桂屋孫一のニューヨーク・アートダイアリー

2016-08-30

「ここんとこアート」覚書。

09:06

2世俳優が強姦致傷罪容疑で逮捕された。

その母親の会見は余りに芝居染みて居て、僕には1時間以上立って話した彼女を、重大な罪を犯した可能性の有る息子の母親と見る事は出来なかった。

想像では有るが、この母親は子離れが全く出来て居ないのでは無いか、息子が可愛くて可愛くて仕方なく、何処か被害者の方が息子を誘った位に思って居るのでは無いか、と思わせる程の雰囲気だった…と思うのは、僕だけだろうか?

そんな疑惑の中、今日は最近体験したアートの事を分野別メモ形式で。


・映画

「ラスト・タンゴ」:ヴィム・ヴェンダース製作総指揮、ヘルマン・クラル監督作品。Bunkamuraにて。伝説のアルゼンチンタンゴ・ダンスペア、マリア・ニエベスファン・カルロス・コペスを追ったドキュメンタリー。愛憎渦巻いても、私的感情を排して最高のダンスをする為だけに生きる…プロとはそう云うモノ。然しタンゴを「3分間の恋愛」とは良く云った物で、この踊りを同一人物と長年続けて、相手と恋に落ちない人は居ないだろう…タンゴを習いたく為る、如何にもヴェンダースっぽい作品だった。

犬神家の一族」:1976年市川崑監督作品。新宿角川シネマでの「角川映画祭」で、大スクリーンでの観賞。この作品は僕が後に横溝正史フリークと為った記念すべき作品で、ご存じ「佐清」の登場作。石坂浩二を始め、小沢栄太郎加藤武高峰三枝子大滝秀司等の名優達も皆若く、横溝氏や角川氏も出演。市川の独特なカット割りや大野雄二の音楽も良い。余談だが、犬神家の大広間の松図襖が気に為り、これで思い出したのが「天河伝説殺人事件」に於ける宗家宅の「鴉図襖」…シアトル美術館蔵の六曲一双屏風を彷彿とさせる。「獄門島」や「悪魔の手毬唄」も観たい。

シン・ゴジラ」:「エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督作品。観る前に色々な人から「観るべきだ」と云われ、期待したのがいけなかったのか、流石にCGはそれなりだった物の、日本の政治体制風刺等の内容が浅薄且つ冗長で、石原さとみのキャスティング(わざと、と云う説も有るが、それだったら他もオチャラケて欲しかった)も含めて映画としては全く腑に落ちず、伊福部昭のオリジナル曲が如何に素晴らしいかだけが心に残る。ただ、現在の日本を救うには「スクラップ&ビルドしかない」と云う点は賛成だし、その点ではゴジラの気持ちに為って東京を打っ壊す事にスカッとしたのも事実だが、物足りない事甚だしい。また、総理始め閣僚が乗ったヘリをゴジラが直ぐに撃墜する所、官邸片岡球子が掛かって居る処等には共感。然しエンド・ロールに名前の有った小山登美夫氏は、この映画の一体何に協力したのだろう?


・展覧会

「想像の構築と制限」@Gallery Sezon:フランシス慎吾や鬼頭健吾等をフィーチャーしたグループ展。今年からギャラリーに入った、NY時代の友人高根枝里さんのキュレーションらしく、NY感溢れる展示だった。フランシスの作品が美しい。

「アカデミア美術館蔵 ヴェネチアルネッサンスの巨匠たち」@国立新美術館ベッリーニティツィアーノ、ヴェロネーゼ等の名品展。イタリア絵画の名品展に行くと、何時も腹が減る…それは「カルパッチョ」とか「ブランジーニ」、「パルミジャーノ」と云った作家名が食欲を唆るからだ(笑)。それと、展示作品の数点の画中、端の方に大き目の「赤い点」と云うか「絵具の点」が有り、これが所謂「コレクション・シール」で有る事を確認。画中に押す「シーリング・スタンプ」は、例えば中国絵画中の皇帝印、或いは浮世絵版画に押されたコレクター印等と同じ感覚。

岩佐又兵衛展」@福井県立美術館:又兵衛が京都から福井に移住してから400年を記念した、千葉市美術館以来の久し振りの岩佐又兵衛展を、頑張って福井迄観に行く。旧金谷屏風の軸が集合したのと、堀江浄瑠璃・山中常盤・小栗判官各物語絵巻の出品が目玉だが、出展数が多く無いにも関わらず、濃密な展覧会…戸田主任学芸員渾身の展覧会だ。個人的には矢張り堀江物語と山中常盤が一段と素晴らしいと思うが、物語絵巻群は手が違い過ぎるので、色々と難しい。

「西京人ー西京は西京ではない、ゆえに西京は西京である。」@金沢21世紀美術館小沢剛とチェン・シャオション、ギム・ホンソックの、架空芸術国家をテーマとする日中韓コラボ展。が、個人的には高品質なユーモアが感じられず、内輪受けっぽく見えて仕舞う。コンセプチャル・アートは何年も前からもうお腹一杯で、最近は心から「感動する」アートを見たい、と熟く思う。

「開館5周年記念特別展 無−心 Mu-Shin」@鈴木大拙館:ずっと行きたかった、鈴木大拙館に滔々来館。谷口吉生建築は評判通りに素晴らしく、禅を想うにはかなり良い空間だと感心する。この秋、朝日カルチャーセンターで「海外での白隠と仙僉廚暴△い謄譽チャーをする予定なので、鈴木大拙館の体験は非常に良かった。谷口建築は知的で美しい。

「竹村京 なんか空から降ってくるよ」@Taka Ishii Gallery:糸や布、印画紙をフィーチャーした作品群を観る。3.11震災原発事故に啓発された作品群は、その後の「日々」を僕に考えさせる。嘗てニューヨークで、京さんと赤ちゃんに旦那さんの鬼頭健吾君共々お会いしたのも懐かしい。

「ブレイク前夜展」@表参道スパイラル:25人のアーティストをフィーチャーした、BSフジの番組「ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜」との連動展。僕はこの番組は観た事が無いのだが、出展作家の1人佐藤令奈の作品を以前観た事が有って、その時は美しくも複雑に描かれたクローズアップされた赤ちゃんの「肌」に凄く感動したのだが、今回出品の同シリーズ「やわらかい、あたたかい」も現代性と「体温」を持った見事な作品群だった。これからも楽しみな作家だ。


・本

横尾忠則千夜一夜日記」:実生活に於いても46年間日記を付けて居ると云う、現代美術家横尾忠則書き下ろし日記。夢日記・「病は気から」日記として読むのも面白い。


・舞台

「芸の真髄シリーズ第十回 能狂言の名人 幽玄の花」@国立劇場:内容に惹かれて行った、能楽界の人間国宝勢揃いの公演だったが、舞台セットが酷過ぎる。開け離れた舞台では囃子の音も謡も全て飛んで仕舞い、その奥の空間に置かれた「巨大盆栽」の様な「松」らしき物体も醜悪。然し舞台の「鏡板」を付けなかったという事は、囃子方が「鏡板」を利用して自分達の音を「鏡」の様に反射して聞く、と云う事も知らなかったに違い無い…これでは能は出来ない。こんな「ド素人」な演出・舞台で「芸の真髄」とは、ちゃんちゃら可笑しい。公演後出演者の方と一杯やったが、最高の芸を持つ彼等が本当に可哀想だった。

「八月納涼歌舞伎 第一部」@歌舞伎座:今回の演目は「嫗山姥(こもちやまんば)」と「権三と助十」。「嫗山姥」は扇雀橋之助、そして巳之助の三人共極めて歌舞伎らしい演技を見せ、素晴らしかった。特に扇雀扮する八重霧が身の上を語る長い一人舞、そして巳之助の立派さが良い。橋之助も秋の八代目芝翫襲名を控えて、貫禄が出て来た…秋が楽しみ。「権三…」はコミカルな近代歌舞伎作だが、此処では七之助と巳之助、そして壱太郎が際立つ。巳之助は最近かなり良く為って来て居て、将来期待が持てる。


と云う事で、8月ももう終わり…この後西海岸で数日間重要な仕事を熟した後、ニューヨークに戻る。


*お知らせ*

ー来る10月17・24・30日の3日間、渋谷アップリンクにて、僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務めた映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」が上映されます。本作は最近「インドネシア世界人権映画祭」にて受賞、各日上映後には畠山直哉國分功一郎森村泰昌の各氏と渡辺監督のトークが有ります。奮ってご来場下さい!詳しくは→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014

ー10月29日(土)15:30-17:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「海外から見た禅画・白隠と仙僉廚搬蠅気譴織譽チャーをします。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/704962b9-c35e-e518-3c8a-57a99c63c4e2

ー12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf

2016-08-23

「桃李不言 下自成蹊」、或いは惜別・坂本五郎氏。

18:36

リオ五輪が終わった。

開幕当初はバカにして居た今回の五輪だったが、卓球とバトミントンを始め何ともエキサイティングで、夏バテと寝不足を併発。

然し吉田沙保里選手を「霊長類最強女子」とはかなり失礼、と思うのは僕だけだろうか?「霊長類最強」は当然ゴリラなのだから、それを知って居て彼女をそう呼ぶのは、失礼以外の何物でも無い。

そしてその感動の多かったリオ五輪での「日本」を台無しにしたのが、ドラえもんと最後の最後でスーパーマリオに扮した我が国の首相だ。何と情けない、下らない、子供じみた演出だったのだろう(嘆)。聞けば、このマリオ森喜朗の発案だったとか…然も有らん。然も今回の「ビデオと本人」って云うアイディア、ロンドンの時の真似じゃないか?

そもそもこの「ハンドオーヴァー」は、都市としての東京の宣伝すべきモノなのだから、首相個人知名度等どうでも良いのに、このエゴ・パフォーマンスにはウンザリするしか無い…こんな調子じゃ、4年後のオープニングも、矢張り全く期待出来ません。

そんな中、一代・不世出の古美術商「不言堂」こと坂本五郎氏が亡くなった…92歳だった。

僕と坂本さんとの思い出は尽きない。そもそもは亡き父が坂本さんと交流が有り、それは1973年ロンドンサザビーズで、元時代の壺を中国陶磁器として初めて1億円以上で落札する等、中国陶磁器を専門として居た坂本さんが、翌年に同サザビーズで開催されたアンリ・ヴェヴェール浮世絵コレクション・セールに参加した頃だったらしい。

そのセールで坂本さんは、懐月堂の墨摺大々判や写楽の相撲&役者版下絵や大首絵、細判三枚続等の重要作品を購入したが、これは当時海外オークションでは当たり前だった、日本人の業者達の間で取り交わされた「談合」入札に対する反抗行為でも有ったのだ、とは生前のご本人の弁。

そんな反骨精神の有った坂本さんは、その後も浮世絵や風俗画を収集し、僕も一度上記名品を含む浮世絵版画コレクションの売り立てを任された事も有ったが、僕が大切に思う坂本さんとの思い出は、実は仕事よりも寧ろプライヴェートでの付き合い方に有る。

僕が若い頃、父と坂本さんの小田原の家に行くと、その後も僕がお邪魔する度に何時も美味しい「お汁粉」を作って呉れた優しい「お母さん」(奥様)の手料理で歓待して頂き、酒飲みの坂本さんと父は、杯を交わし続けた。その間酒が飲めない僕は、坂本さんと父との間で交わされる昔のコレクターの話や展覧会の話に耳をそば立て、必死にその「情報」を頭に入れた。

そして仕事も慣れて来た或る日、小田原の自宅の縁側に座って夕涼みをしながら、酔って顔を赤くした坂本さんは僕にこう云った。

「モノを見る眼は人を見る眼、人を見る眼はモノを見る眼だぞ!」

一流のモノだけを見て勉強する。そして一流の人とだけ付き合う。「一流」を知れば、一流に欠けている何かが有るそれ以下(二流・三流)が分かるが、二流を見続けると、一流も三流も分からなく為る。三流も等は推して知るべし…坂本さんのこの一言は、今でも僕の座右の銘で有る。

また坂本さんが最後にロンドンに行った時に、何時もの様に蝶ネクタイをし、帽子を被った坂本さんと一緒に乗ったロンドン・キャブの中で交わした会話は、こんな具合だった。

「然し坂本さん、お元気ですねぇ…」

「おい、桂屋さん、長生きの秘訣を教えてやろうか?」

「はい、是非お願いします!」

「ひとつ、自分の好きな事しかしない事!」

「成る程!」

「ふたつ、人の悪口を言う事!」

「えっ!悪口を言うんですか?」

「そうだ!然も本人の目の前でだ!」

成る程ストレスを溜めない、と云う事なのだろう。そう言われれば、僕も良く「バカ!」とか云われた物だ…今は自分の店の者以外に、そんな事を云える骨董商も居ないのでは無いか。

戦後、乾物の行商から始めた坂本さんは個性が強く、モノへもお金にも執着が強かった為、敵も多かったに違いない。然しその人間力は並外れて居て、海外オークションでの大活躍も含め、日本骨董界屈指の立志伝中の古美術商と為った。

その坂本さんが逝って仕舞った。坂本さんの事は嘗て「私の履歴書」にも書かれたし、それが単行本「ひと声千両:おどろ木桃の木」にも為ったから、僕が多くを書く必要も無いと思う。

なので、最後に一つだけ。坂本さんが、自分の店に付けた名前は「不言堂」…これは司馬遷の「李将軍列伝」で引用した、「人徳者の周りには、その人を慕って自然と人が集まって来る」と云う意味の諺、

「桃李不言 下自成蹊」(桃李ものいわざれども、下自ずからみちをなす)

から取られて居るのだが、声が大きく、ノって来ると気迫満点に饒舌に為った坂本さんとは一見イメージが異なる。

然し、この店名=号は当に坂本さんの生き方で有った。そしてそれは、現在骨董業界で重鎮として、或いは目利きとして活躍する、数多くの弟子達の存在が証明して居るのだ。

野球の世界で「名選手が名監督に為るとは限らない」と良く云われるが、骨董の世界でもまた然り。が、如何なる有名古美術店出身の骨董商の中でも、坂本さんのお弟子さん達は皆優秀且つ個性的な人が揃って居る。

嘗て骨董の世界では、「教えない」教育が当たり前だった…「盗ませる」ので有る。物言わなくとも、教えは何時も「そこ」に有る。そして時代は変わり、今はそんな「丁稚制度」を取る店も無くなったが、その精神だけは僕らの世代が後代に残して行かねば為らない。

坂本さん、大変お世話になりました。そして、本当に有難うございました。

「お母さん」と一緒に、どうぞゆっくりとお休み下さい。


*お知らせ*

ー来る10月17、24、30日の3日間、渋谷アップリンクにて、僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務めた映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」が上映されます。本作は最近「インドネシア世界人権映画祭」にて受賞、各日上映後には畠山直哉國分功一郎森村泰昌の各氏と渡辺監督のトークが有ります。奮ってご来場下さい!詳しくは→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014

ー10月29日(土)15:30-17:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「海外から見た禅画・白隠と仙僉廚搬蠅気譴織譽チャーをします。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/704962b9-c35e-e518-3c8a-57a99c63c4e2

ー12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf

2016-08-15

イマドキ高校生との「初体験」。

13:20

いやはや日本は暑スグル…そしてその日本でもかなり暑い京都で、若者達と或る「初体験」をして来た。

それは、来年から某美大に開設される新コースの「AO入試」での事。

入試」と云っても受験したのでは勿論無くて、来年からこのコースで客員教員として教える僕は、試験の立会いと審査、そして講義レクチャーをしたのたが、この「入試」の内容が、何と2日間で「『茶杓』を造る」事…そして僕も高校3年生達と一緒に茶杓作りを初体験して来たのだった。

現代美術家でも有る学科長肝入りのこのコース理念は、能楽茶道、立花等の室町時代に生まれた日本伝統文化の充分な理解を礎とし、その強固な礎を持った上で海外へ羽撃く人材を育てる事。そこで僕の様な者も呼ばれた訳だが、今回の入試はオープン・キャンパス等でその高ハードルな理念と講義内容を十二分に理解した学生が集まった、非常にレヴェルの高い、僕に取っては感動すら覚える物と為った。

さてその試験日初日の朝、山の斜面に在るキャンパスの最も標高の高い所に位置する「禅堂」の様な会場に、全国から集まった20名弱の高校生達(今の美大の通常の男女比より、男が多い事に吃驚)は、緊張の為か皆一言も口を利かず、下を向き、緊張感漂う雰囲気。今回の入試は「『授業形式』の『試験』」なので、学科長からの話に続き、緊張を解す為に、受験生一人一人に自己紹介と出身の「街」に就いて話して貰う。

おずおずと立ち上がり、小さい声で自己紹介をする高校生達は、僕の目には全くイマドキで内向的な子達で、正直「大丈夫かな?」と危惧した程だった。そんな中、生まれて初めてナイフを持ったと云う子も多かったが、いざ茶杓師の先生からインストラクションを受けると、受験生達は戸惑いながらも黙々と作業を始めた。

先ずは竹を選び、筒を切り出す。次に茶杓用に切られた節の付いた竹を選び、印を付け、アルコールランプで炙り、水の中で曲げる。曲げた竹をタコ糸で固定し、翌日迄乾かす。

その間、本来は茶杓を作ってからそのサイズに合わせて筒を作るのだが、今回は時間の関係で茶杓を乾かして居る間に筒を作る事にする。筒を削り、その筒の口に合う様に、そして緩過ぎず硬過ぎない様に、筒蓋を角材から切り出して造る…これが案外難しく、何度も失敗する学生も出て来た。

夕方は休憩を兼ねて茶室に移動し、僕が海外での日本美術の評価や、ニューヨークアート・マーケットの話を1時間程する。この新コース理念は上に記したが、此処で補足すると、日本の美大生の日本での就職は将来益々厳しく為り、それはアーティストもキュレーターも、ディーラーも恐らくは同じ状況に直面すると思われる。

と云う事は、卒業直前に慌てない様に「外国へ出る準備」を事前にしよう、と云うコンセプトが必須と為る。そこで先ずアート・タームを含んだ英語をキチンと勉強し、オークションを含めた海外のアート・マーケットの仕組みを学び、外国での日本美術工芸の高評価を学ぶ…そうして海外に出た時こそ、室町文化を中心とした日本伝統文化の正しい知識が役立つと、我々は信じて居るのだ。

これは僕の経験からも確かで、ロンドンニューヨークに居ると、外国人の誰一人として僕にルノワールやウォーホルの事なんか聞かない…そう、彼らが僕に聞きたいのは禅や茶道、能、天、水墨画なのだから。「真の国際人」とは「自国の文化を、海外の人に正しく伝える事の出来る人」の事を云うので有る。

そんな話をすると彼等の目は輝き、英語の学び方や海外でのアート系就職状況に就ての質問が出て、最近良く云われる「外に出たくない」「内向き」の学生ばかりでは無い事を教えられた。

1日目はそうしてレポートを提出して終わり、2日目を迎えた。

2日目に為ると、愈々茶杓を削る…そして初日殆ど話さなかった受験生達の顔は明るく前を向き、お互いに言葉を交わし、作品を見せ合い、意見を交換し、教え合い始め、謂わば「工房」の様相を呈し始めた。これには教師陣も吃驚し、午後にそろそろ茶杓が出来、筒に銘と自分の名前を入れる頃に為ると、この受験方式が正しかったと自信を持ち始めた位だ。

そして銘を入れサインをした、高校生達に取って謂わば「最初の作品」が出来上がると、合評の為に皆で茶室に移動し、車座に座る。その後一人一人が床の間の前に出て来て座り、銘の由来と制作上何が一番難しかったかを皆の前で話し、その後教師陣が茶杓評価をする。

受験生達が造った茶杓と銘は、皆「規定の中」で生まれる個性が出て居て、大変面白い…「自由」とは規制の中でこそ、その概念が生まれると云う事を再認識したが、それに付けても、細部の問題は有れども、全作品誠に良く出来ている。

それに引き換え僕の茶杓銘「邪子」は、節が余りに立派だった為にそれを残して生かした「ジャコ」メッティの彫刻の様な形状から名付けたのだが、作者同様文字通り天邪鬼で作意タップリ、高校生達の素直な作品とは比べらくもないモノに為って仕舞ったのだ…オトナってやーね(涙)。

合評が終わると、教師陣からのサプライズ企画…自分で造った茶杓を使って茶を点て、「隣の人に飲ませる」。これを受験生達に遣らせてみると、自作茶杓で茶が掬えた時の喜び、そして他人の為に自分の造った道具が役立った悦びに、顔を輝かせた!

受験が終わり、三々五々別れを惜しんで帰って行く受験生達…中には、手を10か所以上も切って仕舞った子や、茶杓が筒に入らなかった子も居たが、モノ作りの醍醐味を知った後、初日の朝の様な暗い顔をして帰った子は、誰一人居なかった。

イマドキの高校生は、大人が本気で向かって行けば、本気で返してくる。ナメて掛かれば、ナメ返して来る。

オトナな僕がイマドキ高校生から大いに学ばせて貰った、茶杓作りと受験立会いの「初体験」でした。


*お知らせ*

2016年12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf

ymichisymichis 2016/08/15 20:40 とても興味深い試験でした。どちらの美大か興味深々です。新設の学科では茶道や能なども科目としてあるのかなと思っています。

孫一孫一 2016/08/15 22:33 ymichis様、ご無沙汰致して居ります。ご想像の通り、このコースには能・茶道・立花・禅等がフィーチャーされて居ます。ご参考迄→http://www.kyoto-art.ac.jp/art/department/finearts/base/。

マサマサ 2016/08/18 15:49 マゴさん お久しぶりです。なるほど、イマドキ高校生ですか。
茶杓を造るのは僕らでも難しいでしょうが、高校生が右往左往しながら
造るのは良い経験となったでしょうね。まさに日本を学ぶ・・・ですね。

孫一孫一 2016/08/18 22:48 マサさん、ご無沙汰です!茶杓作りは僕に取っても大層難しかったですが、受験生がモノづくりの楽しさを一生感じてくれたら、と思います!

2016-08-04

バースデー周辺動向。

22:45

7月24日(日)

23:00 NH103便で来日後、神田明神にお参りし、漸く東京の自宅に着く。余りの涼しさに吃驚。この月3度目のNY〜成田線搭乗だったので、機内で観る物が無く、仕方無くビデオ・プログラムに入って居た「天皇の料理番」を観たら、これが存外面白く、3話迄観て仕舞う。佐藤健黒木華が中々良いが、特に黒木の目の演技が泣かせる。


7月25日(月)

6:00 時差ボケらしく起床。青汁シェイクを飲みながら、読み掛けの澤田瞳子著「若冲」を読む。

11:00 友人と原宿の「B」でブランチ。お目当のパンケーキやサラダに舌鼓。その後銀座に出て、コバヤシ画廊で開催中の「村上早展」を観る。メルヘンぽい版画作品だが、画題は残酷で、一寸ケントリッジを思わせる作風。

14:30 丸ビルで審査中の「Art Award Tokyo Marunouchi 2016」を見学し、小山さん等に会う。

20:30 ビルボード・ライブ東京に向かい、友人と食事をしながらロバート・グラスパー・エクスペリメントを観る。グラスパーは見る度に太って居る様に思えるが、すっかりリバウンドした僕も、恐らくそう見えて居るに相違ない(涙)。演奏は可も無く不可も無く…アンコールも遣らない程。


7月26日(火)

9:00 観世宗家のNY公演に就て、新聞社からの電話インタビューを受ける。

11:00 ミヅマ・アートギャラリーで開催中の「会田誠展 はかない事を夢もうでないか、そうして、事物の美しい愚かさについて思いめぐらそうではないか。」を観る。弁当容器に、カラフルな絵の具を便の様に盛った新作群は、今迄の会田誠とは乖離

12:00 母と紀尾井町の「R」でランチ。鮎を頂く。

14:00 若宗匠から強く勧められた、日本橋三越での「七代加藤幸兵衛・加藤亮太郎父子展」の最終日に駆け込み、亮太郎氏にお話を聞きながら、天遊卓でお茶も頂く。桃山の雰囲気抜群な引出し黒や黄瀬戸を拝見したが、個人的には「椿手」に興味津々。

17:00 ワタリウム美術館で開催中の「没後10年ナムジュン・パイク2020年笑っているのは誰?+?=⁇」を観る。かなり気合の入った展示を浩一氏に案内して頂き、共同キュレーションの渡辺真也君にも会う。後期は秋との事…然し、ナムジュンの作品は今見ても全然古く無く、それは当時の彼の作品が、少なくとも20年先を行って居たからなのだろう。

19:00 青山「D」で友人と食事季節感たっぷりの、美味過ぎるシシリアンを堪能。


7月27日(水)

9:00 定期健康診断。嗚呼、我がコレステロールの値や如何に…?

12:00 顧客と銀座「G」でランチ。旨過ぎるパリソワとハンバーグ、洋梨のシャルロットを頂く。

15:00 突然ブッ壊れた冷蔵庫を買いに、家電量販店へ。聞くとデリバリー迄3日掛かると云う…然し、真夏の冷蔵庫の故障程、困る事は無い。

16:00 渋谷東急横、「アツコバルー」で開催中の「『神は局部に宿る』都築響一presentsエロトピア・ジャパン」を観る。が、その観覧中に酷い痛みを伴う座骨神経痛が発症し、一時エロエロな展示会場で全く動けなくなる。エロな会場で顔を歪め、脂汗を流して立ち尽くす50男…こっちの方が恥ずかし過ぎる。

19:00 余りの痛さの為上手く歩けない侭、必死の思いで帰宅するが、この晩楽しみにしていた茶人とクラシックギタリストとのディナー@「M」をキャンセルせざるを得ず、ふて寝する(涙)。


7月28日(木)

13:00 痛み止めを飲みながら、某顧客の所で韓国美術の査定。

14:30 その後有名古美術店で話をするが、その後1日使い物にならず。


7月29日(金)

10:00 座骨神経痛の痛みが和らぎ、お墓参りへ…53迄「生かせて呉れた」ご先祖様に感謝する。

11:30 住民票の有る市役所へ行き、都知事選の事前投票。入れたのは予想得票トップ3以外の候補だったが、どうせ「極右女史」が勝つんだろう…が、過去に財政破綻させた、自民ドップリの地方知事よりはマシかも知れない。

17:30 森美術館「宇宙と芸術展:かぐや姫ダ・ヴィンチ、チームラボ」のオープニング・レセプションへ…担当した椿女史に何とかお祝いを告げる事が出来たが、余りに多くの人と話をした為、異常に疲れる。展覧会はもう一度観ねば為らない。

19:00 森美会場で会った代官山のベルナール親娘と、三田から移転した沖縄料理店「A」で食事。此処は味は美味いのだが、店員が「ウチは沖縄料理点店では無く、日本料理です」と言い張るのが意味不明…一体何故だ?

24:00 53歳になる。目出度いような、目出度く無い様な。


7月30日(土)

12:30 現在はやんごとなき方のお世話をされて居る方や、引退後バリ島生活を経て悠々自適な方等の、クリスティーズ・ジャパンOG達と会食。女4対男1の会食は、嘗て僕がジャパン・オフィスに勤めて居た頃を思い出させたが、年取った所為か昔程怖くは無かった(笑)。

15:00 Maho Kubota Galleryで、NYの友人安部典子さんの展覧会「日々変容するカッティングの連続」の最終日を駆け込み鑑賞。小品から大作インスタレーション迄、見所満載だった。

19:00 アーティストの友人と銀座の「T」で、寿司を摘む。誕生日は寿司に限る。


7月31日(日)

14:30 国立能楽堂で開催された、「第22回能楽座自主公演 観世豊純・曽和博朗・宝生閑 偲ぶ会」を観る。この日の朝出た新聞(→http://www.sankei.com/entertainments/news/160731/ent1607310015-n1.html)で、僕の名前を見つけた数人に声掛けられ、恐縮。公演の方は梅若玄祥師の舞囃子西行桜」から始まり、宝生欣弥師の謡「摂待」、茂山千五郎師の独吟「細雪」、野村万作師の小舞「祐膳」、片山九郎右衛門師の仕舞「野守」、塩津哲生師の舞囃子頼政」、野村萬師の狂言「八句連歌」を経て、お能は大槻文蔵師と観世銕之丞師の「天鼓」。玄祥師が実に素晴らしかった。

18:30 お能に一緒に行った友人と2日連続の寿司を「K」に食べに行き、板さん達にいぢめられながらも結構頂いて仕舞う…僕ってMかも(笑)。


8月1日(月)

10:00 新品冷蔵庫到来。新しい電化製品(特に白物)とは、何と清々しい物なのだろう!

12:00 某アーティストと弟の店「神田いるさ」でランチ。弟と僕が余りに似て居ないので、ビックリされる。

14:00 在某有名コレクションを一括して買いたい顧客との打ち合わせ。大きい仕事は一筋縄では行かない…が、遣り甲斐は有る。


8月2日(火)

4:30 死に物狂いで起床し、6:00発ののぞみ1号で大阪へ。

9:00 某クライアントの所で、来年3月にNYでオークションに掛ける作品の集荷。良い作品は何度見ても興奮する物だ。

16:30 京都に移動し、顧客と打ち合わせの後、木屋町の行き着け「H」でディナー。相方を亡くした親父さんが元気だったので、安心しながら鱧や鮎、目板鰈や丸雑炊等に舌鼓を打つ。

21:00 この日は自分へのバースデー・プレゼントとして、自腹で一泊だけリッツ・カールトンに泊まってみる。中々素晴らしいホテルだったが、価格がかなり高いのと、翌朝のチェックアウト時にフロントに1人しか居らず、長々と待たされた事が難。それと何度も英語で話しかけられたのが、不可解極まり無い想い…ん、不可解じゃ無いか?(笑)


8月3日(水)

9:00 朝から高台寺を散策…傘亭や時雨亭を久々に訪れる。その後は祇園に戻り、夏の風物詩「K」の葛切を頂く。

12:00 某重要人物との食事の為、南禅寺料亭「H」へ。懐石コースは相変わらず美味しかったのだが、隣の部屋の客の携帯がメッセージが来る度に大きな着信音がし、興醒め。厠に行く際、その部屋の戸が開いて居たのでチラ見すると、短パン姿の中国人らしき客が携帯操作に夢中…これだけ老舗の料亭なのだから、昼とはいえドレス・コードやマナー・コードを設けるべきでは無いか?例えば、僕の知って居るロンドンのホテル・リッツは、(今は違うかも知れないが…)有名ロック・ミュージシャンにもロビーでのジーンズ姿を許可しない。またオリエント急行内でのドレス・コードは、パンフレットに「当オリエント・エクスプレスは、お客様に大業なお願いは致しません…ディナー時にはジャケットだけご着用下さい」と有っても、実際乗ってみると、ディナー時の男性客は全員タキシード+ブラックタイなのだ。「老舗」とはそう云う所なのでは無いだろうか?何でも平等にするのが文化では無い。

15:00 在京都の某大学で、アーティストの学科長と来年の講座の打ち合わせ。新入生を教えると云う新しい体験に、今から胸躍る。

18:30 和食に飽きたので、祇園近くの鱶鰭店「P」で、黒酢酢豚や鱶鰭麺、黒担々麺杏仁豆腐等を頂く。が、メニューを見ると、大好きだった「冷やし担々麺」が何時の間にか消えて無くなって居て、大ショック。厨房の謎の中国人っぽいオジサン(日本人だけど:笑)に聞いたら、「止めちゃったんですよ…でも云って呉れれば、作りますよ」との事。おいおい、何だよ…でも超嬉しい(笑)。


そして未だ僕は京都…暑い夏は続く。


*お知らせ*

2016年12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf

2016-07-28

ヴァイオリンと金魚、そして「タカラヅカ」。

16:10

ドナルド・トランプが大統領候補者に正式に指名された、共和党大会をテレビで観た。

そのトランプ本人は相変わらずだったが、一寸驚いたのが、トランプに何処と無く貫禄が出て来た事と、彼の38歳と云う息子のカッコ良さだ。後で母親のスピーチ盗作疑惑に関してのコメントを聞いても、中々ハッキリして居る頭の良さそうな長身のハンサム・ガイだったので、「本当にあの男の息子か?」と疑った程だ。

この共和党大会では反トランプ派が騒ぎを起こしたりもしたが、僕には却ってトランプ・ファミリーの結束が最も印象に残ったし、息子の「父は此処まで来る迄、党内でも相当の抵抗を受けて闘って来たけれど、父が今この立場に為った事を誇りに思う」と云うインタビューでの答えは、国民監視下での1年以上の長期間に及ぶ碌な政策論議ディベート、況してや国民に拠る直接選挙も無く、党内の予備選ですら一回で勝てなくてもアッと云う間に首相に為って仕舞う、何処かの国の総理大臣に聞かせてやりたい。

如何なトランプとは云え、こう云う処からアメリカ大統領候補としての期待や尊敬が集まって来るのだが、より重要なのは本人にその自覚が出て来て、その自覚が「人」を創って行く事だ…如何なトランプでも、で有る。

対する民主党大会では、サンダースの支持者達が反乱を起こし、これは共和党での反トランプ派より或る意味強力な反対活動で、ヒラリーの行く末が思われる。そして最新の支持率では、トランプがヒラリーを引き離して居る…大統領選挙まで後4ヶ月だ。

さて本題。「リンカーン・センター・フェスティヴァル」での観世宗家に拠る能公演は終わったが、先週はまた日本がらみのアートを3つばかり体験してきた…先ずは、Midori五嶋みどり)のヴァイオリン・ソロ・リサイタル@Onishi Gallery。

大西さんからのご招待を受けチェルシーに向かい、午後3時から始まったこのコンサート…グァルネリを操るMidoriに拠るバッハ作品、ソナタ2曲とパルティータを聴く。すっかり大人に為った(失礼!然し資料に拠るとMidoriさんは40代らしく、子供の時から活躍して居るので、年齢不詳な感じがする)Midoriさんの演奏は、最初こそ硬い感じがした物の、徐々に柔らかみと豊かさを増し、最後の「パルティータ第2番 ハ短調」は本当に美しく、鳥肌が立つ程。素晴らしい午後のひと時だった。

そして2つ目は、ジャパン・ソサエティ主催の日本映画祭「Japan Cuts」。

お能を観る間隙を縫って僕が観れた作品は、「蜜のあわれ(Bitter Honey)」と「恋人たち(Three Stories of Love)」の2本だけだったが、機内で観た「モヒカン故郷に帰る(Mohican Comes Home)」を加えれば、今回の参加作品中計3本と云う事に為る。

先ず「モヒカン…」は、沖田修一監督・松田龍平主演のコメディで、何処か山田洋次の匂いがするサッパリしてほのぼのした作品。主演の松田も、今回の映画祭のオープニングの為にNYに来た前田敦子も悪く無いが、癌に冒される父親役の柄本明が大変宜しい。個人的にウケたのは、松田の所属するデスメタル・バンドの名が「断末魔」だった事と、その曲名が「死に方色々」だった事…売れないバンドに如何にも有りそうで、笑える(笑)。

恋人たち」は橋口亮輔監督作品で有る事と、本作がブルーリボン監督賞毎日映画コンクールの日本映画大賞、キネマ旬報日本映画第1位と云った各賞を受賞して居た事で、少々期待が大き過ぎたのか、正直イマイチ…結局この映画は主演の新人俳優の為みたいな物で、残念ながら全体的に少々底が浅い感が否めない。

それは各話のバック・グラウンドが意外に短絡的な事と(浮気妻の相手が実はヤク中だったり、主人公の先輩のリリー・フランキーの役処等)、オチが詰まらない事(前の晩に久し振りに笑った主人公が、仕事場で有る船上で希望を思わせる「光」を見る、或いは浮気妻が元サヤに収まる)に因るのだが、例えば妻を通り魔に殺された主人公の「職業」や、彼の上司で有る片腕の無い男の設定や演技、浮気をする主婦役の女優の演技にも光る物が有ったが故に、残念。

と云う事で、これ等3作品の内僕に取って最も面白かったのは、石井岳龍(聡互)監督作品「蜜のあわれ」で有った!

1959年に発表された、会話のみで構成された室生犀星の原作を映像化した本作は、自身と思われる作家や「赤子」と云う名前で擬人化された金魚、幽霊、そして芥川龍之介迄が登場する、一種独特なエロティシズムとコミカルさを感じる作品。彼等を大杉蓮、二階堂ふみ真木よう子等が演じるのだが、これが結構上手い配役でハマッて居て、肝心要の時代的「会話」のテンポが中々良い事も有って、観た後何処と無く清々しい。

犀星と芥川は同年代で(犀星が3歳年上)、彼等の付き合いは昭和2(1927)年に芥川自死の前日に犀星を訪ねた程深かった訳だが、彼等の登場するこの映画の時代設定を見ていて思い出したのが、この秋草月ホールの改装前の最終公演と為る、現代美術家杉本博司の構成・演出・美術に拠る舞台劇「肉声」だ。

この「肉声」は、1930年コメディ・フランセーズで初演されたジャン・コクトー戯曲「声」をベースにした物だが、然し「肉声」の舞台は1940年の夏。「蜜のあわれ」よりは数年遅い時代設定だが、この「肉声」の脚本が作家平野啓一郎に拠って書かれ、音楽はヴァイオリニスト庄司紗矢香、主演に寺島しのぶと云う豪華スタッフ&キャストで有るが故に、「濃密でデカダンな愛」の舞台と為る事は必然。

そもそもコクトーの「電話」会話劇を「三島(由紀夫)風」に、と云う杉本の狙いが、平野に因って如何に実現されるか、また杉本の考える日米開戦前夜の(「世界遺産」なんて全くどうでも良い)コルビジェモダニズム妾宅で交わされる、男女の美と欲望の会話が一体どの様な物なのか…今から楽しみ過ぎて、夜も眠れない(笑)。

そして3つ目…それは「リンカーン・センター・フェスティヴァル」に日本から招聘された、もう1つの舞台。出演者全員が男で、女の役も全て男が演じる芸術「能」公演の翌週に開催されたのは、出演者全員が女性で、男役も全て女が演じると云う、能とは真逆な「モノ・セックス・シアター」だ…そう僕にも、一緒に行った写真家の友人にも初体験と為った「TAKARAZUKA」で有る!

さて今「宝塚は初体験」と書いたが、僕に取って「宝塚歌劇団公演」は初めてでも、「タカラジェンヌ」は実は初めてでは無い(笑)…それは今を然る事15年前、「9・11」の日の事。僕の人生で決して忘れる事の出来ないこの日に、不思議なご縁で出会った宙組所属の2人のタカラジェンヌ関しては、拙ダイアリー「私にとっての『9・11』前後編」を参照頂きたい。お2人ともお元気だろうか?

閑話休題…が、良く聞くと、この「宝塚=Chicago」は歌劇団OG達で編成された「梅田芸術劇場」主宰の商業舞台で、所謂「宝塚歌劇団」とは異なるらしい。そんな話も聞きながら向かった「David H. Koch Theater」の前には、在紐育の日本人の知人友人で溢れ、日本からの追っかけらしきファンや取材メディアも来て居て、賑やか。然し、思い返せば「観世流能公演」初日には日本からのメディア等一組も来なかったのに、「宝塚」の初日には来る、と云うのが今の日本のメディア・リテラシーなのだろう。残念だが日本のアートに関するメディアのレヴェルはそんな物で、例えば現代美術の話題等は殆ど登場しないのと同じなのだ。

と、溜息を吐きつつ劇場内に入ると、客席は超満員…そして「Chicago」が始まった。元男役2人が演じるビッチーな女囚人達が主人公のこの「Chicago」、僕は此方の舞台でも映画でも観て居るので、ストーリーは知って居る…そしてその上で2時間半の公演を観た感想は、一言「『本物』が観たい」と云う事だった。

主人公2人の内、朝海ひかるの方はダンスもキレが有り、非常にセクシーで良かったし、メンバー全体の踊りの合い具合も良かった。が、もう1人の主人公役の女優さんは痩せ過ぎで、踊りにもキレが余り無く、息も切れて居た様に感じたし、これは矢張り年齢も有るのでは無いか。また、女性だけと思って居たこの舞台に何と「男性」(岡本知高)が出演して居るのも、正直ガッカリ…「TAKARAZUKA」って謳って居るのに、で有る。そしてニューヨーク・タイムズのレビューも、果たして厳しい物で有った(→http://www.nytimes.com/2016/07/22/theater/review-in-takarazukas-chicago-the-midwest-looks-a-lot-like-japan.html?_r=0)。

…が、「Chicago」が終了後に公演された所謂「宝塚」のレビュー・ショウは、「もう一度、今度は『ホンモノ』が観たい!」と思わせるに十分な、華やかで「宝塚らしい」物だったからだ。

僕みたいにバカデカく人相の悪い男が、大多数の女性に混じって宝塚劇場にちょこんと座って居るのを考えただけで緊張する自分が笑えるが、然し友人に「ヅカファン」の女性に、次回来日時に連れて行って貰おうかな?とも思う。

ヅカファンの皆さん、近々僕を日比谷の宝塚劇場で見つけても、御願いだからイヂメないで下さいね(笑)。


*お知らせ*

2016年12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf