日本人の著した数々の「西洋哲学史」の本の中では、この熊野純彦『西洋哲学史 古代から中世へ/近代から現代へ』は、今道友信『西洋哲学史』に次いでたいへんすぐれたものであると、私は思う。ただしこの熊野『西洋哲学史 近代から現代へ』、すなわち下巻は、同じ熊野氏による前編である『西洋哲学史 古代から中世へ』と較べてみた場合、やはり前編からのテンションが維持されていないように思われ、また解説の密度も前編よりも少しばかり粗くなったようにも感じられた。長い西洋の哲学史なのだから、上下二冊ではなく上中下の三冊に分割した方がよかったのでは、と悔やまれる。しかし熊野氏、凡手でない。さすが熊野氏、である。
たいていの「西洋哲学史」の本は、近現代史を扱うときに、次のような紋切り型の区分け方をする。すなわち「大陸合理論:デカルト、スピノザ、ライプニッツ」→「英国経験論:ロック、ヒューム」→「カント」→「フィヒテ&シェリング」→「ヘーゲル」のような感じである。実に分別くさい「教科書的」で「事務的」な仕分け方である。偉大な西洋の哲学者たちが、その思想傾向、学派、活動時期、使用言語などといった、たいへん安易な基準でさっくりと区分されている。また彼らが展開した思想や概念も、じつに味気なく、さっぱりと、淡々とまとめられていることが多い。
しかし熊野氏の場合、各章ごとにそれぞれおのおののテーマが付与されており、それらにじつに詩的な副題が添えられており、なかなか味わいがある。例えば、
「第1章 自己の根底へ 無限な神の観念は、有限な<わたし>を超えている デカルト」
といった具合である。無味乾燥な凡百の西洋哲学史の章立てとは一線を画している。この調子で、
「第2章 近代形而上学 存在するものは、神のうちに存在する」
「第3章 経験論の形成 経験にこそ、いっさいの知の基礎がある」
「第4章 モナド論の夢 すべての述語は、主語のうちにすでにふくまれている」
「第5章 知識への反逆 存在するとは知覚されていることである」
「第6章 経験論の臨界 人間とはたんなる知覚の束であるにすぎない」
「第7章 言語論の展開 原初、ことばは詩であり音楽であった」
「第8章 理性の深淵へ ひとはその思考を拒むことも耐えることもできない」
「第9章 自我のゆくえ 私はただ私に対して存在し、しかも私に対して必然的に存在する」
「第10章 同一性と差異 生命とは結合と非結合との結合である」
「第11章 批判知の起源 かれらは、それを知らないが、それをおこなっている」
「第12章 理念的な次元 事物は存在し、できごとは生起して、命題は妥当する」
「第13章 生命論の成立 生は夢と行動のあいだにある」
「第14章 現象の地平へ 世界を還元することで獲得されるものは、世界それ自体である」
「第15章 語りえぬもの その書は、他のいっさいの書物を焼きつくすことだろう」
といった感じで、デカルトから、スアレス、マールブランシュ、スピノザ、ロック、ライプニッツ、バークリー、ヒューム、コンディヤック、ルソー、ヘルダー、カント、マイモン、フィヒテ、シェリング、ヘーゲル、ヘーゲル左派、マルクス、ニーチェ、ロッツェ、新カント学派、フレーゲ、ベルクソン、フッサール、ハイデガー、ウィトゲンシュタイン、レヴィナスまでおよそ27人の哲学者たちが語られ、熊野節が炸裂している。「モナド論の夢」あたりもはや哲学の概説書の雰囲気ではない。フーコー、ドゥルーズ、デリダといった人気者は登場しないが、やはり古典は素晴らしいと思える。
巻末に「関連略年表」「邦語文献一覧」が掲載されており、「人名索引」にはそれぞれの人物の簡潔な伝が附されている。また文献からの引用が多用されており、原典資料集として「知る」本、資料としても役に立つし、また熊野氏のどこかリリックで文藝性の高い筆致から、「味わう」本としてもじつに素敵である。
本書は私にとって、岩波新書の哲学シリーズでは、滝浦静雄『時間 -その哲学的考察- 』以来の「あたり」ではないかと思う。
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西洋哲学史: 近代から現代へ (岩波新書 新赤版 1008) 新書 – 2006/9/20
熊野 純彦
(著)
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- ISBN-104004310083
- ISBN-13978-4004310082
- 出版社岩波書店
- 発売日2006/9/20
- 言語日本語
- 寸法11.2 x 2.9 x 17.4 cm
- 本の長さ292ページ
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- 新書 : 292ページ
- ISBN-10 : 4004310083
- ISBN-13 : 978-4004310082
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2011年3月2日に日本でレビュー済み
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2014年4月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
デカルトからハイデッカー、ウィトゲンシュタイン、レヴィナスまでの西洋哲学の流れをコンパクトにまとめた本。やや難解で、事前にある程度個別の人物の哲学を理解しておかないとさっぱりわからない。引用が多いのと、ひとつの章を十数ページでまとめており言葉の解説などがあまりないことが原因か。関連年表や邦語文献を載せてあるのは親切。
2023年3月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
哲学にそれなりに明るい人が振り返るのには良書かもしれませんが、
あまり哲学に明るくない人には厳しいです。
自分もある程度知っているつもりではいましたが、急に「○○と○○が
親しかったことは有名でしょう(同じ時代だったことすら知らなかった…)」
のように、それなりに知っている人を前提にしたような書き方が目立ちます。
ちょっと私には早かったようなので、本棚に寝かせておきます。
あまり哲学に明るくない人には厳しいです。
自分もある程度知っているつもりではいましたが、急に「○○と○○が
親しかったことは有名でしょう(同じ時代だったことすら知らなかった…)」
のように、それなりに知っている人を前提にしたような書き方が目立ちます。
ちょっと私には早かったようなので、本棚に寝かせておきます。
2020年3月9日に日本でレビュー済み
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だいたいはぶつ切りで勉強するので、長いスパンである観点から読み解くのは面白く、有益でした。
2015年9月23日に日本でレビュー済み
廣松渉の系統らしく、ヘーゲル以降ではロッツェ、新カント派、フレーゲ、フッサールがど真ん中にある。
科学と形而上学の関係も濃厚で、デカルト、ライプニッツ、ニュートンあたりも興味深い。カント論は最大のページを割いているが、これほど、カント哲学の息づかいが伝わる論述は稀有だ。関係性に主軸をおいたヘーゲル論も廣松学派の片鱗を感じる。
ベルクソン、レーヴィット、レヴィナスという辺りは著者の嗜好と思うが、著者のヘーゲルも「生成」「関係性」の哲学としての色合いが強いことを思うと著者の哲学の傾向を感じる。
ウィトゲンシュタインとハイデガーを並べて論じるが、意外にメルロ・ポンティやサルトルは主題的ではなかった。僕としてはたいへん見識を感じる。
読者に読ませながら、哲学風に考えることを見事に促すところが絶妙。文章力のなせる技もあるが、「ほら。。」と指差し、読者に見る方向を案内してくれる。選択された著作と論述が、哲学史であると共に、哲学概論になっていたのだ。
科学と形而上学の関係も濃厚で、デカルト、ライプニッツ、ニュートンあたりも興味深い。カント論は最大のページを割いているが、これほど、カント哲学の息づかいが伝わる論述は稀有だ。関係性に主軸をおいたヘーゲル論も廣松学派の片鱗を感じる。
ベルクソン、レーヴィット、レヴィナスという辺りは著者の嗜好と思うが、著者のヘーゲルも「生成」「関係性」の哲学としての色合いが強いことを思うと著者の哲学の傾向を感じる。
ウィトゲンシュタインとハイデガーを並べて論じるが、意外にメルロ・ポンティやサルトルは主題的ではなかった。僕としてはたいへん見識を感じる。
読者に読ませながら、哲学風に考えることを見事に促すところが絶妙。文章力のなせる技もあるが、「ほら。。」と指差し、読者に見る方向を案内してくれる。選択された著作と論述が、哲学史であると共に、哲学概論になっていたのだ。
2014年3月2日に日本でレビュー済み
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初めの方のページに何箇所かラインマーカーで書き込みがりありましたが、予想通りでした。
2006年10月8日に日本でレビュー済み
待望の続刊。
大陸系の哲学者に焦点を当てて、近代哲学史の展開を追う。
やはりなかなか重厚で、よくまとまってはいるものの、やはりもう少しページを割いてほしい部分も多く、時間をかけてじっくりと読み進めないと理解しにくい点も多い。
しかし論旨は比較的明瞭ではあるし、参考文献等もしっかりしているので、「哲学の入門書・概説書は読みあきたが、まだ分厚い専門的な学術書は難しい」といった層に勧められる。さらに深く哲学史上の論点が理解されるであろう。
大陸系の哲学者に焦点を当てて、近代哲学史の展開を追う。
やはりなかなか重厚で、よくまとまってはいるものの、やはりもう少しページを割いてほしい部分も多く、時間をかけてじっくりと読み進めないと理解しにくい点も多い。
しかし論旨は比較的明瞭ではあるし、参考文献等もしっかりしているので、「哲学の入門書・概説書は読みあきたが、まだ分厚い専門的な学術書は難しい」といった層に勧められる。さらに深く哲学史上の論点が理解されるであろう。
2023年3月5日に日本でレビュー済み
哲学者について生きた時代、歴史的流れを意識しながら、それぞれの問題認識から、思想や取り組みを説明する試みはわかった。
しかし、一人一人の取り組み(研究/提案内容)について、前後の流れのなかで点で、点を詳しく説明されているように感じ、それぞれの哲学者の考えや過去との位置づけについて全体的に説明不足に感じて頭に入ってこなかった。
また、本書はヴィトケンシュタインまでで終わっており、その後の言語論的転回や構造主義、ポスト構造主義へのつながりなどが説明省かれており、このないようだけで哲学史といわれてしまうと、今とのつながりが理解しにくいと感じた。
しかし、一人一人の取り組み(研究/提案内容)について、前後の流れのなかで点で、点を詳しく説明されているように感じ、それぞれの哲学者の考えや過去との位置づけについて全体的に説明不足に感じて頭に入ってこなかった。
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