2012-05-05 (土) 子どもじゃない「日」
生存確認、しましょうか!
お日様のように とっても大事な お友だちから、
「たまには日記 更新せいや、ワレェー!」
と上品な口調で おねだりされたため、
緊張しながら緊急に近況を書きまふ。
──って、毎日のように
本家のサイトは更新しているんですけどね!
携帯電話からでは分からないかー。
『バクマン。』『HUNTER×HUNTER』の感想・デジカメや PC 情報など | 亜細亜ノ蛾
ニュースサイトも細々と続けています。
そのほかの更新情報は
下のページに まとまっていますが──、
たぶんケータイからでは見にくいかな?
あじもす@asiamothさんのプロフィール - livedoor プロフィール
さて、上のサイトのほかに
アダがルトなブログもやっていて、
これらの広告がアレコレする(規約で書けない)から、
けっこうな潤いが できるんですね。
ただ、親子 2 人が笑って暮らせるようになるには、
まだまだ遠い──。
毎月 諭吉が手に入るようになったのは、
ほんの最近です。
オカンを楽させるためにも、
もっと がんばろう!→オレ
2012-03-10 (土) 二度と戻らない日常
いつもと同じ仕事場で
夢 | |
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会社で仕事をした。
いつものように電話が掛かってきて、
いつもどおりに対応する。
いつもみたいに客を怒らせた。
ウチの会社は すべての電話内容を記録する。
対応履歴を見ると、その お客はクレーマだった。
今回ばかりは自分だけの責任ではないようだ。
ホッとしながら履歴をまとめる。
我ながら上出来じゃん──と自画自賛しつつ。
昼休みになった。
そして、休憩室へ向かう途中で気がつく。
この会社は 2 年前に退職していた。
昼食用のコッペパンをカバンに押し込みながら、
「とても信じられないことが起こったのですが──」
と当時の上司だった女性に相談する。
経理に申請すれば時給をもらえるようだ。
──という夢を見ました。
本当に客の怒り具合も当時のままだったし、
妙にリアルで ずっとドキドキです。
時給をもらっても おかしくないくらい。
誰一人として自分が辞めたことに気がつかない──
あるいは気がつかないフリをしているという点も、
現実味があって悲しかった。
ちょっと補足しておくと、以前の会社は
3 年間で 60 人以上も社員が辞めている。
それくらい入れ替わりが激しいから、
自分が出戻っていても不思議ではないのです。
恐ろしい空間だったなー。
2012-01-10 (火) 遅すぎる初夢
たとえ夢の世界でも
この世から旅立っていった猫と、夢のなかで会った。
歴代の猫たちが出入りしていた台所のサッシから、
元気に入ってくる影が見える。
その白いシルエットは、間違いなくトロだ。
でもしかし──、
自分は彼が帰ってこないと ほぼ確信している。*1
こういう時に自分は、夢を見ながら
「これは夢だ!」
と気付くことが何度もありました。*2
最近では その能力(?)は使えなかったけれど、
今朝は何となくおかしいな──と思ったのです。
そこで試しに今回は、
「自分の手を見て判断する」
ということを夢の世界で思いつく。
自分の手ほど多く見てきた物はないからだ。
顔よりも多く見て触れてきた。
そして手のひらと手の甲を何度も見たり、
手と手をすり合わせたりして、ようやく
「これは夢じゃない!」
──と断言した。夢のなかで。
さっそくトロを可愛がろう。
そう思って彼を引き寄せると、
なんだか様子が おかしい。
つい先ほどまでは白い毛並みだった猫は、
いつの間にか茶色いトラ模様になっている。
トロがトラに──これいかに?
──そうか、これは にゃびだ。
1 年以上が過ぎて、彼女が成長した姿なのか。*3
小柄だった彼女は、目の前で丸々としている。
姿形は変わっても、魂は変わらない。
にゃびだと信じて つかの間の交流を楽しんだ。
今日の朝に見た この夢が、今年の初夢です。
正確に言えば、ハッキリ覚えている夢を初めて見た。
「トロかと思ったら別の猫だった」夢は、
なぜか何度も見ています。
たぶん、小さいころは白かった彼が、
日に日に模様が浮き出てきたから、
その印象が強く残っているのでしょう。
この夢は、何かを意味しているのだろうか?
そもそも、夢には意味などあるのだろうか?
うしろ向きにも前向きにも取れる夢だった。
ただ一つ言えることは、たとえ夢の世界でも、
彼ら・彼女らに会えて良かった。
盆や正月くらいは帰っておいでよ!
2011-12-31 (土) 2011 年と一緒に去る思い出
旅へ出たトロに感謝の言葉を
猫 | |
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なんだか この日記は、
「もういなくなってしまった猫たちの報告所」
に なっていますね。申し訳ない!
今回は、トロについて書きます──。
彼がいなくなってから、
じつは 1 か月以上が すぎました。
しかし、まだ実感が湧きません。
そのうち帰ってくるのでは──とも思っている。
というのも、最期を看取ったわけではないからです。
でも、どうやら この世で会えないことは確実らしい。
まぁ、にゃびの時は彼女の体を土に埋めたけれど、
それでも帰りを待っていたりするから、
最期の姿なんて関係がないのかもしれませんね。
くろも、にゃびも、トロも、
みんなみんな「生きて」いる。
自分の心の中に──。
今日の写真は ほぼ最後に撮ったモノだけれど、
なんだかグッタリしているように見えますね。
じつは、これは甘えている表情です。
11 月の頭は、こうやってゴロゴロと寄ってきました。
あのころは、
まさか こんなにも早くお別れの日が来るとは──。
にゃびが眠る お墓には、毎日あいさつをしています。
くろと にゃびに感謝の言葉を念じている。
しばらく前からは、トロの名前も加わりました。
あのコたちには、ひたすら感謝しています。
「ありがとう」
その言葉しか出てきません。
去りゆく 2011 年にも感謝の気持ちを込めつつ、
この世を去る日まで楽しく生きていきます!
2011-09-14 (水) あれから一年、これからの一年
にゃびが旅立っていって一年
猫 | |
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今日は、お姫様猫・「にゃび」の命日です。
「この世で もっとも高いところ」に行ってから、
もう丸一年が過ぎました。
早かったような、長かったような──。
自分が住んでいるアパートには、小さな庭があります。
こういう時には、「猫の ひたいのように小さい」と
言い表わすものですよね。
でも、意外と猫の ひたいって、広かったりする。
それとも、どこまでが おでこなのか分からないだけ?
同じように──、
ガーデニング好きなオカンが植えた植物たちは、
あきらかに となりの庭を侵害しつつ、
縦横無尽に伸びまくっています。
その畑の中に、にゃびは眠っている。
「衛生的に、どうなん?」
とツッコミを入れられそうですが、最近見た彼女は
すっかりと「まっ白な姿」だったので、
よろしいのでは ないでしょうか。
(近所のノラネコの しわざだと思う。埋め直した)
その「お墓」に、毎日 お墓参りをしています。
雨の日も風の日も、地面が大きく揺れた日も、
「にゃび」と「くろ」に あいさつをしている。
とくに「くろ」は、こっちの世界では
あまり かわいがってあげられず、
向こうの世界へ旅立ってからのほうが、
ずっと よく話しています。
自分もオカンも、みんなみんな、
いつかは旅立つ日が来る。
その時が来るまで、しっかりと生きていきます!
2011-02-01 (火) 今年一番寒かった日(を小説風に)
トロが逃げていった日(の思い出)
プロローグ──(終わりと)始まり
羽の生えたウサギのように、
急ぎ足で 1 月は飛び去っていった。
新顔の 2 月が来たばかりの今日、
考えたくなかったことが起きる。
自分の家族である猫が家を出ていったのだ。
第 1 章──幸せな日々(だった)
朝 5 時ごろ、友だちに呼ばれた。
深夜まで働いているその友人とは、
いつもこれくらいの時間に会う。
24 時間が自由な自分は、ちょうど寝るころだ。
眠い目とゆるんだ口元で、友だちに会う準備をする。
友だちは少ないほど、会える機会は楽しくなるものだ。
アパートを出ようとすると、
うちの殿様ねこ・トロも、一緒に出たがった。
何しろ甘えん坊な子なので、
いつも抱きかかえて一緒に外へ出る。
すると、すぐにブルブルとふるえ出してしまう。
最初は寒いのかと思っていたが、玄関から離れるほど、
明らかにふるえかたが大きくなる。
家からせいぜい 5 メートルが、彼のテリトリィだ。
内弁慶なのは、誰に似たのだろう?
最近は、玄関から数メートルの場所まで続く
コンクリートの床で、トロは遊ぶようになった。
そこから先の駐車場へは、絶対に行かない。
そのはずだった。
今日もトロは、コンクリートに体をこすりつけて、
気持ちよさそうにゴロゴロしている。
見方によってはトロというよりも、
岸に上げられたサケみたいだ。
どうせ、あと数分でこわがって家に帰るけれど、
よい気分転換になるだろう。
友だちも待っているし、
トロを家に入れようかという時に──、
ちょうど新聞配達の人が来た。
自分もビックリしたが、その何倍もトロは驚いた。
全身が警戒の態勢になり、目の色も違う。
あわてた彼は、2 階への階段を上っていく。
このころはまだ、自分も笑ってトロを追いかけていた。
ところが、なかなかつかまらない。
だんだんと焦ってくる。
階段を早足でかけおりて、
とうとう駐車場へとトロは逃げ出した。
そして、隣の家の庭へ行ってしまう──。
第 2 章──早朝の隠れんぼ(はしたくない)
トロの首につけているスズの音が、
隣家から聞こえてくる。
しかし、彼の姿は見えない。
このかすかな音だけが頼りだ。
まだ近所では家の明かりが消えているから、
小声でトロを呼ぶ。
トロがいるのは他人の家の庭だし、
自分が勝手に入るわけにはいかない。
それに、追えば追うほど、彼はこわがってしまう。
どうしたものか──。
そう言えば、自分の母親がトロを呼ぶ時には、
彼のご飯を入れている皿を、指で鳴らしていた。
いつか見たテレビのコマーシャルみたいだ。
さっそく、家から皿を持ってきて、音を出してみる。
すると、先ほどよりは良い反応があった。
自分よりは、食べることのほうに興味があるようだ。
ちょっとショックを受ける。
ただ、トロは近寄ってきても、すぐに逃げていく。
自分のことを、あやしい人だと思っているのだ。
自分も、そう思う。
第 3 章──いつも自分ひとり(だと思い込む)
そうこうしているうちに、友人からメールが来る。
長い間、自分から連絡がなかったからだ。
かんたんに返信すると、心配して友人が来てくれた。
その友だちは何度かトロに会っているけれど、
まだ一度もトロは近づいていかない。
ぜひとも 2 人には仲良くなってもらいたいが、
自分にキューピッド役はつとまらなかった。
そのため、いま来てもらってもトロは逃げるばかりだ。
非情に申し訳ないが、友人にはいったん帰ってもらう。
さらに、母親も起き出してきた。
ここ数年はいつも早朝に、母は散歩へ出かける。
雨の日も風の日も散歩を続ける母から、
自分は丈夫な体をもらった。
母には、感謝の言葉しか出てこない。
いつもは母と仲が良いのだが、よりによって最近は、
ほとんど会話がなくなっている。
冷戦状態だ。
それというのも、自分がいつも家にいるからだろう。
トロが逃げたことを母に説明すると、あきれていた。
当たり前だ。
トロではなく、この自分が出ていけばいいのに──
と母は思っているのかもしれない。
明るくなるまでは見つからないと判断して、
母は散歩へ行ってしまった。
小さいころの自分を育てるため、
働きに出かけていくお母さんの姿を思い出す。
母には苦労をかけてばかりだ──。
いつも、ひとり残された部屋でそう思っていた。
いまも、ひとりでトロを追う。
──いつも、自分はひとりで生きてきたのだ。
──いや、自分ひとりで生きようとしていた。
誰の助けも必要とせず、誰から好かれようともせず、
自分・自分・自分のことだけを考えている。
そのはずだった。
トロが帰ってくるように、誰か助けてください──
といつの間にか祈っている自分に気がつく。
第 4 章──逃げていく幸せ(と体温)
それにしても、ここまでこわがるのは不思議だ。
トロとは、いつでもどこでもいっしょだ。
最近は寒くなったためか、夜になると、
自分の腕にしがみついて寝ている。
それなのに──。
もしかしたら、暗くて自分の顔が見えないから、
恐がっているのだろうか。
明るい場所でトロを呼んでみたが、反応は変わらない。
トロを逃がしてから、1 時間ほどすぎた。
いまだに、つかまえられる自信はない。
あまりにも寒くて、体調を崩しそうだ。
国道 1 号線からそれほど離れていないのに、
このあたりは夜になると、かなり静かになる。
静かさだけは、高級住宅街にも勝っているだろう。
でも、そろそろ遠くで車の音も聞こえてた。
──道路にあふれかえる自動車は、
──誰を幸せにして、
──誰を不幸にするのだろう?
こういう時には、よくない考えばかりが頭に浮かぶ。
何匹も猫と一緒に暮らしてきたが、
天寿をまっとうしたのは、にゃびだけだ。
自分の普段の行いが悪いのだろうか──。
とくに近ごろの自分は、怠惰の極みだ。
褒められたものじゃない。
それでも、そこには自分だけの幸福があった。
ほんの 1 時間ほど前までは、幸せだったのだ。
トロさえいれば──。
第 5 章──(悪い)夢の終わり
しばらく、トロとの距離を離してみる。
すると、いままでとは違う方向から、
スズの音が聞こえた。
──上からだ。
極度におびえた猫は、空すら飛ぶのだろうか。
自分が住んでいるアパートの隣に、
まったく同じ作りの建物がある。
トロは、そちらを自分の住まいと思い、
階段のところへ迷い込んでいたのだ。
今度こそ逃がさないよう、慎重に近づく。
ただし、相手に緊張感が伝わるとダメだ。
動物的な本能で、逃がしてしまう。
ナンパと同じだ。
そして──やっとつかまえられた!
トロを抱きかかえたまま、急いで家へ戻る。
ちょうどその時に、また友人が心配してやってきた。
こわがったトロが、ものすごい勢いで暴れ出す。
まるで、コントみたいだ。
しっかりとトロを離さずに、無事に家へ帰した。
いつも喜びはトロと分け合っていたけれど、
今回は友人と分かち合えた。
非常にありがたい。
散歩から帰ってきた母に報告すると、
意外にもまったく怒られず、一緒に喜んでくれた。
自分は、ひとりではなかったのだ。
「母親とトロと友人の愛。
これだけ残っていれば、気を落とすことはない」
──ゲーテの格言より(ちょっと改変)
エピローグ──(いまごろ)登場人物の紹介
ということで、今となっては笑い話になりました。
もしも、あのままトロがどこかへ行っていたら──
と想像すると、ゾッとするけれど。
ところで──、
上のほうに出てきた「新聞配達の人」ですが、
じつは、そのおばさまからトロをもらったのです!
つまりトロは、自分の育ての親にビビっていた。
ミステリィ・ファンの自分にふさわしい
「どんでん返し」なオチであ〜る(オチてないよ)。
振り返ってみると、
おばさまも、自分の母も、友人も、自分も、
みんなみんな──、トロが知っている人たちです。
どんだけ恐がりなんだよッ!
トロ: 「いや、でもほら、シチュエーションによって、
人の印象って変わりますよね(キリッ」
2011-01-22 (土) 夢の中へ逝ってみたい?
【散文】夢のデザイナと死と使徒
「オレは夢を──夢を見ていたんだ……」
ということで(?)、今日は 1 日中寝ていました。
そろそろ、本気で働かないとマズい!
──という時に寝る気持ちよさよ!
(※良い子はマネしないでください)
1 時間ほど寝ては、2 分間起きる。
そんな眠り方をしていたら、面白い夢を見ました。
夢を見るたびに、世界観が違うのです。
いや、「世界」そのものが変わると言ってもいい。
他人が見た夢の内容をダラダラ聞かされても、
なんのこっちゃ分からないと思うので抽象すると、
「学生時代のやり直し」ネタが多かった。
舞台は小学校や中学校で、登場人物も同級生が多い。
でも、オトナになってから知り合った人もいる。
ほとんど忘れていたような人が、
当時のままの姿で登場するのが面白い。
以前には、夢を見ている時に、
「これは夢だ!」と気付くことができました。
ところが最近は、その能力がなくなったみたいです。
夢の中の自分は、普段通りに、
のらりくらりと生きている。
現実と夢との境界が、
だんだんと薄らいできたのだろうか……。
参考: スクールルーム・バスルーム・ドリーム - 亜細亜ノ蛾 - ダイアリー
最近の夢の中には、5 年間ほどお付き合いした
「ぼんやりガール」の A さんがよく出てくる。
夢の舞台では、自分のカノジョという役割ではなく、
映画で言うところのエキストラとして登場します。
そして、いつの間にか消えていく。
この控えめな存在感は、あの人に似ているかも。
自分の夢を監督している人は、
下で書いたような、甘ったるい描写をやめたようです。
「夢の監督」とは何か?
一説によると、夢というモノは、
思い出の焼き増しでしかないらしいです。
つまり、知っている人・見た光景・体験したこと──
それらがデタラメに合わさって出てくる。
これには、ちょっと疑問がありますけどね。
明らかに、見たこともない場所にいたりする。
自分は毎日、にゃびのお墓に手を合わせています。
そのたびに、彼女に向かって
「自分がそっちに行ったら、一緒に暮らそうね」
と声をかけている。
でも、「あっちの世界」で彼女が見つかるか、
いまから不安です。
そこで思ったのが、「死後の世界」というのは、
「夢の世界」みたいなモノなのではないか。
これは「すばらしいパラダイス」という意味ではなく、
自分が知り合った人や思い出の場所しか存在しない
ということです。
映画の『インセプション』には、
夢を設計する「デザイナ」が出てきます。
機器を使って他人の夢を支配する際に、
違和感を持たれないように「夢の世界を創る」。
これって、言ってみれば神の立場ですよね!
上で書いたように、
夢は自分が知っている範囲しか出てこない。
そのはずだけれど、
どうも見たことがない場所にいたりする。
これは、神(のような存在)が、
夢を設計しているのではないか。
そして、この世で命がなくなった人は、
その設計者(たち)が作った夢を、
永遠に見られるのでは──。
以上をまとめると、
ということですね。
(※キャンペーンへ応募するための呪文)

