まず、最初に読んだ時は、何が何だかわからなく、ヘーゲルは人にわからせようとしてこの大論理学を書いたのか?非常に腹が立った。しかし、何度も繰り返して読むうちに、ヘーゲルが何を言いたいのかが手に取るようにわかってきた。しかも、ヘーゲルは何とかして自分の考えを理解してもらいたいと。くどいくらいに文章を綴っているのがわかるようになった。
まずは、最初は斜め読みで良いから有論、本質論を歯を食いしばって読み切ること。次に一章一章ずつを丁寧に読むこと。そして最後にワンセンテンスごとに意味を理解できるまで、ストーカーのように読み込むこと。
ヘーゲルの著作では『精神現象学』がより取り上げられるが、ヘーゲルがいいたかったことは『大論理学』に端的に表れていると思う。唯物論を除外して、ヘーゲル弁証法をより多く取り上げられなければならないと思う。
また、武市先生の『ヘーゲル論理学の体系』副読本として『大論理学』と平行して読むと良いと思う。
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ヘーゲル 大論理学 上1 単行本 – 2002/9/6
G.W.F. ヘーゲル
(著),
武市 健人
(翻訳)
上巻の2,中巻,下巻同時刊行
- 本の長さ251ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2002/9/6
- ISBN-104000268007
- ISBN-13978-4000268004
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
ヘーゲルの動的な思索は、時代とともに哲学するものにとって、絶えず読み直される価値がある。弁証法論理を学ぶ上で必須の名著である、「ヘーゲル全集 6~8」の改題。
登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (2002/9/6)
- 発売日 : 2002/9/6
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 251ページ
- ISBN-10 : 4000268007
- ISBN-13 : 978-4000268004
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,608,312位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,479位ドイツ・オーストリアの思想
- カスタマーレビュー:
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2008年1月7日に日本でレビュー済み
ヘーゲル42歳から46歳にかけての言わずと知れた大論理学。ただしこの版は晩年に再版されたもの。1812年の初版は寺沢訳になる。寺沢訳は初版と再版との比較をしている。もっとも改められたのが定有の項とある。
この武市訳は本文と短い注がついている。その数は少ないが、適切な注である。有論はこの上巻一、上巻二に分冊されている。先が質を扱い、後が量と限度を扱っている。
最初に序が二つついているが、この序にはヘーゲル意図や全体的な構図が語られておりこれだけでも読み応えのあるものである。次に有無の端緒論がつづく。有無はなにものでもなく、成にいたって、初めて有無が契機となって展開していく。
ヘーゲルの読者には現象学により関心をもつものと論理学により関心をもつものと二つに分類されるようである。そして論理学の方がより弁証法的であることはいえると思う。論理学は現象学と違って特徴となる項目がこれと言ってないので、無味乾燥であるかも知れない。しかし、論理の展開を理解すれば、現象学よりも明快である。
この武市訳は本文と短い注がついている。その数は少ないが、適切な注である。有論はこの上巻一、上巻二に分冊されている。先が質を扱い、後が量と限度を扱っている。
最初に序が二つついているが、この序にはヘーゲル意図や全体的な構図が語られておりこれだけでも読み応えのあるものである。次に有無の端緒論がつづく。有無はなにものでもなく、成にいたって、初めて有無が契機となって展開していく。
ヘーゲルの読者には現象学により関心をもつものと論理学により関心をもつものと二つに分類されるようである。そして論理学の方がより弁証法的であることはいえると思う。論理学は現象学と違って特徴となる項目がこれと言ってないので、無味乾燥であるかも知れない。しかし、論理の展開を理解すれば、現象学よりも明快である。