戦中から戦後にかけて映画界に身を置いた著者による「昭和映画史」であるとともに、秀逸な「自分史」である。常々、研究者の文章力と作家の文章力の違いは、後者の豊かな情景描写力にあると考えていたが、本書を読んでそのことを再認識した。本書中の「吾一少年」などは、それ自体が一個の文学作品とみなしうるほどの描写の完成度と風格を備えている。
本書85頁には、著者が通学した当時の神奈川工業高校（神奈工）の航空写真が掲載されている。この写真上の神奈工と道一つ隔てて南側に写っているのは、レビュアーの母校（小学校）である。レビュアーは、80年前の母校の姿をはじめて目にした。この時代にもわが母校が確かに存在し、そして多くの子供たちがここで学び、巣立っていったを想起するとき、深い感慨を覚えずにはいられなかった。著者が青春時代の思いでの地として語る「六角橋」「東神奈川」「青木橋」などは、ほとんど「わが町」と言えるほどレビュアーにとっても身近な町々である。
昭和が平成に移ろい、１年後にはさらに改元が行われることが決まった今日、昭和も遠くなった。本書のような味わい深い昭和史を書ける人も数少なくなった。まことに寂しい限りである。
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