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行為∞思考 ”Act∞Thought” Kazuhiro Nishijima RSSフィード

2007-05-09 [art-word] 行為∞思考 Act∞Thought

[] [行為∞思考] Act∞Thought

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Act∞Thought

説明文:

「行為∞思考 Act∞Thought」はこのブログのタイトルでもあるが、実は僕(西島一洋)が1997年に企画した「現場⇔出現」のタイトルでもある。「現場⇔出現」とは、ほんの今、僕が作った造語である。展覧会でもなく、公演でもなく、イベントでもない。

以下は、参考資料。

参考資料:

□□□「行為∞思考」の記憶□□□

 1997年、名古屋のガレリアフィナルテの画廊主が僕に2週間自由に使ってもよいと言うことで、僕(西島一洋)は「行為の現場から/行為∞思考」を企画した。深夜12時を区切りとして、1日一人24時間ずつ日替わりで12人のアーティストに依頼し、現場行為と思考の場を持つことになった。  企画者の僕は、2週間ほとんど睡眠もとらずに行為者たちと時間を共有するという、まるで修行のような企画であったが、僕もまだ今よりいくらかは若かったので、遂行できた。  この企画の骨子は、ただ行為するだけでなく、その行為について徹底的に話し合おうというものであった。  また、一部始終を、ビデオや写真で記録し、また後日それらを元に文字化し、冊子を作るということも、企画の重要な要素でもあった。  しかし、10年たった今でも、文字化が進んでいない、というより滞っている。極めて膨大な量のなビデオテープが、今も僕の部屋の片隅に、うず高く眠っている。その冊子刊行の実現には、まだ至っていない。とはいえ、僕はまだあきらめていないのだ。  さて、この企画「行為の現場から/行為∞思考」を遂行するに当たって、事後に記録集を出版するからと、僕は海上宏美氏にあらかじめ執筆依頼していた。具体的な記録の文字化は僕がするので、海上さんには、批評とか何かを寄稿して欲しいと依頼した。  そして、なんと海上氏は、2週間の長丁場の企画につき合ってくれたうえ、直後に「重厚な文章」(※1)を寄せてくれた。

 それから、10年の月日が過ぎてしまったが、いまだに小冊子の刊行には至っていない。しかし、僕は今でも、いつかその小冊子を作ろうと思っている。とはいえ、この海上さんの文章が、いまだに公開されること無く、僕のところで眠っているのはもったいないし、心が痛む。  いま、改めて海上さんの書いてくれた文章を読み返す。当時難解で分からなかったことが、少し読めるようになった。  小冊子も作らないで、海上さんの文章を公開するのは、海上さんに対して極めて非礼である。しかし、僕もいつ死ぬかもしれない。このまま貴重な文献が埋もれたままになってはいけないと思い、あえて、僕の記憶のかけらの参照文献としてこの場を借りて公開する。 

 ※1/以下の文章は、未公開の、海上宏美氏によるものである。極めて貴重な文章である。

………………………………………………………………………………………

[行為の現場から/行為∞思考]に隣接する思考の断片として

海上宏美 Hiromi Unakami

□はじめに

芸術を参照とした名称不能の行為の契機は、端的にいえば芸術の否定である。しかしそれがすぐさま芸術領域からの脱出を意味するわけではないし、またかえって脱出を不可能にもしている。芸術領域が確定されていれば脱出は可能だが、芸術の否定には、実は芸術領域の確定自体の否定が含まれており、そこでは非芸術領域が逆に芸術領域に侵食され、芸術領域が一方的に拡大される。つまり、生き方が問われるという意味での日常、の芸術化である。と同時に芸術も日常化される。芸術領域の確定の否定は、日常の芸術化と芸術の日常化という原理的区別を不可能にする。芸術領域が確定していない場合、こうした事態は不可避的に発生する。ここにおいて優位となるのは結果や目的としての作品ではなく、その生成であるプロセス=過程であり、作品制作の行為である。名称可能性とは、このプロセスに終止符を打つことの可能性であり、名称とは、それが事前に先取りされているものに他ならない。

行為は名称=名付けることで抜け落ちたものに対応していると認識されがちだが、それは正確な認識ではない。ここには前後がある。事前の認識なのか、事後の認識なのか、というという問題である。「名付えぬもの」とは行為の事後にのみ見いだしうるものであり、「名付えぬもの」を事前に見いだすことはできない。事前に見いだされたものは「名付えぬもの」と名付けられたものにすぎない。

芸術領域の自立や確定の固定化は、芸術領域の空洞化を招くことがしばしばあり、美術館やギャラリーの空洞化はそれを物語っている事例とみることができる。芸術領域とは他の非芸術領域、つまり政治等の領域との対抗関係によってのみ成立するものであるとすれば、この対抗関係を見失っていることに芸術領域の確定の問題があるといわねばなるまい。それゆえ芸術領域の曖昧化、周縁化、拡大化は不適切な対応であるかもしれない。

共同体的な共同性に準拠しない(できない)ことを旨とする近代主義=モダニズムの徹底は、美・平面・イメージ・表象であることを突き抜け、合理を指針として、徹底して個的で徹底してリテラルであるという姿をとる。そしてその徹底の行き着く先は袋小路である。もはや先送りできるものはなにもなく、ただその袋小路に留まり続ける他はないはずなのだが、それゆえかえって、ここに回帰または還元が起こってくる。

平面性への回帰または還元が否定されるならば、行為への回帰または還元も否定されなければならないはずである。


西村誠英 Seiei Nishimura 死物ART(思考実験「画跡体」展)

主に新聞紙を無造作にちぎり、貼り合わせたような縦長の形状のものが、壁面から床にかけて吊られている。床面にまで達している。素材は新聞紙だけでなく、不要になったチラシ、包装紙などの廃材であるようだ。なるほどこれが「画跡体」かと思わせる。

「画跡体」という言葉には、「画」=絵画は身体的な行為の痕「跡」という思考が見られる。それは絵画をめぐる事前/事後の思考ともいえるだろうし、さらに言い換えれば死前/死後の思考ともいえるだろう。もちろん「跡」=後(=ART)なのだから、死後が前景化されている。つまり、死が尽くされてしまった地平が前提とされている。死が尽くされてしまった地平とは西村にとって「アウシュヴィッツの死」「ヒロシマの死」以後を指しており、そこでは「死後の生」を生きる他はない。これが現在、人がいる地平だ、ということなのだろう。死が尽くされてしまった=消尽された死という地平においては、物の死もまた尽くされている。それは廃物であり死物であろう。この地平に存在する者/物はなにもない。西村のいう「廃物」「死物」「廃物人」とはこうした地平にある者/物を指していると思われる。

また「画跡」と「画跡体」も区別されている。その区別はハイデガー的にいえば、「存在」と「存在者」の区別ともいえるものだ。西村はドナルド・ジャッドの作品への批判を大きなモチーフにしているようだが、「存在」と「存在者」というキーワードでジャッドの作品を見てみれば、「存在」=「画跡」の開けがない、それゆえ「存在者」=「画跡体」として完結している作品ということになるだろうか。「他」も「存在」も「イメージ」も開くことがないということかもしれない。だが、ハイデガーの「存在」がもともと「無」であることの形而上学であるとすれば、こうした視野でジャッドの作品を見てみると、開けのない作品であることは不思議ではないだろう。とはいえ、シャッドは空虚であることの底を割らないという不満は残るし、割ろうとさえしていないともいえる。

割るためには、成すこと、行うこと、行為することが必要となるだろう。

「画」存在の存立性は、現代廃物人「己」 との「出会い」場を通して蘇生した存在で ある事を 己への再度の問いかけとして ここに明らかにする事になる。

西村はこう記している。「出会い」場とは、成す=行為の場であるだろうことはわかる。だが問題は「蘇生」である。消尽された死の地平から「蘇生」するというのだが、それでは元に戻ることにはならないか。私は「蘇生」ではなく、消尽された死の地平の「底を割る」と考えてみたい。

「蘇生」という語と「画跡」の「跡」はどこかで通底しているように思われる。つまりそれは死後の蘇生なのではないか。「画跡体」から「画」存在への復活ではないか。行為とは「蘇生」させるためのものではなく、消尽された死の地平に留まるための賢明な方策であると私は思いたい。


北山美那子 Minako Kitayama(パフォーマンス)

現在、パフォーマンスという領域は芸術領域内において「対抗的」に形成される領域を指すわけではなく、すでに自立した領域として認知されている。つまり「パフォーマンス」という語=名称の持つ射程距離は限定されており、またその批評性の有効度合いも減衰しているといえるのではないか。とすればパフォーマンスの有効性とは、やはり政治的な領域との対抗関係の中で見ていく他はないだろう。パフォーマンスにおけるフェミニズムとはそうした問題系ではないのか。

北山美那子のパフォーマンスは、幾重にも重ね着した普段着の衣服を脱ぎ捨てていくというもの。場内は蝋燭の火と薄暗い照明。子供用プールが二つあり、シャボンに溢れている。胎内の記憶、幼児期の記憶といった事柄を連想させる。幼児の英語での会話のようなものが会場に流れる。のちに知ったことだが、彼女は幼年期をアメリカで過ごしたのだという。つまり自身の私的な人生や記憶からエピソードを取り出し、公的な場に置くというフェミニズムのパフォーマンスと重なるように見える。

それは「自伝の戦略」といわれるものである。男性(中心的)/女性(周縁的)、公的な記憶=歴史/私的な記憶=自伝、つまり大文字/小文字という二項対立図式の中で、私的な記憶のパフォーマンス=自伝的パフォーマンスを公的な場で行う。こうした戦略は、二項対立という図式の書き換えを迫るものだろう。

北山自身の意図は私には不明だが、彼女がこの企画のほぼ唯一の女性参加者であることは事実であり、その現実を無視するわけにはいかない。このような無視できない現実と北山の行為は接点を持つはずだ、と読み解いていく必要があるのだろう。それがパフォーマンスの有効性を描きだすことにもなるのだと思われる。


古橋栄二 Eiji Furuhashi( )[タヒチ]

名前の後の( )内には何も書かれていない。その後の[ ]内にはタヒチと書かれている。( )内には各自の行為の自称が入るらしいのだが、自称がない。つまり名付けられていないわけである。だが「名付えぬもの」ではないようだ。なぜなら[ ]内のタヒチへバカンス旅行に出かけている、ということらしく、( )内は留守なのだ。だからといってそのうち( )内に戻ってくるというと、そうでもないようだ。( )とは芸術領域のことであるとすれば、そこからの離脱であり、端的に言って( )内にあるであろうものの否定である。戻ってこないのであれば、( )の外側をフラフラしているほかはない。戻らぬ旅行とは漂泊である。この国には漂泊の精神史というものがある。西行、芭蕉を想起すればよい。だから漂泊するのであれば芸術領域である( )内からの漂泊では十分ではない。徹底してリテラルではない。それゆえ徹底した態度、つまり日常や生活なるものからの離脱が求められるのではないか(誰が求めるのかは問題があるが)。そうしたものから離脱しないのは、離脱する理由がないからだろう。それは当然、不徹底を徹底する、というスタイルになる。しかしこうしたスタイルは言語的に先取りすることができるものであり、つまり見え透いている。そこでは、見え透いていて良い、ということになるのだが、だから[タヒチ]なる行為があるとすれば、それは閉じている、としか言いようがないものだろう。閉じているものを行為の公開や公演という形態で、なぜ他へ「開く」スタイルで成すのだろか。それは古橋が( )に準拠しているからであろう。だが、もともと誰にとっても( )の中身などは重要ではなかったのだ。( )が生成されることのほうがはるかに重要なのではなかったか。( )への準拠は自己撞着の先送りとなり、過程=行為の偏重という事態を招くこととなる。過程=行為とは( )を生成することであり、”(” と ”)”に分かれていくことなのではないのか。古橋にとってリテラルにというか、文字通りというか、記号通りというか、事前に記述されているというその一点で、( )は先にある、ということが前提とされているように思われる。


福原隆造 Ryuzo Fukuhara(舞踏)

福原はこの企画に二度登場する。一度目は個として、二度目はグループ「Alchemic sis」として。複数性という差異化の運動は個であってもグループであっても見い出すことはできるとすれば、福原にとって個とグループの違いはその具体性にあるといえよう。自身のコンセプトを他者と共有するという作業、あるいは他者へ振り付けるという作業。こうした具体的な作業を通して思考すること。つまり福原にとってグループの作業とは立法者の立場に立つ、ということなのだろう。こうした発想を私は肯定したいと思う。

さて、その作品である。個として登場する作品は舞踏と名付けられている。福原自身の制作した装置を背景装置=セノグラフィとして踊りはなされる。その背景装置=セノグラフィはインスタレーションのような趣もあるのだが、実は背景装置=セノグラフィでしかないことが何気なく示されている。つまりそれはありがちなものとして設定されている。インスタレーション=空間装置がそもそもありがちなものでしかない、ということが含意されているのだろう。福原の装置は壁面装置であり、空間装置としては機能していない。背景であることに留まっている。しかし、その背景装置もありがちなものであるがゆえに、当然だが、そこでの舞踏もありがちなものになる。とすると、なぜインスタレーション=空間装置なるものへの皮肉ともとれるような壁面装置が必要であったのか。それは舞踏作品として必要な「らしい設らえ」であったのだろうか。しかし、この「らしい設らえ」である壁面装置は納得できないものではなかった。

一方、グループ公演における装置はインスタレーション批判としての壁面装置ではなく、まさくインスタレーション=空間装置であった。個としての舞踏ではバケツが身体に突き刺さるような装置=身体の分裂を維持するような装置として使われていた。それは空間装置などというものでは決してなかったが、グループの公演では、設らえられた装置すべてが空間装置として機能していた。身体の分裂を維持するような装置としては機能していない。

個としてはインスタレーション批判が行われていたと思われるのだが、グループとしてはインスタレーションに埋没しているという印象である。振り付けることに苦慮したのかもしれないが、空間/身体/装置は、「分有」される主体の、より具体的な集まりであろうグループにおいてこそ、問われるべき事柄であるのではなかろうか。


林ヒロミ Hiromi Hayashi(写真)

街頭で行われた行為に私は立ち会っていないが、会場のビデオで見ることができた。ほぼ裸の状態で歩道を這いながら、林に付き添う西島の持つ鏡に写った風景に対してシャッターをきっているようだった。ビデオでは鏡越しに何を撮っているのかはわからない。鏡を使っているので、裸の林自身が被写体として写っているのか、いないのか、私には気になった。ビデオを見ていると会場では現像が始まった。

今回、林が主題としているのは写真ではなく、写真を「撮る」という行為である。「撮る」行為は裸体で地を這うほどに拘泥されているのだが、「現像」=「焼く」行為は凡庸である。「撮る」行為と「焼く」行為が拮抗するところに写真があるとすれば、行為が写り込んでしまったフィルムは現像すべきではない、という倫理さえ写真においては成り立つずだと思われる。逆説めいてしまうが、たとえば、荒木経惟のように鏡を使わず自身が被写体として写っている写真でさえ自身の作品であると言ってはばからない在り方に、写真における断絶を見ることができるのではないのか。

林の今回の作品には自身が写り込んでいる。鏡を使うことでそれを可能にしている。鏡を使って自身を写すという行為の結果として自身を被写体とした写真が可能になる。これは自身の行為が写真へと連続すること=繋ぐことを可能にするわけだが、それは写真に対する裏切り行為といえなくはない。写真は現実世界と連続していないのではないか。断絶しているのではないのか。その断絶性=非連続性こそ写真といわれてきたものではなかったか。かつて写真は生きているものの魂を奪うものだといわれていた。写真もまた「死後の生」という地平にあるのではなかろうか。


浜島嘉幸 Yoshiyuki Hamajima(身体表現という舞踊)

会場の中で浜島は小さな椅子に座っている。そこに観客は入場させられる。浜島の公演においてこうした「板付」状態は珍しい。この公演が西島の依頼=プロデュースであることに対する皮肉であるとも受け取れるような始まりである。この公演を成立させている主体は、原則的には浜島ではなく、西島であることの明示か、と私は思った。それはあまりに意地の悪い解釈かもしれないが、そう解釈できる余地を残していることもまた確かなことではなかろうか。

浜島の「身体表現という舞踊」(以下、私は踊りというが)を見ていても表象/代行という言葉はあまり思い浮かばない。表象でなければ、代行でもなく、イメージでもなければ、再現でもない。そこに人がいるというふうである。私はあるコンテクストを持って見ているのだが、こうした印象はコンテクストの発見や形成ができない場合でもあまり違わないのではなかろうか。

舞台芸術は「分有」された主体としての他者を不特定の観客として構造化している。分かりやすくいえば主体としての演者は観客を事前に想定しているわけだが、その観客とは原則的には不特定多数であろう。それゆえ不特定多数の視線に身を晒さないこと、作品を晒さないことも、選択として認められるべきことである。もちろん浜島がそうしたことを自ら積極的に選択しているというわけではないだろうが、不特定多数という観客の在り方が、かえって表象文化における表象を維持しているといえなくはない。時間性に基づいて形成された特定の共同性の中では、表象は一目瞭然という形象を伴って徴付けられるのであろうから、そこでは表象を言う必要はない、というより表象は成立していないというべきかもしれない。

「枠付けられたもの」を前提として、不特定多数性(もちろん他者性といってもいいのだが)が構造化されていることに由来することとして表象は語られる。

身体もまた「枠付けられたもの」であるのだから、表象されているものあるとは思われるが、それは浜島自身を離れているので、表象を問題化すべきような事態であるとは感じられない。浜島の踊りにおいて、他者をどうこうしようという思惑は絶縁されており、常に他者とはこの自身のことなのだ、という思考と佇まいが徹底している。自身が他者なのだから、いわゆる他者と通底している、あるいは自己の主体が分裂しており、分裂した自己における他者は「分有」という在り方で他者と主体を共有しているのだろう。そうした思考の徹底性が、表象の問題化という事態を回避しているようにも思われる。

しかし、思考の徹底性ゆえに、行為が腑に落ちるというのであれば、思考と行為が実は不可分だということでもある。この言い方は何がしかの詐術があるように思われるが、しかし、実は思考と行為が不可分であるのは当然であり、可分であるとするのは、西洋形而上学的な思考ではなかったか、ということもできよう。その日の天候一つで気分は変わってしまうものであるし、晴れた日は気分が良く、雨の日はいささか憂鬱になるのは、不思議なことではない。もちろんこうした在り方が「正しい」というつもりはない。しかし、有用な参照項ではあるはずだ。身体とは空気を呼吸するのであり、その呼吸を通じて眼前のものと通底しているといえなくはないのだ。ここで注意したいのは、眼前のものとの通底と似ているが異なるものとしてのアウラである。超越的なるもの=聖なるものとの呼吸を通じての通底が放つ輝きをアウラと呼んできたということだ。眼前のものに留まることと聖なるものと通底することは違うはずだ。聖なるものとは通底せずに、しかし、「枠付けられた」身体にまとわりつく何か。それはアウラと呼ばれるものではない。こう記述してくると、それは平面におけるイマージュに限りなく近いもののように思われてくるが、そうしたものへの回帰とか還元という言葉で語ればよいものではないだろう。

確かに浜島の踊りにおいて、「枠付けられたもの」=媒体を通して、無媒介的なもの=イマージュが現れるという逆説は成り立っていると思われるし、それゆえ、コンテクストの有無も問わないとも思われるのだし、それはそれでよいのだが、このような非歴史的記述を促す歴史的視点とはいったい何なのだろうか。

何年も前から浜島を見ているが、飽きるということがない。踊りに大きな変化もなく、目新しさなどもなく、いつも同じようなのだが、飽きるということはない。繰り返し同じものに立ち会っている、といってもいい。こうした反復的事態にこそ、固有性や単独性が現れるといってもいいのだし、舞踏などに見られる「本質主義」から最も遠いという形容もできるだろう。

だが、それは何を対象として対抗的に形成されているのかを忘れてはならないだろう。これは浜島に対してではなく私自身への言葉である。


※このページは、長文ですので英語への自動翻訳はこの辺あたりだろうと思います。

以下の文の英訳の続きはこちらをクリックしてください。【More English here】


木下以知夫 Ichio Kinoshita(彫刻)

私は夜に出かけていったので「行為」には立ち会っていないのだが、木下における「行為」の重要性とは自身が記しているように「この”物・場”にオルコトの重要性」ではなかろうか。

「人工廃物」と呼ばれる打ち捨てられたものが会場の床面を埋めている。なかでも目には入ってくるのはガードレールである。木下はこのガードレールを叩いたり眺めたりしているという。私が訪れた折りにも木下は会場に立ちガードレールをはじめとした「人工廃物」を眺めてもいた。

手が加えられていない、というのではない。木下によって焼かれた複数の100円ライターは、一個ずつ10センチ四方の木箱に入れられ展示されている。このライターは木下の「家の身辺にゴロゴロあったモノの一つ」であり、「いつ、どこで、どんなふうに焼いたか」もすでに記憶にないという。

「モノ」のほうから語ってくるのを待つ、というのでもない。「人工廃物」はゴロっとあり、ポツンとあり、人が関係を持てるものでもないというふうなのだ。木下はそうした「モノ」の在り方を「絶対的コリツ」とも記している。さらにはこのような「一個物」の「マッサツ」の場を広島のゲンバク(ヒロシマの死)」として見ている。

「モノ」なるものが、事前に存在しているのか、事後に存在しているのか。どのように思念するかによって、「モノ」の捉え方は変わってくるだろう。木下が近代・彫刻・作家であるとすれば、近代・彫刻・作家にとって、「モノ」とは事前に存在するものではない、といえる。近代・彫刻・作家にとって、「モノ」のモノ性とは事後に見い出すもの、見い出してしまうものではないか。木下の文章はこうした「モノ」と断絶することで見いだされるモノ性についての記述であるようにも思われる。

しかし、「人工廃物」もまた、人に使われた「後」で捨てられたものだろう。その意味では廃物を事前に見い出すことはできないのだが、「すべては人工廃物である」とするならば、その地平以後に私たちがいることになる。そこでは廃物もまた事前に存在している。

だがしかし、これやはりは仮構されたメタフィジカルな視点であり、そのことでなにがしかの対象を批評するという契機なしには、まさに形而上的な思念となるだろう。

木下の位置は、私には定かではないのだが、彫刻家の思考というものを感じないわけにはいかない。木下にとって行為とは「モノ」とともに唯ある、ということなのかもしれない。


水野稔也 Toshiya Mizuno(演劇を参照したパフォーマンス)

「演劇を参照したパフォーマンス」は、公演当日「演劇の上演」と改められていた。しかし、どうしてこうもややこしい言い方になるのか。どうして芸術領域にこうも拘るのか。それはなぜ芸術領域を肯定するという表現をとらないのか。なぜ、かくも脱−芸術、反−芸術というような表現をとるのだろうか。こうした試行=思考と錯誤を「演劇を参照したパフォーマンス」改め「演劇の上演」は、くぐり抜けてきただろうか。

「断片化されたテクストをMDでランダイム再生」し、左右にチャンネル分けされたテクストにも異なる身振りが割り振られており、事前に決められたことが上演ではただ実行されているようだ。事前に決めたことを文字通り実行する、という在り方にリテラルな思考が認められる。リテラルな思考は必ずや行為を肯定するだろう。行為を肯定する態度は極めて歴史的な態度である。つまりそれ以前の、行為をモメントとして考慮してこなかった芸術を否定することになるのだから。

この公演タイトルは「右耳と左耳の上演」とあり、「劇場内部における主体性について」とサブタイトルがある。また水野は、行為を演劇における「俳優の行為」に限定するという趣旨を文章に書いている。演劇における「俳優の行為」は、それ自体すでに「俳優の行為」であるのだから、以前の演劇の「俳優の行為」を否定する契機を内部に持っていない。否定する契機を持つためにはリテラルな思考が不可欠であると同時に、内部に契機を持たない「俳優の行為」を、上演/表象/代行ではないとするためには、どうしても外部性の刻印が必要となる。それは劇場の外という視点として存在するだろう。そうした劇場の外部という視点を隠蔽するために「劇場内部」が想像的・再帰的に設定される。「劇場内部」という言い方がこのように再帰的な想像物かもしれないということを忘れてはならない。

このような外部の内部化は、いたるところに見い出される。外面の内面化、西洋の日本化などがそうであり、内部と外部の衝突によって生じる危機を回避するものとして機能する。だが、危機は回避されたとしても無くなったわけではなく、外部にはあるはずの「真の」主体性が、この内部においては危機に瀕していると強迫的に想像される。それゆえ主体性の立ちあげや回復が、この内部に存在するであろう「本質」に基づいて目指される。これが「エッセンシャリズム」=「本質主義」といわれるものである。

ある局面では「主体性などない」という必要があるはずだが、それは公に奉仕する私という「滅私奉公」的なものでは決してない。もし行為になにがしかの意味があるとすれば「主体性などない」のに、そこに行為があるという、その在り方を見い出したときではないか。俳優の演技とは、そうした在り方を切り出そうとするところにあるといっていかもしれない。

内部/外部、客体/主体、女/男、日本/西洋というような二項対立図式自体が専ら悪いというのではないし、またこの対立を単に破棄するのでも十分ではないだろう。この二項対立図式が繰り返し生み出す関係的事柄を書き換えていくことが求められているのではないか。

私はだいぶ遠回しに言ってきたかも知れない。それはこうなのだ。この企画[行為の現場から/行為∞思考]において西島の提起する行為から最も遠いのは「俳優の行為」であると思うのだ。だからこの企画と一切交わらないとする「俳優の行為」がなされてもよかったはずなのだ。これは行為の文脈からではなく、演劇の文脈から言っている。水野が「演劇を参照したパフォーマンス」から「演劇の上演」と改めたことの意味は、そこにしかなかったはずではなかろうか。


岡崎豊廣 Toyohiro Okazaki(音)+清川桂史 Keishi Kiyokawa(映像)

岡崎の活動の中心はディスロケーションというノイズバンドである。清川もそのメンバーである。岡崎はサンプリングマシーンを使い、事前にサンプルした音を現場でカットアップする。それは音を構成したり組み立てるのではなく、むしろ散乱させる、というものに近い。だからこそノイズバンドなのである。ディスロケーションのそうした音楽の在り方に私はいつも共感を持ってきた。即興というコンセプトや現代音楽というある種の前衛へ傾くこともなく、またポピュラーな音楽という後衛へ傾くこともない。ただただノイズバンドというロック的在り方に留まり続けている。ディスロケーションはバンドである、という単純な規定。だが、その内実は単純ではない。清川はビデオを操作し、その他のメンバーもギタリストとサックス奏者という構成である。にもかかわらずノイズバンドという領域に留まり続けることのもたらす自在さがあるように私には思われるのだ。それは岡崎と清川の二人だけであっても変わらない。

清川は、以前はパフォーマンスといえる行為を行うこともあったのだが、現在はビデオの投影が主であるようだ。映像は身体の部位を映したと見えることが少なくない。清川自身がパフォーマンスを行うことからの移行を考え合わせてみると、断片化された身体へと関心が移行しているのかもしれない。投影は複数のビデオプロジェクターで行われるので、用意されたいくつかの映像を現場で組み合わせている。岡崎のようなサンプリングによるカットアップという形態にはならないが、デジタル映像機器が普及すれば、清川の投影方法もより拡散する方向になるのかもしれない。

私はディスロケーションの音楽の在り方に

共感を持ってきたと書いたが、こうしたディスロケーションの音楽の在り方の先に何があるのかはわからない。


古田一晴 Issei Furuta(映像)

かつて古田とともに自主映画・実験映画に関わってきた浜島嘉幸は、今回の古田の映像を「完璧なイメージだ」と語った。古田の映像をジャンル分けすれば、個人映画であり実験映画である、ということになるだろうか。三台の映写機を使い映写するという方法もとられている。具体的な風景や抽象的な画像が反復的に現れる。イメージ、表象、夢、そんな言葉が浮かんでくる。確かに、映写されたものを見ていれば、そうなのだが、映写は行為としても行われているので、映写している様子も見ようと思えば見えるのである。さらには岡崎豊廣のノイズ音、田中”もQ”茂久のサックスが加わっている。

ところで「完璧なイメージ」とは何を指しているのだろうか。ふだん私たちは映画を見るときに映画以外の何かを見ている。それは物語や情景といわれるものだろう。だが「完璧なイメージ」といわれる事態で見ているものは「映画そのもの」のように思われる。「そのもの」という言葉は誤解を招くので言い換えれば「映画という媒体」を見ているということだろう。これを見るためには、そこにイメージが不可欠である。何も写っていないものを見ることで「映画という媒体」を見ることはできない。なぜなら何も写っていないものは映画ではないからだ。逆に言えばどのような映画でも「映画という媒体」は見ることができるともいえよう。このようにどのような映画でも「映画という媒体」を見ることができるという事態を「絶対映画」と呼ぶとすれば、「完璧なイメージ」である古田の映画はそうした事態を純化した「純粋映画」と呼べるかもしれない。

「純粋映画」とは「閉じた映画」をも意味せざるをえないが、こうした「純粋映画」という事態を回避するための方策はいくつかあると思われる。その一つが「映写する」という行為なのだろう。確かに「映写する」という行為を顕在化することで、「開かれた映画」という地平に留まることができるのかもしれない。

私は、映画を光源として「行為」に光を当てると、「行為」に、また異なった陰影を与えることができるかのように記述しているが、

しかし、果たしてそうなのだろうか。こうも言えなくはないか。映画には「行為」を思考することはできない、と。


西島一洋 Kazuhiro Nishijima(体現)

自身の行為を「体現」と名付けている西島は、会期の最終日、およそ二週間に渡って使用されたギャラリーの壁を日の出から日の入りまでの時間をかけて白く塗りなおした。私が立ち会ったのは、日の入りまでの約一時間ほどであった。

中央には鉄球が吊り下げられている。壁塗り作業の合間に、時折、中央の鉄球の下に座し、棒きれで鉄球を叩く。剃髪した髪がサラシに織り畳まれており、それを広げたりまた畳んだりもする。これは意味不明の行為である、というより、むしろ意図的に無意味である行為を行っているのであろう。

ギャラリー使用後の壁塗りは現状復帰として「現実」に必要な行為であろう。この行為が意味の明瞭な極めて「現実」的な行為であるがゆえに、その「現実」的な行為を切断する行為は、最も非現実的で無意味であることが望ましいはずである。

「現実」に必要な行為と非現実的で意味不明の行為の交わりの中に、西島は自身の「体現」を成立させようとしているといえるかもしれない。「壁塗り」と「鉄球叩き」を結び付け、そして切断することで、そこで行われる行為=「体現」が単なる「芸術のための芸術」に堕さないように設らえてあるともいえるだろう。

このように記述してくると、これは「芸術としての行為」なのか、「反−芸術としての行為」なのか、という二元的な紋切り型の問いが想起される。それはまた「反−芸術としての行為」は芸術領域の境界を曖昧にしながらも、常に芸術領域との対抗が意識されており、結果としては「芸術」を補完し強化する、という定番をも想起させることになろう。もちろん西島はこの紋切り型の問いに対して、「これは体現と名付けられたものである。」という答えを持っている。だが、しかし、この紋切り型の問いが私の頭から去って行かないのはなぜだろう。

西島は自身が画布に向かって描く線にリアリティを感じることができない、それよりも暮らしの中でふと付いてしまう壁の傷にリアリティを感じる、という。ここに、もともと絵を描いてきた西島の困難があり、「画布に向かうこと=芸術」と「暮らしの中の壁の傷=反−芸術」を交差させる「体現」へ向かう契機もあるのだろうと思われるが、その思念に私は、「芸術/現実」「アート/実人生」の分離を止揚するような方向を感じているのだろう。

止揚する=解決する策を私たちは何も持っていないのではないか。つまり分離を分離のままに維持すること。西島にとってそれはどのような事態を意味することになるのだろうか。


………………………………………………………………………………………

以上が、海上宏美氏(Mr.Unakami)の文章である。

僕の文章も加えていずれ、必ず小冊子にする。

西島一洋 Kazuhiro Nishijima


出典元:行為∞思考 ”Act∞Thought” Kazuhiro Nishijima

…出典元の参照文章:上記…


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