著者は1946年生れ、シカゴ大学で博士号を得て、現在はコーネル大学教授で日本思想史を主な専門としている。本書は、「アメリカ帝国」の顕著な威信低下という「パックスアメリカーナの終焉」をよそに、その下請けとして「ミニ帝国」にしがみ付く日本の滑稽さ(同時に、この滑稽さに気付かない悲劇)を暴き出したものである。日本の外から日本を眺めることで、著者は日本の国民主義(ナショナリズム)の特異性を明晰に描き出している。日本で進行中の様々な政治社会事象が、本書の切口を参照することで極めて明瞭な形象として浮かび上がる。
著者の関心事は、人文科学の命運、学問における人類的差異、西洋の脱臼(脱植民地化)、「ひきこもりの国民主義」と内向的社会、と広範囲である。とくに国民的な「ひきこもり」については、若者のパスポート取得率低下や海外留学・海外勤務希望の顕著など、近年の日本で顕著になっている現象に注意を促す。ここ20年以上にわたる日本の国力の継続的低下の背景にこの「ひきこもり」現象があることは間違いない。
第2章「歴史と責任」では、「ナショナリズム」をめぐる日本語の混乱を取り上げている。それは「ネイション」の適切な訳語は何か、にも掛かっている。日本人は国民と民族の区別を真剣に考えることなく戦後を過ごしてきた。著者によれば、「ナショナリズム」の適訳は「国民主義」である。したがって、National Socialismは、「国民社会主義」であり、「国家社会主義」では決してない。ナチス・ドイツは「国民社会主義」であり、これを「国家社会主義」としたのでは、ナチスが「国民主義」から発生し、それが暴走したというその本質が見失われてしまう、というのが著者の主張である。
第5章「パックス・アメリカーナの終焉とひきこもりの国民主義」が興味深い。著者は、故・西川長夫氏(1934-2013年)の国民国家論に関する業績を参照しつつ、日本を含む世界における植民地主義の根深さを指摘する。それは、かつての植民地や、かつての宗主国の歴史に深く喰いこみ、現在にまで至っている。この視点から著者は、現在に至る戦後日本の思想風景を鮮やかに抉り出している。
著者の基本視点は、「アメリカ帝国」の顕著な威信低下という「パックスアメリカーナの終焉」をよそに、その下請けとして「ミニ帝国」にしがみ付く日本の滑稽さ(同時に、この滑稽さに気付かない悲劇)、である。戦後の自民党政権は一貫して「属米」であり、少しでも「反米」の気配を見せた政治家は、アメリカとその意向を受けた日本の官僚機構(その中心は、検察や裁判所などの司法機関)によって、排斥された。戦後72年を経た現在でも、政治家や官僚だけでなく、マスコミを始めとする大企業、そして大学が「属米あるいは従米」一色である。よほど冷静に目を凝らさないと、この本質が見抜けないほど凄まじい。
同様に、現在日本の国民主義は、植民地主義に深く毒されていると著者は指摘する。もっとも見易い現代日本の植民地主義は、嫌韓や「北朝鮮嫌い」が極右派だけでなく、国民に根深いことであろう(もちろん「韓流ブーム」も何度かあるにはあったが)。本書によれば、広い意味での「植民地主義」(「大日本帝国」の負の遺産)は日本人に深く浸み通っている。嫌韓・嫌中などの排他主義、慰安婦問題や南京虐殺事件への極右派の異常な反発、極右派政治家・政党の跋扈、ヘイトスピーチの蔓延、ネトウヨの罵詈雑言、在日への差別、アジア系移民への差別、沖縄への差別、アイヌへの差別は現代日本の日常風景である。さらに、根深い男尊女卑(男女平等に関して先進国では断トツの最下位)、生活保護者や障害者への差別、などあげていけばきりがない。絶えないパワハラ・セクハラ・イジメも同根であろう。さらに付け加えれば、二世・三世が跋扈している政治の世界も「ひきこもり」の典型であろう。
著者は、以上すべての日本の社会風土を「ひきこもりの国民主義」と称している。ここ20年以上にわたる日本の国力の継続的低下の背景にこの「ひきこもり」現象があることは間違いない。著者はもちろん「ひきこもり」からの具体的な脱却処方箋は示していないが、まず「日本国民」の枠を出て、自らを非日本人あるいは日本人の中の非国民のまなざしに曝す勇気を持つこと、としている。同感である。確かにこのことこそが、たとえ人口が減少したとしても、活発でチャレンジを厭わない社会に変え、経済・技術・文化などで日本らしい特徴を発揮しながら、世界の人々と交わることを可能にするのではないだろうか。

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ひきこもりの国民主義 単行本 – 2017/12/9
酒井 直樹
(著)
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- 本の長さ288ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2017/12/9
- 寸法12.9 x 2.6 x 18.8 cm
- ISBN-104000245325
- ISBN-13978-4000245326
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (2017/12/9)
- 発売日 : 2017/12/9
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 288ページ
- ISBN-10 : 4000245325
- ISBN-13 : 978-4000245326
- 寸法 : 12.9 x 2.6 x 18.8 cm
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