花山多佳子『晴れ・風あり』

秋にいただきました。
ありがとうございました。


10首選(☆1首選)


われわれの世代のやうにアジることなきゆゑ湯浅誠を信ず
われら団塊世代の親のおほかたは大正年間の生まれなるべし
遊びに出るこどもをよろこぶ感情を二十七歳のむすめに未だ持つ
霜月を儚く清きおもざしに連行さるる小室哲哉
つづまりは妥協を余儀なくされるゆゑハンストはするなと祖父の言ひゐき
黄葉のいちやう並木の道ゆけば顔から眼鏡がすつと落ちたり
ゴミ出しに行くたび見上ぐ陸橋の柱に描かれし梵字のごときを
誰よりも深き力を湛へたる大人とならむ子供たちが居り
☆こまごまと被災手続きするために思ひ起こすは苦しくあらむ
バブル期の息子の果てなき欲望の形見なりけりガンダムカードは


以上です。

島田幸典『駅程』

駅程―島田幸典歌集

駅程―島田幸典歌集


秋のはじめにいただきました。
ありがとうございました。


10首選(☆1首選)


電灯を落としつつゆく廊下ありて寝室[ねや]の明かりに妻とおち合う
白たまのいのちひとつというごとくフード被りて眠る人あり
石のほかなべて朽ちたる住宅に不全の感をわれは催す
雨あとをもどる日差しにしらほねの明るさをもて碍子は照れり
昼暗き厨にゆけば臨済の僧のごとくに焼酎の立つ
☆午まえの指標に安き患[うれ]えせりとおくかかわるを当然視して
朝空に錆びし白れん展[ひら]きけり天人五衰を見しむるがこと
梅雨の間のふところ深き青空に避雷針おお挑みて立てり
レインコートのベルトを締めてたちまちに海上自衛官の胴の細しも
平日の昼間の家に帰りきて誰もおらねば旅するごとし

  • 妻の歌が多い。安定感のある相聞
  • 馬の歌が多く、あるいは、糞尿譚がめだつ。
    • これらは端的に「生」の領域の意味であり、そこが何らかの理由で圧迫を受けているときに、歌として現れる様子
  • ロジカルに詞を組んでいるが、漢語が強勢であり、濃縮感がある。
    • 電柱の柱の根が、姿をあらわしている部分の倍あるようなイメージ
      • 単語や発想じたいにタイミングと距離の定まった飛躍があり、理解が届かない場面でも、信頼があるので捨てられない
    • カタカナや一字明けは極小で、韻律を文語に預けている
  • 鉄道・軍・城・藩などのワードで囲まれる小世界があって独特
    • 個人的にはたいへんよくわかる(ような)世界
    • いっしゅの理性なのではないか(混沌や悪に対する)


以上です

『蓮喰ひ人の日記』(黒瀬珂瀾)

蓮喰ひ人の日記

蓮喰ひ人の日記


夏の終わりにいただきました。
ありがとうございました。


10首選(☆1首選)


国の苦をおのが苦として歌ふこゑBasicallyと繰り返しつつ
君が代が爪弾かれつつかなしいぞ教会の床を濡らせるビール
母はしづかな忘我の管と思ふとき背に犇めける九〇〇〇ポンド
☆妻と嬰児は夏のひかりを分けあひて真白き部屋に尿[pee]の香は顕つ
汗ばめる髪に苺の香りして児はわが胸をこころみに吸ふ
土耳古樫葉[トルコオーク]に裂け目は深し児の来たるからには父母にならねばわれら
まろまろと息する命背負いつつカルピス原液二リットル抱く
遠くまで来たのだ金正日の死が一面に配されざる程度には
テムズの霞に立てる親子のゆきだるま頭のしたに胸と胴ある
香り玉のやうなうんこを転がして児は英国に残すものなし

  • 2011年、ダブリン・ロンドンでの(妻の)留学のさいに、子の誕生があるという展開
    • 大容量の詞書を配し、日付をつけている。岡井隆と小池光の手法の融合
    • 引用1,2首目にあるように、異国にあって祖国を想うタイプの歌・詞書が前半に多い。
    • 団塊リベラルの伝統的価値観が、憂国の感覚や国際政治のリアリティに挑戦を受けている、というスタイル。ただ、この部分での深まりや転回はなく、後半にほぼすべてが子の誕生に回収される
  • 詞書がなくとも成立する子の歌に良い歌が多い
    • 尿、吸ふ、胸、など身体性の再発見や確認


以上です

柏崎驍二『北窓集』


夏の終わりにいただきました。
ありがとうございました。


10首選


上の家下の家ある坂のみち海のひかりが崖[きし]を照らせり
四十雀の巣箱を掛けて三十年巣立ちたる雛二百にちかし
杉山の奥の社に湧く水をふふめば身ぬちいはばしりたり
海を見ぬ日のなく暮らし来し叔母が津波ののちに衰へて逝く
☆天[そら]深くなりてひがしにながれゆく今年の雲はみな死者の雲
小雪散り三月近し嵩上げや盛り土[ど]のことば耳に慣れつつ
被災地の高校生のために書く小文にこころ抑へがたき夜
露天湯の縁に坐したる老人が日にひかる蟻を突如叩きつ
貧の相、苦の影のなき土偶たち岩手縄文の地層より出て
刈草に日は薄くして山鳩はきのふとちがふ方角に啼く
裏庭にひとなつ居りし蛙鳴かず帰りしやかの鹿蒜[かひる]の山に

  • すばらしい歌集。なんとか手にいれて読んでほしい
  • 背景から、震災詠について語られがちになると思うので、すこしべつの切り口を提示したい
    • 引用二首目
      • 以外と戯れ歌に属する歌が目立つのが、本歌集の特徴。たまに投げてみた変化球ではどうもなさそうな感じ、がする。じつはこちらが本質だったりする、と面白い
    • 引用四首目
      • このような「ぶつ切り」の歌は、手練れに似つかわしくないのだが、それを逆手にとった迫力があり、もちろんそれを確信的におこなっている(他の歌をみれば、了解されるものと思う)。
    • 引用五首目
      • 集中代表と思う。上句は、盛岡に住んだ経験のある私の実感を揺り動かすものでもあった。彼の地では、雲はまようことなく東に流れてゆくことがある。また、内陸ゆえに、天球がさらなる深みを見せることがある。「望郷」の念すら湧いた。この歌のような、把握の大きさも魅力。
    • 鳥の歌、日本の画家の歌が多い。特に画家の歌は、それぞれ勘所がうまくとらえられており、感銘を受けた。引用していないが、萬鉄五郎の歌にはとくに響くものがあった。


以上です

川本千栄『樹雨降る』

樹雨降る (塔21世紀叢書)

樹雨降る (塔21世紀叢書)


夏にいただきました。
ありがとうございました。


10首選(☆1首選)


目の内に伝染[うつ]れば視力失うと眼科医は言いわが顔を見る
酔いはいつも身体の奥にあるものを酒を飲まねば取り出せぬ人
洞窟に入って行った子供たち小さな可愛い怪物たちよ
ペンギンとラッコを浮かべ笑っていた息子は遠い 湯船には髪
  ヴォイテク
ポーランド兵故国へ帰れず 戦場の熊の話のそれが結末
☆腎臓結石の人らと話をしていると自分も結石のような気がする
軍艦に似た雲光る 人を恋うことは私にもう無理ですか
入院の最後の夕餉はアジフライしっぽ残して皿の蓋閉ず
オオシマさんに替わっていたり大阪ガス検針票のコイヌマさんは
ラジコンカー有害ごみに廃棄して終われりわが子の子供時代は

  • こどもの歌が多い。
    • 頌歌が凡になることが多く、章立てと編年体のバランスに強弱があってもよかったかもしれない
      • いわゆる"孫歌"的な歌群
    • 印象が強いのは、具象を過ぎて存在のはかなさへと至った歌であり、あるいは、親からみた子である我、が登場して相対化された歌である
  • やまいの歌に良いものが多い。
    • 必然的に、最終第六章に山場が来ている。
    • ここにもう少しボリュームがあってよかったのではないか、もう少し読みたかったとも思わせた
    • 皿蓋の歌は、じつに塔っぽい名歌である(病院食は、汚染・乾燥などのトラブルをふせぐために、皿に蓋がついていることがある)


以上です

中家菜津子『うずく、まる』

うずく、まる (新鋭短歌シリーズ)

うずく、まる (新鋭短歌シリーズ)


初夏ごろいただきました。
ありがとうございました。


10首選(☆1首選)


あれからの日々を思って鉢に撒く期限の切れたミネラルウォーター
まっすぐな一本道の果てに立つポストに海を投函した日
花冷えの眼鏡の弦をたたむ音 目を閉じるのはあなたが先だ
☆三日目のパンの青黴、春の雨。微熱のおんなのにおいがまじる
貝殻が砂にかわってゆくまではわたしを生きて愛そうとする
親指で傘をひらくとひとつだけ折れてしまった銀色の骨
チェルシーの箱に金魚を弔って雪を掘っても土は見えない
産み立ての卵の青いぬくもりが震える指を伝う如月
スプーンを瞼にあてるおさなごが遠く見ているC[ランドルト環]
ササン朝ペルシアに引いた水色のラインはかすれ遠雷を聞く

  • 相聞にみどころが多い。
  • 短歌だけではなく詩がかなり多く採録されており、そこにシナジー効果があるかどうか、がいちばんのポイントになってしまうのは、すこし惜しいのではないか。
    • 歌集名でもある「うずく、まる」が集中のひとつの山場であり、そこでの切実なテーマと、それが現実にあったことかどうかが一度は問われてしまう短歌、がうまく響きあっているのか、など
    • 一方で、出身である旭川がバックグラウンドにあることなどは隠されておらず、そちらを棄てていない、というのをどう見るか
    • 歌以前のところで気が散ってしまうのは損かもしれない、ということである
  • 全体に、歌はことばの選びがゴージャスっぽく、詩はややシビアっぽい配置。
    • リフレインに、ニュートラルな評価で、ある種の自己陶酔感がみえるのが特徴


以上です