて岐路に着かねばならないが、

それまでの数時間で観光と、

やっぱりお好み焼きを食べて帰らないと。

昨晩、ずいぶん贅沢をしたツケで、お財布が心もとなく、

お土産代とお好み焼き代をざっと勘定してみると綱渡り。

ここは経費削減とばかりに、

広電は使わず、徒歩で中心部へと向かう。

まだぽつりぽつりとは降っていたものの、

気になるほどでもなく、駅前大橋稲荷橋と渡り、八丁堀へ。

そこからアーケードを伝って平和記念公園へ。


まず訪れたのは、原爆ドームのすぐ裏手にある島病院。

言わずと知れた広島原爆の爆心地。

この上空約600mで原子爆弾リトルボーイ」がさく裂、

人類史上初めて実戦投入された原子爆弾の威力はすさまじく、

広島を瞬時に地獄絵図へと変えてしまいました。


原爆ドームの裏にある島病院

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↓爆心地

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そこからすぐのところにある原爆ドームへ。

当時、広島県産業奨励館としてモダンな佇まいを見せていた建物は

日光の数千倍の熱線と、

衝撃波を伴う秒速440メートル以上の爆風にさらされ

350万パスカルという爆風圧をほぼ直上から食らいました。

衝撃を受けた角度や、

窓が多く衝撃が外へ抜けやすい構造だったことなどから

その骨格だけは破壊をまぬかれ、

人類の負の遺産として残ることになりました。

灼熱の炎と想像を絶する衝撃にさらされた残骸は、

戦争の悲惨さや原爆の恐ろしさを伝える遺産でもあり、

ひいては平和を願うシンボルでもあります。

身の引き締まる思いがします。


原爆ドーム

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↓生々しい衝撃

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そこから見えている橋は相生橋

すずさんと周作が、ばけもんにさらわれて、

初めて出会った場所として描かれています。


相生橋

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相生橋

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平和記念公園へ足を踏み入れます。

かつてここには活気あふれる中島町という下町が広がっていました。

しとしとと涙色にくれる空の下、静かな緑の中を歩きます。

原爆の子の像のところには、全国各地、世界各地から届けられた

平和の祈りが込められた無数の折り紙の鶴が備えられています。

アメリア大統領として初めてこの地を訪問したオバマ大統領

千羽鶴を折ったことで、注目を浴びていますね。


平和記念公園

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原爆の子の像

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それから黙々と灯り続ける平和の灯へ。

あの日街を焼けつくした炎と同じ火。

でもこの日は、あの日の思いを灯し続け、

一井の人たちのささやかな暮らしを照らし続けるための火。

なんといってよいやら言葉もない。


↓平和の灯

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原爆慰霊碑

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さらに独特な静寂に包まれた公園を歩きます。

重たすぎる歴史がこの場所に根差しているのがひしひしと伝わる感じ。

1.17の東遊園地のあの感じを思い起こします。

そうして広島平和記念資料館に立ち寄ります。


広島平和記念資料館

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入ってすぐのところに、

原爆投下の様子を再現したCG映像があります。

かなり生々しくショッキングですが、

目を背けてはいけない事実。

動画を上げておきますが、

ぜひ一度現地で目の当たりにしてほしい。

あの日、あの場所で、息づいていた一井の人たちの暮らしが、

一瞬で跡形もなく焼き尽くされ、破壊されたのだ。


↓失われた人々の暮らし

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↓ショッキング

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D


核兵器の危険性(右は原爆投下命令書)

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原子爆弾のモデル(ファットマンとリトルボーイ

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本当ならもっとじっくりと時間をかけてみて回りたかったが

そろそろ時間的な余裕がなく駆け足になってしまいました。

それでもこの場所で起こってしまった事の重みと、

子供たちや次の世代へ自分がやれることは何かという自問と、

にわかに物騒になりつつある今の日本への憂国心とについて

深く考えざるを得ない。

人類の歴史上唯一の被爆国でありながら、

核兵器禁止条約に参加しようとしない矛盾。

”想定外”の大地震によって深刻な被害を被りながら、

原発を推進・再開し、原発ビジネスに依存し、

他国に技術を輸出し続ける矛盾。

そして、芸能人とは仲良く会食するのに

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の事務局長とは会おうとせず、

アメリカの武器商人の言いなりで、

暴走を続ける現政権が、その危険が明らかなのに、

今もって権力の座を確固たるものにしてしまっている国民の意識の矛盾。

そろそろ本気で考えないといけないんじゃないかニッポン。


続いてお隣の国立広島原爆死没者追悼平和祈念館へ。

地下へらせん状に続いていく通路を折り、

静まり返った慰霊所でしばし佇む。

外国のツーリストが多数訪れていて、

熱心に解説を読んだり、

目をつむって黙とうしているような姿がとても印象的だった。

まぎれもなく起こってしまった事実を目の当たりにすれば

戦争が、そして核兵器が、いかに悲惨で残忍でどれだけ野蛮なのか、

万国共通で理解できるはずだ。

あれこれ机上の空論を戦わせて、

一見して、さも高尚な理念や理屈を振りかざしてみても、

結局は誰かが、他人の犠牲を払って、己が利益を優先しているに過ぎない。

そしてそれが可能なのは、

一般の市民ではなく、権力のある人間に限られる。

だからこそその権力ある人間を、あらゆる手段・方法を用いて、

常にウォッチし、精査し、批判しなければならない。

それが自由民主主義によってもたらされた権利であり義務であるはずが、

その根本を政治家はもちろん、多くの国民が忘れ去ろうとしている。

自分の都合さえよければ、自分の利益さえ確保できればそれでよし。

それではもはや公共の理念は保てないし、国民国家の体をなしていない。

面倒なことは専門家に丸投げ、どうせ変わりようがないと投票を放棄して、

権利をドブに捨てているうちに、

実はそれが自らの意思で行使しないということだったのが、

いつの間にかその権利をはく奪されているということに、

巧妙にすり替わっていく静かなる恐怖。

それに気づいた時にはもうはや手遅れ、

などということにならなければよいが…


国立広島原爆死没者追悼平和祈念館

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戦没者リスト

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↓雁木

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平和記念公園で一通り見て回り、

色々な思いを胸に秘めてそろそろ帰り支度。

そのまま広島駅を目指し歩きつつ、

どこかでお昼ご飯を食べてから出立。

有名店はどこも昼時は観光客の行列で、とてもじゃないが待てない。

どうしようかと路地裏を歩いていると、

空いているお店があったので飛び込みます。

「みっちゃん太田屋」さん。

あの有名な方の「みっちゃん」とはたぶんあまり関係がないです。

地元の人たちが主なアットホームなお店。


↓みっちゃん太田屋

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↓やっぱ鉄板前はええです

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スペシャル(生イカ・えび・肉ダブル・玉子)のそばと、

ビールを注文。

鉄板のカウンターに座りながら、

たくさんのお好み焼きが焼かれていくのを眺めつつ。

大阪お好み焼きとは違って、広島のはほとんど生地がなく、

キャベツ焼きに近い感じ。

大きなコテでぎゅうぎゅう押し付ける焼き方も大阪とは全く違います。

ハフハフ言わせながら香ばしいキャベツと、

プルプルの麺を味わいました。


↓いただきます♪

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あっという間に食べ終えて、大急ぎで駅へ向かいます。

駅の売店でおみやげをチャチャッと買って、

混雑する糸崎行の列車に飛び乗ります。

帰りはなけなしの所持金で買った

カープハイボールとイカフライでチビチビやりつつ。

帰宅したのが20時ごろでした。


↓呑み鉄モードで帰ります

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↓かすむしまなみ海道

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尾道通過

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2018-01-24

『この世界の片隅に』聖地巡礼

先日の呉のはなし。

この世界の片隅に』の舞台となった呉の町を歩いて、

すずさんたちの暮らしぶりを偲ぶというのが旅のメインでしたが、

時間の関係でまずは灰ヶ峰への山登り。

(山登り記事→http://d.hatena.ne.jp/arkibito/20180115/1516008181

下山して、宿への道すがらに、

山の手側の聖地巡礼スポットをめぐることにします。


ちなみに呉駅やインフォメーションには、

映画のロケ地マップが掲示されていて、便利です。

ある時期まではMAPを配布していたようだけど、

この時は見つけられなかったので、

ひょっとしたらもう品切れかもしれませんね。


ちなみに聖地巡礼の記事を上げる際は必ずお断りしていますが、

各施設は決して観光スポットや商業施設ではなく、

地域住民の生活の場ですので、

むやみに大勢でどしどし訪れたり、大きな声で騒いだり

近隣の迷惑にならないようにくれぐれも

マナーを順守してください。

ちなみに写真のキャプションの番号は

一番下の場面一覧と一致しています。


↓ロケ地MAP

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↓インフォメーション

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↓バス停にて。三ツ蔵までの案内

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登山口からまずはすずさんたちが住んでいたとされる

某地区へ向かいます。

呉の町は、四方を山に囲まれた小さな平野部で、

そこに向けて灰ヶ峰をはじめとする山々から、

四方に枝分かれした支尾根が海へ向かって伸びており、

その起伏にへばりつくようにして住宅街が広がっています。

ちょうど映画でも周作さんが説明しているように、

山が四方を取り囲んでいて、

九の嶺(山)=九嶺(きゅうれい)が訛って、

呉という地名の由来になったともいわれています。

なので、呉の町を横断しようとすると、

いくつもの支尾根をまたいでいくことになるので、

何度もアップダウンが続きます。


↓呉は坂の町

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難儀しながら、階段をこなしていくと、

進行方向に鉢巻山の山並みが見えます。

すずさんが、畑から自宅から何度も仰ぎ見た空と山の景色。

ある時は、あの山を旋回する戦闘機空爆が、

色とりどりの噴煙をあげ、

ある時は、あの山の向こう側に、

今までに経験したことのないような眩い閃光が走り、

おどろおどろしいキノコ雲が沸き起こったのです。


↓鉢巻山の向こう側で原爆が…

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映画で描かれていたすずさんたちの住まう地区は、

相当に山の高いところで、

その斜面を削り取って家屋や田畑を造成していましたが、

実際にこの辺りは相当な急斜面。

そこにしがみつくようにして建物がひしめき合っています。

現在ではたくさんの建物が立って、

当時とは全く違う景色でしょうが、

恐らくこの地形だけはそのまま変わっていないと思います。

呉の町とこちらと、荷物を担いで徒歩で行き来するというのは

それだけでも結構な重労働だったろうと思います。


↓すずさんの集落

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西教寺

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↓こういう急斜面に暮らしてたのかな

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個人的な経験則として、

坂道のある町にはドラマがある。

大好きな尾道もそうだし、長崎もそうだし、塩屋もそう。

そしてこの呉の港町もそうだ。

平地に比べて、登ったり降りたり、

”道のり”というものがより実感として伝わるからかもしれない。

その距離的なもの、地理的なものが

町の印象に奥行きを与えるからだろう。

そして、その奥行きによって生み出される

様々な暮らしのドラマを1つ1つ垣間見るというのは、

旅の醍醐味でもある。


↓(1)辰川バス停

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↓すずさんの生活

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↓すずさんの生活

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↓(2)畝原自治会

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↓(3)旧辰川小学校

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いくつか近辺に描かれているスポットを見て回り、

そのまま海側に向かって降りていく。

途中、聖地巡礼のシンボル的なスポットに出ます。

「三ツ蔵」と呼ばれていますが、

国の重要文化財「旧澤原家住宅」で、

中国地方を代表する大規模商家の暮らしぶりを今に伝えています。

すずさんが呉の町へ出るシーンで何度か登場し、

とても印象に残る特徴的な建物です。

それにしても映画の描写は実物そのまんまです。

思わず、すずさんの暮らしていた時代の呉の町へとタイムスリップ


↓(4)三ツ蔵

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↓三ツ蔵

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山間から呉の中心部へと下ってきました。

ちょうど降り立った地点から少し進むと、

遊女のリンさんと出会う朝日遊郭のあった朝日町

もはや当時の面影は全く残されていないが、

付近に流れる堺川の橋に「朝日橋」の文字が刻まれている。


↓(5)帰りの目印の郵便局のあったところ

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↓(6)遊郭のあった朝日町

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朝日町

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↓朝日橋

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何か痕跡らしいものは残っていないかしらんと

散策していると、妙なものを見つける。

バスが通る並木道には等間隔で電信柱が並んでいるのだが

そのうちの1つだけ、どうも形状がおかしい。

近づいてみると、

何か元あった一回り大きな土台の上?中?に電信柱が伸びている。

場所的に、ひょっとしてこれは

遊郭の入り口に立っていた楼門の一部なのかもしれない。

確証は得られないので、間違いかもしれませんのであしからず。


↓(7)遊郭の裏門

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↓おや?

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↓表門の跡?

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朝日町を後にし、付近を散策。

ここから少し山間へ戻ると、千福さんがあります。

「千福一杯いかがです〜♪」のCMでおなじみの

呉の銘酒・千福を醸す三宅本店さん。

以前、呉を訪れた際に、工場を見学させていただいたことがある。

ちなみに呉の地酒には、この「千福」のほかに、

最近勢いのある「雨後の月」や「華鳩」、

「白天龍」「水龍」「宝剣」「音戸の瀬」「三谷春」とあり、

広島きっての酒処でもある。

それもそのはず、先ほど上った灰ヶ峰の湧き水が呉の町の出発点であり、

名水を求めて港が造られ、酒が造られる。

土地と暮らしはいつでも一体なのだ。


↓千福

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さて、そろそろ街へと戻ろう。

朝日町を抜け、相生橋のたもとへ。

堺川から一筋入った何の変哲もない路地を歩く。

ここはすずさんが、砂糖を求めて出かけた

「東泉場」と呼ばれる闇市が開かれていた場所。

これより海側は歓楽街だったり、海軍の工場地帯で、

ここが呉市民の台所として栄えていたのである。

その一角はには今の地元を支えるスーパーが建っていて、

やはり場所の役割は時代を経ても引き継がれている。

と、よく目を凝らしてみると「とうせんば」の文字を発見。


↓(8)砂糖を買いに行った東泉場のあった一帯

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↓今は三和ストアー

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↓とうせんば!

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そのまま駅方面へ進んで、中央橋に出る。

振り返ると、夜の帳にひっそりとフェイドアウトしようとしている

灰ヶ峰の黒いシルエット。

映画のラスト、戦争孤児となったヨーコをおぶって、

広島から戻ったすずと周作がぽつぽつと家路につくシーンそのままだ。

帰る場所がある。

それが幸せの第一歩だとでもいう風に。

思い出すだけでも泣けてくる。


↓(9)帰り道

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この日の最後は堺川にかかる小春橋。

当時、市電が通っていた目抜き通りの堺橋のひとつ上流の橋です。

忘れ物をとどけてくれるようにと周作から電話を受けたすずさんは、

珍しくお化粧をパンパン。

周作には白すぎると言われてしまいますが、

そこがまたすずさんのかわいらしいところ。

せっかくだからと映画デートへ繰り出すも、

ちょうど艦艇が寄港していて町は大混雑。

仕方なく映画をあきらめて、

2人がたどり着いたのがこの小春橋でした。


↓(10)小春橋

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ということで、

ひとまず1日目の巡礼はここでおしまい。

翌日の朝に海側をめぐります。


翌日8時に宿を出て、呉の海側へ向かいます。

空はどんよりと雲が垂れ込め、しとしとと冷たい雨。

なんとなく物悲しさを帯びた呉の町。

宿は本通りに面していて、

少し歩くと「四ツ道路」の交差点。

この言ったには呉で一番大きな闇市が建った場所だそうです。

今は当然その面影もありません。


↓四ツ道路

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そのまま本通りを進み、

JR線をくぐるところが「めがね橋」という交差点。

めがね橋はJR線の高架の橋を指すのではなく、

ここには昔本当にアーチ形のレンガ橋が水路に架けられ、

一般市民海軍との区域の境界線としての役割を果たしていました。

(今でもひっそりと地下に埋められているらしい)


JR線をくぐると、映画で特徴的な風景として残っている

海軍下士官兵集会所(通称・青山クラブ)の建物が見えます。

軍港が入港時に、下士官と水平の滞在用の施設として立てられたもので、

丸いコーナー部分がユニーク。

耐震問題で、取り壊しが検討されていましたが、

多くの市民の要望が叶って、つい先日、

全面保存に方針が転換されました。

これも映画の影響が多分にあったと思います。

この辺りはすでに、海軍の敷地内で、

すずさんが忘れ物を届けるシーンで登場します。


↓(11)めがね橋のところ

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↓(12)集会所前

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入船山公園を右手に、緩やかな坂道を登っていくと、

ドンツキに階段があります。

径子と晴美ちゃんが元夫の下関の家へ向かうため

駅に来たのだが、すごい混雑で待たされる間、

空襲で負傷した義父・延太郎が入院していた

海軍病院へとお見舞いに行きます。

その病院がこの階段の先にあり、

今でも医療センターが建っています。

ちなみにこの階段は現在は通行禁止になっています。


↓(13)病院への階段

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さらにそこから、坂道を進んでいきます。

現在、高校の敷地となっているところが、

映画で、突然の空襲警報ですずさんと晴美ちゃんが

逃げ込んだ共同防空壕のあったところです。

駅にいるお母さんを心配し、不安がる晴美ちゃんのため、

すずは得意の絵を地面に描いて落ち着かせます。

空襲が止み、外へ出た2人は防火用水用の水でのどを潤します。

そして…


晴美「ねえ すずさん、あっち見てってええ? 

何の船が居りんさったか お兄さんに教えてあげるん」

すず「えー見えるかね?」

晴美「ちいとだけ ちいとだけね?」


2人は、駅とは反対の方向へと歩き出してしまいます…


↓(14)防空壕のあったあたり

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たどり着いた高台。

普段は遮蔽壁が張り巡らされて、

軍港の様子を覗き見ることはできません。

しかし、あの日、

空襲によって1か所だけぽっかりと穴が開けられてしまいました。

晴美ちゃんは無邪気にそちらへと駆けてゆく。

すずさんも手を引っ張られてついて行く。

そこからは海と港の様子がすっきりと見渡すことができました。

しかし、その瞬間、悲劇が二人を襲いました。


ほんの少し気づくのが早ければ。

あるいはもう少し近づくのが遅ければ。

寄り道をせずに、駅へ向かっていれば。

あの日お休みをせずおとなしく学校へ通っていれば。

でも、もう時間は巻き戻りません…。


晴美ちゃんはただ、お船が見たかった。

下関のお兄ちゃんへのみやげ話に。

すずさんはただ、その気持ちに応えてあげたかった。

ただそれだけのこと。

ただそれだけのことだったのに。


戦争はすべてを奪う。

世界の片隅のささやかな日常でさえも。

得るものなど何一つない。

ただ残酷で悲惨な愚行。

それでも、今日もなお世界から戦争はなくならない。

そしてこの日本でさえも、

その恐怖がひたひたと現実味を帯びている。

戦争はいけない。戦争はいけない。

すずさんや晴美ちゃんのような悲劇を二度と生み出してはいけない。

そんな反戦への気持ちを新たにしつつ、

晴美ちゃんとすずさん、

そして実際に空襲に遭われた呉の人々、

戦争で亡くなったすべての方々を思って、

そっと手を合わせました。


すずさん、空が泣いています。


↓港が見渡せる高台

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↓(15)悲劇の場所

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ここからは呉の港の様子がよく見渡せます。

ちょうどこの日は、呉港をベースとしている

護衛艦加賀」がドック入りをしていました。


↓ドックが見えます

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護衛艦加賀

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↓見応えあります

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↓立派な産業遺産

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しばらく留まっているうちに

随分と雨が強くなってきました。

悲しくてやりきれない気持ちを引きずりながら、

とぼとぼと海自の呉地方総監部へと下ってきました。

そこから自衛隊の敷地を抜けて、

中央桟橋に到着。

いよいよ呉の旅の終着点です。

現実の世界と映画の世界、

2018年1945年

時代と世界を頭の中で行き来しながら、

とても印象的な街めぐりをすることができました。


↓中央桟橋

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↓中央桟橋より

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↓中央桟橋より

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↓オマケ(てつのくじら館)

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次の目的地、広島へ向かうため駅へ。

電車まで少し時間があったので、駅の売店をのぞくと、

いくつか関連のグッズがありました。

娘にはタオルや文房具、自分みやげにお酒を購入。

お酒は特製ラベルの千福。

きっと北条家でも祝いの時に飲まれていたことでしょう。

このお酒は次の8月6日まで大事に取っておこうと思います。


↓『この世界の片隅に』ラベル

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↓千福さんのお酒です

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2018-01-15

呉でクウネル(グルメ・ゲストハウス・銭湯)

聖地巡礼の記事は時間がかかるので後回しにします。

午後に呉に到着し、灰ヶ峰登山と聖地巡礼をこなして、

1日目の予定を無事に消化。


まずは寝床を確保するため、

予約しているゲストハウスへ向かう。

本通りに面した雑居ビルの4Fにある

「ゲストハウスクトマレ」さんです。


↓ここの4F

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↓ゲストハウスクトマレ

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入り口にはデジタルロックがかかっていて、

お店の方を呼び出して、入れていただく。

雑居ビルの空き部屋を使っているようで、

一部屋はリビングとシャワールーム、

もう一部屋をベッドルーム(ドミトリー)に改装しているようでした。

色々と説明を聞いて、早速寝床へ。

この日はほかにお客がおらず、独り占めでした。

部屋は清潔感があり、普段山小屋に慣れている身としては、

もう十分すぎます。

これで1泊3000円ぽっきり。


↓リビング

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↓寝床

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荷物の整理を済ませたら、すぐに夜の呉へと繰り出します。

まずは銭湯。

ゲストハウスでシャワールームは無料で使えるのだけど、

銭湯好きとしてはやはり地元の銭湯をのぞきたいし、

山行でしっかり汗をかいているので、

大きなお風呂で羽を伸ばしたい。

ということで、少し距離があるのですが、

山側へ10分ほど歩いたところにある明神湯さんへ。

湯船が中央にある関西式で、

ぬるめで浅めのお風呂は長風呂にぴったりでした。

常連さんは、サウナ⇔水風呂の往復されていましたが、

自分は普段からあまりサウナは入らないのです。

というのは、大体銭湯に行くのは、

ライド終わりや山行終わりで、

すでにもう十分すぎるくらい汗をかきまくっているので。

なので、大体ジェット風呂で寝そべりながら、

疲労した体に刺激を与えつつ、長風呂というのが定番。

ええお湯いただきました。


↓明神湯

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↓明神湯

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さて、身も心もリフレッシュをしたら、お腹ペコペコ。

呉は造船の町ということで、労働者の方々向けに、

酒場や歓楽街が結構充実しています。

本当は、以前地元の方に案内いただいた店に行きたかったのだけど、

正月休みで閉まっておりました。

で、流れ着いたのがこちらの「第五鳥好」さん。

呉の居酒屋の定番は、焼き鳥と瀬戸内の刺身、そして鳥カワのみそ煮!

こちらもそれらの呉名物を安く提供してくれる

アットホームなお店でした。

どれもこれも、酒がついつい進んでしまいます。

旨し!!


↓第五鳥好

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↓とりあえずビール!そして突き出し

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↓鳥皮のみそ煮

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↓にんにくと玉ねぎのかきあげ

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焼き鳥

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続いては、呉といえば、実は屋台通りがあるのです。

堺川の公園の一角に、10軒程度の屋台が軒を連ねていますが、

どれもこれも魅惑的。

その中で、気になったテールラーメンを出す

屋台「華智」さんにお邪魔します。

まずはお酒、ということで、呉の銘酒、

「千福一杯いかがです〜♪」でおなじみの千福さんをグビグビ。

やっぱりここでも鳥かわのみそ煮は必須です。

このコンビネーションが非常に危険で、

千福さんお代わりお代わりモード。

〆はやっぱりテールラーメン

とても丁寧に下処理をされ、クリアに澄み切ったスープと

細麺が、ヨッパライに染み渡る@@@

いやあ、最高です。ごちそうさん!!


↓呉 屋台通り

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↓屋台華智

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↓中はこんな感じ

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↓千福で一杯

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↓テールラーメン

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はっきりと記憶があるのは

ラーメン旨いなあというとこまで。

後はどこをどう帰ったか覚えていませんが、

次に起きたのしっかりゲストハウスのベッドでしたので

無問題ということで。

2018-01-11

青春18きっぷでゆく 広島・呉

日曜日。

朝5:30起きで準備をして、いそいそと大阪駅へ。

早朝から登山やレジャーに出かける人たちや、

前日の終電を逃した若者の集団などで、

休日の初発付近の電車は大体混んでいます。

6:25発の快速姫路行に乗り込み、どうにか座席を確保。


↓6:25大阪を出発!

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混雑する車内でさっそくこっくり。

三宮からようやく人がはけます。

西明石以西は各駅停車に変わるので、なかなか進まない。

7:56に姫路着。

ここから岡山行に乗り換えるのだが、

別ホームまでいったん地上階へ降りて登り返しの、

徒競走。

ここもどうにか座席を確保できました(汗)


↓姫路

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8:01に出発。

朝の底冷えで、窓側の席は足元が冷える@@

ロングライドでは岡山方面へはほぼほぼ海側のR250で、

赤穂〜日生〜伊部と抜けるので、

ここから先はあまりなじみのないエリア。

上郡〜三石〜和気と山間を進んでいきます。

半分寝ぼけまなこで、岡山に到着が9:29。

そこから53分発の電車に乗ればよいのだが、

目の前に1本前の三原行が止まっていて飛び乗りすぐに発車。

そこからは寒さと眠気で、尾道まで記憶なし…

三原までは行かずに、糸崎で電車を降りて、

当駅発の電車を30分ほど待ちます。


岡山地区の電車カラーはイエロー

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糸崎

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場末感たっぷりの糸崎を11:23に出発。

大野浦行ということで、

これ一本で山口県の手前まで行けるんだなあ。

すぐに大きな駅である三原に入る。

この路線もそこそこの乗客。

そこから広島県東部を抜けていくのだが、

この辺りは結構な山間が続く。

緩い勾配を選んでか、

山陽本線は沼田川・入野川の流れに沿うようにして、

大きく蛇行を繰り返しながら進んでいきます。


広島県東部は何気に山深い

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西条〜瀬野と過ぎて、海田市に到着が12:33。

そこでちょっとおトイレタイムしている間に

ライナーが出てしまい、12:50発の普通電車に乗り込みます。


↓海田市駅

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坂駅を過ぎると、列車は広島湾を望みながら進みます。

対岸には江田島。

吉浦を過ぎると、呉の港が見えてきます。

映画でも描写がありましたが、

戦時中、この先の区間で

車窓から呉工廠が見えないようにするための目隠し板が設置されていました。

それくらい軍は一般市民に機密情報が漏れないように

神経を尖らせていたのですから、

すずさんが憲兵にスケッチを見つけられて

こっぴどく怒られるのも無理はありません。

そうこうしているうちに13:26に呉駅に到着しました。

約7時間の長旅でした。


↓呉の港が見えてきました

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呉駅

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