クリストフ・コッホは1956年生まれの神経科学者であり、アレン脳科学研究所に所属している。コッホは早くから意識の問題に興味を持ち、二重らせんの発見者であり意識の研究を行っていたフランシス・クリック(1916-2004年)と長年共同研究を行ってきた。(実質的にはクリックとの共著である)本書にも最晩年のクリックが懇切で友情に満ちた序文を寄せている。1990年代にクリックとコッホが確立した意識の科学的研究の枠組みは、その後の意識研究に大きな影響を与えた。コッホ自身の自叙伝風の研究史は『意識をめぐる冒険』(土谷尚嗣・小畑史哉訳、岩波書店、2014年刊)に詳しい。本書の方は原著が2004年、訳書が2006年に刊行され、既に十数年が経過しているが、現在でも意識について最も広く深く最先端の研究をまとめた本で、内容もさほど古びていない。なお訳者の一人である土谷氏はコッホの弟子であり、また金井氏も神経科学者なので、内容は十分読み易く、安心して読むことができる。
本書の特徴は、複雑な意識の問題に対して、実証的なアプローチを徹底していることである。意識がどのようにして物理的な基盤である脳から生じているのかという「精神-物質問題」は、その難しさを象徴している。しかし本書では抽象的で空疎な議論は避けて、意識に相関した脳活動(NCC)を発見しようという態度に徹している。またサル(と人間)で研究可能な視覚を中心に研究を進めており、言語や夢などサルが使えない問題は対象としていない。前述のように、まずNCCを発見するという本書の研究枠組みは、意識研究全体に大きな影響を与えた。
上巻(1~10章)と下巻(11~20章)から構成される本書の内容は豊富である。以下は上下巻を通してのレビューである。まず、全体導入(1章)の後、ニューロンの基本事項が解説される(2章)。ついで本書の核心である主に視覚を対象とするNCCの解説(3~6章)が続く。ここまでの総括として、視覚に関連して第一次視覚野(V1)にはNCCが存在しないと結論される。V1は後頭葉の先端に位置し、網膜からの情報を基本処理(運動やパターンの検出など)して、二つの視覚路を通じて次の高次処理へと送り込む。さらに研究を進めるために大脳構造の解説(7章)がある。次いでV1以降の視覚野(V2~V4)の検討が行われる(8章)。意識と密接な関係がある注意と意識に関する解説がある(9~10章)。
下巻では、記憶と意識の解説(11章)の後、われわれの日常行動の大部分は無意識状態で行われる「ゾンビ」のようなものであるという、ショッキングな解説がある(12章)。このゾンビに関連した疾患である失認、盲視、てんかん、夢遊病の解説が続く(13章)。ついで意識の機能の確認(14章)、時間と意識(15章)の解説がある。意識の足跡を辿るために「両眼視野闘争」と呼ばれる、左右で異なるものを見た時の脳の反応も面白い(16章)。次の「脳を分断すると意識も二つになる」という話は興味深いと同時に恐怖すら感じる(17章)。ついで意識の中間レベル理論など意識を巡っての理論が解説される(18章)。最後に、著者ら(クリック&コッホ)の意識研究の枠組みがまとめられる(19章)。最後の章は、ジャーナリストと著者との仮想対談で、意識研究の課題を分かり易くまとめている(20章)。
以上要約したように、「意識について最も広く深く最先端の研究をまとめた本」という冒頭の評価が適切であることが理解できると思う。しかし、原著刊行から既に十数年が経過しているので、最新の研究動向が気になる。コッホの最近の論文(Nature Vol.557, 10 May, 2018)によれば、NCCの在処として後部皮質中の「ホットゾーン」が最有力候補となっていて、すべての経験はこのホットゾーンで生み出されることが分かったとのことである。同時に、小脳、前頭前野、一次感覚野(視覚、聴覚等)にはNCCが存在しないことも明らかになった。さらにこの論文によれば、意識の理論としては「グローバル・ニューロナル・ワークスペース(GNW)理論」(Bernard J. Baarsら)と「統合情報理論(IIT)」(Giulio Tononi ら)の二つが有望とのことである。ちなみにコッホ自身もIIT研究チームの一員である。訳者の一人である土谷尚嗣氏(オーストラリア・モナシュ大学)は、IITの具体的計算方法として数学の「圏論」を応用することを提案している(認知科学, 26(4), Dec. 2019)。クリックとコッホが切り開いた意識の実証的な研究が、さらに進展することに大いに期待したい。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
意識の探求 下: 神経科学からのアプローチ 単行本 – 2006/6/28
- 本の長さ294ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2006/6/28
- ISBN-104000050540
- ISBN-13978-4000050548
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (2006/6/28)
- 発売日 : 2006/6/28
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 294ページ
- ISBN-10 : 4000050540
- ISBN-13 : 978-4000050548
- Amazon 売れ筋ランキング: - 141,149位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 2,826位心理学の読みもの
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
星5つ中4.2つ
5つのうち4.2つ
全体的な星の数と星別のパーセンテージの内訳を計算するにあたり、単純平均は使用されていません。当システムでは、レビューがどの程度新しいか、レビュー担当者がAmazonで購入したかどうかなど、特定の要素をより重視しています。 詳細はこちら
4グローバルレーティング
虚偽のレビューは一切容認しません
私たちの目標は、すべてのレビューを信頼性の高い、有益なものにすることです。だからこそ、私たちはテクノロジーと人間の調査員の両方を活用して、お客様が偽のレビューを見る前にブロックしています。 詳細はこちら
コミュニティガイドラインに違反するAmazonアカウントはブロックされます。また、レビューを購入した出品者をブロックし、そのようなレビューを投稿した当事者に対して法的措置を取ります。 報告方法について学ぶ