アーティストの「美の聖地」、或いは「江之浦測候所」へ。

日本での2つの大仕事も佳境を迎え、今月末には勝負の行方と今後の方向性が決まる。

その内の1つは、在外有名日本美術コレクションを里帰りさせる仕事で、もう1つは国内に在る重要な東洋美術コレクションをオークションに出すと云う仕事だが、この2つの大仕事が決まれば、僕の20数年のキャリアの中でもかなり重要な仕事に為るので、自然と気合も入る。

が、週末は気分転換を兼ねて、久し振りに神保町を散策しながらの「古本ハンティング」…そして今回は驚くべき奇跡が!それは何時もお邪魔する、すずらん通りにある古美術専門の古書店「F」を訪れた時の事だった。

僕が何年も探していた「茶の湯絵画資料集成」と云う本が有るのだが、この日も何気無く「最近出て来ませんか?」と、何時もの様に店の奥に座って居たオヤジさんに訊くと、オヤジさんは急に吃驚した顔に為り、「こりゃ偶然だ!」と叫んで目の前のデスクを指差した。見ると其処には、何とその「茶の湯絵画資料集成」が鎮座ましまして居るではないか!

オヤジさんに拠ると、つい前日の晩に入手したそうで、何と云うご縁か!…と云う訳で、決して安くは無い本なのだが、即購入。この本の現在の取引価格が刊行時の定価より高く為って居るのは、その本が貴重で皆欲しがって居ると云う市場原理からなので、逆に云えば今買わねば将来もっと高く為る処か、入手出来ないかも知れないのだ…その辺は骨董品と同じだが、入手の歓びもそれに等しい。

そんな昼間の良い気分を引き摺って、夜は渋谷のシアター・コクーンに赴き、堤真一&寺島しのぶ主演の舞台「アルカディア」を観る。因みに本公演のポスターやチラシ、そして舞台背景には、クリムト1907年作の美しき絵画「Poppy Field」(ウィーン:ベルヴェデーレ宮殿蔵)が使われて居て、アート心を擽られる。

この「アルカディア」は、英国劇作家界のスーパースター、トム・ストッパードの最高傑作の誉れ高き作品で、本邦初演との事。19世紀と現代のイギリスを行き来しながら詩人バイロン卿の謎を巡る物語は、ストッパードの巧みな脚本に因って混乱も無く、寺島等芸達者達の演技も中々で、楽しむ事が出来た。

そして、今回の日本滞在中最後の展覧会サーフも順調。知己数人を含む20人のコンテンポラリー・アーティストをフィーチャーする、森美術館で始まった「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」では、片山真理や毛利悠子、ナイル・ケティングの作品に惹かれる…が、それと同時に、映像作品とインスタレーションの多さに少し辟易する…絵画や彫刻作品で直球勝負する作家が、もっと居ないのだろうか?

その後森美を後にして向かったのは、ワタリウムで開催中の「園子温展 ひそひそ星」…此方では映像作品も然る事ながら、機械仕掛けとヴィディオを使った影絵、そして「立ち去るハチ公」のインスタレーションや壁面一杯に書かれた「詩文」に、園監督の本領を観た。

一方専門の古美術の方はと云うと、私立美術館2館の「名作展」を観たのだが、これが双方共に実に素晴らしい!

先ずは渋谷区立松濤美術館で始まった「穎川美術館の名品」展。本展には伝相阿弥や式部輝忠、無準師範「淋汗」等の大名品が並ぶが、その中での白眉はと聞かれれば、何と云っても長次郎の重文赤楽茶碗「無一物」に尽きる。そして不昧公旧蔵のこの名碗は、如何なる長次郎作品の中でも最も美しい佇まいを持ち、外観も然る事ながら見込みの美しさが際立つ、「あぁ、このお茶碗を両手で包み込んで、一服呑みたい!」と真剣に思わせる茶碗なのだ。

もう一館とは出光美術館。此方で始まった「開館50周年記念 美の祝宴」は、開館半世紀記念展第一弾の名に恥じない、もう何しろ物凄いラインナップで、伴大納言絵巻から始まり、佐竹本三十六歌仙や日月四季花鳥図屏風、絵因果経から吉野龍田図屏風迄、一時も気を抜けない展示である。

その中でも個人的に興味深かったのは、重文「十王地獄図」の対幅。本作はパワーズ・コレクション旧蔵品なのだが、図録で観た事は有っても実見するのは初めてだったで、その迫力と精緻な画風に驚く…こんな作品を持って居たパワーズ夫妻の眼は、数多い在外日本美術コレクターの中でも、矢張り抜きん出て居た事を再認識する。

久方振りにお目に掛かった、笠嶋忠幸新学芸課長への期待も大な、そんな出光美術館の50周年展は、これからも続く…毎回展示されるで有ろう、東洋美術の至宝を堪能して行きたい。

と云った感じの、相変わらずアート漬けの日本滞在だった訳だが、今回の滞在の最後を飾ったのは、本と同じく「偶然の産物」で起きた「訪問」だった。

そしてそれは、欧州某国外務省で高級官僚をして居る友人Eからのメールで始まった。

Eのメールに拠ると、「G7とサミット関連の仕事で、君の国の総理や外相と会う為に1日半だけ来日するのだが、来日初日は朝6時前に東京に着いてからの半日がオフなので、僕の大好きな『写真』の展覧会か何かに行きたいんだけれど、何か良いアイディアが無いかな?そう云えば、君はスギモトと知り合いだったね?僕はスギモト作品の大ファンなんだけど、例えばスギモトのスタジオを訪問したり出来無いかな?」との事だった。

スギモトとは世界的写真家&現代美術家で、最近は舞台芸術も建築も熟すマルチ・アーティスト杉本博司氏の事で、僕もニューヨークや日本で公私共にお世話に為って居る方…早速パートナーのK女史に連絡してみると、生憎その日杉本氏は小田原に今建設中の財団の建築現場に行かねば為らないので居ないが、都内の茶室は案内出来るとの事。

「では、是非それでお願いします!」と返事をしたら、直後にKさんからのメールが再び来て、「若し朝早い新幹線で来れるなら、一緒に建設現場を見に行きませんか?」との事で、早速Eに連絡するとEは狂喜し、「スギモトに会える上に開館前の財団の建築を見れるのなら、どんな事をしても行く!」と返事をして来た。こう云う高級官僚が日本に居たら、さぞ我が国の文化芸術政策も変わるだろうに…と僕は溜息を吐きながら、早速スケジュールを組み始めた。

朝5:55に羽田に着くEには、先ず宿泊先の品川のホテルにチェックインして荷物を置いて貰い、8時に僕がEをホテルでピックアップをし、品川発8:30過ぎのこだま号に乗り込む。そこで杉本氏&K女史と合流したのだが、最後にもう1つGood Surpriseが待って居て、何と杉本氏の茶室を監修して居るかいちやうが合流!そうして我ら総勢5人は、小田原で東海道本線に乗り換え、根府川駅へと向かった。

根府川に着き、迎えに来て呉れた建築家S氏の車に乗り込むと、早速小田原文化財団「江之浦測候所」へと向かう。散り際の桜に迎えられた現地で、先ず目に飛び込むのは眼前に広がる静かな海…「海景」のルーツだ。

僕とEは杉本氏とK女史の案内で、恐らくは7世紀から現代に至る迄の「石」をメインに用いられ、時に海に迫り出す硬質硝子の舞台や、三十三間堂「矢通し」が出来そうな100Mに及ぶ回廊、冬至夏至の日の日の出の太陽光が貫通するトンネルとそれを写す石、未だ見ぬ「待庵」写しの二畳台目の茶室予定地、五条大橋の礎石や茶庭に置かれるべき鎌倉の宝塔等を観る…Eも僕も感動頻りで有った。

自分でも写真を撮り、焼いたりするEが「パーフェクショニスト」と呼んだ杉本氏の美意識は、この広大な敷地内の自然・建築物・アートの細部に宿り、この土地の元来の「気」の良さと共鳴して居た…そして僕は、この「江之浦測候所」が近い将来、新たなる日本美の聖地と為るで有ろう事を予感する。

翌日、恐らくは彼の1/10の文化的教養も無い我が国の総理と会う事に為って居るEのお陰で、僕も杉本氏が造る「美の聖地」の「未完成形」を垣間見る事が出来た…杉本さん、Kさん、有難うございました!

その「完成形」が待ち切れない…そして持つべき物は文化教養度の高い友人、で有る。


*お知らせ
来る4/30(土)PM3:30-5:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「江戸絵画の美を探る:若冲国芳・海外から見た奇想絵師たち」と云う講座を担当します。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/92fef51d-63d5-3c42-13b6-56b41d9fab74迄。