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ゴミの生活(四代目)

2017-05-21

だいぶポケモンを持ち上げているが――中沢新一『ポケモンの神話学』(角川新書)





(本文670文字)

1997年に出版された『ポケットの中の野生』の新版。前書きがついているが、あとはそのまま。

ゲームボーイの初代『ポケモン』のシステムを、ラカンの「対象a」概念を軸に分析している。「対象a」とは、意識のヘリに出てくるなんともいえない名づけ難い対象のこと。潜在と顕在、秩序と混沌の境界面に漂うなにか。命を脅かすものかもしれないが、かといって完全に遠ざけることはしない。社会とは言語であり、言語とは去勢である。象徴的秩序に組み込まれることで社会化されるが、それと同時に何かが抑圧される。現代思想(具体的にはラカン)のよくある話。子供たちが『ポケモン』にドはまりするのは、フロイトが見つけた〈いない/いた〉遊びに興じる子供と同じく、言語の社会化機能の本質を『ポケモン』が持っているからだ、というのが中沢の主張。

ああ、現代思想。懐かしい匂いがする。中沢新一著作をちゃんと読んだのはこれが初めてだ。10年前に読んだのであればもう少し感動していたかもしれない。『ポケモンGO』ブームに便乗したのだろうが、現代思想ブームは完全に過ぎ去っていて、なんだかちぐはくだ。いまや現代思想すら歴史化の対象であり、普遍的に感じられた分析ツールもしょせんは期限付きのまやかしだという批判すらある時代。

面白かったのは、言語の象徴的機能が弱まっているのが現代という指摘。正しいかどうかはさておき、同様の主張は〈セカイ系〉を論じる東浩紀もしていたのだ。(斉藤環はそんなことはない、という。)しかしここまで情報化が進んだ社会こそ、言語の象徴的機能が徹底されているのだ、といえないだろうか?

2017-05-17

イケメンという暴力――映画『世界から猫が消えたら』


世界から猫が消えたなら DVD 通常版

世界から猫が消えたなら DVD 通常版



(441文字)

良い映画だった。

脳腫瘍ですぐに死ぬとされた主人公が、自分そっくりの悪魔から余命を一日延ばすかわりに世界から一つものを消す、という取引を持ちかけられる。最初は映画、次に時計、そして猫。ものが消えると、そのものにまつわるものすべてが消えていく。思い出も、出会いも。

脚本は破綻している。考えれば考えるほど、ツッコミどころばかり目立つ。どうやら原作にはないブエノスアイレスのシーンは、ストーリーを根本から破壊している。完全に不要。それでもイケメンと良い音楽、ノスタルジックなロケ地(函館)があれば、それなりに見れてしまう映画ができる。映画が「見るもの」であるとするならば、これは良い映画だろう。主人公が恋人や映画マニアの親友との出会うきっかけは、妄想を具現化したものであり「イタい」ものであるのだが、雰囲気に乗ってしまえばこれもまた見れてしまう。言ってしまえば雰囲気映画で、でもこういった雰囲気が好きならば、別に悪いものではない。

ネットで感想を漁ってみたが、評価が真っ二つなのが面白かった。

2017-04-18

第二次世界大戦の日本軍の戦死者は、半数以上が餓死 ――飯田進『地獄の日本兵』(新潮新書)


地獄の日本兵―ニューギニア戦線の真相 (新潮新書)

地獄の日本兵―ニューギニア戦線の真相 (新潮新書)




(691文字)

筆者が従軍し、体験した、地獄のニューギニア戦線。生々しい。戦力の逐次投入。補給線なし。食料も最低限の携帯で現地調達。貧弱な装備。勝てるわけがない。歩けるところは敵に占領され、道なき道を飢えと病と闘いながら歩く。もちろん、大半が死んでしまう。ひどいひどいとは聞いていたが、ほんとうにひどい。

あとがきの筆者の言葉。

戦後、とりわけバブル景気華やかだったころ、数多くの戦友会によって頻繁に行われた慰霊祭の祭文に、不思議に共通していた言葉がありました。
「あなたがたの尊い犠牲の上に、今日の経済的繁栄があります。どうか安らかにお眠りください」
飢え死にした兵士たちのどこに、経済的繁栄を築く要因があったのでしょうか。怒り狂った死者たちの叫び声が、聞こえてくるようです。そんな理由付けは、生き残った者を慰める役割を果たしても、反省へはつながりません。逆に正当化資するだけです。実際、そうなってしまいました。
なぜあれだけおびただしい兵士たちが、戦場に上陸するやいなや補給を絶たれ、飢え死にしなければならなかったのか、その事実こそが検証されなければならなかったのです。兵士たちはアメリカをはじめとする連合軍に対してではなく、無謀で拙劣きわまりない戦略、戦術を強いた大本営参謀をこそ、恨みに怨んで死んでいったのです。
その大本営参謀たちは、戦後どのような責任をとったのでしょうか。(…略)



今の日本の政治体制自衛隊含む)は、実は戦前と地続きである。政治家や軍人は、続いている。反省があればまだましだ。反省はあったのだろうか? 戦前と戦後の連続性が、かつてないほどに強調される今だからこそ、読んでおきたい。

2017-04-17

非人間的な人間の葛藤は人間的か――芝村裕吏『猟犬の國』(角川書店)


猟犬の國 (角川書店単行本)

猟犬の國 (角川書店単行本)




(405文字)

日本のスパイ、通称イトウ。個人ではなく組織なのでイトウ家。彼ら彼女らは表の世界が「何事もない」ように、裏世界で活躍する。そんな一人のイトウ。彼は南米出身の日系ハーフ。第一話では西成に潜入し、目標人物(「皮なし大根」「キャベツ」「人参」)を「買う」ことが仕事。第二話から、スパイの親子関係(指導者と新人)が描かれ、イトウのもとにも他の組織から新人が出向してくる。

物語全体として、焦点はイトウの新人教育にある。(続編の含みもあるのだろうか?)ただ個人的には、新人教育よりも第一話のような工作活動メインの活劇が見たくもあった。というのも新人教育が軸になるとユーモラスなかけあいが入り込み、第一話のような殺伐さが消えてしまうから。非人間的な業務を人間がこなすことで生じる摩擦が、この手の物語の面白さであるならば、もっとギスギスしててもよいのでは? いや筆者は、まったく同じ理由で新人教育を登場させたのかもしれないけれど。

2017-04-10

地に足の着いた福島――玄侑宗久『光の山』(新潮社)

光の山 (新潮文庫)

光の山 (新潮文庫)



(455文字)

東日本大震災以降に書かれた短編を集めたもの。

表題作「光の山」」は放射能で汚染された土やらなにやらを一手に引き受けた男の話。

放射能汚染から北海道へ息子を連れて非難した妻と、福島に残って植木屋の仕事をする夫の関係を描いた「アメンボ」。夫は福島にいるので、放射能についてよく調べ、低放射線被曝の問題についても詳しい。科学的根拠を持ち出して妻を説得しようとするも妻は受け止められず、溝は深くなる。

仮設住宅で結婚式を挙げたいと相談された元結婚式場の支配人が主人公の「拝み虫」。式場は津波で流され、除染作業に従事している。胆管癌を患い、体調は良くない。除染作業、仮設での暮らしが描写される。

圧倒的な津波。その後の放射能。筆致は写実的であり、煽情的ではない。放射能を忌避するのではなく、どうしたらそこで生活できるのかを考えようとする姿勢も(登場人物には)見られる。地に足がついた、というのはそういう意味だ。原発事故以降、放射能災害をやたらと特権化し、不安をあおるだけの「文学」もあったようだが、そうではないのが本作品である。

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