信念がほつれた視野でも、なお感覚と観察眼は鋭く、身辺の物象が研磨した刃物のような輪郭で書き出される。
一方で、人物の行く末は寄るべ無く、宿命に抗えぬ影のような印象だ。
現実主義は、「死後」を信じない。死して全て終りとすればこそ、時には良心をも功利的に不問に伏す。
「幽霊を見る」こと、すなわち「魂の不死」の現象化とは、道徳的呵責が一斉に顕在化することの示唆ではないか。
良心は目に見えず、客観的に答合せができない。道徳は理念であり、追求し続ける他ないものである。
確かに、懐疑主義は独断的な良心の欺瞞を暴くが、それは善悪を無視できる理由にはならぬ。
良心の問題は、人が死に直面するとき立ち現れて来る。
著者の晩年作には、そうした理性能力の不確実性が、エゴイズムを超えた哲学的論点として暗く滲んでいるように思う。
信念の揺らぎは、自然主義が映した眼前の現実さえ崩れ始めるような虚無的な不安を醸し出す。
『歯車』では、その空虚になだれ込んで来るかのような決定論的な強迫観念が痛切だ。しかしその視線が捉えた色彩表現や語感の妙、至近距離であるようで取り残されるかのような感覚を与える描写には、不思議な魅力がある。
『幻鶴山房』では、前時代的なブルジョワ的成功が暗い山房の内側で朽ちていく。対比的な「リイプクネヒト」が暗示するのは、外界に吹きはじめた「新時代」の新風の心許ない気配であろうか。
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