きだみのるがモロッコを旅した1939年は、春から夏へかけてであった。
その年の9月に、ナチスドイツは、ポーランドへ侵攻し、第二次世界大戦は始まった。
このような時代背景を考えるとフランスの植民地モロッコへ行くという日本人など外交官以外不可能だと思えた。
きだみのるのモロッコへの憧憬は日々募っていき本書でも記述されている。
「モロッコ当局の好意はショゼフ・アキャン氏が私に与えてくれた総督府の陸軍官房長宛ての紹介状の賜物である」と本書マエガキで謝辞を書いていた。
このアキャン氏の助けを借りてこの旅が可能になったのです。(アキャン氏は、アフガンからドゴール軍と合流するためロンドンに行く船が独軍の潜水艦の襲撃を受け不幸にも亡くなったから、きだみのるは、マエガキで哀悼の意を述べている。)
日本は満州国という植民地を世界に承認されず、国際連盟から1933年3月に脱退していたから、きだみのるがフランスの植民地のモロッコ政策に聊かの興味もあったかも知れない。
開高健が『人とこの世界』のなかできだみのるのフランス語の流暢さを驚きをもって語っていたが、きだのフランス語が堪能だったこともこの旅をスムーズに進めることが出来たのだろう。
この旅のあとナチスドイツの矛先がフランスに向かい、マジノ線を回避し、アルデンヌの森から装甲部隊で侵攻してきてあっけなくフランスは敗退し、1940年6月ドイツ軍がパリに無血入城した。
きだみのるが帰国した1943年は、日本は太平洋戦争まっただなかであった。
召集されて戦地に送られる兵も多かった時代に、外地から帰国した人というのも珍しい、と嵐山光三郎の『漂流怪人・きだみのる』のなかで述べている。
きだみのるはきっと何故日本が負ける戦争を始めてしまったのか悩ましい気持ちで帰国したことは、敗戦後に書いた『気違い部落周遊紀行』を読むと知ることができた。
本書のなかできだみのるは、モロッコの荒涼とした風景を描写したり、通りのカフェでビールなど飲みながら出会うひとたちと会話を交わす。
隠微な夜の世界も体験し、軍人などとも交友して忌憚のない言葉を交わす。
柘榴を食べている12歳くらいの少年と知り合い夕食を供しながら明日の朝食は?と問うと「インシャーアッラー 」と少年が言うエピソードは心に残った。
映画「カサブランカ」の少しまえに、きだみのるは、カサブランカからモロッコの旅をしたのであると思いながら興味深く八十四年前のモロッコを、きだみのると共に旅する感を味わいながら読み終み終えました。
<追記>
ユダヤ人の章でホテルのボーイがユダヤ人を嫌悪し、ユダヤ人は臆病で猫でモロッコ人は犬である。
ユダヤ人なんか戦争なんか出来ないし、建国なんか夢だ!と言う。
が、きだみのるは、胸のなかで呟く「お前のユダヤ人は過去のユダヤ人だ、<中略>彼等は太陽の下に出て 彼等の国を作ろうと意欲している<後略>。(P87~88)
この件を読み、きだみのるの慧眼には瞠目してしまったのです。
その数年あとにパレスチナにユダヤ人はイスラエル国家を作り、いまやパレスチナをすべて我が物にしょうとイスラエル軍はガザを攻撃しているのですから・・・。
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モロッコ (岩波新書) 新書 – 1951/10/5
山田 吉彦
(著)
ダブルポイント 詳細
モロッコはアフリカ大陸の最もヨーロッパに近接した土地として、フランス文学や政治の上に大きな影響を与えてきた。戦前にこの土地をくまなく旅した著者が、精彩ある文章に記して描きつくした植民地モロッコの統治組織、風俗、信仰――。自立を喪い、固有の文化を蝕まれた民族の哀しい姿が、ここにまざまざと浮かびあがる。
- 本の長さ172ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日1951/10/5
- ISBN-104004150701
- ISBN-13978-4004150701
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (1951/10/5)
- 発売日 : 1951/10/5
- 言語 : 日本語
- 新書 : 172ページ
- ISBN-10 : 4004150701
- ISBN-13 : 978-4004150701
- Amazon 売れ筋ランキング: - 89,697位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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著者について
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トップレビュー
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2024年1月30日に日本でレビュー済み
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2020年11月11日に日本でレビュー済み
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これは筆者が1930年代にモロッコを旅した際の記録である。当時モロッコはフランスの植民地支配下にあったが、植民地主義が一般に罪悪とも思われていない時代であり、筆者の視線も「列強」の一員である国から来た者の視線である。在りし日のモロッコの情景に加えて、その点もまた興味深い。
2016年6月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
フランスの占領下にあった、モロッコへの旅が記された紀行文。モロッコの風物やフランスの統治組織について書かれた、優れたルポルタージュでもある。
著者が、どのくらいまで事前に計画を立てているのかは、この本を読んでいるぶんには分からない。街を歩いているうちに、誰かに出会い、話す。話しているうちに触発され、その好奇心に導かれるようにして、また新たな所へ行く、というのが、著者の旅行スタイルのようだ。
現地で出会った様々なモロッコ人やフランス人の描写は鮮烈であり、文化や時代の違いを、21世紀を生きる私たちの前に浮かび上がらせてくれる。
例えば、著者がインドシナで出会った「新聞の主筆であるC……」は、「ここで言論出版の自由は?」という質問に、「躊躇なく」答える。「自由、平等、博愛はフランス民族が血を以って獲得したものさね。ということはつまりフランス民族はそれに値する民族だということを示しているんだ。だからそれはフランス語でしか書かれていない。それに値しない民族の言語を以っては記されてはいないのだ。必要以上の幸福を与えることは人をスポイルするのと同じように民族をもスポイルすると君は考えないかね」と。
当時よりも人権意識が高まっている今ならば、面と向かって昂然とこういう言い方をする人は滅多にいないだろう。しかし、ここで浮かび上がるのは、日本人とフランス(西洋)人との彼我の文化の違いなのである。西洋の“自由の意識”は、権利意識と道徳意識が分かちがたく結びついたもので(サンデル氏の「正義論」が流行ったのは記憶に新しい)、日本古来の思想だと、権利意識(政治・行政・軍事に携わる権利=参政権)と神道・儒学による道徳意識が分かちがたく結びついた“武士道”に似ている。とはいえ、古代ギリシャ・ローマ以来の“自由市民と奴隷”という区別が伝統的にあった西洋人が、“資格のある・なし”と明確に線を引いて区別をすることに、日本人はいくぶん戸惑うのである。(西洋人から見れば、主君への忠義を強調した武士道は、封建的に見えただろうが)
他にもモロッコ人の文化に対する描写も様々にあり、日本・フランス・モロッコの、それぞれの文化を、歴史を、共通点や違いを考えさせてくれる。紀行文としても、ルポルタージュとしても、素晴らしい一冊。
著者が、どのくらいまで事前に計画を立てているのかは、この本を読んでいるぶんには分からない。街を歩いているうちに、誰かに出会い、話す。話しているうちに触発され、その好奇心に導かれるようにして、また新たな所へ行く、というのが、著者の旅行スタイルのようだ。
現地で出会った様々なモロッコ人やフランス人の描写は鮮烈であり、文化や時代の違いを、21世紀を生きる私たちの前に浮かび上がらせてくれる。
例えば、著者がインドシナで出会った「新聞の主筆であるC……」は、「ここで言論出版の自由は?」という質問に、「躊躇なく」答える。「自由、平等、博愛はフランス民族が血を以って獲得したものさね。ということはつまりフランス民族はそれに値する民族だということを示しているんだ。だからそれはフランス語でしか書かれていない。それに値しない民族の言語を以っては記されてはいないのだ。必要以上の幸福を与えることは人をスポイルするのと同じように民族をもスポイルすると君は考えないかね」と。
当時よりも人権意識が高まっている今ならば、面と向かって昂然とこういう言い方をする人は滅多にいないだろう。しかし、ここで浮かび上がるのは、日本人とフランス(西洋)人との彼我の文化の違いなのである。西洋の“自由の意識”は、権利意識と道徳意識が分かちがたく結びついたもので(サンデル氏の「正義論」が流行ったのは記憶に新しい)、日本古来の思想だと、権利意識(政治・行政・軍事に携わる権利=参政権)と神道・儒学による道徳意識が分かちがたく結びついた“武士道”に似ている。とはいえ、古代ギリシャ・ローマ以来の“自由市民と奴隷”という区別が伝統的にあった西洋人が、“資格のある・なし”と明確に線を引いて区別をすることに、日本人はいくぶん戸惑うのである。(西洋人から見れば、主君への忠義を強調した武士道は、封建的に見えただろうが)
他にもモロッコ人の文化に対する描写も様々にあり、日本・フランス・モロッコの、それぞれの文化を、歴史を、共通点や違いを考えさせてくれる。紀行文としても、ルポルタージュとしても、素晴らしい一冊。
2019年10月16日に日本でレビュー済み
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まったりとモロッコに行った気分に浸れました。
2018年3月25日に日本でレビュー済み
四方田犬彦氏のモロッコ本を読んだ後につながりで手にしたが思いの外よかった。堀田善衛など岩波新書の古い紀行文は、あるきながら考えるテンポでいずれも良い。