旭亭だより

2018-06-21 バードでラテンを

チャーリー・パーカーのボックッセットにラテン音楽を集めた一枚があることを思い出し、早速聞くことにしました。「ティコ・ティコ」「ラ・クカラチャ」「ラ・パロマ」など、私でも知っている曲が入っていました。

楽しくて、演奏はしっかりバード。音もよく、いいものを見つけました。

2018-06-20 今月は本を

六月のハイレゾ音源購入はゼロ。本を数冊買って、そちらにはまわせなくなりました。小遣いが少ないのですから我慢するしかありません。どうしても欲しい新譜がなかったこともありますが。

美術館にも行っていません。こちらは天候のせいです。

2018-06-19 杉浦日向子『合葬』

『百日紅』(ちくま文庫)が面白かったので『合葬』(同)を買いました。彰義隊の隊士二名とその友人を主人公とした作品です。映画化され、先日NHK・BSで放映されましたが見ていませんでした。

三人とも嘉永四年の生れですから上野戦争時には十七歳でした。彰義隊は十代半ばから二十代の若者たちで成り立っていたようです。

幕末偉人たちは登場しません。江戸を去る慶喜が背景として描かれるだけです。三人のうち生き延びるのは一人。彼のその後はわかりません。

隊士とならなかった英明そうな若者が先に死んでいくのが哀れです。巻末には「長崎より」と題された、彼の死の数ヶ月前の姿を描いたほのぼのとした短編が添えられています。

上野を歩きたくなりました。

2018-06-18 古いジャズ

このところ1920年代のジャズを聞いています。古いジャズを聞くようになったのは50歳を過ぎてからなので、アナログレコードは持っていません。

今聞いているのはジェリー・ロール・モートン。26年から30年までの録音を集めた5枚組のセットです。解説はなく、メンバーと録音日しか書かれていません。だいぶ前に買ったのですが、サッチモバイダーベックのように惹かれるところがなく、ほとんど聞いていませんでした。音は悪くありません。

2018-06-17 青山二郎「上州の賭場」

昨日の東京新聞の「筆洗」欄で青山二郎随筆博徒風景」が紹介されていました。この文は読んだことがあります。再読したくなり書棚を捜しました。ありました。『青山二郎全文集』(ちくま学芸文庫)です。下巻にそれは収録されていました。「博徒風景」には「続・上州の賭場」という副題が付いています。「上州の賭場」と合わせて読むものでしょう。

新聞に書かれていた負けた翌晩に「空き俵の様になつて転がつてゐた」男は、「山から来」て「炭になるか―灰(へえ)に化(な)るか!」と「気合ひを掛けながら」一番先に張っていました。そうして彼は「勝つ時ア、金要らねエ―」という賭場の魔力に引きずり込まれていったのです。

「上州の賭場」はすさまじい闘鶏の描写で始まります。読み続けるのが辛い文章です。

2018-06-16 ファインダーが暗くなり

祭りの撮影を頼まれる夢を見ました。真冬の真夜中から明け方に行われる祭りです。神輿山車は出ず、ただ人々が神社をお参りするだけの祭りで、二年詣のように見えました。

カメラは古い銀塩の一眼レフでレンズは標準でした。露出計は内蔵されています。そんなカメラですからファインダーを覗いて見えるのは画像と露出計の針のみのはずなのですが、現在のデジタルカメラのようにいろいろな情報が表示されていました。

寒さに震えながらシャッターを押しました。ストロボは禁止されています。たいまつを持つ人もなく、灯りは神社の灯明だけです。下手な私にはいい絵は撮れません。

しばらくするとファインダーが見にくくなってきました。朝日が昇り周囲は明るくなってきたのですが、ファインダーの中は暗くなるばかりです。撮影をやめろというサインと考え、ふるまわれている餅を口にしました。

つまらない祭りでしたが、写真を現像したら得体の知れぬ何者かが映っていたりして……。

2018-06-15 杓子定規

杓子定規」ということばは使われ方で意味がわかり、辞書を引いたことはありませんでした。「定規」は物の長さを測るものだから、融通がきかないことの例えとなったのだろうと考えていたのです。「杓子」が何であるかは知っていましたが、なぜ定規と結びつくのかは気にしませんでした。

柴田宵曲の『妖異博物館』を読んでいて「杓子」に出くわしました。汁をすくう道具という普通の意味で使われていたのですが、「杓子定規」が連想され疑問が浮かんできました。

「杓子」は量を量るものではありません。ならば「杓子定規」は「杓子」と「定規」が計測具という範疇からイコールに結ばれたのではない。なぜ「杓子定規」なのか。

広辞苑』には二つの意味が記されていました。「(杓子の曲がった柄を定規に利用したところから)正しくない定規ではかること」と「一定の標準で強いて他を律しようとすること。形式にとらわれて応用や融通のきかないこと」です。私は後者の意味しか知りませんでした。前者の意味で「杓子定規」というならわかりますが、後者では納得できません。

大辞林』を引いてみました。意味は一つで、「〔古くは杓子の柄は曲がっており、定規にならないのを定規の代用とするということから〕一定の基準・形式で他のすべてを律しようとすること。融通のきかないさま」です。

他の辞書も引いてみましたが書いてあることはほぼ同じでした。わかったような、わからないような……。

2018-06-14 文庫本のブックカバー

書店ではカバーは付けずに本を袋に入れてもらいます。家に帰れば捨てるだけですから。読むときはそのまま。白い表紙だと気を使います。服と一緒です。でも文庫本は別です。表紙がやわなのでブックカバーをかけています。

ブックカバー文庫本に付いている応募券を集めてもらったものがほとんどです。何種類もありますが、お気に入りは講談社学術文庫のものです。新潮文庫のYondaのカバーはよくできていますが、生地が厚すぎて実用的ではありません。

買ったものもあります。革製で同じ物が二枚。二十年以上前のもので、柔らかくなり、表面はこすれていい味を出しています。一番の愛用品ですが、欠点は厚い本が入らないこと。今はその中に柴田宵曲の『妖異博物館』(ちくま文庫)が入っています。

2018-06-13 小遣いの倍以上

住民税の一期分を払ってきました。本年度から普通徴収になり四回に分けて納付します。働いていたときは特別徴収で月割でした。

税額を十二で割ると私の小遣いの倍以上になります。予想通りの金額で驚きはしませんが、それにしても高いなぁ。

2018-06-12 音楽の本

四十年ほど前、レコード収集の参考にするためにジャズの歴史についての本を数冊読みました。今は手元に一冊も残っていません。

最近のアメリカ大衆音楽の研究書を読み、感心することしきりでした。ジャズの研究も進んでいることでしょう。久しぶりに読みたくなっています。