桂屋孫一のニューヨーク・アートダイアリー

2017-02-24

娘・絵師・アート・ディレクター…その名は「お栄」。

09:59

例年に無く暖かいニューヨークに、悲しいニュースが流れて来た。鈴木清順監督が亡くなった…93歳だった。

僕に取って鈴木清順と云えば、何と云っても「ツィゴイネルワイゼン」と「陽炎座」だが、清順監督は女優もさる事ながら、原田芳雄松田優作、そして「夢二」の沢田研二等、男優の使い方が上手いと思う。

そんな鈴木清順は、大好きだった近年の「ピストル・オペラ」、そして俳優として出演した「ミロクローゼ」(拙ダイアリー:「出でよ、『熊谷ベッソン」!:『ミロクローゼ』@Japan Society」参照)が僕の記憶に残って居る最期だが、実は個人的に俳優としての鈴木清順を思い出す作品が別に有って、それは1996年の「必殺、主水死す」だ。

この「必殺!主水死す」は、ご存知TV「必殺シリーズ」全盛期の映画作品で、仕置人にはお馴染みの藤田まこと三田村邦彦中条きよし、常連の菅井きんや白木万理も出て居るのだが、さて我らが清順先生はと云うと、映画のハナから「殺害死体」役で出て来て、然もその役柄は何と「葛飾北斎」なので有る。

武家のお世継ぎ争いに巻き込まれた清順先生演じる北斎は、人探しの似顔絵を描く様に依頼された末殺されて仕舞う。そしてその犯人探しを主水に依頼するのが、今回のダイアリーの主役、美保純演ずる処の北斎の娘「お栄」なのだ!

さて今回僕がこのお栄を取り上げた理由は実はこの他にも有って、それは今偶々読んで居る小説、朝日まかて著「眩(くらら)」の主人公もお栄、最近久し振りにDVDで観た新藤兼人監督作品の「北斎漫画」でも、大好きな田中裕子がお栄を演じて居たからだ。

この「北斎漫画」でのお栄は、北斎の娘以外にも北斎作品の「アート・ディレクター」役割を果たしても居るし、恋女房的存在でも有る。また「眩」では、渓斎英泉に仄かな恋心を抱く絵師としてのお栄も描かれて居るが、そのキャラクターは男勝りで破壊的だ。

さてお栄、別名葛飾応為のはっきりとした現存作品は少なく、応為の絵画と云えば例えば太田記念美術館所蔵の「吉原格子先之図」の様に、洋風画的な「陰影」を用いたモノが有名だが、僕がキャリアの中でラッキーにも扱った2点は、或る意味お栄の性格が最も出て居る作品だったと思う。

其の内の1点は、分かって居る応為落款の有る作品としては最大のモノで、現在クリーヴランド美術館所蔵となって居る絹本著色掛幅の「関羽割臂図」。中国故事に基づいた、血に塗れ迫力溢れる本作品は、元麻布自動車が持って居た麻布美術工芸館の旧蔵品だが、とても女絵師に拠るモノとは思えない。1998年のオークションで、4万から6万ドルのエスティメイトに対して、16万7500ドルのl高値で売れた作品だ。

そしてもう1点は、父北斎の三十六景を彷彿とさせる、現在個人蔵の「竹林富士図」。まるで南国の椰子の木の様な竹林の向こうに富士が聳え立つ構図は遠近法を用いて居て、洋風画の要素が極めて強く、父親への挑戦とも受け止められる作品だと思う。この作品は10年位前にオークションに出したのだが、何故か売れなかった…買っとけば良かった(笑)。

日本近世美術史清原雪信や池玉瀾、浮世絵では山崎龍女等、文献にも出る程の女絵師は数少ない。その中でもこの応為ことお栄の存在は、大作家の娘で有り父親の作品のディレクター、そして女流絵師で有るに留まらず、「近代女性の走り」としても重要な存在なのだ。

勇敢で男勝りで、流行に早く好奇心旺盛、困苦や欠乏に平気で耐えられる、親父殿に迄サジェッションをする顎の出た娘…今で云う「肉食系女子」お栄。

大変な女性だが、魅力的でも有る(笑)。

2017-02-15

信仰と勧善懲悪、そして新しい「アイ」のかたち。

18:46

今回の日本滞在も終盤戦に入り、先週末も展覧会やコンサート、舞台鑑賞のアート・ライフも充実度を増す。

展覧会の方は東京都庭園美術館「並河靖之七宝明治七宝の誘惑ー透明な黒の感性」、原美術館エリザベスペイトン:Still life 静/生」、そしてエルメスでの「曖昧な関係」展を観覧。中でも並河七宝ペイトン展が良かった。

村田理如氏の尽力で、最近漸く日本でも大人気と為った明治七宝だが、その代表格並河靖之の展覧会は会場との親和性も手伝って、豪華の一言。七宝技術に於いて「漆黒のバックグラウンド」を初めて確立した並河の作品は、例えば墨絵と琳派と云った、ミニマルとデコラティヴの両輪を持つ日本美術の正統なる潮流の上に在る事実を、華美な装飾、余白を用いた構図やクロワゾニスム、そして伝統工芸的超絶細密技工で証明する。

一方ペイトンは、現代具象美術作家の中でも僕が最も好きな作家の1人で、それは彼女の描くポートレイトが「イラストレーション」の方向へ倒れ込みそうに見えても、確りと「アート」に踏み止まって居るからだ。

今回の展示での発見は、ペイトン技法…板をキャンバスに貼り、それに油彩で描いて居るが、側面に垂れた絵具を敢えて拭わず、画面の平面性に対して作品としての立体感を持たせる工夫がされて居て、作家の「手」をも感じる事が出来る、良い展覧会だった。

またアートの合間には、銀座山野楽器で開催された、友人のクラシックギタリスト益田正洋君とリコーダー奏者のミニ・コンサートへ。益田君のラテンの血が騒がせるピアソラ等の曲を楽しんだが、個人的にはリコーダーの音色がどうしても好きに為れず….何故なんだろう?

で、此処からが本題。今日は最近体験したシネマ&ステージの事を…先ずはスコセッシの新作、遠藤周作原作の話題作「沈黙」で有る。

中学生だったかと思うが、未だカトリック系の男子付属校に通って居た頃、僕はこの「沈黙」を読んだ。そして大きな共感と感動を得たのを覚えて居るが、今回の映画化には監督がスコセッシだと云う事も手伝って(僕は僕は個人的に、スコセッシを買って居ないのだ…)、ニューヨークで本作の予告編やTVCMを観ても、ずっと「?」マークが消えなかった。

が、豈図らんや、スコセッシ版「沈黙」は中々良く出来て居て、それは特に主演のアンドリュー・ガーフィールドとアダム・ドライバーの演技に因ると思うが、長時間尺にも関わらず全く飽きず、観て居る無信仰の僕ですら、何度も何度も踏絵を強要され、棄教を迫られて居る気がした程だった。「信仰」の意味を深く考えさせられる、必見作品で有る。

そしてステージ1つ目は、六本木歌舞伎第二弾の「座頭市」。何時もはジャニーズが公演をしていると云う「Ex Theater Roppongi」で開催された、海老蔵寺島しのぶ主演の新時代歌舞伎だが、今回は脚本リリー・フランキー演出三池崇史と云う豪華版。

三池の映画版「座頭市はたけしの好演も有って、良く出来た勧善懲悪作品として好きだったので、期待して行ったのだが、不安だったのは海老蔵の演技…然し今回の海老蔵は最近の歌舞伎座での彼とは異なり、活き活きとして居て、此処何年でも最高の演技だったと思う。海老蔵は古典よりも、こう云った舞台の方が性に合って居るのだろう。

また観客席からも「音羽屋!」との掛け声が掛かって居た、その血を引く寺島しのぶも流石の熱演で、本作も彼女が演じた2役を寺島で無い女優が演じたならば、僕の嫌いな、何時も通りの陳腐極まり無い所謂「ニュー歌舞伎」に為って仕舞って居ただろう。その意味でこの「座頭市」は、僕に取っては今迄でも唯一許せる「ニュー歌舞伎」と為ったので有る。

そして今回の大トリは、現代美術家杉本博司新作能「利休ー江之浦」@MOA美術館能楽堂。今回は、現在T大大学院で能と庭を研究している若き友人R君と東京駅で待ち合わせをし、観光客で満員の新幹線に乗って、いざ出陣。

美術館館長や大コレクター達、アートディーラーやアーティスト、はたまた首相経験者迄で超満員の能楽堂で始まった「利休ー江之浦」は、杉本博司企画・監修、馬場あき子作、浅見真州演出亀井広忠囃子作調、千宗屋茶の湯監修、と云う最強スタッフ、そしてシテ利休の霊を浅見真州、ツレ細川忠興観世銕之丞、アイに石田幸雄と千宗屋と云った豪華キャストで始まった。

秀吉小田原攻めで著名な「天正庵」を舞台に繰り広げられる「利休」の前半は、静かで緊張感溢れる…が、最大の見所は、 舞台に立てた木板に提げられた一重切竹花入に、老人が椿を投げ入れる場面だ。

その竹花入は杉本氏が最近入手した、利休作・宗旦極・萬野美術館旧蔵の逸品、銘「江之浦」(命銘は杉本氏)で、同じく利休が作り、古渓宗陳に贈られ、益田家に伝来した「おだはら」が今回借用出来なかったが故に、杉本氏の前に忽然と現れた「運命のモノ」で有る。

またこの「利休ー江之浦」の「間(アイ)」は、今までの能には曾て無かった演出で、それは茶人千宗屋が舞台上で実際に点前をしたからだ!間狂言の話の後、静々と現れ、敷かれた畳に座った茶人は、遠目からも明らかに良いモノと見えた水指を取り出し、粛々と点前をする…恰も利休の霊が降霊した、厳粛な瞬間だった。

これは例えば黒沢の「蜘蛛巣城」で山田五十鈴が抱える根来瓶子、或いは「利休にたずねよ」で海老蔵が点てた長次郎「万代屋黒」の様に、モノも人も「ホンモノ」が登場する緊張感に溢れた、能の「アイ」の新しい形と為ったので有る。

さて観覧後の感想はと云うと、「利休ー江之浦」はその作行の精巧さで、新作能に有りがちな睡魔にも襲われず、素頓狂な演出や謡も無く、古典能かと見間違う程の出来で有った!

敢えて欲を云えば、前場に動きが少ないのとアイでの点茶が少々長い事、後場序破急の急がそれこそ「急」過ぎるのと、序の舞を始め舞が少ない事、また最後利休の霊が幕に消えた所で終わった方が、余韻が残る気がした事位だろうか。

然しそれ等を鑑みても、この新作能は実際実に素晴らしい出来と言わざるを得ず、それは僕の半世紀の能鑑賞人生で観た数多くの如何なる新作能でも、この「利休ー江之浦」だけが唯一もう一度観たい能だからだ!

公演後は杉本氏デザインの新MOA美術館を観覧し、その後は熱海某所で開催された「利休降霊記念大カラオケ会」(笑)にて、御大と「金がない」を熱唱…草葉の陰の利休さんも、この企画にはさぞ驚いたに相違いない。

そんな「新しい『アイ』の形」を知った僕は、今機内…NYへと戻る。

タメタメ 2017/02/15 19:44 「沈黙」良かったでしょ?私も同じくスコセッシは買ってないけど、ここでのスコセッシは称賛されるべきだよね。人は自分の周囲が「暴力装置」と化したとき(それは時には極端な肉体的苦痛という形ではなく無言の圧力ということもある)自分の信じるものを捨てないでおけるものか・・・という遠藤周作センセイによる究極の問いかけをスコセッシが真摯に受け止め本当に丁寧に映像化していた。個人的にはイッセー尾形の演技が「野蛮で無知な未開人」VS「啓蒙的な殉教者」というステレオタイプの単純化された構造を排除して物語に深みを与えていたと思います。エンドクレジットまで素晴らしいのでぜひ映画館で観て欲しいよね。

孫一孫一 2017/02/15 21:34 音楽が少なかったのも、個人的には良かったなぁ。

2017-02-07

茶入「残月」の物語。

21:55

アッと云う間に、2月に為って仕舞った。

トランプは相変わらず大統領令を乱発して、特に7カ国からの入国制限で物議を醸し出して居るが、それに批判的な日本のメディアには首を傾げざるを得ない。

聞く処に拠ると、昨年度の日本への難民申請7526人の内、許可され入国したのはたったの27名だと云うから、今回のトランプ令での入国拒否人数の方が圧倒的に少ない訳だが、こう云う機会に日本の難民・移民政策を問うメディアも殆どないのが実情。

僕は「誰だって自分の土地に余所者がわんさかと入って来たら困るし、危険を感じるのは当然では無いか?だから『制限する』」と云う考えには概ね賛成するし、アメリカは歴史的にもう十分それを受け入れたとも思うので、「規制」の必要性には賛成だ。

そんな僕は、日本陶磁協会賞展やChim↑Pomの「レクチャー・パフォーマンス」を観に行ったり、はたまた某アーティストと古美術商に同伴し仏教美術作品を検分したり、或いは京都で名品を某所に借り出してポテンシャル・バイヤーに見せたりとバタバタして居たが、今日は最近体験した映画と舞台の事を。

その内の先ずは映画…来年没後100年を迎える世紀末ウィーンの画家エゴン・シーレを描いた、ディーター・ヴェルナー監督作品「エゴン・シーレ 死と乙女」で有る。

1890年ウィーン近郊で生まれ、人間的にも美術的にも早熟だったシーレは、クリムトやそのモデルのヴァリ、そして妻となるエディット等の女性達との邂逅を経て、28年の短い生涯を絵画と女に費やした。

そんなシーレが自身とヴァリを描いた大名作で、現在クリムトの「接吻」と共にベルヴェデーレ宮殿に在る「死と乙女」のそのタイトルの「由来」が、本作のテーマと為って居る。

が、結局映画作品としては大した事が無く、正直唯一その「由来」だけが発見な伝記映画だったのだが、「実力は有るが、救いの無いアーティスト」とは、ホンモノのシーレクリムトの作品と同様に、何と魅力的モノか…と再認識させられた。

もう一つ「舞台」の方はと云うと、それは歌舞伎座「猿若祭二月大歌舞伎」の夜の部。中でも取り分け「門出二人桃太郎」と、「梅ごよみ」が素晴らしかった!

「二人桃太郎」は、勘九郎の長男と次男がそれぞれ勘太郎と長三郎を襲名した記念の初舞台だが、子供達は或る意味親父よりも確りとして居て、然も超カワイイ(笑)。特に長三郎は、あんなに小さいのに一生懸命台詞も覚え、見栄も切るのだから、もう拍手喝采。染五郎の口上では、高麗屋三代が中村屋三代の「桃太郎」で共演した旨が述べられたが、こう云う処が長年の歌舞伎ファンには堪らないのだ。

また贔屓の菊之助が出た「梅ごよみ」は、辰巳芸者の恋の鞘当てがコミカルに描かれる良く出来た世話物で、昭和2年の舞台では舞台監督を永井荷風、舞台美術を鏑木清方が務めた程の人気狂言だが、今回は相変わらずの菊之助の美しさと、染五郎ちゃらんぽらん(役柄の)な上手さが際立った。

僕がこのコンビを観るのは4年前の「四谷怪談」以来だったが(拙ダイアリー:「『四谷怪談』と『七夕茶』」参照)、僕の中では既に松嶋屋大和屋コンビ位の勢いで素晴らしく、将来が本当に楽しみな立役+女形なのだ。

で、この「梅ごよみ」の中で重要な役割を果たすのが、「残月」と云う銘の茶入。

劇中、千葉半次郎(萬太郎)は主君から預かって居た畠山家の重宝茶入「残月」を盗まれて仕舞い、100日以内に見つけ出さなければ、その責任を取って切腹せねばならない。そこで半次郎に仕える染五郎演じる丹次郎が主人を助ける為に、自分に惚れて居る芸妓仇吉(菊之助)を使って「残月」奪還を図るのだが、この事からも戦国時代のみ為らず、江戸の世に為っても如何に「茶入」の価値が大きかったかが分かる。

さて、実はこの「残月」と云う唐物肩衝茶入は実在して居て、「山上宗二記」や「宗湛日記」にも記載が有るとの由。榊原家に有った頃、灰吹を某人が茶入としたと云う説も有るらしいが、何しろこの「残月」は来歴が凄くて、東山御物ー織田有楽ー前田利家徳川家康榊原康政ー榊原忠政ー京極安知ー泉屋六郎右衛門−松平不昧と伝来する。

そして数年前の「政府調達」官報に拠ると、某有名茶道具商が文化庁に数億円で売却して居るらしいから、文化財指定を受ける日も近いかも知れない。

「梅ごよみ」のラストは、丹次郎が手に入れた本物の「残月」を半次郎に渡した上で、良家のお嬢様と一緒に為る事となり、袖にされた2人の芸妓が下の「捨て台詞」を声を揃えて呟き大団円と為るのだが、僕としては茶道具が政府に買われて使われなく為ると云う時も、何処と無く彼女達と同じ気持ちに為るのだ…曰く、

「白けるねぇ…」(嘆)。

2017-01-31

「景清」と「羽衣」な1週間。

10:35

1月23日(月)

9:30 来日早々、朝から新幹線に乗って地方都市在住の個人コレクター宅に向かい、嘗て某寺に有ったとの伝承の有る襖絵を観る。結果、直しが多い物の金地は時代がきちんと有るし、何しろ来歴が良いので、プライヴェート・セールのチャンスを考える。然しこう云う機会に立ち会う度に、色々な意味で美術品と人との縁の不思議を想う。それは、普通に考えると人間が美術品を買って居る訳だから、人が美術品を選んで居る筈なのだが、実は美術品の方が人を選んで所有される、或いは出現して居るのでは無いか?と、マジに思う様な事態が実際起きるからなのだ。

15:30 社長就任祝いとして、昨年末に仲間でお金を出し合ってK氏に進呈した記念品の代金支払いの為、日本橋の老舗骨董店へ。その後聞くとあの会の評判が良いらしく、主催者としてはやった甲斐が有ったと云う物。


1月24日(火)

13:00 在米某コレクションの査定業務@東京オフィス。図録とリストを照らし合わせて、一点一点価格を付けて行く。こう云った査定の機会は、図録の解説を読み込んだり、図版とは云えかなり真剣に観るので、勉強上重要極まりない。

19:00 久し振りに友人と、六本木の中華「K」へ。此処は昔から「鳥煮込み蕎麦」が絶品で、僕が高校生の頃、この店は六本木のメイン通りに面したビルの2階に在ったのだが、今は奥に引っ込んで居る名店。小籠包等の「蒸し物」が無いのが残念だが、春巻きはサクサクしてるし、鳥煮込み蕎麦の味は相変わらず。嗚呼、高校生の頃、スクエアビル等のディスコで踊った後、輸入レコード店「ウィナーズ」でレコードを見て、夜遊びの〆に此処でこの「鳥煮込み蕎麦」を食った日々が懐かしい…若かったなぁ、オレ。


1月25日(水)

9:30 テレビで新横綱稀勢の里の昇進伝達式を観るが、隣に座った田子の浦親方夫人の可愛さに眼を奪われ続けた為に、横綱が口上で噛んだのにも気付かず(笑)。

10:30 オフィスにて、顧客持参の円山四条派の絵師に拠る枕絵を観る…うーん、色んな意味で難しい作品だ。

13:00 都内某ホテルの天麩羅店で、古美術商とランチ。3月にニューヨークで開催する、藤田美術館セールの打ち合わせをする。レクチャーやお茶会も有る3月が待ちきれない…。

15:00 麻布のフレーマーを訪ね、某作品の額装に関しての打ち合わせ。フレーミングは昔で云う「表装」なのだから、個人の趣味を反映させる事こそが主眼…楽しいに決まって居る。

16:30 夕食迄時間が有ったので、「堀部安嗣建築の居場所」を観に、ギャラリー間へ。堀部氏は僕の大好きな建築家の1人で、作品集を見る度に「嗚呼、この人の作った家に住みたい…」と何度思った事か分からない。堀部氏の作る家は「立ち去り難い家」だと云われるが、それは彼の作る家がミニマルだが暖かく、自然と融合し、北向きの窓から射す光の作り出す陰影が、美しくも優しいからに違い無い。建築家には、美術館等の「大箱」に才能を発揮する人と、個人住宅にその妙を出す人が居るが、人間と最も深く「交わる」建築は当然個人住宅なので、その「立ち去り難さ」を経験したく為るし、それを造る建築家に会いたく為る…その点は僕に取って、正に現代アートとアーティストに同じ。

19:00 青山のフレンチ「L」で某氏とディナー。此処の料理は美味なのに気取って居らず、繊細で穏やか、且つ店内のセンスも良い。そして高過ぎず、予約も取り辛く無く、シェフも必ず顔を出す…こんな店は中々無いので貴重だ。


1月26日(木)

9:00 香港の上司と電話会議。所謂昨年度の僕の「功績査定」レヴューだったのだが、運の悪い僕としては去年大仕事を取ったとは云え、ボーナスも余り期待出来ない。何故ならそれは、嘗て伝運慶作「大日如来像」(現重文)を売った年も、日本美術部としては史上最高額の売り上げを記録したのにも関わらず、そのセール直後に起きたリーマンショックの為に、昇給もへったくれも無かったからだ(涙)…が、好きな事をやれてるのだから、幸せと思わねば。

19:00 超重要顧客のお二人と、銀座の行き付け洋食店「G」で食事。が、今日の顧客達は、我々共通の知己且つ「G」の常連で有るS氏から、「これを食って来い!」との「Sスペシャル」とも云うべきメニューを携えて来たので強敵(笑)。然しその内容はコロッケや魚のカルパッチョ、蛤のチーズ焼き等流石S氏の選択で、皆美味しく、仕事の方の話も実り有る物と為りました。


1月27日(金)

16:30 「寿 新春大歌舞伎」@新橋演舞場千穐楽・夜の部を観る。この公演は、市川右近改め三代目市川右團次襲名披露と、その息子新右近が主役。僕と同い年の右團次丈は僕等が高校時代、慶応に通って居た僕の友人の友人だったので、ディスコで偶に会ったりして居たのだが、その頃から本当に良い奴だった事を覚えて居る。それから35年余、芸に精進し本当に立派な役者と為った右團次丈と、今迄観た子役中でも、最も可愛く確りとした(これは右團次さんの教育だと思う)右近君の晴れ姿観た「口上」では、時の流れを感じ涙が出そうに為る。そんな中、一番良かった狂言河竹黙阿弥作の「錣引」…右團次演ずる景清は立派だし、伏屋姫を演じた米吉も可憐、三保谷の梅玉の品の良さも含めて、悉くヨロシイ。右團次親子の今後の益々の活躍を期待したい!

21:30 久し振りに代官山の「A」でディナー。階下の店舗を手に入れ、これからクレープ・ショップを始めるKシェフも相変わらず元気で、白子のフリットやマテ貝にココット等に舌鼓を打つ。そして珠光では無いが、「食事もデザートの無きは嫌にて候」と、躊躇の末旬の苺パフェを食べて仕舞ふ…否、至福とはこの事。


1月28日(土)

11:00 最近読んで居た、吉良文男著「茶碗と日本人」を読了。気に入った茶碗で自服しながら読むには、最適の一冊。然し日本人の美意識は世界広しと雖も、独特だ。

14:00 行き付け寿司屋「K」に、今晩訪ねるO氏宅でのハウス・ウォーミング・パーティーに持って行く「太巻」を取りに行く。太巻と云えばもう直ぐ節分恵方巻の季節だが、僕の世代だと子供の頃恵方巻等と云う物は、少なくとも東京には存在しなかった…何時からこんなにメジャーに為ったんだっけ?

15:00 天王洲の寺田コンプレックス向かい、山本現代・URANO・児玉画廊Yuka Tsurunoの各ギャラリーを観るが、最近コンセプチャル・アートを観るのが辛い…年の所為か?

16:00 其の足で、寺田倉庫で開催中の「David Bowie Is Now」展を観る…が、予想に反しての大混雑で、ちょっとウンザリ。然し展示は中々面白く、コスチュームとボウイ自身が描いた絵画作品に惹かれる。特にベルリンの自宅のベッド上に飾られて居たと云う油彩作品、「三島由紀夫の肖像」は思わず「欲しい!」と心中叫んだ程で、ヘッケルを髣髴とさせるジャーマン・エクスプレッショニスト風の強い画調が唆られる。ボウイと云う人は見掛けは美しく中性的だが、中身は非常に強い人なのだろう…パンクなんだから当然か。その意味でボウイは「美とパンク」の共存と云う、僕の理想の極致とも云える。

17:00 ボウイ展の会場を出た所に有ったテラスでメールをして居たら、昨年末の「タマラン会」で司会をして貰った建築家のH君にバッタリ。そして目の前に在った、ちょっと面白そうな建築モデル・ショップは彼がやって居ると聞き、またビックリ。店内を案内して貰い、四方山話をする。

18:00 りんかい線を一駅乗り、建築家O氏の新居へと向かう。駅の改札を出て地図を見て居ると、これまた「タマラン会」に来て頂いた某美術館学芸員のHさんとバッタリと会い、2人でO氏宅を目指すが見つからず、ウロウロした結果、ハウス・ウォーミング・パーティーの主催者で有るキュレーター&映画監督のW君に迎えに来て貰う。O氏宅に着くと、もう既に人が来て居て2種類の鍋も始まり、イイ感じ。旧知の元I会の右翼思想家S氏(陛下生前退位に就て、ご意見をお聞きすれば良かった!)や舞台演出家のM氏、能・現代音楽パフォーマーのAさん、写真家Zさんを始め、公共TV局プロデューサー作曲家朝鮮大学校の若手アーティスト迄様々な人と談笑。その朝鮮大学校の女性アーティスト2人に、各々ポートフォリオを見せて貰ったが、作品は中々の力作揃い。聞けば僕が一番気に入った作品は、有名現代美術家M氏が買って行ったと云う…うーむ、もしや我々は「相目利き」なのか?(笑)


1月29日(日)

11:30 都内某ホテルの中華で、母と食事。元気そうで安心する。

13:30 食事を終え、母と水道橋の宝生能楽堂に向かい、関根祥六師改め祥雪師主催の「第四十六回 桃々会」を観る。玄関では奥様や娘さんにご挨拶を差し上げるが、番組には名前が載って居た祥雪師が、残念ながらお病気で出演されないとの事…誠に心配で有る。例えば片山幽雪師もそうだが、「雪」号は観世宗家が与える非常に重要な号なので、観世流派、また能楽界での関根師の今迄のご尽力への感謝状と云えよう。会う度に豪快に笑われて居た、祥雪師のご回復を心より祈念したい。さてお能の方はと云うと、「羽衣」の美しい連吟に続き、宗家の能「景清」。宗家の景清は非常に侘びて居ながら力強く、祥雪師への応援歌の様にも思える素晴らしい舞で、涙が出そうに為る。お能を観終わった後は、NY公演以来の宗家にご挨拶。時差ボケ対策を逆に教わるが、春に銀座にオープンする新観世能楽堂への気合も十分で、期待も膨らんだ。

16:30 母と都内某ホテルのカフェで、早い夕食…昼飯から未だ5時間も経って居ないが、母の食欲に再び安心する(笑)。


1月30日(月)

14:00 オフィスで某TV局と番組制作の打ち合わせ。うーん、この企画の実現は少々難しいか?

17:00 某人と青山「W」でお茶をするが、序でに先方はパンケーキ、此方はオレンジ・ピール入りチーズケーキを食べて仕舞ふ…「お茶も甘いもんの無きは嫌にて候」、再び(涙)。

19:00 渋谷アップリンクに向かい、長い付き合いの渡辺真也監督の処女作「Soul Odyssey-ユーラシアを探して」を観る。僕はこの作品のエクゼクティヴ・プロデューサーなのだが、劇場で観るのは初めてで、真也君のバイタリティと画像の美しさに、再度感動する。上映後はケルト文化研究家の鶴岡真弓先生と真也監督のトークだったが、少々脱線が多く残念。さて、この作品の1つの大きなテーマで有る「輪廻」は、「不死」と「時間と空間概念の転換」と云う点に深く関わるが、対談を聞いて居て思い出したのが「出雲大社」。それは、出雲大社が「黄泉の国の王」を祀って居ると云う事、注連縄を通常と逆方向に締めると云う事、或いは以前出雲出身に恐るべき透視能力を持つ巫女に聞いたのだが、出雲大社宮司が亡くなると、新宮司は前宮司の死を誰にも告げず、深夜人々が寝静まった頃、灯りを一切持たずに家の裏口から出て、神社迄全速力で走り、祈祷し終わると再び全速力で家に戻り、その間決して誰にもその姿を見られては為らず(見られると一からやり直しだそうだ)、戻った時にはもう宮司に為って居るが故に「出雲大社宮司は、決して死なない」、と云う話を思い出したからだ。肉体は必ず滅びるので、人間には「滅びない、継続的な、何か」が必要なので有る。そして「白鳥伝説」と「羽衣」の物語に見られる差異…西洋では考え辛い、「羽衣」に於ける余りにも日本的な「対価」は一考の余地が有ると思う。

22:00 映画を一緒に観たアーティストと、青山「D」で新年初ディナー。「鱈とモッツァレラフリット」や「ホワイトアスパラリゾット」、「ルッコラサラダ」、「ボッタルガ」や「牛肉のラグー」パスタ、「カプリ風チョコレートケーキ」を頂く。Iシェフも相変わらずで、「コトヨロ」ディナーを満喫しました。


奇しくも同工異曲的2種類の「景清」と「羽衣」に関わった1週間だったが、胸を去来するのは「羽衣」の「いや疑いは人間に有り、天に偽りなきものを」の謡…トランプに聞かせたいと思うのは、僕だけだろうか。

2017-01-24

酉の年の「初釜」。

08:02

ドナルド・トランプが、滔々合衆国大統領と為った。

これだけブーイングの起こった就任パレード、これだけ観衆の少ない就任式、これだけ世界各地で就任式前から起こる抗議デモも珍しいが、結局DCに来ないタイプの人達が投票したのだろうから、特にセレブ達の抗議活動に対しての「選挙をしたばかりじゃないか。君達は選挙に行かなかったのか?」とのトランプのツイートは、民主主義の鉄則に乗っ取った余りにもマトモな発言だった。

民主主義の限界を目の当たりにする話だが、かと云って既に「ツァー」(皇帝)化して居るプーチンの方が良いのか?、と云われると答えに困る…が、何度も此処で云って居る様に、何れにしても国民が自分で直接選んでの結果だと云う事自体が、我が国より真っ当で羨ましいと云う他ない。その意味でトランプは、現日本国首相より大分マシ、と云うか我慢すべき存在だと云う事だ。

TPP中止の大統領令も出されたが、さて我が国首相、大丈夫かな?

さてそんな中、選挙権の無い永住権取得者たる僕はと云うと、先ずはニューヨークでの友人達との新年会。チェルシーの「B」に集まった建築家J&K、Jの新婚妻のAちゃん、ファッション・ブランド・デザイナーのT、写真家G、ジェエリー・デザイナーのAちゃんと、乾杯と美味いイタリアンを堪能。

その後は二次会で系列の「BB」に向かい、「B」であれだけ食ったにも拘らず皆で超ウマの「メンチ」に齧り付いて居ると、ジュエリーデザイナーUと彼女のヘア・デザイナーRちゃん、そしてサウンド・クリエイターのSが登場し、再び乾杯の嵐…皆さん、今年も宜しくお願いします!

数日後、僕は重要業務の為に西海岸へ3日間の出張へと出掛けた。某コレクションに興味の有るバイヤーと共に、倉庫で作品を確認する為だ。結局、2日間に渡り200本近い掛軸を開けたり閉めたりした訳だが、掛軸の性質上これは謂わば「スクワット」をした様な物で、足腰の筋肉痛が凄く、其処は彼と無く年を感じる(涙)。

そして西海岸から、再び日本へ…然し、東海岸から西海岸に寄って日本に来ると云う旅程を、大概の人は「あぁ西海岸寄って来るんだ」とか「丁度途中だし…」とか云うのだが、それは根本的に誤り。NYー東京直行便を考えると物凄い遠回りをする訳で、時差も「−3時間」を経験した後に「+17時間」と為るので、キツイ事極まりないのだ。

そんなこんなで大時差ボケの中成田に着き、恒例の神田明神参拝を済ませて家に帰ると、ノックダウン。が、時差ボケ唯一良い点で有る早起きを利用して、翌朝僕が向かったのは千駄木…若宗匠からお誘いを受けた、武者小路千家官休庵東京道場の「初釜」で有った。

素晴らしい天候の下、僕が伺った初釜二日目の朝イチの会では、旧知の骨董数寄の邦楽家元とご一緒…こう云った席で知己が居るのは、本当に心強い。

先ず通された薄茶席では、酉年に因んで床が将軍の鳥の絵だったり、主茶碗が黒楽「飛び込み鶴」、蓋置が「エッグスタンド」だったりと軽快な感じだったが、言祝ぎ感が有って初釜らしい。また点茶をしたのがS氏で、お運びにもM氏やN氏等旧知の方が登場し、普段中々お目に掛かれ無い方々とも新年の挨拶を交わす事が出来、これも幸甚。

そして濃茶席は大広間。床には武将茶人の詠歌が掛かり、主茶碗は大振りな堅手三つ足割高台。然し最も僕の興味を惹いたのは、釜…素晴らしい味の天明釜だが、利休所持、然し話は其処で終わらず、表面に何と「利」と「易」の文字が、利休の書体で打ち出されて居る。

そんな佳き道具で美味しい濃茶を頂き、その後点心を邦楽家元と頂戴すると、これから三ヶ所掛け持ちだと云う彼と駅迄ご一緒し、時差ボケを吹っ飛ばす清々しい空気を2人で吸いながら、そして今年が良い年で有る様に祈念しながら、3月の約束をしてお別れをした。

酉年は実り多い年で、果実が成熟する年でも有ると聞く。そして酉年の守護仏は…「不動明王」!

その昔、アーティスト天明屋尚氏に自画像を頼んだ筈だったのに、暫くして出来て来たのが「ネオ不動明王」だっと云う由来を持つワタクシ、大仕事が多く為る今年も「ご縁に感謝しながら、頑張ろう!」と心を新たにした、ケッコーな酉年の初釜と相成りました。


−お知らせ−

*僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務め、「インドネシア世界人権映画祭」にて国際優秀賞とストーリー賞を受賞した映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」(→http://www.shinyawatanabe.net/soulodyssey/ja/)が、好評の為、2017年1月21・24・30日の3日間、渋谷アップリンクにてリヴァイヴァル上映されます(→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014)。奮ってご来場下さい。