〇新井白石とはいかなる人物であったか。西洋記聞からは、柔軟な理解力と知性の持ち主であることを、また読史余論からは、既存の枠組みにとらわれずに一から考えられる人であること、また驚くべき博覧強記（情報処理能力）の持ち主であることが知られる。
〇本書では、これを裏打ちすべく、まじめで正直で謹厳な人であったことが偲ばれる。また、実に細かいこと（庶民の暮らしまで）によく通じており、事案の処理にあたっては必ず事実関係の吟味から始めている様子が見える。また、前代（綱吉）の奢侈と下々の情に通じない緩んだ治世にたいしてきわめて批判的であった。なぜか行政機構や行政実務にもよく通じていた。それにしても、正徳の治といわれるほどの成果を上げ得たのは、6代将軍家宣から絶大な信頼を得たためであり、男子として理想とすべき一生ではなかったか。その意味では、何よりも強運の持ち主であったと言うべきか。
〇本書中、さまざまなエピソードが語られる。綱吉の死後の生類憐みの令を廃止する際の家宣の処理はすばらしく、リーダーには芝居っ気も必要ということかと思わせる。荻原重秀を弾劾して罷免に追い込んだ白石の執念はすさまじい。家宣が「才あるものは徳あらず、徳あるものには才あらず」と言うのに対して、「才徳ふたつながらとるべきところなし」と言い切っている。財政政策の誤りもさることながら、目に余る収賄を問題にした（もっとも、最近の論者によれば、経済政策としては、通貨の供給量をふやした重秀の方向は正しかったようだ。また、重秀の収賄も白石が敢えて広めた事実無根の噂だという説もあるらしい）。
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