理論言語学者が書いた生成文法の立場からの認知科学入門の教科書として悪くはない。それなりに読み物にはなっているとはいえ所詮は教科書なので、本当の入門者には教師による補足無しでの理解は難しいかも。前半は普通に認知科学入門だが、後半は認知科学の深い問題に入り込んでレベルが上がるので、所詮は教科書だと侮る事はできない。
日本では認知科学の下位分野（言語学や心理学など）の本はよく見かけるが、学際領域としての認知科学全体を対象とした本は少ない。たとえあっても、せいぜい様々な分野の成果を寄せ集めただけものも多い。単に成果を寄せ集めただけでは認知科学と称する意義が見出せない。この著作は生成文法の立場から心の計算理論としての認知科学の全体像を示してくれるよくできた本だ。
認知科学入門といってもこの本はタイトルから推測されるように、認知科学的な言語研究からの解説が中心となっている。しかしそれは著者が理論言語学者である点からも生成文法が認知革命の中心だったことからも適切な選択である。そのことによって心の計算理論を目指す認知科学という正統的な見方が示されている。残念ながら国際的には正統的な立場も日本ではマイナーになってしまうことが多いので、こうした著作は日本では大事だ。
ただこの著作はあくまで教科書として書かれたものなので、スラスラと楽しく読めるとはいかない。日本の教科書と違って読み物としても出来上がってはいるが、本当の入門者が楽しく認知科学について知りたいならピンカーの著作の方がお勧めだ。これはあくまで独立した読み物としてよりも授業の教科書として優れている。この本は認知科学について何となく知っている人がもっと本格的に認知科学の全体像を学びたいと思ったときの入り口としてはなかなか悪くない。そういう本は日本にはまだまだ少ない。
前半は生成文法からの認知科学入門としてよくできている。後半に入ると、認知科学の深い問題にさっそく入ってしまうので初心者には厳しいと思われる。第九章の文法性判断といい第十章の心脳問題といい、興味深い話題ではあると思うけれど初心者にはまだ重大さが分かりにくい問題だし、第十一章も適応論的な進化心理学への説明が不十分なままにチョムスキー派の進化観を持ち出すのは不親切な気がする。でもこれは逆に言えば、認知科学の知識がそれなりにある人でも興味を持って読める章だとも言える。その点では所詮は教科書だと馬鹿にはできない。
特殊な意味論の章を除けば、計算主義的な認知科学入門として全体的によく出来ている。前半は心の計算理論としての認知科学の説明として標準レベルだが、動物行動学への言及など他に見ない特色もある。後半は認知科学の問題を論じる章として質が高く、特に認知科学と生物学（進化論や神経科学や分子生物学）との関係については認知科学の知識がある私でも(物足りなさはあるが)示唆する所が多かった。認知科学の古典的特徴である計算主義と近年の傾向である生物学主義との間のバランスをうまく測った優れたテキストである。
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