果たして、皆様の家には「床の間」はあるだろうか。
勿論、今でも立派な床の間を備え、季節毎に花や掛け軸を飾る…というお宅も多いとは思うが、その一方で、最初から床の間が無い家、或いは、小さな床の間が片隅にあるものの、殆ど「物置」と化している…というマンションもあるであろう。
現に、著者の指摘に依れば、近代化を図る日本に於いて「床の間無用論」というものが噴出したと言うのだから無理もない。
だが、この「床の間」は実は、建築の中でも最も日本らしい部分である。
そこで、床の間の出現と変容、そして価値観の変遷等を辿る事に依って、今一度、日本の建築文化を考えさせてくれるのが本書であり、極めて解り易い解説書であった。
さて、本書は平安時代や鎌倉時代の建築にも言及しているが、中心となるのは室町時代であり、その後、安土桃山・江戸時代を経て近代に至るまでの流れを順に追っている。
特に、床の間の前身ともなる押板についてはかなり丁寧に解説しており、それが江戸時代に名実共に「床の間」として完成した事について、「機能」と「名称」の変化と言う両側面から考察しているのだ。
取り分け古美術の絵巻作品を例に挙げながら、当時の押板の活用について説いている点は見逃せない。
現代は、床の間と言えば「一幅の掛け軸」と「中央に生けられた花」というのが定番だと思うが、古くは、まるで陳列台のように茶器や花器をズラリと並べていた様子がよく解る。
そして、この「飾る」という目的の基に押板が出現し、押板と床の間が共存した時代を経て、床の間が独立したまでの経緯を述べているので、その変遷が非常に良く理解出来たように思う。
尚、図版や資料の掲載が豊富なのも大きな助けとなってくれた事は言う迄もないであろう。
だが、個人的により興味深かった…と言うか、寧ろ驚愕したのは、床の間には「上段」の意味が含まれており、狭い茶室等では「上座」として活用していたという事実である。
即ち、床の間に堂々と座る人がいたというのだ。
現代では床の間に上がる客人等あり得ないが、一つの「座」として機能した時代もあった事を思うと、改めて、時代の流れの中での建築構造の役割変化を実感させられた次第である。
因みに、本書の主役は「床の間」であるが、決して構造の歴史だけに着目しているのではなく、あくまでも日本文化全体を見据えながらの考察なので、母屋と庇、畳の変化、或いは違い棚や付書院等の具体的な紹介もあり、更には接客空間としての会所や茶室、「客座敷の押板と茶室の床の間」の対比など等、建築全体の特質についても幅広く言及している。
「床の間」を出発点に枝葉を伸ばし、様々な日本建築の意匠を垣間見せてくれる所は実に有意義であった。
今、「床の間」は「格式の象徴」としての姿だけが現代に伝わっている。
様々な機能が失われて、謂わば「お飾り」に過ぎなくなったというのは何とも寂しい限りであるが、決して悲嘆する必要は無い。
何故なら、こうした傾向に対して著者は大変に前向きであり、未来には新しい形で新しい床の間が生まれるであろう…という言葉で締め括っているのだ。
本書は、伝統の喪失を無理矢理に繋ぎ止めるのではなく、常に時代や人と共に変化してこそが建築文化でもあるという事を教えてくれたように思う。
日本の伝統そのものに目を向けさせてくれる印象深い一冊。
コンパクトな新書としては類まれなる名著である。
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床の間――日本住宅の象徴 (岩波新書) 新書 – 1978/12/20
太田 博太郎
(著)
床の間のある家に住みたいという日本人は多いだろう。日本の住宅の象徴といわれる床の間は、いつ、どうして成立し、どのように変化してきたのか。日本建築史学の権威が、厖大な文献・遺構の研究に基づいて気軽に物語る。床の間の前身は中世の押板だった、客が床の間を背に坐るのは後の慣習、など興味深い話題はつきない。
- 本の長さ201ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日1978/12/20
- ISBN-104004200687
- ISBN-13978-4004200680
登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (1978/12/20)
- 発売日 : 1978/12/20
- 言語 : 日本語
- 新書 : 201ページ
- ISBN-10 : 4004200687
- ISBN-13 : 978-4004200680
- Amazon 売れ筋ランキング: - 734,979位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 2,785位岩波新書
- - 48,414位アート・建築・デザイン (本)
- カスタマーレビュー:
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2013年11月11日に日本でレビュー済み
「床の間」の前身として「押板」というものがあったということは初めて知りました。
現在、ほとんど姿を見ることのできない「押板」ですが、図版で示されているので、わかりやすかったです。
ただ、「押板」から「床の間」になぜ変化したのか、その理由はあまり納得できませんでした。
この本の内容は「床の間」より、「押板」に重点があるようです。ですから「床の間」について知ろうと思うと、ちょっと肩透かしかも。
現在、ほとんど姿を見ることのできない「押板」ですが、図版で示されているので、わかりやすかったです。
ただ、「押板」から「床の間」になぜ変化したのか、その理由はあまり納得できませんでした。
この本の内容は「床の間」より、「押板」に重点があるようです。ですから「床の間」について知ろうと思うと、ちょっと肩透かしかも。
2016年2月1日に日本でレビュー済み
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2006年5月7日に日本でレビュー済み
1912年生まれの日本建築史研究者(工学部卒業)が、岩波市民講座での講演をもとに、1978年に刊行した本。日本古代の公家の寝殿造(板敷)は、固定的な間仕切が無く、各種行事(公私)のたびごとに各部分の用途が変わるものであったが、次第に内部空間の分化(接客空間の独立など)が進み、やがて近世武家の書院造(畳敷→上段の成立に関連)へと変化する。こうした日本住宅史の大きな変革を背景として、まず南北朝頃に掛軸観賞用の押板(18〜19頁)が生まれ、それが庶民住宅の流れを引く草庵風茶室の影響(障壁画の衰退等)を受けつつ、上段と結び付いて江戸初期頃に床の間へと変化し、その機能も芸術観賞用から権威の象徴(上座・主室化)になる。著者は戦後家屋の手狭さと洋風化を視野に入れつつ、家族共同の場である居間兼食事室の意義を重視し、新たな形態の「床の間」の自然な登場を予測している(8章)。著者によれば、「この本に書いたことは必ずしも学界の通説といったものではない。しかしまた、あえて異をたてたものでもない。私は私なりに、できるだけ実証的に論をすすめたつもりである」(200頁)ということである。図が多いことも理解を助ける。