過ぎ行く如月(キサラギ)

イギリスに「雪の1月、氷の2月、風の3月」という歌がある。温帯の国に共通する特徴といえる。
初春以来、朝7時前に柴犬と散歩にでかける。2㎞余りの道のりを約40分かけて歩く。我が家の柴はペット犬ではなく、猟犬・番犬だ。雌だが、散歩中も気分を害せば飛びかかかり噛みつく。"飼い犬に手を噛まれる"のは覚悟のうえである。聴覚もそうだが嗅覚の鋭さは凄まじい。10m先の匂いを嗅ぎわけ突如猛進。思わず引きずられていく。


小さな公園を囲む小道のわきを小川が流れている。坂になっている緑地帯に紅梅が何本か植えられている。開花してもう3週間にもなろうか。梅は咲き花の匂いを催す。年老いた散歩人たちが背伸びをして香りを嗅いでいる。紅梅には柴犬は無関心だ。むしろ樹の根元を嗅ぎまわっている。
濃い花色にはいささか世俗さを感じるが、優しく親しみやすいところもなくはない。
    梅が香に追ひ戻さる寒さかな (芭蕉)
   紅梅の母の願いを濃く咲けり (長谷川かな女)
白梅も小ぶりながらひっそり咲いている。白色一重の花をつけ剛健で分枝も多く、詩情をそそるものがある。
 春の夜の闇はあやなし梅の花色見えね香やは隠るる (和漢朗詠集)
2月は凍る月。なんでもが氷に気圧されて、しいんと静まっている月。だから、ものの音が冴えて聞こえる季節なのだ。2月のことを如月(きさらぎ)というが、これは寒くて着物を更にかさねて着る意だという。

家の中では便利な暖房具が行きわたっていて、着重ねるほどの寒い思いはしないが、朝ごとの白い霜をみるとやはり、キサラギの月だとも思った。厳冬2月はもう萎えるものは萎えつくして、霜はほしいままにぞっくりと地に柱をたてて、土をさえひしいだ。
が、武蔵野にはもう霜もなく<氷の2月>も終わりだ。今朝は珍しく無風快晴。マフラーも要らなくなった。
暦の上だけでない春まぢかだと思うが、霜の勢いの殺げるのも名残惜しい。