チェルノブイリの事故から10年経った1996年に出版された、チェルノブイリの事故を検証した渾身のルポルタージュ。著者はNHKのディレクターで、数多くの原発問題や原子力を取り上げた番組を作成した七沢潔。
フクシマの原発事故がどのような影響を今後、原発周辺、そして東日本にもたらすかを我々は理解できていない。与えられる情報は錯綜しているし、事故を過小評価させようとする政治家などが、正しい情報を歪ませているからだ。そもそも、正しい情報かどうかも不明だ。その結果、将来に漠然たる不安を抱きつつ日々を過ごしている。
さて、しかし、フクシマには前例となるような事故があった。1986年に起きたチェルノブイリである。チェルノブイリの事故がどのような影響を周辺地域に及ぼしたかを知ることで、フクシマ、そして東日本が今後、どのような事故の影響を受けるのかを推察することができる。そして、フクシマと違って、チェルノブイリに関しては、日本においても、本書のようにしっかりと丹念に何が起きたかを検証した本が存在する。
本書を読む以前から、例えばシイタケやベリー類にセシウムが蓄積することを個人的には知っていた。案の定、フクシマ周辺のシイタケから極めて高濃度のセシウムが蓄積されたとの記事が事故後、6ヶ月経って掲載されていた。その記事は、「驚くほどの高さ」と書かれていたが、チェルノブイリで何が起きているかを知っていれば、簡単に推察できたことである。チェルノブイリを知ることは、フクシマでこれから何が起きるかを知ることでもあるのだ。
本書から分かったことは、チェルノブイリとフクシマの事故後の政府の対応が驚くほど共通していることである。キエフとモスクワとの対立は、フクシマと中央政府との対立そのままである。住民を守ろうとする地域と、これまでの政策の正当性を主張しようとする中央政府。被曝許容線量を上げるところも同じ。「それゆえ被曝教養線量を決める当事者が、自分に都合のよい恣意的な解釈を持ち込み、政治的に利用する」。「住民保護の対策を決める際の客観的な目安となるはずの被曝許容線量が、国の都合で勝手に変えられる。その動機としては、まずむやみに人の移動を認めて、パニックに導かないという政治上の大方針があった」。フクシマのことを書いているのでは、と思われる文章が続く。
本書では、チェルノブイリの事故の後、世界がどう反応したか、特にスウェーデンと旧西ドイツに焦点を当てて、脱原発に舵を取ろうとしている状況を紹介しているが、それと真逆の方向に唯一、暴走していったのが日本である。「87年末までに24基の原発が建設中止や凍結となったなかで、最も特異な存在として注目されたのが、事故のあった86年に、世界で唯一、原発の着工に踏み切った」日本である。「チェルノブイリ事故ののち、日本で開始された新しい原子炉は16基。その数は世界で群を抜いている。1996年3月現在、運転中の原子炉は全国で50基」。そしてフクシマ原発事故が起きる直前、その数は55基にまで増えていた。チェルノブイリの事故をソ連の特殊性で片付け、「日本ではチェルノブイリのような事故は絶対起こりませんから」(関西電力の社員)と無責任な発言で地元民を懐柔させ、原発をつくってきた結果がこれである。本書を読んでいると、チェルノブイリ事故という人類に向けられた重要なメッセージをまるっきり無視した日本において、フクシマの事故が起きたのは必然であったのではとさえ思わせられる。
本書の終わりで、筆者は10年後のチェルノブイリの状況を次のように記している。「汚染地帯では、この先どうなるかわからない健康への不安を抱えながら、500万人の人々が暮らしている。極度のインフレで補償金は目減りし、必要な薬も手に入らない。きれいな土地と食べ物を必要とする子どもたちがいる。」
10年後のフクシマ、そして東日本の姿は、このチェルノブイリの姿に近似したものとなろう。10年後に政府やマスコミの垂れ流す誤情報を無批判的に受け入れたことを後悔しないためにも、チェルノブイリを検証することが重要であり、本書はその重要なパイロット役を果たしてくれると考えられる。このような本が15年前に出ていたことに深く感謝する。プロフェット(予言書)のような内容に富んだフクシマ、東日本に住む人の必読本であろう。
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原発事故を問う: チェルノブイリから,もんじゅへ (岩波新書 新赤版 440) 新書 – 1996/4/22
七沢 潔
(著)
史上最悪の大事故から10年.事故の影響も原因究明も-チェルノブイリは終わっていない.原発作業員からゴルバチョフまで100人以上の証言と内部資料をもとに,隠された真実を発掘.さらに,ソ連一国を越える巨大な「隠す側」の構図を追及.ソ連の原発政策と情報操作の結末は,まさしく「もんじゅ」の国への伝言である.
- 本の長さ286ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日1996/4/22
- ISBN-104004304407
- ISBN-13978-4004304401
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登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (1996/4/22)
- 発売日 : 1996/4/22
- 言語 : 日本語
- 新書 : 286ページ
- ISBN-10 : 4004304407
- ISBN-13 : 978-4004304401
- Amazon 売れ筋ランキング: - 691,421位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2011年9月19日に日本でレビュー済み
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2014年7月21日に日本でレビュー済み
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事故が起こった原因である構造的欠陥とマニアルに違反した実験の操作が詳しく述べられていて参考になった。設計者の大御所が恬然として反省していない点は程度の差はあれ我国の原子力関係者の心境に類似しているように思えた。初歩的な事故対策設計(圧力容器の欠如)の貧困は我国の状況(冷却装置を洪水に全く無力な地上設置・緊急電源確保手段のだらしなさなど)と同じだと感じた。最終的廃炉対策が全く予想出来ない状況は福島の事故や原発の廃炉も同じと考えられ、心底恐ろしく思われる。作業員は云うに及ばず、住民の放射線量の安全基準値も恣意的に変えられ、体制的対応も恐ろしいと思う。放射能被害も事例は少ないが述べられており、バランスの取れた記述と思われる。原発事故の報告としては一読の要がある好著と考える。
住民に対する放射能汚染の現状と将来、廃炉の技術に関する第2の著作が待たれる。福島の場合も同じ。原発関係者に事故の最終対策と責任の議論をして欲しい。
住民に対する放射能汚染の現状と将来、廃炉の技術に関する第2の著作が待たれる。福島の場合も同じ。原発関係者に事故の最終対策と責任の議論をして欲しい。
2013年1月22日に日本でレビュー済み
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チェルノブイリ原発事故と福島の原発事故が全く同じシナリオであることがよくわかります。原発放射能についての基本になる本です。
2020年2月18日に日本でレビュー済み
1996年刊。NHKのディレクターがチェルノブイリ原発事故の原因に迫る一冊。
事故は運転員の操作ミスによるものと強引に結論され、大型化する原子炉に設計が追いつかなかった真の原因は政治的な事情により覆い隠されます。事故を究明しようとするゴルバチョフが老獪な科学者に手こずるやりとりを再現した箇所が本書の白眉。
政府はパニックを防ぐため情報を隠し、被曝量の上限は一方的に引き上げられる。福島原発事故の後の日本でも政府の論理はむき出しになりました。
国内の原発を扱った番組を作った後著者は組織では扱いにくい者として制作現場から遠ざけられますが、2011年の福島の事故の直後、局所的に高い放射能で汚染された「ホットスポット」の存在を明らかにすることになります。
事故は運転員の操作ミスによるものと強引に結論され、大型化する原子炉に設計が追いつかなかった真の原因は政治的な事情により覆い隠されます。事故を究明しようとするゴルバチョフが老獪な科学者に手こずるやりとりを再現した箇所が本書の白眉。
政府はパニックを防ぐため情報を隠し、被曝量の上限は一方的に引き上げられる。福島原発事故の後の日本でも政府の論理はむき出しになりました。
国内の原発を扱った番組を作った後著者は組織では扱いにくい者として制作現場から遠ざけられますが、2011年の福島の事故の直後、局所的に高い放射能で汚染された「ホットスポット」の存在を明らかにすることになります。
2011年5月29日に日本でレビュー済み
さすがにNHKと思わせるチェルノブイリ事故の綿密な調査に基づく労作。原発共通の問題点を整理するのには極めて有効。
実験炉をわざと暴走させて妻の不倫相手と共に爆死した原子力技師の例や、裸ロウソクで発電所機器の空気の漏洩をチェックしていて火事を起こした例、バスケットのラジオ中継に熱中して放射能水の溢流に気が付かないなど、スリーマイルやチェルノブイリ以外にも人為事故は多発していた。
昨夜の福島原発の海水ポンプ故障の件も現場の見回りでないと発見できないとは原始的である。止まれば異常警報が出るなどのシステムになっていないとは驚きである。
一般の化学プラントでは、特に危険な工程には同種の検出計を3個設置してその内の2個の値が危険値となれば自動停止としてある(検出計の故障も想定して3個設置しいる)。原発ではそのレベルには行っていないらしい。
冷却用の海水取り込み口には季節によって貝類や海草が着床するので吸入パイプの詰まり対策は常識であり、神経を使う所であるが、総ては経験の浅い下請け、孫受けにやらせている印象である。
チェルノブイリ原発の構造的欠陥や省庁間の情報阻害に基づく事故原因を隠蔽して作業員のミスで片付け、それを原発プロジェクト推進を基本姿勢とするIAEAが黙認する実態は恐ろしい。
IAEAの健康被害調査も30km以内の避難民13万人、事故処理作業員60万人は対象外とししているので、後遺症は大したことは無いとの結論になっている。
本著者の調査では6年経過の時点で事故処理作業者の10%が発病している。作業環境の放射線レベルを過少評価して作業者を募集し、作業後の被爆線量の記録も数十分の一の低レベルにしていたらしい。
チェルノブイリの例ではセシウム137は後遺症はないとの新聞記事があったが、背景を確認しないで鵜呑みにしないほうが良い。本書によるとセシウム137は脳障害を起こすらしい。
事故発生時の操業担当者は死亡者以外は有罪判決、禁固刑となり、その遺族までが白眼視され、冷遇されている様子は誠に不条理である。
チェルノブイリは本質的に不安定な炉心制御システムが原因で事故が起きた。
使用済燃料の処理法が無いままの原発プロジェクト全体が同様に本質不安定である。
燃料棒の周囲で水が沸騰しその蒸気で発電しているわけだが、高温になって沸騰すると気泡の分だけ中性子が通りやすくなるので、加熱は更に進行する。これが従来のボイラーと違って、原子炉一般が暴走し易い理由であろう。
垂直管内の気液混層流の研究報告が原子炉分野に多いことは認識していたが、沸騰現象がシステムを不安定とし原子炉暴走の原因となるためにこの分野の研究の多いことが理解できた。
これを見ると、原子炉は本質的に不安定な発熱システムで沸騰現象、気液混層流研究など論文は書けても問題解決にはならない。
事故が起きれば企業の手に負えない補償問題が発生すると尻込する電力会社の態度は当然である。それで、事故補償に関する議員立法を作って電力会社に原発採用を押し付けた経緯が有ったらしい。
「事故が起きたら終わり」とは皆が自覚していた訳である。
「戦争は勝ち負けで終わるが、原発事故は永遠」と言うチェルノブイリ被害者の声がある。
一回の洗濯に何時間も掛かるような自動洗濯機や過剰な自動販売機などで貴重なエネルギーを無駄使いする生活習慣は改善すべきである。
モスクワの第六病院で治療に協力したアメリカ人医師の「チェルノブイリ」なる著書は医師としての観察であるが、余りに個人的経験に偏っているので、原発事故の全体像を冷静に理解するためには本書のほうが遥かに有益である。
原発事故直後の現地の事情を被爆覚悟でシェフチェンコが映像に記録し、これに解説をつけて出版した「チェルノブイリクライシス」]奥原稀行、竹書房,1988との併読を奨める。シェフチェンコは数ヵ月後、このフィルム編集中に倒れ翌年死亡という壮絶な記録映画。
チェルノブイリから原発問題全体が伺える。
2011/05/29記
実験炉をわざと暴走させて妻の不倫相手と共に爆死した原子力技師の例や、裸ロウソクで発電所機器の空気の漏洩をチェックしていて火事を起こした例、バスケットのラジオ中継に熱中して放射能水の溢流に気が付かないなど、スリーマイルやチェルノブイリ以外にも人為事故は多発していた。
昨夜の福島原発の海水ポンプ故障の件も現場の見回りでないと発見できないとは原始的である。止まれば異常警報が出るなどのシステムになっていないとは驚きである。
一般の化学プラントでは、特に危険な工程には同種の検出計を3個設置してその内の2個の値が危険値となれば自動停止としてある(検出計の故障も想定して3個設置しいる)。原発ではそのレベルには行っていないらしい。
冷却用の海水取り込み口には季節によって貝類や海草が着床するので吸入パイプの詰まり対策は常識であり、神経を使う所であるが、総ては経験の浅い下請け、孫受けにやらせている印象である。
チェルノブイリ原発の構造的欠陥や省庁間の情報阻害に基づく事故原因を隠蔽して作業員のミスで片付け、それを原発プロジェクト推進を基本姿勢とするIAEAが黙認する実態は恐ろしい。
IAEAの健康被害調査も30km以内の避難民13万人、事故処理作業員60万人は対象外とししているので、後遺症は大したことは無いとの結論になっている。
本著者の調査では6年経過の時点で事故処理作業者の10%が発病している。作業環境の放射線レベルを過少評価して作業者を募集し、作業後の被爆線量の記録も数十分の一の低レベルにしていたらしい。
チェルノブイリの例ではセシウム137は後遺症はないとの新聞記事があったが、背景を確認しないで鵜呑みにしないほうが良い。本書によるとセシウム137は脳障害を起こすらしい。
事故発生時の操業担当者は死亡者以外は有罪判決、禁固刑となり、その遺族までが白眼視され、冷遇されている様子は誠に不条理である。
チェルノブイリは本質的に不安定な炉心制御システムが原因で事故が起きた。
使用済燃料の処理法が無いままの原発プロジェクト全体が同様に本質不安定である。
燃料棒の周囲で水が沸騰しその蒸気で発電しているわけだが、高温になって沸騰すると気泡の分だけ中性子が通りやすくなるので、加熱は更に進行する。これが従来のボイラーと違って、原子炉一般が暴走し易い理由であろう。
垂直管内の気液混層流の研究報告が原子炉分野に多いことは認識していたが、沸騰現象がシステムを不安定とし原子炉暴走の原因となるためにこの分野の研究の多いことが理解できた。
これを見ると、原子炉は本質的に不安定な発熱システムで沸騰現象、気液混層流研究など論文は書けても問題解決にはならない。
事故が起きれば企業の手に負えない補償問題が発生すると尻込する電力会社の態度は当然である。それで、事故補償に関する議員立法を作って電力会社に原発採用を押し付けた経緯が有ったらしい。
「事故が起きたら終わり」とは皆が自覚していた訳である。
「戦争は勝ち負けで終わるが、原発事故は永遠」と言うチェルノブイリ被害者の声がある。
一回の洗濯に何時間も掛かるような自動洗濯機や過剰な自動販売機などで貴重なエネルギーを無駄使いする生活習慣は改善すべきである。
モスクワの第六病院で治療に協力したアメリカ人医師の「チェルノブイリ」なる著書は医師としての観察であるが、余りに個人的経験に偏っているので、原発事故の全体像を冷静に理解するためには本書のほうが遥かに有益である。
原発事故直後の現地の事情を被爆覚悟でシェフチェンコが映像に記録し、これに解説をつけて出版した「チェルノブイリクライシス」]奥原稀行、竹書房,1988との併読を奨める。シェフチェンコは数ヵ月後、このフィルム編集中に倒れ翌年死亡という壮絶な記録映画。
チェルノブイリから原発問題全体が伺える。
2011/05/29記