ロバート・グラスパーVS.キース・ジャレット。

然し「少年A」、或いは酒鬼薔薇聖斗の自伝本出版は許せない。

あれだけ残虐な事件を起こした末、少年法に拠って命を守られ、国民の税金に拠って生活を守られて更生した筈のこの男に、一体何の権利が有ってこんな本が出せるのだろう?…百歩譲ってそんなに出版したいなら、実名で出せば良い。

そして本件では、少年Aだけで無く出版社の罪も果てし無く大きいが、こうなったらAmazon等の流通経路と書店がスクラムを組んで、この悪魔の書籍が売れるのを防ぎ、少年Aに印税が入る事を我々自身が阻止せねば為らない…国や裁判所は今回のこの件に就て、一体どう思って居るのだろうか?

さて東京も梅雨入りし、そして今回の日本滞在も残り少なく為った此の頃、再び関西に行ったりして仕事も佳境…今回の出張も幾つかのプライヴェート・セールが成立したので、来た甲斐が有ったと云う物だが、それもこれも「人」とのご縁や繋がりのお陰。

と云う事で、先週も色々な分野の人達と色々な場所へ…先ず月曜のお昼は、つい先日完成したばかりの「日本料理大全・プロローグ巻」を出版したK出版の社長&編集者氏と、築地の鰻屋「C」へ。

僕はこの本に所載された美術品の選定をお手伝いしたのだが、この「日本料理大全」は「日本料理アカデミー」(「菊乃井」主人、村田吉弘理事長)の全面協力の元、今年のミラノ万博向けにイタリア語版迄出版された力作なので、是非ご一読頂きたい。

また展覧会訪問の方も相変わらずで、渋谷付近に仕事で行った時に立ち寄ったのは、NANZUKAで開催中の展覧会「流政之 SAMURAI」展。

未だ精力的に制作を続ける今年92歳の流は、フィクサー中川小十郎の息子として生まれ、零戦パイロットとして終戦を迎えた後彫刻家と為った経歴の持ち主だが、アート業界界隈に居る今90歳前後の方々は何しろ吃驚する程元気で、例えば流と同様に特攻隊の生き残りだった裏千家宗匠の千玄室氏や、伝説的古美術商坂本五郎氏、コロンビア大学日本美術史名誉教授の村瀬実恵子先生等、苦労されながらも立身を遂げた方の体力気力は、今時の凡人のそれとは根幹の強さが違う。

そんな流の力強さは作品にも反映されて居て、「ナガレバチ」や「サキモリ」、今は無きワールド・トレードセンターの為に7年掛かりで制作された「雲の砦」のミニチュア等眼を見張る作品が並ぶ本展は、流の芸術を再認識するに相応しい。

そして先週は公的な仕事も…僕が理事を務める「アダチ伝統木版画財団」の理事会では、久し振りに山下裕二先生にお会いしたり、財団が制作しNHKでもその経緯が番組に為った草間彌生の「富士山」版画の報告を聞いたり。

夜は夜でこれまた大忙しで、イケメン古美術商T氏とは銀座と六本木に「24時間以内に2度」飲みに行くと云う、ハード・スケジュールを熟す。

1日目は「S」のママさんと2年越しの約束を果たす為に訪れた寿司屋「T」でたらふく食べた直後に、コーヒーを飲む為に入った系列店で余りに美味い喫茶店系懐かしの「ナポリタン」と「ガトー・ショコラ」を食べ、「S」入店後は「麦チョコ」を食い捲って仕舞うと云う悪魔的所業の末、アフターは有名女子プロレスラーが経営する「プロレス・バー」で深夜2時過ぎ迄騒ぎ、その17時間後には今度は麻布の高知料理屋「K」で超ウマの海苔を食べた後、向かった六本木のクラブで強面の地元古美術商S氏にバッタリ会ったりして、ヘロヘロ。

また別の古美術商W氏とは神楽坂での食事後、伊集院静や茶道具商Y氏も常連と云う、内装はどう見ても「喫茶店」なクラブ「M」へ。此処では「400年間洋館の肖像画から夜毎抜け出し、男の生き血を吸っては絵に戻って居る」としか思えない(笑)、ピアノ演奏家兼任の世にも奇妙なホステス等と会う。

が、先週の特筆すべきは、西洋美術史家・美学者のH先生と小説家H氏と共に、池袋へ向かった晩…東京芸術劇場で開催された、ジャズ・ピアニストのロバート・グラスパー率いるロバート・グラスパー・エクスペリメントと、女性指揮者西本智実率いるイルミナート・フィルハーモニー・オーケストラの競演を観る為だった。

現在大学で教鞭を取り、最近エリュアールに就ての本を書かれたと云うH先生は、上記山下裕二先生と共に東大美術史科では珍しい「サラリーマン経験者」だそうで(因みに山下先生は伊勢丹、H先生は西武系)、その会社でのアメリカ赴任を経てコロンビア大学の美術史科に進み学位を取られたらしいが、知性豊かな方に居がちなフランクでオープンな方で有った。

さてそのコンサート…開演前から何しろ超落胆した事が有って、それはグラスパーが弾くと云う事で楽しみにして居た演目、モーツァルトの「ピアノ・コンチェルト第21番 第2楽章」が急遽変更と為り、グラスパー自身の曲「Jesus Children」に為って仕舞った事だった…然しこれって、軽い詐欺では無いか?(苦笑)

結局、演技的アクションの派手な宝塚風指揮者も含めて一寸奇妙な音楽会を体験したのだが、その後は男3人で池袋駅前につい1週間前に開いたばかりと云う激安中華に行き、愛想は異常に良いが注文に関しての物忘れが余りに酷い中国人ウェイトレスに翻弄されながらも、哲学・音楽・美術・政治等を歓談した楽しいひと時と為りました。

で、その数日後、欲求不満だったそのコンサートの恨みを晴らす可く僕は或るCDを買ったのだが、そのCDとはキース・ジャレット(何と)古希記念発売と為った、1984〜5年に録音の「クラシック」ライヴ盤。

本CDに収録されて居る曲は、サミュエル・バーバーの「ピアノ協奏曲 作品38」、バルトーク「ピアノ協奏曲第3番 Sz.119」、そしてキース自身の作品「Nothing but a Dream」…が、聴き処は矢張り僕の大好きなバルトークで、ジャズ・ピアニストたるキースが一体どの様にこの曲を料理したのか?と云う点だった。

聴いてみると、僕に取って普段「イマイチ・チャンピオン」のキースがバルトークのこの名曲を実に見事に弾きこなして居る上に、その演奏は緊張感と即興性、創意と構築性に満ち溢れた素晴らし過ぎるモノだったので、僕はキースにもう2度と「Shut up and play !」等と云わないと心に誓おうかと思った程だ(笑)。

と云う事で、新旧ジャズ・ピアニストに拠る「クラシック対決」は、敵前逃亡的にモーツァルトをキャンセルしたグラスパーが、バルトークを弾き切ったキースに完敗。

流石「糸を決して手放さ」ずに(拙ダイアリー:「大江健三郎キース・ジャレットの『TESTAMENT』(遺言)」参照)、古希を迎えたキース・ジャレット…根気さえ有れば、誠に素晴らしいピアニストなのでした(笑)。