Hatena::ブログ(Diary)

記憶の残滓 by arkibito

2018-03-20

Music Life 『コーヒーブルース』 by 高田渡

先日の高田漣さんのライブがとても素晴らしく、

ヘビロテで『ナイトライダーズブルース』な日々。

漣さんのライフワークの一つとして、

やはり多大な影響を受けているお父さんの高田渡さんのトリビュートがあり、

先日のライブでも何曲か披露されていましたが、

その中の一曲『コーヒーブルース』を弾いてみました。


D


ということで、イノダに行ってきました。

なに、好きなコーヒーを少しばかり。


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コーヒーブルース

作詞・作曲:高田渡


三条へいかなくちゃ

三条堺町のイノダっていう

コーヒー屋へね

あの娘に逢いに

なに 好きなコーヒー

少しばかり


お早う かわいい娘ちゃん

ご機嫌いかが?

一緒にどう

少しばかりってのを

オレの好きなコーヒー

少しばかり


三条へいかなくちゃ

三条堺町のイノダっていう

コーヒー屋へね

あの娘に逢いに

なに 好きなコーヒー

少しばかり


いい娘だな 本当にいい娘だな

ねえ あついのをおねがい

そう あついのをおねがい

そう 最後の一滴が勝負さ

オレの好きなコーヒー

少しばかり


三条へいかなくちゃ

三条堺町のイノダっていう

コーヒー屋へね

あの娘に逢いに

なに 好きなコーヒー

少しばかり

あんたもどう?

少しばかりってのを

2018-01-30

『ショローCLUBの回春行脚2018新春プチツアー』 at ムジカジャポニカ

待ちに待った金曜日の晩。

なんと、わが家のすぐご近所に、大友さんがやってくる!

これはもう見逃す手はないでしょうと、

手みやげに力餅のおはぎをもって馳せ参じました。


扇町公園のすぐそばの雑居ビルに、

何やらディープなライブハウスがあるのは知っていましたが、

「ムジカジャポニカ」さん、今回初めてお邪魔しました。

何やらアングラな空間が

現実から遠いアウターゾーンに来たような感覚に陥ります。

ただ、このビルが耐震問題で春で取り壊されるのに伴って、

移転されるそう。(といってもご近所らしい)


↓ムジカジャポニカ

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アングラ~

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今回は、大友さんと盟友のドラマー芳垣安洋さんと、

ベーシスト不破大輔さんとの、還暦目前トリオによる

ショローCLUBとしてのライブ。

いつもアンサンブルズで指揮をしている姿だったり

ロング・グッドバイ』『あまちゃん』『 LIVE! LOVE! SING!』

といった映像作品にまつわるサントラを聴いて得るイメージが強いような

大友ファンとしてはまだまだペーペーの身なので、

ノイズフリージャズのステージで、

ギターを炸裂させる”本業”の大友さんを

ようやく生で見ることができる絶好の機会となりました。


↓ショローCLUB参上!

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↓大友さんの愛器

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まずは、リーダー?芳垣さんのMCからスタート。

アンサンブルズのでの非常にストイックな様子を

伺ってからの勝手なイメージで、

何やら気難しくて鋭くて近寄りがたい方とお見受けしていたのだが

冗談も含めて非常に軽やかなにトークを進めていて、

びっくりしました。

ただ、大友さんも不破さんもおっしゃってた通り、

やっぱり、きっと誰も逆らえないんだろうと思います。(笑)


そうして演奏がはじまります。

芳垣さんの繰り出す

絶対的に力強く、微塵の迷いもないリズムと大胆な崩しに、

切れ味抜群の大友さんのギターが鳴きに鳴く。

その二人の殴り合いのようなセッション

黙々とどっしり下支えするかのような不破さんの野太いビート。

あ、うんの呼吸でスパイラルを続けるトライアングルは、

どんどん、どんどん拡張し続け、トランスの境地へと羽ばたく。


いつでもかかってこい、ほら、もっと来いと言わんばかりに

芳垣さんのスネアが煽り続け、

それを冷静な面持ちで受けて立つ大友さん。

まるでギターが自分の意思を持ち出して、

あらん限りの声で叫び続け、フロア中にノイズが充満する。

その奥では、じっと目をつむり、

時折、唸り声をあげながら、

仙人のような面持ちでスラッピングを続ける不破さん。

ほとばしる汗。はじき出されるビート。破裂する音。

トリオであることの、相乗効果と絶妙な間合い、

その蜜月の関係性が可視化されたような

濃密な空気がフロアを圧倒する。

実にスリリング。実にクール。

大友さんカッケー!芳垣さんカッケー!不破さんカッケー!

つい、子供のようにはしゃいでしまいます。


正直言って、これほどエネルギッシュで破壊的で、

かっこいいことされたら、もうなすすべがありません。

ご本人たちは、自虐を込めて”ショロー”と名乗っていますが、

酸いも甘いも一切合切を駆け抜けてきたからこそ出せる

”味”と”深み”が沁みに沁みまくった音楽に対して、

若い世代の人は何やっても負けてしまうんじゃないかくらいに熱かった。

初老というよりも、むしろカッコよくて正しい大人という方が

言葉としては正しいような気がします。

こういう大人、先輩がいればこそ、

目指すべき人が道を指し示してくれるからこそ、です。

兎にも角にも”音”が”楽”をして、それにもう、

ダイレクトに胸を撃ち抜かれてしまいました。


1曲がおそらく20分以上だったと思いますが、

演奏する側もオーディエンス側も、一切集中力が切れることなく、

音の渦にどっぷりと浸かって、

気づけばもうこんなに時間が経ってたのかと

浦島太郎状態のような感じ。

そんなこんなの濃密な3時間でした。


アンコール含めて6,7曲くらいだったと思いますがその中でも、

チャーリー・ヘイデンチェ・ゲバラに奉げた『Song for Che』

そしてチリの伝説的フォルクローレ歌手、

ビクトル・ハラ名曲『平和に生きる権利』がとても印象的だった。


音楽にはいろいろな意味や作用、役割がありますが、

根源的に、今生きていることの主張・表明なんだと思います。

それは誰かに想いを伝える恋の歌でも、

明日への一歩を踏み出す人への応援ソングでも何でもそうなのですが、

特に、音楽を通じて政治的なメッセージを訴える、

熱意や不満を表明するということは

一井の人々にとっての極めて重要な武器にもなりうるし、

心のよりどころにもなりうる。

そう考えれば、自己検閲によって

徹底的に滅菌殺菌された今日の日本音楽シーンがいかに陳腐であることか。

そして、この目の前にいるお三方が、まさに戦う音楽をしているか、

ということがひしひしと伝わってきました。


大友さんはちょうど年末に南米ツアーをめぐってきたところで、

そのみやげ話もいくつか披露されていましたが、

その中で、先述のビクトル・ハラさんの話も。

この偉大なチリの歌い人は、

歌を通じて社会変革を目指した「ヌエバ・カンシオン(新しい歌)」運動の

中心的な役割を担った人で、チリ国民に絶大な人気があったのですが

1973年ピノチェト将軍による軍事クーデターで反逆者として祭り上げられ、

多くの市民が連行・監禁されたスタジアムで、大衆の前で射殺されました。

ちなみにこの政変を裏で操っていたのが、何を隠そうアメリカという国で、

現地の国民の平和や幸福ではなく、アメリカ国益のみを価値基準として

他国であらぬ暴挙に出るというのが、あの国の常とう手段です。

それはもはやトランプ個人がどうというよりも、昔からそうで、

中南米の国々や、中東東南アジア各所で、

同じような過ちを繰り返してきました。

次は、日本を含む極東アジアがそうならないことを祈るばかりですが…。

その後のチリはというと、アメリカ政府の庇護のもと、

独裁者ピノチェトによる長い軍政が敷かれ、

アメリカによる搾取に国は疲弊することになります。

この歴史的事件については、

1982年ジャック・レモンシシー・スペイセクが出演した

ミッシング』という映画(パルムドール作品)で描かれていますので

興味のある方はどうぞ。


一旦中休みの際に、ステージ裏のトイレに向かうと、

休憩中の大友さんとバッタリ!

向こうから、あれえ?東京タワーの人!!と見つけてくださいました。

いと嬉しや!!

お土産と、娘から手紙を預かってるので、

後でお渡ししますとお伝え。


そして、ステージ終わりに、少しお話。

家が近くて、せっかく大友さんが近所に来ているので、

娘も会いたがっているとお伝えすると、

まだしばらくここで飲んで待ってるから、いいよと言ってくださり、

大急ぎで娘を迎えに行って、久々のご対面!!

プロジェクトFUKUSHIMA in TAJIMIで盆踊りを踊ってぶりです。

大友さんから開口一番「いい笑顔してるええ〜」と言われ、

娘はいつものようにふにゃふにゃに顔が溶けてしまいました。


大友良英 with チーム動物園

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いつもお会いしても

忙しいスケジュールの合間で

なかなかお話しする機会がなかったのですが、

この日は少しだけお話しすることができました。

ちょうどこの日の1週間前が1.17阪神淡路大震災の日で、

例の震災ウォークの話だったり、

その街のこども』という作品でいかに救われたかということを

ご本ににお伝えすることができ、

ようやく直接お礼することができました。


大友さんも、あの作品は自分にとってもものすごく大切で、

あそこで、震災とどう向き合うかということを

大真面目に悩んで作り上げたことが、

東日本大震災とどう向き合うかに繋がって、

あまちゃん』にも反映できたとおっしゃておられました。

あの作品の一番最初の放映の時は、ラストシーンが生放送で、

そこに何をどう音を乗せたらいいか、相当悩んだんだよなあと。

無難にインストだけでもよかったんだけど、

あそこはどうしても歌を入れたくて、結局ああなったそうで、

今思うとそれが一番最良の選択だったと思います。

20周年の時に初めて、1.17のつどいに出るため、

東遊園地を訪れたそうですが、

あまりの人と圧倒的な静寂の空気感に圧倒されて、

公園に入れなかったということでした。

また来年でもその次でも、ぜひ来てください。


すみません、なんかライブの話から逸れまくって

湿っぽくなってしまいましたが、

とにかく、とてつもないエネルギーをいただきました。

そして、今年は初っ端から大友さんにお会いできて、

なんだか縁起がいいぞぅ!!

今年もまたいろいろとお世話になります!!


↓サインいただきました

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2018-01-23

三田村管打団? ソロライブ at 旧グッゲンハイム邸(神戸・塩屋)

日曜日。家族でおでかけ

ドンブラコと電車に揺られやってきたのは神戸の西のはずれ。

愛すべき坂と海の街・塩屋。

源平の時代、絶壁の上から浜まで馬で駆け下りて奇襲をかけた

一の谷の戦いの舞台そのままに、海と山がせめぎあう場所で

坂道や段々が入り組む街並みが小さな谷に敷き詰められています。


さて、今日はというと、

待ちに待った三田村管打団?のソロライブなのです。

去年、港町ポリフォニーで

二階堂和美さんとの二×三(ニカケサン)を観て、

しおや歩き回り音楽会ににも参加させていただいきましたが

3度目の正直でソロのライブです。


↓須磨海岸

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会場は、バンドのリーダーでもあり、

塩屋の街の活性化の仕掛け人である

森本アリさんが管理人を務める旧グッゲンハイム邸。

この辺りは明治・大正期に、

外国人の避暑地・別荘地として栄えた街で、

神戸の北野異人館街にあるような洋館が今なお点在しています。

すぐに海が見渡せるロケーションだったり、

非常に簡素ながら、飾らずとてもアットホームな空気感、

そして何より、ただ歴史的に貴重な建築を保存するということではなく、

地域の人々や、様々な人たちが、実際にそこを大切に使っている

生き生きとした場として成り立っているということが、

とても愛おしい場所です。


↓旧グッゲンハイム邸

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↓素晴らしいロケーションと佇まい

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開場まで少しあり、

広々としたお庭でしばらくぼんやりして

時間となり、テーブル席に陣取る。

カレーがあったので、思わずいただきます。


↓開場しました

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↓カレー食べるヨ!

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特に、さあ始めますと仕切るような感じでもなく、

じゃあぼちぼちといった感じで、ゆる〜くスタート。

全然肩ひじ張る感じじゃなく、

街の発表会を見守るような、そんな親しみやすさ。


まずは、自治会長さんをゲストに、

『月見草』という歌からスタート。

この歌は、先日の歩き回り音楽会の最後にも披露されていましたが、

朴訥と抑揚をつけて語る自治会長さんの言葉に、

楽器隊が悲哀漂うメロディーをのせていくのだが、

これがまた、中上健二か寺山修司の世界を垣間見るような

アングラ感があって、

しかもそれが無限ループのように続いていくと、

何やらイタコの口寄せか、坊主の念仏か、

そんな風に聞こえてくるのです。


↓自治会長さんの『月見草』からスタート

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そこから三田村管打団?の本編はじまりはじまり〜♪

やっぱり甲高く明るいラッパの音色というのは、

それだけでも人をハッピーな気分にさせてくれる、

魔法のような楽器ですね。

今日は、風邪でお休みのメンバーがいて、

チューバ抜きのレア編成だそうで、

その分、トロンボーンが分担して頑張ってくれています。

メンバーの子供たちもワヤワヤと舞台の前に陣取って、

色々なトイ楽器をおもむろにかき鳴らしていたりして、

音楽が、「音楽」という形式ばった殻を纏うのではなく、

本当に暮らしの一部分として自然に沸き起こって、

それを近所のみんなで楽しく共有している、

そんな理想的なあり方をしている。

次々と繰り出される楽しい楽しいラテンのノリに、

2歳に満たない次女も思わず

ノリノリで体を動かしてはしゃいでいる。

きっと音楽大好きに違いない。

跳ねまわり飛び回る音に満たされて、

心温まる時間を過ごすことができました。


↓ちくわ笛の披露

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↓幸福感がわかる一枚

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帰り際、アリさんとお話させてもらいました。

いやああ、色々でっかい人です(誉め言葉です)。

せっかくなのでCD欲しいんですとお尋ねすると、

奥から持ってきていただいて、

3枚全部買わせていただきました。


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いやあ、なんか心温まるすばらしい休日を過ごせました。

2017-11-28

しおや歩き回り音楽会 しおさい2017

こないだも書きましたが、今関西で最もホットな町、それが塩屋。

今月いっぱいかけて、町ぐるみで行われていたお祭り

「しおさい2017」のラストを飾るイベント、

「しおや歩き回り音楽会」にお邪魔してきました。

六甲山系の西の端、山が瀬戸内の海へと沈む場所にあり、

入り組んだ谷にへばりつくようにして住宅が建ち、

狭い路地が入り組んだ面白い町。

その街を練り歩きながら、色々な場所でパフォーマンスが繰り広げられるのです。

いまだにアンサンブルズ東京の熱気を引きずって、

その残像を追い続けている自分にとって、

これほど魅力的なイベントはありません!


↓塩屋

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ということで、出発14:00の10分前に家族そろって集合場所に到着。

シレっとチキン軍団もスタンバイです。

下の娘はバギーに乗せていたのですが、

スタッフの皆さんから、

かなりきつい坂や階段続きますが大丈夫ですか?と心配されます。

いえいえ大丈夫です!

しかしあとで思いっきり思い知らされることになります@@


↓塩屋町東市民公園に集合

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↓チキン参上!

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まずは公園で、児童たちによるコーラスがスタート。

そこからスパイダーマンの先導で、

狭い路地を練り歩きスタート!!

しばらく歩いて高架下で三味線。

さらにそこから近くのマンションの駐車場ではギター。

いろんなポイントで歌が花開きます。


よくあるイベントの形として、

一定のエリア内で、それぞれのスポットで同時多発的に歌が始まって

それを観客は自分で選びながら見るというのが多いけれど、

このイベントは全員がぞろぞろと練り歩いて、

ポイントに着くと、そこで歌や演奏が始まるので、

しっかり列についていけば、

全てのパフォーマンスが見れるようになっています。

ただ、あまりに狭い通路をこれだけの人がいっぺんに移動するので

とにかく誘導が大変。

ちゃんと届は出しているとはいえ、

道を封鎖しているわけでもないので

当然車も来ますし、住民の方の行き交いもあるので、

その邪魔にならないようにもしないといけない。

その点。明らかに人が多すぎてキャパオーバーな面も。

(この形式での開催は今年がラストという話も…)


↓オープニング

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↓スパイダーマンだ

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↓練り歩き

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↓高架下で三味線

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↓すごい人!!

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↓マンションの駐車場でも

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塩屋谷川沿いにある塩屋商店会の中も練り歩き。

謎の怪人がハウハウとギターをかき鳴らしてお出向かえしていたり、

地元のギタークラブの方々のカントリーロードが聞こえたり。

そして大好きなワンダカレーさん。

帰りに晩御飯で寄ります。

必ず寄ります!


↓狭い路地を練り歩き

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↓ティンパン on 塩屋谷川

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↓塩屋商店会でも

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↓怪人がノイズをかき鳴らしている

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↓蓮の花トリオ

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↓子供達にはキャベツ太郎を配ってた

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商店会を抜けたところで、

去年からピザ屋を始めたピザ・アキラッチさんの熱のこもった演奏。

急に塩屋へ越してきて、ピザ屋をやると告げられた奥さん、

「覚悟はできてる!!」とシャウト。激アツやんけっ!!

SHIOYAコールが鳴りやみません。


↓アキラッチの熱唱!!

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演奏終わりで振り返ると、向かいのマンションの踊り場から、

陽気なヨーデルが、レイホロロ〜♪

よく見ると、須磨水族園のテーマソングで有名なリピート山中さんです。

レイホロロ〜♪


↓須磨水族園のテーマソングを作曲したリピート山中さんだっ!

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そこからいったん川を下って渡って、

坂道を登り返すと児童館に出ます。

そこでは地元出身の佐川満男さんがお出迎え。

思わぬ大御所の登場です。

主催者の森本アリさん(旧グッゲンハイム邸管理人&三田村管打団リーダー)と

軽いトークの後、2曲ほど披露されて拍手喝采。


↓佐川満男さんと主催の森本アリさん

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↓デュエット

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そこから急な坂を上がり、

さらにコンクリの激坂を必死でバギーでよじ登ります。

幸いに娘は爆睡していて助かりました。

スタッフさんの心配が今頃。(とはいえ抱っこはさらに死ぬ)

登りきった公園では子供たちによる演奏会。

かわいらしい♪


それにしても、この町はなんと愛されているのかと思います。

ふつうこういうイベントを町ぐるみでとなると、

ある特定のグループだけの内輪になったり、

世代間の温度差が出たりするものですが、

あらゆる住民の人が参加して楽しんでいるように見えます。

本当に素晴らしい地域だと感心。

あと、驚くのは、この狭い狭い地域に

これだけ音楽や楽器に精通している人がよくいるなあと。

こんだけ吹奏楽隊が充実していたり、

ギターかき鳴らしたりする人がいるもんだなあと。

とにかく塩屋はいろんな意味で面白過ぎます。


↓激坂!!

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↓めげずに上るヨ!

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↓公園では子供たちの演奏

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↓幸せな町ですなあ

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パレードはまだまだ続きます。

急な坂を登ってきて、住宅の向こう側にはうっすらと海を臨みます。

坂のある町にはストーリーがある。

海の向こうへ音楽が渡ってゆく。

素敵です。


パレードは急な石の階段をずんずん進みます。

こちらは必至のパッチでバギーを担ぎ上げて後を追います(汗)

閑静な住宅街に入って、ホーン隊が一気に盛り上がる。

こんなところでも、わんさかゴキゲンな音が自由に飛び跳ねる♪


↓練り練り♪

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↓海をバックに

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↓うさぎ団

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↓介護ホームにも立ち寄り

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↓ラップ集団現る

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パレードはどんどん山の手の急坂を上り、住宅街を抜け、

ずいぶん海が下に広がるようになってきました。

あちらこちらで演奏がはじまり、音が響きます。

と、思えば、突然の急な階段。

本当にこれほど障害物系の音楽会はなかなかお目にかかれません。

列の邪魔にならないように、

必死でバギーを担いで上り下り。

う、う、腕がモゲるるるるる〜〜〜@@@


↓狭い狭い階段も何のその!

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パフォーマンスはいたるところで

始まっては終わり、始まっては終わり。

坂道の途中、公園、空地、畑の中、住宅の中からでも、

どこからでも楽しい音が始まって、

次の音へとバトンが渡っていきます。


↓空地も!

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↓住宅も!

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↓坂道も!

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↓障害物系音楽会です@@

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↓オキナワ〜

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↓ギャラリーがスゴイ

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そしていよいよ最終地点が近くなってきました。

公園にて今日イチの光景が。

さっき畑で歌ってた人が、

パレードから遅れてマイクスタンドもって走ってきて大急ぎでスタンバイして

アコーディオン弾きながら「塩屋〜♪塩屋〜♪」と歌いだします。

すると、おそらくそのお子さんだと思いますが、

どうしてもお母さんに甘えたい男の子が、

ひたすら演奏を妨害(笑)。執拗に妨害(笑)。

それを振り払いつつ、必死で演奏を続ける母(笑)。

笑顔も歌も意地で続ける母(笑)

男の子も負けじと邪魔をして、

しまいには背後に回ってエイヤッとお母さんの首にぶら下がる!!

完全な形でチョークスリーパーが決まり、

思いっきり持っていかれる母、大ピンチ!!

しかし、母は強し!!

一回落ちそうになりつつ、グワンとカウンターで持ち直し、

明らかに苦しそうではあるが、アコーディオンを奏で続け、歌もやめない。

なんて執念!!

ガンバレお母さん!!

観客の誰もがそう思ってたハズ。

しかし、男の子も決して回した腕を放さない。

振り落とされまいと必死のパッチ。

どんどん締まる母の首。

しかし歌は終盤の盛り上がりへ差し掛かり、もう後へは引けない!!

腹の底から歌声を振り絞る母の熱唱。スゴイ!スゴイ!

そうして無事、一曲を切れることなく完奏したのでした。

でも、歌い終わって最後の部分で、本当にたまらず落ちかけておりました。

いやあ、ものすごいバトルを目撃してしまいました。


↓公園にて

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パレードはいよいよ最終の地、兵庫県研修所へたどり着きました。

すでに辺りは薄暗くなっています。

ここで自治会長さん?の歌がスタート。

これがまた何とも言えぬ味わいなのだが、

そこにホーン隊の物悲しい音色が加わって、

えもいえぬ艶めかしさを帯びてきます。

なんというか、寺山修司的というか、中上健二的というか、

地霊(ゲニウス・ロキ)が、どろどろと誘き出されて、

立ち上がってきたかのような、

畏れのようなものさえ感じさせます。

なんというかイタコの口寄せのようでもあり、

念仏のようでもあり、それが際限なくループして

脳みそに直接訴えかけてくる。

ある意味でゴリゴリのロックじゃん。

思わずそう感じてしまって、ゴクリと唾を飲み込みました。


↓!!!

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↓何かとてつもないエネルギーを感じる

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それが終わって、少し移動をして海の見える広場にたどり着きます。

楽器隊は各々に寄り集まって思い思いの音を飛ばし、

それがいつしか1つの大きな塊となって、ハッピーな歌を奏で、

観衆も一体となってチャント。

もう真っ暗な中を音の渦が縦横無尽に駆け巡って、

最後には竜のごとく海へと流れていきました。

とても素晴らしい時間でした。


↓自治研修所の裏手の高台がラストステージ

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↓終演〜

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終演後は、約束通りワンダカレーさんで晩御飯。

やはり旨い。



↓ワンダカレー

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↓味な店です

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↓田仲とうふ&牛スジカレー(大盛り)

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ということで、予定を大幅に押して

3時間近い練り歩きになりましたが、無事我々も完走。

バギー抱えて、登って下りて、大変でしたが

それもアトラクションと考えれば、貴重な体験です。

ますます塩屋が大好きになりました。

これだけの規模で、地元の人の理解も得てイベントをやるというのは

本当に大変なことなのです。

スタッフの皆さんには目いっぱいの拍手を送りたいです。

お疲れ様!!


↓塩屋LOVE

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↓町歩きルート

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<演者リスト>

うさぎ団(ロック)

塩屋海の合唱団(コーラス)

うみへび会(トロンボーン)

おおたけなおこ(三線・アコーディオンとうた)

小池照男(しの笛)

さかのうえプカバンド(こどもがくだん)

佐川満男(歌手・俳優)

satanicpornocultshop (エレクトロ)

しおぱん(スチールパン)

塩屋楽団(管打団)

しおやキッズ音楽隊(児童合唱)

しおやdeケンポー(シオヤソング)

シオヤポッセ(ラップ) | 糸音会(民謡)

鈴木勝(ギター)

Spicy Jam(オールドタイム)

せとうちフレンズ(弦楽合奏)

高橋ますみ(スチールパン)

dolce (豊明子・郭聖子 / クラリネットとサックス)

中塚信昭(塩屋ブルース

中西悦子とそのサクソフォネッツ(サックスばっかり)

nature boy (スコッティ / ギターと歌)

蓮の花ボーイズ (岸本芳貴・篠原豊 / ギター弾き語り)

ピザアキラッチ・エキゾチックエレクトリック(オルタナティブ)

ペ・ド・グ(トランペットいっぱい)

三田村管打団?(ブラスバンド)

山本信記(トランペット)

Ug Noodle(ギター)

吉野竜城(チューバ)

Ruff (中西悦子・鈴木健一郎 / サックスとギター)

リピート山中(弾き語り)

2017-11-16

国立民族学博物館40周年記念公演 『めばえる歌〜民謡の伝承と創造〜』

土曜日は、長女と二人で

万博公園にある国立民族学博物館へ行ってきました。

いつも応援しているクレオールの歌姫・松田美緒さんのHPで、

民謡に関する研究発表があるとの告知があり、

大急ぎで申し込みをしたのでした。


↓万博記念公園

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↓みんぱく

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今回の発表は、国立民族学博物館の准教授である

川瀬慈さんの映像プロジェクトで、

『めばえる歌〜民謡の伝承と創造〜』というテーマ。

かつては日本全国で、各地域の生活の場で歌われ

共有され、伝承されてきた民謡は、

その地域の暮らしぶりや食生活、自然や風土、

四季折々の生活の知恵や教訓、祈り、

仕事ぶりや遊びなどを伝えるれっきとした文化であった。

しかし、過疎化による担い手の衰退や、

高度成長期以降の生活様式の劇的な変化というものの影響を受けて、

生活の中から失われつつあり、

あるものは、土着の暮らしから完全に切り離されて、

観光資源の文化財として

”隔離(生活から切り離して保護される)”されたり、

あるいは自然消滅的に淘汰される運命にある。

そういった環境の中で、その地域社会の外部からやってきた歌手が、

忘れゆく民謡を掘り起こし、自らのやり方で咀嚼したうえで、

歌に新しい命を吹き込み、地域に還元してゆくという、

新しい伝承の事例が生まれてきた。

その”歌づきあい”に密着したドキュメンタリーとして、

第1幕では60分間の映像作品の上映、

第2幕では実際にその作品に登場する、井上博斗さんと、

松田美緒さん(+山口亮志さんのギター伴奏)のパフォーマンス、

そして第3幕では製作者・出演者によるトークセッションという、

3部構成で行われました。

今回のプロジェクトと研究発表はとても意義深く、

またそれを深く考察すべき対象として捉える必要があります。

ということで、研究発表で展開されたお話を

自分自身の解釈も交えながら、

できるだけ記録してみたいと思います。


↓国立民族学博物館40周年記念公演 めばえる歌〜民謡の伝承と創造〜

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↓レジュメ

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まずは郡上八幡における『わらべうたの会』の活動を中心として、

郡上や揖斐川水系のわらべ唄や作業唄・踊り歌・祝い唄の

伝承をライフワークとしている井上博斗さん。

幼少のころから故郷の香川で祭りの獅子舞になじみ、

音楽に陶酔(トランス)する楽しみや、

繰り返される囃子のリズムに乗って

ループすることの気持ちよさを原体験としてもち、

大学生の頃から音楽家の桃山晴衣さん・土取利行さんが主宰する

「立光学舎」で学び今に至るそうです。

その学びの中で、日本の歌のキホン、ルーツが

「わらべうた」にあるということに気づき、

地域のお年寄りの方々を訪れては、昔の歌を採集するなかで、

歌い継ぐこと、世代を超えて伝承することの重要性と難しさに直面し、

その橋渡し的な役割をライフワークに、

”トンビの兄ちゃん”として引き受けるようになったそうです。


岐阜の歌で最もポピュラーな題材として扱われているのがトンビだそうで、

そういった自然や動物に向けて歌いかけるような歌、

その多くが生活の中から、自然と湧き上がってくるような、

つぶやきの延長のようなものほど、

それを歌う場も、人も失われて真っ先に滅んでゆくというのが現状だそう。

祭事や遊び、踊りといった行動を伴うわらべ歌や民謡は、

そういった催しの場で披露されることがあったり、

そういう文化の保存運動の一部分として保護されて、

かろうじて歌い継がれていくが、

そういうネイキッドな歌ほど絶滅の危機に瀕してしまっているというのは

非常に残念なことだと思います。

でも少し見方を変えれば、

その歌が、自然に生まれてきたのと同じ理屈で、

自然に消えていくというのもまた、決して悪いことではないのでは?と

個人的な経験に基づいて感じました。


個人的に、自分はよく鼻歌を口ずさんだり、

ぼわっとメロディに乗せてつぶやいたりという習慣が昔からあり、

今では特に子供のお世話をするときにはその傾向が強く出ます。

例えば、「はーみがーきしましょ♪」「お風呂にはいりましょ♪」

「保育園に行きましょう〜♪」みたいな感じです。

日々のいろいろなことが節をまとって、

それが時にはちょっとした歌になったりします。

子どもたちが、「や〜め〜て〜」「あ〜そ〜ぼ」とメロディをつけて

語りかけるのと同じような感じです。

(つまりメロディをつけるというのは人間の普遍的な行動といえますね)

そして大体生活の行動に合わせて

お決まりのレパートリーが決まってきて、

何度も何度も生活の中で歌うことになります。

うちは上の娘と下の娘が結構年が離れているのですが、

下の娘が生まれたときに、それらの歌を思い出そうとして、

あれ?上の娘の時に歌ってた鼻歌ってどんなだっけ?という風になりました。

あの頃、あれだけ毎日口ずさんでいた歌なのに、

すっかり忘れてしまっているのです。

歯磨きやお風呂をするときに、

何か歌を歌ってたということは覚えていても、

実際にどんな歌だったかというのは全く思い出せないのです。

なぜならそれは、その行動をするために歌われるもので、

長女が大きくなって、それをする必要がなくなったからです。

(つまり、一人でお風呂に入り、一人で歯磨きできるようになった)

そしてその歌は特に記憶にとどめておくようなものでもなければ、

歌い継ぐという意識もないから、

跡形も消え去ってしまったのです。

とはいえ、次女の時には次女の、同じような行動歌が生まれてきていて、

今では生活の一部となっていますし、

おそらくきっと、それらの歌もまた、そう遠くない将来に、

自然と消え去っていくのだろうと思います。

この現象というのは、ある意味で、

その歌がきちんと役割を終えて成仏したのだという風に

肯定的に捉えることもできるのではないでしょうか。

歌もまたある種生き物であり、そこには生も死もある。

そういう歌の在り方もまた、自然の成り行きではないかなと。

たとえ、歌が後世に伝承されていったとしても、

その歌と結びついた動作や遊びと切り離されて、

まるで延命装置を張り巡らされたような形で生き永らえたとしても、

それは本当の意味で生き生きとした歌とは決して言えないでしょう。


もちろん、歌い継ぐということも大事なことで、

井上さんや、次に紹介する松田さんの活動は、

単に現存するわらべ歌や民謡を掘り起こして、

冷凍保存するというのではなく、

現代の観点に則した価値観や役割、

地元民の視点ではなく外部のまなざしによって獲得される

可能性を新たに歌に吹き込むことで、

再び歌に命を吹き込むことに成功しています。

そのことを差して”めばえる歌”という風に

川瀬さんはテーマをつけたのかなと解釈しました。


しかし、このような歌の持つ寿命の短さを考えると、

よほど意識的に残すということをしなければ、

蜃気楼のようにいなくなってしまうということでもあり、

伝承の難しさの根源はここにあるように思います。

しかし、さらに言えば、そもそもそのような性質であっても

長らく歌い継がれ脈々と生きながらえてきた歌というのは、

それだけ魅力がある強い歌なのだろうし、

実際歌い継がれてきたからには

何か大きな根拠が隠されているような気がします。


そうやって、日々の生活の中で

自然に生まれ、自然に消えていく歌のサイクルのようなものが

正しく機能していればよいのですが、

この現代社会において、

”唄う”という環境やシチュエーションが

日常生活の中に実際にはそうありません。

商品としての音楽は街中にあふれていて、

それを歌うための施設(カラオケ)があったり、

学習としての音楽の機会、

学校での発表会などの”体系化”された音楽の場はあっても、

こういう素朴な意味で”唄う”ということはなかなか難しい。

町中や電車の車内でいきなり歌いだすような人はいませんもんね。

(自分はそれをちょいちょい無意識でしてしまって驚かれることがよくある@@)

そういう唄う場が失われると、

歌いたいという気持ちや動機が芽生るということもなくなってしまいます。


井上さんの会では、比較的若いお父さんお母さん世代の親子が参加されて

一緒にわらべ歌を歌うそうなのですが、

歌を覚える際に、大人は頭で覚えないと、覚えられない一方で、

子どもは単純に耳で、感覚で覚えてしまうそうです。

実際の会では、大人たちが一生懸命覚えながら声を出して歌う一方で、

子どもたちはマジメに歌ったりしません。

あちこちで、わーきゃーと騒いだり、遊んだりして、

一つも歌わずに帰ってしまうのだそう。

でも、それでも帰宅してみると、ちゃんと歌を覚えていて、

口ずさんでいたりということがよくあるそうです。

つまり、子どもたち、言い換えれば全ての人間の初期段階において、

歌は学習して習得するようなものではなく、

もっと身体的経験、感覚的なものとして吸収されるもので、

だからこそ、自然や日常から受け取ったものをそのまま歌にしてしまったり

(それは大人ではなかなかできなかったり、思いつかないもの)、

あるいは、世相をそのまま鏡のように返して、

戦争ネタを盛り込んだり(軍艦、軍艦、沈没〜♪)、

誰それが殺された、死んだ、取られたといったように、

死や残酷な事柄をピュアに受け取って歌にしてしまうようなものがあったりします。

そうやって、ある意味で子供らが、

生活や自然からインプットした情報を、

ある種の成長・学習の通過儀礼としてアウトプットする一つの形態が

”唄う”ということなのでしょう。

しかし、先に述べたように、

歌う場が失われ、歌う機会をなくした現代の子供たちは

かつての子らが歌にしたためたような思いや感情を、

いったいどこに向けているのでしょうか。


↓井上博斗さんと

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もう一人が、土地土地に宿る地霊(ゲニウス・ロキ)を敏感に感じ取り、

その念が宿りし音楽を吸収し、それらを見事に表現してきた松田美緒さん。

色々な事情で祖国から遠く離れて暮らす人々、そしてその子孫たちが、

海を渡り、国を渡る日々の営みの中で、

祖国の文化と現地の文化を幾重にもミックスして編み出してきた

混合文化=クレオールに着眼し、

ポルトガル、ブラジル、アルゼンチン、カーヴォベルデ、ギリシャなど

大西洋から地中海にいたる幅広いフィールドを舞台として、

様々な民族音楽や民謡を高らか歌い上げてきた現代の吟遊詩人です。

彼女が、自らのルーツである日本という国に着目し、

全国各地から採取された膨大な民謡のカセットテープの山の中から、

まるで運命の糸に導かれるようにしてたどり着いたのが、祖谷の民謡でした。

祖谷は平家の落人伝説が今なお息づく、

四国山地の極めて急峻で山深い集落ですが、

「粉引き歌」「花とり」「木びき歌」「草刈り節」など、

そこは民謡の宝庫と言われています。


松田さんの経験上、いい歌があるのは、

水田耕作のできない険しい土地が多いそうです。

そういった土地では、常に自然や天候に翻弄されるような営みがあり、

そういった自然に対しての祈りや恨み節、

あるいは過酷な農作業や山仕事の大変さを紛らわせるための、

ある意味、生活の知恵として民謡が生まれてきたということがあります。

しかし、高度成長期以降、

あらゆる農作業や山仕事が機械化されてしまい、

過酷な作業から解放されたことや、業務の短縮により、

歌う必要性や、歌う間さえ失われてしまい、

そういった仕事歌はどんどん廃れてきてしまったそうです。

この祖谷の地域でもまた同じような時代の流れを受けてきたそうですが、

そういった民謡の良さや重要性を理解して

歌を記録してきた平石金雄さんのような存在がおり、

その記録が偶然にも松田さんとつながって今に至るという幸運に恵まれています。


映像では、松田さんが祖谷の歌い手たちを訪ね、

吾橋小学校の子どもたちや地元のお母さん方との交流を追っていきます。

最初は、松田さん自身も、その土地に根差した歌が、

別のところからやってきた人によって別の命を吹き込むということに対して、

地元の人たちの反応がものすごく怖かったと吐露されていましたが、

一緒に口ずさんだり、踊り始めたり、

極めて自然に受け入れられていく様は、

まさしく歌が新しい使命を帯びる決定的な瞬間だなと思います。

それがそのようにして受け入れられたというのは、

やはり同じ日本人として、

どこかに同じような音の原野が共有されているからなのだろうと思います。

祖谷にしても、郡上にしても、非常に山深く交通が不便な土地で

今と違って、わらべ歌や民謡が生まれてきた時代というのは、

人やモノが頻繁に行き来できたはずもなく、

よその土地から文化がどっと押し寄せることというのもなかったと思います。

それでも、日本全国各地で、同じようなものを題材にして、

ある一定の音階だったり、音律だったりを共有しているかのような歌が

同時多発的に育まれてきたということはまさしく、

その証拠になりえるのではないかと思います。


伝承という観点からいえば、

この映像の中で新しい可能性を感じさせる場面がありました。

小学校の担任の先生の発案で、子供たちがもっと自らの感覚や経験として

民謡を実感できるようにと「子ども民謡」なるものが行われたシーン。

昔の民謡は、つらい労働や環境を紛らわす術として歌われてきましたが、

例えば、背負った木材が重いとか、夜なべして粉を引くのは眠くて仕方がないとか、

現在ではもはや行われていない作業ばかりで、

子供たちは実際、それがどれだけ大変な作業なのかが実感としてわかない、

どういう思いで歌われてきたのかというところまで思いが至らない。

それならば、民謡のメロディーを拝借して、替え歌をするような形で、

自分たちが今実際にしんどいな、つらいなと感じるものを題材として

民謡を作って唄ってみようじゃないかという試みです。

子どもたちはそれぞれ、宿題が嫌だ〜とか、毎日急な坂道を登校するのはつらい〜だとか

唄う様は、とても面白かったと同時に、

しみじみと実感として歌われた歌は、実に生き生きと感じられました。

これが、プロのミュージシャンや研究家がトップダウンで指示するような形ではなく、

元々の地元の人たちから湧き上がってきたというところがまず、素晴らしいことで、

昔の民謡が生活の中から生まれてきたのと全く同じようにして、

現代版の民謡が実感として”めばえて”きた瞬間でした。


↓松田美緒さんと

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今回の研究発表全体と映像作品についても。

こういう発表の場合には、つい、

民謡賛美、啓蒙といったような安易な結論づけをしてしまいそうですが、

そういった完成形を一方向的に投げかけるという乱暴なやり方ではなく、

伝承することの難しさや、紆余曲折、道のりを記録することを重視して、

じゃあどう伝承していけばよいのか、

あるいは伝承されないとしたらどういった風になるのか、

滅びゆく民謡をどう看取っていくのか、

という投げかけという形でまとめられているのが、

非常に大切な視点だと感じました。

つまり、この発表を単に一過性のイベントとして

消費するだけに終わらせてしまっては、あまり意味がないからです。

はからずも、映像作品の中で、

徳山村の踊りを伝承する年配の方がそれを指摘していました。

踊りの体験教室的なものは、よく学校訪問などをしているのだが、

結局それが続かない、根付かないのだと。

継続すること、伝承することの難しさこそ、

今回の発表で描くべきテーマなのではないか、

そしてそれが適切な形で表現されていた発表だと感じました。


これは個人的な意見というか直感なのですが、

最終的に日本人は音頭や民謡、わらべ歌に帰着するのだろうと思います。

実際、今回の松田さんや井上さんはもちろん、

大友さんも、細野さんも大滝さんも、みんなそこに帰っていった。

これらの歌というのは、いわゆるドレミファの西洋音楽のように、

後天的に教育されたり、訓練されたりするような、

「音楽」という明確にカテゴライズされるようなものではなく、

我々日本人が、何百年、何世代にもわたり、生活の一部として歌い継がれて

まさにDNAレベルで脈々と我々の肉体や魂に刻み込まれた体感(体幹)であって、

日本人の音の原野なのであろうと思います。


そもそも、音というのは人間にとってはとてもプリミティブな感覚で、

我々は命を宿した時点から、

お母さんのお腹の中でお母さんの鼓動や息遣いの音を聞いて育ちます。

「見る」ということをするよりもずっと以前に、

まず音の世界から生命はスタートする。

生れ出てからも、赤ちゃんがお母さんの腕の中でねむくなったり、

子どもが不安な時にピタッとすり寄ってくるのは、

胎児の頃の安心感を得ようとするからだといわれています。

つまり、我々は音やリズムの世界に

安心感や幸福感を得る感覚をあらかじめ備えているのであって、

決して無音の世界では生きてゆくことはできない。

むしろ様々な音を敏感に感じ取り、

時にそれらを積み重ねたり、編み上げたりすることで、

様々な表現やコミュニケーションを形成するのが人間であり、

音楽というのは極めて原始的で自然な営みであり、

さらに本来は生活に密着した文化形態なのだといえます。

なので、アフリカではアフリカの、中東では中東の、

ロマにはロマ、南米には南米の、

生活・文化様式によってそれぞれ育まれた独自の音の原野があり、

それらはみな等しく各地域の人たちのルーツと直結する重要な要素なのです。

そして我々日本人にとってのそれは、

まさしく盆踊りや音頭、民謡のに横たわるリズムやテンポなのだということでしょう。


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素晴らしい発表の後、井上さんと松田さんにご挨拶。

松田さんは5月の本町でお会いしたことを覚えていてくださっておりました。

また年明けにライブを企画しているそうなので、ぜひ。

そしてまた、11.26日の深夜25時から

日テレNNNドキュメントで放映される

『移民のうた ー歌う旅人・松田美緒とたどる もう一つの日本の記憶ー』も楽しみです。


発表後は、閉館わずかに10分前でしたが、

せっかく来たので、ほんの一部だけでも民博みたいなあということで突撃。

おそらく中学生とかそれ以来ぶり。

こどもの頃は、よくわからないガラクタが

いっぱい置いてあるなあくらいの感じでしたが、

大人になってみると、民族学なんてロマンにあふれまくって面白過ぎるし、

これほどまでに貴重な品々が、

ご近所に収蔵されているなんていうのは本当に夢のような話です。

まるで地球がまるごとパッケージされた宝箱。

初めて訪れた娘にも、駆け足でしたが、色々と熱っぽく解説をして、

これはまたきちんと再訪せねばなりません。

そしてミュージアムショップ。あそこは危険すぎる。

あれもこれも、気になるものが多すぎて、だめだめとわかっていながら、

つい買い過ぎてしまいました@@


ざっとでしたが、民博のお宝を見て思ったこと。

民博には世界各地の生活の品々や

祭事の道具、楽器、衣装など様々なものがありますが、

祭り事というのは、まさしく生活に直結するもので、

自然に対して祈願する(雨乞いや五穀豊穣、天変地異を治めるなど)、

神や死者といった自分たちの世界のものとは別次元の存在と交信するための

重要な儀礼であり、

それが、どこか1つのオリジナルがあって、

それが世界中へ伝播したのではなく、

世界各地で同時多発的に文化として芽生えたことを考えれば、

人間は祭りをする動物だと言い切ることもできるでしょう。

そしてその祭りに際して、

神や死者や動物などと交信するための手段として用いられてきたのが

歌や踊りであり、それを行うにふさわしい衣装や仮面というものが

生み出されてきました。

半ば強引かもしれませんが、その文脈でいえば、

先日のアンサンブルズ東京や多治見で、

被り物をするという行動自体は、あながち間違いではなかったのかなと。

つまり、祭りという非日常のハレの舞台に

ある意味最もふさわしい衣装だったのではないかなと思いました。


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さまざまな重要な示唆を与えてくれた万博公園と民博。

これから足を運ぶ機会が増えそうです。


↓太陽の塔

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↓EXPOCITY

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