バスキアが売れた夜、茶室で垣間見た「コレクター魂」。

急に暑く為った日本…が、日本には未だ美しき「サンクチュアリ」が存在して居て、心身共に疲労困憊のこんな時期の僕は、そんな「自然」に大層癒される。

それはこの間の火曜日の事…その前日にNYに帰る筈だった僕は、重要な仕事の為に1週間滞在を延ばす事に為って仕舞ったのだが、そのお陰で武者小路千家家元後嗣千宗屋氏からのお誘いを頂き、春日大社での「第六十次式年造替 献茶式」に参列させて頂ける事と為った。

6:30の新幹線で奈良に向かったこの日は、朝から雨模様で心配したが、春日大社に着く頃には雨が上がり、杜の緑が深まり草いきれも感じる。そして先ずはお参りを済ませ、献茶式の行われる舞殿に行き、受付を済ませて座る頃には陽が差し始め、家元代理の宗屋氏が献茶を始める頃には、檜皮葺の屋根からは水蒸気が立ち昇り、森は涼しげな風に騒めき、鳥は囀り、序でに神の遣いの子鹿までが近くに降りて来て、首を傾げながら献茶式を眺めると云う、或る意味アニミズムの極致的な雰囲気の下で、荘厳な献茶式は滞り無く終了。

現地でご一緒したT師やA氏、M氏とのその後の楽しい呈茶を含め、何とも癒された素晴らしい1日と為ったが、翌日大阪で観たかった藤田美術館での「絵ものがたり」展(「鳥獣戯画断簡」や「玄奘三蔵絵」も出て居る!)を拝見したり、某業者の処で大名品絵画を拝見したりと、目の鍛錬も仕事も順調に進んだのも、春日神のご加護…そして若宗匠にも大感謝、で有る。

さて今日の話題は、何と云っても今週ニューヨークで開催されたメインセールズ、「印象派・近代絵画」と「現代美術」のイヴニング・セールの結果に就て。

先ずはサザビーズ印象派・近代絵画イヴニング。此方の売上は1億4454万6000ドル(約154億4000万円)だったが、落札率が余り良く無く1/3が不落札。トップ・ロットはロダンの大理石像「永遠の春」で2041万ドル(約21億5000万円)で売れ、1000万ドル超で売却された作品は、このロダン以外にはシニャックヴラマンクの計3点のみ。

一方クリスティーズの方はと云うと、粗同額の1億4153万2000ドル(約151億4400万円)を売り、52点中44点売却、トップ・ロットはモネの「睡蓮」の2704万5000ドル(約28億9000万円)で、1000万ドル以上で売却された作品は、もう1点のモディリアーニとの2点だけだった。

印象派が静かだった為危惧された現代美術だったが、サザビーズ方は1000万ドル超の作品が5点、トップ・ロットはトゥンブリーの3665万ドル(約39億2000万円)で、総売上は2億4219万4000ドル(約259億円)と、決して悪くない成績。

対するクリスティーズは、2つの現代美術イヴニングを開催…先ず一晩目のコンセプト・セール「Bound to Fail」の方は、7812万3250ドル(約83億5000万円)を売上げ、此方のトップ・ロットはカテランの「Him」(ヒットラー)の1718万9000ドル(約18億4000万円)、クーンズの「バスケットボールを浮かべた水槽」と共に1000万ドル超作品と為った。

そして二晩目の「現代美術イヴニング・セール」の結果は、日本の美術業界を激震させた!

53点中5点が1000万ドル超で売れ、総額3億1838万8000ドル(約364億3800万円)を記録したこのセール中のトップ・ロット、1982年の作で嘗ては日本に在った事も有る5M超のバスキアの大作「無題」が、Zozotownファウンダーの前澤友作氏に拠って5728万5000ドル(アーティスト・レコード:約61億3000万円)で落札され、その事が本人に拠って公表されたからだ!

NYのメディアに拠ると、前澤氏はこのセールでバスキアの他にも数点、またサザビーズでも何点か落札し、2日間で恐らくは100億円近くを自身の現代美術財団の美術館の為に遣ったと云う。

結局クリスティーズの現代美術イヴニング・セールズは、都合3億9651万1250ドル(約424億2600万円)を売上げ、お陰様で競合他社に圧勝したのだが、このバスキアのニュースは、僕に過去に会った或る人物を思い出させた…それは1990年、ルノワールをでサザビーズ・ニューヨークで、翌日ゴッホをクリスティーズで落札し、2日間で当時世界最高級品質+価格の絵画2点に200億円近くを遣った、某企業会長だったS氏の事で有る。

僕はS氏に2度だけお会いした事が有って、その頃はもう車椅子で移動されて居たが、絵を見る時の眼光は未だ非常に鋭く厳しく、お話をしてもアートに対する深い愛情に溢れて居たのが印象深い。

さて、此処で話は一昨日木曜日の夜に遡る…その日僕はアートフェア東京を観に行ったり、能役者の処で能面を拝見したりと動き回って居たが、夜はかいちやうと目黒イタリアン「M」で恒例のディナーを楽しんだ。

そしてブッラータ&プチトマトや新玉葱、稚鮎フリット桜海老パスタ、仔牛のカツレツ等を頂き大満足の後は、かいちやう宅の茶室に移動し、もう1人若い友人をゲストに招いての「夜のお茶」と為った。

その未だ若いゲスト氏も大のアート数寄…彼はご家族の眼と血を引き継ぎ、最近はお茶も嗜まれ、茶道具にも現代美術にも造詣が深い。そして男3人でそろそろとお茶が始まった。

季節に合った梅花皮の大きい青井戸と、トロッとして高台の力強い平熊川で始まったお茶は、黒大棗や瀬戸水指、大徳寺禅僧の三字書と共に茶味溢れ、趣味を同じくする男達の会話を熱くさせる。そして席での会話が前夜売れたバスキアの事に及び、必然的にS氏の話が出たのだが、その時若いゲスト氏が思わず呟いたのだった。

「孫一さん、私、何処と無く悔しいんです。」

「あぁ、そうなのか…『コレクターの血』とはそう云う事なのかも知れない」と、その時僕は思った。何故ならそのゲスト氏こそ、前述の大コレクターS氏のお孫さんだったからだ。

僕は、今回の前澤氏の絵画購入が若いコレクター達の血を滾らせ、日本人にアートを持ち共に暮らす歓びを教える事を願い、ジャンルを問わない高品質のアートを日本に齎す事を切望する。

茶室で垣間見た、若きゲスト氏の「コレクター魂」…立場は違えども、お互いに切磋琢磨しながら見守って行きたい、と熟く思った孫一なのでした。


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