「千種」と「歴史の代金」。

現在9月17日開催のオークション・カタログを製作中である。

スペシャリストはカタログをし、フット・ノートを書き、写真のディレクションをし、値段を付けるのが仕事だ。以前にも書いたが、今回は茶道具コレクションが出品されるので、その作品カタログに勤しんでいるのだが、その中でも目玉且つ調査等大変だが非常に興味深いのが、この唐物茶壷、銘「千種」である。

この作品は、恐らく海外で売られる(売られた)茶道具の中では、最も興味深く重要な来歴を持った作品の一つと云えると思う。この様な茶壺は長い間「呂宋(ルソン)」と呼ばれていたが、13−14世紀中国、南宋ー元時代の焼物である。利休以後少々人気がなくなったが、今でも「口切の茶事」には必要不可欠モノであろう。

さてこの壺だが、釉の掛かり具合や「ガチムチ」で「ヒョヤー」とした(「へうげもの」か!!)容姿も素敵だが、装束等付属品もまた素晴しい。富田金襴の口覆、柴田緞子の底敷衣、藤田家設えの口緒・長緒、久田家の箱鍵まで付いている。そして多くの書付の中でも、最も重要なのは、何より「利休の文」(巻物仕立)である!

この文の中で利休は、当時の所有者で堺の豪商、誉田屋(こんだや)徳林に、「貴方様がお見つけになられた茶壷は、千金の値が御座いますによって、どうぞ末永く大切になされたら宜しいかと存じます。」(三国連太郎の声で読んでみよう)と書いている。

そして、この茶壷が登場する文献もスゴイ。「今井宗及茶湯書抜」「宗湛日記」「山上宗二記」「久好(松屋)茶会記」「徳川実紀」「柳営御道具寄帳」「寛政重修諸家譜」などなど。そこで来歴だが、上記文献を当たると大体以下の様になる。

鳥居引拙ー重宗甫ー誉田屋徳林ー有馬頼旨ー有馬則維ー徳川綱吉(柳営御物)ー表千家久田家ー藤田伝三郎ー藤田家ー個人コレクション

どうです、結構ソソるでしょ?16世紀から現代までの、錚々たる所有者達…大事にしてきたんだろうなぁ(嘆)。しかし、毎回日本の古美術を扱って思うのだが、火事・地震・戦争が多い日本において、良く一個の焼物が何百年も生き残って来たものだ(再嘆)…浪漫だ。その来歴を補足すれば、藤田家売立の後、数人の個人所有を経て現在に至る。

展覧会は京博「400年忌・利休展」、五島美「山上宗二記展」に出品されており、予想価格は10万ドル。自分で値段を付けておいてナンだが、はっきり云って筆者には高いか安いか良く判らん…茶道具の値段は難しく、しかし450年分の「歴史の代金」だと思えば、個人的にはそう高くないと思うが如何だろうか?

長月には殿下の下見会への御来場、この孫一心よりお待ち申し上げております(再び三国連太郎で)。