桂屋孫一のニューヨーク・アートダイアリー

2016-09-24

浪速の美術館と茶碗:観覧紀行。

22:23

最近頭に来る事が2つ。

先ずはニューヨーク赴任中に金銭的不正行為でクビになった、Hと云う元民放アナウンサーブログ。「人工透析患者を殺せ」と云う内容がネットで炎上して居たので(序でに内容を取材した訳では無く、コピペとも噂も)、 僕も読んでみたのだがこれは幾ら何でも非道い。

こう云う人の存在を許し続ける日本のメディアには虫唾が走るし、殺されるべきは透析患者では無く、即刻メディアの世界で、このHの様な者こそ抹殺されるべきでは無かろうか?本当に日本人は、何故芸能メディア界に甘いのだろう?そもそもHが勤めて居た放送局が、彼が不正を働いた時にクビにせず、降格処分に留めた事自体甘過ぎるのだから、どう仕様も無い。

もう一つは、集団レイプをした東大生に執行猶予が付いた事と、退学処分にすら為って居ない事だ…ったく、此奴らが平然と街を歩き、而も我々の税金を使って居る東大生で有り続けるなんて、甘い判決も此処に極まれりではないか?どっちも全く以って堪えられん。

そんな怒り心頭の中、Asian week後のワタクシはと云うと、ニューヨークに来て居たアーティストT氏や此方在住のS氏と食事をしたり、ジャパン・ソサエティーでの川口隆夫の舞踏公演「大野一雄について」を観劇したり。

そして展覧会サーフ活動も復活…Koichi Yanagiの秋の展覧会で珍しい狩野派徒然草図」屏風を観たり、Taka Ishii Galleryで関根美夫展を観たり。久々に向かったチェルシーでは、Gagosianでリチャード・セラ、Mary Booneでの五木田智央、PaceでのMichal Rovner、Davis ZwirnerでのOscar Murilloを楽しむ。五木田作品は完売で大人気だったが、個人的にはあんなにシンプルに見える作品なのに何時も美しく、「気品」すら漂うセラの作品が大好きだ。

そんなこんなで一昨日、幾つかの重要案件の為にNY〜シカゴ成田という経路の無料航空券で来日をしたのだが、その行程はトラブル続き。が、結局は路線を変えたりして、何とか1時間の遅れで成田到着し、家に辿り着いたのは夜中の12時前。

その後粗3時間睡眠の後、僕は5時起床で朝イチの飛行機に飛び乗ると、岡山県美で始まった「浦上玉堂と春琴・秋琴 父子の芸術」展の開会式・オープニングへと向かった。

本展には「マネージメントの神様」、P.F.ドラッカー博士の日本絵画コレクション中の玉堂3点が出展されて居て、作品と共に博士の娘さんが来日して居る事で僕も駆け付けた訳だが、オープニングではドラッカー女史を始め県美の守安館長、千葉市美の河合館長や、林原美術館の長瀬代表理事東大の佐藤教授等にご挨拶頻り。

展覧会には250点を超える作品が並んで見応え充分、文人画そして箏曲に関わる趣味人たる親子の芸術を知るには十二分。現在道路のマンホールの会社を経営されて居る、玉堂末裔の浦上家の強い協力で実現したこの展覧会は、この後千葉市美に巡回する。

その後岡山を後にし、向かったのは大阪大阪では幾つかの重要ミーティングや食事を熟すが、此処でも間隙を縫って2日間で5つの美術展に行ったので、今日はその事を。

先ずは、大阪市立美術館で開催中の「デトロイト美術館展」。思い起こせば、僕がデトロイト美術館に行ったのは、もう5年も前の事(拙ダイアリー:「デトロイトの産業」参照)…その時の記憶はディエゴ・リヴェラの大壁画デトロイトの産業」に尽きる訳だが、今回の日本展では勿論壁画は来て居ないが、然し19〜20世紀ヨーロッパ絵画の名品が目白押しだ。

大阪市美の重厚な造りは、ヨーロッパ絵画に良くマッチして居て、その中でも僕が特に気に入ったのはゴーギャンゴッホの自画像、そしてジャーマン・エクスプレッショニストの作品群。決して大きくは無いが、濃密な色彩の自画像二題はそのモデルの内面を確実に映し出す、誠に素晴らしい作品だった。

2つ目の展覧会は、大阪市美から歩いて直ぐの高層ビルに在る、あべのハルカス美術館で開催中の「大妖怪展」。此方も東京展を見逃して居たので、グッタイミンだった。

出展作品は土偶から「妖怪ウォッチ」迄幅広いが、驚いたのは以前僕が扱った北斎の六曲一双の貼交屏風が離れ、何と掛軸装に為って2点のみ出品されて居た事。が、それ以外にも旧知の全生庵蔵の幽霊画、辟邪絵や六道絵等の重要絵画、抜群の摺りの北斎「百物語」等、素晴らしい作品が並んで居た。

3つ目は、中之島大阪市立東洋陶磁美術館で開催中の「朝鮮時代の水滴」展。僕は以前から個人的に李朝水滴に愛着を持って居て、それは「掌の美」的愛着だったのだが、今回の展覧を観てその愛着は数倍に増大した!

両班の必需品で有る水滴には数多の種類が有り、大きさや用途が有るのは仕事柄良く知って居た積りだったが、此処までクオリティが高く豊富な種類を観ると、その美しく時に個性的で、用の美を追求した芸術性に改めて感動する。

4つ目は、湯木美術館の「茶道具と和歌ーものがたりをまとった道具たち」。1555年に武野紹鴎が「小倉色紙」を茶室に持ち込んで以来、和歌茶の湯の縁は切っても切れない…その関係性を保って来た茶道具の展覧会で有る。

乾山や魯山人迄並ぶ中でも、矢張り僕の眼は如何しても茶碗へと向かう…茂三作「御本茶碗 歌銘時しらぬ」や柿の蔕の名碗「藤波」、アジが凄い古唐津茶碗「富士」等涎が出るモノばかり。而も「藤波」と「富士」は熟く「茶を飲みたい」と思わせる茶碗で、吉兆さんの趣味が良く出たモノでは無かろうか。矢張りショウケースの中で見るより、茶室で観たい、飲みたい茶碗で有った。

そしてラスト5館目は、藤田美術館…この藤田美術館所蔵のマッシヴな青銅器絵画を中心とした「中国美術品」の売立が、来年3月にクリスティーズニューヨークにて開催される事に為ったが、詳細は11月に発表する予定。

国内の私立美術館としては国宝・重文を最も多く所蔵する藤田美術館が、今回所蔵品売却の英断をした事は、嘗て根津美術館が所蔵する清朝時計をクリスティーズ香港で売却した時の事を思い出させる。そしてそれはこの秋クリスティーズニューヨークが開催した「メトロポリタン美術館」セールが良い例で、その理由は収蔵品の修復や新収蔵品の購入、或いは建物の建替え等の為の資金調達を目的とした所蔵品売却で有り、外国の美術館では「当たり前」の事なのだ。

今回のMETの様にこれからは日本の美術館も、例えば重複して居る作品や収蔵コンセプトに合わない作品を処分し、スリム化する事に拠って、保険額や収蔵費用を節約すると云った「実」を採る方策で活動して行かねばならないのでは、と僕は切実に感じて居るので、日本の美術館も根津・藤田両美術館の様に「意義有る『deaccession』」を慣例化して貰いたい。

さてその藤田美術館の今回の展示は「桃山から江戸へ」と題された名品展で、此処でも茶道具の名品達が並ぶが、矢張り眼が離せなくなるのは茶碗。珍しい割高台の志野茶碗「朝暘」、長次郎「まこも」や黒刷毛目の御所丸茶碗「夕陽」も良いが、何と云っても垂涎はこの二碗…則ち光悦の赤楽茶碗「文憶」と古井戸茶碗「老僧」だ!

「文憶」は鷹峯のお寺に伝来したと云うが、こんなにひしゃげた形なのにその釉薬と発色は抜群で、謂わば「乙御前」の兄妹茶碗の体。然し光悦と云う人は、こんな形でも割らずに残した所を見ると、この様な形は矢張り偶然の産物等では無く、意図的な「光悦デザイン」の結果なのでは無いか?…鷹揚とした、何とも魅力的な茶碗で有る。

そして「老僧」。僕が知って居る如何なる茶碗の中でも最も好きな一碗で、それこそ「一生に一度で良いから、このお茶碗でお茶を頂きたい!」と云う叶わぬ夢を持って居るのだが、ショウケースの中で佇むこの「老僧」に、濃茶が入って居るのを想像するだけでも涎が出るのだから、もう病気…(笑)。

この一風変わった井戸茶碗に「老僧」と銘付けた織部も凄いが、古井戸茶碗が実は大井戸茶碗よりも魅力的に思えるのは、決して僕だけでは有るまい。それは古井戸の小粒でピリッと締まった「山椒」感覚が、例えば「六地蔵」や「はつ霞」、「紅岑」等にも存在する、得も云われぬ侘びのアジを感じるからだろう。

浪速の「ウリ」は、何も食い倒れだけでは無い。文化の歴史とその財産、そしてそれを引き継ぐ数寄者と美術館が在る…そして、それを楽しまない手は無い。


−お知らせ−

*10月17・24・30日の3日間、渋谷アップリンクにて、僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務めた映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」(→http://archive.j-mediaarts.jp/festival/2014/art/works/18aj_Searching_for_Eur-Asia/)が上映されます。本作は最近「インドネシア世界人権映画祭」にて国際優秀賞とストーリー賞を受賞、各日上映後には畠山直哉國分功一郎森村泰昌の各氏と渡辺監督のトークが有ります。奮ってご来場下さい!詳しくは→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014

*10月29日(土)15:30-17:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「海外から見た禅画・白隠と仙僉廚搬蠅気譴織譽チャーをします。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/704962b9-c35e-e518-3c8a-57a99c63c4e2

*12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf

2016-09-16

貴方は「12億円のお茶碗」で、お茶が飲めますか?

10:49

風邪は少し良く為って来た物の、咳は未だ出るし、遂には久し振りに結膜炎に為って仕舞った…。

なので、医者の命令で結膜炎を同僚に移さない様に数日家から出れず、当然気力も無く、ふと見始めた「LIFE〜人生に捧げるコント」の動画にハマる。

然し内村光良と云う人の才能はスゴい…昔の番組で云えば「夢で逢えたら」が大好きだったが、彼のコントに於ける社会風刺精神や不条理性は健在で、その演技力も含めて相当頭が良い人なんだろうと思う。序でに田中直樹西田尚美塚地武雅星野源ムロツヨシ臼田あさ美石橋杏奈の出演者全員が、個性的で芸達者と来ている。

その「LIFE」の中でも特に僕が好きなキャラ・コントは、田中演ずる「ゲスニック西条」や、名コメディアン塚地の「キスの上手いだけの男」なのだが、特に「キスの…」は塚地と美しき石橋が最高の演技を見せ、「人には何かしら取り柄が有る物だ」と勇気付けられたりもする(笑)。

そして気が付けば、あれからから15年…この間の日曜日は、何と15回目と為る「9.11」で有った。

記憶の風化は時間と比例し、時の速さだけが毎年印象を強める。が、実際当日テレビで放映された映画「United 93」を観たりすると、「あの日」が突然記憶に甦る(→拙ダイアリー「私のとっての『9・11』」前後篇参照)。そして「1WTC」は建設されたが、未だテロは根絶出来ない…それは他人の思想を操るのは、至難の技だと云う事の証明に他ならない。

そんな中、秋の「Asian Art Week」が始まった…今回のクリスティーズの目玉は、メトロポリタン美術館収蔵の中国美術品のセールと、個人コレクターから出品された中国陶磁器のコレクション・セールだ。

「臨宇山人珍蔵」と題されたこのコレクション・セールは、越洲窯・耀州窯・定窯・建窯・吉州窯・磁州窯・龍泉窯・鈞窯等の「日本人好み」な宋磁を中心とした物で、第1回目の売り立ては香港で開催されたのだが、2回目の今回はその舞台をニューヨークへと移した。出品総数は28点、その中でエスティメイト(落札予想価格)が最も高く付いた作品は、建窯「油滴天目茶碗」で有る。

さて、この黒田家・安宅家伝来の「油滴天目」は1935年に指定された「旧重要美術品」で、今回のオークション出品に際しその指定を解除された訳だが、「今は存在しない『指定』を解除する」と云うのも変な話だ。

その天目茶碗のエスティメイトは、150万−200万ドル(約1億5300万円ー2億4千万円)…が、下馬評通りの激しい競りの末、何と1170万1000ドル(約11億9300万円)で落札されたのだった!(→http://www.christies.com/lotfinder/lot/the-kuroda-family-yuteki-tenmoku-a-6019217-details.aspx?from=salesummery&intobjectid=6019217&sid=23f02f4d-d343-4c1c-85b4-8e8c78fc8600

そしてこの「臨宇山人」セールは1点を除き完売、総額1840万6千ドル(約18億4600万円)と云う驚異の売り上げを記録したのだが、もう1つ驚いたのはセール会場の活発だった事。

これは前回の香港のセールとは誠に対照的で、流石「アートの中心」ニューヨークならではの結果だし、逆に中国人バイヤーに取っては母国から遠いが故に、「買い戻し感」が強く働いたのかも知れない。また香港はその独立性を失いつつ有って、日に日に「中国」化して行って居る訳だから、ニューヨークヨーロッパで買い求めた作品を香港中国には持って帰らずに、例えばシンガポール等にストアして置く中国人顧客も増えてい居る、との噂も有る。

が、今回のセールの成功の最も重要なファクターは、日本ブランド的コレクションが持つ「来歴」の信頼性と、100%完売したメトロポリタン美術館セールとの相互作用で、顧客達も安心してビッド出来たのでは無いか…やはり「来歴」は重要なのだ。

そして今回のニューヨーク中国美術セールの大成功は大きく(明日も未だ有るが)、それは何故なら僕が深く係わった日本の某美術館の中国美術品の売り立てを、来年3月に此処ニューヨークで開催するから(プレス・レリースは近日発表)。

このセールに関しては追って詳しく此処に記すと思うが、多分日本の美術館が外国のオークションで売却するセールとしては、史上最も金額の大きいオークションに為ると思う…乞うご期待です!

そんなこんなで、今日セール会場で「油滴天目」が恐らくは茶道具史上最高価格(公開された金額として)の約12億円で売れたのを目の当たりにした僕は、セール直後に会場から起きた万雷の拍手に参加しながらも、ふと可笑しな事を考えていたのだが、それは「12億円の茶碗で、お茶が飲めるか?」と云う事だった(笑)。

現在一般的な茶の湯の場に於いて、本格的天目茶碗を使用する事は殆どない、と云って良いだろう。何故なら茶筅で撹拌すると釉に傷が付くし、侘茶の茶室にも似合わないからだが、それにも況してその茶碗がもし12億円もするのを知って居たとしたら、尚更ではないか?

では百歩譲って、その茶碗が油滴天目では無く、侘茶の席にも合い、茶筅もそれ程は気にしない「喜左衛門」や「大黒」、或いは「卯花墻」や「富士山」だったらどうか?…等と考えると、高価極まりない茶碗でお茶を頂く事自体、恐ろしくも甘美な経験に違いない…で、此処での大きな疑問は、今回12億円を支払ったバイヤーが、果たしてこの茶碗でお茶を飲むかどうか?

そして次為る質問は「貴方は12億円のお茶碗で、お茶が飲めますか?」、もとい、「美味しくお茶が飲めますか?」で有る。

いじましきは、庶民たるこのワタクシ…世界で最も高価な美術品を扱うオークションハウスに四半世紀勤めても、「ウーム…」なのだから(涙)。


PS:セール後、或る茶人と話したのだが、日本のメディアは何故このニュースを報道しないのだろうか?日本に到来して700年、重美指定の茶道具がニューヨークでこれだけ高額で売れたのに、で有る。


−お知らせ−

*来る10月17・24・30日の3日間、渋谷アップリンクにて、僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務めた映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」(→http://archive.j-mediaarts.jp/festival/2014/art/works/18aj_Searching_for_Eur-Asia/)が上映されます。本作は最近「インドネシア世界人権映画祭」にて国際優秀賞とストーリー賞を受賞、各日上映後には畠山直哉國分功一郎森村泰昌の各氏と渡辺監督のトークが有ります。奮ってご来場下さい!詳しくは→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014

*10月29日(土)15:30-17:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「海外から見た禅画・白隠と仙僉廚搬蠅気譴織譽チャーをします。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/704962b9-c35e-e518-3c8a-57a99c63c4e2

*12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf

NobuNobu 2016/09/18 23:42 ご無沙汰してます。橋本さんのFBを見て、URLを教えてもらって、こちらにたどり着きました。これ、すごいことですね。また、残念なような…
今、ウィーンにいます。また、機会があればぜひお目にかかりたく。

孫一孫一 2016/09/19 01:25 NOBU様、大変ご無沙汰致しております。お元気そうで何よりです。はい…残念の様な気もしますが、流失と消失は違いますので、何処かできちんと保存されて居れば、良いのかとも思います。また、ニューヨークか日本でお目に掛かれれば幸いです!

2016-09-06

TKY-LAX-SFO-NYC的近況。

19:28

8月31日(水)

11:00 前日より風邪気味の悪体調だったが、かいちやうに誘われ、日本橋三越本店新館で始まった「茶の湯継承 千家十職の軌跡展」へ。物凄い混雑だったが、展示内容もかなり充実して居て、長次郎を始めとする歴代の楽茶碗の名碗、釜や塗物迄新旧の名品揃い。無理して行って良かった。

13:00 一度家に帰り、咳に苦しみながらも明日からの西海岸出張の準備。ランチは神保町カレー屋「B」のポーク・カレー…此処は並んでも客の回転が早いし、オカズに付いて来るじゃがバターや辣韮等の薬味も旨く、カレー激選区神保町でも随一。カレー後は、老舗珈琲店「B」のオリジナル・ブレンドで一息吐く。

18:00 大顧客A夫人が催した、ピアニスト若林顕氏のソロ・コンサート@ペニンシュラ東京・グランド・ボール・ルームに出席。この日の演目はラフマニノフ「幻想的小品集 作品3-1 『悲歌(エレジー)』」、ベートーヴェンピアノソナタ第23番 ヘ短調作品57 『熱情』、ショパン「12の練習曲作品10」より「第3番 ホ長調『別れの曲』」と「第12番 ハ短調『革命』、そしてリスト「愛の夢」と最後は「ハンガリー狂詩曲第2番 嬰ハ短調」。若林氏のピアノは豪快・超絶技巧で、ベートーヴェンやリストが凄い。三宅一生氏等を含めた70名程が参加したこのコンサートは、引き続きA夫人の80歳のバースデー・パーティー・ディナーへと移行し、最後は乳製品アレルギーのA夫人の為に特別に作られた、蝋燭が8本立った「餡練り切りケーキ」でお祝いをする。お孫さん達もアメリカから駆けつけた、アットホームな素晴らしい一夜だった。


9月1日(木)

8:00 起床し、部屋の掃除。相変わらず体調優れず…。

11:30 今回の日本滞在最後の食事は、近所の旨い蕎麦屋「M」での天ざる。何時もは無愛想な女将さんが、今日は妙にニコニコしてて珍しい。

17:00 ANA便でロスへと向かう。機内では碌な映画が無く、結局大好きなヴィデオ番組「LIFE 人生に捧げるコント」を見る。この番組は本当に良く出来て居て、今回も「宇宙人総理」等の定番コントで爆笑したが、 僕が一番好きなのは「囲み取材」のゲスニック・マガジン西条田中直樹)…機内でも到底笑いを堪え切れない大爆笑モノだ。その後も風邪薬の効用で眠る迄、「ガリレオ」や「科捜研の女」等のTV番組でお茶を濁す。

11:00(ロス時間) ロス到着。某TV局クルーと合流し、海沿いの顧客B夫妻宅へと向かう。今回のお宅訪問はB夫人からの要請だったのだが、偶々僕を取材中の番組をも受け入れて頂けるとの事で、偶然の賜物。今日から2日間ミッチリと作品を拝見する予定。

13:00 B夫妻宅に到着。80代後半の旦那様、70代後半の奥様共お元気そうで安心する。打ち合わせ後、早速肉筆浮世絵や初期風俗画等の掛軸や屏風作品を拝見し始めるが、その間にもインタビューや作品を巡るご夫妻との会話を収録。風邪が良くなった気がしたのは、素晴らしいクオリティの美術品を観たからか…良き芸術は、百薬の長で有る。

18:00 B夫妻のお招きで、近所のレストランで食事。止せば良いのに力がつくと言い訳をして、僕はチーズバーガーを頂く…が、風邪は治らず。この晩は早く就寝するが、夜中に汗を掻き、2度Tシャツを替える。


9月2日(金)

9:00 再びB夫妻宅へ。B夫妻のこの一風変わった邸宅は、世界的に有名な某建築家のお弟子さんに拠る物で、まるで「ワンダーランド」。特にB氏の書斎は「オトナの秘密基地」と云っても過言では無い。

12:30 御宅のテラスでサンドウィッチ・ランチ。今回の仕事は将来を見据えての話だったので、B夫妻に娘さんをご紹介頂く。明るく聡明そうな娘さんで、そのご主人も見るからに良い人…然しこんなにも素晴らしい美術品達の中で育った感覚とは、一体どんな物なのだろう?

16:00 再びの作品拝見後、近い将来の再訪を約束してB夫妻宅を後にすると、クルーと共に近郊の実景を撮影。嗚呼、何と綺麗な海なのだろう!その後皆でシーフードの食事を終えると、僕の部屋でのインタビュー撮影。咳が出て困る。その後はベッドに倒れ込み、爆睡。


9月3日(土)

9:30 ロス国際空港にて、サンフランシスコ行きUA便に搭乗…が、滑走路に出てから濃霧の為に飛べなく為り、1時間程遅れる。

12:00 先着していたクルーと共に、今日会う顧客C女史のお宅へ車で向かうが、レイバー・デイ・ウィークエンドの為に大渋滞…結局ゴールデン・ブリッジを越える迄、2時間近く掛かって仕舞った。

14:00 やっと山中のC女史宅に到着。空気が綺麗で静か、その上人工物が視界に無く、鳥の囀りしか聞こえない素晴らしい環境だ。先ずはお互いの近況報告をし、テラスでランチ。その後早速作品を拝見…世界的に高名な学者だったC女史の父親が集めた、室町水墨画の大名品や白隠の軸を壁に掛けると、父親の思い出と共に作品を眺める。そう、美術品とは歴史と思い出とを運ぶ「タイムマシーン」でも有るのだ。この秋白隠に就いてレクチャー予定なので、白隠作品の特に「下絵線」を確り頭に焼き付ける。

18:00 作品拝見もC女史のインタビューも終わり、皆でイタリアン・ディナーへ。70代のC女史の健康を気遣っていたが、かなり元気そうで安心する。然し日本美術コレクターの年齢層は高い…若いシリアスなコレクターが出て来ない物だろうか?逆に今は日本美術を集めるのには非常に良い時期で、価格も手頃だし何しろライヴァルが居ない。何方か名乗り出ませんか?最高級の作品をご紹介出来まっせ!(笑)


9月4日(日)

9:00 連日の5時半起きでSF空港に向かい、ニューアーク行きのUA機に乗り込む。5時間半のフライト中、どの映画を見ようかと悩んだ末、選んだのは「Miles Ahead」(邦題:「マイルス・デイヴィス 空白の5年間」。本作は2015年、「ホテル・ルワンダ」や「オーシャンズ」シリーズで知られた俳優のドン・チードルが製作・監督・主演した、所謂マイルスの部分的伝記作品。他にユアン・マクレガー等が出演して居るが、最後の最後にウェイン・ショーターハービー・ハンコック、ゲイリー・クラークJr.等も画面に登場し、ジャズファンをハッとせるし、「役柄」ではポール・チェンバースやギル、或いはビル・エヴァンスの名も出て来て、嘗てはポール・チェンバースフィリー・リー・ジョーンズのリズム・セクションで、リーダー・アルバムを買って居た僕なんかは、ニヤリ。そんな映画の内容は、1970年代後半に5年間ミュージック・シーンから身を消したマイルスに焦点を当て、腰痛の為にドラッグや鎮痛剤で荒んだ生活を送って居たマイルスの再生を描くが(小川隆夫さんがマイルスを治療したのは、この頃だろうか?)、まぁ脚本もソコソコだし、何しろドンがマイルスに全く見えないのが難(笑)。が、これはこう云った伝記映画作品での例えば「カポーティ」のフィリップ・シーモア・ホフマンや、「Ray/レイ」でのジェイミー・フォックス、最近では「鉄の女の涙」のメリル・ストリープや「博士と彼女のセオリー」のエディ・レッドメイン等、外見もかなり似せた俳優と役作りの作品が多かった所為かも知れない。だが救いは音楽を担当したロバート・グラスパーで、マイルスへの尊敬が滲み出た曲を提供して居て、サントラが無性に欲しく為る…買わねば!そして本作を見たお陰で、今度はマイルスと全く同時代・別人生を送った白人トランペッター、チェット・ベイカーイーサン・ホークが演じた「Born to Be Blue」(邦題:「ブルーに生まれついて」)を観たく為った。

18:30(ニューヨーク時間) ニューヨークの自宅到着。街は連休の観光客で溢れんばかりだが、こっちは体調が悪過ぎて其れ所では無い。

19:30 母親からの電話で、僕が子供の頃から大変お世話に為った歯科医、I先生が亡くなられたとの報せを受ける。I先生は色白で背の高い、とてもハンサム&ダンディな方で、夜神楽坂を一緒に歩くと何処からともなく女性が出て来ては、「あらセンセ、今日は何方へ?」と何人もから聞かれる程。偶然にもメトロポリタン美術館のO氏の従兄弟さんでも有ったI先生のご冥福を、心よりお祈りしたい。その後、溜まりに溜まった郵便物の整理、洗濯等をするが、体が持たず撃沈…これぞ精神と肉体の疲労極致と云う感じ。


9月5日(月:レイバー・デイ祝日)

8:00 朝汗だくで起床。うがいと飲水の後、ベッドで室生犀星の「蜜のあわれ/われはうたえどもやぶれかぶれ」を読んで居たが、何時の間にか二度寝して居た…嗚呼、しんどい。

11:00 友人から「面白いよ」云われて見た、何とスパイク・ジョーンズが監督したKENZOフレグランスの新製品のPV(→https://www.kenzo.com/en/kenzoworld)が、極めて良く出来て居てビックリする。劇中のこの可愛くも迫力満点の女性は、モデルだろうか?

13:00 朝昼食兼ねての出前を、中華料理店から取る。毛布を被り、その雲呑スープを啜りながら「ルパン三世 テレビ第1シリーズ」のDVDを観て居ると、某海外美術館学芸員から「至急電話を呉れ!」とのメールが入ったので、何事かと電話してみると、以前から購入委員会に掛けて居た数億円単位の屏風一双の購入が決定したとの事!風邪を忘れる位に興奮する嬉しい報せに、学芸員と2人で電話口で喜びを分かち合う。来年2月のその美術館の開館が待ち切れない。

16:30 毛布を被って、寝転がりながらキューブリックの「アイズ・ワイズ・シャット」のDVDを観て居たら、若い建築家の友人が果物やジュース等を持ってお見舞いに…嗚呼、持つべきモノは友人だ(涙)。それにしてもこの「アイズ・ワイズ・シャット」、完成後キューブリックは「クルーズとキッドマンの所為で、この映画はメチャクチャに為った」と云ったらしいが、そもそもこの夫婦役には何とスティーヴ・マーティン&ヴィクトリアテナント夫妻を考えて居たらしいから「?」。そんなこんなで、映画自体の出来は兎も角、随所で用いられるショスタコーヴィチの「ジャズ組曲第2番 第2ワルツ」の旋律が甘美過ぎて、然もキューブリックの美しい映像に合い過ぎる程合って居るので、その為だけに何度も見返して仕舞うのだが、トム・クルーズは何度観ても信じられない位の大根役者だ(涙)。

20:00 入浴後、薬の効き目でウトウトしながら聴くホロヴィッツスクリャービンは最高。現実と夢の世界を往き来しながら、眠りに就く。


そして今週末からは、秋の「Asian Art Week」の下見会が始まる。中国美術セールでは某日本個人の宋磁コレクションや、メトロポリタン美術館の売り立ても…踏ん張らねば。


*お知らせ*

ー来る10月17・24・30日の3日間、渋谷アップリンクにて、僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務めた映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」(→http://archive.j-mediaarts.jp/festival/2014/art/works/18aj_Searching_for_Eur-Asia/)が上映されます。本作は最近「インドネシア世界人権映画祭」にて受賞、各日上映後には畠山直哉國分功一郎森村泰昌の各氏と渡辺監督のトークが有ります。奮ってご来場下さい!詳しくは→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014

ー10月29日(土)15:30-17:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「海外から見た禅画・白隠と仙僉廚搬蠅気譴織譽チャーをします。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/704962b9-c35e-e518-3c8a-57a99c63c4e2

ー12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf

マサマサ 2016/09/08 11:51 マゴさん こんにちは。
お世話になっております。
教えて頂きたい事がありましてメールを差し上げました。
お忙しい所を申し訳ありませんが、ご確認をお願い致します。
間違えていつもと違うアドレスから送ってしまいましたが
私(マサ)ですので宜しくお願い致します。

孫一孫一 2016/09/08 21:24 マサさん、メール届いていません…今一度送って頂けますか?

2016-08-30

「ここんとこアート」覚書。

09:06

2世俳優が強姦致傷罪容疑で逮捕された。

その母親の会見は余りに芝居染みて居て、僕には1時間以上立って話した彼女を、重大な罪を犯した可能性の有る息子の母親と見る事は出来なかった。

想像では有るが、この母親は子離れが全く出来て居ないのでは無いか、息子が可愛くて可愛くて仕方なく、何処か被害者の方が息子を誘った位に思って居るのでは無いか、と思わせる程の雰囲気だった…と思うのは、僕だけだろうか?

そんな疑惑の中、今日は最近体験したアートの事を分野別メモ形式で。


・映画

「ラスト・タンゴ」:ヴィム・ヴェンダース製作総指揮、ヘルマン・クラル監督作品。Bunkamuraにて。伝説のアルゼンチンタンゴ・ダンスペア、マリア・ニエベスファン・カルロス・コペスを追ったドキュメンタリー。愛憎渦巻いても、私的感情を排して最高のダンスをする為だけに生きる…プロとはそう云うモノ。然しタンゴを「3分間の恋愛」とは良く云った物で、この踊りを同一人物と長年続けて、相手と恋に落ちない人は居ないだろう…タンゴを習いたく為る、如何にもヴェンダースっぽい作品だった。

犬神家の一族」:1976年市川崑監督作品。新宿角川シネマでの「角川映画祭」で、大スクリーンでの観賞。この作品は僕が後に横溝正史フリークと為った記念すべき作品で、ご存じ「佐清」の登場作。石坂浩二を始め、小沢栄太郎加藤武高峰三枝子大滝秀司等の名優達も皆若く、横溝氏や角川氏自身も出演。市川の独特なカット割りや大野雄二の音楽も良い。余談だが、犬神家の大広間の松図襖が気に為り、これで思い出したのが「天河伝説殺人事件」に於ける宗家宅の「鴉図襖」…シアトル美術館蔵の六曲一双屏風を彷彿とさせる。「獄門島」や「悪魔の手毬唄」も観たい。

シン・ゴジラ」:「エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督作品。観る前に色々な人から「観るべきだ」と云われ、期待したのがいけなかったのか、流石にCGはそれなりだった物の、日本の政治体制風刺等の内容が浅薄且つ冗長で、石原さとみのキャスティング(わざと、と云う説も有るが、それだったら他もオチャラケて欲しかった)も含めて映画としては全く腑に落ちず、伊福部昭のオリジナル曲が如何に素晴らしいかだけが心に残る。ただ、現在の日本を救うには「スクラップ&ビルドしかない」と云う点は賛成だし、その点ではゴジラの気持ちに為って東京を打っ壊す事にスカッとしたのも事実だが、物足りない事甚だしい。また、総理始め閣僚が乗ったヘリをゴジラが直ぐに撃墜する所、官邸片岡球子が掛かって居る処等には共感。然しエンド・ロールに名前の有った小山登美夫氏は、この映画の一体何に協力したのだろう?


・展覧会

「想像の構築と制限」@Gallery Sezon:フランシス慎吾や鬼頭健吾等をフィーチャーしたグループ展。今年からギャラリーに入った、NY時代の友人高根枝里さんのキュレーションらしく、NY感溢れる展示だった。フランシスの作品が美しい。

「アカデミア美術館蔵 ヴェネチアルネッサンスの巨匠たち」@国立新美術館ベッリーニティツィアーノ、ヴェロネーゼ等の名品展。イタリア絵画の名品展に行くと、何時も腹が減る…それは「カルパッチョ」とか「ブランジーニ」、「パルミジャーノ」と云った作家名が食欲を唆るからだ(笑)。それと、展示作品の数点の画中、端の方に大き目の「赤い点」と云うか「絵具の点」が有り、これが所謂「コレクション・シール」で有る事を確認。画中に押す「シーリング・スタンプ」は、例えば中国絵画中の皇帝印、或いは浮世絵版画に押されたコレクター印等と同じ感覚。

岩佐又兵衛展」@福井県立美術館:又兵衛が京都から福井に移住してから400年を記念した、千葉市美術館以来の久し振りの岩佐又兵衛展を、頑張って福井迄観に行く。旧金谷屏風だった軸画が集合したのと、堀江浄瑠璃・山中常盤・小栗判官各物語絵巻の出品が目玉だが、出展数が多く無いにも関わらず、濃密な展覧会…戸田主任学芸員渾身の展覧会だ。個人的には矢張り堀江物語と山中常盤が一段と素晴らしいと思うが、物語絵巻群は手が違い過ぎるので、色々と難しい。

「西京人ー西京は西京ではない、ゆえに西京は西京である。」@金沢21世紀美術館小沢剛とチェン・シャオション、ギム・ホンソックの、架空芸術国家をテーマとする日中韓コラボ展。が、個人的には高品質なユーモアが感じられず、内輪受けっぽく見えて仕舞う。コンセプチャル・アートは何年も前からもうお腹一杯で、最近は心から「感動する」アートを見たい、と熟く思う。

「開館5周年記念特別展 無−心 Mu-Shin」@鈴木大拙館:ずっと行きたかった、鈴木大拙館に滔々来館。谷口吉生建築は評判通りに素晴らしく、禅を想うにはかなり良い空間だと感心する。この秋、朝日カルチャーセンターで「海外での白隠と仙僉廚暴△い謄譽チャーをする予定なので、鈴木大拙館の体験は非常に良かった。谷口建築は知的で美しい。

「竹村京 なんか空から降ってくるよ」@Taka Ishii Gallery:糸や布、印画紙をフィーチャーした作品群を観る。3.11震災原発事故に啓発された作品群は、その後の「日々」を僕に考えさせる。嘗てニューヨークで、京さんと赤ちゃんに旦那さんの鬼頭健吾君共々お会いしたのも懐かしい。

「ブレイク前夜展」@表参道スパイラル:25人のアーティストをフィーチャーした、BSフジの番組「ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜」との連動展。僕はこの番組は観た事が無いのだが、出展作家の1人佐藤令奈の作品を以前観た事が有って、その時は美しくも複雑に描かれたクローズアップされた赤ちゃんの「肌」に凄く感動したのだが、今回出品の同シリーズ「やわらかい、あたたかい」も現代性と「体温」を持った見事な作品群だった。これからも楽しみな作家だ。


・本

横尾忠則千夜一夜日記」:実生活に於いても46年間日記を付けて居ると云う、現代美術家横尾忠則書き下ろし日記。夢日記・「病は気から」日記、そして「甘いもん」日記として読むのも面白い。


・舞台

「芸の真髄シリーズ第十回 能狂言の名人 幽玄の花」@国立劇場:内容に惹かれて行った、能楽界の人間国宝勢揃いの公演だったが、舞台セットが酷過ぎる。開け離れた舞台では囃子の音も謡も全て飛んで仕舞い、その奥の空間に置かれた「巨大盆栽」の様な「松」らしき物体も醜悪。然し舞台の「鏡板」を付けなかったという事は、囃子方が「鏡板」を利用して自分達の音を「鏡」の様に反射して聞く、と云う事も知らなかったに違い無い…これでは能は出来ない。こんな「ド素人」な演出・舞台で「芸の真髄」とは、ちゃんちゃら可笑しい。公演後出演者の方と一杯やったが、最高の芸を持つ彼等が本当に可哀想だった。

「八月納涼歌舞伎 第一部」@歌舞伎座:今回の演目は「嫗山姥(こもちやまんば)」と「権三と助十」。「嫗山姥」は扇雀橋之助、そして巳之助の三人共極めて歌舞伎らしい演技を見せ、素晴らしかった。特に扇雀扮する八重霧が身の上を語る長い一人舞、そして巳之助の立派さが良い。橋之助も秋の八代目芝翫襲名を控えて、貫禄が出て来た…秋が楽しみ。「権三…」はコミカルな近代歌舞伎作だが、此処では七之助と巳之助、そして壱太郎が際立つ。巳之助は最近かなり良く為って来て居て、将来期待が持てる。


と云う事で、8月ももう終わり…この後西海岸で数日間重要な仕事を熟した後、ニューヨークに戻る。


*お知らせ*

ー来る10月17・24・30日の3日間、渋谷アップリンクにて、僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務めた映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」が上映されます。本作は最近「インドネシア世界人権映画祭」にて受賞、各日上映後には畠山直哉國分功一郎森村泰昌の各氏と渡辺監督のトークが有ります。奮ってご来場下さい!詳しくは→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014

ー10月29日(土)15:30-17:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「海外から見た禅画・白隠と仙僉廚搬蠅気譴織譽チャーをします。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/704962b9-c35e-e518-3c8a-57a99c63c4e2

ー12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf

2016-08-23

「桃李不言 下自成蹊」、或いは惜別・坂本五郎氏。

18:36

リオ五輪が終わった。

開幕当初はバカにして居た今回の五輪だったが、卓球とバトミントンを始め何ともエキサイティングで、夏バテと寝不足を併発。

然し吉田沙保里選手を「霊長類最強女子」とはかなり失礼、と思うのは僕だけだろうか?「霊長類最強」は当然ゴリラなのだから、それを知って居て彼女をそう呼ぶのは、失礼以外の何物でも無い。

そしてその感動の多かったリオ五輪での「日本」を台無しにしたのが、ドラえもんと最後の最後でスーパーマリオに扮した我が国の首相だ。何と情けない、下らない、子供じみた演出だったのだろう(嘆)。聞けば、このマリオ森喜朗の発案だったとか…然も有らん。然も今回の「ビデオと本人」って云うアイディア、ロンドンの時の真似じゃないか?

そもそもこの「ハンドオーヴァー」は、都市としての東京の宣伝すべきモノなのだから、首相個人知名度等どうでも良いのに、このエゴ・パフォーマンスにはウンザリするしか無い…こんな調子じゃ、4年後のオープニングも、矢張り全く期待出来ません。

そんな中、一代・不世出の古美術商「不言堂」こと坂本五郎氏が亡くなった…92歳だった。

僕と坂本さんとの思い出は尽きない。そもそもは亡き父が坂本さんと交流が有り、それは1973年ロンドンサザビーズで、元時代の壺を中国陶磁器として初めて1億円以上で落札する等、中国陶磁器を専門として居た坂本さんが、翌年に同サザビーズで開催されたアンリ・ヴェヴェール浮世絵コレクション・セールに参加した頃だったらしい。

そのセールで坂本さんは、懐月堂の墨摺大々判や写楽の相撲&役者版下絵や大首絵、細判三枚続等の重要作品を購入したが、これは当時海外オークションでは当たり前だった、日本人の業者達の間で取り交わされた「談合」入札に対する反抗行為でも有ったのだ、とは生前のご本人の弁。

そんな反骨精神の有った坂本さんは、その後も浮世絵や風俗画を収集し、僕も一度上記名品を含む浮世絵版画コレクションの売り立てを任された事も有ったが、僕が大切に思う坂本さんとの思い出は、実は仕事よりも寧ろプライヴェートでの付き合い方に有る。

僕が若い頃、父と坂本さんの小田原の家に行くと、その後も僕がお邪魔する度に何時も美味しい「お汁粉」を作って呉れた優しい「お母さん」(奥様)の手料理で歓待して頂き、酒飲みの坂本さんと父は、杯を交わし続けた。その間酒が飲めない僕は、坂本さんと父との間で交わされる昔のコレクターの話や展覧会の話に耳をそば立て、必死にその「情報」を頭に入れた。

そして仕事も慣れて来た或る日、小田原の自宅の縁側に座って夕涼みをしながら、酔って顔を赤くした坂本さんは僕にこう云った。

「モノを見る眼は人を見る眼、人を見る眼はモノを見る眼だぞ!」

一流のモノだけを見て勉強する。そして一流の人とだけ付き合う。「一流」を知れば、一流に欠けている何かが有るそれ以下(二流・三流)が分かるが、二流を見続けると、一流も三流も分からなく為る。三流も等は推して知るべし…坂本さんのこの一言は、今でも僕の座右の銘で有る。

また坂本さんが最後にロンドンに行った時に、何時もの様に蝶ネクタイをし、帽子を被った坂本さんと一緒に乗ったロンドン・キャブの中で交わした会話は、こんな具合だった。

「然し坂本さん、お元気ですねぇ…」

「おい、桂屋さん、長生きの秘訣を教えてやろうか?」

「はい、是非お願いします!」

「ひとつ、自分の好きな事しかしない事!」

「成る程!」

「ふたつ、人の悪口を言う事!」

「えっ!悪口を言うんですか?」

「そうだ!然も本人の目の前でだ!」

成る程ストレスを溜めない、と云う事なのだろう。そう言われれば、僕も良く「バカ!」とか云われた物だ…今は自分の店の者以外に、そんな事を云える骨董商も居ないのでは無いか。

戦後、乾物の行商から始めた坂本さんは個性が強く、モノへもお金にも執着が強かった為、敵も多かったに違いない。然しその人間力は並外れて居て、海外オークションでの大活躍も含め、日本骨董界屈指の立志伝中の古美術商と為った。

その坂本さんが逝って仕舞った。坂本さんの事は嘗て「私の履歴書」にも書かれたし、それが単行本「ひと声千両:おどろ木桃の木」にも為ったから、僕が多くを書く必要も無いと思う。

なので、最後に一つだけ。坂本さんが、自分の店に付けた名前は「不言堂」…これは司馬遷の「李将軍列伝」で引用した、「人徳者の周りには、その人を慕って自然と人が集まって来る」と云う意味の諺、

「桃李不言 下自成蹊」(桃李ものいわざれども、下自ずからみちをなす)

から取られて居るのだが、声が大きく、ノって来ると気迫満点に饒舌に為った坂本さんとは一見イメージが異なる。

然し、この店名=号は当に坂本さんの生き方で有った。そしてそれは、現在骨董業界で重鎮として、或いは目利きとして活躍する、数多くの弟子達の存在が証明して居るのだ。

野球の世界で「名選手が名監督に為るとは限らない」と良く云われるが、骨董の世界でもまた然り。が、如何なる有名古美術店出身の骨董商の中でも、坂本さんのお弟子さん達は皆優秀且つ個性的な人が揃って居る。

嘗て骨董の世界では、「教えない」教育が当たり前だった…「盗ませる」ので有る。物言わなくとも、教えは何時も「そこ」に有る。そして時代は変わり、今はそんな「丁稚制度」を取る店も無くなったが、その精神だけは僕らの世代が後代に残して行かねば為らない。

坂本さん、大変お世話になりました。そして、本当に有難うございました。

「お母さん」と一緒に、どうぞゆっくりとお休み下さい。


*お知らせ*

ー来る10月17、24、30日の3日間、渋谷アップリンクにて、僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務めた映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」が上映されます。本作は最近「インドネシア世界人権映画祭」にて受賞、各日上映後には畠山直哉國分功一郎森村泰昌の各氏と渡辺監督のトークが有ります。奮ってご来場下さい!詳しくは→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014

ー10月29日(土)15:30-17:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「海外から見た禅画・白隠と仙僉廚搬蠅気譴織譽チャーをします。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/704962b9-c35e-e518-3c8a-57a99c63c4e2

ー12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf