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記憶の残滓 by arkibito

2016-03-31

俳句はじめてみる

某バラエティ番組を見ていたり、

類さんや寺山修司穂村弘の影響もあって、最近俳句に興味あり。

別の形ではあるけれど、

歌で作詞をしているのでそちらにも十分通じるものがある。

ただ、届けたいメッセージやストーリーを

わずか5.7.5文字にエッセンスを凝縮するという作業

極めてクリエイティブで難解で、

本当にコトバの持つ意味や重み、

コトバ同志の相性や相乗効果をよくよく考え抜かないとできない芸当。

俳句が詠める人はすこぶる賢いと思うし、何より粋です。


類さんも言っていますが、作業的には17文字選べばいいだけなので

ヘタでもなんでもいいからとにかく詠ってみればいいのです。

また俳句というのは瞬間芸ではないとも言っておられましたから

じっくり時間をかければよいのです。

ということで見よう見まねで春の句をいくつかつくってみました。


『窓辺より 春らんまんを 去りし君へ』


ちょっと前に某バラエティで

教室の窓辺から見える桜の写真がお題になっていたもので一句。

ずっと窓辺から学生生活を見守ってきた木々たちが卒業生たちを

祝福するかのように満開の花を咲かせる様です。


『遠ざかる 車窓の花に 「ごめん」残して』


これも前に同じ番組でのお題。

菜の花が咲き乱れる中を、ローカル単線の電車が去っていく写真で一句。

写真からは、満開の花畑の美しさの一方で、

ローカル単線だけがポツンとあって、

なんとなくもの悲しさを帯びているところを表現したくなった。

華やかに咲く花たちに祝福されて旅立つ一方で、

地元を離れ都会へと去る後ろめたさとの対比。


『時継ぐる 野に千本の 花巴』


桜でまず思い出す地はやはり吉野。

そして花見と言えばやはり酒。

幾年の年月を経て咲き誇る吉野の千年桜と、

同じく古くから継承されてきた地元吉野の酒のかけあわせ。


添い寝する 幼子に咲く 花提灯』


子供の寝顔をみるほど平安な時間はありません。

その無防備な様や、子供のふっくらと柔らかく温かな頬の感じは

まさに春の穏やかさやのほほんとした雰囲気そのものだと思います。


これからちょこちょこ詠うというのを習慣づけていこうと思います。

2016-03-07

お七夜

土曜日はお七夜でございました。

生まれてからもう一週間も経つのか!

ドタバタドタバタとあっという間でした。

お七夜は、その名の通り生まれて七日目に行う赤ちゃんにとって初めてのお祝い事で、

健やかな健康を盛大に願うと同時に、

命名披露をして一族・社会の一員の仲間入りをする大事な儀式。

どうやら平安時代からある習わしだそうです。

この日は毎度贔屓にしている仕出し屋さんから料理を取って、

一族そろってお食事会。

そこで正式にお名前を披露して、手形と足型もどうにか取れました。

こうやってみんなに見守られながら、慌てずゆっくりと成長してほしいものです。

この日は赤ん坊を含め4人の子供たちが勢ぞろいして、かなり賑やかな夜になりました。


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子供のころはよくわからず、面倒だなあと思っていましたが

こういう節目節目の催しとか、季節のイベントって

本当に大事なことだなあと、大人になるにつれ、ひしひしと実感するようになりました。

こういうところにちゃんと気を使って生活できるかできないかというのは

精神的にも経済的にもゆとりがあるかどうかということにつながります。

また、周囲の人間としっかりとしたコミュニティを築くということにもなります。

何より人生において要所要所で節目を作るということが本当に大事だと感じます。

人生というのは一方向に絶え間なく流れ続けるもので、

ただその流れに身を任せてダラダラと日々を浪費するのではなく、

季節が変わるごと、あるいは人生のターニングポイントできちっと区切りを設けて

キビキビと生活することは、とても健全なことだと思います。


話はちょっとそれますが、古くから代々、

何十年と何百年と引き継がれてきた伝統が非難されたり、

中身を変更させられたりするようなことが多くなりました。

時代を越えて、長い年月受け継がれてくるものたちというのは、

その事実自体がすでに重い価値を持っているわけです。

その長い年月の間には、価値観が一変するような変革や、

文化の波が幾度も押し寄せてきて、

その度にそれらを乗り越えて現代まで続いてきているわけです。

それを、たった半世紀そこそこしか経験していない人間が、

無駄だとか、意味がないとか、その存在に異議を唱えるというのは、

本当に低俗な暴力でしかないと思います。

そういう人間に限って価値観の多様化とか、時代にフィットさせるだとか、

もっともらしい理屈をすぐに振りかざしているけど、

実際はその伝統に対して己が無知だったり、関心がなかったり、面倒なだけでしょう。

そんな個人の怠惰・堕落によって伝統が損なわれるのは悲しいことですね。

そういう馬鹿ほど、SNSというでかい拡声器で目立っているだけなのにね。

声のでかい奴が正義でも主流でもなんでもないのに。

おかしな世の中になりました。


個人において、こういう伝統と格式を重んじる人というのは

やっぱり粋ですし、品格があります。(ちなみに教養と品格は金では買えないものです)

家族においても、きちっとこういう習わしを大切に生活しているご家庭は

夫婦円満だったり、健やかなお子さんが間違いなく多い。

地域でも、日本古来の風習や伝統が今なお生活の中に息づいているようなところ、

例えば熊野などは本当に素晴らしいですよね。

こういうことっていうのは、

単にいるかいらないかというような価値観(あえて言い換えれば0か1かのデジタル)

の範疇を越えたところにあるように思います。

今はやりの”ルーティン”もこの一種かもしれません。

それ自体するもしないも大した意味はないかもしれないが、

物事を行う準備だったり、心構えだったり、生活のリズムを作るというか、

物事を組み立てる方法をしっかり築けるかどうかということですね。

結果や成果、答えや利益だけを追い求め、損得勘定するような生き方よりも、

プロセスや組み立て方を重んじるような丁寧な生き方をしたいものです。

2016-03-04

4人家族

昨日は無事、母子ともに退院。

いよいよ4人家族の生活がスタート。

長女は、ふわふわと心細そそうな優しい表情の女のことでしたが

次女はちょっとのことにも全く動じない芯の強そうな感じ。

はっきりとした二重瞼で、眼力があり、

時々まじまじと目線をそらさずに見つめてくるとドキっとしてしまいます。


昨日はお雛祭りということで、一族そろって退院祝いを兼ねてパーティー。

食事後はお風呂に入れました。

何しろ、長女以来なので入れ方がわからず、

アワワワ〜っとなりながらも無事に沐浴させることができました。

大人3人4人が、慌てふためいている中でも、全く意に介することなく、

気持ちよさそうにうっとりとされておりました。

初日の夜も思ったほど夜泣きはなく、結構がっつり寝るタイプの子かもしれません。

2016-02-29

オメデトウゴザイマス!

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2/27の午前に、無事第2子が生まれました。

これほどうれしくて感動するものはないですね。

母子ともにすこぶる元気!


お産も、念のために早めに病院には入りましたが

実際陣痛が始まってものの1時間弱の短期決戦でした。

学校も仕事もない絶好のタイミングで出てきてくれました。

長女もずっと緊張の面持ちで立会いをして、

へその緒もチョキンと切ってもらいました。

もうすっかり妹のトリコのようです。

ちょうど記憶に残る年頃で妹の出産に立ち会えたので

ずっとこの大切な出来事を覚えていてほしいなあ。


次女の顔は本当に長女の生まれた時とうり二つで、とっても可愛らしいですが

長女よりお転婆そうな予感。

前日の検診では2800ちょいと聞いていたのに、

実際には3200を超えていてびっくり!

長女の時と同じく、髪ふっさふさです。


長らく待ち望んで、色々な大変なことを経て新しい、

かけがえのない命を授かり、

これからがまた大変なのは承知の上で、

2人とも一生かけて守ってあげなければと気持ちを改めました。

無事に元気に生んでくれた奥さんに感謝感謝。

また4人家族としての新たな生活が始まるぞぃ!

2016-01-21

1.17鎮魂ウォーク2016

今年もまた1.17を迎える。

去年20年という大きな節目を越えたが、

それで阪神大震災が終結したわけではない。

去年も地震だけではなく、

集中豪雨による堤防決壊や土砂災害、

竜巻被害や火山の噴火など、

自然災害による被害が出た。

当然、自然というあまりにも大きすぎる相手に対して、

あらがえない部分もあるかもしれないが、

事前の備えや十分な知識、防災意識があれば、

被害を最小限に抑えることはできるはずだ。

日々忙しい生活の中では、ついそんなことを忘れてしまうこともあるが、

せめてこの日だけは一度立ち止まって、

ゆっくりそのことについて考えをめぐらし、

記憶を呼び起こす。


前日はレッスンなどでとてもあわただしく、

そのなかでうっかり、プールでがっつり泳いでしまい、疲労がハンパない。

そして翌日の午前中にはコンクールが控えていて、

なかなかスケジュール的にも体力的にも厳しいのだが、

最終電車に乗って、今年も東遊園地までの震災ウォークへと向かった。

今年も去年に引き続いて、阪神西宮駅からスタートする。

毎年ルートは変えていて、今年は湾岸を歩いていこうと最初から決めていました。

去年まではどちらかというと

今なお残された震災の傷跡を辿るようなテーマでしたが

節目を越え、今年は過去を振り返るというより、

これからの希望、新しいものを発見してみたかったのです。


↓阪神西宮からスタート

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0:20に阪神西宮駅を出発する。

同じ電車から降りた乗客が、駅から暗方々へと散っていく。

ロータリーを過ぎて、西宮神社の参道を歩き、西宮戎にでる。

おなじみの「ひるね」さんのところからR43をまたぎ、

そのまま西宮浜のほうへと進んでいく。

去年は歩き始めから雨が降って相当寒かったが、

この夜は比較的暖かく歩きやすい。

テクテクとえべっさん通りを南下すると、白鹿の工場のところに出る。

震災時には酒蔵も相当ダメージを受けた。


↓西宮神社

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↓白鹿

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前浜町で県道193号をまたぐと、そこから先は堤防に仕切られた水辺を歩く。

ここで一眼レフを取り出しいつでもシャッター押せる状態に。

11月にスマホに変え、最初はiPhoneのカメラ機能って

意外といいかもと思っていたのだが、やっぱり所詮スマホのカメラだった。

iPhoneのカメラで撮った写真は一見発色がいいように見えるのだが

それはiPhoneのディスプレー上で見た時に限られ、

PCの大きな画面で見たり、プリントアウトすると、ザレザレで使い物にならない。

おそらく撮影の際に、自動的にISOを上げてくれているのだろうが、

そのせいで画質がひどい。

夜景など暗い場所で撮ったり、ズームアップ撮影には全く向かないことがわかった。

今回は初めからそれがわかっていたので、一眼レフをもってきた。

ただし小さなザックだったため、三脚を持ってこれず、

ちょっと苦戦してしまいました。


↓堤防沿いに歩く

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話を元に戻すと、そのまま堤防沿いに進んでいくと、

小さな船溜まりがあり、海の匂いがする。

そのまま堤防沿いに行くと、目の前に西宮大橋が伸び、

橋のたもとにはたくさんのヨットが停留するマリーナ。

この辺りは、芦屋の裕福層たちの海の遊び場として有名で

なんとなく雰囲気が違う。

マリンクラブの脇をかすめていくと、

その奥には小さいながら西宮浜のビーチがあり、

ビーチの脇にはリゾート感たっぷりのバーやレストラン、

アメリカンなトレイラーが立ち並ぶ異国情緒たっぷりな空間。

こんな面白そうなところがあるなんて、

やっぱり地足で歩くと発見があります。

近隣では珍しいサラサラの砂浜で色々と撮影。


↓西宮浜

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↓ヨットが多数

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↓ビーチ発見

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しばらくビーチで写真を撮り、そこから対岸の人口島へ渡ります。

堤防から内側の道路へ戻ると、西側に芦屋浜の有名なモンスターマンションが、

まるで水辺に浮かんでいるように暗闇の中に姿を現しました。

あそこは学生時代に自主映画を撮影したゆかりの地です。

昼間に訪れた方が実際不気味さのある建物ですが、

夜闇にきらめく遠景もまた別の味わいがあります。

三脚があればもうちょっと撮れたのだけど、それはまた別の機会に。


↓芦屋浜のモンスターを望む

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そこから道なりに進んでいくと、歩行者専用の小さな跳ね橋。

こんなところにこんな橋があるというのも発見です。

トコトコと渡って湾岸の人口島へ渡ります。

そのまま湾岸線の高架に出て西へ転じる。

途中、神戸新聞の配達工場があり、

あわただしく配達員がトラックに荷詰めをしているところだった。

震災の時に、この神戸新聞が果たした役割は非常に大きかったのは言うまでもなく、

神戸が誇るものの1つだと思う。


↓跳ね橋

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ここからは阪神高速湾岸線の側道的に並走する県道573号をトレースして行く。

この道はチャリンコでは何度も利用しているなじみの道。

人口島をいくつか繋いでおり、その度にアップダウンが伴うが、

その代り橋の上からは絶景が拝める。

まずは西宮浜から南芦屋浜まで1つ目の橋を渡る。

海沿いではあるがこの夜はとても穏やかで風はなく、寒さをあまり感じない。

パチパチと写真を撮るのだが、車が来るたびに橋自体が揺れて

うまくブレずに撮るのが難しい。ここは三脚があっても厳しい。

先ほど遠景にあった芦屋のモンスターマンションを対岸のそばに見ながら

次の深江浜まで進む。

ここは橋自体がかなり高度があり、登るのに一苦労する。

登りきると、前方には神戸の夜景が広がり、

そこからずーっと右へ視界をパンすれば、ひとつながりの街の明かりがあり、

その奥にはべったりと黒く塗りつぶされた六甲の山並みが見える。

もし21年前のあの日にタイムスリップしたとしたら、ここからきっと、

燃え盛る炎の嵐と、黒煙が幾本も立つ恐ろしい光景が広がっているのが見えるだろう。

橋の頂上からいよいよ神戸市に入る。


↓誰もいない

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↓いくつも湾岸の橋を渡っていく

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↓神戸市に入ります

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↓眠らぬ港湾

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深江浜に入ると、県道573号はおしまいとなり、山側へ戻らねばなりません。

大通りを北へと取り、深江大橋を渡る。

そのままR43も過ぎて、阪神電車に沿って歩くことにしました。

深江から青木の区間では線路の高架化の工事が行われている。

それは街の発展にとっては大事なことなんだろうけど、

ベルリンの壁のように地域と地域が寸断されてしまうようで悲しかったりもする。

魚崎、住吉とすぎ、御影まではずっと線路沿いに進んでいく。

誰もおらず町はひっそりと眠っている。


↓高架化の最中

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御影駅に到着して広場で缶コーヒーを買って少しだけ休憩。

駅の脇にある商店街を抜けて、澤之井と呼ばれる井戸へ寄り道。

ここは古来からの湧水で、御影の地の由来でもあり、

灘の酒(御影郷)を育んだ名水です。

震災を経た今なお、コンコンと豊かな水をたたえています。


↓阪神御影の高架下の商店街

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↓御影水

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御影からは味わい深い高架下を歩く。

この駅前には名物の立ち飲み屋がひしめいているので

また別でリサーチしてみよう。

徐々に駅前のネオンから離れていき、

眠る街へと再び戻っていこうとしたとき、ふと高架を見上げると、

真っ暗な闇の中に怪しく真っ赤な物体が目に飛び込み、

思わずぎょっとする。

よく見ると、御影でこの日の営業を終了した阪神電車の特急が停車していました。

なんとなくちょっと不気味さを感じて撮る。


↓高架は味わい深い

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↓突然火車が現れる

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↓少しホラー

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御影を過ぎ、石屋川まで来ると、そろそろお腹も減ってきて、

間に合うかと思ってR2のもっこすへ向かったのだが、

タッチの差で3時閉店。

そこからR2を疲労感たっぷりで歩く。

西灘で脇道に入る。

岩屋の手前で阪神線が地下へ潜るポイントをまたぐ。

その先、JR灘駅の南側から、一本の遊歩道が伸びている。

これは神戸港まで貨物を運んでいた旧臨海線の線路跡を利用したもの。

マンション群を抜け、R2の上をまたぎ、HAT神戸までを繋いでいる。

R2の陸橋のところ辺りは、当時線路だったころの遺構がちらほらある。


↓旧臨海線を歩く

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臨海線を歩いたら、少し北側へ戻る。

春日野道の商店街を入り、そこから西へ折れて下町の生活道路をずんずん進む。

生田川を渡れば、まだ昔ながらの雰囲気を残した三宮の東側のエリア。

そうして4:30に三宮に到着しました。

阪急北側にある、この長らく仮設の売り場として活躍していた建物も

建て替えのため取り壊されると、つい先日ニュースになっていた。

まだ少し時間があったので、駅前の丼屋で休憩と補給を済ます。

そして30分前には東遊園地へと向かう。


↓春日野道の商店街

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↓おっぱい山

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去年は公園に入るだいぶ手前から人があふれて、

果たして入れるのかどうかというくらいの混雑ぶりだったが

今年は明らかに人手が少ない。

もっとも去年がすごすぎたのかもしれないのだけど。

すでに岳灯篭に入ったろうそくには火がともり、

キビキビと冷たい空気の中、不思議なほど静かに人が佇み、

その時を待っている。

自分は人ごみを分け入って、いつもの場所へ。

そうして、アナウンスと時報が鳴り始め、5:46を迎える。

黙とう。


↓竹灯籠

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↓祈りよ届け

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↓復興は続く…

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今年もまたこの地に立てたことをうれしく思いながら、

震災への想い、防災への意識を今一度はっきりと心に刻み、

慌ただしく家路に着いた。